はてなキーワード: 漏れとは
高専在学中, OB, OGの人達が高専に入ったきっかけとか、どういう系統のことが好きなのとか詳しく知りたいからできれば高専関係の方はブログに書いてほしいなーとかチラッと思った #kosen_opportunity
なんていうのがTLに流れて来てたので暇つぶしに高専入学の志望動機を思い出してみた。
なお、当時書いたであろう入学志望動機は現存してないのでやっぱり記憶を。
中2当時はご多分にも漏れず
人と違う何かをしたいとかそんなことを思ってたようで
中3で
old macを安く買ってPLLの定数変更してクロックアップに勤しんでみたり
そんな中学生でした。
ってのが育英に通うきっかけでした。
ちなみに志望学科は
航空が電子工学科→航空
にしたような。機械とかあんまし興味なかったですしね
彼女は単に「タブーに関してモノを言う俺格好いい」「本音こそが大事なんだ」っていう、典型的な大二病。
ずっと増田やってるからよくわかる。過激なことを書いて叩かれでもなんでもはてブ数がたくさんもらえたりすると
「俺の言ったことはやはり社会にインパクトを与えるような大事なことなんだ」って勘違いしてしまうんだよ。
で、その中から「賛成のコメントが6RTあるから、やっぱり俺は正しいんだ」って思っちゃうんだよ。
もうイケイケだから、ドーパミン出まくってるからネガコメなんて、目に入らない。
悪化すると、あえて露悪的に、あえて過激に、って暴走してしていく。
だんだん話が妄想めいてくる。そうするとますます叩かれて、それを喜ぶようになる。
で、ある時ふと我に返って顔が青ざめる。
シラフの時に考えるとなんでこんな馬鹿なことを、って思うけえど馬鹿な時期ってのが、暇な大学生にはよくあるんだ。
今から思い起こすと恥ずかしいし、それが増田じゃなかったら貧困とか関係なく死にたくなるけど
こういう病気にかかっちゃうことはあるんだよ。しょうがないんだよ。
いろいろ満たされなくて、つい魔が刺しちゃうんだよ!わかってよwww
twitter時代に入ってから、わたしのような大二病は増殖していく一方だ。
なぜなら、ブログと違って説明ぬきで感覚的なことを言うのがアリになってきてるから。
知的レベルの低い人間でもこれに参加できるようになってきたから。
筑波大程度でアッパーミドルとかいっちゃう微妙なレベルのコは、恋愛が満たされるくらいしか自分を救う方法がない。
誰にも愛してもらえないなら、愛される自分を妄想するしかないじゃない。
いろんな鬱屈抱えてるんだよね。そういう子がtwitterなんか与えられちゃったら・・・そりゃ発症するでしょJK.
大二病の治療に必要なのは「そういうことをいうのはタブーだ」ということじゃない。
それは彼女の病気をより悪化させる。もちろん肯定しても駄目だ。
本質的には彼女の惨めな承認欲求やら愛情欲求を、身近な人が癒してくれるのを待つしかない。
それまで、ネットでは間違った承認や愛情を与えてあげたくなる気持をぐっと我慢しなければいけない。
っていうか、ぶっちゃけ、放置してあげるのが一番彼女のためになる。
どうせ就活の時に現実思い知るから、放っておいてもいいかなー、とか思うしね。
こういう奴が要る限り、就活って改善されないのも仕方ないよなーって思ってしまうね、どうしても。
ただもう、大二病をこじらせた挙句「だだ漏れ最高」とか言い出すアーパーな女が出てきて、
使用するブラウザ(IE,Firefox,androidブラウザ,...)毎に設定を行う必要があると思います。
これらがなぜ悪なのか:http://takagi-hiromitsu.jp/diary/20111126.html
木村政昭氏の地震予測を一部の人が知って偉く驚いてるようだけど、なんか過剰評価にしか見えないので。
TwitLonger — When you talk too much for Twitter
ざっとネットで調べても、どうも木村政昭氏の地震の目理論というのがよくわからないんだけど。ちゃんと見るものを見ればわかると思うんですけど今はパス。
精度を調べると、多少見たところ「少なくとも一般の利用者にとっては現時点でそんなには高精度じゃない」というのが私の結論。
せめて 科学的・論理的な姿勢で原発の廃止を求める原発懐疑派のブログ ネット反原発派の極北・「@tokaiama 東海アマ管理人」氏の地震予知は真実かデマか? 並みにチェックしたかったんだけど(これでも本来不十分だけど少なくとも東海アマの予測がでたらめであることだけははっきり分かる)、そこまではできなかった。
