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2017-05-17

http://anond.hatelabo.jp/20170515235412

いやー、何歳なのか知らないが、これだけ相手に身も心ものめりこめちゃうって、ある意味すごい。

私なんかは本当に義務的セックスしかしてくれない相手ばかりで(私の技量問題もあったんだろうけど)、

えっちときのお互いの心が混ざり合うような感覚」なんて誰も感じてくれてなんてなかったんだろうな、と思う。

そもそもセックスの好きな女性なんて、実はAVを初めとする男の妄想の中にしか実在しないんじゃないか?」とか

「みんなこんなおざなりセックスしかさせてくれないなら、風俗に行く方がよっぽど気持ちいいのでは…?」なんて

真剣に悩んだ時期もあった。

まぁそのうちに自分も30歳を過ぎて、そんなにギラギラしなくなったから、淡白な相手結婚したけどね。

セックスあんまりなくても、いつでも二人で美味しいもの食べたり、きれいな景色を見たり、

テレビ見ながらゲラゲラ笑ったりしてるだけでそれなりに幸せを感じられるもんだと、今になってみれば思う。

でもこの増田文章を読んだら「若い頃に一度でいいからこれぐらい好意をぶつけてくる女に惚れられたかったな」と

バカなことを考えてしまったよ。

2017-05-02

[]ニートが夢から覚めたとき

私は数か月で高校中退してからバイト歴もなく家にいるニートで、もう三十路目前です。

不登校になるきっかけは、今思えば些細な事の積み重ねでした。

人間関係が築けず孤立したこと、慣れない運動部疲弊したこと、私の珍解答を晒し教師への反感、

ちょっとした病気になって学校を休んだこと、成績が悪化したこと、それで通えなくなりました。

私の小中学校時代の唯一のとりえが学力でした。塾に通っていたのと少しだけ早熟だったおかげでしょう。

コミュニケーション能力が低くとも、どんくさくても、友達が少なくても、性格が少し歪んでいようとも、

学級委員立候補すれば自分場所を確保できました。将来は学問仕事にできればと思っていました。

アイデンティティをなくした当時の私は家で勉強に専念することを考えていました。

すぐに高卒認定をとって、大学受験参考書を揃えましたが、自分継続して勉強することは難しい。

知り合いに会うのが恐ろしくて、制服姿の学生を見るのがあまりにつらくて引きこもります

親と衝突して将来どうするのかと問われても何も答えられません。

昼夜逆転して気がふさぐばかりの私に、そのうち親があきらめたのか静かになり、何もない平穏な日々がやってきました。

このあたりで専門家支援を受けていれば何か変わったでしょうか。

弟の受験邪魔をするわけにはいかないとか適当理由を並び立てて引きこもり続けます

弟は苦労したものの立派に受験をやり終えて大学で学んでいます。家に邪魔者がいても文句の一つも言わないよくできた弟でした。

なにもうまくいかない、自分で決めたことが何もできない、そんな無力感の日々が延々と続きました。

最近日記をつけ始めました。3年間日記を書き続けています。はじめはぼんやりした字で頭がよく回ってないことがわかります

大学へ行くんだというアリバイ作りのためかセンター試験と受かるはずのない二次試験に3回行きました。

願書を出しても勉強せず、数日前でも勉強せず、まったく意味のない、義務的な、自罰的な行動でした。

2年ほど前から運動の習慣をつけています。はじめは家で筋トレをし、それを日記に記録するだけでしたが

そのうち週に何回か外を走れるようになりました。まったく生産性のない生活の中唯一の充実した時間です。

走れる距離スピード面白いように伸びていき、自信をつけました。

一か月前、突然勉強時間が伸びました。インターバルタイマーをつかって時間管理することで

一日2-3時間が8時間勉強できるようになりました。自分努力できるんだと最高の気分でした。


すべては夢でした。一週間前ほど、私の人生にはもはや明るい未来存在しないことを確信しました。

このまま勉強を続ければ有名大学に入れるだろう、どの学部にしようかなどと調べ物をした時のことです。

ひきこもってすぐにはもう、浪人留年は+2年までだという定説を知っていたはずでした。

すでにどの大学でどの学部で何の勉強をしようともそれを生かせる職業につけるはずはありません。

医学部薬学部くらいでしょうがハードルが高すぎて絶望しかありません。

今まではい大学に入ればなんとかなると妄信していました。それを唯一の希望として生活していたのです。

その先の未来のこと、働かなければならないということについて真剣に考えたことはありませんでした。

コンピュータを扱う仕事がいいなと漠然と思っていました。引きこもる前後趣味だったのです。

ひきこもれば時の流れを忘れます。何も起こらない生活は何の記憶にも残りません。

日記を書く前の自分が何を考えていたのか、何をしようとしていたのか、まったくわかりません。

今更大学に行ったって何にもいいことがない、無駄に年を食うだけで、ほかにやることがあるのではないか

そもそも卒業できるかどうかもわからない。大学勉強社会には役立たない。卒業できても中卒の看板大卒に替えるだけ。

職業訓練専門学校に行ったほうがいいのかもしれない、でも大学受験には未練があります

まったく自信を無くし、食欲がなくなり、悪寒と冷や汗、夜は眠れず朝は早く目が覚めます

無意味かもしれないと思いながら机に向かいます不安で真っ黒の頭は計算ミスを繰り返すばかり。

こみあげる吐き気と闘いながら机に向かいます。今すぐにできそうなことは他に見当たりません。

外に出てアルバイトを探すべきなのか、車の免許を取るべきなのか、ぐるぐる問答しながら問題集を解きます

中卒引きこもりという最底辺仕事を探すのは死ぬほどつらそうでした。どこでもいいか大学を出ていればよかった。

怠惰自分に戻らないように勉強を続けます学力が伸びる保証も、今の勉強が続く保証もありません。

そもそも私に仕事が続けられるでしょうか。学校に通い続けられるでしょうか。

継続できない人間に居場所はありません。私は社会で働いているすべての人々を尊敬します。

今年の受験シーズンはまだ始まったばかりです。しか学力を伸ばすには短すぎ、神経を衰弱させながら続けるには長すぎる。

今気づいたのはよかった、そう自分に言い聞かせますがもう分水嶺を越えてしまっているようです。

大学中退という勲章を一つつけるために勉強をしているようなものです。泣きたくなっては外を走ります

気分の浮き沈みが激しいです。この文章を書き始めたときは死にそうでしたが少し楽になりました。


これを早朝に書いてから数学参考書に手を付けたのですが難問を前に気持ち悪くなってしまいました。

タイマー時間がいつまでたっても進みません。難しいことを考えるのを頭が拒否しているようです。早めの昼寝をして今パソコンの前にいます

勉強から逃げているだけでしょうか。つらいことと向き合い続けるのが人生なのに。

受験勉強を本格的にしていると胸を張れるのはたった一か月だけです。なんて甘ったれなんでしょう。

なんらかの支援を受けて今の生活から脱したほうがいいかもと考え始めます

そういうところにいる人たちを私は蔑視していました。今は将来に向け頑張ってる前向きな人たちと思えてきます

私はちょっと休んでいただけで、まともで、自力人生を切り開けるんだと、そういう無根拠な自信がなくなってしまいました。

両親と相談する勇気すらありません。両親は大学へ進めば何とかなると、私はやればできる子だと、そう応援してくれます

ほかの選択肢について真剣に話したことは一度もありませんし、考えたこともありませんでした。

から覚める前までは楽しく勉強していたのに、昨日までは何とか机にかじりついていたのに、嘘みたいです。

中学生のうちに取った英検二級、去年のセンター7割、何の意味もありません。

日曜日には模擬試験を申し込んであるのに、行かない理由ばかり探してしまます

インターネット無限時間を吸い取る悪魔ですが、ほかに相談する相手がいません。


追記 5/2 20:50

少し楽になりました。今は大学を目指してもいいのかなと少し前向きになれました。

放送大学や夜間は全く考えていませんでした。さっさと仕事を見つけろということですよね。

どんな仕事があって、どんなふうに仕事を探して、どうやって住むところを見つけて移動手段を確保すればいいか、恐ろしくてたまりません。

こんな人生になってしまったんだから泥水をすすらなければならないのはわかっています。今まではその覚悟がありませんでした。

何とかもがいてみようと思います。何かあったらまたよろしくお願いします。


追記2 5/3 10:25

明日から心を入れかえようと決意したものの、夜はやはりつらくて、身の丈に合わない努力は無理なのかなあと思いました。

運動部練習についていけなかった時のように、急に受験生のまねごとをして疲れてしまいました。

死ぬ気で努力したら何とかなる、の美談の裏には死人がたくさんいて、自分もそちらのほうに入っているようです。

人の何倍も努力することはできず、十年取り返すことは不可能で、自分なりのささやか幸せをみつけなければいけない。

朝起きたらコメントが増えていて驚きました。

対人スキルが全くないのはその通りで、弟と母親しかまともなコミュニケーションがないまま十年です。

この十年かつての同級生と会ったことはただの一度もありませんが、実際にはこの田舎地方都市)で立派な社会人をやってる人も多いはずです。

今すぐに仕事を探そうと考えられないのは彼らに会ってしまうのではないかという恐怖からだと思います

プライドが高すぎるのもその通りです。大変な仕事をやっているひとたちを蔑む感情自分にはできないと卑下する感情とがあります

文章がそれなりに見えるとしたら推敲時間をかけているせいでしょう。

気づいたのだから今すぐ動かなければならない、でも何をすればいいのかと途方に暮れる。

昨日から自分文章と皆さんのコメントを何度も読んで廊下をうろうろしていて、無駄時間を使っていると焦りを募らせる。

勉強をしていても受験生はこれを一年二年の間にやっているんだろうとか、もっと難しい問題集を解いているんだろうとか焦ってばかりでした。

