はてなキーワード: 就職活動とは
就職活動で、クレジットカード業界(JCB・三井住友VISA・三菱UFJニコス)の説明会を受けて思った。
どの会社も、クレジットカードの利点は現金より「便利」だと言う。
でもクレジットカードって便利か?
店舗だと、クレカで払うたびにサインしなきゃいけないし、現金で買うほうがよっぽど便利だ。
正直、現金とクレカ両方で払えるなら現金で払うほうがよっぽどよい。
多分これが日本の貨幣の取引率のうち、クレカでの支払いが15%程度にとどまってる原因だと思う。
スーパーでの雑貨の購入や、ラーメン屋での飲食程度にクレカ使わない人が多い。
これからカード会社は、クレカでの支払い率をあげてゆくべきだと思う。
今までのように「便利」を押し出してもクレカでの支払い率は高くならないだろうし、別方法を考える必要がある。
例えば、クレカの支払いという価値観を「便利」でなく「当たり前」にしてしまってはどうだろう。
クレジットカードで支払うことが当たり前で、現金で支払うことは野蛮であるという価値観を蔓延させる。
ドラマのスポンサーになって、ドラマでの支払い方法はすべてクレカにする。(ついでに支払いシーンも無意味に入れまくる)
とにかく現金で支払うことはスマートじゃなく、クレカで支払うのはかっこいい、といったイメージをメディアを通して植えつける。
中年層は既に現金での支払いになれてしまってるし、一度得た価値観は代えづらい。
そして、若年層向けのクレカを作る。支払い限度5000円とかそんなおもちゃで十分だ。
彼ら若年層は、それをきどって使うだろう。
彼女とパスタを食べたときなんかに、ちょっと背伸びをしてカードで支払う。
なぜならクレカで支払うことはかっこいいからだ。サインを求められることはかっこいいからだ。
一度クレカでの支払いになれてしまえば、不慣れな現金の支払いに戻ることは考えにくい。
もちろんかっこいい価値観の普及に合わせてクレカでの決済機能も店舗に普及させる必要がある。
クレジットカード会社は、「クレカを持つこと」を当たり前にしたのだから、
http://lingmu12261226.blog10.fc2.com/blog-entry-138.html
まず、自分の意見が正しいか正しくないか(合理性)だけしか考えてないですね。自分の意見はこんなに正しいんだーってことを強弁するだけ。
さらにいえば、正しさだけにこだわるのは、「正しいかどうかは人の立場や物の見方によって変わる」ということが全く理解できてないってことでもある
要するに、自分にとっての正しさを、延々と立場の違う他人に受け入れろ、という議論を展開するわけです。
この人はもう手遅れとして、これを悪いケースとして、幼稚な意見の述べ方から脱出する方法を考えましょう。
仕事をする時、物事を動かすときに最も必要になるのは何か。2つあります。
もう一つはものごとについてのメリット・デメリットを両方考えてみる事です。
相手のことを考えてみるといってもこういうのは違います。
「この会社だけでなく、色々な企業を見てくださいね」と優しく就活生に語りかける癖に、実際には「手書きのエントリーシートだと時間がとられて、他の企業の説明会に参加しにくくなる?いやいや、本当にうちの会社に入りたいなら手書きででもエントリーシート書けるでしょ?さっさと書け」というようなメッセージを就活生にぶつけている。これでよく「社会人」を名乗っているなと常々思っている。自分の会社に応募してきた学生すら苦しめてるくせに「社会のために頑張って働いてます!」というような善人面はしないでいただきたい。
これは自分の考えを押し付けているだけです。真剣に考えて見た結果がこれならまぁ、そういう思考をする人がお似合いの舞台で頑張ってください。
こういう思考をもてる人間であればほんの少しかんがえただけでわかることですが、
企業側には手書きの履歴書には合理性があります。 デメリットもありますがそれ以上に効率が良い部分が大きい。
そして、学生側でも「レベルが低い学生であればあるほど」効率性が悪いどころか大きなメリットがあります。
そういった点とデメリットを比較して、デメリットが大きい人達を探していきます。
・考えなしにバカスカエントリーして一日2つも3つも対応しなければならない企業がある人
・履歴そのものが自分を雄弁に語ってくれため、デジタル情報で一切構わない人
・ドラッカーのように字が致命的に汚く、どれだけ努力しても直せない人
・毎日mixiやtwitterや社会人批判のブログに時間を費やし就職活動に割く時間が足りない馬鹿学生
くらいでしょう。この人達をいかに核にして、そこから浮動票をうまく巻き込んで物事を変えていくか考えないといけないわけです。
togetterで時々この話題になった時、多くの人を巻き込んでいるのは「履歴そのものが自分を雄弁に語ってくれため、デジタル情報で一切構わない人」のタイプの人ですね。
彼らがそう言ってるから自分もなんとなく手描きは大変だし反対だ、位の学生が多いですが、扇動されているにも気づかないとかお馬鹿さんですね!
業界全体として、「手書きの履歴書が悪い」などという乱暴な理論は到底当てはまりません。
少なくとも、合理性や理屈の名において、この件を変えようと思っているのであれば、それは阿呆だと言えます。
できるだけ議論の対象を具体的に絞る、そしてできるだけ数で語る。
実際にアンケートをとって、どの程度の人がそれを望んでいるのか確認する。
まずは選択適用から推進して、手書き履歴書を望む人が少ないため採用に不都合が出ることを証明できればいいのです。
あと、本当に心の底から思うんですが、履歴書ってそんな大した話ですかね?
企業に不満を持つにせよ、もっと大事なところに疑問を持ったりしないの?
頭の良い人が、企業の問題を本質的に掴んで、そこに人を巻き込むためのわかりやすい切り口として履歴書問題を取り上げるってのはわかる。
でも、特にそういうことを考えてない人が、ドヤ顔で履歴書問題について論じているのを見ると、怒りと言うか憐れみすら感じるんですが。
ごめん、偉そうなことを書いたけれど、俺の説明ダメダメだわ。
http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20120126
言いたいことは全く同じなんだが、説明のわかりやすさのレベルがぜんぜん違う。
抽象化しつつ、プロセスとSHは詳細化しろって、言うやすし行うは難し。
私は抽象化はできるけれど、それと並行してプロセスとSHを分解するってのができなんだ。
このくらいの説明がすっと書けるようになりたい。
「学生は勉強が仕事だ」とか「いい成績をとってればそれでいい」とか言うくせに,
社会人になると「勉強ができるだけ仕事はできない」とか言い出すからこの世界は理不尽.
勉強しかできない風に育った私はどうすればいいんだ,と,途方に暮れながら就活している.
死にたい.
とよく思う.生きていくのが不安で苦しく思う.
*
記憶はないけれど,母はきっと相当悲しんでいたんだと思う.
それが影響してか,母を悲しませまい,苦労させまいと,
自分はひたすらいい子ちゃんに育った.
勉強をがんばって,通知表ではよくオール5をもらった.委員長もやった.
公立の中学へ行き,公立の高校へ行った.
やりたいことも,夢も希望もなかったけど,
そのうち見つかった時のために,選択肢が広がればいいかと思ってた.
3年生までをサークルもせずにだらだら過ごし,
就職活動が盛り上がってきて,なーんにもできない自分に絶望している.
*
やりたいことの選択をいつも先延ばしにしてきた.
そのつけがいま回ってきたけど,やっぱりやりたいことなんて分からない.
集中力がない,逃げてばかり,計画性もない,効率悪い,アイディアも出せない.
研究室は優秀な人が多くて,自分のくずさがよく分かって悲しい.
作業量が多いのもつらくて,進捗報告は毎週すごいプレッシャー.
あってもうまく言えなかったりで,だめだって手応えしかなかった.
こんなくず,入ったってまともに働ける気がしない.
研究室に迷惑をかけてる申し訳なさと,逃げ出したい弱い気持ちでいっぱい.
くずには相応な,名も知らぬ会社にそっと入って,そっと辞めるのが似合ってるのかな.
体を売るか?女を売るか?でも,コミュニケーションだってできないくずなのに.
染み付いた「母を悲しませまい」という気持ちはなくならず,
頼れないな,学費は返さなきゃな,こんなくずに育ってごめんな,と思ってる.
*
いつか,こんな風にくるくる悩んでた頃を,懐かしく思えるのかな.
それか,地球はやく滅びればいいのにな.
あぁ,生きるのがツラい.
贅沢な悩みだこと.