ざっと見たところ、東海アマのレベルよりは比較にならないほど当てになる可能性は否定できなかったが、上記ブログにあるような「木村先生が阪神淡路大震災以降、ほとんどの地震の予測に成功されていて、」っていうのは「え、ホントかいな?」というのが私の見解。
まず、見てみよう。
彼の公式サイトのうち、2011/3/11のもっとも直前2011/02/18の日本列島地震予測図だ。
2007年には一度予測していたはずの、三陸沖の予測が書かれていない。
木村説に基づく私案 (2009年8月6日公表)にも、やっぱり三陸沖はない。
そして、2011/3/9、後から「前震」であったとわかった地震直後
これの目があったと突然言っている。
目があったと言っている。しかし、それまでの上記引用すべての図と違うように見えるのだが。
2011/3/9の前震の予兆と2011/3/11の予兆を取り違えることはあってもおかしくはないかもしれない。また、この比較だけをもって、地震の目理論の中身をデータと比較して検討しなければ「地震の目」理論そのものの妥当性(多少なりとも役に立つかもしれない、という可能性も含めて)を否定することはまったくできない。が、現時点で「木村政昭氏は2011/3/11三陸沖地震を的確に予想していた」と言われると、まったく予測してなかったこと断言できる情報には欠けるが、的確な予想が出来ていたというのは無理ではなかろうか。実は予想してたんだけれども政治的理由等で隠していたとか言われたらちょっとまぁ私には手に負えないが。
で、本当はもっと過去の予測と実績を予測履歴と比較すべきなのだが、ぱっとぐぐっても私には見つからなかったので、
みつかったうちの最も古い前述の「木村説に基づく私案 (2009年8月6日公表)」でみてみよう。
このうち、台湾付近(2009±2)のは当たってれば来てるはずなので、とみてみると
NEIC: Earthquake Search Results
…なさそうに見えますが。M5.5以上検索。2009/8/1~本日。当たっていればLAT21付近にあるはずなんですけど(このシステムのデータ漏れがあったらわかりませんが)。そんな地震があったというエビデンスがあったら教えてください…。他のは予測期間が終わってないんで判定できませんが。。。
千葉周辺はなんか最近の他の学者が言ってるのと似てないこともない気がしますので、これは当たるのかもしれません(既に311余波で起こってたりします?)
鹿児島南東沖はまだ予測範囲終わってませんが、気象庁 | 震度データベース検索とかで見る限り、鹿児島震度1以上で震源地とマグニチュードが一致するものは見当たりません。
で、2011/8/9版をみると
随分変わってますね。
まぁ、3/11で大きく事情が変わったとかいうのが地震の目理論に当てはまるかわかりませんが(311でまったく過去のデータが使い物にならなくなってたとすると多分私が見た数ページからして地震の目理論はたぶん、当分の間精度ががくおちです)。
#過去のは図から抜いてるだけで予測を撤回してないって話だと過去のも全部並べて重ねないと予測の意味がだいぶ減ってしまいそうですが)
外れが多かろうとも、一定の精度があるのであれば、まぁ備えることに無意味とは必ずしも言えないので、私が見た限り、「東海アマみたいに信じるのがバカ」レベルであるという判断はできませんでしたが、警戒情報として参考にするならともかく、現時点であまり祭り上げるのはどうだろうかと思うわけですが。
また、上記検証では理論の正しさは何も検証してないので、この理論の今後についてもなんら評価してませんので、将来この手法が精度を上げて実用化される可能性を否定するものではありません(とりたてて肯定もしませんけど)。
どうやら村上は、この本のアメリカ版をそのとき初めて目にしたらしい。
日本では『1Q84』は2年を掛けて3巻に分かれて発表された(村上は2巻目で一度終わりにしたが、一年後にもう数百ページ付け足したのである)。
アメリカでは、一巻のモノリスとして組まれ、秋の読書イベントに発表が設定された。
YouTube ではきらびやかなトレーラームービーを見ることができ、
一部の書店では発売日10月25日に深夜営業が予定されている。
Knopf は英語訳を急がせるため、二人の訳者に手分けして翻訳をさせた。
