はてなキーワード: 血液型性格判断とは
学生の卒論とか読んだことないので、卒論の添削やってる先生がいることに驚く。学生が何やったのかは知ってるし、それをどういう言葉で書こうと彼らの自由。私はそこまで興味はありません。
卒論はしばしば100ページくらい書かれていたりするが、そのほとんどはどうでもいい無駄な記述。数ページで書ける内容が無駄な情報で水増しされている。論文というのは短ければ短いほどいい。5、6ページも書けば十分だろう。
学生は卒論を書くことにより未知の世界に立ち向かっているが、我々には彼らが研究を始めた時点で、それがどれくらい価値のあるものなのか、最終的にどこまでできるのか、何もかもすべてわかっている。答えを教えてしまうのは簡単だが、それでは勉強にならないので黙っているだけ。笑
学生の卒論や修論の発表会で、こんなの3日もあればできるだろう?というのがある。学生に考えさせるためにわざと回り道させたんだろうかというとそうではなく、実はたいてい学生がさぼっていたというケース。
吉村教授は博士論文を3日で書く天才らしいけど、俺は出来の悪い学生でのたうち回って修士論文を書いて、博士には行かずに就職した。卒論、修論の面倒を見てくれた指導教官には感謝している。こんな風に「興味ない」で済まされなくてよかった。論文を書いているときは心細くて、不安で、修了を逃したら内定も取り消しだし、大げさだけどそのときは人生を賭けて泣きながら取り組んだ。もしこんなDQN指導教官にあたったら大学院中退になって、内定も取り消しで職歴なしニートになっていたかも知れない。
この教授とは面識がない。だからこのTogetterのまとめがどういう意図でできているかわからない。博論を3日で書ける天才なのか、単なるビッグマウス野郎なのか、ネット弁慶なのか知らない。それで少しぐぐってみたら
と日常的にTwitterで乱闘している痛い人なのはわかった。
なぜ質問状を送ったか
返事が来たら増田でまた書く。
でも、結構多くの人が「バカチョンカメラ」のチョンは朝鮮人だとする話を知っているし、信じている。
はあ。また差別者のご登場だ。その理屈を他のものでやってみよう。
でも、結構多くの人がホメオパシーは効くとする話を知っているし、信じている。
でも、結構多くの人が血液型は性格に関係するという話を知っているし、信じている。
その状況では、「血液型性格判断」は成立するように思う。
でも、結構多くの人が女は仕事に向かないとする話を知っているし、信じている。
その状況では、「女をまともに雇用すべきでない」は成立するように思う。
でも、結構多くの人が朝鮮人がたやすく犯罪を行なうとする話を知っているし、信じている。
その状況では、「朝鮮人を信用するな」は成立するように思う。
これらが全て寝言になってしまうのは、1行目が論理的におかしいのに、間違ったそれが広まってしまっていることをもって、事実上成立するんだ、と強弁するからだ。
こんなものに対しては、
と言うしかない。どんな理屈も知ったことが、被害があるのなら論理もへったくれもない、というのならそれはそれでいい。
それは一つは性格判断が自分のプライドの敏感な部分に触れると感じる人が意外と多いからじゃないかなあ。
つまり差別vs.反差別、ニセ科学vs.ニセ科学批判ではなくて、性格判断vs.反性格判断の対立が血液型性格判断を境にして現れてる。代理戦争みたいな感じで。
NATROMです。「この人たち」の中に私は含まれていますか?というのも、今回のエントリーは、「血液型性格判断はニセ科学である」という主張と「血液型性格診断は差別につながる(こともある)」という主張が異なることを、かなり意識して書いたのですが。だからこそ、最初に癌に罹りやすい遺伝子の話をしたのです。疾患感受性遺伝子の話はニセ科学でもなんでもありませんよね。また、「よしんば血液型と性格に関連があったとしても、血液型について安易な言及はなされるべきではない」とも書きました。血液型性格判断がニセ科学でなかったとしても、安易に血液型の話がされるのは望ましくないと考えています。どのように書けばよかったとお考えでしょうか?
これは「支持者が過半数に達すれば自動的に可決されます」なんて話じゃないことは分かってるよね?
もっと簡単に言えば「多くの人が『これは問題だ』と叫べば君の耳に届く、叫ぶ人が少なければ君の耳には届かない」という話なんだよ。
もしも、「血液型性格判断は問題だ」という声が広まっているならば、
血液型性格判断の話をすれば相手に不愉快に思われるかもしれないし、
「そういう無神経なことを言っちゃう人なんだ」と思われるかもしれないけど、
血液型性格判断を問題視している人が“一定数に達していない”、そもそも血液型性格判断には問題がない、
と思うなら、どんどん血液型の話を続ければいいと思うよ。
「両方の可能性がある」ことと「どちらも同じくらい可能性がある」を混同しちゃだめだよ。
万に一つのような可能性を取り上げて相手の性格を決め付けるんだから、そりゃあ怒られるさ。
他人の人格を否定しておいて、「あなたは信じなくてもいいよ、私が信じてるだけだから」で済むと思う?
