はてなキーワード: 折檻とは
http://d.hatena.ne.jp/kutabirehateko/20100321/Heart#c
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禰宜 2010/03/23 00:37
キュウリはお好きですか?
自分はキュウリが昔から嫌いで、いまだに食べられないのですが、
キュウリがおいしいとおっしゃる方と話をしたところで、
私がキュウリに抱く感情を理解していただけるとは思っていません。
なので、キュウリを食べないことを主張する場合は、その成分含有率の90%以上が水分であり、世界でもっとも栄養の無い、嗜好的価値しか持たない食品の最たるものである故、と答えるようにしています。
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何だか、このあとに (キリッ とか付きそうで笑った。
しかし……キュウリの青臭さがキライという人はいたが、組成を理由に挙げる人は初めてみたね。でもこれ、後付けの理由だろう。
そうでないと言うのなら、キュウリのような食材が全て嫌いでなければ筋が通らない。
それに、キュウリに近い水分含有率を持つ食品なんてザラにあるはず。実際、ナタ・デ・ココなんか99%が水分で残り1%がセルロース繊維だそうだ。栄養など全くないが、それでも食物繊維が豊富なのでトクホ食品に使われたりしてる。そしてキュウリにだって食物繊維はある。「嗜好的価値しか持たない食品の最たるもの」とか言い掛かりつけてんじゃねーYO!(by キュウリ)
結局、食べ物の好き嫌いなんて見た目・味・匂い・食感が嗜好に適うかどうかが全てだ。そして嗜好ってヤツは理屈では割り切れない。納豆がネバネバだから嫌いだという人もいれば、それが良いんだという人もいる。ただ嫌いと言えば済むものを、変な理屈をこねるから話がおかしくなっている。
そもそも「感情と論理を分けるべき」と主張しようとして、感情ではなく嗜好を題材に持ってきたところからボタンを掛け違えているのが痛い。
もっとも、コメント主はキュウリを憎んでさえいるようだから、そういう意味では感情の問題なのかも知れん。幼い頃にキュウリで折檻されたとか?
この人の文章をもっと読みたくなったのだが、誰か知らんかね?
「欧米の、ムンバイの、その他さまざま場所の本当のスラムから比べたらマシ」……子どもが死んでいるのに?マシなの?なにが?死ねばいいのにwww
「もう少し地域を絞り込んで欲しい」「町レベルで議論すべき」……何の議論をしたいんだ?www
「ところで、我々はスラムから何を搾取しているんだろうか。」……君が遊んでいる時間がどこから来たと思っているんだい?www
「就職先が決まらなくて泣いてる人間より、よほど幸せ。」……自分が不幸だって言いたいんだろwwwいい大人がころされた子どもよりかわいそうだってwwwwwあんまり嗤わせんなよ
「はあ? よく行くけどべつにスラムでもなんでもないだろ。部外者が大手振って歩けるスラムなんて聞いたことねえよ。」……先生、ではいったい、子どもが殺されるまで折檻されるのが通常化し、「殺された子」の家庭の方が普通に見えてしまう地域をなんて呼ぶんですかね?教えてくださいよ。ベテラン。その呼び方の方がふさわしければそう呼びますよ。問題は、地域が子殺しの背景にあるってことではないですか?「スラムでもなんでもない」地域で、子どもが衆人環視の元で(学校も行政も近所も知っていたんだからね)殺されるのは普通の事態なんですかね?殺した側が普通に見えるってのをどう説明するんですか、ベテラン?なんでもないわけないじゃないですか、ベテラン。
答えを言ってしまうと、先生は搾取する側で、「観光客」として通過しているだけだから理解できないだけですよ。先生は観光客として搾取し、郊外についての売文で搾取し、ベテラン気取りでブクマで搾取するんですね。
