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2009-07-18

翼をください

映画館で、あれだけ泣いたのは初めてだ。それも、30代半ばのおっさんになって。

自分でも始末におえないとは思っている。

ヱヴァンゲリヲン新劇場版「破」

事前の情報で、エンターテイメント性に振ったものになっていると聞いていたし

そもそも今の自分は「エヴァ」にそれほどこだわっていないつもりだった。

「序」も、ポップコーン食いながら超まったりな鑑賞だったし。

だから、すっかり油断していた。





95年の秋から、97年の映画版EOEまで。

僕はすっかりエヴァにはまっていた。

大学生活が終わりを迎え、就職活動に向かっていた大学生の僕は社会生活に、そして自分にすっかり自信を失っていた。

いや、そもそも自信なんて持っていなかった。

学生時代のかなり長い期間イジメに遭い、精神的にはボロボロで。

外見やら身だしなみやら話し方やら、改善しようにもどうしたらよいか分からず見当違いのことばかりをして。

勉強はそれなりに頑張っていたから、それなりの大学に入ったけど、誰に褒められることも無い上友人は少なく授業は厳しく。

就職活動はいわゆる氷河期、筆舌に尽くしがたい苦しさで。

今までの人生における、努力に対する報われなさ感は最大、絶望感も特大、最低の時期だった。

そんな折、エヴァに出会った。

周囲から無理や理不尽押し付けられる中、一時的には逃げつつも何とか踏みとどまって世界と折り合いをつけようとするシンジ君に

僕は共感以上のものを覚えた。

そして、彼に自分を重ね合わせ、彼が幸せをつかめることを、僕がこの境遇から抜け出せることを、切に願った。

その後の本編と97映画版(EOE)で、あの世界は崩壊した。

TV版で相当やられていたけど、まあそれはそれとして。

正直映画版見終えた後、茫然自失になり、しばらく何をしたか覚えていないくらいショックだった。





エヴァ」とは正反対に、自分の状況は就職してから急激に好転した。

精神的な余裕ができて、色々な物事にチャレンジできるようになり。

時間や金銭にも余裕もできて、遊びの幅も広がり。

実は自分がそれなりに仕事をこなせる奴であることも知り。

拷問のような学生時代のことは、時折悪夢として夢に見る程度で意識しない限り思い出さなくなっていった。

もう一度言う。だから、すっかり油断していたんだよ。

特に、ラストの20分くらいはもう本当に涙が止まらなくて。

シンジ君が綾波の手を掴んだことが、とても嬉しかった。

彼が、自らの手を伸ばして何かを掴み取ったことが喜ばしくて。

闘うという決意が報われたことに、雨が上がった後の青空のように気分が晴れて。

90年代半ばの自分が求め続けたものが、そして決して得られなかったものが、そこにはあった。





あれは確かに「エヴァンゲリオン」の「続き」だった。

間違いなく。

僕にとってはそれだけで幸せだ。





以上、掲示板Blog等読んでいて、昔ほど感情的感想が無いなぁと思ったので書いてみた。

皆成長したんだな。僕みたいにアレを引きずっているのは少数派になったのか。

まあ監督監督だし「Q」からどうなるか分かったものじゃないけど…





以上、シンクロ率の高すぎた元エヴァチルドレンより。

2009-07-06

ヱヴァンゲリヲン新劇場版・破の感想(ネタバレあり)

エヴァンゲリオン 破を見てきた。いろんなところで、感想が書かれているけど、自分なりに感想を書いてみようと思う。ネタバレありなので、まだ見ていない人はここから先を見ない方が良いですよ。いや、ほんとに。なんで、増田に書くのかと言えば、自分Blogよりも見てる人が多そうだからです。
































































見る側の立場が変わった

内容だけを議論するとあまり話に出てこないことだけれども、エヴァTVで放送されたとき、見ていた人たちは学生だったと思う。自分中学生だったし。でも今回の「破」を見たのは社会人になってから。今まで素直にシンジの目線で見ていたのだけれども、自然ミサトやゲンドウの視線で見てしまう。ミサトを見ていてこんなにしっかりと大人の立場を明確にして中学生に接することってそうそうできないよなと思ってしまった。

