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2012-01-05

東京電力東北電力の違い

東京電力東北電力の違いを考えてみた。

1.震災対応

東京電力 原発爆発 事故

東北電力 原発緊急停止して避難所に 

2.危機管理

東京電力 甘い

東北電力 過去津波を教訓に厳しい基準

3.自然エネルギーへの対策

東京電力 ゼロ 浮島の太陽光のみ

東北電力 地熱、風力、水力 日本一

 

なんで、同じ電力会社なのに、こんなにも違うのか

東北人って実直で素朴な感じがする

きっと企業文化にも反映されているからではないか

震災きっかけに、企業文化人類学観点から面白そうな研究ができるのでは

誰か修士論文テーマに迷ったら上記のこと研究してみたら面白い

2011-11-13

日本的」なんていうのは短絡と差別じゃーないの?

ある「特徴」が、特定の国や民族に本当に当てはまるものか、そして固有のものかを、

学問的に検討もしないで「〇〇的」「〇〇人的」なんて言ってしまうのは

知性で言えば短絡的としか言いようがないし

人格で言えば差別的な傾向がうかがえるわけです




例えば

何か架空の悪い「特徴」を

韓国人文化やエスニシティに結び付けて

韓国人的」などと言ってしまう人がいたら

それは不正確かつ差別的な言説だってことぐらいはわかりますよね?




もしくは

実際に韓国で起きた悪い事件や、実在韓国人のある欠点を、

韓国人全体が持つ「韓国人性」として語れば

その言説は強い差別性を帯びますし、何より事実性が疑わしい。

それと同じです




だいたい

ある民族の固有の特徴なんてもの

当該民族自称するものですら実在を怪しんだほうがいい。

これぐらいは一般教養程度の文化人類学かなんかをやった人、

もしくはそこそこ知的に誠実な人でなら、

誰でもわかっている基本ですよね。




で。

日本人のいやな特徴

http://anond.hatelabo.jp/20111112181142

朝っぱらからクラクラします。



こんなのは

日本人世界一賢い」とか

日本人世界一手先が器用」とか

狂った民族主義者が言う「世界に冠たる日本人」式の言説と全く同レベルたわごとですよね。ひっくり返しただけ。

よほど低学歴かつ自分の頭でものを疑わない馬鹿以外には、

こんなのを真顔で聞く人は居ない筈です




まりブックマークで言えば4割弱ぐらいが手のつけられない馬鹿です


特に

wolf00 日本

トラバの半数が日本人らしい反論でゲンナリ 2011/11/13

thesecret3 ダメなとこといえば、こんなもの、あっそ?というだけでいいのに、変に反発しちゃうとこじゃないかな。。 2011/11/12

これが酷い。





日本人論」にトラックバックブックマークで反論する人達

「反論するところが日本人的」という非難を被せる馬鹿さん達は、

それが循環論法であることにすら気付かない自分の知能の低さを心配すべきです

その知能の低さもまた「日本人」なんかとは無関係な、全く個人の問題ですから

もしこいつらが反論してきたら

「あー そういうとこがwolf00的なんだよなー だから駄目なんだよお前は」と言っておけばいい。





あと平素から日本人的なるもの」みたいなタグ使ってる人も居ます

あれも馬鹿丸出し・差別根性丸出しだから大概にしたほうがいいと思います

自分の顔につける「私は馬鹿ですの貼紙と変わらない。





しかし、こんな出来の悪い山本七平にいまさら釣られる奴がいっぱい居るはてなという村は

言われてるほどインテリ揃いなのでしょうか本当に。

2011-03-27

http://anond.hatelabo.jp/20110327083446

雑多に。

・(全般)論文の書き方:すべての基本。高校生までは起承転結(四段階)だが大学生以降は序破急(三段階)が普通になっていくので慣れていくこと。

・(全般)プログラミング:すべての基本。言語学論理学と密接な関係があるので、体得すれば実は論文の書き方に強力に役立つ。

・(全般)健康管理健康を壊すと普通勉強ができなくなる。体力と相談してがんばれるだけがんばる。


・(教養学部教養東大の特殊なところは、1、2年は教養学部というところに所属するところ。

ここで、広く、できるだけ深く、何でも雑食にガリガリ吸収して、自分なりの知の体系を、藁葺き小屋でもいいから作ることが求められている。多分。


・(文1・法学部政治学:集団的意思決定に関すること。生臭いが、体得すると選挙住民運動の時に、偏見に凝り固まった勢力から自由になって、自分意見を持てるようになる。

・(文1・法学部行政学公務員はどう働くか。知らなきゃ公務員になった時にしぬ。公務員になりたいわけではなくとも、学者になったら役所と取引することになるので、彼らの行動様式を弁えておくのも大事。

・(文1・法学部法学公務員は何を守って働くか、倫理とはどう違うかなど。知らなきゃ公務員になる以前に試験の段階でしぬ。以下略


・(文2・経済学部経済学:財・サービスの一般的な流れに関すること。何で自民党無駄公共事業をやったかというと、彼らも決して馬鹿だったわけではなく、ケインズ経済学という思想的根拠があったことが分かる。これだけでも日本では重要

・(文2・経済学部経営学お仕事の要素が入った組織をどう正確に効率よく運営するか。どこの組織に行くにも絶大な力になる。個人で生きていくなら別だが、事業を起こすなら必須。


・(文3・文学部心理学記憶連想が切り離せないこと、情動感情)や動機付け(欲求)のあり方をわきまえておくと、勉強ときに障害を取り除ける。

すなわち、沢山勉強して沢山思い出して連想することが知識になること、感情や欲求を適切に駆動し、不必要なら安定させること。

いでに、生命反応や身体や神経や脳から、どのように心が生じるか学ぶのも悪い経験はない(先に言っとくけど、心と身体の関係について論じる、いわゆる心身問題はまだ結論が出ていないので、深入りは禁物)。