村上にこれほど長い作品を書くつもりがあったかと尋ねると、なかったという。
これほど長くなることが分かっていれば、書き始めなかったかもしれないともいう。
彼はタイトルや冒頭のイメージ(この作品の場合は両方だった)が浮かんだ時点で、机の前に座り、
毎朝毎朝、終わるまで書きつづけるのである。
といっても、この大作はごく小さな種から生まれた。
村上によれば『1Q84』は、人気を博した彼のショートストーリー『四月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて』(英語版では5ページ)を増幅させたものに過ぎないという。
「基本的には同じなんだ」と彼は言う。
「少年が少女に出会う。別れてしまった後、二人は互いを探し合う。単純な物語だ。それを長くしただけ」
筋書きを要約することすら、少なくともこの宇宙で人間言語をもって雑誌の1記事で書くとすれば不可能だ。
青豆という少女が、タクシーに乗って東京の周縁に掛かる高架の高速道路を行く。
そこで渋滞に巻き込まれ、身動きがとれなくなる。
チェコスロバキアの作曲家レオシュ・ヤナーチェクの「シンフォニエッタ」だ。
「渋滞に巻き込まれたタクシーの中で聴くのにうってつけの音楽とは言えないはずだ」と村上は書く。
運転手は青豆に変わった迂回路を提案する。
高架高速道路には非常用脱出口が設置されている、そして、普通の人には知られていない脱出口への階段がある、と彼は言う。
本当に絶望しきっているのであれば、そこから地上に降りることもできる。
青豆が考えていると突然、運転手が村上一流の警告を口にする。
「見かけにだまされないように」と彼は言う。
降りていけば、彼女にとっての世界は根底から変わってしまうかもしれない、と。
そしてわずかではない違いとして、月がふたつあった(ちなみに彼女が遅刻した約束というのは暗殺の約束であったことが明らかになる)。
そしてその世界にはリトル・ピープルと呼ばれる魔法の種族がいる。
彼らは死んだ盲の羊の口(詳しく書くと長くなる)から生まれ、オタマジャクシの大きさからプレーリードッグの大きさにまで育ち、「ホーホー」と合唱しながら空中から透明な糸を紡ぎだして「空気さなぎ」と呼ばれる巨大なピーナッツ型のまゆを作る。
この本ではなかばあたりまで、このように浮世離れしたした超自然的ガジェット(空中に浮かぶ時計、神秘的なセックス麻痺など)が繰り出されてくるので、
私は行間にエクスクラメーションマークを置きたくなった。
この数十年、村上は自身が「本格小説」と位置づけるものを書こうとしていると言い続けてきた。
一例として彼は『カラマーゾフの兄弟』を挙げて目標にしている。
その試みこそが、三人称の幅広い視点から描かれた巨大小説『1Q84』であるように思われる。
怒り、暴力、惨事、奇妙なセックス、奇妙な新現実を抱えた本であり、
偶然ぶつかることになってしまった悲劇にも関わらず(あるいはその悲劇のなかでこそ)、
ひとりの人間の脳に詰め込まれた不思議を提示して、本書は読者を驚嘆させる。
驚きを覚える本の数々をこれだけ読んだあとでもなお、私は村上の本で驚かせられた。
そのこと自体が驚きだったと村上に伝えると、彼はいつものようにそれを受け流し、
自分の想像力を入れたつまらない花瓶でしかない、と言い張った。
「リトル・ピープルは突然やってきた」という。
僕は物語の虜だった。選択したのは僕ではなかった。彼らが来て、僕はそれを書いた。それが僕の仕事」
明晰夢を見ることがあるかと尋ねると、
覚えていられたことはない、という。
目覚めたときには消えている、と。
ここ数年で覚えていられた夢は一度だけ、それは村上春樹の小説のような繰り返す悪夢だったという。
その夢の中で、影のような未知の人物が「奇妙な食べ物」を料理してくれていた。
食べたいとは思わないが、夢のなかでは彼はそれに興味をひかれていて、まさに一口入れようというとき目が覚めた。
2日目、村上と私は彼の車の後部座席に乗り込み、彼の海辺の家へ向かった。
運転したのはアシスタントの一人である身ぎれいな女性で、青豆よりわずかに若かった。
私たちは東京を横切り、青豆が『1Q84』で運命的な下降をした高架高速道路の本物へと向かった。
カーステレオではブルース・スプリングスティーンがカバーした「Old Dan Tucker」がかけられていた。
