はてなキーワード: 質量とは
公開番号:特許公開2007-259699
要約:
【課題】ダークマターは-273℃の空間で自転している電気のラブと陽子のラブではないだろうか。太陽には、どうして惑星の合計質量の700倍もの水素とヘリュウムが存在するのか。宇宙背景放射の光子の軌道エネルギーはいくらか。
【解決手段】太陽の原始星のジェット噴射である光子が、その場の温度を高くし、ダークマターである自転する電子のラブと陽子のラブは公転し水素に成った。この水素が太陽の原始星に集まり、太陽ができたと考える。太陽の原始星が噴出する光子はどこまで飛ぶかを考える。そこに、小惑星が存在する事によってダークマターは電子のラブと陽子のラブであることが証明される。宇宙背景輻射の公転軌道エネルギーは、ビッグバンの光子が137億光年の距離を飛行するあいだに弱まったと考える。
私自身テレビを見ないのだが、テレビでも放射線の話題が多いと聞く。
さて、普段テレビをよく見るという専業主婦たちにどんな放射線の話をしようと
地元研究機関で報告された環境放射線は震災前の数値と変わらないとか
話してわかったのが、放射能怖いとか言う割には何にも知らないということ。
放射能をもつ物質ともたない物質では、放射性以外に違いはない(質量はおいといて)ことを知らない。
計数管のガイガーミュラー式とシンチレーション式の測定結果は違うことを知らない。
ひまわりがどうとか言う。
テレビが公共の役に立つ代物であれば、彼女達のおかしな行動や不安を取り除いてやれよ。
別に真面目くさった放射化学のお勉強なんかなくていいんだけど、
基本中の基本なイメージくらいつけさせてやってくれよ。
(http://www.drk7.jp/MT/archives/001769.html のマネ / http://anond.hatelabo.jp/20110515004216 の続き / 昔も同ネタで書いてた → http://anond.hatelabo.jp/20101218150419 / 書きおわってから http://anond.hatelabo.jp/20110515220351 に気がついた。この記事よりはるかによみやすいのでおススメ)
評価者の属性によっておおきく変りそうなので一応こちらも受けて立とう。
iPod Touchとhtc EVO wimaxを使ってみた差を独断と偏見で語ってみたいと思います。
まず結論から。
比ぶべくもなく圧倒的な差で"僕的には" androidの勝ちです。ただし、iOSユーザにはその意味は多分わからないでしょう。誰にでもおススメできる道具じゃありませんし、そこまでケータイに求めないのであればiPhoneでもガラケーでも好きなもの使えばいいと思います。
androidをかなりはやい時期から使ってたこともあり、iPhoneユーザから「androidいいですか? / androidはコレありますか?」 と人に聞かれることも多いのですが、「androidいいけど、iPhoneでいいならiPhoneのほうが良いよ」あるいは「androidにiPhoneと使いかた違うから、同じように使おうとしてもそんなソフトないかもよ」と答えます。今後の機種変についてはiOS以外なら試していきたいですが、しばらくはandroidを使うことになると思います。
一方、別の技術も知っておくという意味で、オモチャとしてiPod Touchを買ってみました。まぁ、ムービープレイヤーとしてはまぁまぁ良いので、機内のお友にしばらく使うことでしょう。
とはいえ、自分の母親みたいなど素人には「ガラケー使っとけ」と言うでしょう。iTunes用母艦のメンテも、androidのメンテもしたくないよ。
さて以下詳細。
スクロール速度についてはiPod Touchのほうが良い場合が多いです。ただ、htc EVOも言うほど劣っているわけではないです。むしろ、iPod Touch(iOS)でデフォルトのアニメーションで「目がごまかされてる」部分が気になります。アプリの切り替えやインテントによる連携なども含めて、androidのほうが「最短距離を進む」快適さがあります。てか、スクロールなんて引っ掛からなきゃいいでしょ。(xperiaが引っ掛かるのは多分メモリが足りないんじゃないかな)
アプリ込みで考えると、iOSは不安定なものがおおい。これはTouchだからかもしれないが、フォアグラウンドのアプリが突然不安定になっていきなりホームに戻される。これはいただけない。androidの場合はちゃんとエラーダイアログが出て、必要に応じてその内容を作者にフィードバックする仕組みがあるため、ちゃんとしたアプリの安定度は日々あがっている。GCがかかると時々重くなることもあるが、EVOでは気になるほどでもない。
確かにアプリ自体の作り込みはiOSの方が高い。しかし、iOSは「ちょっとしたこと」でも有料アプリな上に、「ちょっとしたこと」が全然使用感の向上に寄与しない。androidの場合、ちょっとしたアプリもインテントのおかげでさまざまな活用法が可能になるので、ボランティアレベルのプログラムでも戦力になる。
例えばiOSユーザの話を聞くと「○○ってアプリは神! Evernote/read it later/ナンチャラカンチャラと連携できる!」みたいな間抜けなことを言っているんだが、Androidはそもそも連携できないアプリがカス以下扱い(昔のustreamアプリとかね)。具体的には、twitterアプリでshort URLを展開する機能がついてて便利! とか言われても、「でもそれ開いてサファリで開いてさらにニコ動アプリ起動して」とか阿呆臭くてしょうがない。どのアプリからでもURLを開こうとするとちゃんと展開→確認の上、最適なアプリで直接開く、というところまで意識的なアプリ切り替えなしで行けるし、見終ったら戻ることも簡単。
あと、有料アプリのお試しができるようになったのが地味に便利。期限が15分になっちゃってちょっと切ない…。お試しができないApp storeで何度か外れアプリを買って以来、iOSで有料アプリは買ってない。
EVOの画面でかすぎ! 手が届かない。通勤中はtouchで我慢することもあります。あと、pdfを読む用にtouchは便利。
とはいえ、スライド読む用と論文読む用で別アプリになってしまい、管理が面倒なのが減点 -- dropboxから送り込むコースとmendeleyから送り込むコースとがあって、さらにわけわからん。あーこれは「画面」の問題じゃないや。
これはEVOは最悪。まぁ、ひどい時にはwimax, 3G(通話用), wifi(テザリング用)と3つも無線機動かすのであきらめてる。ipod touchの持ちの良さは機内のお伴には最適。
touchのカメラはおまけなので評価せず。とはいえ、skype for androidがフロントカメラ使えないので、skypeでvideo chatするときはiPod Touchを使います。てか、iPhoneユーザの「カメラ」ってデジタル処理(instagramとか)ばっかりで気持ちわるい。ちゃんとしたカメラで撮った写真以外を「作品として」人にみせびらかすために「一見オサレ()風に加工」とか、ちょっとねぇ。
あまり気にするほどの耳は持ってない。本体スピーカーは、本体質量がデカい分かもしれないがEVOの圧勝。
wimaxを使いはじめたら元には戻れません。softbank? 使ったことないので評価は控えますが、あの社長は嫌いです。本業おろそかにして目眩しばかりやってるタイプでしょ?