結論から言うと、企業は就活サイトや就活業者よりも、心情的には学生に近い立場にいなければいけない。
しかし「どんな学生が望ましいか」「どんな方向性を学生と共有したいか」というメッセージは具体的に、学生に迫るように撃ち出す必要がある。
この部分を就活サイトにアウトソースし、結果として就活サイトや就活業者が学生を食い物にしていることを放置している状態で
競合は、同じ業界の他社だけではない。 就活サイトとか就活業者、あるいは2ちゃんまとめ記事などの悪質な情報業者も含む。
彼らに打ち勝って、正しいメッセージを学生に届けられないなら、優秀な学生ほど自分の会社を選んでくれない。
「競合の他社がこんな感じだから、うちの会社もこの程度で」とか言ってる人事だと、お話にならないわけです。
実際、今まで「企業側のメッセージ」と称して悪質な情報を提供する各種メディアによって学生が翻弄され、道を誤るというケースが多かった。
もうどっぷり社会人側に染まった私としては、若者への嫉妬を込めて
「就活前になっていきなり慌てて準備するから、ろくに考えずに企業とか就活業者のメッセージに躍らされるんだよ」と言いたくもなるがそれはアンフェアというものだ。
学生も確かに怠けてはいる。だが、それ以上に就活業者の悪徳ぶりは批判されてしかるべきである。
そして、そういうものを駆逐するのに第一義的な責任を持つのは、企業側である、と私は思う。
自前で自分たちの魅力が全く伝えることができない、学生に仕事のイメージを伝えることができない企業ばかり。
必要な情報や行動指針が与えられない学生は不安になり、その不安にゴミどもが群がる。
最近2ちゃんまとめブログのステマ騒動などが起こったらしいが、ああいうのは、企業側の社会的責任が全く果たされていないことを意味している。
現実的には、責任を果たさないどころか、積極的に社会的不正義に加担して、自分たちだけが得をしようと抜け駆けを図る腐った企業もあるらしい。
企業側がここまで腐っている今の状況で、学生を責めるのはちと可哀想かな、と思ってしまう。
もちろん、学生が可哀想だといっても、別に学生が今のままでいいとは思わない。
学生は学生でよくよく考えるべきだ。就活業者の2ちゃんまとめ等の示す甘い言葉にホイホイついて行っちゃう奴は成人式からやり直すべきだ。
しかし、それを差し引いても現状を放置するのは企業にとっても学生にとっても大きな損失である。得しているのは就活業者だけだ。
この状態を改善しようとしない、あげく「最近の若者は」とかいっちゃう人はビジネスマンの資格などない。
間違ってたら間違ってると言う。誤解されていたら誤解を解く、それは当然やるべきだろう。
それぞれの企業が「就活本とか就活業者はあんなこといってるけど、うちではこうだよ」と示さないといけない。
学生側が、就活業者や就活本を捨てて、自社サイトをじっくり見てくれるように情報を発信しなければいけない。
そして、その手間は「ちゃんとした人事戦略があって、それが共有されている会社なら」たいして手間はかからない。
人事戦略を理解してる人が一人、毎日1~2時間使ってブログで情報発信するだけで十分すぎるほど効果があると思う。
ちょっと本屋に行って調べてみれば、そうやって就活サイトを使わずに成功してる会社の話が幾つも出てくる。
そんなことすらやってない、というかやろうにも明確な戦略を持ってる会社が全然ないのだと思う。それが現実だ。
「会社の中に入ってもわからない」ものを、学生が理解して実践しよといわれても、さすがに無理だ。
学生に文句言いたいなら、まずちゃんとした基準を持つ。自分というものを持たないまま他者を批判していいのは中学生まで!
優秀そうだから、話がうまいからといったフィーリングでおぎやはぎを採用ような企業はどこか問題がある。(おぎやはぎを批判シてない。彼らは本当に優秀だろうから)
論理的にはかなり怪しいけれど(※)読者の感情を揺さぶる形で学生の勘違いを指摘してる記事があるので引用する。
就職活動の直前になると、自分自身に少しでもハクをつけたいからなのか、
「資格の勉強をしようと思います」「インターンを見つけて行ってこようと思います」
資格を取ったりインターンを経験したりしたことそのものが就職活動にプラスになるわけではないってことです。
例えば、TOEICで920点を取ったとします。だから就職に有利になるかというと、それ自体がすごく有利に働くことはほとんどありません。
むしろ、「TOEICで900点以上という職種はないかな…」と自分自身で職種の範囲を狭めてしまったりして、逆に自分の可能性を縮めることの方が多い。
「920点取りました」ということ自体は、大して意味がありません。「私は、TOEICで920点取りました!」「なるほど。…それで?」と、その後を聞かれます。
「920点取ったから、何ができるのか」「920点取ったから、どうしたいのか」といった、その後が重要なのです。
そういう話をすると「言っている意味が分からない」という人も多いので、身近な例に置き換えてみましょう。
例えば、定食屋や中華料理店に行ったとします。何か食べたいとしたら、何と言うでしょう。
「私は、920円を持っています!」「そうなんですか。…それで?」と、店員さんはキョトンとしてしまいますよね。
保持しているモノを自己申告されても、何を与えたらいいのか、何を求められているのか、提供する側は分からないわけです。
「920円持っているので、麺類が食べたいです!」「920円持っているので、杏仁豆腐を食べます!」
などと言ってくれれば、「かしこまりました」とか「こちらもお勧めですよ」とか、提供するものに関する話が進んでいくわけです。
それと同じことで、資格や体験を「持っています」と自己申告するだけでは、相手は何をしていいかさっぱり分かりません。
920点持っているから、何ができるのか、何がしたいのか、ということを明確に伝えなければ、全く意味がないのです。
とは言っても、「920点持っているから、英語でコミュニケーションができます!」
とかいった自己PRも、大したPRにはなりません。資格に見合う強みではないからです。
「私はTOEICは受けてないけど、英語でコミュニケーションができます!という人と、言っていることは大して変わりません。
「資格は何を持っています」「こんなインターンをやりました」ということ自体は、そんなに有利な条件ではありません。
「いや、そんなことはない」と反論したい気持ちも分かります。「この学生はTOEICで920点もあるなら、英語ができそうだな」と思われるからいくらか有利、と思うかもしれません。
でもそれは、「この学生は九州生まれだから、九州のお客様と仲良くなれそうだ」ぐらいの、個性レベルの長所に過ぎないのです。
今どき、資格を持つとかインターンをするといった程度で目を見開くような採用担当者はいません。
そんなことが採用の可否に影響していたのは、昭和40年代ごろの話です。
だから自分は何ができて、自分は何がしたいのか。そういう、その後のことを伝えなければ全く意味がありません。就職活動は、自慢大会ではないのです。
これはガチです。
ほんとに企業の意識としてはすでにこんな感じなんですよね。社会人なら誰でもうなづくでしょう?
現実はこっち側なので、学生側も早くこれを受け入れたほうが、結果的には楽なんですよ。
というか、普通に考えて、これってすごく自然なことだと思いません?
一括採用って前提を無視して、一対一のコミュニケーションで採用を考えたら、こんなの当たり前ですよね。
少なくとも、一括採用とか早期採用に反対なら、シグナリングなんて無効になって、こっち方向になるよってのは受け入れる必要がある。
現時点では、学生は目的の企業よりも就活サイトとか就活本の方が「近い」んです。
学生は基本的には安易なメッセージの方向に流れようとする。それで下流喰いの代表格である就活ビジネスにまんまと引っかかるわけです。
この氷河期になっても、今まで自分でなんにも考えたことがない、なんにも考えたくない、答え「らしいもの」が欲しいっていう人は、
未だに彼らのあまーいメッセージにひっかかる。
こういうのを、甘えだというのは簡単です。私もそう思うよもちろん。
就活サイトを活用してる会社であれば、就活サイトが寝ぼけたこと言ってるなら、ちゃんと文句を言う。
そこまで出来ないなら、少なくとも自分の会社に来る学生だけには、ちゃんとしたことを理解してもらう。
そうしないと「イラない学生」「甘えた学生」ばっかり集まってきますよ?
というか、現状そうなってますよね。それで文句言うっておかしくありませんか?
甘えた学生しか来ないと嘆いている会社は、その原因が自分がやるべきことやってないからだってことくらい認識しろ
まとめ
就活は、コミュニケーションです。コミュニケーションに第三者を挟むな。
「グローバル化の話」でも書いたのだけれど、
・コアの部分があるならまずそっち!
・コアの部分が固まってないなら急いで考える!
・コアの部分がないような企業は滅びろ!
twitterからグローバル化まで何でもそうなんですが、道具の部分でごちゃごちゃ喚くな。うるさい。
twitterのローカルルールとか、匿名か実名かとか、そんなことはどうでもええわ。
何か語るときに「自分が何者か」「自分がどう思うか」を起点にして語れない奴は滅びろ。自分のない意見はつまんないんだよ。
こういう事言うとすぐ自分の都合の良い用に勘違いする奴いるけど、「自分探ししろ」とか「自分語りしろ」って言ってんじゃないよ?
探さないと自分が見つからないような奴は、他人の文句言ってる暇があったら、何でもいいから必死になってやってみろって言ってんだよ?
