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2019-10-14

治水について

追記

とても勉強になるまとめをみつけたのでお知らせしたい。

岐阜大の先生が今回の災害を振り返っている。

どういうわけかうまくリンクを貼れないが、ここ→ www.green.gifu-u.ac.jp/~bhdlab/?p=1391

以下、増田駄文。大変不勉強で、特定の方々をディスったりして申し訳なかった。こんなものをみる無駄時間節約してほしい。

ーーーーー

台風19号治水の大切さについていろいろと考えさせられた。

実は、恥ずかしながら、治水ことなど今まではっきり考えたことはなかった。

休日で暇だったのが幸いして文献を読みまくることができた。

一部、ツイッターなどでは事実上運転を開始した八ッ場ダムが2日間で満水にしたこと

利根川洪水を防いだのではないか話題になっている。

何が税金の無駄だ…台風19号 「八ッ場ダム」賞賛の声が相次いでいる – ジャストニュース

ガンダムになぞらえるなど、まるでヒーローのような扱いだ。へー、ダムってすごいんだな、と思った。

それに対して、冷静な反論も多く見られた。いわれてみれば、

利根川水系の治水対策は、八ッ場ダムけが頼みの綱だったわけではないし、むしろ未完成現在では既存利根川流域の治水計画範囲外のはずだ。

台風接近中、いろいろ文献を読んでみた。日本治水というのは、思ったより興味深いものだった。

数々のツイッターが注意しているように、今回の台風19号八ッ場ダム治水効果技術的な検証を待ってから、というのはその通りだと思う。満水したからといって大騒ぎするのは早計。

一見すると冷静っぽいけど、乱暴反論もあった。

Spica on Twitter: "そもそも論として、八ッ場ダムは利根川水系全体のダム貯水量の何%を占めるのか、八ッ場ダムの貯水量を利根川の流域面積で割るといくつになのか(=防いだ水面上昇量)、という定量的な視点なしに「八ッ場ダムが利根川を救った!」という単純な物語に収束していくのが危険で滑稽 https://t.co/IGUM0RUJCc"

とかね。

百歩譲って、流域全体に均一に雨が降るという前提なら成り立つんかね??定量的って、、、、全く。

そのなかでも、ちょっと気になったのは、以前より長い間、八ッ場ダム反対運動をしてきていると思しき人たちのツイッターブログの書きぶり。

あしたの会とかそんなやつ。以下、「彼ら」。

ひとことでいうと、彼ら、存在しない夢の総合治水像ですべての物事を語っている印象だ。しか上記ツイッターと同レベル科学を装っているから始末にわるい。

具体的にもっと違和感を覚えたのは、堤防管理では越水耐性を強化すべきとしている点。

堤防で水際の越水対策をきちんとやっていればダムなど必要ないというわけだ。

一方、国交省は、堤防の耐越水技術確立されていないとして、導入にすら消極的だ。

それに対して、彼らは、いやそれはダム偏重治水だケシカラン!安価で確実なものができるはずだ!ダム派の陰謀だ!と主張。

おおむね、こんな感じ。

応答する論理がぶっ飛んでしまって、彼らは自分だけ左翼っぽい政治闘争のレールに勝手に乗っかってしゃべっていて、

話がかみ合わなくなっている印象だ。

ダム反対派ってこういう感じなのか、、と実感した。今後はそっ閉じかな、と。

少し時間をさかのぼって、昨日の未明のことを話す。読売新聞が、「利根川決壊の恐れ」とのニュース報道した。

国土交通省関東地方整備局によると、埼玉県久喜市栗橋利根川で氾濫危険水位を超え、13日午前3時以降、同県加須市利根川渡良瀬川の合流点で越水し、堤防決壊する恐れもあるという。このため、両市は防災行政無線などで近隣住民避難を呼びかけている。

https://www.yomiuri.co.jp/national/20191013-OYT1T50008/?fbclid=IwAR3Qx2agzmJXMNhcbSqHfv0ikhreIMAzdALb9YHpsKiUg-hJL24qPzcWqgM