・(文3・文学部言語学教養学部でやる外国語文学部でやる言語学がある(正確には違うけど)。

外国バリバリ働くビジネス目的と、論文を発表する・資料を原著で読む目的とがある。

長期的にどっちをやりたいかということと合致させた方がいいが、計画的に東大に入った入学者でなければ、よく分からいまま選択して二年間ババ引く可能性が高い。東大システムの疑問点だが、何か意味があるのかも知れない。何でこうなってるんだろう。

・(文3・文学部社会心理学社会学:人が集まるとどう振舞うかを理解するのは、ミクロ(個人)とマクロ社会・集団)の関係をわきまえておくときに有意義。

・(文3・文学部文化人類学歴史学:昔の人の好みとトラウマ、成功と失敗を学んでおくことが大事。民族歴史というものもあるので、「あー、日本人災害時はこう振舞うのか、ではこうすればいいのか?」みたいなことができる。

・(文3・文学部倫理学:いわゆる道徳倫理を扱う倫理学はいろんな学派があるが、それほど倫理学のフォローする領域は広い。

要するに集団のルールというのはどうやって決まるかということを、いろんな出発点(個人主義、生活、健康生殖エロスプライバシーコミュニケーション権威助け合い暴力などなど)から積み上げているからだろう。

どれも集団生活を可能・不可能にする大事な本質には違いないので、広く浅く吸収していくとよい。(集団主義的なことを言うとあそこでは嫌がられるだろうけど、俺はそういう結論になっちゃった

・(文3・文学部哲学など:人間の脳の構造でいろんなものを筋立てして考える。倫理学もそうだが哲学となると広すぎてちょっと大変。しいて言えば科学哲学とかやってみるといい経験になりそう。


・(文3・教育学部教育学教育学部に行く人以外関係なさそうだが、親になりたきゃちょっとかじっておくと後々いい感じになる。


・(理全般、特に理1・理学部数学物理化学地学生物文系でも「物質から生命反応が生じる」ということを了解しておくのは悪い体験ではない。


・(理1・工学部工学:「社会のためにどう計画する?」ということは常に考えておいた方がよい。


・(理2・農学部農学:別に農学部行く人以外は関係なさそうだが、安く安全に飯が食えるということは大事ですよ。TPP問題とかやりたくなったらどうぞ。


・(理2・薬学部薬学農薬や医薬をやりたい人以外には関係なさそうだが有害物質問題とかやりたくなったらどうぞ。


・(理3・医学部医学普通学生は「ものみんた(誰だ)の野郎! 健康について適当なこと言いやがって! 俺は気をつけよう」というときにのみ有意義。

理3の学生がまじめにやる分にはすごくハードなのでがんばって。

そうでなくても理3は超頭のいい人が入るところだから超人的な世界超人的に頑張ることを余儀なくされる。


(2011.03.27 18:37 追記)

twitterで指摘がありましたが、私は文3・文学部卒でして、文3・文学部についてながながと書きすぎました。確かに今読み返すと配分がおかしいね。

2011-01-19

http://anond.hatelabo.jp/20110119223813

いや、教育と分離した国語学」なんて存在し得ないんですって。

例えば「文法」ってのも国語学では扱うけれど、言語学において「文法的に間違ってる」って言葉はありえないんですよ。

ところが、国語学っていうのは「文法的な正しさ」、文学・文法・言語における「聖典」を構築する学派なんですよ。

いわゆる、モダンからポストモダンの移行期に「文学」と言われるジャンルが分派して

保守層国語学へ移行していった。国語学には教育分野から要請が強くあるからね。正しい日本語がなければ日本語教育は出来ない。

から国文学っていうのは教育アカデミズムなしでは存在し得ないジャンルだし、保守こそが存在意義。

それなしで存在している国文学があったら、それは「国文学」ではないです。単なる文学研究です

そういう学問から国文学」とジャンル分けされてるわけで。増田さんのおっしゃるとおりであれば、ジャンルわけいらないでしょ?

国語学国文学言語学文学の関係は、神学宗教学考古学文化人類学のそれなんですよ。

ほんと、いい加減なこと言うなぁ・・・。

ちなみに、「日本語学」は「言語学として日本語に特化した領域を取り扱う」という意味を指す場合もあります

国語学」は国の言葉を正しく構築する(ポストモダンの現代では「理解する」といった語彙は使われません)学問です

昔、ソシュール辺りの構造主義ショックがあったころ学者さんたちが散々大喧嘩して決めた住み分けですよ。

イデオロギーであることを自覚しながら必要に迫られて存在するのが国語学イデオロギーから抜け出すことを志向したのが言語学

これ重要

2010-12-06

http://anond.hatelabo.jp/20101206192019

古墳を「自ら壊しちゃう」の問題っちゃ問題だが(つーか、遺跡なんて東京辺り掘り返せば幾らでも出て来るんで、工事会社の人が「見なかったこと」にして工事続行しちゃうんだよね、色々大変になるから)それ以上に問題なのは日本は「古墳がほれない」ことなんだよ。俺にアレとかアレとか掘らせろとここ十年研究室から叫び続けてるんだが宮内庁が「ダメです」って言うんだもの。

しょーじき言って、ちょっとキモいくらい親中派増田さんとか韓国大好きさんの大喜びするものが多分出るだろーと思うし、俺自身がそれ発見するのは全く持ってやぶさかでないだが。そっちの方に声上げてくれよ。イデオロギー的にアレな人の少なくない考古学者に掘らせるより、文化人類学者に掘らせたほうがいいと思わん?