元blogで言及されなかったandroidの特徴が3点あって、「ハードウェアボタン」「連携性」「端末の自由度」。ハードウェアボタンは、「とりあえずここ押す」というボタンなのでとても大事。特にandroidで大事なボタンはbackボタン。つまり、スタック上にさまざまなアプリから取り出してきたactivityがシームレスに重なってて、終わったらそこに戻れる、という環境と、それに適したアプリ/使い方を見つけられないと、androidは不便なだけだと思う{{多くのiOSユーザがこれがわからずに、単体アプリで何でもやりたがるのが不思議である。Emacsか?}}。連携性も同じで、インテントによるアプリを結合した使い方って、確かにちょっと使いこなしが必要な点。ただ、手に馴染むと快適さが半端ない。「端末の自由度」についてはいわずもがな。まだまだ不十分だけど、「ワンセグが欲しい」「おサイフケータイ」「防水じゃなきゃヤダ」という要求に応えられるのはandroidであって、iPhoneではない。
iOSは単体では何もできず、何するにしてもiTunes{{それも「特定のPCの」iTunes! 糞! デスクトップに同期させてると出先のノートで何もできやしない!}}が必要になるのに対して、androidは単独で/クラウドと結合することで成立する環境になっている。まさに Apple と Google の思想の差がそのまま反映されているのは当たり前。iPod Touchはあくまで「Mac/PCのオマケ」な端末であるのに対して、androidは僕の中で「仕事の道具」という位置付け。それぐらいの違いを感じる。
僕は基本的にコンシューマ系OS(Macも、Windowsも)大嫌いな偏った人間ですが、この手の端末は金太郎飴みたいに同じような道具になるのではなく、手になじんだ一人ひとりにスペシャルな道具であるべきだと思ってる派{{カウボーイは、馬は捨てても鞍は捨てずに持っていく by HHK}}。そんなわけで結論に戻って、僕的にはandroidの圧勝なわけでした。ただし、他の人には、「androidは手になじんでくる感じがおもしろいけど、困ってないんなら別にガラケーでいいし、パソコンに慣れてるならiPhoneでいいんじゃない?」 と言ってます。こんないい道具、他人と共有してなるものか(笑)
放射線の一種のアルファ線(α線、alpha ray)は、アルファ粒子の流れである。
電離作用が強いので透過力は小さく、紙や数cmの空気層で止められる。
しかし、その電離作用の強さのため、アルファ線を出す物質を体内に取り込んだ場合の内部被曝には十分注意しなければならない。
透過力は弱く、通常は数mmのアルミ板や1cm程度のプラスチック板で十分遮蔽できる。
ただし、ベータ粒子が遮蔽物によって減速する際には制動放射によりX線が発生するため、その発生したX線についての遮蔽も必要となる。
X線とは波長領域(エネルギー領域)の一部が重なっており、ガンマ線とX線との区別は波長ではなく発生機構によっている。
そのため、波長からガンマ線かX線かを割り出すことはできない。
中性子線を止めるためには鉛や水やコンクリートなど大きな質量の厚い壁が必要である。
半減期はプルトニウム239の場合約2万4000年(アルファ崩壊による)。
プルトニウムはアルファ線を放出するため、体内に蓄積されると強い発癌性を持つ。
中性子を反射するタンパーを用いると核兵器中のプルトニウムピットは10kg(直径10cmの球に相当)まで減らすことができる。
1kgのプルトニウムが完全に反応したとすると、20キロトンのTNT相当の爆発エネルギーを生むことができる。
Plutonium - Wikipedia, the free encyclopedia
Plutonium is more dangerous when inhaled than when ingested.
The risk of lung cancer increases once the total dose equivalent of inhaled radiation exceeds 400 mSv.[89]
The U.S. Department of Energy estimates that the lifetime cancer risk
for inhaling 5,000 plutonium particles, each about 3 microns wide, to be 1% over the background U.S. average.
放射線の一種のアルファ線(α線、alpha ray)は、アルファ粒子の流れである。
電離作用が強いので透過力は小さく、紙や数cmの空気層で止められる。
しかし、その電離作用の強さのため、アルファ線を出す物質を体内に取り込んだ場合の内部被曝には十分注意しなければならない。
透過力は弱く、通常は数mmのアルミ板や1cm程度のプラスチック板で十分遮蔽できる。
ただし、ベータ粒子が遮蔽物によって減速する際には制動放射によりX線が発生するため、その発生したX線についての遮蔽も必要となる。
X線とは波長領域(エネルギー領域)の一部が重なっており、ガンマ線とX線との区別は波長ではなく発生機構によっている。
そのため、波長からガンマ線かX線かを割り出すことはできない。
中性子線を止めるためには鉛や水やコンクリートなど大きな質量の厚い壁が必要である。
ガイガー=ミュラー計数管は、GM計数管あるいはガイガー・カウンター(Geiger counter)
この型は、管の一方の端に放射線が容易に通過できるように窓があることからこう呼ばれる。
ガラス窓型は、アルファ線がガラス窓を通過できないのでアルファ線は検出できないが、大抵はより安価であり、ベータ線とX線を検出する用途で使われる。
ほとんどのGM管はガンマ線と2.5MeV以上のベータ線を検出する。
GM管内のガス密度が低いため、透過力の高いガンマ線は相互作用をしにくいためである。
ガンマ線を測定する目的では、NaIシンチレーション検出器の方が適しているが、逆にシンチレーション検出器は窓が厚くベータ線は透過できないので、ベータ線の検出には適していない。
内部被ばくの“証拠”撮影 長崎大研究グループ - 47NEWS(よんななニュース)
アルファ線は人体の中を極めて短い距離しか透過しない(組織の中で約40ミクロン、骨では約10ミクロン)。
時事ドットコム:機動隊員ら13人、内部被ばくなし=原発3号機で放水作業−放医研
マスコミは決して語らない、内部被曝の危険性 : MotoJazz
そういう意味ではタイトルは釣りですよ。すいませんねどうも。でも130キロあった俺が、3ヶ月で100キロを切ったのでそれを記念して手法を増田に書いてみるぜ。いつもやってるブログじゃ私生活(笑)の事は書いてないのでね。すごく久しぶりに増田を利用するぜ。昔の空気しかしらんからズレているかもわからん。でもまぁ検索でもされて誰かの役に立てばいいと思って書いておくぜ。
道半ばだがね。
その手法とはすごく簡単だ。
この三つだ。
中途半端な動機付けではとてもじゃないが100キロ超まで太らせた奴に決心させることは相当難しい。人によっては恋の力とかそういう途方も無いものをどこからともなく使うリア充もいるらしいがそんなもんがそこらに転がっていれば誰も苦労はしちゃいない。
だから誰にでもできる動機付けをやろう。それは医者に行くことだ。
スポーツマンとかをのぞけば、標準的なアジア系日本人なら、100キロも体重があったらまず確実に病気になってる。
だから医者に行け。できたら肥満症系の専門医がいい。一番なのは糖尿病系の開業医・専門医がいい。
糖尿病なんて関係ないって?そう思うなら以下に思い当たることがないか考えてみることをすすめる。
これな、ほかからみるとのんきな元気な奴に見えるんだが、これに複数思い当たる節があったらこれは糖尿病の可能性があるぜ。
一つずつ説明するとだな…。
