はてなキーワード: 圧迫面接とは
結論から言うと、企業は就活サイトや就活業者よりも、心情的には学生に近い立場にいなければいけない。
しかし「どんな学生が望ましいか」「どんな方向性を学生と共有したいか」というメッセージは具体的に、学生に迫るように撃ち出す必要がある。
この部分を就活サイトにアウトソースし、結果として就活サイトや就活業者が学生を食い物にしていることを放置している状態で
競合は、同じ業界の他社だけではない。 就活サイトとか就活業者、あるいは2ちゃんまとめ記事などの悪質な情報業者も含む。
彼らに打ち勝って、正しいメッセージを学生に届けられないなら、優秀な学生ほど自分の会社を選んでくれない。
「競合の他社がこんな感じだから、うちの会社もこの程度で」とか言ってる人事だと、お話にならないわけです。
実際、今まで「企業側のメッセージ」と称して悪質な情報を提供する各種メディアによって学生が翻弄され、道を誤るというケースが多かった。
もうどっぷり社会人側に染まった私としては、若者への嫉妬を込めて
「就活前になっていきなり慌てて準備するから、ろくに考えずに企業とか就活業者のメッセージに躍らされるんだよ」と言いたくもなるがそれはアンフェアというものだ。
学生も確かに怠けてはいる。だが、それ以上に就活業者の悪徳ぶりは批判されてしかるべきである。
そして、そういうものを駆逐するのに第一義的な責任を持つのは、企業側である、と私は思う。
自前で自分たちの魅力が全く伝えることができない、学生に仕事のイメージを伝えることができない企業ばかり。
必要な情報や行動指針が与えられない学生は不安になり、その不安にゴミどもが群がる。
最近2ちゃんまとめブログのステマ騒動などが起こったらしいが、ああいうのは、企業側の社会的責任が全く果たされていないことを意味している。
現実的には、責任を果たさないどころか、積極的に社会的不正義に加担して、自分たちだけが得をしようと抜け駆けを図る腐った企業もあるらしい。
企業側がここまで腐っている今の状況で、学生を責めるのはちと可哀想かな、と思ってしまう。
もちろん、学生が可哀想だといっても、別に学生が今のままでいいとは思わない。
学生は学生でよくよく考えるべきだ。就活業者の2ちゃんまとめ等の示す甘い言葉にホイホイついて行っちゃう奴は成人式からやり直すべきだ。
しかし、それを差し引いても現状を放置するのは企業にとっても学生にとっても大きな損失である。得しているのは就活業者だけだ。
この状態を改善しようとしない、あげく「最近の若者は」とかいっちゃう人はビジネスマンの資格などない。
間違ってたら間違ってると言う。誤解されていたら誤解を解く、それは当然やるべきだろう。
それぞれの企業が「就活本とか就活業者はあんなこといってるけど、うちではこうだよ」と示さないといけない。
学生側が、就活業者や就活本を捨てて、自社サイトをじっくり見てくれるように情報を発信しなければいけない。
そして、その手間は「ちゃんとした人事戦略があって、それが共有されている会社なら」たいして手間はかからない。
人事戦略を理解してる人が一人、毎日1~2時間使ってブログで情報発信するだけで十分すぎるほど効果があると思う。
ちょっと本屋に行って調べてみれば、そうやって就活サイトを使わずに成功してる会社の話が幾つも出てくる。
そんなことすらやってない、というかやろうにも明確な戦略を持ってる会社が全然ないのだと思う。それが現実だ。
「会社の中に入ってもわからない」ものを、学生が理解して実践しよといわれても、さすがに無理だ。
学生に文句言いたいなら、まずちゃんとした基準を持つ。自分というものを持たないまま他者を批判していいのは中学生まで!
優秀そうだから、話がうまいからといったフィーリングでおぎやはぎを採用ような企業はどこか問題がある。(おぎやはぎを批判シてない。彼らは本当に優秀だろうから)
論理的にはかなり怪しいけれど(※)読者の感情を揺さぶる形で学生の勘違いを指摘してる記事があるので引用する。
就職活動の直前になると、自分自身に少しでもハクをつけたいからなのか、
「資格の勉強をしようと思います」「インターンを見つけて行ってこようと思います」
資格を取ったりインターンを経験したりしたことそのものが就職活動にプラスになるわけではないってことです。
例えば、TOEICで920点を取ったとします。だから就職に有利になるかというと、それ自体がすごく有利に働くことはほとんどありません。
むしろ、「TOEICで900点以上という職種はないかな…」と自分自身で職種の範囲を狭めてしまったりして、逆に自分の可能性を縮めることの方が多い。
「920点取りました」ということ自体は、大して意味がありません。「私は、TOEICで920点取りました!」「なるほど。…それで?」と、その後を聞かれます。
「920点取ったから、何ができるのか」「920点取ったから、どうしたいのか」といった、その後が重要なのです。
そういう話をすると「言っている意味が分からない」という人も多いので、身近な例に置き換えてみましょう。
例えば、定食屋や中華料理店に行ったとします。何か食べたいとしたら、何と言うでしょう。
「私は、920円を持っています!」「そうなんですか。…それで?」と、店員さんはキョトンとしてしまいますよね。
保持しているモノを自己申告されても、何を与えたらいいのか、何を求められているのか、提供する側は分からないわけです。
「920円持っているので、麺類が食べたいです!」「920円持っているので、杏仁豆腐を食べます!」
などと言ってくれれば、「かしこまりました」とか「こちらもお勧めですよ」とか、提供するものに関する話が進んでいくわけです。
それと同じことで、資格や体験を「持っています」と自己申告するだけでは、相手は何をしていいかさっぱり分かりません。
920点持っているから、何ができるのか、何がしたいのか、ということを明確に伝えなければ、全く意味がないのです。
とは言っても、「920点持っているから、英語でコミュニケーションができます!」
とかいった自己PRも、大したPRにはなりません。資格に見合う強みではないからです。
「私はTOEICは受けてないけど、英語でコミュニケーションができます!という人と、言っていることは大して変わりません。
「資格は何を持っています」「こんなインターンをやりました」ということ自体は、そんなに有利な条件ではありません。
「いや、そんなことはない」と反論したい気持ちも分かります。「この学生はTOEICで920点もあるなら、英語ができそうだな」と思われるからいくらか有利、と思うかもしれません。
でもそれは、「この学生は九州生まれだから、九州のお客様と仲良くなれそうだ」ぐらいの、個性レベルの長所に過ぎないのです。
今どき、資格を持つとかインターンをするといった程度で目を見開くような採用担当者はいません。
そんなことが採用の可否に影響していたのは、昭和40年代ごろの話です。
だから自分は何ができて、自分は何がしたいのか。そういう、その後のことを伝えなければ全く意味がありません。就職活動は、自慢大会ではないのです。
これはガチです。
ほんとに企業の意識としてはすでにこんな感じなんですよね。社会人なら誰でもうなづくでしょう?