私は世の中にどんな仕事があるのか、どんな能力が求められているのかも知りません。

大学を調べて思ったのは、いろんな学部いろんな学科があって、それを自分選択しなければならないけど、

どれがどんな職業につながるのか、あるいはつながらないのかが全くわからないということでした。

新卒なら何を学ぼうとポテンシャル採用されるのでしょうが高齢では直接仕事につながるスキル資格を得なければ。

それでもどの道にもつながっていないような気がして絶望したところです。

前までは漠然いい大学に進もう、ほかに道はない、高校勉強をしないで大学に入って何になる、そんなことを考えていました。

今すぐに働くなら受験はあきらめるのか、それでいいのか、決断を後回しにすれば全部失うとわかっていて、それでいて動けずにいます

行政相談窓口は今日はやっていないようでがっかりしてしまいました。

やっていそうなところがあったので今からちょっと行ってみますプリントアウトして持っていけばいいでしょうか。


追記3 5/3 12:50

ついて初めてゴールデンウィークだったか気づきました。これだからニートはいけない。

それでも気分がよくなって人間は日の光と休憩が必要なんだと実感します。

何も解決せず進んでいないけど心が晴れてきました。


追記4 5/3 20:10

どういう風の吹き回しか今日は母と焼き鳥屋へ行きました。酒の席は生まれて初めてのことです。

酒が入って口が軽くなったので腹を割っていろいろ話しました。今までこのように話したことはありませんでした。

私はずっと何も言わない家族を、腫れ物に触わるような扱いをされているのだと疎外感を感じていました。

干渉すれば反発してやる気を失うと思ってずっと見守ってくれていたそうです。

試験直前になって勉強しているのかと聞いてくる父親が嫌いでした。直前までずっと我慢していたそうです。

急に外を走り出した事について何も言われた記憶はありませんが、好ましく思っていたそうです。

この一か月の勉強も私が孤独だと思い込んでいただけでした。

親の心子知らず、親を非難するわけではありませんが機能不全家族という言葉が思い浮かびます

しか一般論として、子供ひきこもりになったときにどういう対処をすべきなのかは当事者の私にもわかりません。

いまは生きる活力があるからこそ将来を悲観しているわけですが、今までは生ける屍で諦めてしまっていました。

やっと勉強ができるようになったのだから続けてほしいというのが母の希望です。

今日はぐっすり眠れそうです。まったく勉強しなかったけれどいい一日でした。

2017-05-01

好きなことができなくなった

急に好きなことができなくなった。

結構つらい。

から毎日義務的にその好きなことをしようと思う。

それで嫌いになって別の新しいものを好きになったらそれはそれでいいし、

好きの気持ちを取り戻してまたできるようになるならそれでもいい。

から毎日好きなことやる。

2017-02-06

映画沈黙 サイレンス」に便乗してキリスト教入門を語ってみる

映画沈黙サイレンス‐」がそこそこ流行っているみたいなので、便乗して「映画を見に行きたいけどキリスト教については何にも知らねーよ」という人に向けた「キリスト教とは」みたいな文章を書いてみたいと思う。

私自身は某プロテスタントの家庭に育った人間なので、どうしてもその宗派に寄った解釈というかバイアスは避けられないと思うけど、今回は可能な限りキリスト教最大公約数を目指して当たり障りのない範囲解説をしていきたい。

ちなみにタイトルは半ば釣り。「沈黙」はカトリックベースの話なので、どこまで私の話が参考になるかは分からない。

私自身、原作は読んだことがあるけれど、まだ映画館には足を運べていないので、その点は事前に了承しておいてもらいたい。

 

ポイント1 神様世界をすべて作った

キリスト教神様は全知全能。ミスも犯さないし、世界のすべてを知っているし、できないことも何もない。で、そんな神様が「光あれ!」と言って、世界ができた。「天地を創造された」ってことになってるけど、まあ、宇宙を作ったって解釈問題ないと思う。

 

ポイント2 神様人間自由意志を与えた

神様世界を作った後で、エデンの園って場所地球上のどこか)に最初人間を作った。アダムとイブ宗派によってエバ・エヴァとも)ってやつ。神様人間絶対服従のロボットみたいにすることもできたけど、あえて自由意志を与えた。自分意志神様を敬うようになって欲しかったって解釈でいいと思う。

で、「お前ら基本的に好きに生活していいけど、園の真ん中にある木の実(「善悪知識の実」とか、翻訳によって色々)だけは食べちゃダメよ」って人間約束した。

 

ポイント3 罪の支払う報酬は死

案の定アダムとイブ約束を破って木の実を食べちゃった。

元々、神様人間を「不老不死」で「罪」も犯さな存在として作っていたんだけど、この約束違反をキッカケに人間は罪を犯すようになってしまった。

「罪」の解釈は難しいテーマなのでサラリと流すけど、とりあえずキリスト教的には、人間ってのは普通に生きていれば呼吸をするようなレベルで罪を犯す存在。それくらい厳格な基準で罪と判別されることになっている。要するにキリスト教的には人類100%罪人ってこと。

そして「罪を犯した人間」はワンミスでも即「永遠の命」の権利を失う。理由については宗派によって解釈が違うかも知れないので触れない。ここでは、とにかくそういうルールだと思って貰えばいいと思う。

 

※余談だけど「神様は全知全能なんだからアダムとイブ約束を破るの初めから分かってたんじゃねーの」というツッコミは当然ある。長くなるし議論にもなるところなので端折るけど、この手の分かりやすツッコミどころ(いっぱいある)に関しては、基本、前人たちの手によって何かしらのエクスキューズっていうか言い訳が用意されているので、興味がある人はまずは調べてみるといいと思う。

 

ポイント4 イエス・キリスト人間の代わりに死んでくれた

人間は罪を犯す存在になり、そのために永遠の命を失ってしまったんだけど、神様人間を見捨てなかった。「罪の支払う報酬は死」っていうのがルールなら「罪を犯してないヤツ」が代わりに死ねば、罪を犯した人間の「死」はノーカンになるよね、って理屈で身代わりを送り込んでくれた。それがイエス・キリスト

このイエス・キリストっていうのは、神様本人でありながら神様の息子でもあるという複雑怪奇存在しかも、神様でありながら人間としてこの世に生まれてきた。もう訳が分からんと思うけど、この辺も宗派によって超議論になるところなので、今回はそういうもんだとしてスルーする

とにかくイエス・キリストは、人間として生まれ大人になったけれど、その間、一切罪を犯さなかった。そして、そのまま人間たちの手によって十字架にかけられて殺された。「罪を犯さなければ死ななくてもいい」っていうルールだったのにキリストはあえて死を選んだ、という解釈が正しいかどうかは怪しいけど、まあそう考えると理解やすいだろうか。

 

ポイント5 信じるものは救われる

そんなこんなで、人間の罪はキリストによって帳消しになった。ただし、神様あくまでも自由意志にこだわるので、これを受け入れるかどうかは依然として人間次第。だから人間が罪を帳消しにしてもらって「永遠の命」を取り戻すためには「サンキュー神様、身代わりありがとね」と神様宣言する必要がある。

何をもって宣言したとするかについては宗派によって色々だけど、まあ「洗礼バプテスマとも)」と呼ばれる儀式を受けるのが一般的。「心で受け入れればそれでOK」なんて解釈もある。逆に、あれこれ義務的な内容が追加される宗派もあるけれど、ベースに「身代わり理論」があることは変わらないはず。

 

ポイント6 「永遠の命」「死後」「最後の審判」の解釈は様々

人間個人の罪は身代わりによって帳消しになったけど、依然として人間が罪を犯す世の中は続いている。だから神様はどこかの段階でこの世界を一旦終わらせて、もう一度、罪のない世界を取り戻す(最後の審判)。そのとき、罪を帳消しにしてもらった人間は「永遠の命」が与えられる。とまあ、実のところ、この辺りまでが大体どの宗派でも共通しているだろうっていえるギリギリの線。

じゃあ具体的に「最後の審判のあとどうなるの?」とか「最後の審判の前に死んだ人間はどうなるの?」とか「『永遠の命』を貰えなかった人間はどうなるの?」とか、細かい話は本当に宗派によって色々なので、もうここでは一切触れない。

まあ、「永遠の命」を与えられた人間が、最終的には「天国(あるいは天国的なところ)」で幸せ暮らします、っていうのは多分共通だと考えてもらっていいと思う。あと「永遠の命」を貰えなかった人間は少なくとも幸せな結果を迎えられないってところも、多分共通

 

おわりに

とまあ、後半は特に曖昧表現が多くなったけど、キリスト教最大公約数的な説明をするなら、多分こんな感じになると思う。

本当は、これを踏まえて「一般的日本人クリスチャン意識や考え方が噛み合わない理由」みたいな話もしたかったけど、長文になったので、それはまた次の機会にしたいと思う。

2017-01-21

少し前に「彼女ができました」でホッテントリしてた記事

ブクマ90くらい付いてて、知り合い同士と思われるのお祝いコメントばかり。

その新しい彼女ってやつも前にブログを書いてて、

「転勤が多い夫がいる妻、2016年に生まれた娘がいる」というプロフィールだった。

それが「彼女ができた」記事を書いた男と知り合って、skype会話をわざわざようつべ動画にして男がブログにアップ。

女には赤ん坊がいるはずなのに、トータル2時間くらいのトークで不気味だった。

それから女のツイッターブログ

旦那とはセックスレス。女でなく子供の母になってほしいと言われた」

不妊治療のために義務的性交をした。そのときできた子供から愛せない」

「緊急帝王切開で生まれたか母親としての愛情が持てない」

などと病みはじめ、旦那に女として見られないことへの不満、露骨下ネタ、ついには

子供義母が育てることになった。離婚した」と自分ブログで報告。

それから上記の男との交際宣言

まれ一年にも満たない我が子を手放してせいせいしている奴が、誰かに愛されると思うのか?