車中で、村上は冒頭のシーンを思いついたときに考えていた緊急脱出口のことを持ち出した(青豆と同じように実際に渋滞に巻き込まれていたときにそのアイデアを思いついたという)。
実際の高速道路で、小説中であれば青豆が新世界に向けてくだっていったであろう場所を正確に特定しようとしたのである。
「彼女は用賀から渋谷に行こうとしていた」車窓をのぞきながら彼はいう。
「だから多分このあたりのはずだ」
と言ってこちらを向いて念を押すように
「それは現実じゃないけれど」
と付け加えた。
それでも、彼は窓の方に戻って実際に起こった出来事を話すように続きを語った。
キャロットタワーと呼ばれる、およそ巨大なネジが刺さった高層ビルのような建物の前を通り過ぎた。
村上はそこでこちらを向いて、もう一度思いついたように、
「それは現実じゃないけれど」と言った。
日本に滞在した5日間のあいだ、私は村上の東京にいたときとは違って、実際の東京で落ち着くことができなかった。
村上の東京、それは本物の東京を彼の本というレンズで見たときの姿だ。
客席の上の方で二塁打が打たれるたびに注目した(私がもらった天啓にもっとも近いものは、枝豆を喉につかえさせて窒息しかけたことだった)。
また、私はローリングストーンズの「Sympathy for the Devil」とエリック・クラプトンの2001年のアルバム「Reptile」をかけながら、神宮外苑という村上お気に入りの東京ジョギングルートをゆっくりと走った。
私のホテルは新宿駅に近い。そこは『1Q84』でも重要な役割を果たす、交通機関のハブ的な場所だ。
登場人物たちが好んで使う集合場所、中村屋で私はコーヒーを飲み、カレーを食べた。
そしてフレンチトーストとタピオカティーの向こうで東京人たちが交わす会話に耳をひそめた。
そうしてうろつくあいだに、村上小説が極度に意識しているものごと、すなわち、偶然かかる音楽、上昇と下降、人々の耳の形といったものを、私も極度に意識するようになった。
実際、彼の小説中の説明をもとにして料理本を出版した人もいるし、
登場人物が聞いた音楽のプレイリストをオンラインでまとめている読者もいる。
村上は、明らかに喜んだ様子で韓国のある会社が西日本への『海辺のカフカ』旅行を企画したこと、
ポーランドの翻訳者が『1Q84』をテーマにした東京旅行のガイドブックを編集していることを教えてくれた。
村上は読者から彼が生み出したものを現実世界で「発見」したという便りを受け取ることがよくあるという。
たとえば、彼が作り出したと思っていたレストランや店が東京に実際ある、など。
ドルフィンホテルというのは『羊をめぐる冒険』で村上が生み出したものだが、札幌にはそれが複数ある。
『1Q84』の発表後、ありえない名字として作り出したつもりだった「青豆」という名字の家族から、村上は便りを受け取ったという。
ここでの要点と言えるのは、現実に漏れ出す虚構、虚構に漏れ出す現実というものが、
村上の作品についてはほとんどの場合、作品そのものだということだ。
作家活動の初期には、「日本人という呪い」から逃れようとしているとさえ語った。
その代わり、十代の若者として、西洋の小説家の作品を貪ることによって、文学の感受性を培った。
その中にはヨーロッパの古典(ドストエフスキー、スタンダール、ディケンズ)もあったが、
彼が生涯を通して繰り返し読んだのは、とりわけ20世紀のアメリカのある種の作家たち、
レイモンド・チャンドラー、トルーマン・カポーテ、F. スコット・フィッツジェラルド、リチャード・ブローティガン、カート・ヴォネガットなどだ。
処女作に取りかかったとき、村上は奮闘し、標準的でない解決法に行き当たった。
そうやって自分の声を獲得したと彼は言う。
ってことは、仕事等でどうしても必要になる場面以外は、「対外的には自己卑下がデフォルトであるべき、そうでないと格好悪い」ということ?
君自身が体現しているように、着飾らないこと=自己卑下、となってしまうところ。自尊心が外見に依存していることがだだ漏れになっているところが格好悪いんだよ。
http://www.asahi.com/business/update/0124/TKY201201240616.html 24日のニュース
http://www.meti.go.jp/press/20100820003/20100820003-2.pdf その発端ともいえる二年前の報告書
始まりは、ありがちな汚職だと思えた・・・その巨大プロジェクトの実体は!
