はてなキーワード: キレイとは
「今日どこに集合にする?
え……アッ……
『行けたら行く』感じだった感じ?
……行けない感じ……?
アッそうなんだ……
ウウン!全然大丈夫だよ〜!
大丈夫! じゃあね〜!」
お前は他人
お前はいい子
お前はキレイな顔
お前は金持ち
性格明るく
高い自己肯定感
なのに謙虚で
僕とも友達でいてくれる
会うたびに
大丈夫だと言ってくれる
大丈夫なわけねぇ
僕がいつも何を考えているか
知っているか?
お前を許さない
僕は
お前を許さない
お前が僕から
逃げて帰っても
僕はお前を忘れない
お前を許さない
僕は
お前を許さない
お前が僕を忘れても死んでも
僕はお前を許さない!
憎しみの
ランバダを
愛を抱いて踊ろう!
楽しいね!
血まみれでぶっ倒れるまで
止まれない!
らんらんらんらん♪……
お前は他人
お前はいい人
お前は家庭がある
お前は優しく
やんわり嘘つき
その場を逃げ切ろうとする
(許さん!)
お前を許さない
僕は
お前を許さない
お前は僕をザックリ傷つけて
僕の傷には気づかない
お前を許さない
僕は
お前を許さない
お前が僕を忘れても死んでも
僕はお前を許さない!
この世でもあの世でも
いつでもどこでも
「もう知らない!
一人でも遊びに行く!
一人でも楽しいもん
フン!
ふんだ
許さん!」
鳥トマト
鳥トマト
「増田くんお風呂入ってる~~~臭いからキレイにしてあげるね~~~(バケツの水バシャー」
みたいなのが小中学校の教室で繰り広げられることがあったじゃないですか?
まあ、あの頃「コレ」をやられて傷ついた側だった僕たちは、今度はインターネットで「コレ」をやる側に回ってたりするわけですが。
鳥トマト先生の作風って究極的には「コレ」だと思うんですよね。
特定の何かを平気な顔して嘲笑い、自分たちの短絡的な笑いの種にして弄ぶ。
ただこれが純粋に悪意と嘲笑だけだと流石に自分の中の「良心回路」みたいのがピリピリ痛むわけで。
だからそこにちょっと正義感みたいのを加えることで大義名分の力でイジメ行為の臭みを取ろうとするわけです。
一時期やたら流行ったら韓国人への攻撃だったり、「フェミニストを名乗る人たち」がなんでも性加害扱いするのだったり。
鳥トマト先生はその路線を極めることで現代日本において一定数の太い読者を獲得するに至っています。
特定の「disっても許されそうななにか」を見定め、それを面白おかしく嘲笑することで楽しい時間を生み出す。
イジメっ子の時間の潰し方を漫画の中でやってみせるわけですね。
別にそれが悪いとは思いません。
だって僕らはさんざんインターネットでそれをやってきたし、そういうコンテンツはインターネットの外に置いても大好きです。
政治家をもしたキャラクターが悪し様に描かれる展開を見て楽しくキャッキャッして過ごしてきたわけですからね今日までもこれからも。
テコンダー朴みたいな露骨に特定の集団をコケにしているような漫画でやっぱり楽しくなっちゃうんですから。
でもね、そういう作品から逆流して「でも増田って本当に臭すぎるからさ、マジで不登校にしたほうが学校のためなんじゃないかな……」みたいなヒートアップの仕方をするのだけはやめてほしいんですよ。
イジメコンテンツのために振り上げた正義感を暴走させて、現実のものとして正義のもとにアレコレパンチするのを始めるのは危険すぎる。
鳥トマト先生の良くない所は、「これはあくまで漫画の中で作られたサンドバックですよ。現実の人たちを同じようにサンドバッグにしちゃダメ🙅」ってちゃんと言わない所。
それをやらずに毎回そのまま「今回のサンドバッグも気持ちよかったね~~~こういう奴ら皆嫌いでしょ~~~???イエーーーーーーイ!!!!」で終わらせちゃう所。
だから毎回コメント欄とかで「でもマジで田舎の因習、都会の軽薄さ、日本の悪しき風潮みたいのって滅びるべきだよね。ウンウン」みたいにマジメに語ろうとしちゃう人たちが出て変な流れになる。
そこまでする話じゃないでしょ。
「増田くんは臭いからキレイにしてあげようぜ~~~」は単なる『イジメとして楽しむための大義名分』であって、『真剣に取り組むべき僕らの課題』じゃないんだよ。
「枕営業をして成功したアイドル」というエロ同人ジャンル大好きだったのだけれど、ジャニーズのせいで現実ではこれほどにキモいのかとわかって楽しめなくなってしまった。
現実はどうか知らないけれどエロの世界の芸能界というのはただれた場所であってほしいという願望がある。