最後に一つ。学生は、就活で悩んだら、まず親に相談してみること。
どこそこに就職しろとかいう話は無視していい、どういうことを考えて仕事してるかとか、何を支えに仕事してるかとか、会社の新人の話を聞け。
「実際に仕事をしている人」と仕事についてコミュニケーションができるかどうかは致命的に大事。
その中で、一番自分を知って、かつ遠慮無くコメントしてくれる可能性が高いのは親だ。まず親を避けるな。
必ずしもまともな話が聞けるとは限らない。それならそれでいい。ただ、まず就活サイトとか就活情報を通さずに生の声を聞く。ここからスタート。
特に女子学生はこれやるとやらないで全然変わってくる。自分の親をクソだと思ってる人こそ、それこそ圧迫面接に耐えるつもりでやってみ。
基本的に、就活の面接なんぞ親(他の社会人でもよいが)と仕事について3時間くらいぶっ通しで話せるようになれば楽勝です。いやまじで。
本来こういうのはそれこそ「就活ぶっ壊せデモ」をやってた奴らがきっちり問題を整理して、自分の主張としてしっかり訴えていくべきことだと思うんだがな。
あまりにむしゃくしゃしたので怒りにまかせてこの記事書いた。口調が悪くなって申し訳ないけれど、ほんとに頑張れ。オレも頑張る。じゃあの。
「私は本当に貴社で働きたいのですが(…と笑顔で言って軽く笑いを取ったあとで)、貴社で働く際に求められる、一番重要な資質は何でしょうか?」
そういうのとか、御社というより、説明会にいるスタッフ(質問に答えてくれる当人)に向かって、「xxさんはどうして入社したんですか」「xxさんが個人的に欲しい人材は(社としてというより今こういった人が欲しい具体例を)」
もありだと思う。
就職活動している人が本気で働くイメージを持っていて何を要求されて自分がどんな労働を提供できるか考えてるかどうかって大事なことかなと思うんだが。。。気のせいか。
まぁ学生側の意見としてはそうなんだろうな。企業としてはもはや「新卒」にも「一括」にはこだわってないんだけどね。
企業側から言わせてもらえば、新卒採用辞めるのにネックなのは学生側の意識が全然変わらないことだとすら思ってたりする。
ソ○ーが新しい取り組みを発表したね。そしたら案の定、企業側より学生側の反発が強かった。
自分を優秀じゃないと思っている学生が「これって得するの優秀な学生だけじゃないか」って吠え出した。
わかりきってたことではあるけど人事の人間としては心の底からうんざりしたね。
なぜ企業が、優秀じゃない学生を、優秀じゃないという理由でもって、優遇してさし上げる必要があると思えるのか。
もともと新卒一括採用は、企業の都合ではあるけれど、それ以上にこういう弱者救済のための性格が強かった。
学生は確かに大変だろうけれど、定数が用意されている一括採用だからこそ就職できる人ってのが多かったことくらい考えたらわかるだろうに。
ただ就職できないことが不満なだけで、自分のことも就活の仕組みもまじめに考えたことがない学生が、考えなしに新卒一括採用を批判して、
そこまでいうなら、と企業が「当たり前」仕組みに戻したら慌てだす。
優秀な人から優先されて、基準を満たす人が少なければ今までの定数以下でも門を閉じるというのは、企業の論理からしたら当たり前です。
そもそもなぜ他でもない○ニーが、他者に先駆けてこういう取り組みを発表できたのか、って少しでも頭を使った学生がどれだけいるんだろうか。
「努力しないで何でも他人のせいにする、自分を理解していない、自分の頭で考えない」の三拍子が揃っていたらなにをどうやっても駄目だということくらい理解して欲しいものです。
・・・ただ、あんまり事情がわからないでマスコミとかリクナビの情報くらいしか知らない人にあまりきつい話をするのもアンフェアだと思うので説明するね。
最初は受け入れがたいところから話をするけど、ちゃんと後で説明するから頑張って最期まで読んでくれると嬉しい。
論点は2つ
・新卒採用するのは、一度就職した後の優秀な人の行き来が少ないため
もともと企業が早期採用戦争をしてでも唾つけておきたいのは優秀な上位10%の学生だけなんだ。
もちろんこの%は多ければ多いほどいいんだけど、本当に優秀な学生の数ってのは昔からそうそう変わらない
だから「ある問題」を解決しないままで、新卒一括採用をやめようと思うなら、
幹部候補枠(幹部候補よりも優秀な技術者の方が欲しいんだけど)みたいな特別枠を設けて、優秀な学生の採用だけ企業からアプローチするって形になるだろう。
今は世間に配慮してそこまで露骨にはやってないけれど、これがOkなら新卒採用なんていつでもやめてやるよって感じなんだよね。
トヨタみたいな大企業はどうなんかしらんけどさ。あそこは未だに教育しっかりやるらしいからまず人数確保が大事なんかもしれんね。
90%の人間はぶっちゃけ誰採用しようがあんまり変わらん。偉そうに言ってるけど私もこっち側だよ。十把一からげで採用されたんだ。たまたま今人事ってだけでね。
ほんとにコミュニケーション能力があればいい。言われたことをちゃんと理解して実行できる程度の責任感があればいい。
愛社精神やら大層な志望動機も別にいらない。というか、入社する前から愛社精神とか持ちようがないのはこっちもわかってる。
だから、通年採用だろうが、3年採用だろうがどうでもいい。むしろちょこっとくらいは社会経験積んでる奴のほうが楽でいい。
自分たちで採用せずに、コミュニケーション能力だけチェックする第三者機関とか専門学校みたいなところの卒業生から一定数回してもらうとかの形でいい
もちろんこいつらは正社員扱いはしない。3年目あたりまではしっかり勉強してもらうために職を保障するけどそのあとは成果でないならやめてもらう。
そうすれば、頑張れるやつだけ残る。頑張れる奴ってのはそこそこ職場のことも好きになってくれるもんだ。
理想としては、頑張って基準を満たせる奴は残ったり上にいって、
そうじゃない奴はグレードを下げて自分のレベルに見合った職場に行ってもらうっていう仕組みにする。アメリカの大学方式ができるといい。
そのかわり、雇ってる間は、社員に対して無茶な労働条件とかは絶対許さない。大事に扱うことを義務とする。
みんな頑張って生産性上がれば、福利厚生やら教育やら、いろんなことができるんだ。
まぁ粗末に扱ったり社内で教育の機会が少なかったりしたらすぐに移動できる仕組みになるのだから、もともと無茶なんかできないけどな。
上位10%の人間を特別扱いして大切にするってのは別に残り9割を疎かにするって意味じゃない。
それぞれがそれぞれの能力に合わせて、自分のできる仕事をやって一生懸命頑張ってもらおうって話だ。
こうしたほうが全体としてレベルアップするから結局9割の人も得なんだけれど、そういう話に耳を傾けないから9割なんだよな。
まぁ実際に足をひっぱるのは下10%なんだがな。
別に今のままでもお前らの就職活動が有利になるわけじゃないのに、
一番能力ないやつに限って優秀な奴とか企業の足を引っ張りたがって、そういうところには才能があるんだよ困ったことに。
今までのやり方を維持しようとする。みんなで不幸になろうとする。だからいつまでたってもちっとも問題が解決しない。
これは年代を問わずだ。学生でもこういうタイプの人いるでしょ? 団塊だから若者だからって話じゃないんだ。
長々と語ったけど、理解してもらいたいのは1つだけ。企業としても「新卒の時に確保しないと優秀な人材が自分の会社に来てくれない」という悩みがあるということだ。
解決しないといけないのは結局「新卒で全てが決まっちゃう」みたいなガチガチした仕組みをなんとかしようってことなんだ。
そこを解決できれば、他の問題ってあれよあれよと変わっていくと思うんだよね。逆に言うと、そこを変えずに新卒採用だけやめると
まぁ間違いなく企業はただでさえ少ない優秀な学生の採用にリソースを集中させて、あとはいい加減になるだろう。普通の学生はかえって不幸になると思うよ。
学生側も「新卒で採用してもらえないと、人生おわる」って言ってる奴多いだろ。全く同じように企業も悩んでるんだよ。
企業は学生の嫌がらせのために新卒やら早期採用をやってるんじゃないんだ。企業だって必死なんだよ。
自分の会社が優秀で働きがいがありつづければ、いずれ優秀な人間が移ってくるって環境じゃないから、なんとか新卒の段階で捕まえようとする。早期採用を目指す。
そういう企業側だって悩んでるってちょっとでも想像力が働けば、今の就活の構造を理解できると思うんだ。
就活ぶっ壊せデモみたいなことをやるような学生は、そこの想像力が全く働いてないってことだね。
この問題は、企業と学生が協力して解決していく問題なんだ。 今は対立してるような感じだけれど、決して対立したくてしてるわけじゃない。見方を変えれば協力できるわけよ。
そういうふうにしてもらえれば、新卒一括採用なんて何の意味もないやつはすぐにやめるだろう。だってほんとに必要ないもん。
こういうと、3割くらいは「じゃあ既得権益の団塊世代が悪いのか」などと次の敵を探し始めるんだけど、ここまでわかったなら後はどう考えたらいいかわかるよね。
どの世代にも、敵になる人もいれば、味方になる人もいる。 自分たちは何を問題にしていて、そのためにはどういう人達と協力できるかって考えてみて欲しい。
こういう話をすると、どうせ超優秀な奴は転職じゃなくて起業しちゃうからお前のところには来ないよ、
それより普通のやつを教育で育てろよっていう人もいる。教育万能論ですね。
教科書があって、そのとおり教えたら仕事が出来るようになるってものでもない
(まぁ教科書レベルすらできてない学生さんも多いのでそこは教えるけれども)
どちらかというと、それぞれの部署で、社員の人が自分の能力きちんと発揮して活躍する。
それが後輩にとってもロールモデルになって部署が活性化されるというのが重要なんです。正解は部署ごとに違う。
教育を考えても大事なのはリーダーになれる人であって、困るのがヤル気のない人なわけですね。
人事部の人間が教えられるのは、技術的な研修を用意することを除いては(それについても最近は非公式な勉強会に勝てませんが)
親はおおらかで心優しい人だった。
愛情をもって私を育ててくれた。
地頭はあるほうだ。
インターネット・テレビ・新聞で情報を集め、自分の意見を考えられる。
それをもって、きちんとした大人と議論することもできる。
友人の数は多いほうじゃないが、学内に知り合いは多数できた。
付き合って2年になる彼女もいる。
今後大きな仲違いがなければ、結婚するだろう。
しかし私には、低学歴で、低収入で、親の教育がひどくて、情弱で、コミュ障で、結婚もできず、能力のない
底辺の気持ちは一生わからないのだ。
日本はより底辺には住みづらい国になるだろう。
たとえば鳩山元総理が、日本の底辺層の気持ちを無視して、友愛と叫び続けたように。
私は、底辺の現状を、考えを、気持ちを、知りたい。
そして底辺に対して何をすべきか教えてほしい。
3年くらい前に就活して、そこそこ大きな会社に入社したので、その立場から一言書いてみる。
一応、新人との面談とか人事側とも接する機会も多少あるので、極端に的外れじゃないと思います。
演技だらけの面接で... みたいなエントリをよく見かけるので一言。自分を6割以上偽るような面接をしようとしているなら
仮に面接に合格しても採用的には期待した内容と違うわけだし、自分としても期待される内容と違うわけなので就活としては失敗。
誰も得しない結果がおとずれます。
じゃあ、何も考えずに、友達としゃべるような感じで好きなこと喋ればいいかといえば、それも違う。偽らない自分の意味をはき違えてる。