こんなことを気にしている奴はいないのか。

どのみちそんな奴に育てられるほうが不幸だったから、子供を手放したのは見ないふりして周りも祝福してんのか?

そんな女と男がくっついてどうすんの?

そのうち結婚して子供まれたらどうすんの?女はまた子供を捨てるんじゃないの?

2016-12-28

NHKによれば、これからテレビ強制的に月額利用料を徴収されるそうで

テレビを買うと、NHKの利用料も支払わなくてはいけない。見なくても。

既にテレビを持ってる人も、後付けでプロバイダ契約を結ばなくてなならない。

新聞といっしょで、半ば義務的疑問視してなかったNHK視聴料

もう、こんな世代のほうが少ないよ。

別に見なくてもいい人達から情勢的に徴収すれば、かなりの反発がくることが目に見えてるのに。

みんなで一致団結して阻止したい。

けど、こんなにインターネット発言力が強まっているのに、覆せない。

ネットの影響力って、まだまだ決定力ないんだなあ。

2016-12-26

自分セクシャルマイノリティだということに気がついた

今まではノーマルだと思っていたけど、どうしても異性の好みについて同性と話が合わないことに悩んでいた。

ところが昨日のクリスマスパーティーでのこと。

たまた席が隣になったビアンの人と妙に話が盛り上がって、話し込んでいるうちに妙に納得できる言葉を言われた。

「あれ?あん性同一性障害ビアンなんじゃない?」と。

お察しの通りわたし男性である

今まで付き合ってきた相手女性のみだ。

男性性的に見ることに対してはむしろ嫌悪感のほうが強い。

かといって、いわゆる女子らしい女子も苦手だった。

異性に媚びるような姿をみるとそれだけで腹立たしかったし、むしろ憎らしくも思っていた。

それに対して、今までお付き合いした女性は大体年上であるし、憧れてきた人は全て自分を引っ張ってくれるような人だった。

周囲からは化粧っ気がないなんて言われることが多いような女性ばかりで、実際に化粧の濃い女性よりもすっぴんに近い女性ばかりに憧れていた。

セックス最中義務のように責める言葉を口にしてはいたが、本当は相手から優しい言葉をかけてもらいたいといつも思っていた。

腕枕するよりも、背中から抱きしめられることのほうが何倍も嬉しいのだが、それも口に出来ずに悩んでいた。

今まではそれをマザコンが原因だと思っていた。なのに、母親に抱きしめてもらいたいとも思わないし自分でも矛盾しているとは思っていた。

思い当たるフシがないわけではない。

思春期の頃、同性からも異性から性的暴力を振るわれたことがあった。詳細を書くことは憚られるがいわゆる痴漢行為だ。

それも一度ではなく、内容も電車内での軽いものもあれば、見知らぬ相手に逃げ場のない場所で触られたり触ることを強要されたこともあった。

同性からも異性からも、見知らぬ相手から性的アピールを受けることは恐怖でしかなかった。

ただ、過去に何度か特定男性に強い興味を持ったこともある。

いわゆる一般的イケメンとは程遠い風貌であるし、何かにずば抜けた才能を持ち合わせているわけでもないのだが、何となくふとした仕草言葉の一つ一つにトキメキのようなものを感じてしまったのだ。

それはまだ思春期を迎える前で、なんとなくそのことがおかしいことだとは思っていたが、その相手に会うことが楽しみで仕方なかった。

ただ、そんな気持ち性的暴力に遭ってからと言うもの、芽生えると同時に嫌悪感黙殺されるようになってしまった。

女性とはじめておつきあいしたのは二十歳を過ぎてからで、はじめはお付き合いをするつもりもなかったのだけど相手一方的な押しに負けてしまった。

セックス好奇心があったことは否定しないが、相手に気を使わせまいと教科書通りの言葉を並べてみながらも、終わってみても自慰行為との違いがよくわからなかった。

それからセックスの楽しさがわからないまま数人の女性とおつきあいをしたが、凛とした姿に憧れて付き合い始めた女性が、ベッドで猫のように唸る姿を見るたびに幻滅を繰り返した。

でも、昨日の夜は違った。

話の流れからお互いの好奇心が一致したことで、ビアン女性セックスすることになったのだ。

その人はいわゆるタチで、こちらの気持ち高まるのを待ってくれているかのようにやさしく、それでいて頼もしくリードを続けてくれた。

挿入を嫌がるわけでもなく、最後はこちらが果てるのに合わせるように絶頂を迎えていた。

事後のケア男性仕事だと思いこんでいたのに、その女性はそんなわたしの行動を制止すると急にわたしのことを優しく抱え込んできたのだ。

それがとても暖かくて、思わず涙が止まらなくなってしまった。

今までは性欲を処理するための義務的行為だっと思い込んでいたセックスが、これほどまでに愛情を交わし合う事のできる崇高な儀式であるということに気付いたのだ。

わたしもいい経験ができたよ」と、その女性は去っていってしまった。

もともとが同性愛なのだからわたし一方的な想いだけで拘束してしまうのは悪いような気もした。

だけど、今までずっとずっと心につかえてきたわだかまりは、すっかりと溶けて消えていってしまったように思えた。

もう色々なことで重く辛く悩む必要がなくなったのだ。

今まで付き合ってくれた女性には申し訳ないと思う気持ちで一杯だが、きっとわかってくれるだろう。

これほどまでに清々しい気持ちはいつくらいぶりだろうか。

自分マイノリティであることを受け入れることは恐怖かも知れないが、自分を騙して生き続けることの苦しさに比べればきっと小さなことに違いない。

本当のわたしを好んでくれる人は男性女性わたしのどちらを気に入ってくれるのだろうか。

フェミニンな格好に興味がなかったわけではないが、それによって男性から性的視線を送られることを考えると恐怖が勝ってしまっていた。

これからの格好はそんなことをもう少し悩んでから決めたいと思う。むしろ相手に合わせて変えられる自由があると考えると、わくわくした気持ちでいっぱいになった。

トラウマがもとで性的マイノリティコミュニティ嫌悪するように避けていた自分にとって、本当の自分発見することはとても困難なことでした。

からもし同じような状況で悩み苦しむ人がいるのなら、ヒントになってくれれば何よりと思って文字にしてみました。

自分を見つけられずに悩んでいる人にとって、素敵なクリスマスプレゼントになりますように。

2016-06-27

http://anond.hatelabo.jp/20160627234108

しなくても夫婦として成り立つのに、なんか義務的な感じするよね~

すごい気持ちいからやめてくれって思う。

2016-06-26

遠距離つら

遠距離つら

最初は、よゆーだろって思ってたんだけどなかなかつらい。

なにがつらいかというと直接触れないのがつらい。スカイプうごいてるの見たってつまんない。

三次元わたしの部屋に召還したい。今すぐ。

だんだんLINEとかスカイプの回数が減っていくのもあはれ

やっぱ相手飽きてきたかなーまあしゃーないよなーってちょっと落ち込む。

相手が誠実な間はわたしも誠実にしたいと思ってるけど

いかんせんそれを読み取るのにLINEの会話では情報が少ない

ちゃんと恋人ってかんじをつくるまえにわたし海外に出ちゃってたのもタイミング悪かったなーと思う

相手がどう思ってるか聞きたいけど

ただでさえめんどくさい遠距離なのに

相手にめんどくさいと思われたくないなーとかやっぱ考えてしまう。

毎週ぜったいこれとこれやろうみたいな義務的なのもつまんないし。

ある程度付き合う期間があってそのあと遠距離とか、

遠距離遠距離でも月一回でも会えるとかならまだよかったのかもしれない。

どっちもかなわないまま関係スタートしてしまったので

最初からそんなに相手に期待せずに、続けられるなら続けていこぐらいの気持ちではじめたんだけど

やっぱなぜか段々相手のことを好きになってきちゃうな。

自分のやりたいこととかはこっちでできてるしいいんだけど

まわりでいちゃいちゃしてるカップルしか海外なのでめっちゃいちゃいちゃしてる)見ると、

わたしも直接触りたいーってなる。

相手ぷにぷにおなかをさわりたい。

かっちりした胸に抱きつきたいね

だんだん日が長くなってるので夜8時ぐらいとかでもこっちはめちゃ明るくて、みんな仕事おわりに外でのんびりしてる

ふたりビール片手に河原の芝生でのんびりしてたい...。

ふたりディスコ行って踊り狂ってみたい...。

ふたりでおいしいアイス道ばたで食べたい...。

んー困った。

この状況を打開する術は...。

と思いつつ、スカイプ前に一生懸命画面写りいいかんじにお化粧してる笑

まあだめだったときはそのときだな。

とても残念だけど。

うそう続かないよなあ。やっぱ難しかたか

まあ、期待はほどほどにしてこっちはなるべく誠実に連絡取り合お。

残念だったときは縁がなかったってことで。わたし逃すとか見る目ないなあ、と強がりを言おう笑

別れたい時は別れたいって言ってくれれば簡単解決するんだけどなあ。

そしたらこっちで今セーブしてることするんだけど。

おい、いつでもわたしは違う人のとこいけるんだからな!けっこうこっちでもててるんだぞ!