自分が大人になってしまったからか、シンジもずいぶん大人になったんだなと思ってしまう。今の中学生だったら当たり前な行動なのか?でも、全然違和感がなかった。

見る側の喜ぶポイントをよくついてる

綾波アスカがもっとシンジと仲良くなれば良いのにと、TV版のエヴァを見ていた人たちは感じていたと思う。でもその設定をそのまま映画の中でやってくれている。この展開は今までエヴァを見てきた人であれば、当然嬉しくなってしまったに違いない。俺もすごく嬉しくなってしまった。こうなってくれればいいのになと思っていたことが、そのまま実現してくれているんだから。

それに、TV版をよく見た人が喜ぶポイントも多かった。一番印象的だったのはアスカが裸になって缶で見えなくなっている箇所。ストローですか。そうですか。だってこれ見てて「オパーイはうまく隠せないぞどうするんだ!?」と焦らせておいて、ストロー。その発想は無かったよ。

展開がわかっているからこそドキドキしてしまうアスカの3号機実験。あれ、展開を知らなければあんなにドキドキしないはず。わかってるけど、もしかしたら違う方向に進んでくれるんじゃないか淡い期待をしてしまうあたり、視聴者ターゲットをよく理解しているなとか考えてしまう。

一番の疑問

カオル君の「今度こそ君だけは幸せにしてみせるよ」という発言。これって、いままでのエヴァと話がつながってるってことじゃないのかい?

2009-06-30

ヱヴァンゲリヲン感想を書くよ!(ネタバレあり)

ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』みてきました。すごく面白かったです。

現時点で2回みてます。たぶんもう1回ぐらいみにいくはず。

感想残したいけど、ブログとか持ってないので、増田に書きます。



とりあえず、結論は2つ。

劇場版50年後も語り継がれるような大傑作になると思う(キリッ)

・ぼくのかんがえたげきじょうばん第4部、タイトルはA



劇場版50年後も語り継がれるような大傑作になると思う(キリッ)



ラスト付近「私が死んでも代わりにはいるもの」→「そんなことないよ!ばか!の」くだりについて。僕は人生の多感な時期の多くを2000年代に過ごしているので、(id:y_arimさんやid:maremlinが絶望したのもすごくわかるのですが)この旧劇場版とは正反対の結論に、とても感動しました。


多くの方がすでに指摘されていますが、2000年代の作品に「現実が厳しいかったりトラウマがあったりするのは、もう、しょーがない。そこでどう生きていくかが大事」みたいなテーマが多いのは、少なからず、1990年代のエヴァンゲリオンの影響があると思います。そして、エヴァンゲリオンが、その作中、執拗なまでに現実の不条理と厳しさを描きつつ『それにどう立ち向かっていくのか』と問題を提示し、それを乗り越えようと懸命に努力しながらも、土壇場の25話と26話で「やっぱむりっすわー、きびしすぎ」と全部放り投げてしまったことに対して、多くの人が共感しつつも、「それはないんじゃないか」「もっとほかにやりようがあるんじゃないか」と、新しい25話と26話をつくりだしていった。それが多分、僕が人生の多感な時期に夢中になった『ぼくらの』であり『ダービージョッキー』であり『フラワーブライフ』であり『木更津キャッツアイ 』であり『EDEN』であり『ソラニン』であり、その他多くの、僕の知らない作品だと思うのです。



