はてなキーワード: 妄言とは
大変恐ろしいことに、↓を読んで「増田は、少子化解消のために女子教育を制限すべき、と主張している」と解釈する人が大勢いるらしい。
中にはもしかしたら、失読症のような学習障害の人もいるかもしれないが、多くはそうではないだろう。ただ「読んでいない」のだ。読んでいないにも関わらず、読んだフリをして意見を述べているのだ。
のような一文を読んだだけで「増田は女子教育の抑制には反対している」と解釈するだろう。(解釈も何も、そう書いてあるのだから。)
そこまで具体的に指摘しなくとも、全体の趣旨として「俺自身もアンチフェミだが、それでも看過できないほど一部のアンチフェミの妄言は酷い。意見そのものにも賛同できないし、無理やり味方するとしても戦略として根本的に間違ってる」という程度の話であることは、読めばわかる。
これが理解できないというのは、「読んでいない」以外に考えられない。
たった4行目で到達する
すら読んでいないのだ。
5chが2chだった頃から「ネット民は三行以上の長文は読めない」と言われていたが、これは比喩や誇張ではなく事実である事がよくわかる。
オリンピックをやめろという声が日に日に大きくなっていて、まるで親の仇でも見るかのようにオリンピックを敵視する人ではてブが溢れかえっている。
だが待って欲しい。本当に悪いのはオリンピックだろうか。
確かにコロナが蔓延している状況でオリンピックを実行したら、感染のリスクが上昇するかも知れない。だが、真の問題はオリンピックの開催ができないほど、コロナを抑え込めなかったことではないか。悪いのはオリンピックではなく、まともなコロナ対策ができなかった政権と、未だに財政健全化などという妄言を吐いている財務省ではないか。財政健全化などという妄想に囚われず、必要なだけ国債を発行し、休業補償を出してきちんとロックダウンしていれば、今のように医療が逼迫するような状況にはならなかったはずだ。GoToキャンペーンなんてクソのクソ以下だ。論じるまでもない。ファイザーとの交渉にしたって、金をしこたま積めばもっと早い段階からワクチンを入手することもできたかも知れない。政府が金をケチって日本経済全体が大きなダメージを被っているとしか思えない。ワクチンを入手できたのに遅々として接種が進まないのはもはや笑うしか無い。ワクチンの注射だけは例外的に医者以外にもやらせるしかないだろう。もちろん医者以外の人が注射をするには訓練は必要だし、ワクチンを打ってから作業に臨む必要があるだろう。非常事態を乗り切るには通常時のルールを曲げる必要があるのは当然なのだが、現政権は必要なルールの変更ではなく、憲法改正などという意味不明なルール変更に邁進する始末である。もしイギリス並みにワクチン接種が進んでいれば、オリンピックの開催のハードルは今より格段に下がっていただろう。そして未だに外出時のマスク装着が義務でないということも驚きだ。現政権の、いやその前も含めて、コロナ対策は本当にクソだ。
そして財務省は存在がもはや悪だ。財政健全化の旗印のもと、コロナ復興税まで目論んでるなど正気の沙汰ではない。現在の惨憺たる状況は、潤沢な資金すら投入できなかったことと無関係ではない。この非常事態においてもまだ財政健全化が第一なのである。財務省としては、今まで散々「財政健全化」などという嘘を付き続けてきたので、いまさらそのシナリオは崩せないのだろうが、もし本当にコロナ復興税など導入してしまったら縮小した日本経済がさらに萎むのは間違いない。まともな思考の持ち主なら、国が債権をジャブジャブ発行してきっちりロックダウンしつつも経済規模を縮小させずにコロナを乗り切るという政策をやるはずで、諸外国はそれで上手くやっているところが多い。日本の状況は目も当てられない。
未だにリモートワークをしていない企業もクソだ。業種によってはもちろんできないのは承知しているが、できるのにやらないヤツらは本当にクソだ。オリンピックよりも無用な通勤の方がコロナの蔓延に大きく寄与しているだろう。そういう意味では、企業がもっとリモートワークをしたくなるような政策が全然足りていないとも言えるので、やはり現政権のコロナ対策はクソだ。通勤を減らすために公共交通機関の運賃に税金を上乗せするぐらいの強硬策をとっても良かったんじゃないか。それと同時に公共交通機関への補償金や、リモートワークに必要な資材(パソコンやアプリ等)の購入に対して補助金を出すと言った政策もやるべきだった。
