「主人公」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 主人公とは

2009-04-20

咲 -Saki-」の斜めな楽しみ

咲 -Saki-がすごく面白い。はっきり言って、これが麻雀漫画と言われたら全力で否定したいが、あんまりにも荒唐無稽な展開に、まるでスポ根能力バトル漫画か、あるいはカードバトルかと思ってしまう。たった三話でここまで期待させてくれる深夜アニメもめずらしいな。

主人公が無自覚な天才

意図的に±0。しかも「家族麻雀で勝っても負けても嫌な思いするから」なんてしょーもない理由で技術を身につけたという天才。本人は無自覚。まるで頭文字Dの拓海みたいだ。拓海も豆腐を速く崩さずに運ぶためにドラテクを身につけたしね。部長に言いくるめられてかつ麻雀をする下りも、まんまイニD

役満連発

第二話で四暗刻(しかも嶺上で自摸!)、第三話で国士無双テンパイをわざと崩すというあり得ない展開。まるで魔球を連発する野球漫画(の皮をかぶった能力バトルもの)か、ホールインワンを連発するゴルフ漫画か。考えてみれば少年誌スポーツ漫画って大体こんな感じだよね。小学生野球で150km/hの球を放ったり、1Wでバンカーからチップインしたり、競馬ならラスト3F32秒で直線一気。ヘアピンカーブに100km/hオーバーでつっこんだり。

大げさな演出

牌に電撃が走ったり、光ったり羽が生えたりってまるで能力バトル漫画だ。満貫はかめはめ波。跳満は界王拳役満元気玉原作知らんけど、3話でこれだから、話が進めばきっと大四喜とか字一色とか九蓮宝燈とか、実際あがってる奴を見たこともないような手がどんどん出てきて、すごいことになるぞ。きっとキノコ雲があがったり地球が爆発したりするんじゃない?きっとこれは、麻雀を知らん人に分かりやすくするための演出なんだろう。

全国大会

競技麻雀インターハイなんて実際にはないんだけど、燃える展開じゃないですか。部員が少なくて甲子園を目指せなかった野球部が、ひとりの天才ピッチャーが現れたことで強豪に成長なんて。しかも主人公の生き別れの兄弟なんてベタベタな展開に垂涎。

いやー、これオーソドックス萌えアニメとか以上に楽しめますよ。少年漫画のあらゆるベタベタ突っ込みどころ満載な要素がつまっていて。どこかで「ありえねーwww」「なんじゃこりゃwww」とか実況しながら見ると更に楽しい麻雀ルールが分からん人はWikipediaとかで役の一覧を見るといいと思うよ。

2009-04-19

アマガミ>TLSS>キミキス

キミキスの会話モード女の子の位置が引きすぎで、

TLSSの下校会話時のドキドキ感が無くて不満だった。



アマガミも会話モードキミキス踏襲していたため、

それほど期待していなかったけれど、意外と面白かった。



印象に残ったイベントは、

絢辻さんスキBAD(あの子はもういないORZ)、

森島先輩スキGOOD(普段変な人なのに、ギャップが反則)、

七咲への変態行為全般。



中多さん以外は、みんな気に入った。

彼女だけは恋に恋する感じで、主人公に惚れたのは

刷り込みにしか見えないのでパス



本作、個別ルートに入ったら後は2人の世界、て作りじゃなくて、

疎遠になったヒロインに対し、そうなったなりに選択できるイベントが多い。

攻略している間は惚れた男に対する顔なワケで、まあ多少普段の彼女たちとは違う。

単なる男友達としての主人公との絡み、これがあるからキャラクターに深みがある。

(ヒロインキミキスより微妙現実的で暗いのだが、その表現が上手い。)

2009-04-15

ヱヴァンゲリヲン新劇場版序を見たのだけど

傑作だったんだね、これ。



ぶっちゃけエヴァンゲリオンに対してそんなに強い思い入れは持ってなかった。

磯光雄! とか、吉成! なんていう、普通一般とはちょっと違う視点から眺めてた。

だから、テレビ版は全話みてないし、見た話についても、そんな細部まで覚えてなかった。



読んでる人には引かれるかもしんないけど、俺はフリーターでさ。

パチンコ屋で働いてんの。で、働いてる店にもエヴァの新作が入ってきてさ。

今までのパチンコエヴァは旧世紀版の映像だけだったんだけど、

新作のは新劇場版映像豊富に使われてるんだよね。

働きながら横目でそれを眺めたりなんかしてたら、いつのまにかDVD借りてた。



最初10分は正直期待はずれっつーか。サクサク進むんだけど、早すぎて

逆にテンポが悪くなってるのが目について。あー、期待はずれだった、なんて。

けどトウジにぶん殴られる辺りから、原作との変わりぶりに目がいくんだよね。

いやストーリーはあんま変わってないんだけどさ。

絵作りが大きく違うなーって。修正なんかも全編に行き届いてて、

別に原作キャラの作画が悪いなんてあんま思わんけど、すごく端整に描かれてるなと。

それと撮影? なのかわかんないけど。ここ2,3年のアニメ特に劇場作品なんかは、

すごくライティングが意識されてるよね。雰囲気が出てるっていうか。

この作品も例に漏れず、加えて、もともとのレイアウトの良さとが相まって、

緊張感がずっと途切れないすごい良い映像になってると思う。



そんで、ヤシマ作戦だよ。ヤシマ作戦

俺は本当に、この映画はすごいと思った。



ヤシマ作戦を通じて、初めてシンジは他人からの期待を知るじゃないですか。

トウジと、ケンスケと、ネルフの人たち全員の期待を知るじゃん。

自分の非常時に、わざわざ留守電入れてくれる友達なんて、シンジ君にはいなかったわけですよ。

四方八方走り回って色々調達して、まあそれは彼ら自身が死にたくないからなんですけど、

けど結果的に、代表としてシンジ君が仕事するわけじゃないですか。

彼らは結果的にはシンジ君の為に働いて、そしてシンジ君に全てを預けるわけじゃないですか。

シンジ君自身もセントラルドグマを見せられて、よりその期待を感じて、乗ることを決めるじゃないですか。

気になる女の子に関しては「私が守るからあなたは死にませんよ」、なんて言いだす始末ですよ。

それこそどういう表情していいかわからなくなりませんか?