現実はこっち側なので、学生側も早くこれを受け入れたほうが、結果的には楽なんですよ。
というか、普通に考えて、これってすごく自然なことだと思いません?
一括採用って前提を無視して、一対一のコミュニケーションで採用を考えたら、こんなの当たり前ですよね。
少なくとも、一括採用とか早期採用に反対なら、シグナリングなんて無効になって、こっち方向になるよってのは受け入れる必要がある。
現時点では、学生は目的の企業よりも就活サイトとか就活本の方が「近い」んです。
学生は基本的には安易なメッセージの方向に流れようとする。それで下流喰いの代表格である就活ビジネスにまんまと引っかかるわけです。
この氷河期になっても、今まで自分でなんにも考えたことがない、なんにも考えたくない、答え「らしいもの」が欲しいっていう人は、
未だに彼らのあまーいメッセージにひっかかる。
こういうのを、甘えだというのは簡単です。私もそう思うよもちろん。
就活サイトを活用してる会社であれば、就活サイトが寝ぼけたこと言ってるなら、ちゃんと文句を言う。
そこまで出来ないなら、少なくとも自分の会社に来る学生だけには、ちゃんとしたことを理解してもらう。
そうしないと「イラない学生」「甘えた学生」ばっかり集まってきますよ?
というか、現状そうなってますよね。それで文句言うっておかしくありませんか?
甘えた学生しか来ないと嘆いている会社は、その原因が自分がやるべきことやってないからだってことくらい認識しろ
まとめ
就活は、コミュニケーションです。コミュニケーションに第三者を挟むな。
「グローバル化の話」でも書いたのだけれど、
・コアの部分があるならまずそっち!
・コアの部分が固まってないなら急いで考える!
・コアの部分がないような企業は滅びろ!
twitterからグローバル化まで何でもそうなんですが、道具の部分でごちゃごちゃ喚くな。うるさい。
twitterのローカルルールとか、匿名か実名かとか、そんなことはどうでもええわ。
何か語るときに「自分が何者か」「自分がどう思うか」を起点にして語れない奴は滅びろ。自分のない意見はつまんないんだよ。
こういう事言うとすぐ自分の都合の良い用に勘違いする奴いるけど、「自分探ししろ」とか「自分語りしろ」って言ってんじゃないよ?
探さないと自分が見つからないような奴は、他人の文句言ってる暇があったら、何でもいいから必死になってやってみろって言ってんだよ?
最後に一つ。学生は、就活で悩んだら、まず親に相談してみること。
どこそこに就職しろとかいう話は無視していい、どういうことを考えて仕事してるかとか、何を支えに仕事してるかとか、会社の新人の話を聞け。
「実際に仕事をしている人」と仕事についてコミュニケーションができるかどうかは致命的に大事。
その中で、一番自分を知って、かつ遠慮無くコメントしてくれる可能性が高いのは親だ。まず親を避けるな。
必ずしもまともな話が聞けるとは限らない。それならそれでいい。ただ、まず就活サイトとか就活情報を通さずに生の声を聞く。ここからスタート。
特に女子学生はこれやるとやらないで全然変わってくる。自分の親をクソだと思ってる人こそ、それこそ圧迫面接に耐えるつもりでやってみ。
基本的に、就活の面接なんぞ親(他の社会人でもよいが)と仕事について3時間くらいぶっ通しで話せるようになれば楽勝です。いやまじで。
本来こういうのはそれこそ「就活ぶっ壊せデモ」をやってた奴らがきっちり問題を整理して、自分の主張としてしっかり訴えていくべきことだと思うんだがな。
あまりにむしゃくしゃしたので怒りにまかせてこの記事書いた。口調が悪くなって申し訳ないけれど、ほんとに頑張れ。オレも頑張る。じゃあの。
就活がより厳しくなり、圧迫面接なんかも出てくるのって、社会人による大学生への嫉妬にも原因があると思う。
自分の大学時代が楽しくて充実していて、社会人になった今が辛く苦しいから、つい最近まで楽しく大学生やってた連中をボコボコにしてやりたくなる。
老いが忍び寄ってきた自分に対して、就活生はまだ若くて毎日が楽しそうなのも妬ましい。
「おれがこんなに大変な思いしておっさん社会人やってるのに、お前らは若くて楽しそうで許せない」みたいな。
就活デモって若者の悲惨さをアピールして同情を勝ち取り、有利に進めることだったと思うのだけど、
潔癖な人ナイーブな人ほど怖い
自分達がいい人だと思っていて、そう思えなくなる事実を否定したり排除したりするから。
名古屋のある医療生協の病院の如何にもいい人そうに見える健気な車椅子のケースワーカーに、婦人相談所に半ば怒るように行かされ、区役所からの連絡には、こちらの紹介じゃありません、と言われているのを(目の前で電話した)聞いたという事を経験した時そう思った。
この時区役所に行ってどうなったか、このN里に聞かせて下さい!と自分の胸を叩くというパフォーマンスまでされた。
私が名古屋じゃない街で婦人相談所もだめだった事があると言ったら、怒ってきて「ここ(名古屋)でですか?」「この前パラノイアの患者さんを夫の暴力から守るためこちらの紹介で入所させました」「あなたが行かないから」など言われ、前述のパフォーマンスになったのだった。
区役所から(この時はM区役所、イニシャルだと今も同じだけど)生協の病院に電話したら、N里先生は帰られました、と言われた。
インフォームドコンセントが聞いて呆れる。ここの病院にはエレベータの中にも、患者の権利章典がデカデカと貼ってあった。
これは仮説だけど、なんでこんな事されるのかなあ~と考えたら
日本が民主的な法治国家と信じたい人にとっては、聞かされたくない話だったからなのか、精神病院については矛盾多い世界と言うのを知ってる人は知っているので、関わらないようにしようとしたのか、わからないが、病院の体面を守りつつ、健常者に対する悪意を吐き出す事を生業にしているからなのか、その中のどれかか、複合的なものなのか、仮説さえちゃんと立てられないが
この人も他では評判が良くて、家の前に○○党相談とか出ている家に言ってみたが、その人がそんな事言うわけないとか言われた。
あぁ、この時に、他にも言われていた。
親が当時住んでいたところにいきなり来て、隣の部屋の人に、実は精神病院に入れてまして、と言って行った、何をされるか分からないと怯えてパニくっていた私だったが、この車椅子のケースワーカーは
と言ったのだ。
関西の子供なら、聞いたこと言ったことがある言葉で、「ごめんで済んだら警察いらん」というのがあるが、そんなんで済んだら誰も困らんやろ!!!