そうではなく、面接官も人間であることを利用して、戦略的に言葉を選ぶ。具体的には、相手が不快にならない程度の丁寧な(あるいは丁寧そうな)喋り方、
自分の言いたいことを主張しやすい話の組み立て、無意味な質問をしないこと、そういうのが大事。
無理にリア充ぶる必要はない。あからさまなため口じゃなくて、聞き取りづらくなければOK。
ちなみに無意味な質問の代表例は残業の有無。なぜなら、採用側が嘘をしゃべるかもしれない以前に、どう回答されても志望側は安心できないだろうし。(ある: 嫌だ, ない:怪しい)
しかも、採用がわからしたら、うんざりな質問だし、志望側も甘えてるとか色眼鏡で見られて良いことないです。
そういまっとうに考えて相手が回答しづらい内容は非公式の場で聞くのがいいです。知り合いを辿って社員と話すとか、人事がいない時の社員との食事会みたいな奴とか。
無意味な質問をしないためには人によって質問する内容を変えるのも重要。
例えば、経営理念とか役員(社長)面接以外で聞いても仕方がない。精々がホームページにあることが聞けるだけで、意味のある情報とならない。(※ あえて聞いて、HPに載ってる程度の情報が社員全体に浸透してるかを測ることは出来るけど、あんまりオススメしない)
昇進制度とかは人事に。具体的な業務内容は現役社員に。会社の理念とか業務目標とかは役員以上に質問するのがベスト。
こういったことを考慮して話をするのは嘘をつくとかそういうレベルじゃなくて、円滑に話をすすめるためのスキル。
みん就とかで情報集めをするのも大事だけど、それをベースにどう自分に有利に交渉の場を組み立てるのか? と考える。
会社に入ることではなくて、会社に入って何をするか? どの程度の収入やら生活ができるのか? というのがゴールだと思うので
それに必要な情報を引き出しつつ、自分を売り込む交渉の場が面接だということを意識するのが大事。
あと、この手のスキルは会社に入ってとても良く使う。自分は営業職じゃないけど、上司に要求を通す時、あるいは問題を報告するとき、
クライアントと打ち合わせする時に非常に重要。(※ちなみに、業務中なら相手の機嫌や報告内容の優先度を考慮したりと、難易度は上がるよw)
これがちゃんとできないと、結果出しづらいです。訓練の意味でも面接で経験するのは良いと思います。
最後に、やりたいことと、会社でできることのギャップが少ない会社を選べるように
会社でやりたいことははっきり言ったほうが、不幸にならないです。
もちろん、ギャップがあれば落とされるが、そんな会社に受かるよりマシでしょう。
会社ないしは自分のやりたいことが、元から考えたたのと違うときは、転職する方が良いけど、わざわざ失敗率の高いことを選ぶ必要はないでしょ。
最初に言っておくと、私は中学生でも高校生でもない。大学生だ。もひとつ言うと、ハタチもとっくに過ぎた大学院生だ。
なんだけど、将来を思って動けば動くほど、「大人になりたくない」という今更な幼稚な悩みがどんどん大きくなっていく一方だ。
楽しく人生を過ごしている自分が見えない、というのが唯一で最大の原因。仕事に追われてプライベートの時間がどんどん削られて、仕事から帰ってきたらてきとーにネットみて寝るだけ、休日もやりたいと思っていることは一杯あるけど寝て体力を回復するのを優先させてしまう。そんな姿が容易に思い浮かべられてしまい、このままでいたいと願ってしまう。
身の回りやTwitterなんかを見ていると、大人も大人なりに今を楽しんでいるように見える。楽しいことがひとっつもないなら、きっとみんな生きていけないはずなので、もちろん大人でも楽しいことはあるだろう。けれど、昔ではなく今が楽しいと言う人はおらず、あの頃がよかった、昔の方が楽しかった、と言う人ばかりのように思える。きっと自分もそう思ってしまうんだろう。
とすると、大人(社会人)になるより大学生の方が楽しいっていうんなら、やっぱり大人なんかになりたいと思えない。今のままでいたいし、今にしがみついていたい。
「楽しくなくてもいきていかなくちゃないんだ。みんなそうやって生きているんだ」と言うかもしれないけど、それを否定しているの。それが嫌だって言ってるの。そんな社会おかしいじゃん。そんな社会になんて出たくないよ。
でも、そんなことはできるはずもなくて。できたとしても、それは「社会不適合者」でしかなくて。
だから私は、まあ、大人になるしかないんだと思う。これは仕方ない。今は、大人か社会不適合者かのどちらかしかないんだから(違う道もあるにはあるが、それは才能か運に恵まれた人しかなれないものすごく狭い道でしかない)、私は大人になるんだと思う。とっても嫌だけど。
今の私たちには、楽しくない大人になるしかまっとうでいられる道は提示されてないんだから。
でも、できるなら。できるなら、私たちよりも後に大人になる人たちには、こんな「楽しくない大人なんて」って思って欲しくない。今の私たちではダメみたいだけど、これからの人達にもそういう思いはして欲しくない。こんな思いをする人なんて絶対少ない方がいい。
だから、私は、大人になるしかないんなら、「今が楽しい」って言ってあげられる大人になりたい。
一番だとは言えなくとも、「今が(今も)楽しいよ」「だから安心して大人になっていいよ」って言える大人になりたい。
狭い窓から社会を覗いてみているだけだから、これから実際にどうなるかわからないけれど、今の情勢やそこから推測される未来を考えると、きっとこれからの人たちは私たちよりもさらにつらい世の中を生きていかなくちゃなくなるんだろうと思う。
そんなつらい世の中で、さらに楽しさが少なくなる大人になりたいだなんて、だれが思えるだろう?
すくなくとも、私は無理。今でだって躊躇しちゃうもん。絶対無理。
希望持てない上にさらに辛くなるっていうんだから、そんなの逃げるしかないじゃん。最悪(究極的には)死ぬしかないじゃん。
だから私は、そういうこれからの人達のために「今が楽しいよ」「安心して大人になっていいよ」言わなくちゃないんだと思う。言えるような生活をしたいと思う。
ここで改めて言っておかなくちゃならないのは、私は未来に希望を持てないでいる、ということだ。失望と言っていいと思う。
世の中をよくするためには、世の中を悪くしないためには、これからの人たちのためにはどんなことができるんだろう、ということを考えた時に、失望に失望を重ねて、撤退線を繰り返した結果、私個人でもまわりの10人くらいの人達のためにすぐにでもできるだろうと思ったことが「今が楽しいと言うこと」だった。(これを読んでいて「どうしてそうなるの?どうしてそれしかないの?」と思われたところがあるかもしませんが、それはこれに起因することではないかと思われます)
どんな職につこうが、現在の世の中やこれからの世の中に対して自分ができることなんて、きっとたかがしれているんだと思う。
少なくとも、大規模な改変をするには数十年かからなきゃできないだろう。現在の生活水準にしがみつこうとしている中年以降の人々の抵抗もあるだろうし。
大人にならなくても多くの人が社会不適合者にならずにすむ道を作るのは、他の人に任せたい。
政治的、または社会的システムを改善させるのも、他の人に任せたい。
経済をうまく回していく仕組みを作るのも、他の人に任せたい。
技術的な面で世の中をより生きやすくするのも、他の人に任せたい。
歌や小説や漫画やアニメや映画やスポーツや、というような大くくりでの「エンターテイメント」でみんなの心をなぐさめたり希望を持たせたり楽しませたり癒したりするのも、他の人に任せたい。
こういうのは、結局(ちょっとタイムリーなアニメのことばをつかうと)「きっと何者にもなれない」自分には多分無理だから。そういう人になれるという夢は、もうない。
そんな矮小な自分でもできることが、多分「今が楽しい」って言ってあげることなんだと思う。
少なくとも、私がまわりの「何者にもなれなかった」大人たちにして欲しかったこと、言って欲しかったことがそうだったんだと思う。まわりの大人たちみんながそう言ってくれていれば、こんな風に社会に出ることにおびえなくてすんでたはず。
これからの世の中に対しては悲観的だけど、それでも楽観主義者でありたい。
「昔も楽しかったけど、今もちゃんと楽しいよ」「多分きっと、これからも楽しいよ」「だから、君たちも安心して大人になっていいと思うよ」って言ってあげられるようになりたい。
だからというかなんというか、その、感情が爆発しそうになって勢いで書き始めたから具体的な方法なんて考えて無くて、さらにどんな展開と締め方にするかもまったく考えていなかったので、論理性がない上にこんなオチになってしまうのは我ながら不服なんだけど、
さきほどまで、
http://blog.livedoor.jp/nwknews/archives/4059007.html
学生時代に住んでいたアパートは壁が薄くて、時々隣の人の声やテレビの音が聞こえた。
隣には同じ大学の2年先輩が住んでいたが、まったく面識がなく、一度も話したことがない。
ところが、ある日いきなりドアを蹴られて、
「うるせえぞコラ!」
と怒鳴られたことがある。
慌てて外に出ると、その先輩がいて、俺に殴りかかろうとしたので、慌てて羽交い絞めにした。
高校の頃に柔道をしていたから、ひょろっとした相手はそれほど怖くなく、羽交い締めにしながら、
「ちょっと、落ち着きましょうよ」
と何度か繰り返す。
「てめえの家のテレビがうるさいんだよ、コラ」
と怒鳴るので、
「待ってください。うちにはテレビはありませんよ。ほら」
と部屋の中を見せた。
「でも音がしたから」
「それ、たぶん他の部屋ですよ。俺じゃないですよ」
と説明すると、ようやく落ち着いて納得したので、
「ここはそんなに壁が厚くないから、どこかの部屋の騒音がそちらに伝わったのだと思います。
ただ、間違って騒音を出すときもこれからあると思うので、そういう時は俺に注意してください」
と低姿勢で俺はひたすら謝った。
ドアには彼の靴の跡がしっかりとこびりついていた。
それから一週間後に、彼が自分のドアの前に座ってタバコを吸っているのを見かけた。
俺はフレンドリーに彼に話しかけた。
彼は半笑いで俺に向かってクビをふる。
なぜあれほど凶暴化したのか分からないほど、穏やかだった。
それは夏だったのだが、それから一ヶ月ほどした日曜日、彼の部屋から、
という大声が聞こえてきた。
と考えて、放っといた。
ところが、それが数時間続いた。
さすがにおかしいだろうと思ってそいつの部屋のドアをそいつと同じように蹴り上げてやろうかと思っていたところ、
という怒鳴り声に混じって、
「すいませんでした!」
「許してください!」
という言葉とすすり泣きが交じるようになり、やがて、
「許してください!」
という大声だけが繰り返されるようになった。
その頃には道路を挟んだクリーニング屋のオバサンまで出てきて、そいつの部屋の様子を探っている。
俺も
「どうしたんでしょうね?」
と彼らとコソコソと話しながら、様子をうかがう。
気味が悪くて彼の部屋のドアを蹴り上げることは止めることにした。
夕方までその大声は続いた。
学校に行く前に、4トントラックが彼の部屋から荷物を片付けているのを見かけたが、その時は気にもとめず。
授業を終えて帰宅した所、母親らしき人が、泣きながら部屋に一人で掃除機をかけていたのが見えた。
http://lingmu12261226.blog10.fc2.com/blog-entry-119.html]
悪い悪くないなら悪く無いだろう。
でもそれだけですよね。そこ開き直ってどうするの? あなたが目指してるのはそのレベルでいいの?