破の作中、シンジの聴いていたウォークマンは、いつもトラック25と26をいったりきたりしていました。

一度シンジに捨てられたウォークマンは、レイが拾い上げます。

シンジによって救い上げられたレイの手には、トラック25と26の入ったウォークマンが握り締められていました。



るろうに剣心』の単行本のおまけページで和月伸宏さんはエヴァについて、「途中までは面白かったけど、ラストあんまり好きじゃない」とコメントしていました。

るろうに剣心』のラストエピソード、自分自身の過去と向き合う人誅編は結局、不恰好ではありましたが、ハッピーエンドで終わりました。

2003年大槻ケンヂが「グミチョコレートパインパイン編を出しました。不恰好なハッピーエンドでした。

和月伸宏さんの武装錬金連載中の巻末コメント引用します。

『「グミチョコレートパインパイン編を読んで号泣。8年間待ちつづけて本当に良かった』



僕も今回の破をみたとき、同じようなことを思いました。



・ぼくのかんがえたげきじょうばん第4部、タイトルはA



新劇場版第3部のタイトルが急からQへと変更になった時点のを次回予告をしったときに、「じゃあ第4部は多分Aだなゲラゲラ」とか言って笑ってたんですが、

今回の新劇場版テーマとかをゆっくり整理した今「もしかすると本当にAかも知れない」「むしろAであってほしい」と思いはじめています。

結論に至った背景は以下。



ウルトラシリーズとの類似点の多さと、「QときたらAだろ」という安直連想の元、仮に第4部が『A』だとして。そこから当然に連想されるのはウルトラマンA(エース)です。



ウルトラマンAは、歴代ウルトラマンシリーズの中でもっとも多く敵に倒されました。それでも何度も復活しました。

ウルトラマンAは、シリーズ中唯一男女2人が力をあわせることで変身します。1人では何もできません。(途中からできるけど)

『瞬間、心、重ねて』のエピソードは破において、まるまるカットされました。(ちなみに個人的にTV版のベストエピソードだったので、すごく悲しかった)



ヱヴァンゲリヲン新劇場版は、再び執拗なまでに現実の不条理と厳しさを描きつつ『それにどう立ち向かっていくのか』という問題に対して、それに対して立ち向かっていく姿勢が強く示されました。しかし具体的な方法までは、まだ示されていません。僕は、その『Q』に対する『A』が、ウルトラマンAの出した答えと同じであってほしいと願っています。



ウルトラマンAの最終回台詞引用します。

「優しさを失わないでくれ。弱い者をいたわり、互いに助け合い、どこの国の人たちとも友達になろうとする気持ちを失わないでくれ。

たとえ、それが何百回裏切られようと……それが、私の最後の願いだ」

2009-04-15

ヱヴァンゲリヲン新劇場版序を見たのだけど

傑作だったんだね、これ。



ぶっちゃけエヴァンゲリオンに対してそんなに強い思い入れは持ってなかった。

磯光雄! とか、吉成! なんていう、普通一般とはちょっと違う視点から眺めてた。

だから、テレビ版は全話みてないし、見た話についても、そんな細部まで覚えてなかった。



読んでる人には引かれるかもしんないけど、俺はフリーターでさ。

パチンコ屋で働いてんの。で、働いてる店にもエヴァの新作が入ってきてさ。

今までのパチンコエヴァは旧世紀版の映像だけだったんだけど、

新作のは新劇場版映像豊富に使われてるんだよね。

働きながら横目でそれを眺めたりなんかしてたら、いつのまにかDVD借りてた。



最初10分は正直期待はずれっつーか。サクサク進むんだけど、早すぎて

逆にテンポが悪くなってるのが目について。あー、期待はずれだった、なんて。

けどトウジにぶん殴られる辺りから、原作との変わりぶりに目がいくんだよね。

いやストーリーはあんま変わってないんだけどさ。

絵作りが大きく違うなーって。修正なんかも全編に行き届いてて、

別に原作キャラの作画が悪いなんてあんま思わんけど、すごく端整に描かれてるなと。

それと撮影? なのかわかんないけど。ここ2,3年のアニメ特に劇場作品なんかは、

すごくライティングが意識されてるよね。雰囲気が出てるっていうか。

この作品も例に漏れず、加えて、もともとのレイアウトの良さとが相まって、

緊張感がずっと途切れないすごい良い映像になってると思う。



そんで、ヤシマ作戦だよ。ヤシマ作戦

俺は本当に、この映画はすごいと思った。



ヤシマ作戦を通じて、初めてシンジは他人からの期待を知るじゃないですか。

トウジと、ケンスケと、ネルフの人たち全員の期待を知るじゃん。

自分の非常時に、わざわざ留守電入れてくれる友達なんて、シンジ君にはいなかったわけですよ。

四方八方走り回って色々調達して、まあそれは彼ら自身が死にたくないからなんですけど、

けど結果的に、代表としてシンジ君が仕事するわけじゃないですか。

彼らは結果的にはシンジ君の為に働いて、そしてシンジ君に全てを預けるわけじゃないですか。

シンジ君自身もセントラルドグマを見せられて、よりその期待を感じて、乗ることを決めるじゃないですか。

気になる女の子に関しては「私が守るからあなたは死にませんよ」、なんて言いだす始末ですよ。

それこそどういう表情していいかわからなくなりませんか?



