はてなキーワード: 自体とは
プレイステーション3がソニーから発表されて、6万円くらいと当時としてはかなり高価だったのが話題になってた頃、ガキだった俺はネットのまとめブログなんかに毒されて、ことあるごとにプレステ3の悪口雑言(ほぼ全てがまとめブログの受け売り)をリアルでもお構いなしに垂れ流していた
それから二、三年くらい経って、どうしても遊びたかったソフトがプレステ3で発売されることになり、その頃は値段も安くなっていたこともあって、俺は親に頼み込んで本体とソフトを一緒に買ってもらった
で、それを周囲に話したら、当時を知る友人から
「なんだよ、あんだけ馬鹿にしておいて結局買ったのか。だっせえな」と笑われた
俺は何も言えなかった
楽しみにしていたソフトも、この一件が常に頭をちらつくようになって心から楽しめず、なんとなくゲーム自体から遠ざかって今に至る
ここ最近のゲーム関連のニュースやその反応を見てると、当時の俺みたいに自分で自分に呪いをかけてる人が目に付く
発売当時馬鹿にしていたゲーム機をあとでこっそり購入している人もSNSの相互フォロー者に何人かいる
自業自得とは言え、本当に哀れだなと思う
尊属殺の事件について見ていると、被告人の母親に対して同情的な意見が多いのがよく理解出来ないんだよなあ
いや、母親も同罪じゃない?
ゲームの事例では分からないが、セキュリティ面から見たら実際そうだと思う
例えばマジコンは対策失敗してしまったから装置自体を潰したように思えるし、Switchも致命的な脆弱性が発覚してしまって手に負えなくなったからエミュや改造ツール自体を潰しているように見える
プレステやXboxはセキュリティ高くてこういう事態はあまり起きて無いし、そもそもエミュやマジコン単体では違法DLできない
任天堂がブチギレる時って大体、自分たちが出来なかったことや気に食わないことに対して法律に関係なく感情論で力で潰す姿勢が見え隠れしてて正直ダサい
ウマ娘の訴訟の時だってコナミを批判してる奴と同じくらいサイゲの批判してる奴もいたし
タイトーは特許とってた?任天堂は侵害で訴えられた?タイトーは海賊版は摘発したよ。逆に言えば、当時海賊版以外での侵害行為自体がない。
そう言った思想を受け継いでなのかそうでないのかはわからないが、任天堂はこれまで防衛目的で特許を運用していたように少なくとも傍目には見えた
↑の発言あたりで、山内社長は他社の海賊版やコピーゲームはどんどん摘発したよ。独自のアイディアを加えていたりしたものはしなかったけどね。
これは当時の法解釈上できなかっただけかもしれないけどね。
基準はもっと明確だろう。ゲームと、真似をした元にリスペクトを持っているかどうか。
自分でも言っているよね?「デザインで訴えることができないから」と。それは訴えられないラインでリスペクトのないモノマネをしているからだと。
それは本当にゲーム業界の発展に寄与する「真似」なのか?ゲームシステムの真似だけなら訴えられなかったのではないか?
暇空茜による「認知プロファイリング」は、彼の調査手法を指す言葉です。これは、特定の状況や相手の行動パターンに対して仮説を立て、その仮説を検証することで証拠を見つけ出すというものです。暇空茜は主にSNSやYouTubeを通じて、主に社会運動に関連する組織や人物について、この手法を使って批判や告発を行っています。
彼のプロファイリングは、たとえば特定の人物がどのような意図や行動をしているかを分析し、それを仮説として組み立て、その後証拠を見つけてそれを裏付ける形で議論を進めるというものです。しかし、彼の手法には物量を伴い、すべてが正しいとは限らないため、多くの仮説が外れることもあります。
暇空茜の「認知プロファイリング」は、SNSやネット上の情報をもとに仮説を立てて検証する方法ですが、信憑性については疑問が残る部分があります。この手法には以下のような懸念があるため、正当性や誹謗中傷に関するリスクが指摘されています。
認知プロファイリングでは、データや事実の解釈が主観的な推測に基づくことが多いです。「~ではなかろうか」という仮説を元に進めることが特徴であり、正確性を欠くことがあるため、外れた仮説が出ることもしばしばです。プロファイリングが当たる場合もありますが、多くのケースで不正確な情報や誤解が生じるリスクがあるため、全ての仮説が信頼できるとは限りません。
また、こうした手法での分析は、個人や団体に対する批判や攻撃に繋がる可能性が高いです。SNSなどでの公開される情報は、場合によっては特定の人物や団体を中傷する形になりやすく、暇空茜の発言や主張が炎上したり、法的問題を引き起こすこともあります。特に、事実に基づかない推測や誤解に基づく批判は、名誉毀損や誹謗中傷として扱われる可能性があり、倫理的な問題を生むこともあります。情報の分析や仮説立て自体は問題ないとしても、その過程で個人や団体が誤解され、不当に攻撃される場合、正当な行為とは言えません。また、暇空茜の手法はインターネット上の情報収集に基づいており、調査の透明性や客観性が不足している点で、正当なプロファイリングと言えるかどうかも疑問視される部分があります。