1部~2部で内容が重複してるから、ストーリーだけ知りたい人は3部から読むのをお勧めする。図表もあるのでわかりやすい。
これについてのブコメやTwitterを見ていると不祥事を叩いたり、やめた事を批判して55億賠償しろって人も結構いるのだけど、なんかもうそういう問題よりも気になる点が山ほどある。自分の感想をまとめておく。不祥事そのものより、その裏にあるプロジェクト全体や日本の開発にありがちな問題にもっと注目されて欲しいのでそういう視点で書く。
入札前の情報漏れにしても、その後のNTTDとのやりとりにしても、情報漏洩やそれにまつわる金銭の動きは犯罪だ。けどもそれが行われた動機が私利私欲のためだけとは思えない。
共有されるべき情報が共有できるようにされていない。やりとりできるべき情報ができるようにされていない。必要な情報がちゃんと流れていないから、イレギュラーな方法で流れている。特許庁, NTTD, TSOL この三社間のコミュニケーションがどこも投げやり丸投げ気味で、慢性的に情報不足だった感が伺える。ここを改善する必要があるよね。
極秘情報は必要最小限にして、より情報の共有を図るべき、入札前に必要な情報は公開できるようにすべきって報告書でも書かれている。
入札での評価が金額偏重で、マネージメント力を評価してなかったって問題。マネージメント力を評価してないのマジやばい。あ、でもマネージメント力を評価するには、全体を理解できる人材が必要だよね。で、次の問題に繋がるんだけど。
報告書だと、上流の話しか出てこない。だから、「設計もろくにできないで55億無駄にしたのか!」って話になるけど、ちょっと待って。設計しかできない人間が山ほどいても捗るわけがないってことなんだよ。特に、このプロジェクトは既存システムを0から作り直すのだから、既存システムをよく理解して、また既存システムにかかわる技術者とよくコミュニケーションが取れて、それを設計に正しく咀嚼できるスキルの持ち主が必要で、設計しかできない人材ではなく全体を理解できる人材が必要だったはず。
既存システムをちゃんと理解できてない人間だらけになったということが報告書でも繰り返し指摘されてるけど、その根底には設計しかできない人間が山ほどいても捗るわけがないという問題があると思うんだ。
6年?そもそも設計に数年ってのが、もうそういうの無理が来てるって感じ?6年経つ間に色々変わっちゃう。
どうしても、がちがちのウォーターフォールでやるなら、もっと受注も小分けにして、まずは既存システムの仕様まとめプロジェクトから開始するのが良かったんじゃないかな。
6年まとめてどん!だと中断の決断もなかなかできないよね。
これだけプロジェクトが炎上していたのに、汚職がきっかけで調査が入るまで炎上がちゃんと認知されていなかったというのがやばくね?もし汚職が見つからなかったら、炎上のまま・・・
これは国のプロジェクトだから汚職で厳しい調査が入って、プロジェクト炎上まで色々赤裸になったという見方もあるかも。民間だったらもっとなし崩し的に炎上プロジェクトを続行するケースが多いように思う。
もうね、
TSOLによる設計作業は ,平成18年当初60人体制でプロジェクトをスタートさせたが,翌年初めには遅延が 始まったため,順次増員を行い,同19年3月には200人,同年5月には450人体制とした。
(((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル
TSOLは ,工程の遅れの解消に向けて,大幅な人員の増強でこれに対処しようとし,平成20年11月以降に は 1300人もの体制を整えたが
(((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル
あたりまえのこと。TSOLでも仕様をしっかり理解してる人は少数だったのに、増員の9割は下請けだったのだから、さらに破滅の様相が想像できるってものだよ。
大量の下請け同士の連携や情報共有がされていなかった。経験やノウハウの共有がなされていなかった。と報告書にある。なんでこうなっちゃうんだろうな。何のためのプロジェクト管理なんだろ。ノウハウの管理はもっと意識されるべきだよ。
人数増やしてプロジェクトが炎上するというのは、お約束すぎる。規模の大小や分野にかかわらず、開発をやった事のある人ならわかると思う。
開発や設計って?という人にもわかりやすいように説明する。
例えば、優れた売れっ子のマンガ家がいて、老練な担当者がついていて、名アシスタントがいて、才能ある若手アシスタントがいて、10人のチームでマンガを描いていたとしよう。一方、大して技術もない凡人を100人集めて、前出のチームと同じマンガができるとかと聞かれたらどう思うだろう?殆どの人はそれは無理じゃない?と思うだろう。1000人でも無理かもしれない。