そうして病院に行くと「糖尿病ですね」あるいは「肥満症ですね」もしくはその予備軍ですねと言われる事となるだろう。すると近頃は肥満症・糖尿病の治療は非常に体系的になっていて、きちんとダイエットの方法などをアドバイスしてくれる。
またさんざん脅してくれるので、相当でもない限りきっちり動機付けは出来るだろう。
実はこれだけでほとんどダイエットなど成功する。ただ俺がやった方法を後に書いておこう。
まずはこれだ。これに尽きる。食わないというのは量を食わないのではなくカロリーの高いものを食わない。
食って痩せる?そんなことはできっこない。そんなモノはほとんど幻想と言ってもいい。
適正体重内の奴がより理想に近づくために、2キロ減量とかそういうのだったらいいかもわからんが、130のデブが30キロ急いで落とさなければならんとか言うのは無理だ。まず食うな。
これは手で計算しろと言っているわけではない。が、自分に逃げ場ないくらい精密に行うべきだ。そういう点で、ソフトウエアと、キッチンスケールを利用する。
カロリーを記録するという触れ込みのサイトは幾つかある。またソフトウエアでも数千円からプロが使う並に充実したソフトウエアが購入できる。そう言うのを探してもらえばいい。
俺はマッシュルームソフトウエアというところのカロリー計算ソフトを使用している。これはプロの栄養士も使っている比較的高度なものだが簡単な操作で計算ができるようになっていて便利である。クラウドというかASP型の無料サービスもある(ただこちらは時間がかかりすぎる印象があって毎日ぱぱっと行うにはローカルのアプリのほうが良いと判断している)
昔だったら大変だったんだろうが、今は優秀なサービスが多いのでわりと簡単にできる。
具体的な食べ物については、こうして記録していくと自然に自分のライフスタイルの中でカロリーが低く好きなものが出てくる。また自然に嗅覚も付いてくるので、それほど心配する必要ないと思う。
むしろこうでないと、なにか特定の食材に頼ったダイエットをすると必ず無理が出る。いかに習慣化するかというところがキーポイントだからだ。
次がこれだ。よくダイエットというと食事だけで減らそうという奴が出てくるが、原則的にそれは成功しないと思ったほうがいい。(逆に運動だけでももうまくいかない。だから食うな、動けということになる)
よくカロリー計算をすると多少運動をしても全然痩せないのだから運動などしても無駄だという意見があるが、実際のところこれは半分事実で、半分間違っている。たしかにカロリー計算すると純粋にその運動だけで消費されるカロリーはずいぶん少ない。だからそれ自体では大して効果がないというのは事実である。だが半分事実としたのは、実際に運動した効果はその運動による消費以外にも及ぶからだ。人間は少し動くとそれだけで体が活性化される。これは運動の前後でカロリーを消費しやすくなるという効果と、運動することで身体能力が向上して動けるようになってくると言うことである。ここまで計算に入れればかなり違う。
同じく、以前NHKの番組で「『筋肉増で基礎代謝を増やし、それによって減量する』というのは、実際には筋肉増による基礎代謝がふえる量は微々たるものでそれは嘘である」と紹介されたが、これは事実だが誤解されやすい。ここで言われている基礎代謝は学術用語で厳密な意味での基礎代謝だ。一方ダイエットというか肥満症の治療に詳しい理学療法士が言うのは「運動によって基礎代謝が増える」ではなく「運動によって生活代謝が向上する」あるいは「同じ運動でも消費カロリーが増える」ということを指している。ここを取り違えて運動の効果を軽視してはいけない。
この運動も、これもいかに習慣化するかということがポイントだ。だが状況によって手法はいくつかあるしそれが誰にでも当てはまるのはおそらくない。歩くのが好きな奴、自転車が好きな奴、そもそも外に出たくない奴などなど。
だからこれは全く参考にならん人もいるかもしらんし、参考にしてくれる奴もいるかもわからんが俺の手法を書いておく。
以下の道具を用意した。
今の時代に幸いにしてといったらいいか、仕事はあるのはよいのだが帰宅が11時などが連夜続くこともあり、運動を続けるのはなかなか大変である。そこで組み合わせたのが趣味といっしょにするということだ。
まずさすがに無駄にしたらヤバい金額の運動器具を買う。これはまず第一に動機付けをするということと、きちんとした機械を使うことで故障することなどへのリスクを回避する効果を狙う。
安くても意思があれば大丈夫と言われるかもしれないが、このとき重要なのは、100キロ超の体重にも対応する運動器具など実際には殆ど無く、市販で売っている安価なものを100キロ超の人間が使うといとも簡単に壊れるという点だ。これは単純な話で、力というのは質量×加速度だ。掛け算で効く。そのため同じ運動速度でも体重が大きい奴が使うと運動器具にかかる力が非常に高くなるということだ。おそらく動くだろうという程度で安物を買うとあっという間に壊れる。ここにケチってはいけない。ヘタをすると適正体重の人でもちょっと運動をして筋力が付いてくると壊してしまうようなやわなものも出回っている。
次にパソコンと大型ディスプレイ、マウスとキーボード、そしてネットレンタルDVDの契約だが、これはつまり、趣味である。俺は典型的な消費型オタクである。アニメ、シミュレーション系を中心としたゲーム、漫画、小説を愛する。(これで130キロ超、今でも100キロ、さらに顔面が先天的に不自由だし、服のセンスもないし最近声優にも詳しくなってきたし、きっちり世間一般キモオタの要件を満たしているがまぁそれはそうだとしか言いようがない)
そしてこれらを運動する器具の周りに配置して、ネットレンタルしたアニメを見ながら、シムシティをやりながら、エロゲをやりながら運動するのである。するとかなり時間が早く過ぎる。これにより毎日30分、1時間などあっという間…というのは言いすぎかもわからんが、ずいぶん楽にできるのは確かだ。
運動するぞといって意識してやるのはたしかに重要だし集中するのもいいだろうが、毎日続けることが重要である。だから集中するのではなく、”ながら”で毎日やる楽しいことと一緒にやるのである。
以上のような方法で3ヶ月で30キロ落とし、130キロあった体重が今日100キロを切った。
こうやってかくと怪しげな健康食品や壷系石系の怪しげな広告文句に見えるが、事実だ。
とりあえず30キロ痩せるということは、30キロ分の荷物をおろして歩くようになったのに等しい。一日中歩きまわっても足が痛くならなくなったし、どこにでも行けるようになった。
背が伸びたのも事実だ。正確には伸びたというわけではなく、今まで過大な体重を支えていた背骨や関節の軟骨が伸び、1センチぐらい測定値が伸びた。
また、どうも今まで腹に重たいおもりを積んでいたので自然と前かがみに、姿勢が悪くなっていたのが矯正できるようになった。今まで姿勢をよくしようとしても前についた肉を持ち上げるだけの背筋が必要になるため、かなり困難なことだった。さらに前に向かって体重をかければ、肉がつっかえるようになってそこで体重を支えられてしまうので楽にしようとすると姿勢がどんどん悪くなっていた。これがなくなって姿勢を良くすることが苦ではなくなった。
すると自然と背が高く見えるようになったらしい。これも含めて同僚には「こんなに背が高かったでしたっけ」と言われたりもした。
仕事ができるようになったのも事実だ。今まで夕方になると低血糖になって明らかに生産性が落ちていた。これもなくなった。というか全般に体調がえらくよくなった。
その関連か、血色がよくなった、というか、肌がツヤツヤになった。正確にはふできものができなくなったと言えるし、抜け毛も明らかに減った。
女性には関係ないことに思うし、少々お下品な話であるが、最後にチンコが長くなったことも書いておこう。これは正確には長くなったと言うよりやせたことでチンコ周辺の肉が落ち、露出するチンコの長さが増えたことにより相対的に長くなったように見えるのである。同時に根元がやせた分皮が引っ張られることで若干顔を出すようになった。日本人の大半は仮性包茎である統計もあり特に気にしてもおらず、誰かに見せて使う予定も今のところ残念ながら惑星間に浮かぶ微細な塵一つほどもないのであんまり関係がないのだが、小便をするときに楽になった。同じく、下を向くと自分のチンコが見えるようになったことも書いておこう。実利はあまりないが、男性諸君は分かってくれることと思う。これは地味に自分がやせたのだという実感を感じさせてくれることだった。