そんな期待の大きさに耐え切れず、彼は失敗してしまうんですよ。



恐怖と痛みで震えあがるシンジ原作の彼ならここでこのまま死んでたと思う。

でも映画シンジ君は、強い子でした。

奮い立ったのです。



「今一度、日本中のエネルギーと一緒に、私たちの願い、人類未来

生き残った生物の命。あなたに預けるわ……。がんばってね」



ミサトの言葉に強く、うなずくシンジ

そして彼は背負うのです。期待を。もう周りの人間

友人たちやネルフの期待だけでは済まないのです。画面にいやというほど出てくる、

電力会社社員、避難する学友、そして日本全域からの期待。

常人だったら投げ出したくなるような重圧。

それをですよ!? たった、たった14歳の子供が!

そういうもの全部背中にしょって、また立ち上がるんですよ!?



14歳って。まだ子供じゃないですか。

俺はリアルに「まだ子供じゃないか」とかつぶやいてた。ほんとに。

めっちゃ泣いてた。ていうか今も泣いてるわ。



そして14歳の少年は、見事その期待にこたえるわけです。

任務成功。

俺は少年のとてつもない成長を作品内に見てしまった。ボロ泣き。






でも、見終わった後気づくんですよね。

きっとこれ、エヴァンゲリオンだからここまで泣いてしまったと思うんです。

あの弱虫シンジ君がですよ。

あの弱虫シンジ君が、やっとヒーローになってくれたんです。

他の人はどう考えてるのかしらないけど、シンジ君はこの作品でようやく、

正統派ロボットアニメ主人公になれたんです。

足掛け10年以上。作品内だけでなく、もっと共通のイメージとしての、

キャラクターとしての碇シンジが、他人の期待に応えられなかった碇シンジが、

10年かけて成長したんですよ。



僕、原作では劇場版だけは10回くらい見てるんです。彼の煮え切らなさに何度も腹を立てました。

シンジ君に期待していたのは、僕も一緒だったのです。

その彼が。やってくれたのです。

5年くらい前(旧劇場版見たのそのくらい)の思いが今かなえられるとは、全然思ってなかったんですよ。

残りの3作で、再びこの期待を裏切らないで欲しいなー。

2009-04-13

ドラクエ9の疑問点を呟いてみる

以下引用

ドラゴンクエストIX 星空の守り人 - Wikipedia

より

マルチプレイについて

インターネットなどを介さず、DSを実際に持ち寄るワイヤレス機能を用いて2人から4人までの同時プレイができる。

協力プレイ中は、移動画面では従来のように隊列を組むのではなく、1人1人が自由に動き回れるようになっている。各プレイヤーの行動範囲はほぼ制限がなく自由だが、物語の進行に関わるような重要な宝箱はゲストプレイヤーが開くことはできない。1人がモンスターと接触すると、接触したプレイヤーのみが戦闘画面に入り、残りのプレイヤーは行われている戦闘に後から参戦することができる。また、ホストであれば戦闘中にほかのゲストプレイヤーワープさせ、戦闘に参加するよう呼び出すことができる[2]。

戦闘に入ってからは1人1人がそれぞれのコマンド選択を行い、全員決定したら戦闘に入るという形式となる。コマンドを選んでいる間はほかの人のコマンドを選んでいる様子を見ることができる。

疑問点

・戦闘に呼び出されたキャラが死んだままその戦闘に勝つとどうなるのか。

(戦闘終了後、呼び出されたとこに棺桶のままで放置だろな・・jk



・友人の強いキャラホストプレイヤー世界サクサクゲームを進めてくれる。

(これのどこが面白いんだ?)



・友人の弱いキャラホストプレイヤー粘着してくる。

(これウザくねえ?)



・同じくらいの強さのプレイヤーが集まったら全員同じ格好していた。

(これキモくねえ?全員同じ職業で同じ装備の4人組とか想像したくねえ。)



・着せ替えシステム意味が分からない。

アバター的な要素を加えようとしているのだろーけど、装備している物が分かるくらいの意味しかなくね?)

クエストについて

特定の住民に話しかけることで、簡単なお使いやモンスターの退治といった内容の「クエスト」を依頼されることがあり、その場で承諾することでクエストを受注できる。クエストは同時に複数の受注が可能で、制限時間なども基本的に存在しない。クエストは基本的に物語の本筋とは関係の薄いサブイベントで、受注したクエスト遂行・達成することでご褒美が得られることがある。また、同じ人物から異なるクエストを受注できる、クエストをこなしていくことで新たなクエストを受注できる、などの発展性を持っている。

ニンテンドーWi-Fiコネクションによる「追加クエスト」の配信も行われる。配信は発売から1年間、毎週行われる予定となっている。

疑問点

・本筋のストーリーと別にクエストが用意されている。

(つまりこれって本筋がやばいほど薄いってことの裏返しじゃねえの?)




本作ではフィールドには最初から表示されていないダンジョンも多数存在しており、それらはアイテムとして手に入れる宝の地図にその位置が示されている。手に入れた「宝の地図」に示されているフィールド上の場所を調べることでダンジョンが出現する。

この宿屋は「呼び込み」というコマンド使用することができる。呼び込みはすれちがい通信を行うことで、通信したほかのゲーム主人公キャラクタープレイヤーゲーム宿屋に宿泊させるというもので、宿泊している主人公キャラクターには戦歴や設定された自己PRの閲覧や、クリア済みの「たからのちず」の受け渡しが行える。

疑問点

・このダンジョン自動作成である可能性。

(そーいやどこかで通り抜けだけのくそダンジョンって言ってた人がいたなあ。)



・呼び込みされたキャラクター

(得体の知れない他人の育てたキャラを使いたいって人っているのか?キャラ自分で育てるから面白いんじゃねえの?)




その他

ドラクエ9ってゲーム化できるレベルなのか?