すでに、昨日の時点で、いろいろ文献をあさってて、関東平野治水ちょっとは詳しくなった気になっていたころだった。

決壊すれば、近隣住民避難どころの話ではなく、下流域の春日部市から江戸川区に至るまで広範囲に水没し、カスリーン台風の二の舞になる恐れがある、ということがとっさに分かった。

水位情報確認すると、確かに栗橋観測地点において、氾濫危険水位を超えてじわじわ水位上昇中だった。堤頂から2mくらい下まで水位が来ており、台風強風によるうねり考慮すると、越水が気が気でない状況。

そこで同地点の洪水対策をググってみたら、彼らのウェブサイトがヒットした。

NHKが報道した利根川の決壊を想定した浸水のシミュレーション | 八ッ場(やんば)あしたの会

彼らは、2017年当時、NHK報道した利根川決壊を想定した浸水シミュレーション批判し、次のように主張する。

今回のシミュレーションは、利根川栗橋付近埼玉県久喜市)の決壊で溢れた洪水が、中川農業用水の排水河川)を通して東京都内まで短時間で到達するとしたものです。利根川の氾濫洪水が流下するバイパス中川がなることはあり得ることだとは思いますが、そもそも利根川栗橋付近堤防決壊する危険性がどの程度あるかが問題です。

 栗橋付近から上流の利根川中流右岸および江戸川上流部右岸では、土地を買収して堤防の裾を大きく拡げる首都圏氾濫区域堤防強化対策事業国交省関東地方整備局によって進められています

へー、そうなんだ!やるじゃん、国交省!と安心したのが、彼らの主張を見た最初だった。

ところが、このページの締めくくりに書いてあった文章違和感を覚えた。次のように彼らは締めている。

この事業は浸透に対する堤防安全性を確保することを目的とし、国交省は超過洪水対策ではないとしていますが、これだけの堤防強化が行われれば、決壊する危険性がほとんどなくなることは明らかです。その点で、今回のシミュレーションは前提が現実と遊離した仮想計算といえます

 NHK報道は、利根川栗橋付近で行われてきた首都圏氾濫区域堤防強化対策事業堤防の現況などには触れませんでした。洪水への備えは必要ですが、利根川決壊の恐怖を必要以上に強調する報道は、果たして防災の役に立つのでしょうか。

まず第一に引っ掛かったのは、国交省が同地点で実施した堤防強化事業を"超過洪水対策”ではない、としている点。

超過洪水対策?なんのことを指しているのかわからなかったので、検索してみたら、例の耐越水堤防をめぐるダム反対派と国交省のやり取りがヒットしたというわけだ。

次に疑問を持ったのは、

「これだけの堤防強化が行われれば、決壊する危険性がほとんどなくなることは明らか」

結論づけていることだ。国交省が超過洪水対策じゃないっていってるじゃん??根拠がわからない。

しかも、この記事を読んだのは、国交省がまさに台風19号により栗橋付近での決壊の恐れを警告したニュースをみているときだ。

まり、彼らは国交省堤防強化事業について、越水対策下駄勝手に履かせて、その効果を信じているが、国交省は昨日時点で、すでに堤防強化された箇所において、なおも越水危険を警告した、という構図。

現実と遊離しているのは一体どちらなのか??

さらに、たった今気が付いたのだけど、

http://www.ktr.mlit.go.jp/tonejo/tonejo00552.html

によれば、栗橋付近工事、まだ終わってないか、ほぼ終わったばかりじゃねーか!