開発も同じなんだよ、本質的にはね。
でもそう思われにくいのはなんでだろう?それは多分、開発に従事する人にはマンガ家のような才能や際立った技術は必要ないと思われてるからだ。言われた所を言われたようにベタを塗るだけがプログラマの仕事だと思われているからだ。実際それをプログラマなのだと定義している会社もある。技術はお金にならない低俗なものだという偏ったイメージもこの世界には蔓延している。それが上流偏重の問題なんだ。
売れっ子のマンガ家のような設計(マンガで言えばネームや原作)からプログラミングまでこなせる技術者、老練な担当者のようなプロジェクトマネージャ、名アシスタントのような匠のプログラマ、勉強熱心な技術者は実際に存在してる。並以下の人材を倍集めたって100人集めたって彼らと同じものができるわけじゃない。
でも、どんなプロジェクトにもそんなスター的な人材が確保できるとはいえないし、単純な増員で対応できるようにする必要が、日本の大きな会社や大きなプロジェクトではあった。それを可能にするのが分業化だ。工程を徹底的に分業化することで、末端のセクションの習得コストを出来る限り低くし、品質の維持も図る。言い方を変えれば、創作を出来る限り製造にするということ。
それによるデメリットは明確だよね。新しいアイデアが実現されにくくなる。時代の流れの速さに追いついていけない。個々の持っているスキルが生かされない、技術が評価されない。技術者のモチベーションが下がる。なにより、正しい分業化とマネージメントが行われずに盲目的に人数を増やすと、ただただ炎上にしかならないってこと。お金だけが莫大にかかっていくということ。
これは間違いない。
このまま続けていたら、沢山の技術者の尊い人生がデスマに捧げられただろう。数年間のどろどろの煮詰まった成果物は、黒歴史を語るまいとひた隠しに、更なる問題を生み出しながら使われ続けただろう。考えただけで悪夢だ。
このプロジェクトのやりなおしに、どれだけ前回の経験が生かされるのか、そこにこそ注目していきたいと思う。
時間ができたら後で読む
http://www.jpo.go.jp/torikumi/system/system_optimize_re.htm
実際の業務の内容がある
http://myatsumoto.hatenablog.com/entry/2012/01/26/082554 良いまとめ
いまを遡ること20年ほど前、私がおむつを履いていたくらい幼かったころの話、
おじさんと私との関係はまあいろいろあって、ここで説明するのは割愛しますが
とにかくおじさんは、とある事情から一時的にうちに身を寄せていた人で、我が家の誰とも血縁関係はなく、全くの他人でした。
私が長じてから親に聞いた話では、当時おじさんは居候の費用を払う余裕がなかったため
家事をしたり私の面倒をみたりすることでその対価としていたそうです。
当時我が家は父だけでなく母も外で働いていたので、保育園で補うことができない時間はおじさんが格好のベビーシッターだったのでしょう。
私にもおぼろげながらおじさんと一緒に幼児番組をみたり公園に連れていってもらったりした記憶があります。
しかし如何せん遠い昔の話なので、印象的な出来事以外のことはあまり覚えていません。
長じてからの私は、赤の他人のおじさんとの共同生活、というぼんやりとした記憶を、なんとなく面白く感じていました。
話はがらりと変わりますが、私は中学校に上がる前からパソコンを買い与えられ、ネットサーフィンのうまみにどっぷりハマりました。
その年齢の子供の興味のあることといったらもちろん性に関することです。私も多分に漏れずネットに性教育を施されたようなものです。
2chような、男性の(あるいは露悪的になりすぎているほどの)本音が聞ける場所にも頻繁に入り浸っていたので、
レイプやロリコンなどといった一般的にはよろしくない性的嗜好も、ある種の冗談として何の抵抗もなく受け流すことができます。
彼等は、YesロリコンNoタッチ(YesレイプNo実行という文句があるかどうか知りませんが)を尊守する愉快な紳士だということを、私は知っています。
数年前、「おむつかぶれ」で検索すると幼児の陰部の画像が大量にヒットするという事実がVIPかどこかで面白おかしく紹介されていて、
これはやばいだろwwアグネス来るぞwwと私も草を生やして喜んでみたのですが
その、おむつにかぶれた幼児たちの尻や、小さな小さな局部の写真を見ているうち、
なにか今まで忘れていたものがいっぺんに頭の中に思い出されるような、思い出してはいけないような、思い当たってはいけないような、そんな恐ろしい気持ちに襲われました。
今まで海馬のどこに刻み込まれていたのか不思議なくらい膨大な量の記憶が、いっぺんに頭の中で再現されました。