うん、だから姓名判断でも怒るだろ、つってんだけど。
・判断するにはスキルが必要
・デリケートではない
・判断するには手間が必要
・占い
・判断するのが簡単
・疑似科学っぽい
こういう分類ね。
で、元増田のTwitterの人は、血液型性格判断がすぐ話題に上るようなものだから「話題になっただけで怒る」のだろう、たぶん。
もし姓名判断が気軽に話題に上るようなものになったら、いま血液型性格判断に怒っている人たちは、姓名判断にも警告を発するだろうさ。
ネトウヨと呼ばれる人たちの主張には「日本が外国人に乗っ取られる!」とか「大切な日本が壊される!」といった将来に対するぼんやりとしたデメリットを説くものが多いように見える。
しかし、そのような主張は一般人からすれば「で?」で終わってしまう。
例えば、血液型性格判断も、科学者が「関連性のある証拠は出ていない」と主張しているにも関わらず、未だに一般に流布している。
これは一般人にとって、血液型性格診断を肯定することによって生じる「科学的に不正確な主張をする」という薄いデメリットより、血液型性格診断を否定することによって生じる「場の雰囲気を壊す」という大きなデメリットが重要であるために、血液型性格判断は肯定されているのだ。
これにならってネトウヨと呼ばれる人たちも、もっと一般人の身近な例にまで落としこんで、主張を行えばよい。
「派遣やパートの皆さん!○○人が日本に大量にやってくるとあなたはクビですよ!○○人は時給500円でも喜んで働きますよ!○○人とあなた、雇い主はどちらを雇うと思いますか?」
「お年寄りの皆さん!○○人が日本に増えると、みなさんに支給される年金や医療費の補助が減額されますよ!外国人である○○人に補助が出されるからですよ。その財源はどこから出るか考えたことはありますか?」
「サラリーマンの皆さん!○○人が多く働くようになったら、○○語も話せるようにならないと、業務ができなくなりますよ!英語でさえ大変なのに、○○語まで学ばなければいけなくなりますよ!」etc...
上の例には即興で作ったものなので、バカバカしいものばかりである。
しかしもっと時間をかけて、一般人にうける主張を作れば効果は高いだろう。
「なんとなく外国人参政権反対」と「なんとなく外国人参政権賛成」では、デメリットが明確でないために、雰囲気に流されて、後者が選ばれるだろうが、「なんとなく外国人参政権反対」と「自分が失業するリスクを冒してでも外国人参政権賛成」では前者が選ばれるだろう。
本当に頭が悪くて迷惑なのは単なるリテラシーを「頭のよさ」と勘違いしてしまう人かなと思う(元増田エントリのブコメに変なのが湧いてるような気がする)。
文脈は無視するが手元の辞書によると literacy とは ability to read and write のことでそれ以上でも以下でもない。
「科学リテラシー」は科学的な文章なり議論なり論理なりをまともに「読み書き」する技術でしかない。だからこそ早い段階の教育に意義があって、自覚がなくともある程度読み書きできるようになれば「まともでない」ものもある程度判別できるようになる。それが知性のレベルを上げる土台になることは確かだが、内容空疎な美文を弄する輩がままいるように、リテラシーはやはり読み書きを遂行する能力に過ぎない。
逆に「科学リテラシー」の高さをもって「頭のよさ」を自負する者は例えば宗教を話題にまともな議論をする「頭のよさ」があるのか。かのアインシュタインもスピノザの神は認めるといったそうだが、理系でも自然観と理神論をめぐる議論くらいは茶飲み話に出てくることもある。その手の議論では、知らず知らずに身に付いたリテラシーや論文を量産するだけのハードなサイエンスの論理や知識だけでは内容のある対話にはならない。要は他者(この言い方は嫌いだが)とか歴史とか(異)文化に対する自分のありようが問題になるわけで、逆にいえば「科学」というものを十分に理解しているか、という問題にもなる。
あくまで個人的な問題として勝手を書かせてもらえば、疑似科学批判の問題は批判者がどれだけ自己を相対化する能力がある(フリをできる)か、というところに説得性の鍵があるような気がする。オカルトを見つけて騒いでいる人々はどうも頭が悪く見えてしかたがない。それはいわゆる「正しさ」に凝集して安堵することとも関係なくて、「センセイ、黒板の式が違ってます!」と声を張り上げて悦にいる「出来のよい子供」のようなものだ。それは間違ってはいないし、「社会」に有益な正しい行いであることは言を俟たない。皆は感謝して彼は尊敬されるだろう。しかし愚かな教師は間違いを繰り返す。そうした指摘は教師にとってまったく恐るるに足らない子供との交流に過ぎないからだ(関係ないが、恐ろしい子供が声を上げるのは得てして国語の時間だ。算数のできない教師はいないが、文章が「読めない」教師は昔から案外多い)。そうした交流(人はそれを戯れとも呼ぶわけだが)にはそれほど読むべき空気もないような気もするが、どうだろう。