この時に背中の痛みについても言ったが、本当に悪いんだったらね!と言われた。
医療生協の会員にだけならされ(後に取り消しに行ったが)お金も払わされ、病気なら診てもらえますよ、本当に悪いんだったらねと言われもした。
こんな如何にも正義派みたいな、スキャンダルを起こす前の辻本清美さん(顔も似ていた註あり)みたいに見える人が、こんなんなんて・・・!!!
と大ショックを受け
自分の方が悪い気がしたのだと思うけど、ちょっとおかしくなっていたような気もする。( これ以来全く相談に行けなくなった )
良い人の方が危ない
気をつけなくてはいけないと思った。
註
顔も似ていて美人と言って良い顔だった。
清潔感があり、洗剤の匂いと思われるものやシャンプーの匂いが入り混じったような何か微かな良い匂いを、醸し出していた。
(洗剤と言ってもダウ二ー臭ではなく、もっと控えめな。香水などのきつい匂いではなく、清潔で健全な生活を営んでいる証のような)
そういう人に、人に頼る嫌な奴のように、扱われた。
こちらは、こういうところに言うのも、違うかもしれませんが、とおずおずと言っていた。決して、何とかしろ!!とねじ込んだわけではなかった。
何もできないなら、普通にこちらではわかりかねます、とか断ればよいのに( 断るのも最近ではおかしいのではないかと思うようになったがこの時ならまあそれで仕方ないと思ったかもしれない )。
パラノイアの患者さんを紹介で婦人相談所に入れたというのだから、何もできないという事もないようなのに、一体あれは何だったのかわからない。
区役所に行った結果をこのN里に聞かせて下さいとの要望に、まだお答えしてないので、お答えした方が良いかもしれない。
(今はいないらしいのが、去年か一昨年電話した時にわかったけど。この時の病院の対応も酷かった)
N里の事は、ネット上のあちこちに私は過去に書き込んでいる。メモ程度のものでも証拠になるのであれば、それも証拠になるかもしれない。
http://anond.hatelabo.jp/20111011084859
辻本似CWについて追記
まだあった
「いくつですか?」
と聞かれた。
相談票に記載するとかではなく、「親にはあなたが言えば済むこと」と言った時だった。
まるで、人に頼る嫌な奴のような扱いを受けた。
「いくつですか」に対し、年齢を普通に答えたら、何だか不服そうな不満そうな顔をされた。
全体的に、かなり高圧的な態度を取って当たり前と思っているようだった。
ああいう相談は、NTTの総合案内のお姉さんが案内しつつ商品やシステムを宣伝するように、生協の会員にならせる事を目的としてやっているようで、その目的だけは果たしたいのか、そこまで人の事ぼろくそに言いながら、ここは院長がいない病院で(その当時はかもしれないが。今は居るかも)なんたらの理念でやってます、とか 理念でという時に、理念だけで実際は行き届いてないかもしれないけど、堪えてね、みたいにニチャっと笑った。
ニートは1000万人近くいる。ニートが生活保護受けるようになったら、財政が破たんすると言い返したら、こういわれた
財政なんか知ったことか。国が破たんするよりも、俺の会社が破たんしない方が重要なんだよ
心の中で俺は「そんなに破綻しないことにこだわるなら、厚生労働省に文句の一つでもいえよ。CWはニート同然の人間でも働けと言っているんだよ」と思った
https://www-secure.mhlw.go.jp/getmail/getmail.html
「国民の皆様の声」募集 送信フォーム
--------------------------------------------
現行の生活保護では稼働能力のあるものは働かせることになっています
ですが、企業の立場から言えば稼働能力のある人間すべてが使える
わけではありません
企業としても体調が悪いといってすぐ休む人間・やる気のない人間・
圧迫面接をしたときに感情的になる人・すぐ会社のせいにする人・
自己中心的な人は使いにくいですし、同僚に聞いてもこれらの人間
ことにつながりかねません
北欧諸国で企業が採用したくないという人間を採用したくなる人間
に変わらせるようなプロジェクトを実施していますが、目覚ましい
効果を上げたという話は聞いたことがありません
財政的な面から見ると稼働能力のある人間は働かせるべきでしょうが、
不景気の今だからこそ、稼働能力の要件に企業が採用したくなるか
このままおいておいても腐ってしまうので鮭の卵のように放流です
仮に1年間生きるのに必要な最低限のお金を家賃込み200万円、研究費50万円、学費50万円としよう。バイトの時給を1500円としても、300万円稼ぐには年2000時間、週40時間働かないといけない
@t もし病気もせず、家族も持たず、貯金も必要なければ、ね。
ただし希望はある。新興宗教を見ていれば解るけれど、とことんニッチな市場を追求すると、あなた一人が辛うじて食べられる程度の収益を上げられるだけのコンテンツを生産・販売することは、それほど困難なことではない。
「院生問題」が内部では永久に解決しないのは、意志決定権を握る教員にとって、院生が「競争相手」であるからだということを忘れちゃいけない。正義の味方を演じたいアホ教員たちは、「敵に塩」なんてバカなことは絶対にしない。必ず正義は勝たねばならないのだから。
最後に、これではあまりに夢がないので、「博士と就職」について、少しだけ書いておく。
「博士まで行って就職するのと、学士や修士で就職するのとどちらが良いか?」というのは、正直答えるのが難しい。職種や業種によってあまりに違うから。ただ、「どちらが易しいか」ならば、明らかに後者
私は幸運にもいくつかの企業から内定をいただけたけれど、国内企業はすべて書類落ち、外資でも1つの企業ではひたすら圧迫面接だった。いかに私がモラトリアムに浸かっているか、私の研究が無意味であるかを延々説かれる1時間×3セットは、鬱になりかけた。
もちろんその企業は落ちたが。
私を書類で落とした会社は全部潰れちゃえ。っていうか今後じっくり時間をかけてすべて潰す。
一言で言うと、私が内定を取れたのは、1. 頭の回転がとてもとても速いこと(いわゆる地頭) 2. 自分の研究をより一般的な体験として語れたこと 3. コンサル用の話し方へとがんばってアジャストしたこと これに尽きると思う。
結論から言うと、すべての博士学生がコンサルになれるとは思わないし、向いているとも思わない。私だって、実際は来年の4月になるまで解りはしない。だから、博士はコンサルを目指すべきとも、就職すべきとも思わない。
