はてなキーワード: 人文科学とは
何故これがわざわざ分かれているのか意味不明。各カテゴリからのホッテントリが集積したもの。
新聞の三面記事から国際記事、文化記事まで扱っている場合もあり。また2chまとめサイトが数多く見られノイズ化。
一般的な政治ニュースや国際政治ニュースから企業不祥事、ビジネス、仕事関連のTipsまで。ここも2chまとめによるノイズ多し。
いわゆる生活の知恵的な間違った意味でのライフハック、まとめになっていないまとめ記事、VIPの告白スレや発言小町、Pouchなどのネタ記事など雑多な状態。
ここはほぼカテゴリ名通り
いわゆる自然科学関連ばかりで、人文科学・社会科学(現状何故か「社会」で扱われる傾向)、芸術関連がない。
技術系、デジタルガジェット系、ネットコミュニティ、炎上見物などが混在。
ここはほぼカテゴリ名通り。
はてブ一番の問題。ほとんどが2chまとめサイト。しかも同じ話題を複数のサイトで扱っていて、ほとんどワンパターン化している。他にエロサイト、ネタ系ネットニュース、Togetterなど。SPAMも多く見られる。
はてなブックマークニュースに統合。各カテゴリのホッテントリ抽出ではなく、人力編集。
「グルメ」「衣食住」「人生」「ライフハック」に分割。ここで言うライフハックは本来の意味とは違うけど敢えて(ある意味隔離?)。
「スポーツ芸能」と「芸術文化」に再編。芸術文化では音楽や読書などを扱う。
「医療」「自然科学」「人文科学・社会科学」に再編。人文科学・社会科学では経済学・社会学・政治学・歴史などを扱う。
「IT・WEB技術」「デジタルガジェット・モバイル」「ネットウォッチ(事実上の隔離)」の再編。
そのまま
「おもしろ」「2chまとめ」「画像」「R-18」に。一部は「ネットウォッチ」に。R-18は生年月日によってフィルタリング。
というか、この古いカテゴリ分けで一体何年やってるんだろうか。他のCGMサイトなんかカテゴリ再編を割りと時代に合わせてやってるのに。
多変量解析とかベイズとかは、ブームが過熱して馬鹿までもが大量に流入してきてる感があるから
そろそろバブルが弾けて適正規模に収束していくんだろうなと思ってる。
そうそう。無理なもんは無理なんだから、変に拘らないで発展性のある方向に切り替えればいいのにって思う。
自然言語で説明しても数字を使っても同じだよってことを理解できない馬鹿への対応とかは「馬鹿を丸めこむ方法学」などとして
分離してそっちでやればいいのにと思う。
大學入試で努力が出来なくて、偏差値上位の大学に入れなかった人間をゴミ扱いするのは別に構わんけどさ。
「努力をしない・成功できない奴はゴミだ」っていう考えを突き通すなら、あらゆる人間はゴミだろ。
例えば、早慶上智東大京大の日本一の大学を受験し、日本一の職(大企業の会長?政治家?)になったとする。
でも、それは日本内での話だ。
鶏口牛後とは言うが、それは妥協の証だろ。
そして、お前の言うとおり日本一で妥協をしてそれ以上を望まない、努力しない、成功出来てない人間はゴミだ。
あらゆる学問、人文科学、社会科学、自然科学、基礎から応用までの学問。
あり得ない存在だろうな。
1年で数千万人もの人間が生まれたり死んでいくこの世界じゃ、あらゆる人間がピンからキリまで勢揃いだ。
出来が悪いのも出来が良いのも沢山いるだろうが、それらをゴミとか天才という言葉に分類する事に何の意味があるだろうか。
少なくとも、俺はお前の書き込みから「人の上に立ちたい」という意思しか伝わってこない。
十把一絡げで人間を見るお前は、同じように誰かに見られる事を覚悟しなければならない。
