はてなキーワード: まだ子とは
年齢が若いほど自分を棚に上げてモテる異性を好きになる傾向があると思う。
小学生の頃:クラス1のモテ(1/20=上位5%)に異性全員の好意が集中
中学生の頃:クラス3位までのモテ(3/20=上位15%)に異性全員の好意が集中
高校生の頃:クラス8位までのモテ(8/20=上位40%)に異性全員の好意が集中
これは男女共にね。
大学生なんて、猫も杓子も付き合っている。
ただ20代後半での時点よりボーダーが下がることって無いのだよね。
自分が異性から見て「クラス最下位」レベルの魅力だとしても、下位15%の異性とはどう妥協しても付き合えない。
この最終ラインの妥協ができれば世の中から「あぶれ者」は居なくなるんだけど、そこは男女ともに譲れないのだろうね。
クラス最下位レベルで現実の異性と付き合うのが不可能(自分も妥協できないし、異性も妥協できないから成立不可能)な場合と、
異性から見て"そこそこ"のレベルなのに、クラス1レベルのモテ異性しか好きになれないから成立しない場合。
前者については、同情の声が集まりやすい。あまりにも恵まれないからだ。
しかし後者に対しては批判が集まる傾向にある。「理想が高すぎの、勘違い野郎」みたいに言われる。
個人的に、彼・彼女らは勘違いをしているのではなく、小中学生の異性観のまま年だけは食ったという、ただそれだけの話なのではないかと思う。
まっとうな人々は歳を取るうちに、穏やかな妥協を覚えていく。
健康的な妥協とでもいえばいいのか。妥協から安心感を得るとでもいえばいいのか。そうして人は大人になっていくが。
その流れに乗り遅れる人がいる。強硬に、流されることを拒む人もいる。
そうした人は「理想が高すぎの、勘違い野郎」なのではなく、まだ子供で居たい人なのだと思う。
・しょーねんは外に出れば必ず死にたがる生き物となってしまっているのですよ
・ここにいる患者は、つらいことから楽になりたいと願った時、満足に飛び降り自殺することもできないじゃん。追い詰められた時に、精神の矛先が塞がれちゃってるんだよ。だからフェンスを取り除けば、やる、やらないは別にして閉鎖感は和らげられるかと思ってねー
・内臓は激痛を訴えてたけど。自分を削って他の人を詰め込むのが人間関係だから、納得してた。無理にだって限界はあるものだと実感した日がくるまで、そう長くなかったけど。
・だれもこたえないでほしい。だって、かみさまは、いないほうが納得できるから。
・死にたがりながら生きてるのと、生き生きと死にたがるのと、どっちがましか、アタシには判断出来なかった。人は生きてるだけで意味があるんだって、そんなことは学んで来なかったから。
・まいのりてぃなぼくらは効率を求めてはいけないのだ。それは、趣味だけじゃなく、生き方とか、そういったこと全部に当てはまる。もはんてき人間であれないのなら、どれだけこの美しい世界がふべんに感じられても、がまんして生きるしか無い。そのがまんができない人を、「犯罪者」と世間は呼ぶ。
・やられる側としての想像や耐性があったぼくと違って、攻めるだけしか経験のなさそうな「おいかけてくるの」あらため「えらそうなの」は未体験の激痛に反撃を忘れる。
・人が動くために必要なもの。惰性、欲、他人。全くないわけじゃない。ぼくにだって、その3つは少しずつ残っている。この倍、どんな形をしているか何も分からないけど。
・こんなもんなんだ、ぼくは。このていどなんだよ!ぼくは子供で力が足りなくて頭も回らなくて笑ったり泣いたり怒ったりできなくて、自分勝手で人の力を借りたくないのに借りないと生きて行けないのに借りれなくて生きていられるかすごく怪しくて!誰も助けてくれる人がいないし何も助けて返せるものがないし。マユちゃんを助けても感謝されないしぼくを助けても感謝することしかできないし。
何も無いけど、
何もないけど助けて。
助けて、「○○○○○」
・ある人に刷り込まれた幸福のための条件は2つ。その1は自分以外の誰かに期待されたり求められたり、必要とされたりすること。そのニは省略。こっちはアタリマエのことすぎるから、反芻するほど味があるわけじゃない。
(22ページ後)
幸福の条件、その2。自分以外の誰かが、不幸だったり悲惨だったり同しようもない状態であること。こんなの、幸福を感じる為の比較として、当然のこと。・・・でも、おかしい。僕はついさっきまで、どっちも傍で与えられていたはずなのに。ちっとも幸せな気はしなかったんだけど。
・でも・・・でも、ぼくといたときはぜんぜん、幸せそうに見えなかった。
・御園はね、幸せなんだよ。君の目がどれだけあの子の背景に不幸を捉えたって、背負う本人は幸せだけを凝視し続けてるの。それを他人がとやかくいう権利は、無いんだよ。あっていいはずがない。正しい不幸と間違った幸福を天秤にかけたら、どっちが重いって話よ。
・ぼくがマユちゃんを見て不幸だと思ったのなら、どうすればいいんだろう。惰性と他人と欲望の、何に従えば僕は正しく生きられますか。
・先生は、それをクチにしない。意地が喉としたを麻痺させて、容易には送り出させない。対策を練る時間を稼いで、何とかしのいでいく。諦めるのを、どんどん後回しにできる。僕には一生、真似できそうもない人間らしさだ。
・なるほど、大人は、視野が狭いのに、奥が深い。ぼくのうそなんて、まだまだ子供だ。
・起きなさい、××
・金子はドラえもんばりに便利な男ではない。かと言ってのび太でもスネオでもない。僕も同様だ。一体僕らは、何に属せば、収まることが出来るのだろう。
・望む望まざるにかかわらず、僕の一日はここにあった。これがぼくの世界なんだから、甘んじて受け入れよう。日常の価値は非凡なのだ。それを忘れないから、ぼくは普通である自分をどこまでも好きでいられるのだ。
・父の投げかけた言葉を噛み締めてみると・・・中身スカスカで、歯が咬み合ってしまうあー、つまり・・・・僕はとても幸せってことだ。今のご高説は、「ぼく」には不要なわけであり。