最近知ったとあるはてなーさんの、書くものが素敵だなあと思い、さかのぼって読んでいたその方のポストやその他から、いくつか思うところがあった。
あまり他人には話していないことなので、anonymousで書く。
わたしには両親と弟がいる。
母はわたしが生まれた直後から精神分裂症を患っていた。(あえて精神分裂症と書く。このころはそう呼びつけていたので)
小学校低学年までは、母との生活は(今にして思えば)まったく筋が通らないことばかりで、いつも、なぜここで怒られるのだろう?とか、なぜ今日はあんなにものすごく褒められたのだろう、とか、謎ばかりだった。
生育環境が特殊だったせいも幾分かはあるのだろうが、わたしはとにかく人と違ったことをしたがる子どもだった。それが物事を杓子定規に進めたがる母の気にいらなかったらしく、なにか思いついて喜び勇んでぶちあげると、必ずひどくしかられた。10歳くらいまでは、ひきずりまわされて力のかぎり叩かれたこともよくあった。もちろん、アザが残ったり傷ができたり骨が折れたりする程ではない。ひどい折檻程度だった。
わたしがラッキーだったのは、平均的女児よりも身体の成長が速く、小学校高学年の時には母とほぼ同じ体格になっていたことだ。身体的暴力は、この時点でほとんど無くなった。家には、父が母の病気を理解するために買った精神病関連の書籍があり、木村敏や小此木啓吾やユング、フロイトなどを読みはじめたのもこの頃からだった。
さらについていたのは、父がいたことだ。父は、自分の仕事を本当に愛していて、いつでもわたしのそばにいて全面的に護るというようなことはなかったが、常識的な会話ができる人間がこの世にちゃんと居るということを示してくれていた。そして人と違ったことをしたがるわたしの話しを聞いてくれて援助してくれ、ときには叱ってたしなめ、穏かに見守ってくれていた。
そして、これもついていたからだと思うが、普通の生活を営む程度の収入がある家庭だったので、家事全般がほとんどできない母ではあったが食べ物には困らなかったし、そうとう不衛生だったが病気にかかるほどではなかった。
食い意地が張っている子どもでもあったので、まともなウマいものが食べたくて、本を見ながら料理も自分である程度やるようになっていた。
とにかく、生命力が強かったのだと、今にして思う。
ここにいては生きていくのは非常に困難だと、小学校高学年で思ったわたしは、とにかく遠くへ離れるべく寮のある学校を受験しまくったのだが、高校卒業までは家から通うこと、という父の方針で、18歳まで実家で暮すことになる。
ところで、弟は、わたしほど離脱しようとする力が無かった。
母は弟をとても大切にしていた。大切にされすぎて、彼は何かを失なってしまったのかもしれない。
わたしが自分のことで精一杯の間、だんだん彼は社会(小学校や中学校だが)との折り合いをつけられずに時を過ごし、中三で精神分裂症を発症した。
家は、この時から、構成人員の半分が常人、半分が精神分裂症患者、となった。
家に帰れば戦場であり(後年、映画「死の棘」を見た時、実に的を射ている表現が多くて驚いた)、学校では思春期らしい悩みと葛藤を抱えて足掻き、それなりに忙しい日々を過した後、大学に入り、一人暮しをはじめる。
その後は、主に自分自身との戦いだったが、ほんとうにいろいろあった。
ただ、わたしには帰る家がない。お金はいくらかは融通してもらえるかもしれないが、自分で自分のメシを獲ってこなければ、生きていけない。そう思って、とにかく稼ぐことだけは途絶えないよう必死になっていた。
母が統合失調症(この頃、病の呼び名が変わる)なのは述べたが、叔父も同じ病であり、母の実家はとある新興宗教に全資産を入れあげていたという、ココロの弱い血筋であった。
血筋という言い方をするとオカルトめいて解決不能な雰囲気が漂うが、単に神経系と内分泌系の一部が弱い体質が遺伝しているだけなのだと、今では思える。
わたし自身について言えば、体質が遺伝しているので、危機的状況に陥るといまだにマイナートランキライザーが手放せない。症状が投薬で緩和されることを学習して以来、困ったらかかりつけの医師を訪れて、状況を説明して投薬してもらうことにしている。