2. については、既に述べたので省略して、1.と3.について少しだけ書いておく。
一般に、採用担当者は大学や大学院での専門にはまったく興味がない。早い話がなんでも良い。
これから以降の話は、「外資コンサル」のみに該当することだから、注意。
彼らが興味を持つのは、1. 中高を含めた学校歴 2. 素早く的確な分析能力 3. 他の事例から解決策を持ってくる結合力(アイデア) 4. 人間的なおもしろさ の4つ。
1. については、博士は相当高くないとダメ。学部だけではなくて、中高もしっかり見ている。私について言えば、学校歴は問題なかったけど、文系であるが故にMcK社では「この人、数字の計算とか大丈夫なの?」という会話が裏でなされていたそうな。
2. については、「とにかく速く目星を立てて、それを検証する能力」が大事。研究だと、どれだけ時間をかけても網羅的であることが求められるけれど、面接ではそんなの求められない。速さと、常識的な範囲での網羅性。
3.は飛ばして、4.はすごく難しい。McK社には五大陸最高峰制覇最年少記録保持者とかもいたらしいけど、そういうのでなくても、「まったく違う人とでも、良い関係を築くことのできそうなイメージ」という感じ。
いろんな企業があるけれど、一般に博士の就職に対する風当たりは非常に厳しい。大学の中でもいろいろな妨害や誹謗を受けるし、外でも色物扱いされるのは避けられない。でも、それを乗り越えるだけの能力と精神力があれば、何とかなる。
先ほどの繰り返しになるけれど、私はすべての博士が就職できるとも、すべきだとも思わない。ただ、研究の道は一般に考えられている以上に厳しいこと、研究以外の人生もあって、まだ完全に道がふさがれている訳ではないということは、知っておいて欲しい。
多くの博士は自分の研究分野で素晴らしい業績を挙げ、自分には才能も努力もあると思っているのだろうし、それは間違いではないのだろうと思う。ただ、あなたの能力や知識、技能には、他の活かし方もあるのです。
日々の研究生活で視野狭窄に陥って、高いリスクを伴う研究の道しかないなんて思い込まないでください。また、自分を「外」へ開くことを恐れないでください。
今では無事に、某一部上場企業の総合職でぬらりぬらりと暮らしています。
とある事情でシード権みたいなモノを頂きまして、Webテストも筆記試験も受けずに面接数回で握手までたどり着きました。
御社が第一希望ですなんて言わなかった。建前は一切使わなかった。全て正直に話した。はっきりいって、運がよかった。それだけです。
「会社に行ったら圧迫なんかよりつらいことがある」って忠告下さった方。
おかげさまで今のところ圧迫面接のような怖い出来事は起こっていません。
でも調子に乗ってお客様相手に結構な失敗をしでかし、申し訳ないと心から思うと土下座したくなるキモチは理解しました(してないですけど)
もしかしたら、人事の方が私のパーソナリティ?を汲んでくださって、そういう経験が無いようにしてくださったのかもなんて、
同期の話を聞くと思ったりもします。
ともあれ。こんな感じで、私は無事山手線を止めることなく生きています。
就活してるひと、圧迫面接を耐え抜いているひと、大学足切りをモノともせずエントリーを出し続けている人、
こんな私が仕事していてすいません。がんばってるみなさんのことは心から尊敬します。あなたは決して悪く無い。
今働いているところは日系企業なので、このまま居座ろうと思えば居座れるし、会社もそれを前提にお金をかけて育ててくれています。
でも、私の心の中では、それには反対。日本のガンは、新卒至上主義だと思うから。生まれた年が1年違うだけで人生が大きく変わってしまうなんて、バカげている。
そして私の周りには、私より仕事ができるのに私より不安定かつ低い給料で働いてくれている、派遣社員の人達が居ます。世の中おかしすぎる。
入りたい業界、やりたい仕事。ブラック嫌だ。労基法ぐらい守れ。圧迫面接だ。サビ残月200h超。
理由になりません。
「雇われたい」んでしょ?
で、君たち「雇われるだけの能力もない」から今も就活してるんでしょ?
それだけの能力もないのに、あんたらのような口だけのガキを誰が雇うの?ブラック企業だってお断りじゃないかな。
甘いんだよ。甘すぎ。
あんたら一人前になって社会にでるもんだってことぐらいわかってるでしょ?
そんなやつらを雇う道理がどこにあるんでしょう?
自分に向きあってください。
あなたは、
さあ、下の文章を声に出しましょう。
僕は、私は、
僕は、私は、
生きる資格がありません。
生きる権利もありません。
早く死ぬ義務だけがあります。
ブラックが耐えられなくなってきたところに身内の病気が重なり限界だった。
一向に仕事が決まらずハロワ通いが続いているが、あと1ヶ月もすれば少しの間だけれども失業保険が貰える。楽しみだ。
しかし何もせず実家にいるわけにもいかない。
昨日の今日で面接というのにまず驚いたが、面接官の女性にずっと説教されてさらに驚いた。
聞かれたことと言えば「前職を何故辞めたか」のみ。一生懸命書いた志望動機や資格欄には目もくれず。
介護があったのだと言えば顔が曇り、今は入院していて近い将来施設に入るので会社に迷惑はかけないと言えば「では仕事を辞めたのはあなたのわがままだ」と返される。あなたは仕事に対する責任感が無いのね、と延々と説教をくらった。
いつまで持つか分からない身内の傍で親孝行したいと思う気持ちはそんなにいけないことなのだろうか。あの面接官の言うように、親元を離れて仕事をすることだけが親を安心させる唯一の方法なのだろうか。
仕事をするということは何かを切り捨てる事だと面接官は言う。社会に出るということは死期が近い身内を切り捨てる事なのか。
成人した子どもを持っていてもおかしくない年齢と思われるあの面接官は、きっと寂しい最期を過ごすに違いない。
そう思わなきゃやってられない。あの面接官は元気だったはずの身内にミキサーへかけたご飯を食べさせ汚れたオムツを取り替える寂しさを知らないんだろう。
少し待ってと言われ、別室に移動した面接官と誰かの会話が聞こえてきた。「介護が必要な人が家庭にいる人は……」という内容だった。
しかしあの面接官だったら介護以外の退職理由でも説教される自信がある。
質問があるかと聞かれたのでやけくそに「では求める人材は?」と聞いたら「あなたみたいな人じゃない人(要約)」と言われる始末。
〆は「あなたは採用しないから履歴書どうしますか?」だった。動転して置いて帰ってきたけど腹が立つから持って帰ればよかった。
これが世に聞く圧迫面接なのかい? 履歴書を受け取らない事も圧迫面接の一部なのかい?