お前に張られるレッテルは「ただの変わり映えのしない愚かで矮小な学歴偏差値による差別主義者」だ。
さぞや、現実世界のお前は成功のない人生を送っていて、それを恥じているんだろうな。
お勤め先はド安定組織。まぁ、学歴から見ると中々上手いことやった感じの場所に就職できた。
職場環境は悪くないが、適性とはマッチしていない職種でどこかで転職しなければならないと思う。
でもとりあえずこの組織で働いたという経歴は欲しかった、そんな風にして就職した。
専攻は人文科学系マイナー分野。学部は文学部。持っている資格はTOEIC800のみ。普通自動車免許すらない。
それで、学部時代に一度起業を志した時期があって、その時期に描いていたビジネスプランに
何故か、三年の間を置いてスポンサーがついた。かつて一緒に動き回った大学の同期が、卒業後も
こつこつとスポンサー探しを続けた成果なんだけれど。さて、どうしたものか。
とはいえ、今のお仕事に面白みを感じられずにいた今の状況で、乗らないという手はあまり考えられない。
しかし、当然恐怖感が強い。もう25歳。文学部出。碌な資格もない。学歴は低くはないが、それほどでもない。
もし、このステップに失敗した場合、俺は30近い歳になっている。
かといって、出資を受けて自分でリスクを負わない形の起業なんてこの先するチャンスはまず無いというのも明らか。
さて、どういう形でこの先のプランを考えていけばいいだろうか。
もちろん、起業に成功するというのが一番よい話だし、他人の出資を受ける以上失敗した時のことなんか考えるべきでは
ユニクロ柳井氏 「日本国民は自分に不都合な情報には耳をふさぎ、過去の栄光に自己満足している滑稽な国民」「驚くほど能天気」
http://raicho.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1291803726/
日本の労働者の人件費を新興国の労働者並みに下げる策(非正規社員の拡大)が格差社会というスローガンと共に批判されて頓挫、他国に企業拠点を移転する方向に変更されつつあるのが現在。
日本の宗教観は神道(多神教)と仏教(無神論)が神仏習合して築き上げられただけではない。
いや、別にそーでもない。
いやまあそれは原則論としてそうなんだけど英文学とかだと分野が分野だけに、と思ったが。
まあでもよく考えてみればサイデンステッカーは(現代)日本語がろくに話せなかったらしいし、そんなもんかもしれんね。
いや、それは理系を買いかぶりすぎじゃないかと。単に自然科学の論理は人文科学なんかに比べて単純だからボロが出にくいだけだと思うよ。言ってみりゃ、英語が書けなければ他人の論文をつぎはぎすればそれで書けてしまう程度にしかパターンがないからね。
ざっくりといえば文系、よりきっちりいうならまともに大学で研究したり論文発表したことない連中なんだろうな
(文系を批判する意図はないので。国際学会の割合がすくないという意味で)
国際学会に行くとか、海外論文誌に論文出すなら、英語以外には選択肢はまず無い。
グローバルがとか、英語化がどうのじゃなくて、共通の言語として英語以外の言語を選択する弊害が大きすぎるので。
社内英語化をすすめると、
とかっていうやつが居るけど、馬鹿じゃなかろうかと思う。
国際学会には、英語が出来るが研究が出来ないヤツばっかりで、国内の学会は英語は出来ないがレベルの高いヤツの集まりになってたのかと。
どう考えても逆。
他人とコミュニケーションを取るために、手段として英語を使えるヤツの方が、英語が使えないヤツより総じてレベルは高かった。