オリンピック自身はというと、確かに聖火ランナーリレーでコロナのリスクを高めたし、実際にやるとなるとコロナのリスクは高くなるのは間違いないのだけど、現政権や財務省の足の引張具合に比べるとそこまで悪者じゃないんじゃないかなと思ってる。むしろ今はオリンピックに矛先が向いて、本当の敵である現政権や財務省への叱責が薄れてしまうことが心配だ。オリンピック中止をめぐって議論している場合ではないだろう。
アサヒビールの回で初めて見たんだけどさ、村上龍は古い価値観に塗り固められたザ・老人だし、小池栄子の質問はそれ聞いて何を知りたいの?って感じの薄っぺらさだし(これは台本だろうから、小池栄子ではなくそれを考えている人間のレベルが低いんだと思ってる)、VTRでの企業への質問もドドド失礼だし
特に最後のやつ、小池栄子が社長に「(このビールに)社運をかけているんですか?」と質問→社長がいや、そこまででも…という感じに濁す→次のVTR(このやりとりの後に撮影)でインタビュアーが社長に「社運をかけると言ったのに(製造が追いつかないのは)見通しが甘いんじゃないですか?」と質問する(責め立てる(何様だよ))流れ
村上龍クラスのご老人が妄言吐くのはまあジジイだししゃあねえなと流せても多分そこまで年取ってないインタビュアーがそんなんで、それをそのまま放送して頭腐ってんのか?
まーーーーーーーじないわ社長の代わりにキレそうになった
人間性を治す気が一切ないなら
女増田のババアたちには是非イスラム国に行くなりウクライナに行くなりクルド人民防衛軍にでも弟子入りして
そのスキルとノウハウでゴルゴ13のキャサワリーみたいに異性を作るしかないな
そんなことでもしないと行き過ぎた承認欲求と狂った上方婚願望を叶えるとか無理だし
どうせもはや狂って糖質寸前になってるから三行以上の文字を読んだりネガティブな情報入るだけで視界が歪んで幻覚が見えて意味不明な妄言書き殴り始めたり
幼児退行起こして猫ちゃんニャンニャンとか不毛な奇行を始めるから馬の耳に念仏だと思うけど
それさえ嫌なら来世は大好きな悪役令嬢にでも生まれ変われると信じて屋上からステータスオープンとか叫んでダイブして異世界転生キメるしかないな
ありがと。
犬猫はわからなくもないが、基本的に感情表現が過剰だったり心の平穏がおかしい人の妄言だと思ってる。
SNSによくいる「そう思っている私は感受性強いから慰めて」という人。
映画で異星人に犬が襲われるシーンがあったとする。その描写がキツいというのは、犬を飼っている人にしかわからないからなんとも言えない。だけどそれが物語に少なくとも影響する話なら俺は納得するし、逆に無駄に残虐にみせたいがために過剰な演出として犬を襲わせているなら、無意味で不快だなとは思う。もちろんそれは演出や脚本に対してだ。
キャラクターの死は、たいていの場合物語の重要な局面で使われると思う。誰もが惜しむ人が亡くなるのは演出。もっと言えば人々が悲しむほどに魅力的なキャラが死ぬことで物語に起伏が生まれるなら大成功だと思ってる。
だがキャラが死んだことで制作側を恨むという理屈がわからない。なぜならキャラが死ななかったらそれで良かったということだよね?仮に死なないことで物語が破綻したり面白みに欠けるなら、それは本当に馬鹿げている。「物語としてはグズグズだけど、推しキャラが生き返ったのでよかった」とか言っている人がいたら、おれは殴りたくなる。まあどこぞのギアスというアニメは死んだはずのキャラが生き返っていたが。
俺は物語の中でこそキャラクターは生きているし死ぬ意味があると思っている。キャラを愛する気持ちはあっていい。酷い脚本によって死ぬ必要が全くない人が死ぬなら、それは抗議に値する。だけど理由があり演出として必要なら俺は全然平気だし、キャラの生き死が物語を超えるのはあまり納得いかない。
昨今はキャラが死んだように見せかけて実は生きている、という描写が多く、本当に読者にすり寄せているだけなんだなと思ってる。人気キャラだからとかそういう理由で死なないとか、正直辞めて欲しい。
犬を飼っているから犬の死が受け入れられない。子供がいるから子供が辛い目にある描写が耐えられない。わかるよ。だけどそれを声を大にして主張する意味がわからない。映画の広報もそういう人のために「この映画は犬猫が死にません」というくらいだ。びっくりするほど過保護な世界だなとおもう。そういう理不尽を含めて物語だと思っているんだが、俺はおかしいのか?