現在仕事をしていないのは紛れも無い事実。自分が選んだ道だから悩みはするけど後悔は無い。
それを一言二言言葉を交わしただけの相手に人生単位で全否定されるのは辛い。
そんな相手の前で涙を流してしまったのは不覚。前職では職場で何度も泣いていたことを久しぶりに思い出した。これが嫌で仕事を辞めたんだった。無職でストレスフリーの生活を送っているうちに忘れかけていた。
ブラックだろうと最善を尽くしてきた。それでも辞めたくなる職場があるのだよ、世の中には。面接官にはそんなこと言えないけど。面接官にとっては、どんな理由があろうと仕事を辞める事は悪であるらしい。そんな事を言ったら誰も雇うことは出来ませんね、と喉まで出かかった。
応接室に、とある政治家の色紙が飾ってあるのを見つけた。改めて落ちて良かったと思った。
それらが嘘かホントかなんてどうでもいい。
ネットは確実に視野を広げさせた。これだけで十分だ。十分すぎる。汚かろうがそうでなかろうが関係ない。あらゆる概念に身をまかせることで価値観が磨かれていく。
脳年齢が急速に若返ったかのような感覚に陥る。抑制された概念や思想が、自分の価値を相対化させてくれる。
僕はこのままネットに触れていなければ、おそらくムラ社会的価値観を美徳とする若年性老害となって社会を腐らせていただろう。
ありがとう、みんな。
それでも内定もらってる人はいるんだろ?
なんで彼らは貰えて自分は貰えなかったのか考えてみろよ。
彼らにあって自分になかったもの。
その差を意識もしないで、世の中が悪いから自分が就職できなかった、
みたいに考えてたら、これからだってどうにもならない。
もう皆気づき始めてることだ。
ほかの誰かのせいにしたって誰も助ける余裕なんてないということに。
あの失敗があったから自分を見つめ直すことができた。
紆余曲折があって、今私は正社員として彼らと対峙している。
ただあのときにくらべて、新卒を選ぶ基準が変わった。
控えめ<バリバリ
内定とりたい学生の人は今のうちに接客業をやっといたほうがいい。
絶対度胸がつくから。
そこには高いコミュ力を持った人がたくさんいる、
彼らから学べばいい。
三ヶ月ぶりくらいに友人のblogを見たんだが、今まで通ってた海外の大学院を中退して日本で就職したようだ。
先週あたりに急に携帯電話契約しました的なメールがきた時に、若干引っかかるところがあったがなるほどと言うかんじだ。
友人はどうも、今まで続けてきたことがやりたい事と違ったみたいだ。
正直高校時代はそこまで深い付き合いもなかったのでどういう理由で海外へ出たかは知らない。
しかし、不思議と今まで関係がつづいている。
彼が何をどう考え、そういう結論に至ったか知りたいので、機会があったら実家に帰って話をしてみたい。
今まで自分が積み上げたものが、実は思ってたものと違って、それをリセットできると言うのは、すごいことだともう。
そして、自分はその話をみてどう思っているのだろうか。
端的にはそうかという感じだった。
でも、今思う事があったからここに書いている。
あえて増田で書くことにしたのは、なにか外にアウトプットしたいと思ったからだ。
自分は今就活中で、自分を見つめ直してきたつもりだったが、この前、推薦で最終面接を受けてきた。
世間的にはあれは圧迫気味の面接なんだろう。
僕はあの面接を受けたあと思った。
ああ、なんて自分は薄っぺらいんだろうと。
もっと確固たる信念を持っていれば、あんなにきつく詰め寄られた質問しても、変に言い訳じみた微妙な返答しなかっただろうし。
結局、この前受けてきたところは、もちろん自分が世のために働きたいという思いは強かったのだが、自分のみみっちいプライドや虚栄心のほうが遥かにでかかったんだと思う。
せっかくここまで育ててくれた両親のこと。
わざわざ実家からでて、大学出て、実家のヤツらに自慢できるイイトコ就職してやろうとか。
学校のヤツらにもスゲエとか言わせたいとか。
そういったもののため、結果が出せなきゃ恥ずかしいとか。
じっさい、そういうことはわかっていた、就活中、どうしても頭をよぎっていた。
その時点で俺は就活を失敗していたんだと思う。
俺の本当にしたいと、わかってはいた、その方向にも活動していた。
でも、やっぱり気持ちが負けていたんだと思う。
それがわかったと言うことだけでも、それはそれで収穫だと思う。
なぜなら、自分自身がああいう受け答えをする学生を取りたいかと思うと、俺が面接官ならとらないと思う。
圧迫面接が避難されるかもしれないが、俺みたいな一見ちゃんと考えてるような半端物をきる上ではこの上なく効果的だ、なるほど、良い方法だ。
そして、おれは来週控えている、真に本命だったところへ最終面接を受ける。
正直、提出物の審査で無理だと思って受けていた。
心底嬉しかった。
そこでは、俺の思う丈を正確に伝えてみたいと思う。
圧迫されようが、どうされようが、今度は生まれ変わった自分で挑みたいと思う。
自分は学生生活で見つけたのはなんだったのか、まだわかった気はしない。
なにかこんなことしたい、とかおもっていろいろやってきたし、なかには踏ん切りつかず、やんなかったこともあった。
正直、周りに流され続けてたんだと思う。
そして、それを、今変えようとしている。
ほとんど自分語りになってしまったが、友人のこの出来事をみて、はっと自分の今とリンクしたためこんなことを書いている。
友人は今就職して、働きつつ、改めてそこから自分のやりたい事を見つけていくそうだ。
自分のやりたい事とはなにか。
いま、とりあえずな解をおれはもって次に望もうとは思う。
こんな自分の本当の思いとかいう非線形なものの解など、実際は収束もしない可能性もある。
その時はまた悩もう。
最終的に悔いが残らないように、今を頑張る。
面接する側の俺からすると、
難しい質問を連発して面接者がガチガチになると面接してる意味がなくなるので、