「認知プロファイリング」は、あくまで推測を元にした手法であるため、信憑性には限界があり、誹謗中傷に繋がるリスクも大きいです。正当性についても、事実確認や公平な判断が伴わない場合、批判の対象となる可能性があります。そのため、慎重なアプローチが求められます。
氷河期世代はlv低いけど昔は経験値を稼ぐのが大変だったから仕方ないんだ!と言いたいんだね
この考え方の背後にはレベルが高ければ氷河期世代でもマシな就職できたという信仰があるけど、
その信仰が間違ってるよ
つまり需要の問題なので、供給側の人材のレベルの高さとかほとんど関係ないんだよね
すげー美味いラーメンを作れば腹がいっぱいの客でも食うはずだ!客が食わないのはまだまだラーメンの美味さが足りないからだ!と言ってるみたいなもん
NHK自体はドキュメンタリーとして発達障害者や精神障害者を積極的にとりあげているのだから、エンタメの一分野であるドラマにまでする必要はない。
今現在も発達障害者や精神障害者が生きている(減る見込みもない)以上、どうしても一面的な見方になった上で脚本家が矢面にたたされるようなドラマ(フィクション)化は検討するまでもなくアウトだ。
別に自己肯定感低いわけでもないしキラキラ見せたいわけでもないけど
雑巾って貶めるほどおっさんのチンポ自体は汚いもんでもないって話
金もらわなきゃそりゃまぁ舐めやしないんだけど
みんな「あるべき」をもっている。それ自体はよくあることだ。ただ、その「あるべき」は各自違う。そしてそれを常識として、相手に押し付けるのはさらに違う。
イキった男性や、活動的な女性や、海外からきてる人の問題など、最近そういう「あるべき」の押し付け合いで世の中疲れてきているようにみえる。
横だけど
作曲家の意図というか、そもそもチャールダーシュというジャンル自体が民謡とか酒場の歌謡曲とかを取り込んだ流行曲って感じでしょ?
それをクラシック界()が輸入して重鎮たちが編曲して広まってきただけでさ
現代で言ったらボカロ曲オーケストラ公演みたいなもんで、その楽譜を研究して「作意に充実に!」って言っても無理があると思うわ
https://x.com/MNHR_Labo/status/1836151288830230774
今でもワクチン推進の医死や医我苦者は、屁理屈を並べて免疫抑制の存在を否定したがる。
mRNAワクチンに使われるシュードウリジンは、自然免疫においてRNAを樹状細胞が異物として認識する働きを抑制するため、mRNAワクチンの免疫原性を低下させる。
https://www.cosmobio.co.jp/product/detail/anti-pseudouridine-antibody-pgi.asp?entry_id=45673
免疫原性とは抗原が抗体の産生や細胞性免疫を誘導する性質のことだ。
細胞性免疫とは、B細胞が出す抗体が病原体を無力化する液性免疫と並び、抗体を産生するのではなく免疫細胞自体が直接異物を攻撃するタイプの免疫。
ワクチン推進派のサル共は、液性免疫による抗体のことばかりを言うが、液性免疫で対処できるのは細胞外に寄生する異物のみ。
液性免疫は、異物が細胞内に入ると認識できなくなる大きなデメリットが存在する。
そこで細胞内に寄生する異物に対処してくれるのが、細胞性免疫なのだが、mRNAワクチンに使われるシュードウリジンでは、細胞性免疫を抑制してしまうのだ。
「細菌、ウイルス、寄生虫、悪性リンパ腫」などの細胞内に寄生する異物に対して、シュードウリジンを使うなんてダメなことなんだよ。
https://www.macrophi.co.jp/special/1564/
最も変異が多く、変異の速度もスピーディーなSタンパクしか抗体ができない。
そして、不活化ワクチンでも同じだが、mRNAワクチンでは「目、鼻、口」の粘膜でウイルスの侵入を防ぐIgA抗体ができない。
https://www.otsuka.co.jp/men-eki/immunity/mucosal-immunity.html
最近、米国のクリーブランドクリニックが47561人の従業員を対象に、再びmRNAワクチンの感染率に関する調査を行ったが、やはり「打てば打つほど感染する」といった結果になった。
https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2024.04.27.24306378v1.full
mRNAワクチンを打って、むしろ感染者が増えるのは当たり前の話。
激務 中年収
↓
↓
激務 低年収
↓
超激務 中年収
↓
転職のために多大な工数を浪費し、職歴にジョブホッパーとしての汚点を残しながら、緩やかに総合満足度が下がっていった。
あんまりコロコロ辞めるとバックラーの如き扱いを受けるけど、転職自体が決して当たりの引きやすいガチャじゃないんだよね。
そもそもがマッチングであり、この世界の9割はゴミだから、自分に合わないゴミから自分に合ったゴミに飛び込み直すことしか基本できない。