枕営業を強いられて大半の人間が快楽落ちとか、心を病んで潰れていく中で身体は汚されながらもそれに染まらずに成功したアイドルものって大好きだ。快楽落ちするのも、目的とは違うけど普通にエロくていいなと思ってしまう。だから「春くらべ」が好きだし他にも「ケガレボシ」とか「堀博昭のアイマス二次創作」とかも美味しく楽しめていた。
最近ジャニーズの件とか見て、最近楽しめなくなってしまった。現実でやらかすやつがいて、アホなジャニオタ女がそれでもジャニーズを支持するとか言ってるのを見るとなんでジャニオタって、ジャニーズの俳優がジャニーズ事務所を出て他の事務所に移転するまでの間すら我慢できないの?バカなの?こんなん、現実の芸能界が本当に汚れてる可能性を疑っちゃうじゃねえかふざけんな。今までは空想の産物だから楽しかったんだよ。現実の芸能界はさすがにこんなことはないだろうって信頼があったからエロ同人を楽しめたのに。
現実が自分が思った以上に汚れすぎている。ジャニーズも汚れてるしアイドルのファンも最低だ。
それともあれか、ジャニオタは俺と同じ性癖か。芸能界の大物に枕営業を強いられて汚されてそれでもキレイに振る舞ってるやつらが好きなのか。ならそういえばいいじゃん。「◯◯くんが汚されてたかもしれないとおもうとそそる」って。それ超ウルトラハイパーミラクルセカンドレイプだけどな。お前らがやってるのってそういうことだろ。自分の性欲おぞましすぎるって思わないのか。俺は自分の性欲がおぞましすぎるから絶対に現実のアイドルは一切見ないって決めてるけどそういう欲望を隠そうとしないんだな。ジャニーズ応援しながらペドフィリア批判してる奴いるけど、こっちからしたら同じくらいおぞましいよ。何なら隠れて誰にも害をあたえないように生きてるペドフィリアのほうがよっぽど慎ましくて好ましいよ。ジャンプのラブコメエッチよりお前らのほうがよっぽど子供の教育に悪いじゃねえか。フェミニストは女だから無罪って態度だし何考えてんだよ。
心の底から応援したいなら、俺やジャニオタのような性癖の怪物はスパッと諦めて、二次元を愛したほうが良い。もともと、ジャニーズ好きとか言ってるやつは、現実でまともに恋愛をできない非モテに決まってる。現実に夢を持つな。二次元ならお前らを愛し返してくれる。 がるまにはいいぞ。
ぼろいアパートに住んでるんだが、駐輪スペースにおそらく過去の居住者が置いてったパンクした自転車が放置されていた。
あるときから、その放置自転車のカゴにポスティングされたチラシが捨てられるようになった。
雨が降るとそのチラシがぼろぼろに溶けて、床が紙くずだらけになってめっちゃ汚れる。
管理費取られてるんだけど清掃作業は入らないダメ物件で、汚れたら汚れっぱなし。
別に私の所有物じゃないから良いんだけどさ、毎日その散乱したゴミが目に入るのやだなぁと思ってた。
で、ある日、その自転車のかごに、ごみと共に「日常生活ではまず使わないが皆知ってる、まぁまぁ目立つ見た目のモノ」が突っ込まれてた。
今までは「ポストのチラシ、自室まで持ってって捨てるのがめんどいからここに捨てやがったんだな」と、まぁ理解できたんだけど
「日常生活ではまず使わないが皆知ってる、まぁまぁ目立つ見た目のモノ」、なんでここにあるんだよwwてか何に使ったんだwwって面白くなっちゃって。
いや、面白がってる場合じゃない。これは明らかに私物で、誰かが私物までここに捨てるようになった、どうにかしないと…と思って。
その放置自転車は、みんなから死角になる場所に放置されてた。だから私物が捨てられるんじゃないか?と考えた。
昔テレビで、犬のフンに困ってた人が、チョークでフンを日付書いてマーキングするようにしたら、フンが放置されなくなったという内容を見たことがあった。
皆からこの光景を見られたら、フンにマーキングされる飼い主の気持ちと同じになるのではないか?と思いついた。
早速、放置自転車をアパート出入り口付近へ、居住者全員から、隣の建物からも、通行人からも見える位置に移動させてみた。
やっぱり、「日常生活ではまず使わないが皆知ってる、まぁまぁ目立つ見た目のモノ」だから違和感がすごいwwしかもそれが明らかに使われてないボロボロの自転車のかごに突っ込まれてるから、一体どういう状況?って目を引く。
その自転車のかごにくぎ付けになっている人を見かけた。私はなんだか満足した。ツイッターに乗せたおもしろ画像にいいねされたらこういう気持ちになるのかもしれない。
えっ、ウソ!と思った。もはや、ゴミがキレイになるよりこのおもしろ画を皆に見てもらいたいという気持ちにシフトしていたので、なんだ無くなっちゃったか…とも思った。
実は放置自転車は1台ではなく、他のにもチラシが突っ込まれていたのだが、全て無くなっていた。同一犯かよ…とも思ったが、キレイになったから良しとした。