いくつデート断ったと思ってるんだ!君のためだぞ!

ちゃんとわたしつないでおかないと後悔するのはそっちだぞ!

2016-06-16

http://anond.hatelabo.jp/20160615232432

一時期「本格ミステリ」にはまっていた時、そういうものばかり読んでいたけど、ほんと導入部分がどれもつまらなくて読み始めはいつもなかなか先のページへ進まず、2ページごとに眠ってしまう。義務的に読むが頭に残らない。150ページくらい経つとようやく面白くなってきて、頭に残らなかった導入部分を時折読み返しながらも、最後までスイスイ読むことができる。

ボクは、初めて手にとった小説というのがこういう「ミステリ」というジャンルだったので、その後に一般小説直木賞候補になるような「エンタメ小説」を読むようになると、「小説って序盤からこんなに読みやすものだったのか!」ってものすごくカルチャーショックを受けた。

もっと気軽に読めるものを探すといいよ

2016-05-22

http://anond.hatelabo.jp/20160522003651

結婚とかセックスっていうのは必ずしも恋愛ライン上にあるものではないんじゃないかな。

アラサー以降の子作りを目的としたセックスなんて

もう性愛という感覚結構薄れていて半ば義務的にやってる人も案外多くて、

その性交にすら特別意味を見出そうとしない淡白さを持っている夫婦は長続きするんじゃないか

2016-05-18

プログラミング義務化による劣等生の逃げ場所

2020年から小学校でもプログラミング義務化されるらしい。

プログラミングを学ぶことはいいことだとは思うが、

学ぶことによる挫折も当然あり、また義務的学校先生に教えられることの弊害もありそうだ。

また、今までは学校が嫌い、勉強が苦手のような子でも、

パソコンが使いこなせることや、インターネットできることに優越感があったり、

そこに居場所があり、ある意味逃げることができたような気がする。

しかし、それが学校の授業となり、誰でもそのようなITを学ぶ機会が与えられたら、

どうなるのだろうか。

IT逃げられない子供はどこに逃げればいいのか。

それでも広いインターネットの中のどこかに逃げるのだろうか。

ただこれからの子供たちはそれが当たり前なのだから

こういう考え方は間違っているのかもしれない。

そういう目線での意見も聞いてみたいところだ。

2016-05-06

模型エンジョイ勢宣言

模型たるもの綺麗に作るべし。どんなモデラーにも、根底にはだいたいこんな思想がある。

もっとも。雑誌記事だってハウツー本だって、そうすることを前提に書かれてる(プロが金貰ってやってるのだから当然だが)。だからみんなもそうする。俺だってそうしてた。

だが、ここであえて言いたい。雑でもいいじゃないか、と。もちろん綺麗に作れた方が良いのは確かだが、その過程の楽しさを重視したっていいじゃないか。だって趣味なんだから

からもう義務的に合わせ目消しはしないし、表面処理も頑張らない。モールドの掘り直しするくらいなら、合わせ目もヒケも最初からさない。

塗装だって水性塗料を筆で塗ったっていいんだ。 乾くの早いぞアクリジョン! 水性ホビーカラー気分で使ってたら、塗った所がむらむらするぞアクリジョン!

資料なんか知るか! 考証が多少間違っててもパーツ改修も新造もしねー! 他社オプションパーツだって買わねー! 軍艦色は軍艦色だ! エッチング? 気分が乗ったら使ってやるぜ!

自由なのはガンプラに限らねー! スケールキャラも、ポリスチレンもABSも、レジンだって金属だって模型は全部自由だ!

自由からガチ勢のみなさんが、何重にもサフ吹いてヤスって表面ツルピカにしようが、その上にラッカー塗料エアブラシで吹くことに真理を見出そうが、かまわない。どのハウツーも、どの雑誌もそういう姿勢を推奨している。そうするのもまた自由だ。

けど俺は、面倒な表面処理を可能な限り避け、臭いラッカー塗料を避け、クソ高いエアブラシを買わず模型を組んでやるぜ!

みんなも義務感でガチな組み方して面倒になって積むくらいなら、面倒な工程スキップしてとりあえず形にしたっていいんだぜ! レッツエンジョイ

2016-02-26

http://anond.hatelabo.jp/20160226135556

穏便に少子化対策をやったところで、出産というコストリスクを超えることは容易ではないだろう。

からこそ、ある程度義務的出産をさせる必要があるのではないかと思う。

この、2行目から3行目にかけてのロジックすごい。出産コストリスクを報いられるものじゃないんだから

無視して強制的出産させろって言ってる。家畜扱いwww

ほんときちがいだわ

2016-01-21

こういう性癖って何て呼ぶの?

独身をこじらせた30代半ばの男性

童貞じゃ無いけど干支が一回りするくらい彼女無し。

最近職場の同僚(30代前半)と色々親しく会話をするようになったのだが、彼女は既婚で子供も2人おり、普通に家庭の話題なども聞く限り夫婦円満で、まあそういう意味での下心はない…と、思う。

ただ、最近その同僚を所謂オカズにするとやたらと興奮度が高まることに気がついてしまった。

しか自分が同僚とナニしている的な想像じゃ無くて、その同僚が『旦那に夜求められて子供も横で寝てるしという心配もありながらも「もう、しょうがないなぁ」と半ば義務的に股を開く』みたいなシチュエーションにもうホントにやたらと興奮してしまう。

寝取られとも違うしこれって何て性癖

2015-08-06

大学生夏休み

授業期間中は待ち焦がれたが。

ところがいざ休み突入すると、何をして良いのか分からない。

暇を持て余すどころか腐らせてる。

勿体ないという焦りの感情だけは積もっていくにも関わらず、義務的な作業がないので、

只々涼しいところでぼーっとしてる。

何の達成感も味わえない分、授業期間よりキツイかもしれない。

この暑い中、休みなく働いている大人からは怒られてしまうかもしれない。

抜け出せる気がしない。

暇はあるだけ持て余す人生死ぬまで続くんだろうな。

正面の席に座っている女子学生は、かれこれ4時間レポート作成をしている。

自分はかれこれ4時間ただ、座ってもじもじしている。

2015-06-29

結婚義務でもないし、しなくていい社会のほうが望まれ結婚率が高まって善い。

もしも結婚義務的ものと見なされてしまえば、相手が見つからないとブサイクデブDQNクズ収入低学歴低能無能前科者とも結婚しなければならない的な圧力がかかり、真人間却って苦労する。