ゴミから抜けて幸せになったという転職成功体験談はあまり真に受けない方がいい。
人生は一度きりなのに「FXでFIREした人もいる!FXしない人は負け組!」みたいなノリの転職はやっちゃ駄目だな。
30代になるくらいまでずっとどこか浮いてる感じで生きてきた。
中学時代は基本的に仲の良い友達と呼べるのは一人しかいなかった。誰かと一緒にいるより一人の時のほうが楽しかった。
別にスポーツもできないし大人しかったのでイジメられても全然おかしくなかったと思うが不思議と標的にはされなかった。
中三くらいになると一人でずっと机につっぷして寝てる感じで過ごしてた。
高校時代になるといよいよ学校そのものになんの意味も感じなくなって授業中含めて寝てる事が多かった。
周りからはなんかよくわからんやつという感じで、仲良くもならないしイジられたりもしなかった。
どこか不気味な感じがあったのかもしれない。とにかく俺は一人ぼっちなのにめちゃくちゃ堂々としていた。
大学ではなんとなく仲間みたいなのができた。
別に自分が好きな人たちと仲良くなっていったとかじゃなくて、たまたまグループの中になんとなく属してたくらいの。
大学でも基本的に一人で好きに行動してた。ちなみに中高大と彼女はなぜかできてた。でも彼女についてもそこまで執着してなかった。
卒業した後はしばらくはフリーターでバイト先の人らと遊んだりしてた。
虚無ってわけではなくてやりたいことっていうのは常にあって、一人で色んな事して充実していた。
具体的には車を買ってあちこちドライブ行くとか、見たい映画が山ほどあったり、音楽作るのにハマったのもそのころだ。
音楽に関してはバンドをやりたくなったのでそこは仲間が必要になったんだが、別に誰でもよくて楽器できる人がいたら声かけて一緒に遊んだりしてた。
そんな青春時代で、俺は人からなぜか羨ましがられることが多かった。
「なんか自分を持ってる」「他人に振り回されない」「どこか謎めいてて気になる(女性から)」そんな感じのことを言われる事が多かった。
周りもみんな若いからまだまだ表面的なとこで人を見てしまうのだ。
実際の中身としては特になんにも考えてないだけだったし、人から嫌われるのもイヤだったし傷つくことも普通にたくさんあった。
だけど人の気持ちが分からないから結果的に自分のしたいようにしてしまってるだけだった。
付き合った彼女なんかは別れる時には「なに考えてるかわからない」「もっと心を開いてほしかった」とか言われる事も何回もあった。
他人を気にしない俺は優しく見えていたんだと思う。だけど付き合ってくうちに優しいっていうか私のことどうでもいい?って気づいたんだろう。
まあこっちとしてはちゃんと好きなつもりではいたんだけど、好きは好きだが心を開くってどうすればいいの・・って感じだったので泣かれて終わる事が多かった。
今振り返れば「自分の居場所」なんて概念自体まったく存在してなかった。
世界は常に自分とはあまり関係がないように思えて、精神的に居心地の良い場所なんて考えたことすらなかった。
そんな感じなので社会に出て当たり前に苦労した。
しばらくはメッキが剥がれてないので「こいつ不器用だな」って感じでけっこう可愛がられたとは思う。しかし自分自身が徐々にほころびを感じ始める。
「なんか俺やっぱなじめてないな」ようやくここで他者とのズレを認識しはじめる。会社組織というのはやはりそういう人間を浮き彫りにしてしまう。
それからの俺は他人を意識するようになった。その結果まったく魅力がなくなった。
今までの俺は中身がバカであれ、他人のことなどほとんど気にしてなかった。だからズバズバ鋭い意見も平気で言えたし、「自分の生き方」を持ってる人みたいな見られ方もしていたのだ。
しかし周りを気にするようになった途端、単なるポンコツと化していく。慣れないことなんかしないほうがいいのに、変に周りを意識しすぎてあらゆることがうまくいかなくなっていった。
その頃になると俺は「心地よい居場所が欲しい」と思うようになっていた。
仕事で自分が求められてると感じたい、人に愛されてると感じたい、そんな承認欲求がふつふつと湧いてきたのだ。
それから何年もの間周りに評価されよう、愛されようと努力していたがうまくいかなかった。こんなに求めてるのに認めてもらえない事で心は荒んでいった。
その頃学生時代の仲間と久しぶりに会うことがあった。
「増田君、来ないかもなって言ってたんだよ」「いっつもフラっといなくなってたし」
ついでに当時付き合ってた元カノとも会えた。
「そんなに自分の事話す人だっけ?」とおかしそうに笑っていた。
確かに自分の事なんてほとんど他人に話さなかったなと思い出す。
俺は今仕事でもプライベートでも、かつての自分を取り戻すべく意識的に心を閉ざすようにしている。
色んな人に言われて他人に心の扉を開くような努力もしてきたが、今はまったくそんな必要はないなと思っている。
仕事で成功するには仕事の出来だけじゃなく、それを正しく周りにアピールできる事が重要だと俺は思ってる。