そんでね、中国は結構ガチで文書焼きまくったの。いや、これはマジで

「ぼくが見たのが多かった」でなく、文革ではインテリ皆殺しでどんだけ少なく見ても数百万の人間が死んでて、当然ということで資料が焼かれまくった。批林批孔運動なんてその最たるもので、「孔子読んでる奴はぶっ殺せ!」ってやったわけよ。そりゃ、大学に編纂されていた資料も当然残らない。っていうか、資料だけならまだしも学者すら残らなかった。文化的空白が出来ちゃったのよ。そりゃもちろん、難を逃れた資料もあったと思うよ?でも相当数が失われた。そこで出て来たのが、中国大好き学びまくり国家の日本。そりゃわが国は中国に散々学んできたわけだから、そりゃ資料も残ってるわけですよ。

あの規模の国であんだけやるってのは「流石中国虐殺国士無双!」って感じなんだけど、そりゃもう色々足りないのよ。あの国って資料が。当事なんか共産主義イデオロギーに反するようするに「インテリ」なものは片っ端から焼いたからね。

こっちが聞いたとこでは、って言っても中国の歴史書に出て来る日本ぶっちゃけかなり存在感が薄くて、「なんとか出て来る記述を探す』ってレベルに留まってる場合が多いのよ。それでも中国の歴史書に出て来る日本を探す研究者は一杯いるけどね。

でも、「歴史的資料の空白地帯が出来ちゃった」ってレベルで資料を探しに来るのはやっぱり中国の歴史家なんだよね。

結局、中国日本のどっちが優れているとかどっちが悪いってわけではなく。中々悲惨なことをやらかししまった中国さんのバックアップとして日本が機能してた、って事実歴史的に生まれてしまったってだけ。

んで、幾ら日本が「めんどくさいもん出てくるから掘るな!掘るな掘るな!」って国であるとしても、インテリ皆殺しをリアルでやった中国さんに「言える筋でもない」なんてことは全くなく。そこは全くもってレベルが違うんですよいやホント。ヘタすりゃ億単位でぶっ殺してる大虐殺と「古墳見つけてもめんどくさいから見てみないふり」は同格ではないよ、流石に。

2010-12-05

http://anond.hatelabo.jp/20101205031514

マスターキートン考古学じゃなかったか

考古学文化人類学マジでノリが違うから気をつけろよ。

考古学は結構体育会系。掘って掘って掘って、モノを整理して整理して整理して・・・。

っていう果てしなく地味な作業の反復が99%。あん理論構築する人が多くなくて、よくわかんないものが出てくると

「祭祀が使ったんだよ」で終わりにする傾向が強い。物質主義で融通が利かない。とにかく「モノ」と年代別・場所別の整理。

学部生、院生は基本「安価労働力」もしくは「奴隷」として扱われ、来る日も来る日もなんか掘る。コネ社会の傾向強し。

それに対して文化人類学はマジドリーマー。

基本なにやってもOK。「援交女子高生インタビューしまくって書いた日本人論」とかもあり。

理論構成のテンプレートになってるハゲホモが「そもそもおまえ、その元データ創作じゃねーの?」という疑いあり。

基本、データはいい加減な場合が多く、もう一人理論構成のテンプレになってるこないだ死んだ長生き爺さんも

「え、実は元データには例外いっぱいあるよ?意図的に無視してね?」ということが明らかになってたりする。

みんなを「おお!そのとおりだ!」と思わせれば勝ちなので、考古学におけるゴッドハンドさん的な理論構築をする人が多い。

よく言えば、考古学は実物と実証を。文化人類学理論構築を重んじる。

自分の適性に合ったほうに行かないとホントに後悔するよ。

文化人類学者になる方法はそんなに難しくないよ。ある程度以上の大学に入って一生懸命勉強して

将来の不安を見てみぬふりしてればいいだけ。

http://anond.hatelabo.jp/20101205031514

大学文化人類学を専攻して居座り続けることができたらなれるよ。

したらお給料もばっちり。

あと理系と違って在野の研究者もなりたつので、自分研究して、自分論文を発表すればいい。

論文をがんがん投稿して、定期的に掲載されるようになれば、それはもう立派な文化人類学です

収入を得るための、仕事としての文化人類学者ではないかもだけど。

http://anond.hatelabo.jp/20101205024654

文化人類学者になりたいんだけど、どうすればいいの?

マスターキートン読んだくらいしか知識ないけど面白そう。

http://anond.hatelabo.jp/20101205024654

文化人類学者さんと俺の意見がほぼ同じで、自分のセンスのよさにビビった。

http://anond.hatelabo.jp/20101205020156

別に、天皇制を撤廃したいとあなたが思うのは構わないし、そう主張するのも構わない。

きみが「おかしいと思う」ところをみんなが「おかしい」と思えば廃絶されるよ。

ただ、文化というのは損得抜きで「そこにある」ものだとも思う。

俺は一つの文化自分トドメを刺すのは文化人類学研究する立場からも非常にアレなので、存続する側に組するけれど。

ただ、所詮社会システムなので「失くしたい」とか「維持コストが勿体無い」という人が多数であれば、廃絶されていい。

なにせ、ここは民主主義国家なのだから。

そんで、件の政治家の件なんだけども。

それは『敬意を払う、払わない』の問題でもあるんだけど、それ以上にやった行為がクソ以下っていうことなんだよね。

別段、日本では天皇皇族に敬意を払う義務は課されていないし、別に批判したっていい。

「そーいうのはダメだ!」って思う人が多数(もしくは一定数)いるからこういう話になる。

だから、支持を受けたら「天皇制廃絶を目標とする」という政治家だってあり得る。

んで、今回の件はそういうことではなく、ああいう大事な場で立場のある相手に向かって「早く座れよ」なんて

暴言を吐いちまったということで。これは、天皇を崇拝する人から見れば「不敬だ!」だし

俺みたいに「特に崇拝はしない」って人からみると「アホちゃう?」って感じになってしまう。中学生の朝礼じゃないんだから。

それだけの話じゃないかね。

ちなみに、文化人類学的に言うと「不合理な迷信の保存」こそが文化であって、そこに遅れたとか進んだっていうものは存在しない。

むしろ、「遅れた文化」や「不合理な迷信の保存」を打破しようという思考様態が、文化人類学に限らず

現代では「遅れた野蛮人の考え方」とされているね。詳しくはレヴィ・ストロースあるいはサイードを読んでくれ。

大抵の文化過去迷信に支えられているし、それでいいと思うんだよね。だってあなたや俺の思考だって過去迷信に支えられてるんだから。

むしろ、過去迷信総体文化なんだよ。それは中々面白いもので、とりあえず古墳掘らせてくれよ。

2010-11-25

彼女が死んだ話

 僕が雪村に出会ったのは、大学研究室新入生歓迎会ときのことで、そのとき歓迎する側にいたのが僕で、歓迎される側にいたのがいっこ下の雪村だった。

 彼女は、長くきれいな黒髪の落ち着いた女の子で、お嬢様という感じではないが、どこか品のある立ち居をしていた。



 僕は彼女とは別のテーブルにつくことになり、でも彼女のことが気になったのでたまにそちらの方へ目をやったりしていたのだけれど、ちゃんと正面に座って話す機会は、ひとつ上の先輩がくれた。