が、それでも結婚できてない奴は問題があるからだという直感はあるし。

2015-05-28

http://anond.hatelabo.jp/20150528105937

あと正規非正規同一労働同一賃金が実現していないってのもなー。

でも結婚したら女は豊かな生活送れるかっつーとそんな訳がないわけで。

男の方が多少給料が高かろうと、結婚したら子供義務的に産まされるし、その子供の養育費だけで男の給料なんて吹っ飛ぶから

独身の時より生活苦しくなる女性は多い。

から高収入の男となら結婚するけど、そうでない男と結婚するくらいなら独身が良い」って女が多いんだよ。

収入の男が「俺と結婚しない悲惨な老後が」と女をいくら脅したって無駄。女はお前と結婚した方が悲惨だと知ってるから

2015-05-25

子供ってどの位で愛おしくなるもの

月子供が産まれたんだ。

里帰り出産だったから嫁さんの実家子供と一緒にいるから週1の休みだけ会いにいってる感じなんだよ。

嫁は自分が産んだってのもあるけど、それはそれは愛おしそうなんだよね。

なんて言うか俺はそこまでじゃないんだ。

いや別に可愛くないとか育てたくないって事じゃないし、健康に育ってくれよとも思っている。

でも嫁のそれはそれは愛おしいという感覚とは違うんだよ。

我が子を見てもなんか自分に近いんであろう別の生物だって感じなんだよね。

性格的に冷めてるとか無感情人間ではないと思ってるんだけどな。

これって我が子にあと何回か会うと自然に愛おしくなるのかね。

嫁さんに悪いから今は義務的に愛おしさを演じてるところ。

なんかFBとか見るとみんな溺愛してるからさ。

俺って変なのかね。

2015-05-24

テレビかわいい女の子を見かける

番組名などを手掛かりにググったり、ツイッター検索して人物を特定する

ちょっと卑猥な、おそらく本人はネット空間から葬りたいであろう黒歴史的な写真を探り当て、それをおかずにオナニーする


というのが、自分の中で割と典型的なオナネタ探索メソッドとなっていることに気が付いた。

女の子と書いたが、別に若い十代の子とかでなくてもよい。

たぶん自分の中でこのメソッドが生まれときは、ただテレビに出演しているというだけで見ず知らずの男どものズリネタとされてしまうという、

インターネットユビキタス化に伴う不可避の皮肉的状況から得られる不条理背徳感を味わうのが好きで手淫にふけっていたのだと思う。

けれど、その快感が得られる機会ははじめの数回のみで、今となっては正直惰性になってしまっている。

それでもかわいい女の子はうじゃうじゃと現れてくるので、結局半ば義務的にこのメソッドに頼ってしまうのだ。

ちなみについこの前は、ふしぎ発見ミステリーハンターインスタント欲情してしまった。

誰にも言ったことはなかったけど、こういう粗末なせがれいじりをしている不逞の輩ってきっと結構多いよね。

賢者モードになると毎回「ネット社会ってまじでくそったれだわ」と思っている。

2015-05-04

第三 政治犯罪人不引渡しの原則国際慣習法の成否

一 政治犯罪人の取扱いに関する国際法上の一般慣習

 鑑定人P5、同P6、同P7の各鑑定の結果(文書並びに口頭による)によれ

ば、つぎのことが認められ、他にこれに反する証拠はない。

1 およそ国際法上、外国人の出入国は、原則として国家自由規律に任せられ

ている。外国人出国についていえば、外国人をその意思に反して出国させるこ

と、たとえば、追放或いは強制出国退去強制)について、国家は、それをしては

ならないという拘束を受けることはない。また、それをしなければならないという

拘束を受けることもない。

 これを逃亡犯罪人についていえば、外国において犯罪を行なつたものが逃亡して

きて、その引渡しをその外国から要求された場合国家は、一般国際法の下におい

ては、その要求に応じてもよいし、応じなくてもよい。応ずる(引渡し)義務もな

ければ、応じてはならない(不引渡し)義務もない。もつとも、条約で相手国民

引渡しを承諾しておれば、その限りで国家はこれを引渡す義務を負うことはいうま

でもない。その典型が逃亡犯罪人引渡条約である

 ところで、世界の主要国家を含む多数の国家は、外国との間にそれぞれ条約を結

び、逃亡犯罪人の引渡しを約している。この場合は、条約の定める範囲内で、逃亡

犯罪人の引渡しは、その国の国際法上の義務となる。このような逃亡犯罪人引渡条

約は、わが国においては、アメリカ合衆国との間に締結されているに過ぎない。こ

のように条約がある場合には、その定める限度で、逃亡犯罪人の引渡しは、国家

国際法上の義務となるが、それ以外の場合には、逃亡犯罪人の引渡しは、一般的

国家自由に属し、逃亡犯罪人の引渡しの請求を受けても、請求国に引渡さず、自

国に滞在を認めることがある。この場合領土主権効果として、相手国は、これ

以上逃亡犯罪人の追及をすることはできない。その結果、逃亡犯罪人はその国にお

いて、自己犯罪について保護を受けることになるが、このような国家権利を庇

護権(Right of asylum)といい、これは国家国際法上の権利

あつて、逃亡犯罪人がその国家に対して有する権利ではない。もつとも、犯罪が国

際化し、犯罪人の国外逃亡が容易になると共に、逃亡犯罪人の引渡しは、国際協力

として一般に望ましいことと考えられ、条約義務的規定がない場合にも、国際

礼譲として、国内法律または行政措置により、逃亡犯罪人の引渡しがしばしば行

われている。以上が外国人の出入国、特に逃亡犯罪人の取扱いに関する国際法上の

一般原則である

2 逃亡犯罪人の中でも政治犯罪人については特別の取扱いがなされてきた。すな

わち、逃亡犯罪人の引渡しに関する多くの条約は、引渡犯罪刑法上の普通犯罪

属する一定のもの限定し、いわゆる政治犯罪はこれから除外し、政治犯罪人不引

渡しの原則採用している。ことに一八六七年に、それまでこの原則採用にさか

らつてきたロシアがこの原則採用して以来、一八八八年のロシアスペイン間の

逃亡犯罪人引渡条約を除き、それ以外のすべての逃亡犯罪人引渡条約は、条約上の

引渡犯罪政治犯罪を含まず、かつ、政治犯罪人は引渡さない旨の規定をおいてい

る。そして、政治犯罪人不引渡しを規定する条約の多くは、政治犯罪人は「引き渡

すことができない」、或いは「引き渡してはならない」と義務的命令的(Mand

atory)な形で規定している。ごく少数のものが、例外的政治犯罪人は「引

き渡さないことができる」、或いは「引き渡しを拒むことができる」と権能的許容

的(Permissive)な形で規定している(ちなみに、日米犯罪人引渡条約

もその四条において、「政治犯罪人は、これを引渡してはならない。」と義務的

令的に規定している。)。また、逃亡犯罪人の引渡しに関する諸国国内法におい

ても、義務的命令的な形で、政治犯罪人の不引渡しが定められている場合が多い

(ちなみに、わが国の逃亡犯罪人引渡法も、その二条において政治犯罪につき、

「引渡してはならない」と規定している。)さらに、第一次世界大戦後は、憲法

おいて政治犯罪人不引渡しを規定する国が現われ、ことに第二次世界大戦後は、東

諸国および共産主義国家をも含めて、このような憲法規定を持つ国が多くなつて

きた。のみならず、具体的実行においても、ここ一世紀来、逃亡犯罪人を政治犯

と認めて引渡しを拒む事例、或いは強引な連行に抗議する事例(昭和四二年七月西

ドイツ留学中の韓国人学生強制連行に対し西ドイツ政府韓国政府に対して行な

つた強硬な抗議はその一例である。)は数多くあつたが、逃亡犯罪人を政治犯罪人

と認めたうえ、あえてこれを引渡した事例はまずなかつたということができる。

3 以上のとおり、ここ一世紀来の逃亡犯罪人引渡条約政治犯罪人を引渡犯罪

ら除外して不引渡しを規定し、しかも、その圧倒的に多くのものがこれを義務的

令的に規定し、また、多数の国が憲法その他の国内法で、政治犯罪人不引渡しを規

定しているのみならず、具体的実行においても、政治犯罪人の引渡しを拒絶してき

たのであつて、これらのことから、一般の国際社会においては、政治犯罪人不引渡

しの国際慣習が成立していることは疑問の余地がない。

二 政治犯罪人不引渡しの原則国際慣習法である

1 政治犯罪人不引渡しの原則国際慣習法であると解するのが相当である。その

根拠およびその成立の範囲は、つぎのとおりである

(一) 前示のとおり、歴史的にここ一世紀来、国際社会の具体的実行において、

政治犯罪人は引渡さないということが国際慣習になつているという実証的事実があ

る。

(二) 国家は、外国人の出入国を自由規律しうるという国際法上争いのない基

本的原則の中で、ことさら政治犯罪人につき、本来自由であるべき不引渡しを、

広く学説が「不引渡しの原則」としてとらえ、多くの条約憲法その他の国内法令

にまで、例外なく政治犯罪人は「引き渡してはならない」と義務的命令的な形で規

定していることは前示のとおりであり、政治犯罪人は引渡してはならないという規

範が歴史的社会的に定着してきたことの現われである理解する方がより自然であ

る。

(三) 政治犯罪人の引渡し、不引渡しには、国の政治的利害がからむことが多

く、国としては一般に不引渡しに拘束されることを好まず、これを政治的便宜の問

題として保留しておきたがることは理解できるが、しかし、他面、前示のとおり、

道義的または社会的非難さるべき普通犯罪を伴わない純粋政治犯罪とみられる

ものについては、政治的処罰のために引き渡さるべきではないという実質的意識

政治思想人道主義の基礎のうえに、ここ一世紀ほどの間に固まつていることも認

めなければならないし、特に第二次世界大戦後において、国際連合憲章の制定、

連合による「人権世界宣言」の採択、さらにこれに具体的法規としての拘束力

付与した人権規約の制定等により、国は内外人を問わずその人権尊重すべきこ

とが強調されるに至り、かくして、国際法人権尊重に重点を置くようになるに

従い、どうみても純粋政治犯罪とみえものについては、人権尊重立場から

国家政治的便宜の考慮を押えて、不引渡しが「原則」として法的な意味をもつこ

とになつた、と解するのは根拠のあることである。このような見地からすれば、政

犯罪本国内において行われたとその他の国において行われたとを問わないわけ

であつて、本国以外の国において行われた政治犯罪が、本国法の規定により、処罰

を受けるものである限り、この原則適用を受けることになんらの妨げはない。

(四) 条約の中には、例外的に、政治犯罪人の不引渡しを、「引き渡さなくても

よい」と許容的に規定するものがあるが、不引渡しの規定は、引渡義務例外規定

としておかれ、引渡義務否定がその主眼である。そのことは、「引渡しも不引渡

しも自由」ということになるが、不引渡しの自由をもつものが同時に不引渡しを義