こんな風になんとか曲りながらも人生と折り合いをつけていたのだが、わたしはずっと母が許せなかった。母には、「母」であって欲しかった。ドラマに出てきそうな、心優しく、あるいは通俗的で、あるいは自己中心的だが、少くとも夜中にカーペットを切り刻み出したりしないような。
母が「こうして欲しい」「こうでなくてはダメだ」と言うことは絶対だと思っていたので、それがひどく間違っていたり、わたしを苦しめるようなことであった時に、わたしはどうしていいかわからなくなっていた。そして、そんなことを言う母を、許せない、という思いを募らせ続けていたのだ。
電話をすれば必ず口論になり、長い間顔を合わせることはなかった。
時は経つ。
数年前に、一人の男性と出会い、わたしたちは結婚することになった。
結婚の予定を報告をする時に、相手のご両親に、わたしの母と弟の話をしたのだが、そこで相手のお父さんが言ってくださった一言がある。
「病気なのだから、しかたないね」
そう言われて、初めて気がついた。
母は病気なのだ。病気なのだから、間違ったことを言ったり行なったりするのは仕方がないことなのだ。
そして、わたしは曲りなりにも自分でエサを獲ってきて寝場所を確保できるくらいには育ち、一応社会と渡りあって生きている。
わたしの望むような「母」ではないかもしれないが、彼女なりにわたしのことを思っていることも、やっとそのとき腑におちた。
では、間違ったことを言われた時には、「それは間違いだよ」と、きちんと話してあげれば良いのだ。それが、人間同士というものなのだ、きっと。
そうして、わたしは今、母に向って、「そんなこと言うもんじゃないよ」と、きちんと話ができる。
会うと、ひとつひとつわたしの装いや様子についてヒステリックになる彼女に対して、説明もできるし、「ひとに何かを言う時ははそういう風に言うと失礼なんだよ」と、言ってあげられる。
驚くべきことに、そう言うと母は、「そうかねえ」と、聞いてくれるようになった。どうせまたしばらくしたら、同じことを彼女は言うのだが、それでもその時は返事をしてくれる。
弟のことは、まったく何も解決していないが、彼は彼で生きていくのに困らないよう、両親が整えてくれている。
前からそうだったが、最近はより一層、わたしは自分自身の生育歴を振りかえる時、アーヴィングの「ホテル・ニューハンプシャー」を思い出す。
小さいころはわからなかったけど、家族が数名病気にかかっているというだけで、別にどうということはないのだ。
ここまで至るのに、ずいぶんいろんな人に助けてもらった、底抜けに楽天家の夫や夫のご両親もそうだ。
苦しいかもしれないけど、一人じゃない。
そしていつか必ず、なんとかなる。
あなたにそれを伝えたい。
伝わらなくてもいい。
でももし、自分のことを独りだと思ってしまっているなら、近くまで行くから、ガードレールに座りながらアニメやマンガやブンガクやロックの話をして、一緒にこの夜を生きのびよう。
兄が結婚する。
この兄にはわたしの十代をぶち壊しにされてきた。幼児期はカツアゲや暴力で済んだんだが、お互い成長してくるとそれだけでは済まなくなってきた。
毎晩添い寝を要求されてきた。だからわたしは兄の奥さんになる人よりも兄の性癖・悦ぶところを知っている自信がある。
わたしの髪に指をからませ身体に手指を添わせる感触、今でも覚えている。
そして兄はわたしが周囲に嫌われるように仕向けたがった。くだらないことだが、家にあった高価な陶器を壊しては「お前がやったって云え」と繰り返した。
お前がやったって云え。お前が食べたって云え。その言葉の響きも、よく覚えている。
幸いにしてうちの両親の目は節穴だった。全部私がやったことにして、折檻を繰り返した。
父の拳、そして陰で繰り返される無意味な兄の暴力、忘れることがなかなかできない。グラス、包丁、辞書、いろんなものがわたしの上に降ってきた。