(まあレベル5くらいだろうな)

DQ9だけに「ドラクエ9は面白くないんです。」などというDQNな詰まらない冗談で終わらせないことを祈る。

2009-04-09

ハーレクイン

ネット立ち読みをしてみた。おもしれぇ。


1.主人公イギリス人

旅先はイタリアスペイン、えーと…中東?が多い。


2.社交界

男の人はプレイボーイ。数多の浮き名をながす。


3.何故殺す

死んだ姉妹の子供献身的に育てる主人公って。


4.シーク

ゼルダのシークしか思い浮かばないんだ。スマブラ不思議な動きをするシークが。


5.契約結婚

借金返すために、とか、お金のために、とか。

2009-04-06

架空世界舞台にした作品における言語

現実とは違う、ファンタジーだったりスチームパンクだったりする架空世界舞台にしたフィクション作品における言葉に気を取られることがある。

当然だけれども、どんな言葉にも由来があり歴史がある。しかしその「歴史」自体を共有していない世界においてもその言葉存在し、当たり前のように登場人物達が発している事の違和感は、一度覚えてしまうとと簡単には拭えない。

たとえば「ベルセルク」のような(中世ヨーロッパに酷似しているとはいえ)架空世界で「馬の耳に念仏」とか「釈迦に説法」などという言い回しを(ギャグ調のシーン以外で)使えるだろうか。「念仏」も「釈迦」も「説法」も仏教由来の言葉であり、それはつまり「ベルセルク」の世界仏教(もしくはそれに類するもの)がある事を暗示するわけで、さらに言い換えれば主人公達が生きている世界とは別の文化圏がある事を示す。現在あの作品世界が終末を迎えようかといわんばかりの状況のはずだが、それとは無関係に存続している文化圏があるという事を想起させてしまうと、途端に今の状況は陳腐化してしまう。

さらに想像力をふくらませていけば、ごくありふれた単語すらも「この作品世界観とは矛盾していないだろうか」と疑念にとらわれて埒があかなくなってしまう。英語圏ではない国とわかりきっているのに全登場人物が全編英語で喋る、ハリウッド映画のように割り切るしかないのだろう。もしくは「指輪物語」のトールキンのように、もしくは「スタートレック」のクリンゴン語のように、別の言語を自力で作り上げてしまうか。

2009-04-05

ヤムチャでもポップでもない

戦国妖孤の1巻読んでて思った。


あるキャラAは主人公に戦いを挑むが、主人公が強すぎでボロ負けする。

そして何回かそれが繰り返されるうちに主人公サイドになり、Aだけで雑魚の大群相手に戦わなければいけない状況になる。

主人公たちがAを助けに行くと、圧勝しているA。

Aは主人公が強すぎて負けただけであって、A自体は全体としてみるとかなり強い奴だったとわかる。


主>>>A・雑

なんだけど拡大すると

主>>超壁>>A>>超壁>>雑

だったというわけ。


こういうキャラの源流って誰でしょう。

ミカゼはなんか違うし、コーラサワーさんはかなり違うと思う。

Yahooで紹介されていたので夜通しアニメを見る。http://streaming.yahoo.co.jp/c/y/bch/21785/2178500001/

人類を脅かす謎の生物との闘いで修羅場をくぐり抜けていく主人公。そして仲間であるクールヒロイン

主人公ヒロインがはぐれてしまって遊牧民と暫く暮らす所まで来て一旦小休止にした。

硬派な作品で好感が持てるぜ。

と思っていたら主人公遊牧民少女と出来ちゃった。そこへヒロイン主人公を捜してやって来る。

なんだってー、そんなとこでも修羅場ですかーと思いつつも第2ラウンド視聴開始だ。

2009-04-04

http://anond.hatelabo.jp/20090404110922

サンドイッチ野菜を挟む仕事と言えば、自殺した犬丸りんショートショートはもっと評価されるべきだと思うな。

バイトサンドイッチ屋さんで働く女の子。きちんとハンバーガーみたいにしっかりと具を挟むんだけど、オーナーは

「それじゃもったいない。<記号のように、お客に見える側にだけ挟め」って要求。

貧乏ったらしいので従わず、やりあってる。

でもお互い言いたいこと言い合っていて仲良くなり、ケコーンまでいってしまう。

主人公(語り手)が「その後、どうなったの?具」と聞くと、

自分の店だと思うと、ねぇ(微笑み)」で終わり。

2009-04-03

http://anond.hatelabo.jp/20090402142657

この人が、「かまってちゃん」とか言われたりはてブで「薄馬鹿」とゼッケンをはって過ごせ、などといわゆる「普通の人」に罵倒されてしまう理由。

それは、もともと「普通の人」も、好きで空気を読んでいるわけではないからです。

何故読んでいるか。というより、何故読まざるを得なくなるか。といえば、それは「社会生活を成り立たせるため」なのです。

別に、面白くて空気を読んでるわけではないのです。「そうしないと成り立たない」から読んでいるのです。それを子供のときから続けた結果、嫌悪感も感じず自然に染み付くようになっているだけです。

それが前提としてあります。なので、「俺はこういう障害があるから、空気なんて読めません。だから、読みません。悪い?」と開き直ってる人を見ると、「ズルい」と感じるのです。「俺達だって別に読みたくて読んでるわけじゃないのに、社会生活を成り立たせるためにしかたなくちょっとずつ我慢してるのに、障害があるからって何でお前だけそれが免除されちゃうの?障害者だからって読まなくてもいいの?で、その分俺たちがまたフォローするんでしょ?空気読めない発言しても、それを注意したら差別なっちゃうんでしょ?できない人に「おい、それするなよ」なんて言っちゃいけないんだから。で、俺達はそういう人の発言を注意することもできずただ黙って我慢しろってことでしょ?一方発達障害の人は「障害があるからしかたないじゃん」ってことで何を言っても許されるんでしょ?……なんだよそれ、やってらんねえよ、あーあ、発達障害とやらがある人はいいですねぇ、読まなくても「障害があるからしかたないだろ」で済むんだから。だったら俺だって発達障害になりてーわw俺、名乗ってもいい?w」となるのです。