そんな期待の大きさに耐え切れず、彼は失敗してしまうんですよ。



恐怖と痛みで震えあがるシンジ原作の彼ならここでこのまま死んでたと思う。

でも映画シンジ君は、強い子でした。

奮い立ったのです。



「今一度、日本中のエネルギーと一緒に、私たちの願い、人類未来

生き残った生物の命。あなたに預けるわ……。がんばってね」



ミサトの言葉に強く、うなずくシンジ

そして彼は背負うのです。期待を。もう周りの人間

友人たちやネルフの期待だけでは済まないのです。画面にいやというほど出てくる、

電力会社社員、避難する学友、そして日本全域からの期待。

常人だったら投げ出したくなるような重圧。

それをですよ!? たった、たった14歳の子供が!

そういうもの全部背中にしょって、また立ち上がるんですよ!?



14歳って。まだ子供じゃないですか。

俺はリアルに「まだ子供じゃないか」とかつぶやいてた。ほんとに。

めっちゃ泣いてた。ていうか今も泣いてるわ。



そして14歳の少年は、見事その期待にこたえるわけです。

任務成功。

俺は少年のとてつもない成長を作品内に見てしまった。ボロ泣き。






でも、見終わった後気づくんですよね。

きっとこれ、エヴァンゲリオンだからここまで泣いてしまったと思うんです。

あの弱虫シンジ君がですよ。

あの弱虫シンジ君が、やっとヒーローになってくれたんです。

他の人はどう考えてるのかしらないけど、シンジ君はこの作品でようやく、

正統派ロボットアニメ主人公になれたんです。

足掛け10年以上。作品内だけでなく、もっと共通のイメージとしての、

キャラクターとしての碇シンジが、他人の期待に応えられなかった碇シンジが、

10年かけて成長したんですよ。



僕、原作では劇場版だけは10回くらい見てるんです。彼の煮え切らなさに何度も腹を立てました。

シンジ君に期待していたのは、僕も一緒だったのです。

その彼が。やってくれたのです。

5年くらい前(旧劇場版見たのそのくらい)の思いが今かなえられるとは、全然思ってなかったんですよ。

残りの3作で、再びこの期待を裏切らないで欲しいなー。

2009-01-31

ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序

子供たちとみはじめた。

初号機の頭がサキエルに貫かれ血が吹き出したところで膝の上の娘がビクッとなった。

これは幼児にはみせられないと断念。

(序なら大丈夫かと思ったんだが、最初から暴走シーンなんだよな)

2008-06-25

ネギまアニメDVD付き書籍の売上が凄い

8月発売のコミックス23巻+アニメDVDの予約が45000枚入ったそうです。

参考までに、通常売られているアニメDVDの売上を。

http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/music/3914/1168328827/335

335 :名無し避難中。。。:2008/06/23(月) 18:59:53

2008/06/23付

*16 12 *4,617 *47,201 **4 ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序 通常版

*18 -- *3,378 **3,378 **1 ビー・ムービー スペシャル・エディション

*21 *3 *2,779 *15,587 **2 DRAGON BALL GT #11

*25 *5 *2,536 *15,175 **2 DRAGON BALL GT #10

*26 *4 *2,506 *15,288 **2 DRAGON BALL GT #9

*30 25 *2,117 *12,185 **3 河童のクゥと夏休み 通常版

*38 44 *1,748 150,782 *73 The World of GOLDEN EGGS Vol.01

*46 35 *1,442 *24,969 **4 FREEDOM特別編 FREEDOM SEVEN

*49 70 *1,416 817,590 338 となりのトトロ

*50 53 *1,390 115,126 *67 The World of GOLDEN EGGS Vol.02



書店予約の分をまだ集計していないそうなので、さらに行きそうとのことで、

かなり驚きですよね。

今回のコミックスアニメDVDという方式は、今までのテレビアニメDVD化の流れが、

うまく機能していないことを考えると、アニメDVDの売り方も変わるかもしれない。

テレビ視聴率が低いのに、DVDが売れたり、よくわからない状況)