そんな奴が結婚する。高校生の頃、わたしが後に入ることを知っていながら洋式トイレの便器に精液を塗りたくっていた兄。おめでとう。唾吐いていいですか。
前からわかってはいた。母親の仕掛けてくるあれこれに翻弄されて心を病みながらもそれを認められずに生きてきて、去年の夏やっと病名がついた。ほっとしたというよりも恐怖だった。
医者がずいぶん前からかかっていたようだと言った時正直やっぱりなと思うのと同時に安堵した。よく頑張って普通の生活を送ってきましたね、ともいわれた。考えてみれば心を病みながらも大学入試を乗り越え、大学を卒業しようとしているのだから心の病にかかってるとは言い難いのかもしれない。自分ではよくわからない。ただ、母親の存在が自分の毒になっているということがはっきりしたことだけが嬉しかった。
考えてみれば、母親とはまともな会話をしたことがない。いつも物の置き方や歩き方、扉の締め方で機嫌を伺っていた。突然スイッチが入るのだ。それは例えば、あのころはまだ小さかった妹が粗相をしたとか、皿を割ったとか、あるいは父親がへまをしたとかそういう負の原因の矛先が自分に向いていることもあった。たとえば運動会で一番になれなかったとか、マラソン大会で後ろの方を走ってたとか、勉強しているとかそういう自分に原因のある場合もあった。あるいは表情が変わらないとか、びくびくして隠れてばかりいるとかそういう環境による原因から来た自分の状態を責められることもあった。時には鍋が焦げ付いたからとか買ってきたものを間違えたからとか庭の植木の剪定がうまくいかなかったからとかそういう母親のミスが原因でスイッチが入ることもあった。いつどこでどういう風にスイッチが入るかはわからなかった。とにかく機嫌が悪ければ、自分に矛先が向いた。うまくことが収まらなければ、ちまちまとためているお小遣いを没収されたり、教科書などの学用品を捨てられたり、あるいは着の身着のままで追い出されたりもした。折檻も受けた。いまだに残っている傷跡もある。でも一番きつかったのは給食費や修学旅行費などの学費を出さないと言われることだった。それが一番弱った。
スイッチが入っていなければ普通の、ごく普通の家庭だったと思う。大学にまで行ってるのだから、と人は言うからおそらくは幸せだと考えなければならないんだろう。感謝しなければならないんだろう。そうずっと思ってきた。
学費のことはよく言われた。困らせようとしているのはある程度大きくなったらわかっていたが、しかし実際困った。中学を卒業してしまえば、金を出さない働けと言われてしまうとそうするほかなかった。そうしなければならないんだろうと何度か学校をやめようとしたこともあるが、そのたびに誰かに止められた。先生だったり友達だったり、恋人だったり。お金を出してあげるからと言ってもらったこともある。金を出さないという脅し文句は一番卑怯で最も子供に言ってはいけないことなんだから自分が悪いと思う必要はないと諭してくれた人もいた。その中で毒親という言葉を知り自分の母親がそうであるということも理解した。
よく考えてみれば、何を言っても言い訳になるようになっている。うまいこところころと人の発言を自分の思う通りに解釈してそれを掲げて人を糾弾するのが得意な人だ。自分が悪いような気がしてしまう。誰かを責めるためなら直前にいったことと180度逆のことも恥ずかしげなく言える人だ。しかしそれはうまくコーティングされて、それが正しいような気がしてしまう。そういう能力に関しては長けている人だ。生きてきた年数分うまいのだろう。
去年の夏ごろ、父親が病気になった。体に多少不自由が残っているが、自分で身の回りのことはできる。思うように動けないせいかややひがみっぽいことを言うことが増えたが、命に別条はない。父親も被害者のようなものだった。昔はそうでもなかったような気がするのだが、最近は呆けたような顔をすることが増えた。長年人格を否定され罵声を浴びせられ続けるとあんな空虚な顔になるのだろうと思う。その父親を母親は親の敵のように嫌っている。いや、母親が親に恩など感じているわけがないし自分でもそう言っているのだから、犬猿の仲とでも言えばよいのか。物心ついた時には母親が父親をいつものやり方で責め立てているのが日常の風景だった。