それで他人から共感をえて、他人を動かしていくためにはどういう物語を作れるんですか?
バカじゃないの?ってかばかじゃないの?
この人はただの傍観者であるが、実際に就活デモをやっている人が、この程度のヌルい感覚でやってないことを祈る。
何か物事を動かそうとするときに問われるのは「悪いか悪くないか」というような低次元なレベルじゃない。
どうすれば、他人を巻き込んで、活動をもりあげていけるか、だよね。
サークルのノリで社会を動かせると思ってるなら、今すぐ解散しておとなしく就職活動始めてください。
ってかバカじゃないの?
こういう理想の割に、身の振り方が小さいのは、悪い意味でのロマンティストって言うんです。
家に帰ってメールを確認しているとその会社から「ES締め切り日が近づいています!」とのメールが。
「いやいや、さっき出したから(笑」などとほくそ笑みながらスクロールしていくと、「2012年卒のみなさまの就職活動を…」との文言が目に入る。
ボク2013卒ですよ。2012卒募集にES出してきちゃった(ノ∀`)
なんとなくその原因もわかる気がして、それは綱渡りの競争で勝者にならなければならない義務感が全面化していることなのではないかということだ。
職場はもちろん、親、兄弟姉妹、配偶者、恋人、友人、あらゆる人間関係で安心できる場所が少ない。
もちろん、子供でもない限り「無条件に自分自身を受け入れてくれる場所」なんていうものが誰にでも用意されているわけではないのは当り前だけど、
今の日本の社会って「失敗できない」という感覚が強過ぎやしないだろうか?
「あいつは使えない。使えないやつとはつるまない方がいい。いつ自分の評判に響くかわからない」。
実際、中学生あたりの年頃に、いじめる側にまわるかいじめられる側になるのか戦々恐々とする構造とあまり変わらない。
裏で働いているのは利害関係の論理で、この利害の理屈があらゆるところに顔を出している。
でも、個人的な関係まで悪化するかはともかくとして、ビジネスの場ではある程度それは仕方の無いのことだ。
しかし、恋愛関係が損得勘定なのは珍しくないとしても、親兄弟や利害が無いはずの友人関係までもが損得で勘定されかねない今の状況はどうなんだろうか。
いけてるやつとつき合いのあるいけてる自分、いけてないやつとつき合っているいけてない自分。
そして、自分は自分の友人や親兄弟や恋人から見て、いけてるのかいけてないのか?
あるいは実際はそういうわけでもないのかもしれない。
親兄弟・友人同士の関係における損得勘定感覚、利害の論理はもしかするとそれほど前面化しているわけではないのかもしれない。
だけど、ここで重要なのは「そう感じられる」ということだ。不信の種にはそれだけで十分だ。
社会生活を送るにあたって「失敗できない」という緊張を延々と強いられたらどうなるだろう?
誰に対しても「へまをすれば自分は徹底的に見捨てられる。だから決してミスをしてはいけない。この綱を踏み外してはいけない」
という強迫観念を持って日々を生きなければならないとしたらどうなるだろう?
そして、失敗してしまった人間が「自分はへまをしてしまった。綱から落ちてしまった。だから自分は見捨てられても仕方ない存在だ」
と感じているとしたらしたらどうだろうか?
恐れる人間は当然のようにその恐れの原因である自分の物差しを、そのまま他人を評価する物差しとして使う。
この場合「へまをしないようにそこに精力を傾けて努力している私は、へまをした人間を切り捨ててもいいのだ」という感覚だ。
こうして実感された全方向における関係性の「綱渡り感」は社会的現実になり、再生産され、綱から落ちた者への容赦ない冷笑・蔑視・罵倒は正当化される。
とにかく明るく元気で前向きにいることが義務づけられているこの空気の中、
少しでも気鬱な表情を見せれば途端に敗者の匂いが漂い、それだけであらゆる場面で敬遠の対象になってしまう。
今までの日本社会ならば、失敗したとしても、明るく元気で前向きにいることが可能だった。
社会全体が経済的な繁栄を享受する中で一度二度つまづいたとしても、もう一度立ち上がってライフコースを再構築するくらい日本社会の路は太く安定していたからだ。
「なあになんとかなるさ。死ぬわけじゃあるまい。人が人でなくなるわけがあるまい」が現実だったのだ。
だけど、今や日本社会の路は一本の綱になってしまった。誰かがどこかで失敗することは避けられない。
そんな社会で私たちは「一度躓いたら徹底的に孤立する」という「綱渡り感」から逃げられない。
「みんながやっている綱渡りなんだ。敗者が孤立するのは当然だ」という声があらゆるところから聞こえる。
でも果たして本当にそうなんだろうか?本当に失敗した人間は孤立しなければならないんだろうか?
目の前の路は、落ちたらまっさかさまに孤立へと落ちる、一本の綱なんだろうか?
実は、目の前の路を「綱渡り」にしているのは僕たち自身なのではないだろうか?
僕の弟は今大学4年生で、本命ではないけれども、某企業から内定を頂いている。だけど本人はひどく落ち込んでいるようだ。
大企業へ就職する者が多いという周りの友人に比べた時、弟は、既に失敗している、綱から落ちてしまった、という思いがするのだそうだ。
驚いたことに、留年してもう一度本命の企業(某広告代理店)に挑戦したいと言い出す始末。正気の沙汰とは思えない。
挙句の果てに、弟は僕に対しても卑屈な態度をとるようになってしまった。
僕の会社は弟の内定先よりもはるかに知名度の低い会社だというのに、だ。そんな弟を見るのは軽くショックだった。
だけど、自分の周りを見てみても、もしかしたらそういう感覚は、この日本社会ではもう当り前なのかもしれないと思うようになった。
共に氷河期の就職戦線を生き残った大学時代の友人が、弟とまったく同じ卑屈な態度をしていたからだ。
失業をきっかけに鬱になってしまった彼の元を彼の妻は去っていった。幸か不幸か彼らには子供はいなかった。
そして友人は変わった。ひどく自分を卑下し、まるで「まともな人達」と同じ場所で生きていること自体が申し訳ないことかのように振る舞うようになった。
彼の失業や離婚に心を痛める人間は世界で彼ひとりしかおらず、他の誰一人として彼の心痛を共有できるものはいないかのような物言いをするようになってしまった。
氷河期世代の割に比較的のんきに生きてきた僕は、今とても恐ろしくなっている。
今まで考えたこともなかったけれども、もし僕が会社から解雇を告げられたら、あの卑屈な表情を僕に向けてきた弟や友人は僕を嘲るだろうか。
僕の恋人は負け犬を見る様な目で僕を見て、そして僕から離れていくだろうか。何より僕はそんな態度をとり始めた周りの人間を恨まずにいられるだろうか。
人生の苦しい状況で、支え合うことよりも、蜘蛛の糸を奪い合った亡者達と同じように蹴落とし合うことを選び、
ひたすら損得と利害だけで行動するような餓鬼の如きなにかに成り果ててしまうのだろうか。
綱の下に広がる網は、綱の上を歩いている時にははっきりと見えるけれど、一度綱から足を踏み外した瞬間に消えてしまうのかもしれない。
なんという恐ろしさ。徹底的に孤立するから綱から足を踏み外せない、でも誰かは足を踏み外さなければならない。
ならば蹴落とす、自分が落ちない為に。落ちたやつには目もくれない。
こんな緊張があらゆる人間関係で全面化してしまったら、そりゃ狂うわ。
綱をうまく渡れている時でも生きている心地がしないもの。
「もし、お前の一番の希望が通らなかったとしても、その時は僕がどこかにコネをつけてやるから。そのくらいはなんとかなるから。だから後悔の無い様に思いっきって挑戦してください」と。
そして、友人にはこうメールする。「元気?お前が暇なうちに久しぶりにまたオールナイトでも見に行こうぜ」。
彼女にもメールを送る。「お仕事おつかれさん。今度、温泉でも行っておいしいごはんでも食べて一日中ぼーっとしてゆっくりしよう」。
多分、会社の同僚にも送るだろう。今はもうあんまり顔を合わせなくなった大学時代の友人や高校時代の友人にも。父と母にも送ろう。
少なくとも、僕にできる部分だけでも常に網を張っておこうと思う。
きっと今は、そういうひとりを思いつめさせないように気遣う努力がひとりひとりにとって必要な時代なんだと思う。
そうじゃなきゃ、みんな悲惨な気分を内に秘めて、そして隠しきれずに卑屈な顔をしながら生きていかなければならなくなってしまう。
いいことがあれば共に喜び、わるいことがあったら共に悲しみ、そしてまた再スタートを切ることをお互いに後押しし合わなければダメなんだと思う。
これだけ厳しい時代なんだから、経済的な意味でも、人間的な意味でも、そのくらいのことができなければ、僕たちは人間でなくなってしまう。
新卒の話。
アドバイスをもらうとは、自分とは異なる軸を持ち一つの結果を得た人から話を聞くことなのに、自分の考えと違うと否定しようとする。
何のためにアドバイスを聞くのだろう。
求めている結果は同じなのだから、そのアプローチの方法に違いはあれど、要素としてはどこかしら同じ所があるのに。
それを見抜けないなら、アドバイスを貰うのもやめたほうがいいし、時間の無駄だ。
学生を見ていると、どの学生がどの企業に受かるレベルにあるかはだいたい分かる。
特に普段から話しをしている人などは、よくわかる。自分より上か、下か、同じくらいか。
必要なことは、何を求められているかを把握し、自分の適性を判断し、それをわかりやすいように伝えること。
就職活動なんて落ちるもんだという人がいるが、それは間違いだ。
定員300人あったとして、無作為に300人撮るわけじゃないんだから、自分のレベルを見誤らなければ大体は成功する。
(もちろんその日のコンディションもあるがね)
ネットで通勤電車内でのイライラや駅員への怒りが書き込まれると
「ラッシュ自体を解決する方向に考えるべき」というレスポンスがつくことがある。
いつもこれには全く同意している。
全面賛成はできないなあ。
「ラッシュ自体の解決」のためには、車両、運転手などの増設が必要不可欠。
そのために会社はコストを追加しなければならないが、そのコストはどこから捻出する?