ただ体調としてはいいことばかりではない。人間は一ヶ月に落とす体重は、最大で1%以内にするべきなのだそうだ。そうでないと体のバランスがおかしくなる。またリバウンドの危険性が大きくなる。
今回は一ヶ月に1割近く体重を落としている。そのため、体重が減ったことで腰痛が出たり(腰の体内圧力が落ちることで起きるのだそうだ。そのため今はコルセットを付けている)、肉のエプロンというか、余った皮が体の前に垂れ下がってきたり、うまく体のバランスが取れないと感じることもあるが、それはいずれなれると思う。
ちなみにこんなことを書いているが、俺の理想体重は70キロである。まだ30キロもある。まだまだ道半ば…より手前だ。運動は体重が減ると自然に負荷が減ってしまう。だからこれからはさらに困難になるだろう。
ただ自分の言うダイエットは、本来理想体重前後にある人が外観的な理想を求めて行うものと異なりかなり痩せやすいと言っていい。その点でそういった苦労しているというイメージのあるダイエットよりかなり簡単だ。
また、それらよりはかなり切実なものだ。
ぜひ100キロ超の諸君、ぜひダイエットをして軽くなろうではないか。俺も頑張るので。
使ってる道具について質問いただいたんで、そのあたりのエントリーも書いてみたぜ
http://anond.hatelabo.jp/20110307112404
他にも何かあれば分かる範囲で答えるぜ
ソウルジェムが水蒸気で グリフシードが水だね。 水蒸気を冷却(エネルギーを奪う)と水になる。 水を加熱(エネルギーを加える)と水蒸気になる。
熱の放出効率が120%だと仮定すると、熱の吸収効率が120%だから、再び水蒸気になるためには、多くのエネルギーを吸収しないといけない。
つまり、実は、このシステムも質量保存の法則を破れているわけではなさそう。
魔力自体は負のエネルギーだから、正のエネルギーで考えると、穢れを与える、は、清らかさを奪う。になり、穢れを奪うは清らかさを与えるになるから。
冷却=清らかさを奪う=穢れを与える。
正負を逆転して考えると、エネルギーと一致すると思われる。エネルギーも電子はマイナスで電流は逆方向のエネルギーだから、あってるんじゃない?そこは、およそ。
いちおう、個体ということで、水と氷でもいいけど。
※どうでもいいけど、ソウルジェムもグリフシードも入れ物であって、魂ではないから、入れ物が壊れても中身がなくなるわけじゃない。だから、グリフシードを壊しても、それも万事解決はしていないから、グリフシードを壊せば質量保存の法則を敗れる。という事は証明されないよなぁと。いろいろ、先の展開がまだできるね。
ただまぁ、ようするに、質量保存の法則を、焚き火から、原子炉に変えたようなもので、グリフシードが産廃って話だよなぁと。だとすると、あまり毛並みは良くなくて
何かの事故で、もしくは、自然回復でグリフシードがソウルジェムに一斉に戻っちゃうと、かなり宇宙の危機だなぁと。だから、グリフシードは厳重に保管しないといけないけど・・・ ようするに核分裂だから問題であって、そもそも、そんだけの科学力があるなら、質量を直接エネルギーに変える方法を導けよと。そっちのほうが安全で早いだろと。
エントロピーとは。
おそろしく、大雑把に言うと
人間はエネルギー本体ではなく、エネルギーの差からしか、エネルギーを取り出せない。
人間は、2つのエネルギーたとえば、 100+1と100-1 の差分から、エネルギー1を取り出すことが出来る。
そうすると、元々の場のエネルギーの差は+0.5 -0.5 取り出されたエネルギー1 となり エネルギーの総量は 200であり 変わらない。
これは、アインシュタインの質量もエネルギーである。という事と 質量保存の法則から エネルギー保存の法則を導くことで導出できる。
ただし、この時、現代の科学では +1と-1 からエネルギー1を取り出すことが出来ず
しかし、
100+0.4 100-0.4 取り出したエネルギー 0.8 となる。
つまり、エネルギーの総量は200のままだが、エネルギーの差は0.8に減少する。これは、エネルギーを場に戻しても100+0.8 100-0.8にしか戻らないことを意味している。
コレを繰り返すと2つのエネルギーは 100±0 100±0 となり、エネルギーの総量は200で保存されるが、エネルギーの差は0になり。
これが、よくRPGゲームなんかで言われる、完全な世界、均衡して世界が凍りついた状態。エネルギーはあるのだが、エネルギーの差が存在しないために
この世界のエネルギー差分を創りだしたのがビックバン。そのビックバンにより作られたエネルギーの差を消滅させるものがエントロピー。
「小説」原作のドラマや映画がごく普通に当たり前のように作られまくる状況を見ていると、
まるで小説がこれから消えていくんじゃないかという気がしてくる。あの小説→映像化という過程は、映像メディアが小説に対して「お前はもう用無しだ」という過程に見えて仕方ない。
もちろん、実際に出来上がった映像と原作では全く質量が違うというか、世界観の厚さとかも違うというのに、むしろその「薄さ」こそが肯定されつつある時代に突入したのでは?と思える。
つまり、小説とは映像化のための優れたアイディアをためておくプールであり、アイディアノートのようなものであるってそんな感じ。そこからどのくらい抽出して2時間の映画にうまくまとめるかは監督の腕ですよ、っていうね。
東大数学博士に学ぶ数学世界 - 「数学は方法である」をめぐる談義
http://t.hash.bz/archives/2526249.html
読んで違和感を感じたことをいくつか。
身内にばれるのがいやなので、ここで書く。
「数学」に対しては、見る立場によっていろんな見方ができる。
数学という方法を使うと世の中はうまく理解でき、予測ができる。
このあたりの問題は数学をいくら勉強しても分かるようになるわけではなく、
どちらかと言えば科学哲学の分野。
議論を始める前に、科学とは何かという基礎知識が必要だと思う。
などがある。
例えば、科学と聞いて原子爆弾や原子力発電所、パソコンやテレビ、蛍光灯などを思い浮かべる人もあると思う。
iPhoneを見て「科学ってすごい」と思ったりするかも知れない。
これは科学という言葉が製品そのものを指したり、それを作るための技術を指したりする場合。
それがなぜなのかは誰も分からない。
一時期、「科学技術」か「科学・技術」かでもめたことがあった。
今もそうなのかもしれないけれど。
科学にそれらの「技術だけ」を求めている人にとっては、「科学=技術」なのかもしれない。
いや、「科学の目的は技術ではない」と言っても良いと個人的には思う。
技術屋さんは科学を利用しているのであって科学を学んだり研究しているのではない。
いろんな意見があるかもしれないが、ここではいわゆる「理論」を作ることとしておこう。
では「理論」とは何か。
それは「現象を理解する方法」である。
その理論を使えば、どれくらいの早さで落ちるかという予測ができるようになる。
それだけではなく、「りんごと地球がひきあっていると考えれば理解しやすい」ということも分かる。
理論がなければ「りんごが地球を引っ張る」という発想は生まれにくいだろう。
そのような新しい見方ができるようになる。
繰り返すが、それは正しいかもしれないし、正しくないかもしれない。
では、どうしたら自然に現象を理解できるか、ということが問題になるだろう。
それらの方法を指して科学と呼ぶこともある。
このようなことを繰り返しているうちに、理論には一つのパターンが現れていることに気がつく。
「宇宙は数学の言葉で書かれている」と言った人があるらしいが、
ここでは、証明とは何か、公理、定義、定理の違い、などについて説明する。
証明とは何だろうか?
