はてなキーワード: Vimとは
そもそもIDEでしか開発できない元増田みたいなWindowsやMacでGUIしか理解できない馬鹿と、
ネット上で只管カスタマイズを晒してドヤってやってる馬鹿の話しか出てこないんだが、
世の中その2種類じゃないんだが。
いや、Emacsだろ、って話じゃなくて。。。
そもそも、vimって、ターミナルから開ける簡素なエディタ、ってことで使いはじめるのが普通だと思うんだけど。
WindowsやMacで、ターミナルも使わないのにわざわざVimだけ使ってる奴も居るが、意味不明。
その上、ターミナルを使ったこと無いレベルなのにVimからUnixコマンドを使ったりターミナルみたくしたり
しちゃってるやつさえ居るから笑けてくる。。。
>・VisualStudioを貶す割には、パフォーマンス分析とかテストなどの便利機能は使えないw
>・WPFが分からないだけなのに、自前で作る方が偉いと思っているw
こいつWindowsの外に出られないのか
これ3つくらい当てはまったら無能なw
http://anond.hatelabo.jp/20131109185658
特定経験に依存せずに一般化するのは難しいが幾つか、実装力、問題解決力向上に絶対に外せない基本要素を追加しといたw
いろんな人のSNSアカウントのプロフィール見てたらやたらと「犬派です、ネコ派です」みたいなことが書いてあって
なんだこいつら、いちいち書かなくてもいいだろキモイ。とネコ派のおれは思ってたんだけど
今までプログラマーをやってきて、状況や環境に左右されず有用だったツールを書き残しておく。
基本的に Windows, Mac どちらでも動作するもの。
1. VirtualBox
ローカル PC 上に別の OS (Linux や Windows) を動作させる事ができるツール。複数の OS を同居させる事ができるので、自分の趣味用のサーバと仕事用のサーバを分けて管理したりできる。昔自分が Linux の勉強をした時は、メイン PC とは別にサーバ用 PC を買ってきて設定していたけれど、VirtualBox があればそんな面倒な事をしなくても済む。今は VirtualBox を更に簡単に設定できるたツールもあるみたいなので、それを使うのも良いかもしれない。
名前の通りパスワードを管理するためのツール。1Password https://agilebits.com/onepassword か KeyPass http://keepass.info/ が良いと思う。サーバサイドのプログラムを始めると、ssh やデータベース等、様々なアカウントを管理する必要が出てくる。root パスワードを忘れた時に、他の人がそれを覚えている保証は無いので保険としてぜひ導入して置いた方が良い。
何でも良いので、とりあえず汎用プログラミング向けエディタを使う事をお勧めする。Sublime Text http://www.sublimetext.com/、Eclipse http://www.eclipse.org/、Vim http://www.vim.org/、Emacs http://www.gnu.org/software/emacs/ あたり。Linux に関わるのであれば、Vim か Emacs どちらかは習得しておいた方が良いが、初期学習コストは高い。Eclipse は Java 以外の言語にも多数対応していて機能が豊富なので、最初はここから始めるのが良いかもしれない。もし Eclipse も難しいと感じたら、より普通のテキストエディタ寄りの Sublime Text から始める。
4. git
最近のオープンソースプロジェクトは github で公開されている割合が多い。そうで無くても git リポジトリの採用率はとても高いので、git のインストールは必須と言っても良い。また、個人用のリポジトリを作るのもとても簡単なので、小さいプロジェクトを始める時は最初に git init をしてしまうのが良いだろう。もちろん、svn や mercurial を使っているプロジェクトも存在するので、それらも適宜インストールする。
5. Google Account
これはツールでは無くて Web サービスだが、サイトのアクセス解析にしろ地図機能の実装にしろ、Web サイトの構築を Google 抜きで考えるのは難しい。また、開発メンバーとのコラボレーションを行う場合、Microsoft Excel をメールや DropBox でやりとりするよりも Goole Drive の Spreadsheet を使う方が便利な事も多いので、意識して Google を使うようにすると新しい発見がある。
+α.