企業努力もしてはくれるだろうが、最終的に巡り巡って消費者である我々に跳ね返ってくると思うんだが。
後、
単に妊婦が立っていればいいか、「すみませんが、席を譲ってもらえませんか?」と頼めばいいだけでは?
今話題の写真を晒した妊婦も、一言声かければ大抵譲ってくれるだろうに。
自分の体験だが、2年ほど前、就職活動で電車で移動中に具合が悪くなって、でも快速電車で後10分くらい駅には到着しなくて、立っているのがつらかったとき、優先席に座ってる人に「すみません、体調がすぐれないので代わってもらえませんか?」と頼んだら代わってくれた。
時間は午後5時頃、帰宅ラッシュの始まりかけで、車内は立っている乗客で割と詰まっているような状態で、自分は妊婦でも何でもない、スーツを着た24歳の男だったにもかかわらず。
と、ここまで書いて確認作業と言うことで2chのまとめサイト見たら、おおよそ自分の意見と同じこと書いてあった。
23 名前:名無しさん@涙目です。(橘神社)投稿日:2011/12/23(金) 16:51:05.17 ID:AsPSgarq0
席譲ってほしけりゃ声くらいかけろよ
73 名前:名無しさん@涙目です。(寒川神社)投稿日:2011/12/23(金) 16:53:51.22 ID:nsnwL4GXP
男が座っている→譲ってくれと頼む→悪態をつかれて譲ってくれない→盗撮して晒す
なら10000歩譲ってまだわかる
でも
http://anond.hatelabo.jp/20111216111401
安くて簡単、企業からすりゃ新卒はビッチ、自分から股開いてヤらせてくれる
→それだと『能力(経験ではない)のある中途を無視してでも能力イマイチな新卒を取る』現象が説明できないだろう。
安くて簡単であればどんなブスでもいいってこと?
正直そういうところ(安くて簡単ならブスでもいい)は「あった」んじゃないかとは思う。
想像だけで語るなら、むしろブスって自覚のあるブスの方が、余計な自尊心ないから使いやすい、くらいに思ってたんじゃないかとすら感じてた。
しかしまぁ、私らが好き勝手に論じてる採用活動って多分現実より5年かそのくらい認識が古いと思う。
今がどうかはその手の人に聞いてみないとわからんだろうからこういう話って情報なしに推測で話しても無駄じゃね?
こっからは独り言ね。
就活生が一番やってはいけないのは、ネットの、特に古い情報を参考にすることだと思う。
就職することの本質みたいなことがあるなら、それについてはは昔から今まで変わらないと思う。
特に「差別化するためのテクニック」とか「今はこのスキルが求められる」的なことは、
あっという今に陳腐化&「言ってはいけない言葉」みたいな感じになるから、絶対ダメ。
そもそも、社会人になって、偉そうに就活のテクニックとか語ってる奴って多分大して仕事できない奴が多いだろ絶対。
特に2ちゃん系の雑談とか、よくはてブされてるけど、全く役に立たない。
あれは、「採用する側・評価する側」じゃなくて「就職活動中のやつら=よくわかってない状態」とか「就職活動がうまくいってないやつら」に気に入られるための言葉をやりとりしてるだけだもん。
どうやったら会社との距離を縮められるか、とかそういう行動に繋がる話がない。よくわからんくせに勝手に結論出してるだけ。根拠レス。むしろ積極的に現実ねじ曲げてる。
就活ぶっ壊せデモも、今のところは根本的に勘違いしてるようにしか見えないので、全く応援する気が起きない。彼らの屍からまっとうな活動が生まれることを望むだけ。
就活で一番大事なのは、個人が納得できるやり方とかゴールをいかにして見つけるか、だと思うので、みんなの声を意識しすぎないほうがいい。
どうしても気になることがあるんだったら、ネットで自分がすごいなーと思う人に聞いてみたほうがいいよ。
私は大学でぼっちだったから必然的にずっと一人で頑張ったけど、多分余計な情報入れずに自分で考えて活動した分、いっぱい情報やりとりしたり仕入れたりしてたやつよりは効率よくできたと思ってる。
やれ体育会系だとかリア充じゃないと無理とかいうけど、そんなことは全然ない。 一般にはそうだとしても、自分にあった場所はある。 それを自分で探せよ。
・・・私も「社会人になって、偉そうに就活のテクニックとか語ってる奴って多分大して仕事できない」の例にバリバリ当てはまってるね。うん。
特に若手、というか若ければ若いほどそう感じる。
うちの会社は中小だが大企業との取引もあり、大企業の人間50人くらいと会ってきた。
若手はことごとく、身長が高くてスーツの似合う体型をしているんだよな。
おっさんはそうでもないが。
中小の若い担当者と会うときは同じくらいか、やや見下ろすくらいの身長が多い。
統計とかないんだろうか。偶然とは思えない。
「普通の人なら、間違えたら『違うやろ』って叱れる。でも、障害者の人を叱ることは出来ない。なぜなら、障害が原因で間違いを起こしていたとしたら、それを叱るのは理不尽でしょう? それならば、そもそもその向かない仕事はしてもらわずに、出来る仕事をしてもらえばいい。でも、貴方のように目に見えない障害で、何を配慮したらいいか分からないと、こちらもどうもしてあげられない。だから、理不尽に叱ることにも繋がってしまう」
貴方はどう思いますか?、と聞かれたものの、私は最初「どう思う?」の『どう』の意味が分からなかった。何が質問であり、疑問なのかすら分からなかったのだから。
まず、私の中では、
障害者=怒られない、は存在しない。また、障害者=必ず配慮されるべき者……ではないような気がする。
そもそも、間違えた部分は、注意されるべきだし、怒られるべきだと思う。指摘されなければ、間違いは分からないのだから。
理不尽なのは、『何故』怒られるのかが『分からない』こと。なぜなら、『分からない』ままだと、『直す』事が出来ないから。そして、直す方法を考える手段がないまま、『直せ』と言われるのは、流石に理不尽だと思う。
ただ、それを説明するのは難しい。なぜなら、これまでの人生で口にした時は『言い訳』としか取られなかったから。
ーーと、その辺の所をぐだぐだ説明した(注:たしか、このあたりで泣き始めた)ところ、
話を遮られ、「それは、貴方の立場から見たらでしょう? 僕らの立場から見たら違う」と切り替えされた。
……『面接終了のお知らせ』を聞いた気がした。というか、私が面接辞めたくなった。
(まあ、泣いた時点で試合終了とは分かっていたけれども(ストレス耐性的な意味で))
私たちは、互いを理不尽だと思っているのだろう。
先方は、配慮するポイントが言えないのに、障害者として雇えと言うところが理不尽だと。
私は、まず『配慮して欲しいところ』を求められるのが理不尽だと。
障害者雇用で就職活動をし始めて戸惑ったのは、どの企業からも「どんな配慮が欲しい?」と配慮ありきで質問されることだ。
正直なところ、私は自分の欲しい配慮が説明できない。ある程度自分の特性は説明できるが、実際の問題点は現場に入ってみてつまずいてみないと分からない、としか言いようがないからだ。また、配慮して欲しいポイントをきれいに説明できるのであれば、障害者手帳なんて要らない。なぜなら、配慮が無くても仕事を出来る場所を探せばいいのだから。
今思えば、多分、答えられないから泣いたのだ。相手を納得させる答えがないから。通じ合う答えを返せない、と理解できたから。
答えが『無い』から泣いたのであれば、
次に泣きたくなかったら、答えを『作っておく』しかない。だが、その答えも多分『正解』じゃない。正解じゃないと分かっていても答えを作らなきゃいけない、それも理不尽と思うのだけれども。
なぜなら、言葉を重ねても、本当に伝わって欲しいことは伝わらない。だから泣くしかない。だけれど、泣いても伝わらない事ぐらい分かってる。泣いたら、『泣く』という行為が、本意とは違う憶測を相手にもたらしてしまうことも。
多分、次の面接で答えるとすれば、
「叱って下さい。ただ、その後に直す方法を一緒に考えて下さい。それが私の欲しい配慮です。
『それぐらい、自分の頭で考えろ』とは言わないで下さい。自分の頭で考えられるほどであれば、私は『障害者』とは名乗りません。方法を自ら見つけられないから、障害なんです。他の方の手助けをお借りしたいのです」
……かなあ……なんか、これも答えには遠い気がしますが。
ちきりんさんの本「ゆるく考えよう」に「コミュニケーション成立比率」というものがあります。
100%
A氏はB氏の発言を常に正しく理解し、一切誤解しない。逆もまた同じ(理解するとは「同意」の意味ではなく「わかる」の意味)
90%以上
70%以上
日常会話の他、業務を共にする上でも一切ストレスを感じない。ただし、感情、感覚の説明、擬態語、擬声語を用いだコミュニケーション、前提を省略した会話については時に誤解が生じる。
50%以上