務とする約束を持つことも論理的不可能ではない。不引渡しが義務であるという

ことは、不引渡しの自由を完全に行使することでもある。国家に認められた自由

いは権能を、条約上或いは一般国際法特定目的のためにもつぱら行使するよう

に拘束されることはめずらしいことではない。したがつて、許容的な規定条約

存在は、不引渡しの原則義務的ものと考える妨げにはならない。

 なお、この点について、政治犯不引渡しを国の義務と解するときは、これに対応

する国際法上の権利国がなければならないが、これを発見することができない以

上、これを義務と解することは不可能である、との見解がある。確かに、引渡請求

国が不引渡義務対応する権利国ということは無意味であり、国際法発達の現段階

においては、個人を国際法主体と解することにはなお無理な点がないでもない。

しかし、国際法場合義務国に対応し、必ず権利国が存在しなければならない、

という論理的必然性はない。条約において国内事項、たとえば、国内労働者の権

利を保障する内容のごときを定めた場合国際法上それが国の義務であることは明

らかであるのに、これに対応する権利国は存在しないのである

(五) 政治犯罪の概念が、多義的、不確定的であることが国際慣習法の成立を妨

げているといわれ、事実、この概念多義的、不確定的であるが、前示のように、

政治犯罪人不引渡しの原則が国際慣習として成立しているのは、どうみても政治犯

であるという厳格に純粋政治犯罪に当たるものに限られ、これを確定すること

は、さして困難でないのみならず、さら手続的にも、請求国から政治犯処罰

ための引渡請求があるか、或いは政治犯罪について有罪判決を受けるか、または起

訴されるか、逮捕状が出ているか、少なくとも被請求国において客観的にこれらと

同視しうる程度に処罰の確実性があると認めうる事情がある等請求国における処罰

客観的に確実であることを要し、単に政治犯罪人が主観的処罰の確実性を信じ

ているというだけでは十分でなく、また、政治犯罪人であるか否かの一次的判断

は、被請求国にあることなどによつて、政治犯罪人不引渡しの原則適用のある政

犯罪人は厳格に限定されるのであつて、実体的にも手続的にもこれを確定するこ

とはさして困難ではない。したがつて、国家無限定義務を負うことになるとの

非難は当らない。

 なお、不引渡しの原則は決して庇護権を与えることと同じではない。国が不引渡

しの政治犯罪人に国の権利として庇護権を与えることは、もとより自由であるが、

不引渡しとは単に本国には引渡さない、というに過ぎないのであつて、不引渡しの

政治犯罪人を他の国へ任意出国させることも退去強制することも国は自由なのであ

る。この点からも国は、不引渡しを認めたからといつて、無限定義務を負うもの

ではない。

2 被告は、国家原則としてその領域にある犯罪人を引き渡す義務がなく、犯罪

人引渡条約を締結している場合でも、その除外例として政治犯罪人の引渡しを拒否

できる権能がある、政治犯罪人の不引渡しを拒否できる権能がある、政治犯罪人の

不引渡しは、自由なる領土主権から派生する権能の別称とみるべきものである

ら、義務的ないし拘束的な意味での不引渡しの原則というものは成立しえない(不

引渡しの「原則」というのは妥当でなく、むしろ不引渡しの主義というべきであ

る。)、したがつて、規範としての国際慣習法が成立するというのは論理的矛盾

ある旨主張する。しかし、政治犯罪人不引渡しに関する、ここ一世紀位の間の具体

的実行及び条約国内法令規定に現われた慣習の成立、規範の定着等の実証的事

実がそのようなものでないことは、前段説示のとおりである

 被告は、さらに、政治犯罪人不引渡しの原則国際慣習法として確立しているか

否かの実質的判断慣習法理論適用としてその成立要件の一つとされている規範

意識の醸成にかかつている、すなわち、政治犯罪人を引き渡さないことが、国際的

法則として諸国家を拘束し、これに従わないことが国際法違反と考えられる程度に

国際的意識によつて支持されていることが必要であるが、政治犯罪人不引渡しの

慣行はいまだその拘束性が個々の条約を超えて普遍的ものとなつているとはい

ないし、また、かような拘束的な不引渡しの原則確立する可能性はあるが現在

れと同様に解することは不可能なことというほかはない旨主張する。しか相対的

政治犯罪を含む広義の政治犯罪についてはともかく、純粋政治犯罪についての

み、しかももろもろの限定を付したうえで、政治犯罪人不引渡しの原則の国際慣習

法性が肯定せらるべきであることは前段説示のとおりである。なお、付言すれば、

政治犯罪人不引渡しの原則国際慣習法であるか否についての学説の対立も、むし

ろそれらが前提として採る政治犯概念の相違に負うところが多いように思われる

である

3 これを要するに、政治犯罪人不引渡しの原則は、一定限定のもとにおいて、

国際慣習法である。すなわち、純粋政治犯罪(ただし、本国において行われたも

である本国以外の国において行われたものであるとを問わない。)につき、し

かも手続的要件として、本国から政治犯処罰のための引渡請求があるか、或いは

政治犯罪につき有罪判決を受けるか、起訴されるか、逮捕状が出ているか、少なく

とも客観的にこれらと同視すべき程度に処罰の確実性があると認められる事情があ

る等本国における処罰客観的確実である場合に限り、政治犯罪人不引渡しの原則

は、確定した国際慣習法であると解するを相当とする。

(二) ところで、政治犯罪人不引渡しの原則は、一定限度において一般国際慣習

規範的すなわち義務的拘束的意味をもつていると解し、同原則国際法規性を肯

定する見解根拠としては、第一に、政治犯罪人を引き渡さないということが一世

紀来の一般的国際慣行となつているという実証的事実、第二に、出入国の規律が国

際法上原則として国家自由に属するという基本的に争いない原則の中で、政治犯

罪人の不引渡しが学説上「原則」としてとらえられ、条約国内法令にまで例外

くそれが表明されていることは、規範として歴史的社会的に定着してきたことの表

われである理解する方がより自然であること、第三に、一国の政治的便宜を超え

て、政治的処罰のために引き渡さるべきではないという実質的意識政治思想

人道主義の基礎の上に固まつていること、第四に、条約国内法令政治犯罪人不

引渡しの規定を設けることの主眼は、政治犯罪について引渡しの義務否定するこ

と、すなわち不引渡しの自由をもつことであるが、これと不引渡しを義務とする約

束を同時にもつこととは相容れないものでないこと、第五に、政治犯罪の概念の不

明確性は覆うべくもないとしても、一定制限のもとで厳格な狭い政治犯罪につい

ては概念的に明確にすることは可能であるから、不引渡しの原則が法的な意味で一

般に妥当することは認められるべきであることを掲げる。

 しかし、政治犯罪人不引渡しの原則国際慣習法として確立しているかどうかの

実質的判断は、慣習法理論適用として、その成立要件の一つとされている規範

識の醸成にかかつている。すなわち、政治犯罪人を引き渡さないことが、国際的

則として諸国家を拘束し、これに従わないことが国際法違反と考えられる程度に国

際的法意識によつて支持されていることが必要であるが、右の法意識は、以下に述

べるとおり、明確なものはいえないのである

 政治犯罪人不引渡しの慣行は、もと犯罪人引渡条約における例外的除外規定とし

て設けられた不引渡条項が一般化して形成されたものであつて、その内容として

は、許容的なものと拘束的なものとがある。しかして、右の慣行は、条約上の不引

渡条項においては拘束的な規定が大多数を占めるとしても、原理的には許容的な性

のものである。もとより、右慣行が元来許容的なものであるとしても、さらにこ

れを拘束的なものに高めることは可能であるが、これは、条約上拘束的な不引渡条

項を設けることも法論理として矛盾ではないといえるにとどまり、このことから

慣行の拘束性が個々の条約を超えて普遍的ものとなつているとまでは、到底いえ

ないのである

 政治犯罪人不引渡しの慣行が生ずるに至つた動機には、自国政治体制擁護

保持ないし進歩的勢力の増強によつて国の長期的利益をはかるという政治的意図

個人の政治的自由ないし人道主義要請という二面においてこれを見ることができ

る。この二面のいずれを強調するかは、吾人の価値観依存するところとなろう

が、そのいずれをも全く否定し去ることはできないのである政治犯罪人がその本

国に引き渡されることによつて重刑に処せられることが明らかな場合人道主義

要請から、その政治犯罪人を引き渡すべきでないという道義意識が生ずる。しか

し、この道義意識が法意識にまで高められるためには、全体的(国際的法秩序

もとで絶対的に合価値的なものとして受け入れられる必要がある。ところが、一

方、国際社会における法秩序においては、いわゆる不干渉義務にあらわれていると

おり、諸国家の政治的自由ないし利益尊重すべきことが法価値の内容として承認

されているといわざるをえないのであるから、前記人道主義要請によつて、この

国家政治的自由行使相対的に反価値的なもの評価されるまでに至らなけれ

ばならないのである。したがつて、「どうみても政治犯罪とみられるものについて

は、政治的便宜の考慮を押え不引渡しが『原則』として法的な意味をもつに至つた

ことは根拠のあることである。」との見解もあるが、そこまで断言できるものであ

るかどうか、かなり疑問であるといわなければならないし、そのような見解をとる

者さえ、「個人の利益保護人権の確保等に、国際法がより多く目をそそぐよう

になつてくるにつれて、この原則のそのような実質的根拠は強まることはあつても

弱くなることはないであろう。」とされ、前記人道主義要請に関する国際法的な

評価がいわば生成過程にあることを自認しているのである。さればこそ、人道主義

要請国家政治的自由調和点において、「政治犯罪人たる理由でその引渡し

拒否したときこれを非友誼的行為と考えないという」限度で慣習法が成立してい

るとしかいえないのであり、政治犯罪人を引き渡さないという国際慣行についての

実証的事実にしても、右限度の慣習法の成立の根拠としては妥当するが、さらに拘

束的な不引渡しの原則の成立の根拠とするには十分でないように思われる。もつと

も、右の実証的事実について、条約等が例外なく不引渡条項を設けていること、多

くの学説がこれを「原則」としてとらえていることから解釈論によるフオローをす

見解もあるが、学説上用いられている「原則」ということばが右の意図合致

るほどの意味をもちえないことは多言を要しないところである。また、政治犯罪人

不引渡条項は、それ自体としては、国家領土主権機能である不引渡しの自由