真田くん、ちょっとこっち来てよ」と先輩が僕を手招いて呼んだ。「この子エーティーフィールド張ってて、俺ひとりじゃキビシイよ」

 先輩なりのジョークである



 それで僕は、彼女の向かいに座って話をした。雪村は聡明で、控えめで、微笑みながら人の話にうなずき続けることができるタイプ女性だった。

 でも僕は自分のことが話したいわけではなくて、彼女のことが聞きたかった。僕はゆっくりと、何か自分と合うような話題がないかと探した。彼女趣味読書で、好きな作家恩田陸(←「ああ、あのガチホモミステリの……」)。よく読むのは講談社ノベルス(←今にして思えば恩田陸講談社ノベルスあんまり関係ない気がする)。映画も好きで、好きな監督スタンリー・キューブリック(←『バリー・リンドン』)とピーター・ジャクソン(←『乙女の祈り』)。ピクサージブリも好き。好きな漫画は『夢幻紳士』『百鬼夜行抄』『うしおととら』『タブロウ・ゲート』……。まともにやったゲームは『ファイナルファンタジーX』くらいで、時間カウンタが止まるまでやって(←大学受験が終わってから暇だったようだ)、「全てを越えし者」を倒すところまではいったとか。あと何かのレースゲームは前に進めなくて諦めたという。



 僕はといえば、好きな作家星新一で、好きな映画は『ショーシャンクの空に』で、好きな漫画ジャンプチャンピオンヤングジャンプヤングマガジンスピリッツモーニングだった。僕はその程度の文化パワーの人間だった。

 雪村は本当に本が好きで、暇なときには一日一冊くらいのペースで読んでいた。「『雑食なのでなんでも読みます』とか言うやつは信用できねえよ。そういうやつは絶対に大して本を読んでない」と吐き捨てる友人が僕にはいたが、雪村は本当に雑食で、ノンフィクションを除けばなんでも読む女の子だった。小説漫画も。



 その新入生歓迎会の日は、友達が帰るというので、彼女もそれについて早めに帰っていってしまった。僕はもっと残っていってよと頼んだけれど、穏やかに断られてしまった。

 次に僕が彼女と話をしたのは、それからしばらく後の教養の授業のときのことで、雪村は教室最前列に座って、社会学だったか文化人類学だったか講義を無視してペーパーバックを読んでいた。

 勇気を出して隣りに座って(←勇気を出したのだ)、何読んでるの、と彼女に訊ねた。雪村は手に持った本の表紙を見せてくれた。G.R.R.マーティンの『玉座をめぐるゲーム』だった。もちろん僕にはまったくわからなかった。



 それからも僕は、折にふれては勇気を出して彼女に話しかけていった。レポートがあるので……と断られてひどく落ち込んだりもしたけれど、ついに僕は彼女を連れて名古屋城デートにいくことに成功した。名古屋城はつまらなかったけれど、彼女といるのは楽しかった。

 そして初めて彼女から漫画を借りた。『夢幻紳士』だ。

 これはおもしろかった。本当に。



 それからも授業で隣りに座ったり、食事に誘ったりして、僕らは付き合うことになった。僕は実家に住んでいて、彼女下宿をしていたので、よく彼女の家に泊まって二人で本を読んだり、映画を見たりした。本山ゲオがあったので、近所でレンタルができて助かった。



 でも不思議なことに、幸せなことはそんなに長く続かないもので、僕と雪村が二人で東尋坊を見に旅行に行ったとき、泊まった旅館でカニを食べて一緒の布団で寝たあと、彼女は僕の知らない何かに引っ張られて、僕が寝ているうちに布団を出て服を着替えて旅館から脱げ出して、東尋坊の先から海に飛び降りしまう。

 東尋坊では死ねないという話があるけれど、やっぱりそれは嘘で、飛び降りればちゃんと死ぬ。雪村がそれで死んだのだから間違いない。



 彼女を失った僕は悲しくなって、雪村が死んだというそのこと自体よりもむしろ雪村が僕に一言も告げずに死んでいったことに鬱々と悩んで、こりゃだめだ、このままじゃ何も解決しない、と思ってそのまま十五の夜ばりにバイクで走り出す。でもそのバイクは別に盗んだものじゃないし行き先もきちんとわかっていて、僕は一直線に福井まで行って、雪村と同じように海にダイブする。そして生きて浮かんでくる。本当に死にたいのなら、そのための飛び降り方をしなければならない。



 病院のベッドでしばらく暮らすことになった僕は、とりあえずアマゾン小説漫画と学芸書とDVDを注文しまくって、それを片っ端から消費する。雪村が生きていたときにはこの女はまたなんか読んでんなあとしか思っていなかった僕が、いまさらになって雪村の触れていたものたちに目を向け始める。村上春樹を、伊坂幸太郎を、恩田陸道尾秀介舞城王太郎を僕は読む読む。雪村のようにペーパーバックをぺらぺらとはいかないが、翻訳者感謝しながら、ヴォネガットカポーティフィッツジェラルドを読む読む。福満しげゆき藤田和日郎増田こうすけを読む読む。カントを、デリダを、ヴィトゲンシュタインをホフスタッターをドーキンスを読む読む。そんでDVDはよく考えたら病室じゃ見られねえなと思ってそのままジャケットだけを眺める。いいじゃんアマデウス時計じかけのオレンジタクシードライバー