(英語が出来る出来ないとは別に、なんとかでっち上げたり発表して質疑応答しないと、何もやってないことになる世界なので)
博士号採るためには、海外論文誌に出してないとか、スタートラインにすら立ってない。
で、「英語で論文を書くのが前提になってるとか、英語屋(または論文屋)を量産するだけで百害あって一利無し」とか言うヤツが居たら、
鼻で笑う以前に、みんな関わり合いになりたくない。
少なくともサイエンス(数学、自然科学、人文科学、社会科学問わず)の世界では、英語が共通語だからだ。
その意味で、その洗礼を受けてる連中は「はいはい、仕事でこんどはしゃべる必要があるのね」となったら技術を身につけるために手を動かす。
死ぬほどユニークだったり、他の連中が喉から手が出るほど欲しい才能だったら、勝手に相手が英訳してくれる。
でも、こっちが売り込みに行く側だったら、相手の言葉で話しかけるのは技術以前の礼儀の問題。
礼儀もなって無くて、内側にこもりっぱなしで、「弊害がデメリットが」とか叫ぶだけのヤツには
ある時期に「オープンソース」というものがすごいぞと喧伝されていたことがあった。
ソフトウェアを作る際、プロジェクトリーダーがスケジュールや役割分担を決めて作っていくよりも、
ネットを通じて不特定多数が思い思いに自分のアイデアを注ぎ込み、
一つのものを作った方が色んな奴の知識や発想によってすごいものが出来るぞ、という考え方だ。
どっかの外国人が旗振りとなって、色んなプログラマが賛同して、それなりに盛り上がった。
でも、結局、今見てみたらどうだろう?大失敗じゃないか?だって、リナックスはOSの主流になってないじゃん。
梅田望夫はオープンソースの思想をプログラミングの分野だけでなく
ネットを使って人文科学などにも応用したらなにやらすごいことが起こるはずだ、と書いていた。
速水健朗はそれを「ニューエイジ」と切って捨てていたけど、でもある程度は成功していると思う。
その一つの集大成がウィキペディアだと思う。今やウィキペディアは誰も読みきることができない雑学の貯蔵庫になっている。
プログラミングの分野から出発したオープンソースの思想だったけど、結局はプログラミングでは失敗した。
やっぱりお金をかけた企業製品の方が優れているし(そもそも優秀なプログラマは企業に囲われちゃうしね)、
便利なフリーウェアはあるけどみんな個人個人で作っていて、誰もオープンにしちゃいない。
マイクロソフトがオープンソフトについて分析した「ハロウィーン文書」にあるように
カンジに落ち着きつつ有ります。
「掘り下げ過ぎたら絶対に良い事は無い」というのは昔の人の知恵ですがね。
「愛と文化は”気付かないフリをする事”を粋とする」と物の本で読みましたけれど。
因に「オタ」は未だに誰に対して物を言っているのか全く解らないまま、
ただ漠然と使用され、聞く人に依っては傷ついたり、自己愛が満たされたり、
あるいは同時にそれらが遂行されている訳ですがね。
不思議と『オタ=オレ説』(「オタ」を総て「オレ」に差し替えて読むと意味が理解出来るという説)
は定着しませんです(汗・ここは第一匿名ブログですので定着する訳が無い。)
そんな事より「ウットリ度が高い」のはそりゃぁ『アフロ・ディズニー』で読みましたけれど、
冒頭にある
19世紀では芸能文化を通じ、エレガントな社交に興じていた「大人」達が、
21世紀ではホームシアター、コンピューターネットワークの内に引きこもる「子供」に成った。
では20世紀に一体何が有ったのか?
ですね。「疑似人文科学」と言うより『狂気の歴史』ってな質感なので是非是非。
〜T.H.