還元するという程度の意味しかないとしても、犯罪人引渡条約における条約上の義

務に対する除外規定として免責条項を設けた意味では重要な法的意義をもつもの

あるから、それが許容的規定であつたとしても、不引渡条項のもつ意義を無に帰せ

しめるものではないのである。したがつて、右の不引渡条項を拘束的なものと解す

る方がより自然であるという見解に対しては疑問なきをえないのである

(三) 政治犯罪人不引渡しの原則といわれるものは、現在国際社会において

は、拘束的、義務的原則と解すべきでないことは以上に述べてきたとおりである

が、さらにこれについてはつぎの点が留意されるべきであろう。

 国際法上の義務という場合権利義務一般論として義務対応する権利主体

がなければならない。形式的には、条約が締結されていればその相手国ということ

になろうが、この相手国でさえ、実質的には権利主体とみることは無意味といわな

ければならないのである。したがつて、現に、政治犯罪人は、その本国から引渡し

の請求があつても、引き渡すべきではないという道義意識さらに高度のものとな

りつつあるとしても、これが法的義務規範質的な転化をするためには、それに必

要な要件として、右に述べた主体的対象が不可欠なのである。換言すれば、国際法

上の主体として、国際社会というもの承認された場合、そこに拘束的な不引渡し

原則確立する可能性はあるが、現在これと同様に解することは不可能なことと

いうほかないのである

2 原告は、政治犯罪人不引渡しの原則にいう政治犯罪人に該当しない。

 条約上あるいは相互主義をとる国内法上、政治犯罪人不引渡しの原則にいう政治

犯罪人とは請求国から引渡しの請求があつたものをいうのである。なお現に刑が確

定しているか、あるいは訴追されていることは必ずしも必要でないとしても、少く

とも、捜査が開始されている事実が伴なわなければならないことは当然の事理であ

る。

 しかして、原告が広狭いずれかの政治犯罪人に当たることは被告否認するとこ

であるが、仮に原告政治犯罪人に該当するとしても、韓国よりわが国に原告

引渡請求があつた事実がないことはもちろん、原告主張の所為について韓国におい

捜査がなされた事実もないのであるから原告が、国際法上および国内法上、政

犯罪人不引渡しの原則にいう政治犯罪人に該当しないことは明らかである原告

は、ただ不法入国のゆえをもつて、わが国から退去を命ぜられ、その執行を受けよ

うとしている者に過ぎないことが銘記されるべきである

(ⅲ) 密航者に関する条約

 一九五四年イギリスブライトンで開催された万国海法会において密航者問題

検討する専門委員会が設けられ、一四カ国の代表によつて密航者に関する条約草案

が討議されたが、一九五五年六月三日作成された第一次草案においては、「船長

は、密航者政治難民であるときは、彼が政治難民として逃れてきた国の如何なる

港にも、その密航者を下船させてはならない。」(二条末項)としていた。また、

一九五五年マドリツド会議において採択された「密航者に関する国際条約案」にお

いては、「本条約規定は、締約国政治難民を許容する権利または判断に関する

如何なる国内法或いは国際法または憲法上の慣行にも影響を及ぼすものではな

い。」(五条二項)の規定となり(賛成十一国、反対三国棄権四国日本も含

む)、この草案に基づいて一九五七年一〇月一〇日ブラツセルにおいて締結された

密航者に関する条約」においては、「この条約の諸規定は、締約国政治上の逃

亡を許容する権利と義務をいささかも妨げるものではない」(五条三項)と規定

れている(高梨公夫「密航者の取扱の統一に関する万国海法会条約案について」

法会誌復刊四号、同氏「密航者法論」二九、八一、九六、一二四、一六九頁、小

町谷操三「密航者に関する条約研究民商法雑誌三九巻第一、二、三号)。

(ⅳ) 難民の地位に関する条約

 本条約が、一九五一年七月二八日ジユネーブで締結されたときに、これに参加し

た国は二六国であつたが、その後本条約批准しまたは加入した国は現在では三九

国になつた。現在においては世界の主要国は殆んど加入しているのである

 この条約によつて、「加入していない第三国に直接義務を課することはできない

が、しかし、条約の内容が締約国以外の国家にも漸次認められ、慣習国際法として

一般化するというかたちで、条約が--条約のものとしてではないが--妥当

囲を拡大するという場合はないわけではない。また、条約に「加入条項」が挿入さ

れており、第三国の加入が認められている。いわゆる「開放条約」の場合には、第

三国が加入すれば、条約妥当範囲はそれだけひろくなる。」(田畑二郎国際法

Ⅰ巻九六頁)。

(ⅴ) 国連総会による、一九五七年一一月二六日の中国難民救済に関する決議

(一一六七号)、一九五八年一二月の国難民救済年に関する決議等は、いづれも

国連加盟の多数の国家が、難民救済事業に協力すべき国際法上の義務あることを承

認したものというべきである

(ⅵ) 国連総会における避難権に関する決議の採択国連総会は、一九六二年一二

月一九日、万場一致で避難権に関するその前文と第一条の宣言草案を採択したが、

右の前文と第一条の宣言草案は、つぎのとおりである

 前文「国連憲章の宣言が国際平和安全目標としている点に留意して、すべて

国家間の友好関係を促進し、経済的社会的文化的または人道的性格を帯びる国際

問題の解決を、国際協調によつて達成しようとし、人権尊重基本的自由の推進

種族性別言語宗教の相異を問わず確保させることを目的として、国連の人

権宣言第十四条の一項、二項を今一度再確認する。そして、人権宣言第一三条二項

を想起して人権宣言第一四条に基づく訴追権を有する人々に各国が避難権を与える

ことは平和的人道的行為であることを認める。」

 第一条の宣言草案「(A)世界人権宣言第一四条依拠して訴追の資格を有する

人々または植民地主義との斗争から逃れてきた者に対する各国の主権行使に基づく

避難権の賦与はすべての人々により尊重されねばならない。(B)避難を求め享有

する権利国際機関規定するところの人道に対する重大な犯罪または平和破壊

者とみなされる者には訴追権の援用は許されない、(C)避難権を賦与するに際し

てその理由を評定するのは各国に留保されるものとする。」

(ⅶ) 難民保護に対する日本政府の態度

 日本は、現在難民の地位に関する条約に加入していないが、昭和三七年八月二

四日の第四一回衆議院法務委員会において、日本政府は「難民の地位に関する条約

趣旨には賛成であるから、加入すると否とを問はず人道を尊重するという原則

行動すべきことは当然であり」、「十分人道上立場尊重して対処して参りたい

と考えておる」ことを明かにした。

 さらに、歴代の法務大臣も、政治犯罪人ないし政治難民迫害の待つている国に

は送還しないことを、繰り返えし言明している。

(3) 一般に、慣習国際法が成立するためには、多数の国家によつて長期間、同

一の行態が繰返されるという事実存在と、諸国家の法的信念(規範意識)の介在

必要だとされているが、難民保護は(1)で述べたように古くから現在に至る

まで、多数の国家によつて繰返し行われて今日なお継続しており、(2)に述べた

ように、いまやそのことは諸国家間に法的信念として存在しているものといえるの

である特に難民の地位に関する条約は、その基本的内容がすでに国際間の慣行

となり、またはなりつつあるものを条文にあらわしたものと見ることができ、この

ような見地から、非締約国といえどもその主要な内容については尊重すべき義務

あるというべきである。いまや難民をその本国強制送還してはならないことは、

国際慣習法であるというべきである

(三) それゆえ、政治難民である原告に対しなされた本件処分は、前記国際慣習

法ひいては憲法八条二項に違反無効のものであることは、前項(三)において

述べたところと同一である

3 仮に、以上の主張が認められないとしても、本件処分はなおつぎの理由により

違法である

 出入国管理令五〇条三号に定められた特別在留許可は、法務大臣自由裁量

委ねられているとはいえ、自由裁量権にも自ら限界があるのであつて、裁量権の逸

脱または濫用が許されないことはいうまでもないところ、既に述べたところから

らかなように、政治難民迫害の待つている国に追放してはならないことは、少く

とも国際慣習ないし国際通念であるから政治難民迫害の待つている国へ送還す

ることは、それが禁止されていないにしても、国家の保安または公共の秩序維持の

ために十分な理由がある場合でなければ許されず、十分な理由もなく、徒らに本人

を苦しめるような政治難民の追放はいわゆる国際法上の権利の濫用である

 ところで、原告は、既述のように政治犯罪人ないしは政治難民であつて、日本

密入国して以来本件処分を受けるまで、十年間、正しくかつ平穏生活継続して

きたし、また、その間、日本国公安利益を害したこともなく、今後もそのおそ

れは全くないし、また、歴代の法務大臣も、政治犯罪人ないしは政治的難民迫害

の待つている国には送還しないと繰返し言明しているのみならず、昭和三二年から

同三六年までの間、毎年二千数百人におよぶ外国人に対し特別在留許可を与えてい

るのであるから、これらの諸事情考慮するときは、原告に対し特別在留許可を与

えることなく、原告の異議申立てを棄却した法務大臣の裁決は、裁量権を逸脱した

か、これを濫用した違法のものというべく、したがつて、また本件処分違法であ

るといわなければならない。

三 よつて、本件処分の取消しを求める。

第三 被告の答弁並びに主張

(答弁)

一 請求原因第一項の事実は認める。

二 同第二項のうち、本件処分違法である、との主張は争う。

1 同項1(一)(1)の事実のうち、原告民団栃木県本部事務局長であつたこ

とは、認めるが、その在職期間および原告がその期間中に行つた行為については知

らない。

2 同項1(一)(2)の事実のうち、韓国原告主張のような法律が制定されて

いることは認める(ただし、国家保安法公布は、昭和三五年六月一〇日、同日施

行、特殊犯罪処罰特別法公布は、昭和三六年六月二三日、同日施行反共法は昭

和三六年七月三日公布、同日施行である。)が、原告の主張する行為が、これら法

律に照し処罰されるべきものである、との主張は争う。

3 同項2(二)(1)の事実は認める。ただし、右のうち難民地位に関する条

約につき、同条約適用を受ける者の範囲が、一九五一年以前に生じた事由による

もの限定されていない、との主張は誤りである。同条約関係部分は、「一九五

一年一月一日以前に発生した事件の結果により、種族宗教国籍特定社会的

団体であること、または政治的意見が原因で迫害を受ける恐れがある云々」(第

一条A(2))である

(主張)