 そして読みたい本をあらかた読み終えてしまったので、そろそろ家に帰ってDVDでも見るかと思って僕は退院する。退院するために荷物を片付けてきれいな服に着替えて、もう忘れ物はないよな、と思って振り返った病室に雪村がいるのを見て僕はびっくりする。

いまさら化けて出てんじゃねーよ」と僕は言う。



 でも雪村は生きていた頃と同じ顔で、僕がさっきまで寝そべっていた病室のベッドに腰掛けている。いつもと同じように黒い服ばっかりを着ていて、別に幽霊だからって白いベッドが透けて見えたりはしない。

「いやーいいじゃん。嬉しいでしょ」と雪村は言う。



 そんな口調じゃねーよ。

2010-08-31

wikipedia処女の項目が酷い

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%87%A6%E5%A5%B3

おいおまえら、wikipediaまで荒らすなw


世界中の大多数の男性結婚相手に処女を望むという事実[要出典]が、「男性本能」なのか「思想や文化の影響」なのかというのは、生物学者と文化人類学者で長い間論争が繰り広げられてきた。文化人類学者は「男性結婚相手には処女女性を求める」事を、文化によって作られたものと主張した[要出典]が、生物学と近年発展してきた遺伝学によって、学問的には「男性結婚相手には処女女性を求める」事は『男性が本来持っている本能である』という結論で終止符が打たれ[要出典]、勝敗がつく事となった。[要出典]「自分遺伝子をつぐ子供を確実に残す為」等の、本来男性が持っているはずの本能根底にあり、その自分自身の本能に気づいている男性と、「まだ」気づいていない男性とで二極化される事が、今のところわかっている。[要出典]


処女ではない女性結婚後、又は結婚数年後に男性心中に「生理的嫌悪感」が沸き起こり[要出典]、家庭内暴力セックスレス、妻に対する愛情が失われ平気で浮気に走る様になる等の傾向がある[要出典]。そして最悪の場合離婚に発展するケースも少なくない[要出典]。

遺伝学によって~終止符が打たれ、とかないわww

[要出展]大杉、てか出展が皆無じゃねえかw

2010-07-30

http://anond.hatelabo.jp/20100730192126

実は使用している言語体系がちがう。同じ日本語に見えるかもしれんが。

オタと話すときは、まずかれらの言葉を学ぶ必要がある。

これは文化人類学の基本だ。

2010-03-18

http://anond.hatelabo.jp/20100318134723

生物としての」と言っているものに対して、民俗学文化人類学を持ち出すことに違和感を感じなかったのだろうか(自然人類学ならまだわかる)。

じゃあ生物学


wikipedia 配偶システム

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%85%8D%E5%81%B6%E3%82%B7%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%A0

生物がどの配偶システム採用するかは食性や生活環境の影響を受ける。たとえば鳥類のように子が自力でエサをとるのが困難だったり、子育てに長い時間や大きな労力がかかる場合には一夫一妻制が発達しやすい。一夫多妻制と一妻多夫制はオスとメスの潜在的繁殖速度の差によってどちらが性が希少になるか(実効性比)できまるが、実効性比はやはり食性や生態の影響を受ける。

なーんかあなたからはオスは子を沢山ばらまくのが正しく、メスは一つの子を大事に育てるのが正しく、自然一夫多妻制になる、というニュアンスを感じるが、バリエーションが多いから動物一般の性質として一夫多妻制というのは成り立たない(少ないとも思わないけど)。ヒトのように子育てに何年もかかる場合、一夫一妻制になってしまう。

俺の持っていた本は民族学文化人類学だけど、ヒトの始まりの頃についてかなり詳細に論じていたので使ったまでです。そしてそれは生物学整合的だ。

http://anond.hatelabo.jp/20100318132948

じゃあどっか大学民族学とか文化人類学とかの人に聞くとか、何か質問文考えてググるかすればどうでしょ。俺はもうそろそろ飽きた。すまん。

http://anond.hatelabo.jp/20100318112718

統合そのものが暴力によって行われていると言っているわけではないよ。暴力に対抗する装置としての機能も含めている。

>まあもともと内部と外部の利害を調整する機能を果たすものを社会と規定し、その調整のための強制力の源泉を暴力定義しているので、ここを広げられても、定義のすり合わせにしかならんと思うぞ。

そういう社会ね。

私は暴力

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9A%B4%E5%8A%9B

暴力ぼうりょく、Violence)とは他者の身体や財産などに対する物理的な破壊力をいう。ただし、心理的虐待モラルハラスメントなどの精神暴力暴力認知されるようになりつつある。

という定義に従っていて、強制力=権力そのものとは切り離しているけど。

これはとても不思議なんだけど、通常の人間関係社会で、破壊で脅さなければ強制できないという事例ってごくまれだと思うし、それが基本だとはとても信じがたいんだけど、あなたはそう信じているの? 強制力は人間関係の維持や社会の大多数の承認によって生じるもので、それは暴力を基本的に必要としないと思うけど。

でもあなたの定義では元々そこが違って、強制力の源泉は破壊的なものでなくても暴力と言うんだ? そこがよく分からない。

>「最初のスタイル」であることをもって「自然なありよう」と判断するのなら、オスメスのつがいの形をもって「最初のスタイル」とするほうが妥当じゃね?