平たい言葉で言えば「間違いないと確信できる証拠」ということだろう。
例えば「彼女が浮気していた証明」など、その人は「確信」するかもしれないが、
本当にそうかどうかは究極の所分からないだろう。
そこにはいくつかの危うさがはらんでいる。
何かを証明したいのは、正しいかどうかがハッキリしないからだろう。
そこで、正しいことから「論理」を使ってそれが導ければ正しいと確信できるだろう。
では、何を持って「正しい」とすれば良いのか。
場合によっては「私が正しいと思えればそれでいい」かもしれない。
そこで、数学では「最初にこれを正しいと仮定しましょう」とする。
そしてその公理から「論理」を使って導かれたものが定理である。
時々「公理が正しければそこから導かれた定理は正しい」と言ったりするが、
厳密に言えば「公理が正しく、論理も正しければ、そこから導かれた定理は正しい」となるだろう。
しかし、そうやって考えている論理は正しいのか?という疑問も起きる。
そこで、最初に正しいとこれはしましょうというできるだけ公理を定める。
こうして、導かれた定理がどれだけ信じられるかは、
数学とはこういう形をしている。
そうすると、科学理論もそういう形をしているということである。
現象を理解するために、何か仮定を置く。
「その仮定」も「数学」もきっと正しいだろうと信じられるわけだ。
数学という学問は理論の中からそのような「仮定」「実験」「予測」を取り去ったものだ。
時々、数学者は全く役に立たないことをやっていると言われることがあるが、
それを使う人が「役に立たせる」だけのことである。
ブログの記事に戻ろう。
上で書いたような「仮定」「公理」の部分でつまづいているのだろう。
つまり普通の感覚で言えば、「数学」というものを使って理論を組み立てようとは思わない。
しかし、様々な理論に共通に現れているため、その部分を抜き出し、洗練させてきたのが数学だから、
それを使う人にとっては、数学を利用することはある意味ではとても不自然なことになってしまう。
僕の周りの数学者はこれらにとても慣れているので、
この時、僕はベクトルの使われ方、柔軟性に驚いた。
要するに、対称が何であろうとも「ベクトル」にしてしまえば後は「ベクトル」を扱う数学の世界のルールで加工することができて、
「数学は役に立たない」とか言っている人の理解もそうなのかもしれない。
科学が強力な力を持っているように、数学は科学理論の中で強力な武器である。
この重要性はもっと声を大にして叫ぶべきなのかも知れない。
確かに数学についてある程度理解していて、それを客観的に見られるだけの余裕がないと、
ふむ、これを、どうしたら伝えられるのだろうか?
しかし、いくつかの誤解もあるようだ。
公理はその内部で論理的に矛盾していなければ(たぶん)どのようなものを定めてもよく、一緒に使われない複数の公理が相互に矛盾することもふつーにあり得る。
しかし、そこから導かれた定理およびその解釈が、現実の予測に合わないのであれば意味がない。
数学そのものの正しさは誰も疑わないだろう。
ならば、もし予測に合わないのであれば、その最初の決めごとが不適切であったということになる。
ここで「なぜ」と問うことは意味がない。
逆に言えば「そうするとうまくいくことを示す」必要がある。
もう少し厳密に考えてみよう。
例えば万有引力の法則では各惑星は質量はあるが大きさはない質点と見なす。
「どうして?」と問われれば「そうするとうまく行くから」というのは一つの答えだ。
しかしもう少し言えば、
「そう仮定しないと計算が難しすぎる。そう仮定すると計算が簡単になる。
そしてその仮定した結果でもそれなりに精度の良い予測ができる。
ならば現実問題としてはそのように仮定するのは許されるのではないか。」
ということだ。
「数学」を知らないと、この「数学からの要求」があることが理解できない。
そして、その個々の必殺技はかなり用途が限定される場合が多い。
それは「科学」を学んだ人とそうでない人の違いのようなものだ。
2003年から2009年にかけてPerlを筆頭にPHP,Ruby,Javascript,PythonなどのLL言語はこの世を謳歌していたが、どうやら去年頃からその成長に陰りが見え始めたように感じている。
webアプリケーションを構成する要素の一つとしてLLを見れば、まあ、よくやっている方だし、そちらの分野では今後も相当長く現役を続けるだろう。
しかし今はまさに超大規模データをほぼリアルタイムで解析して加工しなおされたデータにこそ富を生み出すポテンシャルを秘める時代だ。Hadoopが何かさっぱりわかっていないエンジニア連中はKENT時代のPerler程度の価値しかない。
テラが当たり前のように乱れ飛ぶ現場でLLが出来る事など無いに等しい。
eclipseやnetbeansなどIDEは地味なのであまり報道されないけれど凄まじい進化を遂げている。現在進行形で進化中。
出来損ないのLL野郎がよく吐く台詞「JAVAは本質的じゃない記述が多過ぎて生産性低い」
そんなバナナ。今のIDE舐めてないすか?まじ誇張でも何でもなくて、ほとんどタイプしないでもIEDが補間してコードを作ってくれる。正確に必要なときだけ。
だからオレらJavaエンジニアは実際にアルファベットキーを打つ事は非常に少ない。よく訓練されたIDE使いはコード量の3%しか書かない。それ以上書こうとしてもIDEが仕事してくれるんで書けない。ジレンマ。
webサーバーの進化でLLが実用的な速度で動くようになって一気にLLが主導権を握ったように、今はIDEの恐ろしく速い進化がLLを駆逐しようとしている。面白いパラダイムシフトだ。
まったくLLにも希望の光が射してきたな。その名もクライアントサイドスクリプト言語の雄javascript様がいよいよサーバーサイド分野に殴り込みだ。実際一番影響を受けるのはPHPだろうな。盤石とすら思われていたのが嘘の用で、そうとう焦っている様子がコミュニティからも伺える。それもそのはずクライアントの王者がそのままサーバーサイドも担当しようってんだから人気は出るだろうし、理にもかなってる。
PHPは大きくシェアを下げ、Perlはもう存在価値を問われだす感じ、RubyはRailsのPaasなんかで重要だし、Pythonもしかりだ。
つまりLLの中でもJavascriptだけは別格の扱いをせねばならない。ゆいつ将来性豊かで、イノベーションを起こせる立場にいる。node.jsは2年かけて本物になればいいと思うよ。
Javaのライブラリの質量ともに凄いよ 本格的なプロジェクトが山盛り
プロジェクト一つで相当なインパクトを与えうる大型プロジェクトがうようよいる
LLなんぞが勝てる感じしない
以上