父も母もいないとき、おむつを変えてくれるのはおじさんの役目でした。
おじさんはいつも、「カユイカユイになったら困るからね」と、私の陰部をおしりふきシートで拭いてくれました。
おじさんは指をつかって、私の陰部のすみずみまでシートをさすり込みながらマッサージしてくれました。
おじさんは「ここにアカが溜まると病気になるから」といって、ある決まった場所を特に念入りにさすりました。
それがどこなのかはよくわかりませんでしたが、おじさんの暖かくて太い指でそこをさすられると、
なんだか居心地が悪いような、でもなぜか落ち着くような、奇妙な感じがありました。
その感覚が不思議で、なんとなく面白かったので、私はおじさんの手がそのあたりにゆくと大人しくさすられるのを待つようになったようです。
「そんなに触られたいんか。ほんまはあかんねんけどな。ここはママやパパにはナイショのところやで。触り過ぎたら病気になるから、ママに言うたら怒られるからな」
そういってひとしきり秘密のマッサージを続け、最後はおじさんが「もうおしまい」と言って、おむつをペリペリと閉じて終わります。
あの感覚が終わってホッとするような、でも名残惜しいような、もやもやする感じが残ったことを覚えています。
一連の記憶を一気に思い出した私は、ドラマのようにすぐさま洗面所に駆け込んで吐くというようなことはしませんでした。
ただうっすらと体温が下がったような、背中に寒気が這い上がってくるような、不快な感じがしただけでした。
私はそれまで、フィクション上のレイプやロリコンといった嗜好は、「実際の被害者がいないから、悲しむ人が居ないから」よしと考えていました。
おじさんのしたことは、客観的に見ればペドフィリアに類されるような、幼児に対する性的いたずらでしたが、
実際の被害者であった当時の私は全く悲しんではいませんでしたし、拒否もしていませんでした。
おじさんの指の動きがなにを意図しているのか知る由もなかったからです。
即時的には悲しむ被害者がいない性的虐待というのもあるのですね。
不発弾のような性的虐待、あるいは地雷のような性的虐待というものがありうるなら、おじさんの所業はまさにそれだったと思います。
おむつかぶれの一件が刺激となって、それまで眠っていた爆弾が起爆し、おじさんとのナイショの記憶の破片が私の脳内に突き刺さりました。
やりどころのない、そして消えることのない、熾火のような静かな怒りと悲しみが、あの時以来私に刻み込まれているようです。
もし私が一生あの記憶を甦らせることがなければ、私は傷つかずに済み、おじさんのしたことも永遠にナイショのままだったのに。
おじさんがいまどこで何をしているのか私は知りません。
両親に聞けばわかるかもしれませんが、聞きたくありません。
いくら居候で家族同然とはいえ、父親でない男性に愛娘のおむつを変えさせて何の警戒もしていなかった両親に恨みも覚えています。
とりとめもないですが、以上吐き出しでした
好きな女の子がいるとして、その子のFBとかtwitterは当然チェックしてる前提で、その子と会話してアピールする機会があることが事前に分かってるとしたら、振るネタぐらいは、せめて決めてから行かないか?
…まあ、とりあえず定番の質問は
「実際に働いておられる方の視点からみて、貴社の一番の魅力は何でしょうか?」
「私は本当に貴社で働きたいのですが(…と笑顔で言って軽く笑いを取ったあとで)、貴社で働く際に求められる、一番重要な資質は何でしょうか?」
とか。あとは、向こうの説明に漏れオチがあれば、ていねいにそれについて聞くとかか。
うまい、か、鋭い、か、面白い!、か、やる気ある、か、その辺をアピールできれば、充分じゃないか。もちろん、本気で質問ないなら質問不要。ニコニコした顔で相手を見てればおk。
http://shizu.0000.jp/read.php/company/1218928282/
36 名前: 名無しさん 投稿日:2009/11/29 18:37 ID:CDInVj6I0
従業員を人間と思っていないような扱い。
ホームレス同然の人を採用し翌日から飛び込み営業させ、使えないと判断すれば3日でクビにする。
事務もまるでゴミのような扱い。
入社後数日なのに聞いても何も教えず、自分で仕事を探してミスすれば怒鳴り散らす。
営業と同様使えないと判断すれば馬鹿社長、デブ代表取締役、糞部長がグルになってイジメにかかる&退職勧奨。
ちなみに代表取締役のババァは仕事にうるさいクソガキ連れてくるようなDQN。
まだ募集してるから気をつけて
49 名前: 名無しさん 投稿日:2010/10/05 19:42 ID:IT99Bg4M0
うちの親がここで配管やったよ
二週間くらいで水漏れして、他のとこで見てもらったら、のりついてないとこがあったらしい。