日常会話に問題はないが、ともに仕事をするにはお互いに注意深いコミュニケーションが必要。業務の場合は、おたがい話すだけでなく文章化や図解による確認があれば安心できる。
30%以上
日常会話は成り立つが、仕事や議論では、相手の言っていることを理解するのに時間と手間がかかり、お互いに手間がかかり、フラストレーションを感じる。誤解や軋轢が頻繁に生じる
20%以上
日常会話においても、様々な誤解が頻繁に生じる
20%未満
おそらく、飲みニケーションが最も有効に機能するのは50%以上から70%前後であると思われます。
年寄りの、特に役職持ちあたりが一番飲みニケーションを楽しんでいることからも明らかでしょう。
価値観や感覚は共有しており、情報や前提といった部分にお互い共有が足りない所がある場合、飲みながらのコミュニケーションというのは楽しく、かつ有用なものになります。
70%を超えだすと、酒の力を借りずとも、コミュニケーションそのものが有用になるでしょう。
もちろん酒があっても楽しいでしょうが、こういう人達はランチタイムでも十分活用できるはずです。
30%~50%ゾーンの人も、何も考えずに「飲みニケーションをやればうまくいく」などと甘い考えでなければやり用はあるでしょう。お互いに相手との違いや問題意識をしっかり持った上で酒の力を借りればうまくいくこともないとは言えない・・・ような。
言うまでもなく、30%以下の関係ですね。
これは飲みにケーションで何とかしようとしないほうが良いと思います。
まず最低限会話に必要な知識や、仕事の進め方についての共通認識がありません。
このあたりは、教科書的に教えて共有すべき、あるいは仕事場で先輩を観察しながら学習していくべき内容で、
酒の席で教えるものでもないでしょう。
むしろ「うまく振舞おうと思ってもできない」状態で、無理に適応するよう進めると、反発につながると思います。
私自身は、どうしても自分は職場では20%とか30%の関係でいたいんだ、という人はもうしょうがないと思う。
それでも、最初はこちらから20%から50%くらいになるまで、職場でコミュニケーションをとっていき、
見込みがありそうだったら、飲みニケーションに積極的に招待する、というやり方でいきたいと思ってます。
今の「飲みニケーション」の運営は、ふるい落とし方式のようになっていると思います。
努力して50%ラインまで登って来られる奴は可愛がってやる、そうじゃない奴は知らん、というやり方。
就職活動で篩いにかけられて、職場でもまたふるいにかけられる。それに頑張ってしがみついても、ふるいが常に意識に張り付いて、仕事もコミュニケーションも楽しく感じられない、というのはもったいないですね。
出世を目指すような人間は、当然これに耐えるべきだと思いますが、普通の人はもうちょっと自然に仕事できるようにしたいですね。
これは更に私の勝手な考えなんですが、
最近の大学生は、友達間でもコミュニケーション成立比率が低いような気がします。
傍から見るとすれ違いまくっているのに、なんとなく成立しているような振りをしている、というか。
とりあえず会話の投げ合いがあればそれで満足というか。キャッチボールになってんのかいな、と。
この「低いレベルでのコミュニケーション」に慣れているというか、満足してしまうと、
仕事で求められるレベルのコミュニケーションがしんどく感じられるのかもしれません。
友達といっても、一緒に同じ目標に向かって取り組んだり、というのをやっていなければ
50%以上の成立比率を要求されるようなことは殆ど無いでしょう。
大学時代はそれでも困ることはあまりない人もいるかも知れませんが、
仕事では最低でも50%以上のコミュニケーションを知っていることは必要です。
このレベルまで相手との関係を深めるということに嫌悪感を感じているように見える若い人を見かけると、
必要だから、というだけでなく、最初は戸惑ったり窮屈に感じるかもしれないけれど、
「内側」の感覚というか、周囲と強い結び付きをを味わいながら仕事できるようになると、
楽しいと思えるようになると信じているのですが、こういうのはもう古いのでしょうか?
毎年、就職活動の時期になったら現れるのが、
「自己PRで、どのように長所を大きく言って、どのように短所を小さく言うべきだろうか」
はっきり言って愚問です。
何かの本を読んで「長所は良いように言って、短所はなるべく柔らかに」なんていうテクニック的なことを学んだらしく、
「短所は『ひと筋になりすぎることです』などと言ったら、逆に集中力があることをアピールできる」
など、小賢しいことを考え始めます。
そういう小手先のテクニックは意味がないというか、採用担当者は長所をプラス、短所をマイナスという風に捉えているわけではないのです。
むしろ言うなれば、小賢しいテクニックを使わない正直さがプラス、
小賢しいテクニックを使おうとする狡猾さがマイナス、というぐらいです。
単純に、面接官はその人の個性を見たいためであり、こんな長所があり、こんな短所があるという個性を見ているのです。
長所を誇張して短所を隠すといったことをやっても、 それだけリアルな個性ではなくなるので、
「こいつ、なんか変な奴だな。信用できないな」
と思われて終わりです。
ここまでだったら別にいいんです。別に間違ったことを言ってるとは思わない。
ただ、これをやられるとキレそうになる。
分かりやすく、スポーツで喩えてみましょう。
あなたは、サッカーチームの監督で、これから入部する選手を面接していると思って下さい。
入部を希望する選手に対して、「あなたは、どんな選手なの?」と尋ねた時に、
「自分はフォワードとして積極的に得点へ結びつけます。そしてディフェンダーとして守りもかなり固いと言われます。
また、ゴールキーパーの経験も1年間ほどあります。短所を挙げるなら、練習をしすぎてしまうということでしょうか」
「こいつ、良く思われようとしてるだけだな」と思いますよね。
というのも、サッカーはチーム戦ですから、いろんなポジションがあるわけで、
「自分はどの位置でも活躍ができます。短所はありません」などと暗に言ってくる奴よりも、
「自分は攻撃が得意です。守備が苦手です。短所はちょっとスタミナに自信がないことです」
と、端的に正直にきちんと申告してくれる選手のほうが、「なるほど、ではこういう場面で使えるな」と判断できますよね。
ポジションとそれに求められる能力がそんな明確に決まってて、それが開示されてるんだー。
ちなみに、私も割と就活は楽勝だったからかれの言いたいこともわかる。
ちゃんと考えて調べれば、ここいらのことはわかるようになってる。
どちらかというと自分のフィルタのほうが大事で、そのフィルタを通して情報を整理すれば大して苦労しない。
考え方次第で、就活の難易度はスポーツと同じどころか、それよりずっと下まで下げられる。
でも、そのやり方がわからんからみんな苦しんどるわけやろうが。
スポーツは予め向こうがフィルタを用意していて、それに合わせて努力するもの。
就活は自分でいろんな挑戦をしていく中で、自分のフィルタに気づき、見つけ出し、そこから会社を観察することを学ぶもの。
全く別のものを一緒にして語るのって、「すでにわかってる人」向けのアピールではあっても、
「わかってない人」向けの説明としては最悪だと思う。 やめたげてよぉ!
私は現在の就活自体が「能力がある人」以外にとってはもう異常なものだと考えています。
将来的に「正常なあり方・自然なやり方」になったときには、彼のような意見はとても貴重だと思っています。
ただ、今のところは、企業が「漠然とした能力がある人のイメージ」を求めている以上、学生がそれに適応すべく偽りに近い形で演出せざるを得ない状況について、学生だけを責めるのはアンフェアだと思います。
こういう話をするなら、まず「就活自体が一部の人間以外にとって異常である」というのを認めてあげた上で話しをすべきです。
まして、正常な世界と比較して、就活自体を正当化するようなことをすべきではないと思います。
(書き手の人間は「正常な状態など何時の時代もない、自分が何とかするしかない」という考えなのか、この部分をそもそも語るまでもない、と扱っているのでしょうが、自分がじっせんするならともかく、他人に語る場合、それはどうかと思う)
いとこが大阪で公務員として働いてるからなんとなくわかるけど「門閥貴族」みたいな人間なんていない。いても少数。
「門閥貴族」のような公務員を想像して、それを打倒すれば問題が解決すると思っているなら、絵に描いた餅でしかない。
民主党の時と同じで、橋本さんはありもしない「埋蔵金」を目当てにしているようで困る。
そもそも、橋本さんが、大阪についてどこまで危機感を持ってるのかとても怪しい。
本当に危機感を持っているなら「教育」や「公務員の勤務態度」なんて、本当の危機状況では後回しになるものを中心に据えるわけない。
長期的に見れば確かに大事だろうけれど、それは今だいいち優先度やるべきことなのだろうか?