今もって「迎合してヘラヘラ笑っていたり、納得のいかないことで謝罪を要求され続けていると、心臓が止まりそうなほどの不整脈が出る」のだから、「道理は道理、正論正論」というスタンスしか摂りようがない。

と言っていますが、重要なのはですね、別に「普通の人」でも、「迎合してヘラヘラ笑ったり、納得のいかないことで謝罪を要求され続けて」いるのは、ものすごく嫌なのだということです。でもそうしないと生きていけなかったりするので仕方なくしているのです。そこで「そうしたら不整脈になるんだからしかたないだろ」と開き直るとどうなるか。「普通の人」たちはこう思います。「じゃあ何か。俺達は、なまじ「嫌だけど、我慢できてしまう」から、ダメなのか?不整脈の一つでもでりゃ、俺達も我慢しなくていいのか?」と。「なまじ我慢できてしまうが故に、そこにつけいられ我慢を強いられているのか」と感じるわけです。嫌なことを我慢した上、しかもその「我慢ができるゆえにさらに我慢をしなければならない」という理不尽さに、そして「不整脈が出るから」ということでその我慢から逃げおおせている事に怒りを感じるのです。

発達障害の人は生まれつき、迎合してヘラヘラ笑ったり、理不尽な目にあったりすると死んじゃいそうになるから、そういうことができないんですよ。しかたないのですよ。だから分かってあげましょうね」

なんて、だから、「普通の人」には絶対に届きません。

「え?そんなの俺だってやだよ?なんで、そいつだけ、「いやだ!」っていうことが許されるの?なんで、そいつだけ、そんな我侭が許されるの?俺だってやだよ?じゃあ、俺も嫌だから、皆、そういう風に気を使ってよ!ダメ?なんで?障害者じゃないから??なんだそれ、ズルいよ」

と感じるからです。そしてそれは無理のないことだと思います。発達障害の人からみれば、あまりに「普通の人」が普通空気を読んでいるので、「好きでやってるのか」「楽勝なんだ」とか思ったりするかもしれませんがそういうわけじゃないのです。「普通の人」だって別に完璧空気なんか読めません。だからこそ人と人のトラブルはいつだって発生するし、「普通の人」だって人間関係で悩んでいる人はたくさんいます。

別に発達障害の人じゃなくても、人間、『自分の思ったことをそのまま言う、迎合しない、納得のいかないことには納得いきませんという』……それが一番に決まっているのです。でもそんなことは通常幼児期しか許されない。そんな事を互いにしていたら、社会が成り立たないからです。ドラゴン桜に(マンガですみませんが)「本音で語り合える学校がどうのこうの」という話題になった際、「本音ってそんなにいいか?」「本音ばかりは必ずしもいいことじゃない」と主人公が言い放ったシーンがありましたが、まさにそういうことなのだと思います。

普通の人」も最初は自分の思った事をズバッと言ってしまったり空気を読まなかったりしています。が、成長するにつれ、「どうも、おかあさんがムスっとした顔をしているときに、おもちゃを買ってというと、怒られるようだ…」→「そういうときは言わないでおこう」と学んでいく。「どうも、髪型に拘っているクラスメイトに、その髪型変だよといったらクラスメイトは悲しんだり怒ったりするようだ…」→「そういうときは言わないでおこう」と学んでいく。

それだけの話です。だからそもそも許されるならば、気をつかわなくていいのならば、いくらでも好き放題「その髪お前変じゃね」「おもちゃかってよーー!!!」と言いたいのです。ただそれを自分で律しているだけです。ときに自分のため、ときに他者のため、ときに社会のために。

だから、「普通の人」からそういう発達障害者の主張を聞くと、「なにそれ、わがままだ」「ズルい」と感じるのです。「できないからってしなくていいなんて。だったら自分もしたくない」「それじゃ幼児じゃん。大人になっても幼児のままで過ごしておいて認めろっていわれても」と。

しかし発達障害者からすると、そもそも上記のような「自然に学んでいく」が全くできないので、皆がただ単に何かよくわからないものを押し付けてくる、としか感じられない。過程が、分からないんですね。「別にすきじゃないけど必要だから皆がちょっとずつしかたなく身に付けてきた」という背景が。あるいは言葉では知っていても実感として知らないわけです。だから、「理不尽だ」と感じて怒りを抱いたり、「なぜ?なぜ??わからない」と苦しんだりするわけです。

普通の人と発達障害者の「ズレ」は、そこにあるのだと思います。発達障害者の人たちは「そんな空気読むとかそういうことを押し付けてくるな!そっちでやってろ」と思いますが、別に、普通の人も好きでやっているのではないのです。そこがズレだと思います。仕方なくやっているのです。押し付けるのはなぜかといえば、「みんながちょっとずつ我慢して、社会を穏便にするように努力してるんだから、お前もやれよ」という感覚によるものです。だから、そこから逃げようとすると、怒るのです。まるでそこからは、「税金は払わないけど、皆から集めた税金恩恵は受ける」ような感じ、フリーライダーのような感じを受けるのです。

そんな怒りが、「かまってちゃん」と言われたり「薄馬鹿というゼッケンをはってれば?」という反応になって表れるのです。



「脳に、もう、そういう障害があって、そういう能力が無いんだから、どうしようもないんだよ」という切り口で言っておられますが、そういう切り口の攻め方はいささか受け入れられにくいと思います。寧ろ、そういった方向性で攻めますと、おそらくそのうち「それならそんな脳に欠陥のある奴は、普通社会生活を営めないんだから、外に出てくるなよ。迷惑をかけるな」なんて反応が出てくると思います。

「目が見えない人」「耳が聞こえない人」と同じだ、とおっしゃっていますが、それもなかなか通じないと思います。実際「平均的な人間に比べ、ある能力が著しく低下、あるいは無い」という見方においては、目が見えない人と発達障害の人は同じと言えます。が、「脳とそれ以外の器官」という見方で見ますと、「目が見えない人」と「指がない人」と「耳が聞こえない人」は同じであっても、「発達障害の人」は違う、ということになります。同じか否かというのは、何でもそうですが、見方によるわけです。ある一面では同じでも、ある一面では違う。何でもそうです。