あくまで、私の個人的付き合い内での経験則になるが。
その程度普通。
それが出来ないってのは、どちらかに、人付き合いについての何かが欠けている。
別に、これは良い悪いの話じゃない。
相手によっても変わるし、お人好しに付き合い続けることの是非は、問われても良いから。
でも、私の身の回りのサンプルを見る限り、結婚を前提としたら、その程度の付き合いは「普通に」発生してる。
「しんどい」とは口にしても、どこか楽しげ。
これから先ずっと親戚付きあいしていく「親族」だし、ここで合わなければ結婚を考え直すレベル。
元増田です。的確なレスありがとうございます。
こういう話、相談する相手がなかなかおらず、ましてやはっきりとした物言いをしてくれる人もいなかったので、すごく嬉しいです。
やっぱり認識が甘いですよね…。何かあってからじゃ遅い、一番困るのは私のはずなのに。
相手が私をどう捉えているのか(舐めているのか、本当は遊びのつもりなのかなど)は、正直よく分かりません。
普段接している感じでは遊びの関係じゃないと信じていますが、私の一方的な思い込みと言われればそれまでです。
…馬鹿ですね。はい、馬鹿だと思います。相手のせいにしてもしょうがない。
金銭面の負担以外でも大人だな、と感じさせるシーンはこれまで何度もあって、
やっぱり学生はまだ子供で社会人は大人だ、となんとなく分け隔てた考えを持っていましたが、
私も大人でした。というかSEXする以上子供だろうが責任を持たなければ。
SEXするなら避妊は当然という考えが薄れてきていたのもあると思います。
運よく妊娠せずにこれていたため、徐々に危機感をなくしていたんだと思います。
ですが、おかげで改めて避妊に対する意識を持てたように思います。
やっぱり、避妊はしなきゃいけない。して当然のこと。
今一度彼氏に言ってみます。ダメならピルを飲むなり、きちんと行動しようと思います。
女子中学生を名乗るスパムメールが来て釣られてみるかと会いに行ったら本当に女子中学生だった話。あるいは日本の将来やばい。
ありのまま起こったことを話す。女子中学生を名乗るスパムメールが来て釣られてみるかと会いに行ったら本当に女子中学生だった。何を言っているかわからないと思うけれど、自分でも何が起こったのかよく分からない。とりあえず詳しい経過を書いてみる。
一昨日(9/23)の深夜、一通のスパムメールが来た。簡単に「友達になりませんか?」と。普通ならそこで削除して終わりなのだけれど、他のスパムメールと決定的に違うことがあった。送信者のアドレスが@docomo.ne.jpだったのである。
ほぼ釣りか巧妙なスパムだと思ってスルーしていたけれど、ふと「どちらさまですか」と返信してみるとすぐに「XXX(以下、仮にハルカとする)っていいます。中3です!!」と返事が来た。
99%釣りと思ったけれど、遊んでみるかとメールを続けてみた。全力で釣られるのが紳士の努めである・・・
こういったスパムの場合、考えられるのは次の3つのいずれかだろう。
おそらく 2. だと思われるが、綺麗に釣られることで盛り上がるかなあとそれなりにメールを続けてみた。すると、いろいろ不審な点がでてきて、3. が急浮上してきた。
まず、メールの書き方が拙い。もし釣りであれば、もっと話を膨らませようとしたり、こちらの墓穴を掘ろうとするだろう。自分から、「メル友になりませんか♡」と書いてきたのに、話を膨らませる気がなさそう、「部活はなにやってたの?」と聞くと「卓球をやってました。」と答えるだけ。普通、相手にも同じ質問を返すか、そこでの話をしようとすると思う。あと一部、文脈がない、質問してもそれに答えないこともあったり。マウンテン・ティムがブチギレるレベル。それでも、なんとかメールを返すとちゃんと返事をくれる。返事は早くチャット状態だった。
そしてやたら地名が生々しい。話の流れから愛知県に住んでることがわかったのだけど、そのあと、「いまはヒルズにいます」と言ってきた。六本木ヒルズのことで東京にいるのかと思い聞いてみると、ヒルズXXというローカルなショッピングセンターのことだった。
ここからおそらく、女子中学生かどうかはともかく、かなり本物と言うか素人的ななにかじゃないかという推測が立てられた。
このときは夜神月くんが偽物だろうと思いながらもデスノートを試してみたら本物だったとわかってしまったような心境。だったと思う。
その日の夜、友達と飲みながら話をしていたら、もっとメールしてみようということになって、いろいろ送ってみることにした。その中で、なんでこのアドレスにメールしたの?(どこかで見つけたの?)と質問するとはぐらかされてしまった。そのあとに文脈がわからないまま写メ見せてください☆と来て何人かで写っている写真を「この中のどれかだよ!XXXちゃんの写真も見たいな」と送ってみた。すると自分の送った写真にはなんのコメントもせずに3人で写っているプリクラを送ってきた。幼い、明らかに女子中学生・・・。念のため書いておくと自分はロリコンじゃない、けれどもし相手がこの写真に写っている1人なら、どういう経緯で自分にメールを送ってきたのか、中学生の間でなにが流行っているのか、すこし興味が湧いてきた。
そのあと、その3人で写っている中でどれが私だと思いますかと聞かれて、半ば適当に答えるとんぜか見事に正解、その流れと怖いもの見たさとお酒の勢いで「これは会いに行かないといけないな^^」とキモいメールを送るとむこうもまんざらじゃなさそう、「でも会わないほうがいいですよ」とも言ってきたり、なぜか身長と体重を聞かれたり、そのあとに年齢を聞かれて、話をしているうちに、ほんとに翌日会うことになってしまった。
会う場所は、名古屋駅にしようと連絡するとよくわからない、と来た。それもそうか、と思うと「あの...お母さんがヒルズXXXにしなさいって言ってるんですけど...大丈夫ですか?」と返信。お母さん現る・・・!?