vimはまだ一般的でなかったが、おれが最初に使ったunixはsunOS4.1だったので、viは最初から入っていた。emacsなど一連のGNUソフトウェアはどこかのftpサーバーから取ってこなければならなかったが、いいらしいよといううわさを聞いて導入した。だいたい20年前の話。
これだと、まず、GNUソフトどうこうの前に、sunOS4.1はどこで聞いてどこで手に入れたんだ?って話が。。。
むしろコンピューター自体一般的じゃないからどこでコンピューターを知ったんだ。。。って話が。。。このピューターの宣伝ってそんなしてた?一部特殊な雑誌には載ってたかもしれないけどさ。。。
10年前だとemacsはカスタマイズしまくるエディタ、vimはまだviに近い感じで軽いエディタ、
って感じだったけどな。
10年前でも既にその2つが主流だったと思うけど。
vimが出来てプラグインなんかが大量に出来てemacsみたいにカスタマイズしまくり、ってのは最近なのかもね。
管理用のプラグインとか出来たのは結構最近だと思うし、そもそも管理用に便利なGitHubとかつい最近出来たわけで。
今も昔も管理にはviしか使えない、ってのはあるわけで、その延長でvim使ってる人はいたし、
emacsの方も10年前だと大分マシ、というか普通に使えたと思うけど。
「Emacs Makes A Computer Slow」と揶揄られてたじだいじゃないのか?20年前ってwindows 95も出てない時代なわけで……
人それぞれとしか言いようが無いだろ。
出来る人はこだわろうがこだわらまいができるし、
出来ない人はこだわろうがこだわらまいが出来ない。
流石にメモ帳でグイグイ書いてく、ってのとそれなりのエディタで書くのではやはり時間が違うだろう。
Unix系のコマンド全く知らないでなんかいちいち手ですべて見て検索したり手で書き換えたりするのは
もう愚の骨頂だからそれは覚えろ、と言いたいけど。
だけど、vimでもemacsでも、ものすごい勢いでプラグインとか設定を自分ナイズしてる場合は、
そもそものデフォルトの状態と実際にかかる時間がどれだけ違うかは、上のエディタのさほどでは無いでしょう。
大概は、「慣れ」程度の話。勿論、速くはなると思うんだけど、そこまで違わないかな、と。
周辺機器の話になれば、それこそ、普通のキーボードとHHKとの差は?って言われたら、直接的な速さには殆関係ないし。
ただ、長期的な疲れ、ってなると、差は出るかもしれないけど。
ま、でも、そこまでキーボード打ちっぱなしのプログラマーってそもそも優秀なのか、って話になるわけで。
道具の違いで100倍の生産性が違う、Vimを使いこなす俺カッケーを信じてる奴は
エンジニアとしての伸び代を感じない
これは益田がEmacs使い、もしくは他のエディタ使いでvimerをディスりたいだけなんだと思うけど、
ここで言うのは例えば他でも出てる様にHHKじゃないと嫌だ、みたいな出来上がった道具に付いての話だ。
Vim使いを称しながら単にhjkl移動だけでカッケー、と思ってるならそれと同じレベルだけど、
色々自分で設定しながら生産性を高くしてこう、ってのはある意味増田が言ってる
に繋がるわけだよ。てか、vimでもemacsでも設定ファイルなんてプログラミングみたいなもんなわけで。
そこでとことん追求できる姿勢、ってのはそれはそれで意味あると思うけど。
勿論、他に仕事に必要な事を放り出してvim設定に没頭して他の人に自慢してるようなのは論外だけど、
http://anond.hatelabo.jp/20130830202223
特定を恐れずに、その経験談を書いておこうと思う。
400文字詰原稿用紙のレポートを何度も書かされた。学校までの道案内や入学式の報告といった、無味乾燥としたレポートだ。
その400文字は、先生の厳しい添削で真っ赤になるのが常だった。
まともな文章をたった400文字すら書けない。その現実の中で僕らはもがいた。
本を読んだ。
プラトンから「神々の指紋」まである推薦図書のリストがあって、半分は読んだと思う。(神々の指紋は残念ながら読んでいない)
村上春樹や吉本ばななや江國香織が好きな人が仲間内では多かった。一方で、ラノベばかり読むグループもいた。
その時期いちばん読んで良かったと思うのは、佐藤信夫の「レトリック感覚」「レトリック認識」だった。
ただ、読んで良かった、という気持ちだけが残っていて、内容は詳しく覚えていない。
50枚書くことは難しくなかった。
夏にはもう初稿が提出できて、先生にはそれなりに褒めてもらえた。
しかし、自作が何となく気に入らなくて、勝手に最初から書き直してしまった。
書き直した作品は、生徒みんなの前で罵倒された。(トラウマだ)
合計で7回は書き直したと思うけれど、何度やっても評価はされなかった。
そちらも同じように失敗した。
レポートなども合計すると、2年間で2000枚は書いたと思う。
授業では色々な人から話を聴いた。
某有名ゲームのプランニングをしていた人・女性雑誌の編集長・とある古参ハッカー・ラノベの大御所・今ではずいぶん有名になってしまった当時の新人作家……。
