はてなキーワード: 後期高齢者とは
国政選挙の投票率が5割弱で自公合わせた得票率が2割弱だから残り5割の無党派層が選挙に行けば自公1強体制が崩れるかもしれない、という指摘があるじゃん?
でも俺が思うにこの【選挙に行かない無党派層】の実態ってその8割以上は漫画ウシジマくんに登場する様な生活苦の低所得者やノーモラルのマイルドヤンキーやDQNだと思うんだよな。
それで残りの2割程度の無党派層の内訳は国外在住者や知的、身体、精神障害者や認知症患者や後期高齢者等の選挙権の行使に際して一般的な人々より多少なりとも困難が生じる人々や、何かしら自分なりの考えがあって意識的に選挙権を行使しない人々だと思うわ。
それでさ、無党派層に期待してる野党支持者に聞きたいんだけど、本当に無党派層が政治参加したら自公1強体制に変化が生じると思ってるわけ?
俺の考えではこの無党派層の大半は第二次安倍内閣以降の政府の経済政策の恩恵を受けていない層が大半を占めてるとは思うんだよ。
でも彼らはそれを認識できるだけの知識も逆に自分達を利する選択肢を提供してくれる政党を判断する知識も備わっていない人達だと思うんだよな。
だから肉屋を支持する豚よろしく政治参加を促されて仕方なく投票に向かったとしても自公に投票すると思うよ俺は。
だからむしろ今の状況は野党支持者に有利な状況だとすら思うね俺は。
彼ら無党派層が政治参加しないおかげで野党支持者は「自公は有権者の2割の支持しか得ていない」っていう批判ができるわけじゃん。
インターネット老人会に本物の後期高齢者が来ちゃったよ
インターネット老人会に本物の後期高齢者が来ちゃったよ
後期高齢者は、ひょっとして「ふらついて肩があたった」のでは?
駅ホーム歩いてたらベビーカー押す女性に「チッ邪魔だろどけよ」って言われた
職場の聴覚障害者の男性に「あの人バナナマン日村に似てますよね笑」「あの顔は笑」ってチャットで陰口叩かれてた
どれも腹立ったんだけど、同時に驚いてしまった
いわゆる弱者ってのはもっと不憫で正しくて救うべき存在なんだとつい思い込んでいた。そんなわけないのにな
ハンデ負う人らへのサポートは社会福祉の役割であって、おんなじ土俵に立てるフィールドならあとはただの人間同士。俺個人が哀れみでどうこう気を使うなんて上から目線もいいところだった
この思い上がりを正しつつ、相手から避けてもらえるマッチョになるわ。結局はどれも俺が気弱そうに見えるからだろうし。次からは老若男女多数少数誰でも弾き飛ばす
この日曜日に夜中の3時頃に実家(私は東京都内、実家は大阪)で一人暮らしをしている高齢の母親が倒れました。その顛末を書いておくので、同じような状況の方々の参考になればと思います。
なお私は過去に4回うんこを漏らした増田です。2年ぶり5回目の登場にしてシリアスです。
http://anond.hatelabo.jp/20111212011721
http://anond.hatelabo.jp/20111227010115
http://anond.hatelabo.jp/20140309231305
https://anond.hatelabo.jp/20160825223839
タイトルにうんこ漏らしを入れたのは、みんな大好きうんこの話題なら読んでくれるかと思いまして。
ここ2年間は漏糞増田からは漏れていました。申し訳ございません。
そんな状況で増田というのも不謹慎という声があるかもしれませんがひとり実家にいるだけでは不安もあり、今私自身が置かれている状況の整理と、今後のことについて皆様からのアドバイスも頂きたく、昨日の今日のことですが増田に書かせていただきます。
まず、前提状況からお話しますと母は膠原病(こうげんびょう)を3年ほど前から患っており、日頃からプレドニン(ステロイド系抗炎症薬)を服用しています。それの副作用で血管がもろくなると言われているのでそれも一因かもしれません。リウマチを患っている方は注意したほうがいいかもしれません。
ステロイド 大動脈解離 や血管系で検索するといくつか事例が出てきます。
普段大阪の気の強いおばちゃんを地で行く母は、膠原病を患っているためこちらとしても不安なので体力のあるうちに、当方での同居や付近の引っ越しなどを提案していたのですが、流石に後期高齢者に近い身としては
「そんなとこ行っても知り合いもおらんしあんたも毎日来てくれるわけちゃうねんからええわ!」と、環境を変えるのもストレスになるのでと、拒み続けていました。
第一声がかすれた声で
普段とは異なる様子。死にそうだけではこちらもわからないので意識があるうちに状況を確認する。
私「どないしたんや?どこが痛いんや!?」
ピーンと来たのはヒートショック。この土日は急に冷え込んだことと血圧が普段から高い母はそのくせ46度設定の熱めの湯に浸かることを好んでいた。
このまま意識を失われては困る!