・携帯電話にさまざまな機能がついたもの。ショートメールが使えたり、i-modeやezweb等を見られます。
○利点
・電池が長く持つ。
・赤外線が付いている機種が多い。
・大体の携帯が同じような操作法なので細かい所を除き、機種変してもすぐに使えるようになる。
・多くはボタン式なので慣れるとブラインド(見ずに打てる)入力が出来るようになる。
×欠点
→ 月額315円だと、1年で3,780円です。
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■スマートフォン■
・ミニパソコン(または高機能電子手帳)に通話機能がついたもの。基本的には小さなパソコンと思っていいです。
○利点
→ 機種ごとに違いはありますが壁紙や着信音など自分で作ったものを利用可能です。
→ 待ち受け画面に表示する情報などを思い通りに設定可能なものも多くあります。
・アプリを入れて様々な機能を持たせることができる。
・画面が大きく、明るく、見やすい。
・操作しやすい
→ これは意見の分かれる所ですが、携帯電話を持ったことのない人に両方を同時に触ってもらった場合、スマートフォンのほうがより慣れるのが早いのではないかと思います。
→ 完全無料、一部有料、有料それぞれたくさん用意されています。
・インターネットを自由に使える。
×欠点
→ 見られるようにするアプリもありますが、完全対応でない場合があります。
・電池が持たない。
→ 同じことをした場合、機種の差はありますが総じて普通の携帯の半分かそれ以下の電池持ちです。
→ 機種にもよりますが、普通の携帯より1.5~2倍程度重たい機種が一般的です。
・赤外線が付いていない機種が多い。
→ 代わりに2次元バーコードで相手に読み取ってもらう方法はあります。
・ワンセグが付いていない機種が多い。
・物理的に壊れやすい(かもしれない)
→ 携帯は生活用品としての電話を外に持ち歩くというコンセプトで開発、成長してきました。だからある程度頑丈で壊れにくいノウハウを詰め込んで作られていますが、スマートフォンはパソコンや電子手帳を小さくコンパクトにする方向で開発されてきました。
→ 「ケータイ」を机にガシャンと置く人はいてもパソコンはなるべくそっと置く人が多いと思います。つまり、人が丁重に扱う必要があると思ってくれている機械から進化していますので、ケータイほど「頑丈で壊れにくい」という点に力を入れていない商品が多いという印象です。常に持ち歩くものですから落としたり踏んだりする危険はあります。
・タッチ画面式が多いので、慣れるだけではブラインド(見ずに打てる)入力が出来るようにはならない。
☆まとめ☆
携帯(ガラケー)は完成度が高く、壊れにくく安定して動きます。
まず滅多に「あれ?使えないぞ?」ということはありません。
ところがスマートフォンは便利な反面パソコンと同じように「思った通り動かない」時があったり、「アプリケーションが突然終了してしまう」といった場面に出会うことがあります。
(※ただしそれで重大な結果になるような不具合はまれです、大抵再起動でなおります。)
代わりにとても自由な自分だけの使い方を追求出来る所が魅力です。
流行っているから、という理由ではなく「スマートフォンを使って××がしたい」「今までのケータイの××が不満だ!」という動機を検討して買わないと「失敗したなぁ…」と悔やむことになります。
まずは…
・今後やりたいことが今持っている携帯ではできない(やりにくい、高い等)
・新しい機種の中でやりたいことが出来るのはスマートフォンだけだ
次に…
・スマートフォンにしてしまうと、何が出来なくなるかをよく考えること。
→ 私がまわりに聞いて多かったのは「GREE」や「モバゲー」が出来なくなった等。ほかには携帯公式サイトが見られなくなった。(代わりにPC公式サイトがあるものならよいのですが)
冷静になって考えて、それでもスマートフォンがいいと思えたら、即買いです。
書いた理由は『よくわからないけど流行ってるしなんかカッコイイし便利そうだ』という理由でスマートフォンにしちゃった人のまわりにいる詳しい人の心を救うためです。
北鮮側は国産であると主張しているが、北鮮の工業力はモーターや軸受けや気密を維持するパイプの引き回しといった工業製品を自作できるレベルではない。
つまり、部品を輸入しなければまともに動かないのだ。
ウランをガスにして同位体の質量差で分離するには、容器を高速で回転させる必要がある。容器のサイズが大きくなればなるほど分離性能は良くなるが、軸出しや軸受けの精度、モーターのトルクが必要になる。
商業目的で運用して採算が取れるようにするには、日本を始めとする先進国の部品を使わなければならないが、採算度外視の軍用であれば洗濯機のモーターやベアリングを流用した程度のそれほど高速に出来ない設備でも、やってやれない事は無い。最初の核爆弾を作る為に使った設備と、同レベル程度にはなる。
機械的にはそれほど高度なモノでなくても作れるわけで、それらの部品は中国から供給されていると考えるのが妥当であろう。中国側は民生用の洗濯機や自転車しか売っていないと答えるであろうが、北鮮にしてみれば、中国は核開発のかけがえのない協力者となっているのである。
ウラン鉱石の入手と、ウランを抽出してガス化するためのフッ酸の入手や取り扱い、六フッ化ウランガスを回転体に供給するパイプの接合部分の気密シールといった問題もあるし、放射性物質とフッ酸を扱う事から、遠隔操作ができるリモート設備も必要になるが、こちらのほうは英雄として人材を使い捨てにできる体制の国家であれば気にしなくても良い。
イランやシリアのウラン濃縮が成功しないのは、ノウハウが足りないせいであるが、それはやっていれば遠からず気がつく。そうなると採算度外視であるがガンバレル型で起爆できるウランを所有できるようになるわけである。
核爆弾を売りつける商売ができるのであれば、どんなに割高であっても、採算が取れるという見込みで行っているのかもしれない。
問題は、北鮮の核開発が、金王朝の世代交代に関わらず継続されるという意思が表明されたという点にある。核開発の協力者である中国を連帯保証人に引き込み、世界に対応を取らざるを得なくさせるという目的であろうが、その対応について北鮮側とそれ以外との間で認識のズレがある。
北鮮側が六者協議における交渉カードを増やす為であったとしても、世界は北鮮と中国をまとめてパブリックエネミーとして認識しているわけで、交渉の時期は終わったという確認を国際世論に対して促した事になる。
六者協議は中国が求めるのであれば行われるであろうが、最後通告の場になる可能性が高い。決裂を確認するにしても、外交的なセレモニーは必要になるからだ。