で、「普通の人」は、後者の見方をします。なぜならば(現代の)人間にとって、「脳」という臓器は他の臓器とは一味違った、特殊な部位であるから(と、思っているから)です。現代の人間にとっては、「脳」は、ほぼ、自分です。他の臓器は、いうなれば単なる道具に過ぎない。極端ですが、そういったイメージを持っている方が多数だと思われます。誰しも、自分盲腸が考え事をしているなどとは思いませんし、自分の太腿にアイデンティティが宿っている、とは思いません。自己はほぼ脳であり、手、足、目、耳、それらの部位は、脳=自己人格)のための、道具である、と、そういったイメージ漠然と身についているのが現代人だと思います。

ですから、「脳に障害がある」のと「目に障害がある」では、同じようで、全く違うのです。

道具にちょっとくらい欠陥があっても、欠陥というのがアレでしたら、ちょっとくらい違いがあっても、周囲の人は「ああ、道具が壊れてしまったのだな」と手助けをすることが割りと容易ですし、社会生活も、意思疎通の面ではあまり問題はありません。人格には何も問題はないからです。それを伝える、口という道具が若干働かなくても代替のものがある。それを受け取る耳という道具が若干働かなくても別の道具でそれを補える。伝える内容そのもの、交わす内容そのものには問題はないのですから、あとは純粋に道具の問題だと、なるわけです。ですから、まだ受け入れやすいのです(それでもまだまだですけどね)。

しかし脳に障害がある、というのは、ちょっと違います。道具には問題がなくとも、その中心である自己人格に問題があるのですから。根本的にそこが他と違う、というと、道具でも補いきれません。(そもそも、「補う必要はあるのか。補うという考え方はどうなんだ」という問題もありますが)

いうなれば、「右手がサイボーグ人間」と、「一見普通人間だが、実は中身は宇宙人」と、どっちとまともにコンタクトを取れる自信があるか、という話です。無論、前者なのです。極端に言えば、脳に問題がある、というのは「普通の人」にとっては後者の如く感じられるのです。

ですから、「脳がそういうふうなので仕方ない!」という切り口で攻めますと、最悪「なら、そんな奴は社会不適合者だから、外に出るな!」的な反応を食らうことになりかねないと思うのです。

実際、鬱病も「甘えだ」なんていわれたりしがちな病気ですが、これも「元気がでないとか、仕事いきたくないとか学校いきたくないとかさぁ……そんなん俺だってそうだよ。いかなくていいならいきたくねーよ!でもそうしなきゃいけないから行ってるんだろ。鬱って診断されたら休んでもOKなわけ?なんだよそれ」という、「ズルい!」という思いから来ているのだと思います。

目や耳の障害や、精神系でない病気についてそういったこと(甘えだ、等)が言われないのは、「ズルい」と思わないからです。

それでも鬱病最近は「甘えだ」と言う人も減ってきました。それは「鬱状態は辛いのだ」という認識が広まってきたからだと思います。肺炎になって学校を休んでも「ズルい」とは思いません。休みたいは休みたいでも、そんなキツい思いをするのは普通嫌だからです。鬱も、知識が広がるまでは単に「いきたくないといってる人」くらいの感覚で捉えられていたため「そりゃ俺だってそうだ!ズルい!」となっていたのですが、「どうやら相当キツいらしいぞ」と分かってからは「ズルい!」とならなくなってきたのだと思います。


しかし、発達障害の場合はどうか。

これは多分「ズルい」という感覚はちょっとやそっとじゃ抜けないと思います。なぜならば、発達障害の人が「辛い」のは、あくまで周囲との関わりにおいて、「読めない空気を読めとおしつけられる」等のことから発生するものです。肺炎や鬱などと違い、ただ一人でいても辛いものではありません。(鬱が発生すること自体は、周囲の環境などが関係しますが、発症後は一人でいてもキツい、ということです)

ですから皮肉にも、自分たちが「空気がどうしても読めない」人のことを理解し助ければ助けるほど、彼らの「辛さ」は減る。一方、こちらの辛さやストレスは上がっていきます。空気を読んでくれない相手を「しかたないのだ…」と思いながら、ただでさえ空気を読むという我慢をしているのに、さらに「空気の読めない仕方ない人」に対しても我慢をしなければならない。そしてそうすればそうするだけ、その「空気の読めない仕方ない人」の「辛さ」は減っていくのです。当然、「ズルい。なぜ、こちらだけ我慢をしなければならない」となります。どちらに転んでも、「ズルイ」となる。いやむしろ、こちらが助ければ助けるほど「ズルイ」となる。


結局、「発達障害だろうがなかろうがみんな空気とか読みたくない。自分勝手でいたい。が、それでは成り立たない」中で、「普通の人」は空気を読み、「発達障害者」がそれが著しく困難な事を理解する。また「発達障害者」は「普通の人」も別にしたくないが社会の存続のため仕方なくやっている、ということを理解し、形だけでも出来うる限り合わせるようにする(空気を読むこと自体はできるようにならなくとも、表面上あわせることは訓練次第で可能と聞きました)。という相互からの歩み寄りが大事なのだと。平凡な結論ですが。「発達障害者は、じゃあ、外に出るな」は勿論問題外ですし、といって「発達障害なんだからしかたないだろう」では逆に「普通の人」に全てしわよせが来るだけです。どちらかに押し付けてはいけないのでしょう。

2009-04-02

無題

「今年も前年度割れじゃないか!」

深夜の霞ヶ関に怒号が響く。厚労省児童家庭局少子化対策企画室室長である山崎は、先ほど部下が持ってきた1枚の資料を見るや否や、ビル全体に響き渡るような声で叫んだ。



彼の手に渡った資料は、平成20年度の婚姻件数。速報値とは言え、2002年に第一次稼働が始まった住基ネットのおかげで、年度明けである4月1日には相当信頼度の高い数値がはじき出される。昨年度に引き続き、またしても80万件を切る数値だ。