相手のホームグラウンドに行くのは美人局的なリスクもあって恐怖もあったけれど、なんとかなるかと勢いを大事に約束を取り付けて、おやすみとメールをクローズ。
なお、自分の意志だけでなく、一緒に飲んでいた人の後押しとカンパがあったことも書き加えておく。
翌朝、いつもの仕事の時間より早く起きて新幹線に乗る。片道1万円以上、なかなか痛い出費だけど、取材費と割り切る。
ただ、約束の11時のまえ、2時間くらい前からメールをしてみたけれど返事がない。まだ寝ているのか、やはり知らない男の大人に会うのは怖くて切ったのか、と不安になる。ゆったり勉強しようと思っていた休日とお金を遣ってる分、なんとか会わないとと思いつつも会えなくてもそこを観光してその県で仕事をしている先輩とごはんを食べることが出来ればそれでいいかなと思えてくる。
待ち合わせの時間を過ぎても返事がなく、別に連絡をとっていた現地の子に連絡をとってお昼を食べることになり騙されちゃったよと言っていると急にメール「すいません汗汗 お母さんの買い物付き合っててもうすぐ帰るんですけど時間かかりそうです汗汗汗」
お母さん同伴!?
と思いつつ、まあここまで来たしお母さんと話してもよいかなあと(なぜか)思えて、一緒でもよいよと返信してみた。メールを続けるとハルカちゃんはお母さんに自分と会うことになったと言ってしまい、当然反対されたということ、でも抜けて会いにいける、となって会うことに。
わりといそうな、ちょっと日に焼けていて服装もそんな気を遣ってはいなさそうだけど伸ばした髪はちゃんと手入れしてそうな感じの子。顔つきは地味目で、そしてすごい痩せている。
まだ子ども。なんでこんなメールをしてきたのか気になるのでいろいろ話を聞いてみる。
まわりから援助交際を疑われるかも知れないけれど、手をつないだりするわけでないし親戚のお兄さんが遊びに来たように見える、はず。
ただ、これは間違い。あとから分かったのだけど、その田舎のショッピングセンターは地元の人が遊んでばかりで、知っている子もぱらぱらいたそう。知っている人、友だちに知らない大人の男と一緒にいるところを見られてもなんとも思わない、むしろ自慢する風でもあることにふとした空恐ろしさを感じる。
驚くべき内容が多くて衝撃を受けたのだけど、うまく表現できないので箇条書きしてみる。
で、このあとプリ機(プリクラのことらしい)でプリクラ撮って少し話して、ペットショップ見てそろそろさようならとしようかなと思っていた、けれど・・・
高1のお姉さんも、デートするのにはアピタかこのショッピングセンターしかないらしく、遭遇してしまった。
しかも男連れ。彼氏(?)はどうみて40歳くらい。なにが起こっているのかワケガワカラナイヨ。
ただ見た目はちょっと格好悪いおっちゃんだけど話してると地元の景気を憂いていたり、新しいプリ機とかわからないけれど高校生と一緒にいるといろいろ勉強になると語るなど意外とまとも。気まずくてちゃんと話せなかったけれどまた話みたい、かも・・。
お姉さんはモテてる、と聞いた割にそう顔立ちがいいわけでないし、かわいらい格好をしているわけでない、ただ、先ほどのハルカちゃんの話の影響からか色目を使われているような気がしてしんどかった。
そしてフードコートで美味しくない山盛りのフライドポテトを食べてだらだら話をした。さっきまですごくたくさん話してくれたハルカちゃんもお姉さんの前ではあまりしゃべらない。謎の空気が気まずくて話も盛り上がらない。そして4人でプリクラ撮って、自分の気力が萎えて解散。ああ、禍根を残してしまった・・・。
最後はなんかいきなりキスしたりエッチとかはありえないけどキスマくらいなら・・みたいなことを言われて衝撃。けれど正直、文脈も分からないし飽きてきたのでよくわからない。はいはいワロスワロスみたいな感じで聞いてさらっと別れた。たぶん、もう二度と会うことはないだろうな・・・
そうして傷心したまま、名古屋駅で麺や六三六を食べてシルバーウィーク最終日の激混み新幹線で帰宅。
ほんの少し前まで。
当時まだ子供だったけどニュースを見ながら ああここはもう当分住めない土地のはずだと思ってみてた。それでも暮らしてるらしい人たちのことを見て、放射能のことを何も知らないんだと思ってた。日本でもしもこんなことが起きたなら、それは的確な判断ができるだろうよくらいに思ってた。だって被爆国だもの。修学旅行にいけば 原爆の話を聞く国だもの。
戦後のこの日本で、民主主義のこの国で 知らされない出来事があるなんて思ってなかった。
完全検閲のある中国のことを 自由を求めてる人はいるだろうに監視されて可哀想だと同情してきた。結構本気で。
どうやらなんにも教えてもらえてない。
新聞とテレビしか見ない人と、ネットしかみない人と、テレビとネットの人では考え方に温度差が激しい。
新聞とテレビしか見ない人は、ネットは嘘だらけだといい、ネットしか見ない人は 政府は、マスコミは ほんとのことを何も教えないという。
今日見たYOUTUBEは、ドイツで放映されたドキュメンタリーだった。