そこに空気があるときについていえば、その空気を読まないことは発言権を得るためのひとつの出発点に過ぎないということは自覚しておくべきだ。おそらく同席者が「白ける」のは、発言権を得た人間がまともな芸を披瀝することなく不発に終わるからではないか。技術的にいえば、まずは巧みに美しくこなさねばならない。「イタさ」は内容ではなく技術の問題だ。迷惑な存在は場を白けさせる。批判すべき相手は完膚無きまでに叩きのめすべきだが、公衆の面前での議論というのはひとつの劇であって芸でもある。
つまり説得すべき相手は常に第三者と心得るべきだが、注意すべきなのは初めから第三者に向いて語るというのは病的な転倒と自覚すべきだということだ。「はてブ」界隈の腐臭はその辺に関係があるのではないかという気がする。大槻義彦は確かに「クール」でも「クレバー」でもないが、愚直に相手に対峙する健全さ(のフリ)はあった。あのヒドい議論がショーとして放送に耐えたのはなぜなのかを考えてみてもよいかも知れない。
とりあえず血液型性格判断の話題が出たら、それに自分なりの見解を示しつつ、なおかつ盛り上がっている者たちの玩具を取り上げない方法、あるいはそれに代わる新しいおもちゃを提供する用意が自分にはあるのか、とひと呼吸考えてみるというのはいかがだろうか。それがなぜそんなにいい玩具になっているのか、という話題にスムースに移行できれば大成功だが、とりあえずはその話題について思考しようとしている、ということくらいは伝わる程度の演技が必要だ。そういう時に横にいる人と目で困惑を共有できるとストレスも溜まらず演出性も高いのだが、残念ながらそういう困難な場におかれたことがないのでこれ以上はよくわからない。言うまでもないが、少なくともそういった会話の場での演出だとか、話題の移行とか、それに伴う発話者の責務だとか、そういうのはいわば「会話のリテラシー」であって、「科学リテラシー」とも「頭のよさ」ともまったく関係ない。
以上、外野から。
女の人をだましにかかってる面もあるんじゃないの、疑似科学の側が。
血液型性格判断は男もやるから別だけど、水伝を有名にしたのは女性に人気だった女のアイドル歌手、ホメオパシーは子供の健康が絡むから、女性がターゲットになりやすい。女を捕まえると、男はあとから付いてくるからね。
ブログでホメオパシーについて書くのが女性に多いから、女性が多いような気がするんじゃないかなぁ。
あと無添加自然派志向からホメオパシーの方へ行ってしまう人もいるしなぁ。無添加自然派志向は化粧品とか洗濯ものとか食品とかそのあたりでは結構普通に見かけるし、有機野菜があたかもよいもののように喧伝されてるからみんな敷居が低いんだけど(程度にはよるけど毒ではないし)、そこから先鋭化するとホメオパシー教徒になる感じ。だからはてブで見えてくるのはだいたい女性なんだろう。ただホメオパシー協会自体には男性もいる。
血液型に関しては男でも結構話題にするし、ネットで見てても男性が血液型性格判断の話をしていたりすることはよくあるよね。はてぶで炎上するエントリも男性のものである場合もあるし。だいたい医者でまじめに研究しちゃってる人もいるしなぁ。
例えば本当に効果があるとされる何か(ピップエレキバンって効果あるんだっけ?)とかにまで
影響が及ぶから,と考えられないでしょうか.
科学的根拠のないままゲルマニウムブレスレットが世間に広まり,
それを付けた人は「ああ,こういうのは効かない」と思ってしまえば
その人がエレキバンなりを買うことがなくなってしまいかねません.
このように護符が科学的根拠もなく販売していても,別に誰も困りませんが
ゲルマニウムブレスレットが世間一般に「効果がない」と認識されると
彼らが主張していた科学全般が否定的な眼差しで見られる可能性があります.
カルトが護符を販売しても問題はありませんが(たとえそれが1万だろうが100万だろうが),
壺を売りつける行為をされると,
本当に価値のある壺を作っている(または持っている)人に不利益が生じるはずです.
マイナスイオンにしても,いい加減な科学的根拠で商品を発売されてしまうと
他のちゃんとした科学的製品に影響が出る恐れがあるんじゃないでしょうか.