「このデータを明日、大臣の下に報告しなければ成らないのは…俺なんだぞ…」

急に萎んだ風船のように勢いを無くした山崎は、力なくうつむきながら呟いた。



少子化対策室と名の付くとおり、彼らの部署は少子化対策が主である。しかしながら、子供というのは結婚ありきであり、そもそもとして婚姻件数を上げないことには、子供の数が増えるわけもなく、実質、結婚対策企画室となりつつあるのが昨今の情勢だ。



加藤、お前が企画した例の件…そろそろ効果が見えてもいいんじゃないか」

急に矛先を向けられた加藤は「あ…いや…その…」と曖昧に答える事しかできなかった。一時でも空白を空ける事を恐れた加藤は「2006年ですから…まだ、あと1年ほどはかかるのではないかと…」続けて言った。その回答が最も、山崎が忌み嫌う言葉であることを知らずに。



「その台詞は、去年も聞いたぞ!」再度の怒号が響く。

加藤…お前いったよな…『今の若者小説なんて読まない。ケータイですよ』って」



2006年に彼らが作り出したブームがケータイ小説

恐ろしく安っぽいプロットに非現実的なストーリーをいれることで、恋愛ヘリウムガスの様に扱い、結果として婚姻率を上げる…という、ケータイ小説と同じくらい軽い企画だった。はっきり言って、小説というのもおこがましい、起承転結すらないような内容であった。



ここまで内容を軽くした訳として、2001年企画した小説の失敗がある。



若くして白血病にかかった彼女オーストラリアに連れて行こうとする内容の小説は、普段、本を読まない層に対して売り込む為に、無駄に文字を大きく、無駄に紙を厚くした。本来であれば100ページにもならないであろう内容を、無理矢理単行本サイズに仕上げ、長い小説を読み切った感動恋愛に向かう情熱に変換することで、一気に婚姻率を上げる…という作戦だった。



しかしながら、その結果は、主人公がどこか田舎空港で「助けてください!」のシーンのみ若者の印象に残り、学校や飲み屋で使われるだけだった。

2009-03-31

LeafPCゲームソフト『君が呼ぶ,メギドの丘で』を中古で買って遊んでみた。RPGをやるのは久しぶりだ。戦闘バランスが厳しめで難しいがなかなか楽しい。ただ世界観に癖があり,混乱させられる。頭を整理するためにテキストに書き起こしてみる。

物語抽象化すると,「人を恣に扱う無慈悲な神に対する反抗」となる。作中には聖書からの引用十字架など,キリスト教ガジェットがあふれている。また一部の登場人物の名もユダヤキリスト教的背景を暗示している(例:マリア,ヤハ (Yahweh⇒Yaha),ナタス(Satan⇒Natas),エレミアなど)。そのため,ともすればこの反抗対象となる「神」はユダヤキリスト教におけるそれのように思われる。

しかしそう素直に受け取るわけにはいかない。物語の終盤には,「神」が少なくとも2回代替わりしていること,そして先代・先々代の神は現在の神に使役されるだけの存在になっていることが示される。先々代は竜。「私の頃には神はたくさんいた」という竜のせりふから,これは原始多神教における神であることが推察される。そして,竜を征服した先代の神がヤハウェである。……ということはつまり,現在君臨している「神」はキリスト教のそれではない。

ニーチェ的に考えれば,古き神々を殺したのはキリスト教の神であり,そしてキリスト教の神は超人によって殺される。超人とは外在的な道徳に縛られず己の欲するところをなすものをいう。この図式をそのままあてはめれば,メギド世界において人々を苦しめているのは超人ということになってしまう。この視点を念頭に,「事実」を整理してみよう。

神々はメギド世界創造以前から存在したとされる。現在の神は,先代を征服したのち,メギド世界創造した。これには目的があり,人間繁殖率を調査するためであった。神は自らの代理人を作成して世界を改変する権限を与え,創造の補助にあたらせた。役目を終えた後,代理人は権限剥奪ののち解体されて人間を生み出すもととなった。実験目的であることから,人間が一定の人口に到達したら自動的に世界を自壊させる仕組み(世界時計)が設けられ,また人間の生息域は砂嵐によって画定された。なお,代理人から生まれた人間の一部は,世界の改変権を剥奪されずに保持していた。彼ら(=救世主)ならば世界時計を停止できる可能性をもつ。幾度となく救世主を中心に遠征班が組まれ,世界時計に挑んだがいずれも敗退した。

こうした「事実」からもユダヤキリスト教的な神の姿はうかがえない。信仰ではなくデータをとるために人間創造した。作中では繰り返し,神の不在が強調される。姿を見せず,導きも罰も与えず,人間を滅ぼすことすら世界時計に委ね,世界に対しては完全に無関心である。私が連想したのは,ライフゲームを実行する科学者だった。オブジェクトメモリ上に展開すること,終了条件を定めること,実験が終わったらメモリを開放することに,科学者が罪悪感をいだくはずがない。個々のドットの動きに対して導きや罰を与えるなど思いもよらないことだろう。

主人公たちが立ち向かっているのは,案外,知を手に入れて超人となり,神に死を言い渡した「わたしたち」なのかも,と考えると少し楽しい。私がもてあそぶプログラムが,私に対して怒りや信仰をもっていたら素敵だ。

http://anond.hatelabo.jp/20090330183554

1+1は2じゃない

これは1を一人の人間としたときにあらわされる言葉だ。

だからあれは1ではなくiもしくはlなのだ。

i+l≠2

iという主人公がいてlと表記されるladyがいて、

その子供はもう2じゃおさまらない可能性があるほど増えるよ!みたいな。

iとlの性能次第。

http://anond.hatelabo.jp/20090330232931

それだけだと他の萌えアニメとらドラがどう違うのかよくわからん。

萌えアニメって大体そんなもんじゃないの?