予約締め切りは今日までです。興味あったらぜひ

2007-09-09

ヱヴァンゲリヲン新劇場版

ヱヴァンゲリヲン新劇場版」を観に行った。2007/9/7金曜日歌舞伎町ミラノ1。仕事帰りだった。18:00に劇場に到着してチケットを購入し、そのままホワイエに通された。カウンターパンフレットを購入してその後、モスモスバーガーセットを購入。オレンジジュースを飲みながら時間を潰した。17:00の公演を逃して、次は19:15。公開時間まではあと1時間近くある。買ったパンフレットを眺めながら、まだ残暑の厳しい外に比べてエアコンディショニングされた劇場のホワイエで、ふと周りを見渡してみる。

 そこに居たのは全く自分と同じ人々。年齢は20代後半から30代にかけて。それ程多くない。男女比率は同率程度。

 10年前、僕は同じ劇場エヴァ劇場版Airを観た。それは高校時代後半の全てだったエヴァの最後を見届ける為、同時代のグルーヴ感を感じる為だったと思う。深夜、TV局が行列に並んでいる人に取材している姿を横目に見て僕は「お前らには絶対にわからねぇよ」なんて悪態をついていた。

 あれから10年が経ち、僕はまた「ヱヴァ」を観に来ている。庵野秀明が全身全霊をかけて、僕達に叫んだ「お前ら、こんなもの観てるんじゃねぇ!」という叫びも虚しく僕は今、ここにいる。それは自分が選んだ道だけど、それでもスーツを着てここに並んでいる自分の姿は、傍から見て、とても滑稽だろう。

僕は携帯を取り出してさっき彼女から貰ったメールの返信を打つ。「大好きなのに・・・」と始まる彼女メールを見て、お昼過ぎの痴話喧嘩を思い出す。二人はとても仲が良くてお互いがお互いの事を最も大切に思っているから、ちょっとした事で喧嘩をする。それは自分の気持ちが相手に上手く伝わらないジレンマのようなものだ。メールには友人と飲みに行くと書いてある。僕は「さっきはごめん。今日はゆっくり楽しんできてね」と携帯の単語予測から選択して手早くメールを作成し、彼女に送信した。

携帯の電源を落として改めてさっき並び始めた列の後ろを眺める。長蛇の列は劇場脇にある入口からホワイエまで続いている。優に40m近くはある。それが劇場両脇にあると思えば大した人数である事が予想される。

「何故僕は今、ヱヴァを観るのか。」

この問いはここに来る前からずっと僕の頭の中でループしている。その答えはきっと庵野秀明によってフィルムで示される筈である。でもそれ程多くは期待していない。何より僕は当時に比べて歳を取ったし人生経験も積んだ。離婚も経験した。それは僕の心に大きく影響して、僕の中から少しづつ童心純粋さは失われていった。それを肌で感じていた。僕は十分に大人だ。それも随分腐った大人になっていた。当時とは違う。そんな事を考えながら立ち続ける。

凡そ40分後、劇場のドアは開けられた。中は比較的広く清潔だ。多分リニューアルしたのだろう。10年前とは違っていた。僕は中央付近の良い席を取る事ができた。席に荷物を置いてビールとポップコーンを買いに行く。ビールを飲む辺りに親父臭さを感じる。

席に戻ってポップコーンを摘みながらビールを飲む。果してどんな作品を観る事ができるのか。僕はとても楽しみに、少しの絶望を抱えながら、それでも楽しみにしていた。GAINAXの「トップをねらえ!2」に絶望し、「グレンラガン」に次世代性を読取った僕が、庵野秀明の最先端に触れられる瞬間である。時代を築いた映像作家の最新作。否が応にも期待が膨らむ。僕の前に「ヱヴァ」はどんな姿で現れるのか。ネット等で事前知識を何も仕込まずに観に来たのは、それが一番純粋に作品に触れられる方法と考えたからだ。僕はやっぱり何かが変わる事を期待していた。庵野秀明が何かを変えてくれることを期待していた。