>単純に腕力によってヒエラルキーが決まる社会もあるでしょうが。

オスメスのつがいの形の最初のスタイルは、男女で分業して、セックスして子供作って、集合離散の結果、離婚する・養子を持つことがありうるというスタイルです。

あと腕力によってヒエラルキーが決まる社会は、人類の始まりから一般的だった訳ではありません。

「違う、夫が妻を財産として扱っているし、腕力でヒエラルキーが決まるのが普通だ」というのは勝手だけど、それは狩猟採集漁労民族では一般的ではなくて、農耕牧畜以降一般化したスタイルだから。嘘だというならそれが人類の始まりから一般的だったという証拠を出してほしいでござる。俺は民族学文化人類学の証拠から論じているぞ。それを信じないのは勝手だが、じゃあ事実にそぐわないね、としか言えない。

http://anond.hatelabo.jp/20100318095304

>背景に暴力がない社会は存続できない

その思想はどこから仕入れたものなの? マルクス

単純に言って他者一般程度の社会魚群でもありうるし、これが暴力社会統合しているとは聞いたことがない。高度な家族組織であるアリが暴力社会統合しているという話も聞いたことがない(全くないかどうかは知らない。ハチは女王候補同士で殺し合っていることがあるし、サムライアリは他のアリを奴隷狩りする)。

イヌチンパンジー暴力社会統合しているけど(ちなみにチンパンジーはメスがリーダーであることもしばしばある)、そういうのも一方にあり、一方にはボノボのように性愛社会統合するものもあり、他にも色々多様としか言えない。

ヒトは当初から暴力によらないと社会統合できなかったという証拠がある? 繰り返すけどそれは民族学文化人類学では否定されている。これを権威主義として無視するのは簡単だが、じゃあ他に何かの体系的な事実がなければならない。それが全く示されていないので途方に暮れている。

戦争のために必要? 戦争社会統合か? それに集団的問題解決のためならバンドの集合離散が一般的だったし、集団間の外交関係は婚姻メインだった。


>・狩猟採集漁労はともかく、それを社会という単位で行うことが「人間という生物にとって自然なありよう」なのかどうかという検証がない。

ホモサピエンスが生じて、食をどうするかとなった時に、男女分業や集団行動による狩猟採集漁労が最初のスタイルだったということは、それが人間と言う生物にとって、「環境改変能力がない限りにおいて」自然なありようだということになるが。

男の腕力は狩猟で実現されたけど、狩猟は大して獲れない(けど重要タンパク源なので質的無意味ではない)ので、それなりの意義しかなかった。

それとも、これを否定したくて、いきなり環境改変能力があって、農耕牧畜が最初のスタイルで、男の腕力=生産力が量的にものを言ったというならまた別ですよ。その説を民族学文化人類学学会で発表したらセンセーションを引き起こすかケチョンケチョンに批判されると思うので、やりたかったらどうぞ。


>・富の蓄積以外に社会的ヒエラルキーを決める要素がないのか。

属人的な知識経験人間関係長老になる。これは男でも女でもある。

首長が現れるのは富の集中・再分配が可能になってからで、それは貯蔵技術環境改変技術・農耕牧畜技術が発達して以降の話だが。

http://anond.hatelabo.jp/20100318073327

じゃあエルマン・サーヴィス『民族世界』を読んでみな、とは言えないから(そんなに長くないけど三日かかったし)、概ね男女で分業はあっても、権力に差異はなかったということだけ理解してくれ。これは実際そうだったんだよ。

これを違うというなら、印象論だけで、民族学文化人類学研究してきた事実総体を否定することになるけど。

2010-01-27

強くなりたい新大学生が本当に読むべき本100冊

この時期になると大学生向けに読むべき100冊みたいなリストが出回る。

あんなリストを真に受ける人も少ないだろうが……はっきり言って悲しくなるくらいお粗末だ。

ずらっと並べられた古典名著。あまりに埃の被ったラインナップにがっかりする。

こういった学問には「原書病」とでも言うべき、くだらない風習が根強く残っている。

原典や本文を極度に重視するのは不健全だ。それ自体は面白いとしても、その後発展と整理を経て洗練されている。

歴史的興味以外であえて出発点に戻る価値はすごく小さい。そんなところに本当の「教養」は存在しない。

難解で時代遅れな文章と格闘したって、趣味以上のものにはならないし、考える力は湧いてこない。絶対誤読するし。

そこで本当に頭を強くしたい人が読むべき書籍リストというものを作った。

これは単なる学問という空気に浸ってみたい人が読むものじゃなくて、日常に根ざした本物の力を分けてくれるものだ。

この100冊さえ読めば考える素材に困らないだけでなく、コミュニケーションの強者にもなれる。

飲み会で古臭い古典の話をしたって煙たがれるだけだが、この100冊をネタにすればそんなことにはならないし、

黙考はずいぶんと深くなるし、ブログネタに応用すれば必ず一目置かれる。

選んだのは現代的で網羅的、そして極めて平易なもの。どの分野にも精通できるように色んなジャンルのものを配置した。

この100冊を大学生活のうちに読み切れば、必ずや一生の財産になるだろう。

ここに挙げられた本が、現代最新型にアップデートされた真の「教養」だ!