横だけど、
これの意味がわからないので解説してほしい。
ぼくも、その話は聞きたい。サラっと説明できなくてもいいので。
いわゆるフツーの「ことば・言語」が、人文科学の世界を表現する道具だとしたら、
「数学」は、自然科学(特に、広義の物理学・力学)の世界を表現する道具で、
つまり、「数学」は宇宙の成り立ちを説明するための「ことば」だと言えると、私は思う。
そういう意味で、数学が世界の射影(線形代数でいうところの写像)という表現は的確だと思う。
そして、ムズムズする感触というのは、たとえば「虚数」の存在や「自然数」「π」のような意味を持つ無理数が、
我々が接していて実感できる空間からは容易に見いだすことはできないのに、
しかし宇宙を構成するために重要な意味を持っていることへの感覚的なギャップのこと、
すなわち、世界の射影であるはずなのに、自分の理解を超えた世界を映し出していることへの不安じゃないかと、
私は思う。
自分の大学での専攻が「言語」に関わる分野だったので、一つ一つの話のテーマが染み入るように面白かった。言語学ももちろん科学なので、それを用いて「科学空想小説」を書くことは可能だ。そう言ってしまえば当たり前のことなんだけど、そういう誰も書かないようなジャンルに進んでいきなり「傑作」を書けるところが凄い。
「非線形」言語をテーマにした表題作も面白いけど、それ以外の人文科学をベースにして空想を語るとその外観はほとんど「魔術」になるという確信犯的認識を用いた他の話も秀逸。そして、それが単に「そういうことがウンチクっぽく書かれてる」とか「素材として使われて」というだけじゃなく「プロットの中核部分を為して」いるというところが衝撃的。「72文字」とか、まさに『おおーーーオチをそこに持ってくるのか!』という感じ。
ホント最高でした。
はてサと東さんの問題を見て思ったこと。Twitter上で「はてサはこれだから」とかDisりまくってるのにもかかわらず自分のブログ上では仲良くなれ合っていたり、問題をまるっきり無視しているやつが多い。
そういうのって倫理的にどうなの?って思うわけよ。別にオフ会で悪口を言うならまだいい。でも、Twitter上で書くというのは、普く大衆に見られる可能性を前提としているわけだから、そこに人格批判的な内容を書くのは一種の暴力だと思うのよね。それも、完全に公開された形で書かれるよりもより薄汚い暴力。
まあ、とりあえず例でも見てみよう。
@Ruy_Blas Apなんとかの人はともかく、有村さんは思想家にすごく道徳を求めてますね。東さんが道徳家でないのは「まー、そうだよな……」という感じでスルーしちゃいますが、求めることも不可能ではない。でもそれはリベラリズムの批判にはならんと思うのでした。 *Tw*... 約6時間前 from Twit in reply to Ruy_Blas
これはtricken(id:gginc)っていう人のポストだけど、もう「Apなんとか」っていう表現自体が人格批判を含意してしまっているから、この意見全体が意見に対する半数じゃなくて人格そのもののあり方に対する批判という形を取っていると見られても仕方がない状況だよねー。まあ、ブログ名に「Inc」ってつけちゃうくらいの人だから仕方ないか!!1
@tricken リベラリズムの求める強靱さに,リベラリストが耐え切れていないのがなんだかな,と。特に左翼の Apeman や y_arim さんほかの傲岸ぶりはもう本当におまえら黙れと。... 約6時間前 from Twit in reply to tricken
で、まあRuy_Blasっていう生意気な東大院生のリプライ。陰でぐちゃぐちゃ言っていて、ブログのトップページでは「荒らさないでください」って書いちゃう中二病患者こそが「黙る」べきなんじゃないのかなあ?あるいは、君が「黙れ」というなら、そんなところでぐちゃぐちゃ言ってないで、真正面に出てきて言うべきでしょ?