http://www.youtube.com/watch?v=5n_3NK-tsOU
もう 外国のメディアを通してしか真実を知れないのか。そういうことなのか。
私が子供ころ思っていた「教えてもらえないなんて可哀想」な国なのか。この国は。
東電が値上げをするそうだが、普通の会社は 自分の会社が原因でなにごとかおきた場合 まず自分の会社が可能な限りの負担を負う。
今思えばいいがかりに近いアメリカト○タのブレーキパッドうんぬんの件に関しての対処についてもそう。
あの件で役職以上賞与いまだに全カット という話も聞いた。
東電が。役職の賞与を全カットし、一般社員の給与も70%程度まで減額し それでもやっぱり足りないので値上げさせてくれといっているのならまだしも。そういう話は聞いたことがない。むしろあったら教えてください。
私は電気料金を決める際に 必要経費(もちろん社員の給与含む)分を確保したうえでかかるコスト分を上乗せしていくという計算の方法をテレビで見てからずっと「ちょっと待て」と思わずにはいられないのだ。
だって、東電社員の給与が減るのは当たり前でしょう?仕事ができなくて困ってる人は東電の社員の比ではないのだから。
会社というものは、どんな「もしもの事態」のことも想定して動くものだ。
それでリカバリできない事態が起きたとしても自分とこの商品についてとれるだけの責任を取るのはどんな仕事であれ当たり前のことだ。
電気をうちが一元管理している という自負があるならば どんなことがあっても電力に困る事態を起こさないのが 仕事をするものの
当然の心構えじゃないのか。
少なくとも、日本の会社はそれが当然じゃないのか?そういう常識のなかで皆、働いてるんじゃないのか?その徹底したプロ意識で日本の会社は国際的に認められているんじゃないのか。
どうして電力会社がそこを「いやうちは」といえるのかが不思議でしょうがない。そしてどうしてそこを責めないのかも不思議でしょうがない。
いつも通り家に帰ってきて、昼食にハンバーグとスパゲッティーを食べようとしていました
私は冷蔵庫の中のスパゲッティーを探していましたが見つからなかったので
母がトイレから戻ってきて部屋に入った瞬間 スパゲッティどこ?と聞きました
母は「何がっついてんのw○○(妹)みたいw」と笑って何度もそれを言ってきました
妹は帰るなりすぐ、ご飯何ー?まだー?ねぇ、まだー?と、ものすごく食い意地のはっている子です
一度なら笑って流せるのですが、何度も何度も本当○○みたいwなどと言ってきて
小学校は今日、学校はないので母と妹はすでに昼食を食べた後だったので
暖めなおしたハンバーグ等をもって、自分の部屋に行こうとすると
ここで食べなさい!と言って来たので、もう片方の手に持っているシャーペンを部屋に戻してから。と返事をし
部屋にペンを置いて、リビングに戻ろうとすると母がまた、ここで食べなさいっていってるでしょ と大声で言ってくるので
普段は絶対に聞こえないはずなのに、今日はリビングと廊下のどあが開いていたらしく、聞かれてしまいました
本当に、小さい声でつぶやいただけでした
私が悪いのは分かっていますが、まだまだ子供なので「ごめんなさい」とは言いましたが、不本意そうな言い方をしてしまい
母が アタシ何か悪いことした!?なんで今日、そんなに機嫌悪いの?出て行って!もう食べなくて良いと言って泣き出して部屋に戻って寝てしまいました
私も、学校で少し何かあっただけで泣きはしませんが、泣いてしまいそうになります
今まで、母と喧嘩するのが怖くて16年間一度も反抗せずに過ごしてきました
妹は年中反抗期でほっといて・うるさいなどのことを言っても普通に叱られています
今も変わらず同じ状況です
母に泣かれた直後、私も一人泣いてしまい
今は自分の部屋にいるので、分かりませんが
ずっと昔、まだ子供だった頃、私は自分が住む県に原子力発電所があることを知った。
「お父さん、原子力発電所って怖くないの?危なくないの?」
「安全ということにはなっているけどねえ・・・ホントのところはよくわからないかもしれないねえ」
「でも電気がなかったらテレビが見れないからぼくも困るしなあ・・・原子力発電所に反対している人は、電気がなくなっても困らないのかなあ」
「あそこで作っている電気は、全部東京のほうの人たちが使っているから、実はあの発電所がなくなっても、このあたりに住む人は困らないんだよ」
「ええっ、じゃあ自分たちが使えない電気のために、ぼくたちはちょっと怖くても危なくても我慢してるってこと?なんで?なんでぼくたち、我慢してるのに、あそこの電気使えないの?」
「東京のほうが人がたくさん住んでいるから、電気もたくさんいるんだよ。だから福島に発電所を作らせてくださいって、頼まれたんだ。あの発電所はそうやってできたんだよ」
「ふーん、頼まれただけで、怖くても我慢したんだ?」
「お金がなくて、働きたくても働けない人がたくさんいるような場所では、発電所ができれば、それだけみんな助かるんだよ。お金ももらえるし、働く場所ができるしね」
「なるほど、よくわかったよお父さん」
私は心から納得して、うなずいた。