私「ええか!頑張って玄関のドアの鍵をあけにいき!そこで倒れてもいいからとにかく玄関の鍵をあけえ!」
救急は施錠されている場合は他の手段で入ってくるが、実家は分譲マンション。鍵を持っている人間も周囲にいない環境で、この状態でのタイムロスがあると命に関わると判断。
とにかく玄関の鍵を開けさせつつ、呼びかけながら妻の携帯を拝借し119番。
119につながったものの、東京からかけると都内の消防につながるため、母の状況を的確に伝える。
この的確というのはシンプルに
・実家は○○のため、そこの救急につないでほしいもしくは至急番号を確認してほしい。
・実家で一人暮らしをしている母がおそらくヒートショックで倒れた。
・背中がいたいと言っているので血管もしくは心臓に何らか急変が起きたと考えられる。
そうして実家の所在地の救急の電話番号を伺い、そちらに電話。その間に母のうめき声とともにおそらく嘔吐したような声とともにケータイが床に落ちるようなガコッっという音が。
なんとか携帯を拾ったらしいが声にならないよう。
頼む、持ってくれ!
救急につながった際には上記の情報と母の住所と名前と年齢と電話番号、かかりつけの総合病院名、こちらの名前、こちらの電話番号を伝え、玄関の鍵もおそらく開いていることを伝える。その電話の間(おそらく1分たっていない)にすでに救急車は出発したとのこと。速い。
しかしながらもう一方の電話の母からは声が聞こえなくなってきた。これはまずい。呼びかけても反応しない。
ここで、私は申し訳ないと思ったが寝ている息子5歳を叩き起こして、「おばあちゃんがんばれ!ってとにかく言え!」と言わせる。
寝ぼけていやいやながらも息子は「おばあちゃん、がんばえぇ~」と電話に向かって話すと電話の先からはよそいきのときの高い声で「ありがとぉ・・おばあちゃんがんばるでぇ・・・」と反応が。さすが孫のパワー!愛こそ力。力こそ愛。力こそパワー。
しかしながら数回お呼びかけたところで電話が切れてしまう。なぜかはわからないがおそらく母が間違えて切ったか電波が切れてしまったのかもしれない。かけ直しても今度は出ない。
不安が駆け巡るが仕方ない。その時点で電話がかかってきてから5分程度。
とにかく救急車が来ることを祈りつつ、こちらも実家に行く準備を至急行う。気が動転していたのか、車で行こうと準備をし、出発してガソリンを入れに行こうとしたところで、
「いやまてよ、もう3時回ってるし始発の新幹線で行くほうが早くつくぞ」といったん冷静さを取り戻す。
しかしながらバイタルが低く、意識がほぼないとのこと。あかんやつやん!