東さんはとりあえず、乙としか言いようがない。団体交渉とかあのノリで楽しそうにやってたんだろな。... 12:38 AM Dec 14th from web
何も知らずに言うのはkonatyanという自意識過剰患者。この人は
私、哲学やれる法学やれる経済学やれる(トマスからの研究は既にフォロー済み)科学哲学やれる、人文科学?認識論で十分。というか、神学は今後の学問の教養のつもりで四年専攻したし、正直学問する連中は皆私の道を通らなければ可笑しいし間違っていると内心は思ってる。言っちゃったw... 約7時間前 from web
といっていて、もうフランス革命における法学のコペルニクス的転回とか経済学における二十世紀の限界革命とか何も知らないのによく言えるよね、君の言ってるのは哲学が全ての学問だった頃のそれだよ、ってツッコミをあげたくなるけどまあそういうこともわからずに自意識を強くして言っている子、それがkonatyan。っていうか、そんなに頭がいいんだったらあそこの大学に入らないでもっといい大学に入ればよかったのにゲラゲラゲラゲラ。後この人って確か前の南京論争か何かの時「いい加減ウザいので介入する」っていって介入して、id:hokusyuとかにフルボッコにされて二週間くらい日記をプライベートモードにした過去があったりするんだよねー。強い自意識があるって大変だねーワラワラワラ。
ということで、今日は3人をあげてみましたが、同じようなことをやってるやつはちゃんと真正面から人格ではなく意見を批判するように。人格を批判するやつは、俺がおまえの人格を全否定することをもって反撃してやる。
http://anond.hatelabo.jp/20081209215136
これだけじゃなんだから追加する。
そのまえに、これだ。
http://anond.hatelabo.jp/20081209221648
文脈が錯そうしてるからとりあえずエセ科学批判の文脈だけでいうが、あの人たち市民運動としてやってるとは一言もいってない。あくまで学問の範囲、手続きの具体的な話としてエセ科学を取り上げてるって言ってる、まともな人はね。市民運動やりたきゃやっていいけど、じゃあ、エセ科学批判はじつは市民運動でしたって認めてくれよな。
で、本論をもうちょっと追記する。
これが問題なのは、つまり、エセ科学批判の学者たちだって、いろいろ言ってたくせに実は科学の真理性に安易によりかかってモノを言ってただけなんじゃないかってのがバレたって話なんだ。だから、水伝を批判する資格はないとまでこのケースでは書かれてしまう。
分野が違うからって言い訳にならない。それは僕だって法律は分からないけど、だけど法律の専門家のいうことを聞いて、ああこういうことだなって思う。最後は、しょせん素人だから専門家に対する信頼として、たぶんこっちだっていってどちらかを取るんです。ましてエセ科学批判って論理性が大事なんじゃないの? たまたま国籍法改正では、反対運動によりかかるかたちで理屈をくみ上げてしまっただけで、同じこと、エセ科学批判でもやってるんじゃないの?
今すぐ出てこないんだが、こないだはてなで見たのは、本当の科学なり科学者なら信仰しちゃったっていいよみたいな記事をよんだ。まあ、物のいいようだねってのは分かる。そこはまあいい。
でもさ、その本当の科学なり本物の科学者なりって、だれが決めるの?つまり、物事の正しさって最後はそういう形でしか現れなくて、エセ科学批判が考えてるようなものではあり得ない。だってそうでしょ。本当は、正しいと思われるものによりかかってるだけなんだから。バレたじゃん、こうやってさ。そんでこれが正しい正しいって、宗教じゃん、もろに。人文科学がどうのとか、難しい話は何も関係ないよ。
と書くと、もちろん反発を食らうだろうし、まともなエセ科学批判のひとたちのことまでいっているつもりはない。でも、何度でも書きたい。エセ科学批判しているまともな科学者の先生方は、こういうニセ者のエセ科学批判者は堂々と切るべきだ。政治運動ならともかく、学問なんだから。エセ科学批判するほうに、まともな学者って一体どの程度いるんだ。
その上で、今回は本音をはっきり書く。エセ科学なんぞ批判してたって、子供たちの教育はちっともよくならない。そういうところまで視野にいれて批判したいなら、教科書をもっと厚くする、いい先生を増やすと、そういう実際的な問題でがんばったらどうなんだ。悪いけど、意味ないよ。学者がネットでストレス発散にこんなネタで騒いでるだけなんだもん。申し訳ないけどさ。