(3)(2)やれている時点で単原子イオンはわかるはずなので多原子イオンは暗記。
(4)反応式の右と左を合わせるのはできるでしょう。これができないとジャガイモ100個と肉500gとかでカレーつくろうとするようになると思う。
(5)1mol=ともかくどんなものでも6.0×10(23)個=(原子量、分子量、式量)にgをつけた値の質量=標準状態で22.4リットルの体積を理解。
(6)比例計算できるようにしてすべて(4)に当てはめて計算。
(8)酸・塩基も基本の化学式、電離しての式を暗記、あとは中和滴定の過程を体感して覚える。
(9)酸化還元では酸化数をだせるようにする。半反応式からの式完成は難易度高いのでできるようになったら自信をつけること。
(10)無機は暗記。クラスの女の子1人1人のいいところ、セクシーなところをノートつけるように1冊ノート作ってるころには暗記できる。しかし(1)ができていれば横軸ができてなんだこの元素と思っても大体の性質がこのころにはあたりがつく。
(11)有機は名前。名前が世界を支配する呪文の世界と思う。あと暗記。ちょっとやれば一番楽なちょろい範囲。
物理ほど理論理論じゃなくて生物ほど暗記暗記じゃない中途半端な学問でなおかつ大学いって勉強すればだいたい実はこういうことでねって勉強内容否定されるけどまあがんばろう。
(1)~(7)くらいできてれば今からでも80は超えられると思うんでがんばってください。
テレビで電子書籍について報道していたので、またいろいろグダグダと書いちゃうぞ~。
という軽いノリで。酒飲みながら。
今まで散々それに該当する商品は世に出ていたと思う。
分岐はあるけど文字であり小説でありエレクトロである点を考えると
小説をPDFにしてダウンロード販売していたサイトだってある。ボイルドエッグとか。滝本竜彦は元気かな。
でも、そういう一連の流れは無視されて、
キンドルやipadと連動する書籍のみが、『電子書籍』として認知され、
『黒船』として恐れられている。
その違いは一体何なのか。
いろいろ考えたけど、最終的にはやっぱり『形』かな、と。
考えてみれば、『本』は非常に優れた形状と質量を持っている。
どこへでも持ち運びできるし、いろんな体勢で文字を読むことが出来る。
寝転がりながら。椅子に座りながら。飯を食いながらでも読める。右手に箸。左手に本。
ハードカバーでは多少きついけど。
これまでの『電子』な『書籍』は、その点を考慮していなかった。
ゲーム機やパソコンなどといった端末で再生され、可搬性や可読性については議論さえされていなかった。
それがキンドルの登場で変わったのだ。端末自体が変わったのだ。
そしてipad。そして、さまざまなメーカがipadを真似し始めている。
これは凄いことになりますよ。出版社さんは覚悟したほうがいいですよ。
「ネット上の動画展開はまだまだ先のこと」と思っていたらYouTubeの登場で慌てふためいた
こういうパラダイムシフトは、マジで予期しなかった時期にいっきに来ますよ。
音楽業界は、もはや目も当てられない。もっとも~、これはこれで面白いけ・ど・ね!(ファッキュー!)
まぁでも、パラダイムシフト自体が悪いことではないですからね。
むしろ、新しい文学の可能性も否定できないわけですよ。
文学の可能性というか、文字の可能性ですね。
『文字の可能性』と聞いて思い出すのは、やっぱり2001年に起きたテキストサイトブームですかね。
あれは面白かったわけですよ!あれだって一種の電子書籍なわけですよ!(酔いが回ってきた)
文字ポイントを拡大して、オチが放たれる。文字の色を変える!
空白でページをスクロールさせて中身を稼ぐという手法は、有名人のブログで定着しましたけどね、
ありゃあひどいもんですよ。辻ちゃんがテレビ番組で『スペースをあけてページに
内容があるように見せかける』というのをやっていましたけどね、ありゃあひどい。
やっぱりある程度の文章の量は必要なわけですよ!
やっぱり精度の高い文章を読むと興奮するわけですよ!
でもま、電子書籍なら電子書籍ならではの、『演出』というのも欲しいわけですよ!
たとえば、音楽が流れるとか。挿絵が美麗なアニメーションで表示されるとか。
何か、村上龍が作った電子書籍は、著名な方の音楽が流れるらしいですよ?
でも、音楽やアニメーションも、出来れば文学的な演出がいいですな。
心に染みるようなやつをね、僕は望んでいるわけなんですよ。
『私小説』は、『エンターテインメント小説』とは違って、やっぱり心の中で反響するような文字列であって欲しいわけなんですよ。
だったら、その電子的な演出にも、私小説性、心の中で反響するような演出が宿っていて欲しいわけなんですよ。
エンターテインメントな映画と違って。
文学性というのはバズワードだと思うけど、でも、それでも、僕は『文学性』を求む!
『エンターテインメント』という言葉自体に『マジョリティを拒絶する』という意味が宿っているような気がしてつらい。
そろそろ終わろうか。グダグダと書き綴っちゃって、ごめんね。ごめんね。
酔っ払っていてごめんね。
きっかけは新人歓迎の飲み会の雑談で「お前ら付き合っちゃえば」
と同僚達にからかわれた事だった。
勤務中にチラ見する頻度が増えたりして、
こちらの様子を窺ってる彼を見つけてしまった。
普通の女性ならストーカーだと怖がるようなシチュエーションだけど、
それまで交際経験がないどころか告白された事すらない私は逆に舞い上がって
「素直に告白してきたら付き合ってあげるのにw今流行の草食系男子なのかな?」とか思ってた。
そんなある日、駅のホームで電車待ちしてたら、
通過する直前に突然後ろからドンッと押された。
私は質量が大きいのでビクともせず
幸いミンチにならなかったけど、
ビックリして振り向いたら彼だった。
慌てて逃げる彼を「待ってー!!○○くーーん??」
と叫びながら追いかけたものの若い男の子なだけあって足が速く、追いつけなかった。
翌日から彼は出社せず、その次の週くらいに退社したとの情報が来た。
こうして私の初恋は終わったのでした。
あんまり死後の世界に興味がないせいか、ご冥福っていう言葉にピンとこない。
「霊魂なんてあるわけない!神なんているわけない!あるなら証拠だせ!質量があるのか?!」
っていうほど激烈な無神論者ではないけど、ご冥福を祈る?なにそれって感じがする。
悲惨なニュースとかあると、「ご冥福をお祈りします」ってキャスターとか著名人が言うけどさ、ネットにもコメント残す人がいるけどさ、本当に祈ってるのかね?
今日の夕飯になにを食べるかの悩みを100としたら、3くらいしか祈ってないんじゃね?
終戦記念式典をわざわざテレビ中継するとか、っていうか開くのもよくわからない。
戦争の記憶を風化させないためにっていう理屈なら、未来永劫やるんだろうか?