そのことを私は、小学校に上がる頃には、もう学んでいたと思う。
私が住んでいたのはとにかくとんでもないど田舎で、地元の人間のほとんどは、ペンションとか民宿とか土産物屋とか、観光で飯を食っていた。
「えー嘘でしょ、このへんて民放が2局しか映らないんだ、ありえなくないー?」
「買い物行きたくても店がねえよ。よくこんなとこに住んでいる奴らがいるよな」
「夜まっくらだわマジで。おかげで星は綺麗だけど」
「あ、みてみて、子供だ、田舎の子供がいるよー、あの子とかほっぺた真っ赤だ!」
観光客というのは、そんな風に好き勝手なことを言ってこちらを指さして、けたたましく笑う人種で、正直いけ好かないと思ったことは何度も何度も何度もあったが、なにより彼らはありがたくも私達に金を落としてくれる存在だったので、にっこりと笑って愛想良く対応するのが地元の人間の義務なのだということを、私は小さい頃から叩き込まれて育った。
その日、私達は軍手をはめ、ゴミ袋を持って、ジャージ姿で地元の観光スポットに向かう。観光客のために用意された「豊かな自然に包まれて森林浴を楽しめる美しい散策コース」に転がっているゴミを拾わなくてはならないのだ。
空気も水も緑も、自然は確かに美しいが、そこに落ちているゴミは汚い。カラフルな空き缶や、菓子の空き箱なんかを拾うのは、それほど辛いことでもないが、べっとりと食べ残しがこびりついた弁当の空き箱やアイスクリームの容器や湿って黒い液がにじみ出ているタバコの吸殻は、軍手越しとはいえ、触るのも嫌だった。
一番気が滅入るのは、木々の間に白っぽいものが広範囲に撒き散らされているのに気づく時だ。白っぽいものというのは、つまり大量のティッシュで、その下にはたいてい、大便かゲロが隠されている。我慢してティッシュを拾ってもその下からゲロや糞が出てこない時があって、当時はずいぶんほっとしたものだが、数年経って初めてコンドームを見たとき、同じようなびろびろしたゴム製品をティッシュの下から拾ったことがあるのに気づいて、あれは青姦の跡だったんだと知った。
私はゴミ拾いが嫌いだった。嫌いだったけど、これは誰かがやらなくてはならないことだとも、思っていた。
そして、誰かがやらなきゃいけない汚れ仕事ををやる羽目になるのは、金がないほうの人間なんだということも、よくわかっていたのだ。
だってしょうがない、ゴミを捨てる奴らにはにっこり笑って愛想よく振舞って、ゴミを必死に拾い集めて、そうやってやっと、私達は金にありつけるんだから。
観光客(東京のほうからやってくる大事なお客さん達、というのが私の認識だった)は多分みんな、自分たちが撒き散らかしたゲロと糞と精液を、子供たちが始末することになったなんて知らないし、知りたくもないだろう。
彼らが覚えているのは、自分たちの楽しい旅行の思い出だけで、気軽に捨てたゴミのこと、指さして笑った田舎の子供たちのことなんて、綺麗に忘れてしまっているだろう。
糞を人任せにするというのは、そういうことだ。
だけど出した糞を任されたほうの人間は、決してそれを忘れない。少なくとも私は、自分が拾ったゲロと糞と精液のことをしっかりと覚えている。
だから私は、原子力発電所という、どうやら怖くて危ないらしいモノが福島にあると聞いたとき、ホントに心底納得したのだ。
金がないってのは、そういうことだよな。
本当なら近寄りたくもない、悪臭ぷんぷんの糞でも、金が貰えるなら拾い集めて握り締める。
多分それは[取引]だと言われる。もしかしたらその取引は不公平なものだったってことが、後になったらわかるかもしれないけど、その時は[お互い様]だったと思われるだけだろう。
私はそんなのはちっともお互い様とは言わないんじゃないかと子供の頃から思っていたし、今も思っているけど、それでもきっと、どうしようもないことなんだろう。
なんせ金がないんだから。
私の生まれた場所には、生まれる前から原子力発電所があって、正直それが嫌で嫌で仕方なかったけれど、でも多分、そうやって糞を拾い集めて金にありつかなければ、私は生まれることも育つこともできなかったのかもしれない。
ただ私は、他人の糞を任されて生きるのは嫌だった。
今私は、関東に住んでいる。
東京に憧れがあったわけじゃない。私の育った場所には金もなくて仕事もなかったからという、ただそれだけのことだ。
結婚もした。相手は関東の人間だ。友人のほとんども、関東に住んでいる。
震災の後、原発で事故が起きて、毎日何もかもどんどん悪化していくばかりで、だけど私はなんせ関東に住んでいるから、仕事も家もなくならなくて、普通に生きてる。
「もうダメだよ、宿泊の予約は全部なくなったよ」
「今年が終わる頃には、何人か首くくるんじゃないかなー。俺もね正直、ペンション建てるのに組んだローン、どうすればいいかわかんないしね」
なんでだ、と思う。あの原発で作られた電気を、お前は使っていなかったのに。
大学に行くために家を出て、それからずっと関東で過ごしていた私は、毎日毎日、電気を使いながら生きていた。
無駄遣いした電気も、たくさんあった。その電気がどこで作られているかなんてことを、私は考えもしなかった。