最初に履歴やら出身やらをのんびり聞いてリラックスさせる作戦を取るんだが、
それくらい読んどけって思いながらイライラしてる面接者がいるなら
少し考え直した方がいいのかもしれないなあ。
本当にひどい。ここ1年くらいだけど。
転職就職状況は本当に真っ暗だけど、それにかこつけたベンチャー企業がものすごく多い
特にエージェントやスカウトとかで経由してくる募集案件とかは10件中9件はものすごくいい加減。
エージェントを通しているのに、経歴を全く知らないとか、給与やポジションを、オファーレター
直前で変えたり。
まあ、実力がなくて変えられるのは仕方ないけど、それならそのポジションで最初から募集するとか
まあ、エージェントでまともな人が少ないのはよくあるけど、もっとひどいのがスカウト。
定型文でスカウトが来るのはなんとなく読めてはいるけど、一応その文中に
「あなたの経歴を見て」とか「このポジションにはあなたのこの経験が必要」とか記載して
あるんだから、一通り履歴書くらいは確認して欲しい。
先週行ったところは、スカウトで連絡きて、ぜひ一度あいたいというからこちらも丁寧に
「ありがとうございます。ぜひお話させてください」
と返したにも関わらず、、、、当日は時間5分前についたにも関わらず、30分近くなんの
連絡もなく放置。。
来たと思ったら、スカウトしてきた社長ではなくて、まったく得体の知らない変な取締役。
完全に態度がおかしく、遅れた謝罪もなく、いきなり服装のチェックから始まり、
こちらの経歴もまったく知らないで、履歴書を見ながら
とかの質問。
それなりに知名度のある会社でそこそこのサービスを担当していたので、そのあたりのキャリア
を聞かれるかと思ったら、そこはまったく触れず、鼻をほじりながら(これが本当に! そんな
に豪快じゃないけど軽くホジホジと)履歴をを折り曲げるようにペラペラしていた。。
ここまで漫画のようなひどい面接官がいるんだ、と逆に関心した。
でも怒りは沸々。
結局、まったく履歴書を読んでいないことが判明して、さらに
「なんでうちを受けたの?」というようなことをものすごい態度で言われて、
すべて圧迫面接な問答を繰り返したから、、最後は
「そちらが呼んでおいて、その態度はないでしょう。帰ります」
と15分くらいして帰った。。
いままで多くの企業を受けていて、一次面接で落ちたことはほとんどないし
だいたい面接で和やかな雰囲気の中終わるのが通例なのにこれは本当に異例。
履歴書を読まないで面接する会社については、会社情報を詳しく読まないで面接する転職者も
いるから、まあ許すとして、スカウトで呼んでおいて「何しに来た」はないでしょうと。。
社名公開は控えるけど、いい加減な求人情報とかいい加減な採用方式は中小で本当に多い。
人あまりになっていて一昔前よりいい人材が取れるチャンスかもしれないけど、
景気が回復して、その面接した人たちが起業してパートナーとか別のところに入ってクライアントになっていたら
どうする気だろう。。
いつか潰れる、そう信じてここで憂さ晴らししてしまいました。
まぁ正直普通にしててできないってのがカチンと来て書きなぐった感は多々ある。
ってか俺位なのは正直普通じゃないな、それは認める。
だけど君のいう普通の具体例を書いてくれよ。
そうしないと批判のしようがない。
だが君の言ってるレベルは正直いうと就職活動で面接担当者に圧迫面接食らったからもう就職しませんレベルじゃん。
一切努力もしませーん。世の中が狂ってるので俺は悪くありませーん。でも俺は普通です!(キリッ
何が普通かは書いてくれないからしらんけどな。
それ本気でいってんの?ってか恥とかないの?
いくつか知らないけど1人前の大人として、人として
誰がそんな子供を好きになるんだろうか。
そんくらいで社会が悪いとか言う奴は企業だってノーセンキュー、女の子もノーセンキュー
それが普通っていうのなら俺は反対する。
努力はノーセンキューって言ってる時点で何も改善がないだろうから結局無駄だろうが、
んで正直君のした努力って何?それを教えてくれよ。
またナンパ話になって申し訳ないが
俺の友人の知り合いで直接会ったわけではないけど、
聴覚障害者にてナンパで始めて彼女を作って童貞じゃなくなってナンパを引退した人
普通ありえねーw
http://tutomu73.blog43.fc2.com/
(非常に失礼な言い方で申し訳ないけども)
聴覚障害者の方ですら自分の現在の状況を認識し、把握して対策をとってそして結果を出されてるけど、
君は何をしたの?
どうせ言い訳しか帰ってこないだろうけどなw
それが非モテだよな!って感じでいいと思うよ。
けど社会のせいとかカッコ悪いからやめてくれ、
反論も別にいらないよ、どうせ内容は読まなくてもわかるしね。
反論でも書いてる暇でも会ったら公園の掃除とかのボランティアでもいくつか参加して出会いでも作ったら?
これが一番の助言だと思うけどな。
明日やる結婚とかいうドラマでやたらひとりっこひとりっこ連発されて、実際一人っ子の自分としては告知耳にするだけでも非常に迷惑。
思えば昔から、一人っ子というだけで周りからいろいろと難癖つけられた。
小学校の教師にも、(自分含め、なんかやらかして怒られる対象が一人っ子の場合)「これだから一人っ子は**なのよ」という決まり文句で怒られ、就職活動のときもやたら「一人っ子だけど大丈夫なんですか〜?」とか、各会社の面接で必ず言われた嫌な思い出がフラッシュバックしてしまう。セクハラや圧迫面接なんかよりもよっぽどイヤだ。それ狙ってんのか。
で、また結婚のときも文句言われるわけ?本人の責任じゃないでしょう?なんでそこまで一人っ子本人が責められねばならんの?
たとえ職業適正がなかったり性格悪かったりしても、それが必ずしも一人っ子であるせいなの?そりゃ多少の要因はあるかもしれないけどさ、きょうだいが居たって問題ある人はいるでしょう?