正月、正直実家に戻る気にはなれなかった。卒論もあるし、家に帰ったらそれどころではなくなるのはわかっていたのだ。でも帰らなければまたうるさいということもわかっていた。最大限の妥協をして年末の数日実家に帰り年が明けてすぐ下宿先に戻ろうと思っていた。でもやっぱりそうは問屋がおろさなかった。
愚痴を聞くだけなら、かまわなかったのだ。病人を抱えていればそれなりにたまってくるものはあるだろうということは簡単に予想できるから、それを聞くのはやぶさかではないと思っていた。忙しくてあまり帰らず申し訳ないとも思っていた。夏はちょうど私自身も心を病んでいてどん底にいたのであまり父親の病気には関わらなかった。関われなかった。それでもできる限りのことはしようといろいろしたのだ。しかし、それが足りなかったらしい。まずその不満からだった。母親は自分のしゃべっていることでどんどん興奮していくたちなのでなだめながら聞いていたが、でもやっぱり駄目だった。父親に向けられなくなった分こちらに向かってくるエネルギーがすさまじかった。私は疲弊した。そんな私を好きなように攻め立て、あらゆる事実を捻じ曲げ、母親は私を糾弾した。薬をいつもより多めに飲んでもそれでも駄目だった。気分が落ち込んでいくのは止められなかった。そんな私に母親はあんたの性格が悪いから病気になるんだといった。薬を飲むのをやめろと言った。医者なんか信用するなと言った。そして、その医者はあんたの好みなのかと聞いて嗤った。それでもおさまらなかったらしく、離婚してやると喚いた。離婚して父親の面倒を押しつけてやるといった。離婚したら結婚も難しくなるあんたはみかけもたいしてよくないし、と言った。父親の面倒をみたら仕事にも支障がでるだろうねと笑った。親が離婚していてさらにその親の介護をしているあんたは嫁にいけないよと言った。仕事にも集中できないから貧しい暮らしになるに違いないと言った。そういいながら笑った。ずっと私は正座し黙っていた。10時間。ひどい正月だった。卒論は進まなかった。たぶん留年すればいいとでも思っているのだろう。そういう人だ。留年したら就職は難しくなるから、これからも矛先を向け続けることができるし、そして逃げ出せなくなるとわかってやっているのだ。わかっていた。だから黙っていた。もう何度死んでくれたらいいのにと思ったかわからない。頭の中でぐるぐるとどうやって殺してやろうかと考えていた。そう考えるだけでずいぶん楽だった。どうやって苦しめてやろうかと考えていた。静かな気持ちになれた。
母親は私を捨ててやるとよく言った。母親は私を不幸にできることを信じて疑わなかった。子供のころはそうだった。しかし、いつまでもそうではないのだ。私は卒業し、就職したら母親を捨てるだろう。徐々に不自然でないくらいゆっくりと捨てるだろう。性急になってはいけない、勘付いて何もかも元の木阿弥になってしまう。母親は困らせればすがりついてくると思っている。またいつもの手を使って絡め取ろうとしてくるに違いない。だが、私は捨てるのだ。なにもかも。親もきょうだいも何もかも捨てて過去は断ち切るのだ。まともな生活を普通の人間関係を、得てもいいといろんな人が言った。幸せになっていいんだとたくさんの人が言った。母親が私を評したのとまるで逆のことをいつも他人から言われる。居場所を奪わない人がいる。失敗したら許してくれる人がいる。泣き言を言っても聞いて慰めてくれる人がいる。怒りを向けてもそれを受け止めてくれる人がいる。私のことを思い、傷つかないように言葉を選んで忠告をしてくれる人がいる。世の中にはそういう人がいてそういう人たちにたくさん助けられてきた。普通の、ごく当たり前のこと、そういう幸せを私に与え、私が差し出すものを受け入れてくれる人がいることを私は知っている。ふつうになりたい。いつも切望している。