個人的にはスクイズみたいに主人公一人を取り合って女キャラ達が殺し殺されするのよりは友情してた方がずっとマシに思える。

2009-03-30

大東京トイボックス読んでるやつは童貞(あたしの子宮様からの御神託

ホントなんなのこれ?このマンガに登場する女キャラクター達のオタ妄想との親和度ときたらお釈迦様ですら眉をひそめるほど。



・カッコよくてデキル女というキャラで売ってるけど実は方言丸出しで特撮にはまってるデカパイ←ギャップ萌えって奴ね。ギルティ

ゲーム大好きで明朗活発、オシャレにも気を使ってる大阪弁現実なら飯野チックな

長髪グフグフ女だっつーの。ギルティ

・黒髪長髪メガネデカパイやおい大野ギルティギルティギルティギルティギルティギルティギルティギルティギルティ!!



万事この調子。オタにとって都合のいい女しか出てこない。しかも物語舞台ゲーム業界。オタにとってはまさに地上の楽園千年王国

主人公の男についてはあえて何も言うまい。ただ「いいかげん夢破れたやさぐれ男に感情移入して自慰してんじゃねえよ」とだけ記しておくわ。

2009-03-28

[]天満天神繁盛亭、昼席に行ってきた。

田舎のじーちゃんばーちゃんを誘って寄席にお出かけ。いわゆる接待モードですね。一時には開演ってことで、ちょっと早めにお昼ご飯を食べて、繁盛亭へ。駐車場はなんだか知らんが無料(なのか?)。

ちょっと入るのが遅くて二階席に分散して座ることに。まあ分散してってのは、集中して聞けるから自分はありがたかったです。二階席ってもすげー近いし。座ってみると、座席はわりとキレイ。ただちょっと席は狭いかな。箱も、小さな映画館くらいの規模ですね。お客さんは40代以上がほとんどのような感じ。自分みたいな若いのはあんまりいませんね。まあ金曜の昼間ったらそうなりますか。ただ、会場は終始なごやかなムードで、心細いような気持ちにはならず安心して鑑賞できました。

最初の二乗さんは若い噺家さん、だけどなめらかで上手いじゃーん。一生懸命、という感じが伝わってくるし、面白かった。ネタはおべんちゃらで酒飲ましてもらおうとして失敗する話。主人公のアホさ加減に嫌味なくてよいですね。っていうかネタ名前は教えてくれないのね。まあ全然構わないんだけど、落語って演目に漏れなく名前ついてるイメージがあったのですがどうなんですかね。

仲入り前の三金さんはピッツァ。枕もデブネタネタ創作デブネタでした。いやー笑った笑った。キャラをきちんとまとめて細かく笑いを入れてくる。精度高いなー。これそこらの漫才師と比べても遜色ねーよな。

仲入り、って休憩のことだそうですが、トイレが狭くて混む混む。中のトイレキレイなんですけどね、混んでて入れなかったので天満天神の中のきたねートイレを利用。ここもそこそこ混む。下痢気味の人には注意が必要かも知らん。

仲入り後、音曲漫才姉様キングス。"オカマシングルマザーの二人連れ"が白塗りの芸者姿で登場。二人は仲入り前にそれぞれ単独でも噺を披露してるんですが、こっちのほうが気合い入ってる気がするw 染雀さん(オカマのほう)のしなを作っての間の手「はぁ〜いぃ」が耳から離れない。これは流行る!w NHKでも見たことあったんですけど生のほうが面白かったな。歌も上手いんでしょうが、やっぱりおしゃべりがいいですね。

仁嬌さん。うってかわってしっとり落ち着いた正統派の芸風で、貧乏長屋の花見行き。うんめーなぁ。おもしれー。お茶飲むシーンで笑った笑った。うまー。また見たいなこれ。って言ったら一緒に来てた父親はこの噺だけ寝てしまってたそうで。なんだとー。まあそれだけ心地よいおしゃべりだったってことなんでしょう。ことなんです。

三蔵さん。強烈な風貌、三十年のキャリアを生かした、田舎ホールに呼ばれた時の自虐ネタ。憎めないなぁ。あはははは、は、笑い過ぎて下痢気味のお腹に衝撃が走った。トイレに抜けたのでオチ聞けず、無念。噺の途中で立ち上がらせてしまったお隣にお座りの妙齢の女性二人ごめんなしあ。

トリは福笑師匠。いや今日初めて知ったんですが、いや姉様キングス以外の人は全員初めて見たんですが、この人はこうなんてか師匠と呼びたくなるような何かオーラというかパワーというかを感じますね。ネタ日本かぶれのアメリカ人との商談。いやあすげー。笑いっぱなしでした。他の人にはこうなんてか笑う前に不可視の引っかかりというか、ここが笑いどころですよね、あははは、みたいなごくごく短いながらも笑うまでにインターバルがあるような気さえしてくる、この笑いまでの瞬時の到達っぷりったら。どっちかっていうと演じ方もイロモノっぽいし、ネタ運びも少々毒がある、でもそんなこともひっくるめて全部笑わしてしまうような。ああ、独演会行ってみようかな。すごいです。

終ったあと、門前でお出迎えしてくれはる噺家さんたち。ん? なんだハッピなのか。舞台上の衣装、かみしもっていうんですかね、あの衣装で出迎えてもらえるものだと想像してたのでちょっとみすぼらしいような気もしましたが、まあ外だし大事な仕事着だしってことなのかな。三金さんの大きなお腹に触ろうか悩む。けっこう照れくさいものです。

という人生初生落語感想でした。前売りで一人2000円、四時過ぎに終了。ウム、たまには落語ってのはいいもんですね。生だし、なんつーても演者が近い。これからは映画館とどっちに行くか迷う、新しい趣味になりそうです。



追記。

増田の文章から想像すると、迷っても絶対映画には行かない。にごはん山盛り。ペソ。

んなこたーない。今日映画見てきたしね。しかも今WALLE。売布の映画館時間感覚はすごい。いやそれはいいんだけど。

同年代の友達と落語ってのはちょっとね。自分好みを押し通すかたちになっちゃう。それにやっぱり予約が基本だ(当日券は500円高い)から、今日どこ行こっかってタイミングでは選びにくいかなぁ。映画館より遠いのもね。

まあそういうこと差っ引いても、落語は単純娯楽としていい選択肢だなぁ、という感想持ったのでエントリ起こしてみたんだけどね。

ペソってなによ。ペソ。

2009-03-26

http://anond.hatelabo.jp/20090326130152

エロゲギャルゲサブキャラ男に結構いるタイプだな。

女好きのウザ男じゃなくて、よき友人タイプ

・背景に溶け込んで自然に会話文に混ざってくる

ヒロイン達に粉をかけるような真似は決してしない

・なのにシナリオクライマックスになるとやたら適切なアドバイスをくれる

ぶっちゃけ主人公よりモテそうなのにモテない

…こういう発想になってしまう自分非モテレベルの高さにびっくりだぜ!