一 本件処分政治犯罪人不引渡しの国際慣習法違反するかどうかについて

1 政治犯罪人不引渡しの原則は、国際慣習法でない。

(一) 元来、国家は、領土主権を有し、これから派生する権能として、自国内に

ある外国人管理し、外国人に対する処遇自由に決定しうる。すなわち、国際的

側面において、領土主権は、全く無制限にその行使が許されているのである。その

ために、逃亡犯罪人について各国間の国際的利害の対立を生じ、これを調整するた

めの国家間合意として、一定犯罪人については、その引渡しを国家間義務

する犯罪人引渡条約が締結されることがあるが、この場合には、右の義務負担

ることによつて、結果として、前記の自由なる主権行使について自己規制をした

ことになり、ただこの限りでのみ右自由の制約を生ずる。ところが、右条約には、

通常、政治犯罪人については、条約に基づいて相手国からその引渡しを請求された

場合でも、引渡しの対象から除外する旨の例外規定がおかれ、これによつて、被請

求国は引渡義務を負わないこととされている。換言すれば、右例外規定適用があ

場合には、国家は、前記条約の締結によつて主権に対して加えた国際的自己規制

排除し、本来主権機能を完全に果しうる状態を回復したことになるのであ

る。したがつて、相手国から政治犯罪人の引渡請求があつてもこれに応ずるか否か

を決定することは、単に自由なる領土主権機能として行うに過ぎず、政治犯罪人

を引き渡さないことに法的な原理意味があるわけではないのである。さればこ

そ、これは規範意味での「原則」ではなく、従つて政治犯不引渡しの主義という

方が適当であろう(嘉納孔、国際法講座第二巻六四頁)との理解を生じ、また、

政治犯罪人不引渡しの原則は、領土主権から派生する権能の別称ともみることが

できる」とか、或いは「本来的には当該条約締結国の権能を意味するものに過ぎな

い。また、条約規定の仕方からいつても、政治犯不引渡条項そのものから政治犯

不引渡しの条約上の義務を導きだすことはできない。」とされるのである。このよ

うに政治犯罪人不引渡しの原則といわれているもの自由なる領土主権機能であ

るとすれば、そこには、義務的ないし拘束的な意味での不引渡しの原則というもの

は成立しえないから規範としての慣習法が成立しているとみることは論理的矛盾

いわざるをえない。

2015-01-22

例の会見で、日本イスラム法学者が叩かれてるようなので

中田考さん(イスラム法学者ムスリム)が叩かれてるようなので、ちょっとだけフォローしたい。

(なお自分ムスリムではないし、かの美しいと有名なクルアーンコーラン)も注釈しか触れたことがない)

ワリと面倒くさい宗教であるイスラーム

六信五行なんて訳されることもあるが、ムスリム義務としての決め事が多い。

判りやすいところでいくと、ザカート(Zakat)というのがあって、これは義務的な施しにあたる。

翻訳の難しいところで、これは税金として解釈されることもあるし、喜捨まり寄付の一種と看做されることもある。

財産税による社会福祉と言うのが実体に近く、アッラーフ寄進して、それを皆が使う、という再分配機能になっている。

と、言うようにイスラームというのは宗教であるのだが、その根幹が社会制度になっている。

王様世捨て人を経て悟った宗教とか、大工の息子が突如悟って国教なっちゃった宗教とは違い、

砂漠のど真ん中で戦国時代やってたような連中をまとめ上げてサバイブしてきた宗教なので、

政(まつりごと)やってる連中に好きに利用されちゃう宗教とは違って、

どちらかと言うとこれは、建国理念に近いところがある。

なので、イスラーム共同体を作り守り広げるぞ、いう感じなわけだ。

ウンマ・イスラーミーヤ(ummma islamiya)とか言われるものがそれになる。

ジハード義務

で、ジハードのことを聖戦と訳すとまたややこしいことになるんだが、

アッラーフのための奮闘努力」が多分一番近いニュアンスになる。

で、これに大ジハードと小ジハードとあるんだが、

意外(?)な事に、大ジハードとは個人的内面の戦いになる。現実戦争とか小ジハードなのね。

ラマダーン断食月間)だとか、宗教的に正しい行いをするのはより困難で重要である、というわけ。

これは、大体の法学者が見解を一致する数少ない部分でもあって、かなり重要概念なのです。

ジハードもまた義務

宗教というよりは生活様式というかまんま国是みたいなものですというのを理解してもらった上で、

さらムハンマドにもたらされたクルアーン絶対、というのが義務として五行に組み込まれていて、

ムスリムはみんなそれを守るのは重要だと考えている、という前提をおいた上で、

ダール・アル=イスラームと呼ばれる、イスラーム世界というのがあるわけです。

自分の家、というニュアンス

ダール・アル=ハルブと呼ばれる、非イスラーム世界というのもあるのです。

自分たちルールとは、違うルールを使ってる世界、というニュアンス

すると、当然、自分の家を守るのは義務、ということでイスラーム世界を守るのは義務なわけです。

宗教自由なので無理強いはしないけど、イスラーム世界ルールには従おう、みたいなのがあるのです。

結果、非ムスリムは許容するけど、非イスラーム世界イスラーム世界に組み入れる努力を怠ってはならない、

という、ワリと複雑なことになっているわけです。

敵前逃亡地獄に落ちるとクルアーンに書いてある

まあ、正確にはアラビア語クルアーンを読むべきなんだけれども、

信仰者の攻撃を受けて背を向けてはならない、戦略的撤退等を除いてはアッラーフの怒りを被り地獄に住むことになる、とか書いてある。

そうすると、非イスラーム世界から攻撃に、ムスリム防衛する義務があって、背を向けてはならないわけです。

そして、非イスラーム世界代表例とも言えるのがアメリカ合衆国で、これに背を向けられないと。

ただし、害がない場合イスラーム世界と和平を結びたがってる異教徒)には、和平を結んでも良い、とされている。

ここでやっと、イスラーム国への呼びかけになる

ムスリムである中田考さんの会見は、同胞であるムスリムに対する呼びかけになるわけですね。

イスラーム国をムスリムでないと断定できれば攻撃したり非難したりすることは簡単なんだけど、それは出来ない。

すると、非イスラーム世界と戦っている!と言われれば、背を向けよ、とは声掛け出来ない。

日本政府側に言ったこと

日本政府側には「ムスリムは異教徒と戦って背を向ける事は出来ない(地獄に落ちる)ので、戦うとか言わないで」とまず言ったと。

テロリスト、非テロリストという枠組みではなく、まずイスラーム世界と非イスラーム世界との枠組みの話ね。

で、トルコ経由で人道支援に限って渡すことも出来るよ、仲介するよ、と。

イスラーム国側に言ったこと

イスラーム国側には(イスラム法学者として)、

日本政府資金は、人道支援に限ってるよ(戦うために使っているわけではない≒非イスラーム世界だが敵対中ではない)」

「(君らも知ってると思うが、安部総理トルコレバノン支援すると言ってるわけで)トルコ経由で渡すこともできるよ」

「双方にとって時間が短すぎるよ、そこはなんとかならんかね。自分もそっちに行くよ」

「ヤージディー教徒解放したよね。そういう態度の方が、主張は通りやすいよ」

まとめに代えたポイント

ムハンマドにもたらされたクルアーン絶対、という前提のもとでは、攻撃に折れよとは絶対に言えないわけです。

ただ、テロリストとは交渉しない、テロリストに金を払わないという日本政府側の前提も曲げられないと。

すると、日本は非イスラーム世界だが、人道支援に限って金を出しているので敵対中ではなく、和平を望んでいると、

イスラーム国もムスリムなら、小ジハードを止めろとは言わないから、異教徒に寛大でも良くないか、

そもそも時間も短すぎるし、ちょっとムスリム法学者たる自分が間に入るから話を聞いてくれまいか、

と、そういう声掛けになるわけです。

質疑応答でも、身代金を払うんじゃない人道支援だ、と繰り返し言ってるのが、板挟みの回答になってるわけですよ。

まあ、ワリと中田考さんはイスラーム国側に立った物言いしてるわけですね。どちらかと言うとメッセージになってる。

敵対すると同じ派閥であっても即処刑する人達なので、非難して即斬首とか困るわけですよ。当然ながら。

(もちろん、ムスリムがみんなこうかとういとそうじゃなくて、過激派は認めないとか、イスラムの名を利用した単なる侵略だ、とか言ってるトコロも多くある)

とういわけで、ワリと詰んでる状況で、譲歩を引き出す限界ギリギリのところだったんじゃないかなあと思うわけです。

だって日本米国協調路線で、ガッツリ名前出してISIL壊滅の為にイラク政府に手を貸すとか言っちゃってるわけで。

本来なら政府テロリストと交渉しないので、引き伸ばしつつ救出(奪還)作戦を展開して成功させないといけないわけで。

家族とか所属会社経由で身代金に応じるっていう裏取引(政府は目をつぶる)も、時間が短すぎると。

うーん。さすがにウラマー(イスラム法学者)だと認めたら無視はしないとは思うんだけれども。

関係者各位が無事に解決することを期待したいと思っています

2015-01-20

http://anond.hatelabo.jp/20150120114026

しろアラフォーになっても旧姓が無いと誰だか分からないレベルの付き合いしかない同級生から年賀状が続いてるのが凄い

年一回義務的に交換しているだけだとしてもどちらかがうっかり忘れたりしたらそこで途絶えないか?

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