武田鉄矢、DJ SODAは「妖精」加害者へは「マナー忘れ…昭和を勉強してください」バッサリ(日刊スポーツ)
https://news.yahoo.co.jp/articles/cc8f6b30c9bceb023809ed4f2930b8d37aae6ac4
俳優武田鉄矢(74)が27日放送のフジテレビ系「ワイドナショー」(日曜午前10時)にコメンテーターとして出演し、日本の音楽フェス出演時のセクハラ被害を告白した韓国の人気女性DJのDJ SODAへの謝罪方法について言及した。
加害者を名乗る男性2人が21日に実業家の“青汁王子”三崎優太氏が公開したYouTube動画に出演し、謝罪を行った。
武田は「理屈が長くなるかもしれませんが」と前置きし「この手のものを楽しむときに、日本人の中には、マナーがありまして。歌舞伎は見ることが上手なお客さんには敬意を払って、見巧者(みごうしゃ)と言った。この女性の姿を見て分かるかと思いますけど、生身の女性じゃないですね。妖精ですよ、妖精の服を着ておられる。妖精の服を着ておられる方に、妖精として接するためにはどうするか。絶対に触らない」と語った。
さらに「お祭りだってそうじゃないですか。踊っている女性がものすごくキレイだからって、引っ張りませんよ。スケートリンクで浅田真央さんが踊っているとき、ファンだからといって手を引っ張ったりなんかしないでしょ」と続けた。
そして「肌を露出する、この世のものではない芸人さんたちに対し、日本にはルールがあるじゃないですか。そのルールの1つが、横綱が歩いてきたら、たたかないでしょ。横綱のおっぱいなんかつかまないでしょ。それは裸っていいながら、神の化身である。そういうことに対する敬意みたいなものが、相撲を見物するときのマナーなんです。そのマナーを忘れて…少しは勉強しないと。昭和を勉強してください」と締めくくった。
Twitterで映像畑の人による「映像系に使用する画像で72dpi以上は必要がなく、事前に整理するのが当然なんだけど350dpiのままで作業する人がいた。基本が抜けてるなぁ」といったツイートを偶然目にしてしまい、以下これに関してつらつらと書いていく。
結論から書くと、WEB画像の解像度設定は72dpiだろうが350dpiだろうがなんでもよく、縦と横のピクセル数だけ見ていればよい。
<DPIとは?>
「印刷用解像度設定」といったメタデータと考えてもらって構わない。
簡単に説明すると、DPIとは、その画像をどれだけのキレイさで印刷するかという品質設定の単位である。
dot per inchの略であり、1インチにどれだけドットを敷き詰めるかをこの数値で設定する。
72dpiは1インチあたりに72ドット、350dpiは1インチあたり350ドット。ドットの数が多いほど密度が上がるので鮮明に見える。
要はパソコンのディスプレイ解像度と同じ。同じピクセル数の画像を72dpiの設定で印刷しようとすると大きく荒く出て、350dpiの設定で印刷すると小さくキレイに出る。
FHDの動画を27インチFHDモニターに等倍で再生すると全画面で再生されるが、27インチ4Kモニターの場合、画質は良いが拡大しないと小さいウインドウ内で再生されるイメージとおおよその構造は一緒。
一般に印刷用の画像データは350dpiにするのが理想とされている。
そのデータを映像制作に使用する際に、解像度設定をそのままにしている人に対する嘆きが冒頭のツイートにつながったのだろう。
DPIとは「印刷用解像度設定」のことなので、デジタルで表示・使用する場合、この数値は関係がない。
重要なのはピクセル数だ。1920×1080pxの画像があったとする。
デジタル上でなにが変わるか。
なにも変わらないのである。
画像の見た目も、容量も変わらない。カンバスサイズも変わらない。
実際に解像度の数値を変更した画像をブラウザで読み込んでみたところ、表示されるものは全て一様であった。
なお、Photoshop上で解像度の数値を変更する際、設定によっては解像度の数値の増減に合わせて縦横のピクセル数も増えたり減ったり(拡大縮小)するので、それによって画像のサイズが変わりはする。
ただそれはピクセル数の増減によってサイズが増減するということなので、例えば350dpiを72dpiにしたから画像が小さくなった、とは言えない。
ちなみにディスプレイ上ではDPIではなくPPIと呼ぶ。なぜならばDotではなくPixelだから。どうでもいい話ではあるが。