追記:
わわわ、ありがとうございます。がんばって逃げます。
icloud 幸せになってほしい。あまり大きな声でいえないけど、計画がうまくいくといいな・・ ・・・・・ところでうちの母もこのような感じ(ここまでではない)のだけど・・・病院につれていってみるかな・・
残念ですが毒親本人はおそらく病院に連れて行ってもせいぜい境界線人格障害と診断?される程度じゃないかと思います。それだったら距離を置いてしまうのがよいのでは。程度によりますが少し距離を置いた方がうまくいったり環境を変えることで寛解することもあるらしいです。
お母様が毒親に苦しめられているということだとしても病院は病気になってる人しか助けられないので病名はつけてくれるかもしれませんが原因が取り除かれないことには…。穏やかな日々が来るといいですね。がんばりましょう。
私が飲んでるのはデパスじゃなくてリーマスなんですよね…正真正銘メンヘラです。はぁ。でもたぶんきっと本当に必要なのは、薬じゃなくて簡単になくならない信頼関係なんじゃないかと思うのです。たとえば私は無自覚に誰かを傷つけたり怒らせたりすることはあるわけだけれども、そういう状況になった時にあぁ生活すべてがめちゃくちゃになるこれで何もかも終わりだっていう絶望感にとらわれなくてもよい、という思えることが本当は必要なんです。そういう信頼関係が築ける相手がいることが必要なんです。対立しても怒らせても、ちゃんといいたいことは言って嫌だと思うことは伝えて、そういうことができる関係というのが。
母親は自分の存在を確かめるために、自分が必要な人間だと思われているということを確認したいがために私を使ってきたわけで、私はあくまでも母親の自尊心を確保するための道具だった。必要な道具だったからそこにおいていただけなんですよ。私じゃなくてもよかった。ただちょうどよかっただけで、そのために手入れもしたんだろうし金もかけたから手放すのは嫌なんでしょう。でももし代わりになる道具がでてきて私が必要なくなれば簡単に捨てるだろうってことを私は知ってる。
道具が持ち主を愛さなきゃいけないんでしょうか。しなくてもいいですよね。理解すらしなくていいと思う。泣かせてもエグいとすら最近は思わないです。やりこめることはできる(そのあと包丁が出てきたりとか面倒なことになるので避けることが多いですが)。だって私は道具だし。都合のよいように使えなかったから泣いてるだけでただの子供なんです。あの人は私にとって脅威ではない。ただの面倒な子供で、縁を切ってしまいたい。でもあの面倒な子供は生きてきた年数分だけ聡く狡賢いやり方を知って、攻撃力は半端ないし、私も痛いのは嫌だし職や住まいや恋人を奪われるのは嫌なので空気のように消えていくしかないんだと思います。中途半端はよくない。やるなら徹底的に消息を絶たないと、たぶんいろんな意味で殺されるから。
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0805/23/news147.html
Itmediaに『「エロゲーで人間性失う」 規制求め請願 円議員の掲示板に批判数百件』という記事が載っていた。
民主党の参院議員が、エロゲーが青少年の心を破壊するから幼女誘拐事件が起きるって国会で主張してるんだってさ。
ま、何をアホなと思うが、それはどうでも良い。
気になるのは、その下に書かれているItmediaの捕捉情報だ。
警察庁のまとめによると、平成19年に摘発した児童虐待事件は前年比1%増の300件、わいせつな画像を撮影されるなどの児童ポルノ事件の被害に遭った児童(18歳未満)は同20.2%増の304人で、いずれも過去最悪になっている。アダルトアニメ・ゲームとの関連性は不明だ。ネット上では児童ポルノなどの規制に関する議論がこれまでも数多くなされおり、今回の請願についても大きな反響を呼びそうだ。
これって、何か関係のないものを持ってきてはいないか?