増田の被害妄想だとか自意識過剰だとか、それこそこれだから一人っ子はとか言われるのはわかっているが、いまどき一人っ子なんてそんなに稀少な存在じゃないのに(だからこそのテーマなんだろうけど)ドラマ見る以前に不愉快なのでここで愚痴らせてください。
事業仕分けに行く担当者が「無駄でないことを説明できたらお金がもらえる」と思っているっぷりが間抜けすぎる。
あれは「お金を渡したくない/事業を削減したい」と思っている立場の強い相手に会いに行く態度では無い。
言ってみれば「就職希望の学生を落とす気満々の面接官」に会いに行くのと同じ。
その相手に「話を遮らないでください」とかちゃんちゃら可笑しい。
いかに短時間に、他の学生(事業)よりも自分を採用する(残す)のが有意義か相手に伝えなければならない。
しかも、呼ばれるって事は、相手は切る気まんまんな訳だ。
結論ありきで会議を進めているって批判もあるみたいだが、当たり前だろ。
すでに事前検討してから呼んでんだから。
「まあ最後に何か言いたいことがあるならとりあえず聞いてやるけど、なんかあんの?」という状態なわけだ。
切る気まんまんの相手から「そう言うことならこれぐらいの削減で」という譲歩を引き出す場だろう。
そこでしどろもどろとかおまえはなにを発表練習してきたんだと小一時間説教したい。
中継見てても
「なぜ入社を希望するのですか?」
「御社の○○に魅力を感じて」
「じゃあ、同業他社も同じだよね。なんで?」
「それは……」
しかも、学生なんかさらに理不尽な圧迫面接を経験したりするのだ。
あの先進国とは信じがたい差別発言飛び出しまくりの面接に比べれば、事業の意義について聞いてくれる分、あの事業仕分けは相当甘い。
逆に言えば、今就職活動中の学生は是非反面教師としてもらいたい。
あれは落ちる面接の受け答えだ。
http://anond.hatelabo.jp/20091024145924
「お互いに立場が違うので議論も平行線」
確かにそうなのかも、と思った。
もともと会社員をやっていたのを親の引退を機に地元に戻って今のところを継いだのだが、立場の変化によって考え方も変わることを実感している。会社員をやっていた時代は、こういう話を「許せない」と感じていた。
しかし経営者になると守るものが格段に増える。自分の生活と社員の生活を守るために、顧客との関係も守らなければならない。文字通り、死守しなければならない。生産性を上げると同時に会社としてのリスクをいかにして発見・回避していくかを考えるのが日々の生活の中で大きな部分を占めている。
「社名を晒せ」
わたしは実際にこの彼の面接を行ったわけではない。
社名を晒す義務は特に感じていない。
晒せ、との論拠を沿えた上で自分の氏名や勤務先を同時に述べる覚悟があるのかをこちらからも問いかけたい。
「同じ理屈で職業差別とか部落差別とか外国人差別ができるライフハック。オブラートに包んでる分、こちらの方がより醜悪」
その通りだと思っている。こういう判断をする経営者がいるからよくならないのだということはわかる。
では職場で、あなたの隣の席に座っているあの人が、ある特定の宗教を信仰しており、困惑するあなたに執拗な勧誘を続け、選挙で特定の候補者に投票するよう周囲の選択に干渉するようなことがあっても、なお同じことが言えるのかを問いたい。
「勧誘するかどうかは人それぞれ」
「創価という組織に対する差別と学会員個人に対する差別はまったくの別物」
その通り。
だからこそ、あえて考えうる最悪のケースを問うているのだ。
逃げずに、真摯に考えてほしい。
部落差別について言及するコメントがいくつかあったが、部落出身者への就業における差別にはこのような構図があったことを今理解しているところだ(だからと言って許されるものではないこともわかっている)。わたしは部落出身者にも同様の考えを適用させるのかと言うと、たぶんしない。時代が変わったからだ。現代における部落差別の問題とこの問題は、似てはいるが背景が違う。
では外国人なら?これは悩む。国籍によるところも大きい。場合によっては宗教と同じく「差別」することも出てくるように思う。
こう考えると「文化・価値観」の異同がひとつの判断基準になっているようだ。
だいたいおしなべて既存の社員とも客先とも「うまくやっていける」と確信できる人ならば、そこまで心配はしない。
そこに出自は関係ない、というのはきれいごとではなくそう思う。
問題は採用までの間に、その「確信」をつかむチャンスが少ないということだ。
トラバにもあったが、面接の段階でこれを見極めるのは非常に困難だ。
「だいたい、こういう人なのだろう」と推測することしかできない。
人と人との有機的な付き合いというのはいつだってそういう側面を持っている。
あえて「有機的」と書いたが、職場での人間関係というものは非常に有機的なものだ。
家族や古くからの友人とはまた違うが、確かに人と人との関係が形成される場だ。
互いに互いを無機物の部品や道具のように扱いながらうまくことを進めてゆくことは不可能であると思う。
「ビジネスの場で宗教の話を持ち出すな、と言えばいいだけのこと」
では経営者に許された線引きはどこまでとお考えだろうか。
すなわちこの論理で「仕事がらみの人間にはその手の話をするな」と言うならば、プライベートの領域にまで足を踏み込まなければならなくなる可能性が出てくる。
それこそ真正面から「パワハラだ」「宗教差別だ」と糾弾されるべき行為である。
(蛇足だが、最近「飲み二ケーション」についてのエントリが賑わっているようだが、わたしは会社員時代にこれで何度も面倒な思いをしてきたので自分はやらないことにしている。)
その人の価値観や信条を完全に理解できるような面接試験のやりかたがあるのならば、ぜひ教えていただきたいと思っている。
圧迫面接は確かにその人の資質を試すひとつのやり方ではあるが、では宗教や文化、価値観、信条といった、本来ならば雇用者が踏み込んではならない領域を見ることのできる圧迫の仕方が果たしてあるのだろうか。そもそもあったとして、そのような面接が許されてよいのだろうか。
重ねて言うが、わたし個人は創価に対して何の恨みもないし、友人が「実は学会員でした」と言ってきても、そのこと自体で友人に対する印象を変えたりすることはないと思う。幸福の科学に一家で入っている知り合いもいる。そことは家族ぐるみの付き合いで、おうちの都合でお子さんを一時的に預かることもある。わたしにとってその時間はとても楽しみな時間だ。彼らがうちの家族を勧誘したことは一度もない。お互いに「そういうものだ」という認識で付き合っている。
申し訳ないが、反論する方々のレスからは「所詮、他人事なんだな」という印象を受けるに留まっている。
追記:
「差別反対は建前でしかない印象」
とのコメントについても。
わたし個人は上に書いたとおり宗教で人を差別するような生き方はしていないが、その人間性すら否定されたようでこれには残念な気持ちになった。
何らトラブルの心配がないのであれば、採用時に思想信条には関わらない、というかこだわってはいけない。
にもかかわらず経営者としてこのような選択をする理由はなぜなのか、について今書いているところだ。
断片的に拾い上げればそれはさまざまな解釈ができるだろうけれども、全体を通じて「マイノリティは排除すべし」という意味のことは書いていないし考えてもいない。マイノリティであろうがマジョリティであろうが仕事に影響がなければ一向に構わない。今回の内容は職場の秩序維持の観点から不安材料があるので看過できないということを先ほどから言っている。「マイノリティ」という大雑把なくくりで話を広げすぎないでいただきたい。
信教の自由に抵触せず、宗教がらみの問題をいぶりだす方法があるのだろうか?