2017年に終わってるとか嘘じゃねーか、騙されたぜ。

もうひとつ違和感が残った彼らの主張に、カスリーン台風評価がある。

カスリーン台風襲来時、たまたま運よく吾妻川流域の降雨が少なかったというのが俺の理解だ。

それに対して彼らは、国交省カスリーン台風同程度の台風が来たら被害が大きくなるというが、それは妄想だ、カスリーン台風時でも吾妻川流域は持ちこたえたんだよ、と主張。おおまかにいうと。

これもさっきのツイッターと似て、彼らのお花畑では、流域全体に常に均一に雨が降ってんだろう。

https://yamba-net.org/37932/

これ、朝日新聞朝日新聞で悪い。かみ合うはずがない。

それにしても、彼らは、なぜ、それほどまでに堤防事業を全力で信頼しているのか。その答えは、彼らの思い描く理想総合治水像にあった。詳細は彼らのサイト

大まかにいうと、ダムに過度に依存せず河川改修やソフト対策を中心とした総合治水モデル。へー、脱ダムの主張ってこんな感じなんだと感心。

かに、流域によっては、河川改修の方が費用は少ないという試算を出せる場合もあるだろう。雨水対策や遊水地効果を狙って水を河道から逃がす発想も大切だ。

従来の治水思想は、「貯めて、流す」という言葉表現されるように、「水を河道に封じ込めて人間流量コントロールする」というもの

近年は、彼らになびいたわけではないだろうけれど、ダムを大きな治水の柱としつつも、特に首都圏では雨水対策はかなり充実してきているように思える。

しかし、問題は、近年の気象現象の変化によって増大する大規模水害。この発想でどこまでいけるのか?

一体、どこまでのハザードを国や広域自治体(県)が想定すべきかどうかにも関わってくる。

財政的な現実性を踏まえれば、100年確率検討するよりも、50年、30年確率検討したほうが安価だ。

人命を守ることを優先し、床上浸水は阻むが、場合によっては、床下浸水我慢してもらうといった発想だ。

例えば、2010年に当時の橋下大阪府知事が決定した槙尾川ダム建設中止はそうした費用効果分析に基づいている。

流域を個別にみていけば、最適解はそれぞれ異なるだろう。

比較的規模の小さな流域では、高いコストダムを作って「貯める」中心の治水を行うよりも、むしろ頻度の高い少々の洪水には我慢してもらう、という発想はありうるかもしれない。

なんでもかんでも山河コンクリートで固める時代は確かに終わったと思う。

からこそ土砂災害防止法2001年制定され、避難などのソフト対策へのシフトも謳われた(土砂災害ちょっとジャンルだが)。

しかし、政治的意思決定は、自治体財政的なインセンティブに左右されてしま可能性もあるかもしれない、というのが当時の橋下府政に関する文献をみた印象だった。

そうすると、広域自治体によっては、経済的安価なよりコンパクト治水事業が知らず知らずに選択されかねない。

住民の目からすれば「ちょっと床下浸水くらい我慢してね、あとは自助だよ、自助、逃げろ走れ、だよ」と広域自治体から言われ、

基礎自治体からは、市町村合併して公務員縮小してるところなんで、避難体制整備まで人回せません。。みたいな、ね。

正直、日本中山間地域含む地方は、そんな風に途上国化してもやむを得ない状況だと思っている。

しかし、首都圏洪水から守るという発想は正直、次元が違うというのが、ここ二日間、暇に任せて学んだ印象だ。

総合治水の在り方は、守るべき価値の大きさとのバランスだと思う。栗橋付近決壊で、東京ダウンタウン住民数百万人に、一斉に逃げろ、みたいな構図は、正直ありえない、あってはならない。

国のシナリオでは100兆円34兆円(*訂正)をこえる被害想定も算出されている。

百歩譲って、首都圏を守るための治水事業においても、脱ダムして、河川改修を中心とした対策シフトすべきだ、としても

彼らのように、現実にありもしない堤防越水対策などを謳って独自の想定シナリオ提案し、脱ダム必要性を訴えるのは、行政サイドからは話がズレているとしか思われず、空回りするだけだろうと思われた。