映画は静かに始まって、劇的に幕を閉じた。

興奮する観客の中で一人僕はうっすらと涙を浮かべていた。それは感動の涙である。「ヱヴァ」は「エヴァ」ではなかった。それは全く同じキャラクター世界観で描かれた純粋二次創作物だった。「エヴァ」で面白かったと思われるエピソードを凝縮し、解像度を上げ、劇場作品として耐えられるクオリティにまでベースアップして新しく作られた「エヴァ」だった。「ヱヴァ」は「エヴァ」ではない。それは様々なガジェットで示されている。「エヴァ」が「ヱヴァ」としてリメイクされた理由、それは庵野秀明が「閉塞した時代」に風穴を空けようとした、という一点に収束する。「エヴァ」が批評的であり、文学的であり、映像芸術的であったことに比べて「ヱヴァ」は極めてアニメ的だった。それは「時をかける少女」が極めてアニメ的手法によってそれまでのアニメーション作品には無い全く新しい映像表現を目指した事とシンクロしつつも少しずれた感性である。

アニメ外の人間だった庵野秀明アニメ内に入りエヴァで再びアニメ外に出て行ってしまった、しかし10年の時を経て再びアニメ内に戻ってきた。この波は彼が「ナディア」から「エヴァ」に到る際に経た道程と同じではないか?「ナディア」を撮って、もうアニメは撮れないと言っていた庵野が再びフィルムを撮ろうとした、あの「エヴァ」に到る道程と酷似してはいないか。

表現者・庵野秀明の本気は恐ろしい。彼の本気は時代を動かす。「ヱヴァ」は庵野秀明憂さ晴らしでは終わらない。彼は再びアニメーションという表現を信じる事ができた。彼は再び物語が持つ強度を信じた。その事が僕にはとても嬉しかった。彼が10年前に三行半を突きつけたアニメーションを、どんなに蔑まれてもずっと追い駆けてきた僕は、そこに一筋の光明を見る事ができた。庵野秀明が再び信じたアニメーションという表現手法。それは日本が世界と鎖国し独自の文化として大切に育ててきた集団芸術総合芸術である。宗教に並びうる文化的発明と言い切ってしまっても構わない。

アニメーションには未来がある。SF子供たちに夢を届ける。ぼくらはそのファンクションを十分に生かして自らの人生を豊かにしなければならない。次世代へ繋ぐ夢を語り続けなければならない。素晴らしい芸術作品を創作し続けなければならない。素晴らしい芸術作品の下僕として作品に仕えなければならない。

ピラミッドが何故素晴らしいのか?万里の長城が何故人々に感動を与えるのか、東大寺大仏金剛力士像が何故現代でも価値を持ち続けているのか。その事について僕達は自覚的にならなければならない。ゴシックの大聖堂が持つ光と影が作り出すドレープの豊かさ、そういった表現が何故我々の心に届くのか。全てはたった一つの事に気づく事で理解できる。芸術とはそういうものだ。

ヱヴァ」はその意味で十分に芸術作品足りうる。つまり「エヴァ」とは違った芸術的価値を持つ作品である。

ヱヴァ」を観て涙を流した僕が思った事。それは「庵野秀明の帰還」と、「エヴァ」ではない全く素晴らしい作品の誕生の瞬間に立ち会えた事である。世界はまだまだ素晴らしい出来事で溢れている。

戦争の無い恒久の平和を胸に。決して叶う事の無い夢とは解っていても…。

2007-09-07

日本でただ一人のプログレッシブSF作家(笑)の方が怒っているようで

http://d.hatena.ne.jp/jyl2142/

ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序」の公開に刺激されたのか、エヴァバブル時代にエヴァパクリ小説デビューし、Webサイトをパクりがばれて、そのDQNな対応で消え去った、電波な人が怒っているようです。

しかし、ご本尊のブログヲチまとめwikiと比較されれば、どうなるか分からないのが電波たる所以か。

2007-07-19

俺の青春

だった「新世紀エヴァンゲリオン」ですが、「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序」・・・帰るのか俺、そっちの世界に。

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