というわけで調べてみたら、関係の疑わしいデータ、または全く関連性のないデータを「関連性は不明」と但し書きを書きつつ載せていることがわかった。
どんなに「関連性は不明」と書いても、同じ情報に抱き合わせで提供されたら関連性があるように感じてしまう。
メディアによる刷り込みの常套手段と言えるし、卑怯な手段として非難されてしかるべきことだ。
僕はItmediaを信頼できるメディアだと思っているし、準児童ポルノにも果敢に異を唱えているところが好きなんだけど、こんな報道をされれば幻滅だ。
猛省を願いたい。
捕捉1:産経新聞の配信記事との指摘がありました。産経はあまり信頼していないですが、やっぱり猛省を願いたいと思います。
捕捉2:予想外に注目されて驚き。表現を加筆修正。
最初に書かれているこの記述について。
児童虐待事件は前年比1%増の300件
どう読んでも、「児童虐待」についての記述としか考えられない。
児童虐待って、子供に対する家庭内暴力で、あの母親とか内縁の夫とかが子供を虐める話でしょ?
詳しい記事を調べてみた。
毎日新聞の記事
http://mainichi.jp/life/edu/news/20080221dde001040005000c.htmlでは、
児童虐待の被害児童315人の態様別では▽暴行、傷害などの身体的虐待224人▽わいせつ行為など性的虐待69人▽育児の怠慢、拒否22人。年齢別では1歳未満が47人▽5歳児25人▽3歳児24人????など低年齢の児童の被害が目立っている。
「児童虐待」とは、簡単に言えば最近話題になっている親の折檻などを指す。
報告されている限り加害者も身内の人間であり、「児童に対する家庭内暴力」のデータである。
これを読んでみても、どうしてもエロゲーに毒された青少年が関連しているとは考えられない。
検挙件数が増えたものの死者は減少したことについて、同庁は「児童虐待が社会的に知られるようになり被害通報が増える一方で、児童相談所などとの連携が強化され、対応が迅速になったためではないか」としている。
やはり、この記事で「児童虐待が増加している」と捕捉するのは無理がある。
次に、この記述について
気になるのは、児童ポルノの被害者が18歳未満でくくられているということ。
円議員の請願では、以下のような内容が発言されている。
「美少女アダルトアニメ雑誌とゲームの製造・販売の規制法制定に関する請願」で、「街中に氾濫(はんらん)している美少女アダルトアニメ雑誌やゲームは、小学生の少女をイメージしているものが多く、このようなゲームに誘われた青少年の多くは知らず知らずのうちに心を破壊され、人間性を失っており、既に幼い少女が連れ去られ殺害される事件が起きている」と指摘。「幼い少女たちを危険に晒(さら)す社会をつくり出していることは明らかで、表現の自由以前の問題である。
ここで触れられているのは、「小学生の少女」に対する性的虐待が問題だと言うこと。
世界的な風潮でも「児童ポルノ」問題で重要視されているのは12歳以下だから、この発言が「小学生の少女」に限定されていることは問題ない。
そうなってくると、やはり児童ポルノのうち、小学生の被害者がどのように推移しているかが気になる。
詳しいデータを探してみた。
http://www.en-ichi.org/pubs/thismonth/216-4infile.html
2000年から2007年の児童ポルノ事件の検挙数と、被害児童の内訳が載っている。
2005年 - 31人、 2006年 - 38人 2007年 - 33人
若干の増加?と言えるか微妙なところで、これだけのデータでは判断できない。
なにより前年比で減少しているし、「大幅に増加」という状態ではないということがわかる。