子供が生まれたら、私は時々、田舎に連れ帰るつもりだった。自分が遊んだ場所で、遊ばせてやりたいと思っていた、でもダメだ、もうできない。
私は未だに甲子園では福島の学校を応援する。だけどきっと私の子供が福島の学校を応援することはないだろう。
私はやっと、自分が糞を人任せにする人間になっていたことに気づいた。
だからたぶん、私の生活は変わらないんだ。家も仕事も家族も失わずに、生きているんだ。
涙が止まらない。
喜べばいいのかもしれない、もう私は他人の糞を握りしめて生きる側の人間じゃなくなったんだから。自分が他人に押し付けた糞のことなんて綺麗に忘れてしまえばいいのかもしれない。
ただ、涙が止まらない。
http://chodo.posterous.com/45938410
今回の震災で、被災した人の役に立ちたい、被災地のために何かをしたい、と感じている若い人達がたくさんいると思う。でも慌てないで欲しい。今、あなた方が現地で出来ることは、何一つ無い。現地に存在すること自体が邪魔なのだ。今は、募金と献血くらいしか無いだろう。それでも立派な貢献だ。胸を張って活動して欲しい。
そして、是非その気持を、一年間、持ち続けて欲しい。もしも一年経って、あなたにまだその情熱が残っているなら、活躍できるチャンスが見えてくるはずだ。仮設住宅でのケアや被災者の心の病、生活の手助けなど、震災直後よりも深刻な問題がたくさん出てくる。そういった問題を解決するために、NPOなどが立ち上がるだろう。その時に初めて、被災地は「何も出来ないけど何かの役に立ちたいと思っている、心優しいあなた」を必要とするのだ。もしかするとそれが、あなたの一生を変える大きなきっかけになるかもしれない。
すごい。
まだ子供だったこともあり、ひたすらに受身で、親にくっついて親に言われたことをしていただけでした。
助ける側の立場で行動してもいないし、助ける側の立場でものを考えていませんでした。
http://anond.hatelabo.jp/20110313102025
で、4月からボランティアに入るつもりであるなどと書いていましたが、
震災を経験しているという部分がおごりになっていたように思います。
ただ被災者の気持ちがわかるというだけでは不十分です。まず必要なのはそういう部分じゃない。
逆に、必要とされたときにいけるよう、仕事を前倒しで進めたり、被災地の作業で素人が貢献できる内容について学習しておきたいと思います。
震災を経験した私でさえ、このようにうぬぼれというか勘違いをしてしまいます。
だから、経験のない人がボランティアについて勘違いがあっても、それを馬鹿者扱いしたりしないでください。
気持ち自体には感謝して、それでも出来れば寄付などの形で協力をお願いしたいと伝えて欲しいです。
この記事ではないですが、ボランティアの人格や知性をこき下ろすような発言をしている方もちらほら見受けられ、それは酷いと感じます。
ボランティアの方々は結果として迷惑になってしまったかもしれませんが、それでも人が来てくれた時、私はとても嬉しかったのです。
ボランティア登録されていたかどうかはわかりませんが、毎日自転車で3時間かけてやってきて、私たちを励ましてくれた高校生の方もいらっしゃいました。
災害時、最も大事なのはもちろんインフラなどの作業なのでしょうが、決して目に見える温かい気持ちは軽いものではありません。
当時、ボランティアで役に立てたという感触がなく落ち込んでしまった方もおられると思います。
あの頃は素直に感謝できませんでしたが、本当にありがとうございました。
30代前半男性、親と同居47%=未婚率の上昇影響か―世帯動態調査 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101210-00000089-jij-soci
このニュースに対する反応 http://raicho.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1291970321/l50
つまり、家庭が矛盾に満ちて壊れていた事によって何らかの精神的外傷を受けていた人が「結婚に夢が持てない」状態になる。
結婚しないのは本人の意志のように見えるが、もう少し引いた見方をすると社会的弱者が自然淘汰されている過程と考えられる。
30代前半に限らず団塊ジュニア世代あたりも親と同居している割合が高くなっているに違いない。
団塊世代が引退せずに働き続けることがよく批判されているが、彼らが働き続けるのは70歳手前まで働くと年金額が増えるからでもあるが、大半は職がない我が子を養うためである。
年金不安が叫ばれる中、無駄な出費を抑えて出来るだけ貯蓄しようとする人々が増えている。
自立できるのにしないで親と同居する人々は、住居費を浮かせて、夫も妻も働いて親世代に子供の育児を助けてもらう形態を取っている。
大人になったら家を出るべき、と「かくあるべき論」に固執する人々は月々の家賃、子供を保育所に入れる費用、自身の年金の計算をしたことがあるのだろうか?