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/shonenjumpplus.com/episode/3269632237321956822
maro218ベタだけどこれでいいんだよ!こちとら現実で手一杯で、好きなキャラが死んだりするマンガ読むのしんどいんだよ!!こんなのがいいんだよ!!!
何が駄目なのかさっぱりわからない。例えばガンダムのキャラが死んだら惜しい人間を亡くしたと悲しむのはわかる。だけどしんどかったり、それが嫌だという感情が理解できない。キャラクターの死は物語の一つに過ぎない。だからキャラクターの死自体にそこまで感情移入できない。本当に推しキャラという概念を理解していないせいかもしれないが、それほどまでに特別なものなの?
もしも20年近く愛読していた作品が完結したら、それはそれで哀愁を感じると思う。だけどその中の1キャラの生死に過敏になることってあるんだろうか。
「表現の自由の真の敵は右翼」って度々出てくるけどこれは表現の自由の戦いは時間とともに変化してることが分からないアホの妄言だよ。
確かに長い時代右翼が表現の自由やその中のオタク的なものを攻撃したのは事実だけど、現在、公然とそれらを攻撃してる右翼は非常に少なく、勢力も弱まってる。一方で今はフェミや左翼系の人々の方が攻撃の勢いが強い。
過去には右翼が攻撃してたこともあるから気をつけろならともかく真の敵は右翼とか言っちゃうのはこの時間軸を理解できない無能だけだよ。
表現の自由の真の敵は特定の勢力ではなくその時最大の勢いで表現の自由を攻撃する勢力のことで過去の行いなんてかなりどうでもいい
まずEOEでケリをつけられてないパターン
シンジの絶望とその補完についてきちんと消化しきれておらず、提示された答えを無視して棚上げにされた問題だけが心に残っているので、「ようやく完結した」「25年ぶりの卒業」などの妄言を言ってしまう
徹頭徹尾シンジの視点に寄り添っているなかで僅かに提示される情報から裏側の世界を想像して組み立てることを疎かにしてしまったため、ただシンジに没入して得られた不快感の記憶だけが残っており、「シンエヴァでは破みたいになった」「Qとはなんだったのか」という頓珍漢ぶりや「どうしてこうなったのか分からない」「設定が増えすぎ」といった間抜けな認識に至ってしまう
わかりやすい部分で理解を埋めてしまったので、作品が物語が私小説的かどうかということよりも上のレイヤーを提示しているつくりになっていることを見落としており、結果的に物語の層もメタの層も中途半端にしか捉えきれていないが、映画のすべてを理解した気になっている
共通しているのは画面に描かれているもの、話されている言葉に対してきちんと向き合っていない、ということだ
少なくともそうであるとは言い難いという根拠が画面の中にすでにあるような感想を書くまえに、もう一度ぐらいは作品に真摯に向き合った方が良いだろう