じゃあなにか、第二次世界大戦の式典はやって第一次世界大戦の式典はしないってのか?
第一次世界大戦の死者を悼んで、日露戦争の死者を悼んで、日清戦争の死者を悼んで、西南戦争の死者を悼んで、戊辰戦争の死者を悼んだりする必要があるのか?
死んだ人間が冥界に行くんだったら、冥界の人口は無尽蔵に増加して大変なんだろう。もし冥界なるものがあったとして、人によって幸せになるとかならないとか、現世の人が祈ったら幸せになるとかならないとかあるんだろうか?
とりあえず、今、生きてる人のことを考えようぜ。
一学年下の後輩である由香は、高校生の割には子供っぽく天然なところがあり、
たまにとんちんかんなことを言うが、そんなところも彼女の魅力のひとつだった。
色白の童顔で、大きくぱっちりとした目に、華奢な体つき、小さな背。
中身も外見も実年齢より幼く見える、俺好みのロリ系の、自慢の彼女だ。
俺たちは付き合い始めて二週間目、二回目のデートのときに初めて手をつなぎ、
近づくほどに由香の小ささ、儚さを実感し、より強く守ってやりたいと思った。
俺にとって由香は初めての彼女だし、由香にとって俺は初めての彼氏。
つまりお互いの初めてを捧げあいながら俺たちは進んできた。
それは俺にとって、理想の形だった。
その年のクリスマスが近づいていた。
俺17歳、由香16歳。この歳なら、もっと先に進んでも良いだろう。
学校の帰り道、いつも別れ際に抱きしめたりキスしたりしているが、
それだけではもう満足できなくなっていた。
由香の、「最後の初めて」が欲しい。
俺は勇気を出して、クリスマスイブの夜、由香を俺の部屋に誘った。
そのことを説明した上で…だ。
由香に告白したときのように心臓をバクバクさせながら答えを待つと、
由香は「イブの夜に二人っきりかぁ」と呟き、
「なんか、ドキドキするね」とはにかんだ。
俺は成功を確信した。己の幸福を、全校に吹聴して回りたい気分だった。
イブの夕方、兄がバイトに出る時間を見計らって、由香を自室に招いた。
室内は三日かけて完璧に片付けてある。
もちろん、いかがわしいものは全て処分した。
雑誌の「HOW TO SEX」系の記事は、事前に読んでいた。
ある記事で断定されていることが、他の記事では否定されている。
今日由香の体を知ることで、俺の中での結論は出るのだ。
由香の処女をもらうからには一生大切にするつもりだ。
俺は由香を本当に愛しているし、就職したら結婚してずっと守るつもりでいる。
由香は、俺の部屋のベッドに座っている。
女の子が俺の部屋に来ること自体始めてで、すごく変な感じがする。
俺がお茶を淹れて由香に出すと、由香は「ありがと」とはにかんだ。
由香のかわいさに、暖かい気持ちになる。
と同時に、これからのことを想像して、体も熱くなってきていた。
「由香…」
唇が触れ合うだけの慣れたキスに、由香は安心したように身を預けた。
俺は繰り返しくちづけたあと、由香の唇を舌でなぞり、口腔内に差し入れた。
由香は驚いたように体を硬直させ、俺に口の中を蹂躙されるがままにしていた。
俺は興奮のままに由香の体をまさぐった。
服に手を差し入れ、ブラのホックを外し、邪魔なカップをずり上げる。
初めて見る、生のおっぱいだ。
服の上から見る華奢な見た目とは違って、由香のおっぱいは確かな質量を持っていた。
形もすばらしく綺麗で、乳首も幼く感じるほどの澄んだピンク色だった。
たまらず由香を押し倒し、手のひら全体で柔らかさを堪能しながら乳首に吸い付く。
頭に血が上り、息が荒くなり、下はもうガチガチに勃起していた。
HOWTO本では、うるさく「前戯をしっかり」と繰り返してあったが、
もうそんな余裕など無かった。
入れること以外、頭から吹き飛んでいた。
俺はもどかしくジーンズを脱ぎ、凍りついたように固まっている由香のスカートをまくりあげた。
淡い水色のギンガムチェックが入った、綿の子供っぽいパンツが露になる。
(由香のおまんこまでもう少し…)
俺もパンツを膝まで下ろし、これまでに無いほど膨張して
我慢汁をだらだら垂らしている肉棒を露にした。
そして由香のパンツを脱がそうと手を伸ばした、そのとき、
今まで完全に無抵抗を保っていた由香がカタカタと震えながら後ずさりした。
「気持ち悪い…」
由香は、自らの上半身を守るように抱きしめながら、震えていた。
「あ…」
咄嗟に、間抜けな声が出る。
その、由香の真っ青な顔色と、嫌悪に強張った表情を認識した瞬間、
発情した気分が冷水を浴びせられたように、一気に引いていった。
由香は恐怖と嫌悪の混ざった目で、俺の目をじっと見つめ、
俺との間合いを確保しながらベッドから降りた。
そしてすばやく床に置かれた自分のバッグを掴むと、乱れた服を調えながら俺の部屋を走って出て行った。
由香の本心から搾り出されたような、「気持ち悪い…」という声が、
頭の中を何度も何度も巡った。
それから俺は、何をどうしていいのかもわからず、冬休みの間ずっと由香を放置した。
俺と由香、そして付き添いとして由香の女友達、の三人で話すことがあるらしい。
「由香が、先輩と別れたいんだそうです」
屋上につながる人気の無い踊り場で、なぜか由香の女友達からその言葉が紡がれた。
由香は女友達の斜め後ろから、伺うように俺を見ていた。
そうか。面倒なことは人に言わせるのか。
可愛く見えていた頃は心身の幼さが長所だと感じていたが、
今となっては幼稚で鬱陶しい女だとしか思えない。
俺が黙っていると、由香の女友達が、由香に目配せをした。
「あの…」
由香がおどおどと喋りだした。
「私、小学校の頃、一度転校してて…」
「たまたま、性教育のところ、どっちの小学校でも習わずにきてて…」
「だから、よく知らなくて…先輩を傷つけたとしたら本当にすいませんでした」
この由香の独白を、この付き添いとやらが驚くことも無く見守っているということは、
彼女はクリスマスイブの俺の醜態について、由香から余すことなく聞いているのだろう。
「それで別れるんだ」
俺が苛々と吐き捨てると、
「ごめんなさい…」
と、答えだか答えじゃないんだかわからないような言葉が返ってきた。
あれから俺は誰とも付き合うことなく、童貞のまま35歳になった。
由香の裏切りで女への期待を失った俺が告白などする気になる訳も無く、
そんな俺に告白してくる女もまた、居る訳がなかった。
風の噂で、由香は28歳か29歳で結婚して、既に2児の母になったと聞いた。
歳を取り冷静になった今となっては、性知識の無い女が男を受け入れるまでには、
心の準備としていくらかの時間が必要なのだろうと理解することができる。
要するに、俺は由香の旦那が由香に受け入れられるための下地を作っただけだったのだろう。
面白いことだ。
俺にはもう、二人の不幸を祈るエネルギーすら無い。