ただ、状況を聞いてもこちらもどうしようもない。ただただ不安が広がるが、ここで焦っても何もできないのでとにかく病院に搬送され何らかの処置が行われることを祈るのみ。
始発の時間で大阪に向かおうというところで今度は病院から電話が。CTを撮ったところ大動脈解離との判断。このままでは朝までもたないので緊急手術が必要だが親族の確認をこの電話としてよいか。
もちろん大承諾。
そして搬送されたかかりつけの総合病院にむかう。4時間半ほどで到着。手術は人工血管への置き換えで予定では6時間ほどとのことなのでまだまだかかる。
日曜日なので病院はもちろん閉院しているからか静かな状況でICUの前でまんじりともせず待つ。
手術が終わり対面。医師からはシャワーのホースより大動脈の一部を見せられ、剥離した箇所を示される。想像より太い。勝手に長いボールペンくらいの血管を置き換えるもんだと思っていたが、示されたそれは塩ビパイプをつなぐジョイントのような短く太い管だった。そしてうちがが非常になめらかになっているのが印象的。
剥がれた部分と言われる箇所は見ても剥がれてるかどうかもわからないサイズだがひとまず対応はした。麻酔が覚めるまではまだ状況は油断できない。また脳にも影響がある可能性がある。とのこと。
ICUには長い時間はいられないので、いったんはその場を離れ実家にもどったものの、夜にまた医師から電話があり、別の場所からも出血をしているというので再度の緊急手術が必要とのこと。ううむ、きつい。膠原病で弱っているからだが耐えられるのだろうか。と。
なんかあればまた電話します。無事に進めば連絡はしません、といわれたのだが、そういうのホントやめてほしい。とりあえず連絡くれよ、と。
手術自体は成功したが今度は全身に痙攣が起きた。落ち着いたが脳にダメージがあるかもしれないので再度CTを明日以降の何処かで撮って検査するとのこと。
そして今に至ります。CTの結果は医師が面会に伺った際に他の手術で不在だったためまだ聞けていない。
明日行くときに確認できるだろうけれど、脳に障害が起きていたらどうしようか。膠原病持ちとして、今後母を一人暮らしさせておけないとするとどうするか。などかなり考えることがあり、事例を探しながらも相談する相手もいないためこの増田に記しました。
また状況に進展があればまとめを記したいと思いますが、今回わかったことは以下。
・119に電話をしても近郊の消防につながるため、最初に遠地の対応である旨を伝える
・ヒートショック怖い
・ステロイド系の薬の副作用はいろいろあるが、動脈硬化などもるので要注意
母が良くなりますように。
https://anond.hatelabo.jp/20180731150705
これはさすがに無えんじゃねーかなと、じゃあどうなるんだろかなーと想像してたら、ああスラムってこうやってできるのかなと思ったので。
家賃払えるほど年金が潤沢にもらえる老人には、おそらく持家がある。
逆に、近い将来老人になる賃貸ユーザーは年金受給額も小さい可能性が高い。今の老人たちは土地神話があった時代を生きてきた人たちなので家を持つこと=資産形成とシンプルに考えていた。そのため中産階級でも持家率が高かったわけだが、そういう空気の中で逆にずっと賃貸で暮らしている老人は低所得世帯が多いだろう。
たぶんあと数年で経済移民が解禁されると、比較的居住コストが安い都市近郊でも需要が一定のレベルで回復するだろう、すでに首都圏近郊には「リトル○○」みたいな町ができている。西川口のチャイナタウン、西葛西のリトルインディアなど。そうすると郊外であっても年金暮らしでも借りつづけられるほど家賃が落ちない可能性も出てくる。都心部は可処分所得の高い世帯やハイクラスの経済移民の街になるから新陳代謝(建て替えや再開発)が進んで、どんどん「家賃の安いのが取り柄の取り残されたみたいなアパート」的なものも減っていく。
あと10年足らずで団塊の世代が後期高齢者になり、中産階級がいなくなり、労働移民が解禁されると、個人の収入の差も、家計収支の差も、ますます広がるだろう。そういう貧富の差が住む場所を選別していく。
労働条件が悪い(今の政権の方針で行くなら確実にそうなるだろう)経済移民と老人が住む町。それを楽しそうだと思うのも当然アリで、個人的にはちょっと楽しそうだなと思うが、自分が老人になったときにそれを楽しむ精神的物理的体力があるかというとちょっと考えてしまう感じもあるね。
高齢者の運転する自動車が歩行中の子どもに突っ込む死傷事故ってたまにあるけどさ、この手のニュースが報じられると、
「老い先の短い人間が未来ある命を奪った」ってコメントがつくよな。
だが被害者と加害者がいました、加害者にはこういう理由があった、それだけ見れば良くないか?
なんで事故と直接関係のない年齢を持ち出して、どっちが何歳だなんて比べる必要があるんだ?
もしかして平均寿命といちいち比べて重要な命とかどうでもいい人間とか判定してるってことか。
何歳だろうがどんな属性だろうが命の価値は平等ってことで駄目か?
よし、じゃあ仮に平均寿命と比べて残りの寿命が多いか少ないかで価値を決めるとしよう。
それじゃあ子どもが無免許運転して別の子どもが死にました、じゃあ今回は同じぐらいの価値だからしょうがないねってなるのか?
今回は価値の高い人間が価値の低い人間を轢いちゃいました、ありゃりゃでもまだマシだったねって済ませてしまおう。
ほら、、、やっぱりどことなく座りの悪さを感じるだろ。
当事者の年齢を交通事故みたいな文脈で持ってくるのが不適切なんだよ。
ついでに言うが、そもそも平均寿命みたいなあてにならない指標を持ち出すこともおかしいんだよ。