河川改修の重要性、これに異論があるわけではない。例えば新潟三条流れる五十嵐川とか、拡幅工事がなかったら終わってたわけだし。だけどダム否定する論理にはならない。

しかし、議論するなら説得力は相当に必要だ。相手にされなかったときに、やっぱりダム利権が絡んでいるからだ!と政治闘争路線に走るのも彼らのお決まりコースなのが残念なところ。

ドラえもんの道具を謳いたいなら、それは科学論文証明してもらわないと。

科学技術的な論文勝負してもらいたい話を政治の話にすり替えるのは卑怯だし、見苦しい。

そんなことを思いながら、貴重な休日が終盤に差し掛かりつつある。。

+++++

追記その1訂正

首都圏大規模水害の被害想定は34兆円が正解。土木学会が取りまとめた高潮被害混同してました。。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A6%96%E9%83%BD%E5%9C%8F%E6%B0%BE%E6%BF%AB%E5%8C%BA%E5%9F%9F%E5%A0%A4%E9%98%B2%E5%BC%B7%E5%8C%96%E5%AF%BE%E7%AD%96

http://committees.jsce.or.jp/chair/system/files/%E4%BB%98%E9%8C%B23_%E6%B2%B3%E5%B7%9D%E5%88%86%E7%A7%91%E4%BC%9A%E5%A0%B1%E5%91%8A%E6%9B%B8.pdf

追記その2

長くなりすぎるので割愛したけど、調べている途中で見つけた新潟県及び三条市の過去15年年にわたる五十嵐川治水の取り組み、見附市刈谷田川田んぼダムソフトハード絶妙な組み合わせ。素晴らしいものがあると思った。

市町村合併云々のくだりは倉敷市真備町の事例を参考にした。雨水対策は、中堅都市では岡崎市住民参加型の取り組みも興味深く拝見した。

本来このような話を本文で書くべきだったのかもしれないがあしからず

追記その3

「彼ら」含めた原告団最高裁まで争って敗訴決定したのは2015年こと。住民の疑問点は一顧だにされなかったと憤慨されている記事もある。しかし、そのあとにも引き続き、いろいろと従前の主張を繰り返しご発言なさってるという状況は留意しておいてもいいことだと思ってる。治水の話かと思いきや、左翼レッテル張りの記事に見える(個人の感想です - fn7のコメント / はてなブックマークに対するコメントとして。→ええ、そうだよ、思いっきりディスってるよ。

負けたなら黙れっていってるわけじゃないが、高裁判決に対してろくに反論もしてない時点で、キャッチボールになってないんだよ。そういうもの無視して同じ主張を繰り返すくらいなら、主戦場を変えたら?って思う。

2015-05-15

大阪市廃止による「暗い」未来予想図はすでにある

元増田

http://anond.hatelabo.jp/20150515102420

橋下徹大阪市長の「大阪都」構想に基づき、17日に同市の有権者に問われる大阪市の廃止と五つの特別区への分割についてどう考えるか―。長年、地方自治研究してきた宮本憲一大阪市立大学名誉教授京都市内の研究室で聞きました。(聞き手藤原直)

 ―維新の会が「都」構想と呼ぶ大阪市廃止・分割案についてどうお考えですか。

 大阪市歴史的形成されてきた日本代表する大都市であり、24区のコミュニティーを基盤とした自治体です。これを廃止するのは極めて乱暴なことであり、暴挙だと考えています

 私は京都市民ですが、京都市民に「京都市をなくして、いくつかの区に再編してもよいですか」と尋ねれば、ほとんどの市民は反対します。神戸市でも同じです。現に大阪府堺市市民も市の廃止に反対しました。