30歳超えてもまだ子供でいようとする精神的に未熟なパラサイト・シングルはだいたい金を貯蓄せずどうでもいい遊興費に使っている。
出産には社会を継続的に維持するための人員を確保するといった社会的意義がある。
国や社会のために生きてるんじゃねえよ、という言い分はわかるが、
それは語学が堪能であったり、海外の銀行にプライベートバンクを設けて働かなくても食っていけるだけの金を蓄えていたり、
そのような日本を出ても生きていけるレベルの人物が言うのならわかるが、
日本でしか生きていけないレベルの人々が、子供を産まず(社会を維持運営する事に協力せず)に自由気儘に生きる!というのは、ただのフリーライダーだと思われる。
独身税はそろそろ必要だろう。結婚する金がないという人は酒もタバコもやっているし、外食で美味いものを食べている。徴収する金はいくらでもある。
ついに今日を迎えてしまった。それまでは心のどこかに「19だから、未成年だから」という意識が少なからずあった。いや、かなりあった。別に悪いことはしてないけど良いこともしなかった。何もしなかった。そのことを「まだ子供なんだから……」と慰めのような言葉で紛らわしていた。誰かに言ってもらうわけでもなく脳内で何度も繰り返した。気持ちの悪い自慰行為である。しかしカレンダーをめくるように今日で僕は社会的に成人となった。もうあのフレーズは使えない。僕みたいな人間が成人とみなされていいのかと自分のダメっぷりにはいつも嫌気がさしている。小学生の頃夢想していた大人に僕はなれなかった。あの頃の自分に申し訳ない気持ちさえする。ごめんねマジごめん。ぬるま湯に浸かりすぎた僕はいきなり熱湯に浸かることも冷水を浴びることもできない。かといって風呂場を出る気もない。日本にも通過儀礼的な行いがあればいいなと思う。同窓会となんら変わりのない成人式のようなものではなくてある程度心身に苦痛を伴うような行事が。ま持論だけど人が変わるというのは一日程度で変化するような劇的なものではなく火にかけた水が沸騰するような漸進的なものだしそういう外部的な機会に頼ろうとしている時点でやっぱり僕はまだまだガキだ。通過儀礼も国全体として緊張感のない日本で行ったところでただのイベントに成り下がる気がする。やっぱり通過儀礼なんかなくていいや。ふふっあーあどうしよう。なんだかなあ子供のころはプレゼントもらえたりでウキウキしていた誕生日が今は全然嬉しくないや。自分は大人だと納得できる日は何年後になるのだろうか。叱責されて「君はまだ子供だね」と言われる方がまだよっぽど心地が良い。
初めてsexをしてから10年以上経つ。もう30手前なのに。こんな情けないことはないなと思う。
おとといの夜、飲み過ぎてしまい、そのまま彼の家に泊まる事になった。
いや、彼曰く、勝手ではないらしいが。私に問うた所、「大丈夫」という旨の発言をしたらしい。
私は安全日なんてあやふやなものは信用していないので、避妊なしでの性交渉なんてあり得ないと思っていたのだが。
彼はそうじゃなかったらしい。男性はつけない方が気持ちいいんでしょ。それは分かってるけど。
気がついたときには行為は佳境に入っており、お腹に出された。
で、一言「中にちょっと出ちゃったかもしれない」
徐々に冷静になってくる私。考えれば考える程、どんどん恐ろしくなってくる。
この人の子供が欲しいかと問われると、微妙。結婚も考えられない。ていうか、今まだ子供欲しくない。相当まずい。
調べてみたら安全日でもなんでもないし。
彼はいつも以上に満たされた表情で、気持ちよかっただのなんだの言ってる。たぶん出てないと思うとか言ってる。
たぶんってなんだよ。そんなたぶんに賭けるほど馬鹿じゃない。
処方してくれる病院はどこだ?あまり家の近くの病院にはいけない。でも、仕事があるからそう遠くの病院にもいけない。
72時間以内に飲まなければならないということも分かった。早ければ早いほど効果は高いらしい。
そして副作用・・・吐き気、頭痛など。重い人も軽い人もいるらしい。
副作用ときいて、心が折れそうになる。
いや、出来てないかもしれないし。出てないかもとか言ってたし。こんな薬飲まなくても大丈夫かもしれない。
でも今、ものすごく怖い。やはり確実な方法をとったほうがいいに決まってる。でも、薬も怖い。
結局朝一で婦人科に行って薬を貰ってきた。
飲むときは本当に情けなくて情けなくて、これがいい大人のする事なのかと激しく自己嫌悪した。
その後、副作用。結構キツい。自分のせいだから仕方ないんだけど。
倦怠感・胃のムカつきなど。あと、精神的なものだと思うけど、胃の痛み。
薬で無理矢理ホルモンバランスを乱すわけだから、具合悪くならない訳がない。甘かった。
薬飲んだ。避妊しない人とはもう出来ないとメールしたら、「えーそんなこと言わないでー(なんか泣いてる絵文字)」って返ってきた。
男性にとっては痛くも痒くもないもんね。むしろ気持ちよかったんだもんね。
薬飲んで済むなんて楽じゃんとか思われているんだろうか。
まぁ、私も飲む前は「これでなかったことに出来る」と思ってたし。
そんな簡単なもんじゃないよ、これは。
避妊成功率は私の状況だと90%くらい。あとの10%のことを考えると本当に怖い。
妊娠してなかったとしても、ホルモンバランスが元に戻るまでに暫く時間がかかるし。
自分の身体を痛めつけて、申し訳ないと思う。
でも、こうやって私が悩んでいる間も彼はよく寝ているんだろうな。
わたくしの息子は、妙に現実主義のところがありまして、女の子が空から降ってくるなどということは、微塵も信じていないようなのです。
そのかわり、このところの日照り続きのなかで、かえるさんと楽しく元気に遊んでいます。まだまだ子供なのだな、と微笑ましい気持ちで見守っております。
Re:http://anond.hatelabo.jp/20100902013402
何となくたどり着いた先はジャスコだった。クリスマスの近いジャスコは家族連れでごった返しているが、カップルは比較的少ないように思う。カップルはもっと雑誌に載っているようなこぎれいな場所に出かけてしまうに違いない、と僕は思う。高校生のカップルが目に余るほどいちゃいちゃして通り過ぎていくのは特に気にならない。若さは取り返せないから、あちらの世界は違う世界だと認識できるのだ。同年代のつつましいカップルが一番心をかき乱す。なぜ僕ではないんだろう。なぜ、僕にはないんだろう。そういう考えが頭に浮かぶのはあまり幸せなことではない。