72ppiじゃないよね。iPadは264ppi、iPhoneは460ppiのものもあるよね。
「モニターは、72ppi!」というのはあまりにいにしえの知識と言える。
さらに言うと、ppiは画面解像度と画面の物理的なサイズによって算出される。だってper inchだもん。
例えば4kモニターでも31インチなら142ppi。20インチなら220ppiだ。同じ数ピクセルが詰まってるなら画面が小さい方が細かいでしょ。
というか、逆に言えば80インチの場合4Kと言ったって55ppiである。フルHDは28ppiだ。
最終的にエンコードする画面解像度、つまりフルHDなのか4Kなのかなどによって必要な素材のピクセル数は決まってくる。
しかしそこにdpiだのppiだのといった数値はもはや関係がない。ピクセル数を削れという話なのだから。
したがって、繰り返しになるがピクセル数だけ見ていればよい。
映像制作中においても、素材画像の解像度設定が350だろうが72だろうが、画質になんの違いも出ない。
制作後も最終的にはエンコードをするので元素材画像の解像度設定はガチのマジで関係がない。
素材データの受け渡しを考えても画像容量も変わらないので本当に意味がない。
つまり、WEB画像の解像度設定は350dpiだろうが72dpiだろうがなんでもよく、縦と横のピクセル数だけ見ていればよい。
※画像の解像度設定の数値がバラバラだと先方にナメられるから、とかはガチで知らん。しょーもないと思う。
なんというか、基本を知らないなあと言っている側が昔の作法からアップデートできていないだけでしたっていうのを見て色々と考えてしまったものである。
(もしなにか「いや違う!」といった指摘があったらください。)
<※IllustratorやPhotoshopなどにおいては>
これらのソフトの場合、解像度設定の異なる同じ画像をドキュメント内に配置した場合、配置された画像の大きさ(縦横サイズ)に違いが出る。
なぜならばこれらは印刷を前提としたソフトであり、また、ドキュメント自体に印刷解像度の設定がなされているからである。
なんとなくWEB画像の場合は72にしないと気持ちが悪い、といった場合は否定しないが、それはあくまで個人のこだわりなのでそうしない人を基本が抜けてるとかう〜んとか言うのはやめた方がいいと思いました。
(イラレ上で画像を拡大縮小してるのに元画像の解像度を350dpiにするのにこだわるような意味のなさ。拡大縮小してる時点で解像度は変わってるし、印刷所でRIPのときに均されるんだからさ※後述)
<デジタルはわかった。結局印刷の場合ってどうすればいいの?>
A4/350dpiに必要なピクセル数が約W2890H4090pxなのでそれくらいで良いのでは。
ちなみになぜ350dpiが良いとされているかというと、これ以上解像度を増やしても人間の目にはあまり区別がつかないとされていたり、印刷機の性能の事情などによってそうなっている。
ポスターなどは150〜200dpi程度あれば十分とされる。デカいものは近くで見ないし多少荒くて良いのだ。
抱き枕やタペストリーなどもそれくらい。近くで見るものだけど、布自体の目が粗いのでデータの解像度を上げてもあまり意味がない。滲むし。
(布の種類にはよるが……)
ポスターも先述の通り解像度自体落とすので相対的にピクセル数は変わらずA1/150dpiの場合約W3500H4960pxなので上記より少し増える程度。
抱き枕カバーのようにすごく縦長とかでもない限りざっくり縦横5000pxあればもう十分なのではと思う。
というか、素人の場合は印刷の場合もピクセル数だけ見ていれば良いと思う。
実際に印刷されるデータは印刷所でRIP(リップ/リッピング)といって、印刷用データに変換されるんだけど、そのときに印刷解像度はあらかじめ印刷所で設定された数値に変換されることがほとんどだろう。
だって必要な印刷解像度って印刷機の線数の2倍って言うし。ほらまた知らない単語が出てきた。入稿先の印刷機の線数なんて把握せずに解像度設定してるでしょ。普通は175lpiなんだって。LPI。Line per inchね。その2倍。だから350なんだね。知らないでしょ。だからいいんだよ。良きようにやってくれるんだから。
A4なのかB5なのかとにかく出力サイズがわかっていて、それに十分なピクセル数が足りていれば良い。あと塗り足しね。
変に知識をつけて画像解像度350dpiにしました! 仕上がりサイズはA4です!っていって縦横350pxみたいな画像が配置してあるデータ送られてきてもガビガビに印刷されるだけだよ。大事なのはピクセル数。覚えてこ。