はてなキーワード: フォーマルとは
元の増田はアメリカ在住のようだが、同じアメリカ在住者として違和感がある。
シリコンバレーのソフトウェア会社で働いていて、世界中で講演しているが、大体みんなラフな格好で仕事に来るので、オフィスで働くハイヒールの女性なんて見た記憶がない。「仕事中にスーツにスニーカーの女性なんておらんよ」というのは同意だが、それは「スーツで仕事している女性なんておらん」からである。個人的な知見の範囲では、ニューヨークやヨーロッパの人は比較的フォーマルな格好で仕事に出るようだけど、東京に行く度に東京も同じ水準だと感じる。
要するに、自分の見知った範囲内で、しかも高々アメリカの二つの地域を挙げて、「世界的な傾向」なんていう大上段な話はしない方がよいですよ、というだけの話である。
そういうところもなくしていこうってことでしょ。
そのファッションコードをなくそうってことが今の運動なのだろう。
そのことになんの問題が?
あと、ビジネスのフォーマルについて、楽にしたいというのが本質だと思う。
ハイヒールの強要に関して問題があるとするなら、男も革靴をやめようとか、そもそもスーツをビジネスのフォーマルコードにすることをやめようという話を同率しないとだめだろう。
女とか男とか言い出すことが意味がない。
近年クールビズが普及し、夏場はネクタイ不要とする会社が増えている。当然だ。首を締め付けるネクタイは苦痛な上、着けると会社の業績が上がるわけでもない。
それと全く同じことがパンプスにも言える。KuTooは、「不要な苦痛を強制するのはやめよう」というだけの話なのだ。
言いたいことは以上だ。ここから先は補足なので、納得いかない人だけ読んでもらえればいい。
・そもそもKuTooとは
女性がパンプスを履くことを強制する職場がある。その強制をやめようという動き。
甲が開いたデザイン→脱げないよう、硬い素材で足に密着
よって、つま先に体重が集中して痛み、爪が隣の指に刺さって流血し、こすれたかかとの皮がベロリと剥ける。我慢して履き続けると外反母趾や腰痛といった一生モノの健康被害につながる。
「足が長く美しく見えるので、フォーマルな場ではパンプスがマナー」と言われているが、これがおかしい。ヒールのない靴を履いて仕事をこなす男性を見ればわかる通り、仕事に足の美しさは全く関係ない。
パンプスが「社会通念に照らして業務上必要」な職業は、恐らく女王様だけだ。
しかし、スーツや制服を着るフォーマルな職場で「女性はパンプス」の服装規定はザラだ。明文化されずとも実質義務付けられている、というケースもある。
「フォーマルな場ではパンプスがマナー」の社会通念を変えなければならないから。社会全体が変わらない限り就活生は傷だらけの足でパンプスを履くし、フラット靴で冠婚葬祭に出席した女性は白い目で見られる。もはや職場への個別的対応では足りない。
そうだと思う。しかし「男だって苦しいから女も我慢しろ」は理に適わない。詳しくはこちら→https://anond.hatelabo.jp/20190604212423
・合うパンプスを買えばいい
前述した通り、パンプスは構造自体に無理がある。辛うじて我慢して履ける質のいいものは値段も高くなりがちで、私の場合3万円〜。そもそも履くメリットがないものにこんな無理を強いるべきではない。
もちろんパンプスに苦痛を感じない女性、痛くてもパンプスを履きたい女性もいる。しかし、KuTooはそんな女性を否定していない。履きたい靴を選ぶ自由を全ての人に、という話だ。(業務上適切な範囲で)
パンプス強制のバイトをしていて、これから就活でもパンプスを履きまくらなければならない身として、KuToo批判に腹が立って書いてみた。
まともに日本語を理解できる人ならば、これを読んでKuTooに反対する気が失せただろう。パンプスに限らず、不要な苦痛を仕事で強制するのは馬鹿げている。この記事でワガママだ、我慢しろ、の声がひとつでも減ってくれたら嬉しい。
【追記】06/06 22:07
https://anond.hatelabo.jp/20190606174655がホッテントリに上がっていたので読んだ。おっしゃる通りパンプスは縦幅だけでなく横幅(ワイズ)も重要で、ワイズを知ることで楽になる人も多いだろう。
パンプスに苦しむ私はもちろん計測済みだが、特殊なサイズだったため履けるパンプスが今だに見つからない。オーダーメイドを考えているが、どうして仕事のためにこんな苦労をしなくてはいけないのだろう。