(児童ポルノ被害者の増加分はほとんど12歳以上、というより女子高生。)
また、気になるのは、児童ポルノ事件の検挙数が、2006年から2007年にかけて減少していること。
この減少についても、報道姿勢としては触れておくべきではないかと思われる。
それと、この統計が「検挙した事件」で露呈した事実であることもきちんと認識しなければならない。
警察が重点的に捜査活動を行えば検挙数は増えるし、被害者も増加する。
発覚していない被害者が実は大量に増加している可能性もある。
とにかく、実際の被害者の数ではないということ。
まとめると、このように言える。
・児童ポルノ被害者のうち、小学生被害者は大幅に増加しているとは言えず、前年比でも減少している。
この2点より、今回提示された補足情報は、円議員の「エロゲーが小学生の少女の性的虐待を助長している」という請願とは何ら関係がないと判断できる。
今回は、グーグルを使って5分ほど検索を行い、補足情報が妥当でないと判断した。
(文章を書くのにはずっと長い時間がかかったが。)
たった5分でわかる公開情報を調べもせず掲載するのは、報道としての責務を放棄していると私は思う。
この補足情報に対し、私は完全に記者のエロゲーに対する悪意を感じた。
公正な情報を伝えるべき新聞報道において、唾棄すべき態度である。
今宵、嫁とツンデレ娘の話題になった。どういうツンデレが良くてどういうツンデレが良くないのか、嫁の基準がよく分からない。曰く、
ルイズ:ヒステリー幼女。とにかくかわいくない。ルイズのお姉さん(カトレア)のほうが絶対いい。折檻するときが妙に生々しい感じ。
ヴィクトリカ:すごい素直。お菓子を与えたら素直にもふもふ喰う。
ハルヒ:キョンを同級生だと思っている。下僕のようには扱っていない。恋愛感情に気づいてない。
→俺的結論:つまり嫁は、自分がかわいいと思ったキャラクターならツンデレなんだろうが何だろうがそれで良いということか。
→嫁の反論:そうじゃない。全然そうじゃないよ。
いい感じで不毛になってきた。俺にはさっぱり分からない。大体、ハルヒはキョンにぞっこんじゃあないのか?
元記事の増田です。はてダすら書いたことがないのに初増田でいきなりこんなにトラバもブクマもされて、あっけにとられてます。
傍から見ると僕は叩かれたり非難されたり同情されたりしているように見えるのか。
自分ではそこまで感じていないので、面白い。この辺の感覚に対する閾値も高いのかもしれない。
suVeneもmatakimikaもよく知らないので分からない。親についてはあまり関係ないと思うのだが、言及されたので一応書いておく。
「親が教育を間違った」というのは正解かもしれないが、(親が)「子供への愛情は注いでいたんだけど、子供からの期待には応えることができなかった」という推測は間違い。
なぜなら幼年期から少年期にかけて母親から虐待一歩手前のような扱いを受けており、愛情を注がれたとはとても思えないし、親には期待なんてしていなかったから。なお反抗期は普通にあった。
そして親の問題なら、同じ家庭で育った弟たちも僕のようになるはずだが、現実は違う。やはり元来の気質・性格と外部環境の複合要因によって形成された心理メカニズムだろう。
ちなみに母親は、僕が唯一ネガティブな感情を抱いた人間。もちろん原因はその体罰というか折檻というか虐待にある。
一時期は本気で殺意まで抱いたが、僕が家を出て離れている現在ではどうでもよくなっている。だが顔は見たくないので、今後も会うつもりはない。虐待が大きな要因となって離婚した父親とはたまに会っているが。
他者への踏み込みが浅くなる、というのは同意。そして僕も友人は少ない。