新大学生が本当に読むべき100冊

存在論的、郵便的東浩紀

動物化するポストモダン東浩紀

ゲーム的リアリズムの誕生東浩紀

アナーキズム浅羽通明

ナショナリズム浅羽通明

右翼左翼浅羽通明

構造と力浅田彰

『逃走論』 浅田彰

『反芸術アンパン赤瀬川原平

東京ミキサー計画』 赤瀬川原平

ギャルギャル男文化人類学荒井悠介

ディズニー魔法有馬哲夫

テヅカ・イズ・デッド伊藤剛

マンガは変わる伊藤剛

ヤンキー文化論序説』 五十嵐太郎

オカルト帝国1970年代日本を読む』 一柳廣孝

『寝ながら学べる構造主義内田樹

ゼロ年代の想像力宇野常寛

『二〇世紀の批評を読む』 大谷能生

『ぼくたちの洗脳社会岡田斗司夫

オタクはすでに死んでいる岡田斗司夫

アメリカン・コミックス大全』 小野耕世

教養としての〈まんが・アニメ〉大塚英志

おたく精神史』 大塚英志

サンデーマガジン大野

キャラクターとは何か』 小田切博

『よいこの君主論』 架神恭介

『完全教マニュアル』 架神恭介

映画は撮ったことがない』 神山健治

『ポケットは80年代がいっぱい』 香山リカ

戦前少年犯罪管賀江留郎

スペイン宇宙食菊地成孔

東京大学のアルバート・テイラー』 菊地成孔

おまえが若者を語るな!』 後藤和智

封建主義者かく語りき』 呉智英

賢者の誘惑』 呉智英

『現代マンガの全体像』 呉智英

『定本日本の喜劇人小林信彦

カノッサの屈辱小山薫堂

お厚いのがお好き?小山薫堂

虚人のすすめ』 康芳夫

『生き延びるためのラカン斎藤環

ニッポンの思想』 佐々木敦

『シミュレーショニズム』 椹木野衣

ロックミュージック進化論渋谷陽一

日本の10大新宗教島田裕巳

ヒーロー正義白倉伸一郎

『箆棒な人々』 竹熊健太郎

『定本気分は歌謡曲近田春夫

完全自殺マニュアル鶴見済

洗脳原論』 苫米地英人

スピリチュアリズム苫米地英人

苫米地英人宇宙を語る』 苫米地英人

『青いムーブメント外山恒一

マンガ哲学する』 永井均

チベットモーツァルト中沢新一

ベストセラー構造中島梓

嫌オタク流中原昌也

『新しい「マイケル・ジャクソン」の教科書西寺郷太

前衛の道』 根本敬

『花咲く乙女のキンピラゴボウ橋本治

アーキテクチャ生態系濱野智史

タイアップ歌謡史』 速水健朗

自分探しが止まらない』 速水健朗

教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史教科書ばるぼら

NYLON100% 80年代渋谷発ポップ・カルチャーの源流』 ばるぼら

ロマンポルノと実録やくざ映画樋口尚文

70年代日本の超大作映画樋口尚文

アダルトビデオ革命史』 藤木TDC

ワンダゾーン』 福本博文

『ジュ・ゲーム・モア・ノン・プリュ』 ブルボン小林

ゲームホニャララブルボン小林

電波男本田透

喪男の哲学史本田透

世界電波男本田透

セカイ系とは何か』 前島賢

映画の見方がわかる本』 町山智浩

ブレードランナーの未来世紀町山智浩

『なぜ宇宙人地球に来ない?』 松尾貴史

貧乏人の逆襲!』 松本哉

サブカルチャー神話解体宮台真司

『14歳からの社会学宮台真司

『定本アニメーションギャグ世界森卓也

放送禁止歌森達也

職業欄はエスパー森達也

趣都の誕生森川嘉一郎

『興行師たちの映画史柳下毅一郎

殺人マニア宣言』 柳下毅一郎

『新教養主義宣言』 山形浩生

『たかがバロウズ本。』 山形浩生

訳者解説』 山形浩生

『超クソゲー箭本進一

戦後SFマンガ史』 米沢嘉博

戦後少女マンガ史』 米沢嘉博

戦後ギャグマンガ史』 米沢嘉博

漫画原論』 四方田犬彦

日本映画史100年』 四方田犬彦

日本文学ふいんき語り』 米光一成

恋愛小説ふいんき語り』 米光一成

2009-12-03

人間の獣性がなくなったとしても、多分誰も困らないし、人類も衰退しないし、下手すればむしろ繁栄する」という絶望

レイプ関連で連呼されているので獣性と呼んだけど、その呼び方に限定せず、要は感情についての徒然。

嫉妬だとか、闘争心だとか、焦りだとか、そういう人を焚きつけて動かす衝動、みたいなもの全般のことについて、ちょっと書いてみようと思う。

これらは、良い面で見れば、誇りやプライドを生み出すものでもあり、美学を生み出す原動力でもあり、勇気や度胸の源でもあると私は思う。

生命に「今ここに生きている」という実感を与える、命の万能感を与えてくれる、人によってはその感情こそが自我の一部だとさえ感じられる、そう言う類の物。

命のありかたそのものだと思うのだ。

でも、そういうのが全てなくなっても、多分人類は何も困らないと私は思う。

これはSFなんかでもさんざんテーマにされてきた、絶望的なけれども大いにあり得る推測なんじゃなかろうか。

普段性欲が無くても、必要な時だけ薬を使ったり、人工授精したりで、もはや子供は作れる。将来的にはもっともっと安価で簡単になるだろう。

恒常的な性欲のせいで、心理的傷を負い社会生活に支障を来たし、生産力になれなくなる人が出るくらいなら、恒常的に性欲をなくしておいて、必要な時のみ、必要な量だけの生殖活動が行うようにした方が、社会はより生産的に上手く回るかもしれない。

「いい女とエッチするために出世したいから人は働くんだ」と言う人もいるが、性欲が弱い人だけしか世界にいなかったとしても、明日おいしいご飯を食べてあったかいベッドで寝て、趣味まったり楽しむ、という目的だけで、充分働くことが出来てしまうから、別にエッチをご褒美にしなくても社会は回ってしまうだろう。

セックスだけじゃない。

人は何かを誇るから、何かを差別する。何かを誇ってしまった時点で、それはそれ以外の物に対する差別そのものだからだ。

誇りを捨ててしまえば、差別もなくなる。差別がなくなれば、しがらみに囚われない裁量により、適材適所を推し進めることが出来、社会生産性を上げることが出来る。

感情や衝動。そういうものがなくなったら「人はきっと何かとにかく、生物として致命的な欠陥を負って、駄目になるかも知れない」と、いう意見をしばしば目にするけれど、今までの歴史を振り返ると、どうも実際は「一定の技術力がその感情を代替できるようになれば、人類はその感情を捨てることによって、駄目になるどころか、むしろ繁栄する」が正解な気がする。

人類は大まかに分けて、原始社会中央集権社会資本主義社会 と発展していったのだけど、その度に一つずつ「大切」だと言われていた感情を捨ててきたんじゃないかと思う。

原始的な社会では、恥の概念がとても強く、恥を避けて生きることに、美学を見いだす(細かいことは文化人類学とか、まぁそんな感じでググってくれ)。

今でも原始的な生活を続ける部族は、自然をあるがままに受け入れ、その範囲内で最適な行動を取ることが美しいとされる世界観を持っている。自然に逆らって、環境が気にくわないとがなりたて、書き換えようとするのは、みっともないと感じる価値観だ。