2009-03-24

高校生主人公90年代生まれの漫画を読んだ

またまたーリアリティ出そうとしてちょっと大げさな感じで高校生90年代生まれにしたんだろうけど逆にわざとらしくなっちゃってるよーw

とか一瞬思ったんだけど冷静に考えると今の高校生は当たり前に90年代生まれどころか90年生まれはこの春高校を卒業か。きついわー。おっさんになったわー。

ゲーム攻略Wikiの不自然なほどに正確な情報

時々「どんな風にプレイしたらそんな事が分かるんだ?」と思いたくなるような情報(しかもガセではなく正確)が載ってたりするんだけど、あれってやっぱり開発サイドの人がこっそり書き込んでたりするんだろうか。それとも実は海外のどこかでおおっぴらに公式発表されていて、それが回り回ってコピペされてるだけなのか。

たとえばPS3ソフト神ゲーと賞賛する声もある「アンチャーテッド」。

このソフトは、特定条件(特定の武器で敵をxx人連続で倒す、など)クリア事に「報酬」と呼ばれるポイントが加算され、それが増えていくといろいろなボーナスが得られるシステムなのだが、その中に「赤いTシャツ」という項目がある。これを達成すると、主人公の着ているシャツデザインが変わるというもの。

その条件がゲーム中、ポーズメニューから「ボーナス」→「報酬」→「主人公」を選択し、←・→・↓・↑・△・ R1・ L1・ □の順に入力する」というもの。

こんな条件って、最初から知ってる人しか達成しようが無いよね?

2009-03-22

http://anond.hatelabo.jp/20090322131351

あぁ、奴らの言い分は簡単、『死ぬとは思わなかった』

そして、本当に、そう思ってるフシがある。

原因と結果を考えない。人の頭を殴ったら、相手が死ぬかもとかは思わない。

仮に思っても、おれは、スーパー主人公だから警察には捕まらないミラクルに乗り越えるとか、相手が死ぬ寸前までガチで思ってる。

そんで、死ぬと、下手な隠ぺい工作をしだして、死体をバラバラにして、バラバラに隠すとかやり始める。

ようするにDQN職場仕事すると、それだけで、死亡率が上がるという事。

まぁ、若いうちに勉強して、マシな職場に入れるように祈るしかできない。

2009-03-21

http://anond.hatelabo.jp/20090321152815

ヘタレエヴァンゲリオン)だって、オタ(電車男)だって、いじめられっこ(ポッター)だって主人公にもなれるし、映画化もされる!

ただし、オレラとオマエラをのぞく

世界は、決して、イケメン限定ではない、

ただし、オレラとオマエラをのぞく

前の文章を読んで、本当にそう思った。

イケメン限定というのは、正しくない。ただし俺は除外というのが、正しいorz

http://anond.hatelabo.jp/20090321150419

交渉人見てた、元増田。そうなんだよ。「プログラマー主人公でかっこよく何事かを成し遂げるドラマ」って日本映画ドラマで見たことある?

洋画なら、10年前のサンドラ・ブロック主演の「ザ・インターネット」とか、「インデペンデンス・デイ」とか、いくつか思い浮かぶけど。あ。アニメだけど、ドラえもんの「のび太とブリキの迷宮」のサピオの両親がコンピュータウイルスを作成したプログラマーだったなぁ。

今考えてみると、「のび太とブリキの迷宮」のコンピュータウイルスの描き方は、有名な「インデペンデンス・デイ」や「3001年終局への旅」より正確で、しかも、これらの作品より原作が新しい(1992年)。藤子・F・不二雄ってすごいんだな。

のび太とブリキの迷宮

ある星で、ロボットが反乱を起こして、その星の人類全員が人質に。最終的には、「その星の科学者だった」サピオの両親が作ったコンピュータウイルスロボット感染させて、ロボットの反乱を鎮圧。

インデペンデンス・デイ(別名ID4):

宇宙人が攻めてきて、「地球人天才科学者」が一晩で作ったコンピュータウイルスマザーシップに感染させ、撃退。

地球人科学者が、宇宙人言葉もわからないのに宇宙人の作ったシステムの穴をつくコンピュータウイルスなんか作れるかっての。

3001年終局への旅(インデペンデンス・デイと同じ頃に書かれた2001年宇宙の旅の完結版):

モノリス人類を滅ぼそうとする。モノリスに取り込まれたデイビッド・ボーマンを介して、モノリスコンピュータウイルス感染させて対抗。

モノリスの動作原理がわからないのに、どうやって、モノリス上で動くコンピュータウイルスを開発するんだ?

まぁ、ただ、著者のアーサー・C・クラークも少しは勉強していて、このコンピュータウイルスというのが、普通コンピュータウイルスではなくて、高度な無限ループを引き起こす「アルゴリズム」のことらしいのだ。おそらく、「どんなプログラムを与えても無限ループに陥るかどうかを判定出来るようなプログラム存在しない」という停止性決定問題の定理と絡めている。モノリスは、無限ループに陥ることが明らかなプログラムが与えられると、実行そのものを行わない。ただし、この定理より、どれだけモノリス無限ループ判定能力が高かったとしても、必ず、「モノリス無限ループ判定能力をすり抜けて、モノリス無限ループに陥らせるプログラム」を作成することができる。で、この無限ループに陥らせるプログラムコンピュータウイルスだというわけだ。

- 転職ならen
- 派遣ならen
33ページ中1ページ目を表示(合計:815件)