 当初、「都」構想を政令市改革の一案として議論していた専門家の間でも、具体化された現在の未熟な案には、これを一般的評価するほどの関心すらなくなっています

 具体的には、やはり財政調整に大きな問題がありますね。現在の市のかなりの税源が府に取られる。しかも府から特別区に配る交付金の配分割合の決定権は府にあります。5区の意見が十分に反映されるか疑問があるし、吸い上げられた財源が特別区のために使われる保証もありません。

 120もの事務が、住民の声が届きにくい一部事務組合に任される。これだけでもこの構想は間違いだと普通なら判定しますよね。

 とくに大阪市をつぶすという橋下氏の個人的目的が先にあって、なぜ大阪市が廃止されなければいけないのか、大都市を分割していいのかという基本的問題がまったく議論されていない。それが私は非常におかしいと思っています

 そもそも大都市には集積の利益と言われるメリットがあります近代社会では経済医療高等教育文化といったものが、一定人口規模や経済的な諸力がなければ成立しません。ですから、どの国でも大都市形成され、一国の華をなしています大都市は全国に発信する文化経済の核を育てるゆりかごです。その発展は一国にとっても重要意味をもっています

 他方、大都市には集積によるデメリットもあります貧困公害住宅難や交通渋滞といった都市問題です。この影の部分を直すのが都市政策です。

 大都市メリットを維持しながら、都市問題都市政策改善していくのが都市行政の基本です。それなのに、角を矯めて牛を殺すようなことをしてどうするのか。市を解体しても都市問題は解決しません。しかも、いったん壊してしまったら、単に市民にとってだけではなく、一国全体に大きな不利益をもたらすことは間違いないわけです。

 大阪市を五つの特別区と府に分けると、市の都市政策に関わってきた優秀な人材も、その蓄積もバラバラになります。辞める人も出てくるでしょう。区行政が落ち着くまで恐らく数十年はかかる。サービスが落ちるのは目に見えています

◇  ◇

 ―では大都市において今、本当に必要なこととは何でしょう。

 まず、都市政策というものを、もっと市民福祉を向上させるために行うべきだということ。そのためにも住民参加の仕組みを充実させなければならないということです。

 大都市において住民の声をどう行政に反映させるかという課題は各国共通していますしかし、そのために大都市を廃止して分割した例はないわけです。

 どうしているか。例えばニューヨーク市では、59のコミュニティー委員会に50人ずつの委員が選ばれ、市議会とは別に市政に参加する仕組みをつくっています。ここで議論されたことはかなりの割合予算にも反映されていますイタリアにも地区住民評議会という制度があります

 日本政令市でも内部に区自治協議会を設置したところもあるし、行政区総合区に格上げすることなどができるようになってきたので、各都市市民自身地域に合った住民参加の仕組みを考案していけばいいのです。

 ―橋下氏は1990年代に府と市がそれぞれ建てた高層ビルを「二重行政」と批判し、政令市である大阪市が大きな予算をもち府と似たような仕事をするから無駄が起きると主張しています

 それも間違いです。そのビルが両方とも破綻したのは事実ですが、それは二重行政の失敗ではなくて、それぞれの行政の失敗にすぎません。

 市をつぶして、府知事という「一人の指揮官」をつくるという考え方自体がよくないんですよ。やっぱり府があれば、市も市議会もあり、市民がいるんでね。例えばカジノの誘致問題府知事市長意見が違ったって構わないんですよ。

 ただ、いまだに少なくない市民が橋下氏の構想に期待を寄せている理由は、何よりもまず中身がよくわかっておらず、大阪が「都」になれば、東京匹敵する経済力や行財政力になるのではないかという幻想があるからだと思いますしかし、実際には大阪市が無くなるだけで、今回の投票では府の名称すら「都」にはなりません。