圧迫面接って具体的にどうするのよ。
宗教に限らないけどね、右や左の旦那様とか。
圧迫面接やってみればいいだけのような。
さらっと流せるようなら、折り合いがつけられてる奴だろう。
ムキになったり、黙り込んだりだと、コミュニケーションの観点からしても、火種にはなりそうだろうし。
圧迫面接の手法を使えばいいのでは?
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20091014-OYT1T01105.htm
これについたはてブ
http://b.hatena.ne.jp/entry/www.yomiuri.co.jp/national/news/20091014-OYT1T01105.htm
公開されている調査の内容を見ると確かに工夫の余地があると思われ、バイアスがかかり得る構成になっているように見えますが、かといってその他の部分に的外れな批判をしていい理由になるわけではありません。
まず非常に多い「面接方式」への批判。
そもそも調査における「面接法」は、社会調査のテキストを読めばほぼ必ず載っている方法です。メリットデメリットをちゃんと考えずに「面接」の形式をとっているだけでそのやり方を批判するのは適切ではありません。また、詳しい調査の場面について情報がないから、勝手に状況を決め付けて判断してはなりません。
面接法(面接調査)の特徴とメリット・デメリットを以下に挙げます。
参考文献は、岩永ら著『社会調査の基礎』
まず面接調査とは
「調査員が直接対象者を訪問し,質問をしながら回答を書き取る他形式」※追記訂正 「他形式」→「他計式」
などがあり、「調査環境や回答の精度を確保できる」。
追求訪問がなされない場合は
つまり、「個票の高い信頼性と回収率を得るためのコストが非常に大きくなる」。
そして
などにより回答に偏りが出る危険性がある。また
危険性もある。
はてブで多く指摘されていたのは、このデメリットの方ですが、今の所公開されている情報ではそれがどのくらいあって偏りを生む可能性があるのかは分かりません。こうなっていたであろうという推測は、ちゃんと情報を集めて根拠付けられる必要があります。でなければ、単なるステレオタイプによる憶測としかなりません。
読売の調査の詳細は
http://www.yomiuri.co.jp/feature/fe6100/koumoku/20091015.htm
id:anigoka氏
そんなことはありません。母集団は有権者であり、層化(層化の基準は不明)、二段抽出を行っており、無作為性と精度の確保が考えられています。
id:fromdusktildawn氏
サンプリングの方法などについては上のリンクを参照。元の記事が、見出しも含めて省略しすぎだとは自分も思います。サンプルサイズすら書かないのはいくらなんでもって。
id:tarchan氏
違います。上のリンク参照。母集団は「有権者」です。新聞購読者を母集団として標本抽出しているのではありません。
id:shoot_c_na氏
こういう時に限って、母数・有効回答数などが出てこない件について
「母数」を parameter の意味で使ってますか?有効回収数、回収率については上のリンク参照。
id:metabodepon氏
面接方式でこのような設問だとこの結果になるかな?
あまりに回答割合が高い場合に調査状況そのものについて疑問をいだくのは合理的とは思いますが、情報がない以上、あくまで推測として留めておくのが無難ではありますね。
id:gouk氏
上のリンク参照。母集団は有権者、層化二段抽出を行っており、有効回収率61%とのことです。購読者の方が回答する傾向にあった、などは可能性として考えられます。つまり、新聞を必要なメディアと認識している人が率先して回答した可能性。しかし詳細は不明(調査対象が新聞を購読しているかどうかの情報がないため)。
id:toyasyas氏
自分もそう思います。その情報がないと、何とも判断しづらいところですね。他で「圧迫面接」と指摘がありますが、回答割合の高さから調査の状況を(推測することは可能でも)決め付けられないですし。
id:spoichi氏
根拠は? 勘以外に何かありますか。
id:ahmok氏
社会調査法として有意なの?
「有意」とは?統計学の専門概念に「有意」はあるので、そういう使い方はしない方が無難かと。それとも検定の文脈の話ですか?
id:limit25氏
新聞社が調査を行っているという時点で信頼に値しない。
そんな論拠で調査が妥当か否かを言えるわけないでしょう。「新聞社が新聞というメディアについて調査を行った」って情報だけで、他の調査の諸々の条件を検討せずに「信頼に値しない」と決定して良いのですか?それはものすごいステレオタイプに基づいたバイアスです。
id:dorondo氏
調査の分母が不明だし、91%はあきらかにおかしい。
上のリンク参照。分母は明らかです(公開はされてるということ)。もちろん、元の記事では不明で、それはどうなっとるんだと思います。
id:toilet_lunch氏
上のリンク参照。
id:gomi53氏
パーセンテージの母集団
この文の意味が分かりません。母集団でしたら「有権者」です。標本抽出台帳として何が用いられたかは知りませんが。
id:ken409氏
ずいぶん私の実感と異なる結果だ。
まぁ、個人の「実感」と異なる社会的「実態」を確かめるのが社会調査の目的ですしね。もちろん、出したい結果を導くように質問内容を作るなどの可能性は考えてしかるべきですが(意図的かそうでないかは問わない)。
大切なのは、元の記事の駄目さ加減と調査そのものの適切さは一応別の話だという所。元の記事は、タイトルがあからさまだし、情報は少なすぎるしで、記事としてどうしようもないと思います。読む人を馬鹿にしているんじゃなかろうかって。でもそれは、行われた調査が調査論的に見てどのくらい妥当であるかとは、違うのです。あんな記事書くために調査してるようなもんだろ、みたいな見方もあるかも知れませんけどね。いつも同じような内容の質問だし。
それにしても、面接法自体はちゃんとした方法って知られてないのかなあ・・・。
そういや、idコール飛ばないのか・・・。