だが、恥も美学も捨てることによって、自然に従うのではなく、抗ってコントロールし、支配することに成功した中央集権社会が、おおよそ原始社会よりも高い生産性を持ち、彼らを歴史の影へ追いやった。

文字の発明によって、数万人単位人間が法によって共同作業できるようになったため、分業化が進んだからだ。自然を理解しそれに合わせて生きなくても、ただひたすら法に従って生産活動していれば、自然を逆に支配できるほどの力を得られる。

これによって人は、恥の概念を捨てて、支配者の定めた法からはみ出すことのみを恐れる、罪の概念を得た。

日本先進国では珍しく、原始アニミズム信仰を未だに強く残している国だが、これは明治維新時に、中央集権的な思想を一部取り入れつつ、資本主義シフトしたからこそ発展できたわけで、江戸時代以前のままの体制を続けていれば、今の日本はなかっただろう。

一方、中央集権社会の、剥き出しの支配欲の元となっている「誇り・プライド」さえも捨ててしまったことで、発展したのが資本主義社会だ。

資本主義を支えるのは単純な損得勘定と、それを支える「リスクへの恐怖感」だけだ。もはや罪の概念すら必要でなく、ただひたすらリスクを避けるために踊り続けていれば回る社会だ。

人が人を支配しなくても、代わりにお金がそれを代替してくれるようになったから、人に誇りも意地も必要なくなったのだ。

資本主義社会戦争が起こるのは、おおよそデフレの時くらいであり、つまりは高すぎた生産性を下げるために、わざと誇りや意地を煽って生産性のない破壊活動を行う始末であり、当然その背後にある有り余るほどの生産力は、中央集権社会を八割方駆逐した。

この流れが続くとしたら、多分、人はそのうち、リスクに対する恐怖心が無くても、うまく社会を回せる発明品を手に入れるのかも知れないと、私は思う。恥も、支配欲も捨てることで発展してきた人類が、次のステップへいつの日か進むことも、充分あり得ると私は思う。

そしてそれらを突き詰めていくと、人類の発展とは、感情を一つ一つ捨てていく作業に他ならないのかも知れない。

感情を捨てたことで人類が滅びれば、まだある意味人類は救われる。私達の中にある、自我の一部とも言うべき様々な感情は、必要な物だったと証明されるからだ。

でも実際はその逆に進むのではないかと私は思う。

人間がただ計算するだけのコンピュータの用に生きるようになったとしても、多分人類は何も困らず、むしろますます発展していく。していってしまう。

人間システムを動かすための素子であり、人類としての主体はむしろ、社会システムの方にある、そんなSFみたいな世界も、案外本当にいつの日か実現してしまうのではないかと、そう考えてしまう。

それでもって、人の獣性を肯定して、「人の獣性はなくなるわけないんだ!! なくなることを期待しちゃいけないんだ!! むしろ自衛本能という女の獣性を駆使してそれに立ち向かえ」みたいに説いている人というのは、社会システムが支配する世界が訪れないように、戦っている人なのかも知れない。

システムを挟まず、主体性を持った命と命がぶつかり合う、システム主体性を譲り渡さない世界を、願っているのかも知れない。

最近の流れを見て、ちょっとだけそう思った。

まぁ、だからといって、セカンドレイプを看過していいわけではないと私は感じているし、それを制するためのシステム発明する必要があるだろう。

ただ、そんな私自身の発想自体が、多分世界システム化していく原動力なんだろうな、とも思うのでした。

以上。

2009-11-14

腐女子論についてそもそも論

なんというか、納得できる腐女子論が少ないのは、腐女子にもいろいろいるっていう根本的なことがわかってないからだと思う。

やおいとBLはまったく違うし、「腐女子」がライフスタイルである女性と、「腐女子」であることが趣味である女性とは、スタンスが全く違う。

ベン図にするとかぶってることが多いから、その違いが捨象されてしまうんだろうけど、本当は全く別個に語るべきカテゴリにいる人たちをいっしょに論じているから訳がわからないことになる。



根拠のない脳内妄想による腐女子論をネットにぶち上げることは全く構わないし、それをすることは日本人普遍的に与えられている権利なのだからむしろ自由にすべきなのだけれども、もし今から腐女子論を書こうとしている人がいたら、できればいま自分が書こうとしている腐女子はどの腐女子なのかってことを文頭で明らかにしてほしい。

そうしたらきっと返ってくる反論も的を射たものになって、結果として有効な議論になるんじゃないかなあ。

そもそもカテゴライズが間違ってんだよっていう反論を延々受け続けるのは不経済だし、論者が望むことでもないよね。



まあ、フィールドワークをしていない文化人類学者の論文ふつう鼻にも掛けられないのと同じで、ある文化について書くならその文化よく知っておくことは当然。

ぼんやりとしたイメージではなく、実体を持った腐女子研究してみたら、と本当は思う。

2009-09-23

http://anond.hatelabo.jp/20090923023311

文化人類学の講座でFGMの話をしたらフェミのレッテル教授から貼られたなぁ。

まぁwikipediaで使われている画像資料が信頼の置けないデータであることは事実

引用元には。

”これは幾つかの情報を元に作成したものであって、必ずしも正確なデータではない”と明言されているわけで。

現状にマッチした統計データがないか探したけど見つからなかった。

2009-07-24

http://anond.hatelabo.jp/20090724145843

なら人文系学会誌(地域研究とか文化人類学とか)にその説を送ってみろよ。身内オナニー雑誌じゃない、査読のちゃんとした雑誌なら間違いなくアブストラクトリジェクトされるレベルだぞ。

2009-04-13

http://anond.hatelabo.jp/20090413111900

でもおっぱいへの興奮って社会的に訓練された面も大きいと思うんだ。乳丸出しが常態な社会だってあったわけだし。生物学というより民俗学文化人類学の領域な感じ。

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