 第一、大阪がなぜ東京のまねをしなければならないのでしょうか。私は、戦後大阪府市政、財界政策の失敗の原因は、東京の後追いをしてきたことにあると思います。民生部門が多い「商業の都」だったのに東京重化学工業に追いつこうとして造った堺泉北コンビナートが、あまり地域経済に貢献せず、逆に公害を出したこともありました。(茨城県の)筑波研究学園都市)のまねをして失敗した「けいはんな学研都市」にしても、湾岸部の開発にしても、失敗の連続だった。地域の特徴を踏まえて大阪の持っている力をどう引き出すかということにならなかったからです。そこにきて今度は、戦時中戦争のためにつくられて今でも安定しない都区制度までまねるという。それで良くなるというのはまったくの幻想です。

◇  ◇

 大阪市民はもっと誇りを持たなければいけません。戦前は「都市政策大阪を見ろ」と言われ、どの街も大阪を模範にしました。東京高商(現在一橋大学)の教授から助役を経て市長になった関(せき)一(はじめ)市長(在任1923~35年)が目標とした「住み心地よき都市」を今こそ目指すべきです。

 関は、御堂筋地下鉄建設で有名ですが、本領社会政策にあります労働者住宅保育所をつくり、市民の絶大な協力で大阪商科大学現在大阪市立大学)を創設し、文化殿堂しました。大阪衛生試験所をつくり、日本初の大気汚染観測を始めています

 当時、中川望という府知事や、関の親友だった東京市顧問・岡実が「都市格」を大阪市目標として提唱しています。岡は、日本には天子天皇)のいる権力の都(みやこ)はあったけど市民都市がなかったと。だけど大阪は「都市格」のあるまち、すなわち、市民の自治都市でなければならないと言ったんです。

 いまは国際的にも都市目標というのは環境文化にあります大阪には人々に尊敬される都市になってほしい。権力の都にはなってほしくない。

 昔から大阪江戸じゃないんです。大阪市民がつくった市民の街なんですよ。自由なる市民都市。そこに大阪の意義があります。「シティ」とはそういうものです。

http://www.jcp.or.jp/akahata/aik15/2015-04-29/2015042903_01_0.html

2012-12-08

プレゼン下手な党

http://www.jcp.or.jp/web_download/seisaku/20121126-seisaku-dj-net.pdf

共産党防災に関する政策ではこう書いてある

  • 住宅生業再建への公的支援復興の基本原則にすえる
  • 「期限切れ」といって支援策を打ち切る、非情な政策をただす
  • 支援策の「線引き」をやめ、すべての被災者・事業所を支援の対象とする

これを読むと、同じ災害を引き起こさないための対策は一切行わないようにみえる

http://www.jcp.or.jp/web_policy/2012/11/2012-07.html

だが、分野別政策を読んでみるとこう書いてある

長周期地震動地盤液状化などへの対策を強化し、被害を最小に抑える取り組みをすすめます交通やガス・上下水道などライフライン施設、河川堤防、がけ崩れや土石流などの危険箇所、老朽化したため池など、災害危険個所の点検を急ぎ、必要な補強・補修を優先しておこないます。住民の要求をよく踏まえて、電線の地中化など、安全性を高める措置をすすめます災害対策を無視した開発行為規制など、まちづくりのものを、開発優先から防災を重視した住民参加型に転換します。開発や土地利用の変更にあたって、災害に対してどのような影響があるかを事前にチェックする防災アセスメントを導入します。森林の荒廃が大量の流木や大規模な土石流をひきおこし、被害を増幅しており、間伐や風倒木撤去の徹底、作業用林道の回復措置などを確実におこなえるよう必要な支援を強めます災害復旧にあたっては「原形復旧」をおしつけるのではなく、再度災害を防止するため必要な「改良復旧」をすすめます

必要な補強を行うには土建屋に作業を頼まないといけない。同じ災害を防止したりするのも同様だ

頼む主体は国だ

国が行う事業は公共事業と呼ばれているから、必然的に需要も増えることになる

まりやろうとしていることは自民党の国土強靭策と同じになるのだが、政策ダイジェストではそれに触れられていない

まったくもってバカだとしか言いようがない

 
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