いやー、引用されてるマシーナリーとも子の記事については、法則分かりやすいでしょ。
要は、客観的な情報になればなるほどフォーマルに、主観的なパッションが乗れば乗るほどカジュアルになる。
「文体が混ざる」という表面的な部分にだけ注目するのではなく、「フォーマルさ」「カジュアルさ」のグラデーションの発現として常体敬体を捉えるべき。
それに私が始めた1年前と違って、現在はバーチャルYouTuber的なライブ配信を可能なスマホアプリも数多くリリースされています。
中でも「REALITY」や「Mirrativ」、「カスタムキャスト」などが人気ですな。これらは既に用意されたアバターをカスタマイズできるし、アプリから直接配信もできるので、絵が描けない人でも、普段スマホしか使ってないPC操作が苦手な人でもバーチャルYouTuberになれちゃう。
ここらへん分かりやすい。
客観情報から、徐々に主観が入って敬体常体の合いの子の「ですな」を経由し、最後には完全に自分のパッションを伝える文章になる。
例えば、3DCGの姿でダンスを踊ってる動画を配信したいんならVR用のトラッカー(さまざまな物体に取り付けることで、VR内でそれらの位置を割り出し、現実の動きとVR内での動きを同期させる端末)を用意しなければならない。費用は60,000~数十万円かかるのでピンキリっすね!
これも同じ法則。
配信にまつわる自分自身の苦労を頭に置いた文章は常体だけど、客観的な入手手段の情報になると敬体に移り変わる。ただ「ピンキリ」と主観がちょっと混じるので「っすね!」で微妙なカジュアル感を加えてる。
敬体常体の使い分けについては、「小学校学習指導要領」にも言及があるようだ。
オリジナルへのリンクが切れてたので孫引きになるが、「ですます調・だである調、敬体と常体の使い分けと正しいルール」にはこうある。
(ア)丁寧な言葉と普通の言葉との違いに気を付けて話し,また,敬体で書かれた文章に慣れること。
「丁寧な言葉と普通の言葉との違い」については、日常の場面に応じて使っている話し言葉を中心にして気付き、先生や家の人、さまざまな学習の場面で出会う人などに対して、具体的な場面で丁寧な言葉遣いで話すことができるように指導することが大切である。「敬体で書かれた文章」については、まず、入学して初めて出会う教科書の敬体の文章に読み慣れるようにし、漸次、自分でも使い慣れるように指導していくようにする。
しかしこういうパッション交じりの記事の場合、その読者は「お客様」であると同時に、「オタク仲間」でもある。
お客様には敬体で語りかけるべきですが、オタク仲間には常体で語りたいよね。
その結果が、こういう文体の使い分けに現れているんじゃないかな。
Webという不特定多数の目を想定した場での文書においては、こういった敬体常体の混ざった文体は合理的で自然なものなのです。
引っかかるか、残念だったな。慣れろ。
たとえば子供の頃。
「ソフト麺」というのも多くの人の郷愁をそそるものらしい(私の地元にはなかったが)。
あるいは弁当に入っている小分けのスパゲッティに喜んだこともあったはずだ。
主役としても脇役としても存在感を発揮するニクい存在、それがスパゲッティなのだ。
イチから作ってもお手軽だ。
弁当や丼よりも、融通の利くスパゲッティをこそ愛する者は多いのではないか。
ジョリーパスタ、洋麺屋五右衛門、鎌倉パスタ、壁の穴、ポポラマーマ、ピエトロ、マンマパスタ…
サイゼリヤやカプリチョーザのようなイタリアン・ファミレスも忘れちゃいけない。
違いはよくわからないけど、
カジュアルにもフォーマルにも愛されているのがスパゲッティだ。
スパゲッティはそのすべてのシーンに寄り添っている。
牛丼は確かに身近な存在だが、「牛丼を食べた」というとそれは「吉野家か松屋かすき家に行った」とほぼ同義だ。
おにぎりを食べる機会は多いかも知れないが、それもコンビニおにぎりか、昼の手作り弁当が大半ではないか。
寿司は、外食と中食で強みを見せるが、「家庭の味」にはなかなかならない。
ご家庭で食べられる袋麺、
おなじみのカップ麺まで。
それでも単なる「庶民の味」を超えて、日本に広がりを見せていると言える。
インネパ店の本格カレー、
http://b.hatena.ne.jp/entry/4668800443334601858/comment/toksato