ぶらぶらと歩きながら適当に服を見繕う。別にどこに行く当てもないけれど、良さそうな服があったら買っておくのだ。特に趣味のない僕にとってそれはささやかな散財だった。たまには甘いものとお酒でも買おうか、ということを僕は頭の片隅で考える。
クリスマスソングが流れる店内も、店内のきらきらとした飾り付けも、売り子が張り上げる声もすべて予定調和で心地よくすらある。エスカレーターのそばには大きなツリーが飾られていて、子供がその下を走り回っている。僕は肩からずり落ちてきたマフラーを外しながらぼんやりと巨大なツリーを見上げる。
けえきいかがですかぁという間延びした声に僕はなぜかびくりとして振り返った。売り子の女の子がプラカードのようなものを持って呼び込みをしている。この時期にしかみられないサンタクロースのコスプレをした、きれいな黒い髪の毛の女の子。高校生か大学生か、多分バイトなんだろうと僕は思いながら女の子を視線から外す。別に珍しくも何ともない光景だし、あんまりじろじろ見るのもなんだか変な気がしたのだ。
「けえき」
僕が横を通り過ぎるその瞬間に彼女はすぅ、と息をすってそういった。舌足らずな甲高い、売り子特有の耳障りな声の合間に人間らしい呼吸音が聞こえたことに僕は少し驚いた。思わず振り返ってしまって、彼女と目が合う。
言葉を言いかけたところで目が合ってしまった彼女は、その先の言葉を忘れてしまったみたいに目をしばたたかせた。そして、ちょっと照れくさそうにいかがですか、と小さな声で言う。
思わず振り返ってしまった僕も照れくさくなってちょっと笑う。
あまりの決まりが悪さに僕は、ください、と小声で言った。女の子はぱぁっと誰がどう見ても作り物ではない笑顔になってありがとうございます!と元気よくいう。僕は頭の中でちらりと一人で過ごすのにケーキを買ってるなんて寂しいやつだな、と思われたらどうしようと考える。
ご家族用ですか?と彼女はいった。僕は首を振ってこっちのを二つ、とショートケーキを指して嘘をつく。長年一緒に暮らしている彼女か、もしくは結婚してしばらくたってるけどまだ子供のいない夫婦のふりをして、彼女は忙しくているからささやかなお祝いでもするんだという顔をして、僕は嘘をつく。堂々としていればそういうものは相手に伝わらないんだ、と僕は思い込むことにしている。女の子は透き通った黒い目で僕を見て、にっこりと笑った。
この子は、と僕は頭の片隅で下世話なことを考える。彼氏とかいないんだろうか。カップルであるている同年代をどう思いながらケーキを売っているんだろうか。案外気にしていないのか、気にしないようにつとめているのか。それとも単にサンタのコスプレがしたかっただけなんだろうか。思い出の一つとして。
女の子は何も言わずにフォークを二つつけてケーキをひどく大事そうに箱の中にいれた。少しでも雑に扱うと爆発でもしてしまうのではないかと危ぶむほど丁寧な動作だった。なんてことはない、明日になったらたたき売られるだけのケーキだというのに、その動作は不自然にすら思える。僕はもう一度彼女をみる。
ただ僕が消費するだけのケーキをなんでこの子はこんなに丁寧に、大事そうに扱うんだろう。テレビを見ながら感慨もなく食べるだけなのに。
お持ち帰り時間はどれくらいですかぁと相変わらずの舌足らずな口調で彼女はマニュアル通り言った。僕は何となく30分くらいです、と答えた。30分もかからずに家には着くけれど、これだけごった返していると駐車場から出るので一苦労だろう。子供たちに配るためのプレゼントをたくさん載せた車が、さながらどこかの国から出発するサンタ便のように、たくさんたくさん行列をなして出口へと向かう。その中で、僕は待つ人のいない家へ食べる人のいないケーキを運搬する一人のトナカイなのだ。プレゼントを贈る相手がいないから、サンタクロースもいらない。トナカイのえさがありさえすればいい。でもたまにはトナカイだってケーキが食べたくなったり、その贈り物を自分のものにしたくなることだってある。僕はそういう不届きなトナカイでかまわない。そんなことを考えて僕は誰にもわからないように唇を緩める。
女の子はケーキと同じように釣り銭を丁寧に数えて、その硬貨が実は純金やダイヤなのではないかと錯覚するほどそうっと僕の掌の上にお釣りをのせた。そしてぴょこりと頭を下げてありがとうございましたぁ!とやたら元気のいい声で言う。その動きがあまりにも厳かだったものだから、僕は神聖な儀式に立ち会ってしまったようなある種の居心地の悪さを感じてもぞもぞとする。腕の中のケーキも何かとても特別なもののように思えてくる。僕は何事も起きないように大事に腕の中に抱えこんで、どうもと口の中で言った。箱はたった二つの小さなケーキしか入っていないはずなのにいやに重く感じられた。役目のないトナカイになぜかとても重大なミッションが課せられたような、そんな気がしたのだ。
ひっきりなしに開閉する自動扉のむこうにはちらちらと白い雪が降り始めていた。ぼんやりと口をあけて僕は空を仰いでいたけれど、忍び込んできた冷気に思わず身を縮める。白い息が鼻からゆらゆらと立ち昇っていく。ジャスコの中のざわめきは自動扉がしまると遠くなり、再びあくとまた耳に飛び込んできて、なぜかひどくさびしい気持ちになるから僕は片手をポケットに突っ込んで、もう片方の手で大事にケーキを抱えて、歩き出そうとした。また自動扉が開いて、そしてあの女の子の声が聞こえる。振り返った僕の目に、あの女の子は映らなかった。かわりにたくさんのトナカイが子供を追いかけたり、疲れた顔をしてベンチに座り込んでいたり、なぜかピリピリとした顔をして怒っているのが見えた。僕は少し笑った。クリスマスのジャスコにはトナカイがたくさんいる。そして、贈り物を待つ子供のために疲れたり悩んだり怒ったりしている。時間も体力もないトナカイのためにジャスコは今日も開いている。
雪はもう静かに積もり始めている。
※この話はフィクションです。実在の人物、団体、企業とは一切関係ありません。
※くそあついのに冬の話かよという苦情は受け付けておりません。