映画や演劇もたくさん見せてもらった。レポートの宿題が必ず付いていたけれど。
民俗学で古事記を読んだり、美術学で有名絵画から聖書のシンボルを読み解いたり、構造主義を応用して物語のプロットを組み立てる授業もあった。
教えてくれる人はみんな(出来る範囲で)熱心で、青臭い自分の言葉もちゃんと聞いてくれた。
ちなみに、小説の先生は往年の一太郎ユーザーで、ESCから始めるショートカットばかり使っていた。
キーシーケンスの組み合わせを暗記していたようで、VimやEmacsに通じるところがある。
日本語IMEについて、ATOKは使い物になるが一番良いのはWnnだ、と言っていた。その真意は定かではない。
提出ファイルにはShift-JISのプレーン・テキストを指定し、タイトルや名前の入れ方も詳しく指示していた。おそらくマクロで処理したのだろう。
ただ、提出メディアがフロッピー・ディスクだった。もう10年以上前の話で、テレホーダイの記憶が鮮やかだった頃だ。
僕が通っていた学校に限れば、環境としてそんなに悪いところだとは思わない。
当初は周囲を見回して傲慢になっていたけれど、その鼻柱は見事に折られてしまった。
客観的に言って、使おうと思えばいくらでも使える環境だったと思う。
ただ、進路が難しい。学校を出た後でどう生活を立てていくかが難しい。
卒業生の進路はそれぞれだった。
定職に就いていない人間もきっと多いだろう。
頭の良い同期は大学に転入した。
プロとして活動していると言えるのは、50人の同期の中で3〜5人だと思う。
おそらく最良の選択は、大学に転入し、標準ルートに戻ることだ。
標準ルートを知ることも大事だし、それから生活を安定させてデビューを目指せば良いと思う。
(ただし金が掛かりそうだが……)
何も知らない自分に大きなトラウマを与えてくれたのは、本当にありがたい事だ。
ただ、自我の捨て方は教えてもらえなかった。
こればかりは、学校の外で年齢を重ねてから、知るほかなかった。
某純文学系の新人賞に一度だけ送って落選した実績しかまだない。
そして、日本語よりJavaを書く時間の方が長く、それよりもD言語を書きたいと思う毎日を、無為に過ごしているのだ。
トラバでも言われてしまったけど、「学んだこと」と言いながら、学んだ技術的な内容をあまり書いていなかった。
多少参考になる部分があるかもしれないので、追記してみたい。
ストーリー構成の教科書としては、シド・フィールドが使われていたようだ。
ただ、当時はろくな翻訳が無かったらしく、教師オリジナルのテキストを使っていた。
ハリウッド流の伝統的な4分割構成が基本で、自分のアイディアをとにかくそれに落とし込み、内的整合性を保って読者に提示する技術を教えられた。
たとえば下記のような点をチェックするよう繰り返し言われた。
他にも色々と細かいテクニックについて教えられた。書くときの気構えであったり、推敲や添削の方法であったり。
今はストーリー構成の良書も多いだろうし、自分で教科書を集めて勉強できる環境も整っているかもしれない。
だから、自分で体系的な資料を集め、先生になってくれる人や切磋琢磨できる仲間を見つけ、継続的に書く環境を整えられれば、わざわざ専門学校に行く必要は無いだろう。
専門学校などという人生を浪費する施設より、週末の教室+Webでの作品発表・添削という形の方が適しているかもしれない。今の時代はきっとそうだろう。
レベルの高い卒業生の作品を見ると、内的整合性の点では下手なラノベよりしっかりしているものが多かった。
しかし、
「全体的に整合性が取れていて、ちゃんとした盛り上がりがあり、伝統的な構成に従って無駄なく構成できているか?」
という問題と、
「それが商業的に売れるか?」
というのはまったく別の問題だ。
商業的消費はたぶん非体系的な世界で、体系的技術がそれにどこまで寄与できるかは分からない。
とあるデビューした卒業生の処女作は、内的整合性など何も考えていない、次々と新しい要素がひたすら出現する怪作だった。
その一方で、しっかりした技術のある人が、なかなかデビューの糸口を見つけられないでいる。
ちゃんとした構成や一貫性よりも、変に魅力的な脇役が愛されたりするのが商業の世界だ。
特に日本において、消費者は全体よりも部分を好む傾向が強いと思う。
そして、部分で受けることを狙うのはかなり難しい。
部分を愛する文化というのはきわめてハイコンテクストな文化で、普遍的・一般的な技術が原理的に存在できない気がする。
それは様式美に満ちた世界で、日本の文化はそういった様式美の継ぎ足し・連続で出来上がっているようにも思う。
こういった事は加藤修一の「日本文学史序説」に素晴らしくまとまっていて、とても面白かったので、創作に関わる人は序章だけでも全員読んだ方が良いと思う。
マンガもゲームもアニメもラノベも全部これで説明できるし、将来的にどんなものが日本で流行するか判別する目安にもできそう。
以上を要約すると、ちくま学芸文庫から上下巻で出ている加藤修一「日本文学史序説」を3000円で思い切って買おう、それを読めば専門学校に行かなくても大丈夫、場合によってはラノベを書かないで済ませられるかもしれない、ということだ。