先天的に血液型と性格との間に相関があるとしてもごくわずかだということは、統計的にはすでに言えている。そして相関があるとしても予言の自己実現とかで後天的に血液型と性格との間に相関が発生するほうが支配的ということが問題。
つまり先天的に血液型と性格との間に相関があるかどうかはすでにどうでもいい。後天的に性格を決め付けられることで本来あるべき性格とは違う性格を刷り込まれてしまうことになることが問題であり、本来の性格を反映しない強すぎるバイアスをかけて人を判断してしまうことが問題なのだな。
結論としては統計的に相関がないか、少なくとも弱いことがわかっている血液型と性格の先天的な相関性を言うのはよくない。これは「統計的に弱いながらも確実に先天的な相関がある」「科学的・医学的に先天的な弱い相関がある」ことがわかったとしても相変わらずよくない。
全然違う。
古くから諺で、「病は気から」というのがあるわけだけども、たとえば偽薬(プラシーボ)には、痛み止め、喘息、鬱、関節炎、麻酔薬、心不全、アレルギーなど、統計学的に有意な効果があることが知られています。
ホメオパシーが効かない、っていうのはそういう意味で、極めて偽科学的発言であるわけ。ホメオパシーに全く効果がない、と言い切ってしまうのは、もうトンデモもいいところ。
論点が違う。
そもそも「薬が効く」とは、プラセボ効果以上の効果があるのを意味する。ある効果を確かめたい薬があるとして、その対照としてプラセボ群をおき、プラセボ群よりも高い効果が認められて(※)はじめて、「薬として効く」と言える。創薬のプロセスは非常に複雑で、臨床試験にも工夫が凝らされている。そこを無視すべきではない。
※「統計学的に有意」と単純に言っているが、そもそも統計的に有意であるか否かだけでは評価は出来ない。検出力を考慮し、例数設計を行い、実質科学的な差異が認められると言える場合に、「効く」と判断される。
そもそも、ホメオパシーは、「効かない」ことが科学的に確かめられているものである。当然この場合、プラセボより顕著な効果が認められない、という意味である。菊池氏も、「プラセボ以上の効果はない」と言っている。さらに、プラセボによって有害反応が惹き起こされる可能性についても熟慮が必要であろう。
仮に、ホメオパシーを薦められる場面があるとすれば、それは、プラセボで大きな効果が期待出来る、あるいは、プラセボを与えても大した害がない場合、である。そしてその場面は、極めて限られている(それをどこまで許容するかは、論者によって意見が分かれるだろう)。
しかし、ことはインフルエンザという感染症の対策であって、それはプラセボなどで改善されるものではない。加えて、ホメオパシーは予防接種などを忌避する。それは、無意図的かつ積極的に感染拡大を進める危険性が大きい。公衆衛生上大問題である。
血液型占いを真面目腐った顔で批判し始める、ちょっとコミュ力に欠けた「理系メガネ君」って、傍から見てると痛々しいからね。酒の席でのどうでもいい話に過ぎないし、血液型でこうあるべき、っていう「社会に対するアナウンス効果」(たとえば、B型はおおざっぱな人が多い、と繰り返し言われると、実際におおざっぱになるように行動してしまうこと)は学問的な土台の上で議論されてるからね。
血液型性格判断についての議論で、予言の自己成就やステレオタイプなどの社会心理学的効果が考慮されていない、と思ったら大間違いである。
「エビデンスがない=偽科学」ではない。現在科学として認められているもの以外を偽科学としている、と思っているとすれば、それは素朴な認識。
日本ホメオパシー医学協会はすでに、「新型インフルエンザ(豚インフル)への対応について」というアナウンスを出している。
http://www.jphma.org/topics/topics_70.html
ここでは、インフルエンザに関してホメオパシーが有効であるかのような記述があり、
また、感染について不安のある方は、症状にあわせて対処できるホメオパシーのレメディーなどもございますので、最低限の家庭用のホメオパシーキットなどは常備して頂き、症状にあわせて対処して頂くことや、ホメオパシーの専門家である同種療法士・ホメオパスの健康相談を受けながら対処いただくことをお勧めします。
しかも、予防接種否定の記述まである。では、ホメオパシーに感染症に有効と言えるだけのエビデンスがあるのか、そういう話になる。換言すれば、「プラセボはインフルエンザに効くのか」ということだ。ないにもかかわらず効果を謳っているのだとすれば、それが問題であるのは論を俟たない。「医学協会」と冠しているのだから尚更である。
参考
ホメオパシーFAQ - Skepticism is beautiful
http://d.hatena.ne.jp/lets_skeptic/20070501/p1
http://sp-file.qee.jp/cgi-bin/wiki/wiki.cgi?page=%A5%DB%A5%E1%A5%AA%A5%D1%A5%B7%A1%BC
http://www.page.sannet.ne.jp/onai/Healthinfo/Pracebo.html
プラセボとは
http://medical.radionikkei.jp/suzuken/final/021024html/index.html