そうでもないよ。大阪民というのは基本的に自分さえ良ければいいって考えの持ち主なんで、政治のことなんか何も考えてませんよ。
公務員にむかついたとしても、その時はむかついても、すぐ忘れて自分のことばっかり考えるのが大阪マインド。
だから犯罪率トップとか不名誉なのが多いけれどしたたかなのよね。もともと組織や規律で解決すべき問題は非常には弱くて個人が強い。
大阪人が選ぶ基準は「面白そうかどうか」「自分の役に立つか」であって「政治を良くすること」自体はどうでもいい。
「面白そう」ノ部分は期待できるのかもしれないけれど、「役に立つ」はどうだろうか。
今大阪の人が本当に危機感を持ってるのは、経済面の方です。ぜにです。仕事です。
東京の劣化コピーを通り越して、露骨に衰退してってます。東京の人にはイメージできないくらい失業率が上がっていってる。職が全然ない。
そちらについてろくな提案がなされてない。このことに大きな認識のズレを感じる。大阪出就職活動してる人なら同意してくれるはず。
ロジックマスターさんの記事が叩かれまくってたけれど、実際、問題にすべきは彼が指摘してた部分なんだよ。
(あれを直接的に橋本さん叩きに使ってた乱暴さはロジックとして論外だけれども、彼が指摘していたのは大事な事だ)
もし橋本さんには深い考えがあって、でもとりあえずはポピュリズムに徹して、まず選挙に勝利することが目的だったというならすごい。、
実際は教育や公務員改革に反対派の目線を釘付にしておいて、本題の経済対策を進めていける、とかなら尊敬する。
でも、経済についての相談役とかを読んできてる雰囲気もない。とてもじゃないが、この人は「役に立たない」という印象がある。
中田さんを副市長に呼ぶってのが基地に出るか凶に出るかだけれど、
とにかく、橋本さんは神輿として必要以上にがんばらないで、中田さんが実行部分を担当するとかなら期待できるかも、くらいにしか思わない。
先の記事でローマ人の物語の主要人物と比較してみたのも、あまりに橋本さんの「優先順位」に違和感が強かったから。
たとえば「グラックス兄弟」は失敗したけれど、少なくとも取り組むべき問題はわかっていてそれに対して立ち向かってたんだよね。
真っ先に元老院改革だとか教員改革だ、みたいなことを言わなかった。
(この2つの問題を真っ先に槍玉にあげるって明らかに優先順位が変で、多分に橋本さんの私怨が混じってるように感じてならないんだよ)
そこのところを他の人にもちょっと感じてもらいたかったんです。
ヒトラーですら、経済政策をしっかりやったんだぜ?途中で破綻して、政治構造をいじり始めたあたりからおかしくなったけど。
この人は、何をするつもりなんよ? それどころか経済に手を付ける前にいきなり政治構造をいじり始めようとしてる。おかしいでしょ。
というのが今の私の感覚。
ここまで不信が強いのも、一見メッセージがはっきりしているように見えて、
実はマスコミや大衆に受けが良いのかもわからんが小さな問題ばかり目立って「大事なところ」についてはろくに言及してないように感じるためです。
この人、本当に大阪の問題わかってるんか?大阪のこと考えてんのか?そういう所が安心できないのな。
この点、そのまんま東さんとは大きく違う。あの人はやってることが地味だけれど、問題点をよく理解してたように外側からは見えた。
とにかく、大事なことについての橋本さんの考えがよくわからない。やっぱり堺屋太一さんとの共著で出してた本は読んどかないとダメだね。
その上で、「私の考え違いでした、バカなことをいってごめんなさい」と言えればそれに越したことはないです。
一番いいのは、橋本さんが使える人物で有ることなので。
IT企業に内定もらった学生だが、就職先について悩んでいる。専門は電気電子。在学中にITの仕事に興味持って、授業で習ったC言語が楽しかったというのもあって、IT系を中心に就職活動をしていた。だから、滑り止めってつもりは全くなかった。せめて学校でITの勉強をしてきた人に負けないようにと、プログラミングの勉強を独学でしていた。
それでおれはアンドロイドアプリを作りたくてjavaの勉強をした。アンドロイドアプリを作るための本も買ってきた。javaをやってるうちは問題なかった。授業で習ったC言語に似ていたし。問題はアンドロイドアプリの勉強をしようとした時に生じた。
おれはじっくり書店でアンドロイドアプリ開発の本の調査を開始した。どれも3000円近く、貧乏学生にはやたら手を出せる代物ではなかった。そんな時、javaを勉強した本の同じ著者がアンドロイドアプリの本を出したんだ。ぼくは衝動買いした。買って大喜びで帰って家で勉強を始めたよ。だが、javaではあれほどわかりやすく書いてた同じ著者なのに、なんだかわかりにくい。基本的にjavaの知識があれば問題ないはずだった。なのに、解説を読んでも、コードを見ても何をしてるのかさっぱりわからない。
アンドロイドじゃ使う命令がまるでちがう。これホントにjavaかって思うくらいに。おまけにインターネットのリファレンスは初心者に不親切で、こちらも何かいてあるか理解できなかった。僕は勉強する手段を失った。アンドロイドアプリ開発に挫折したんだ。見あげれば雲にも手が届きそうに感じた、自信満々だったあの頃の自分はどこへ行ったんだ?
別の本を買ってみても、やる気になれなくて放置してる。頭に浮かぶのは内定を貰った企業。俺のこの程度の理解力でこの先やっていけるだろうか。IT業界には35歳定年説ってのもあるし、やはり難しいんじゃないだろうか。IT企業で働いてみた所で、落ちぶれて途中で挫折するんじゃないだろうか。僕は自信を失って、一週間位鬱憤とした気持ちでいた。ひょっとしたらその時の傷を未だに引きずってるのかもしれない。学校の勉強が身に入らない。1年生の頃は、あれほど勉強熱心だったのに。俺の心は腐ってしまったのか。
プログラマーという職業にワクワクする反面、不安の方も大きい。学校での勉強を活かせる回路設計にも興味ある。今から他の企業を探そうか迷ってる。僕はこの先どうしたらいいだろうか。
今から10年くらい前の話で、当時は今ほどじゃないけど、結構な不景気。
大学3年後半から就職活動を始めたサークルの人達は、みんなことごとく有名企業を落ちていった。
僕含めて周りに優秀じゃない奴が多かったからかもしれないが、せいぜい某プリンタメーカーに内定もらった奴がトップクラス。
あとはNTTの子会社のNTTデータの更に子会社のNTTデータなんちゃらとか、IBMの子会社とか、シンクタンクにSE採用(当然エコノミスト採用なんて無い)、大手の子会社(キヤノン販売とか、日生情報テクノロジーとか)、さすがにサラ金やパチンコは無かったが、人材派遣とかもいた(派遣じゃないよ、正社員採用)。
就職活動を始める前の僕らは、なんだかんだで結局ソニーとかトヨタとかに入れるんだろ?とか言ってた超絶バカだったので、この結果には(まあ薄々気付いてはいたが)唖然としたものだ。
結局俺ら子会社クオリティというか歩く支店経済というか、つくづくバカだったんだなーと自嘲した。
こんなんだったら地元の国公立受けて、市役所に入った方がよっぽどペイしてたなと思う。
まあ一度しかない人生だし東京に出てわざわざ私立に行かせてくれた親には感謝してるんだけど、自分の選択を誤った感じが否めない。
※僕はもう一つ別なサークルに入っていて、そこの人は就職したいランキング上位企業(財閥商社とか大手損保とか)へ入っていったが、みんな優秀な人ばかりだったので比較対象にならない(半分くらい帰国子女だったし)。
元々大人しい性分ではなかったが高3から浪人時代、ひどく荒れた。
合否発表の日は郵便がくるのが嫌だと郵便受けに石を詰めたり郵便物に火を付けようとしさえした。
家の鍵が掛かっていれば玄関を蹴破って家に入り、ムカつくと大声で罵詈雑言を家族に浴びせ窓さえ蹴破った。
全て落ち浪人時代も2chの大学受験板ばかり見てその受け売りで再び受験に望み、
親がたまたま複数日程を出願した大学のみ合格し不承不承入学となった。
バイトが決まらないとか学校が遠いとかこんな田舎に住みたくないとか不平不満や罵詈雑言はあるものの
週三日学校に行けばいいとかで単位もそこそことって4年はゼミはとらないそうだ。
かといって家で見る限りskypeのようなボイスチャットで遊んでいたり、
mixiで偽アカウント作って「釣り」をしてボイスチャット仲間と観察して夜遅くまで遊んでいる。
義務的に最小限に学校に行って帰りに銀座や表参道など高級菓子店で自分の為にケーキを買ってきて(ふらっと買える)そういう生活がしたいという。
これから試験があるそうだが傍から見て一科目だけも受からないだろう。
就職活動だって大学受験と同じに一覧表があってその通りに受けていけばいいと思っている。
公務員ならスケジュールが予めある程度予測できるが、民間はそうはいかない。
これからまた弟が荒れて家の中が文字通りめちゃくちゃになると思うと、
ちなみに各種機関に相談したが、「xxについては○○へ」とたらいまわし状態で本人に病識がないと病院も受信できない。
また(住んでいる)家を捨てて家族でどこかに逃げろといわれるがそうして残した家で失火したら誰の問題になる?
引っ越して縁切って終わりにはならない。