50 名前: 名無しさん 投稿日:2010/10/05 21:36 ID:o9SY8/HE0
中央サ○ビス、会社案内のパンフには特殊車両をいくつも持っているようなこと書いてあるけど、実際はゼロ。すべてレントに借りに行ってる
○○社のの○○です。(^-^)
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非常に成約率が高くなる事が予想されます。
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http://b.hatena.ne.jp/entry/nylongirls.jp/archives/5068763.html
たとえば、学生ならバイトでもいい、社会人なら上司交えた仕事仲間でもいい、
そういう一回り、二回り歳の離れた人らと飲み会をすると、価値観の違いを始め、ジェネレーションギャップを経験することになると思う。
僕ら(私は20代)より年上の人、特に40以降の人間は驚くほど血液型診断を疑っていないし、不況だろうと頑張ればある程度ならなんでもできると思ってる人も結構多い。
だからといってそういう場で相手を責めたり、非難したりというのははっきり言って最低の行為だ。コミュ障とはそういうことを言う。
311後に「妻が言うには、私はB型で~」みたいな発言をした閣僚がいて、ネットでははてな含めB層B層と騒いでいたが、あの年代の血液型信仰を思えば、何ら不自然ではないと思う(ああいう場でいうべきかどうかとはまた別として、そういう価値観に支配されているのは否定できない)
常々考えるのだが、なぜ私らの世代で年上の人間に無理解な発言をする人らは、まず自分らの親はどうだったか、同年代の小中高の教員、教授らの考えを念頭においてみないのだろう。彼らの話の端々には、ネットで糾弾されてもおかしくないような発言がゴロゴロしていたはずだ
私は両親ともども高学歴の家系で、私も漏れずに小学校からずっと高学歴に属する学校に通ってきたが、そういうところにいる大人でさえ、トンデモやニセ科学的な言説に話が及べば、それに侵されているのだ。それらを矯正するのは教育ではない、時間でしか解決できない。言葉の誤用が正しくなるように、変化は常に教育の外から起こる。教育は常に後追いなのだから。
もしかしたら、僕らの世代は今の大人達より幾分そういうものに懐疑的なのかもしれない。僕の周りはそうだ。ただ、彼らがネットにいるような声の大きな層というだけの話かもしれないし、実態は不透明だ。
話を戻すが、僕の言語意識から考えると「日本人」というのは、「国民」という集合を扱うものと、「ある日本人」というような特定個人やサブセットとしての意味、どちらにでも取れる。というのも、これらの意味は話の内容からどちらかに解釈できるものであって、今回の例で言えば特定個人を指すわけだ。
そしてこれは日本人という単語に限らず、だいたいの集合名詞(といっても、日本語では普通名詞とほぼ同等だが)において同じようなふるまいをしているのではないか。それが嫌だ、それが不快だというのは単なる個人的な嫌悪の吐露でしかない。
もちろん、これらが多数を占めるようになれば、用語を限定的にするような使い方が増えるだろう。しかし、私が見る限りにおいては、まだそういう傾向にあるとも思えない。
「主語が大きい」というのはそれを解釈する人に委ねられるわけで、その主語がどのような使い方であれ現状は問題に値しないと考える。
もちろん、これは、あるいはこれを指摘している人らは政治的文脈において語られうる、語られるべきものなのだろうし、糾弾してる人もそういう個を見ない使い方、ネトウヨ的使い方(と当人は解釈しているのだろう)に我慢ならないのだから、言葉の用法だのに拘ってもしかたないという思いはある。
あれ? もしかしてこれって哲学さんの発言のこと言ってる?(http://bit.ly/wQEAol)
出典元ktkr。私はたんぶらから拾ったんだけど元はクリスティーナがめちゃくちゃ好きな人がこういう事言うんだろうなーとは思ってた。それをあえて嫌いな人、特に女の人が同じ発言をしたらどういう感じになるかな、と思って<あのキャラ男オタクの欲望だだ漏れすぎて引くわー>を付け足して逆の意味にしてみた。あえて誤読してみたといってもいい。そしたらみんながマジレスしはじめたってのがおもしろいところ。
自分の中でこの反応は「もしドラ」と同じものがあるな、と思った。ハックルさんの手法ってマジで釣りに使えるかも。
もしドラ関連でもう1つ。
http://booklog.kinokuniya.co.jp/abe/archives/2012/01/post_100.html
よけいな先入観を捨て、小説ではなくともかく『パミラ』を読む。そうすると、この作品、たしかに小説らしくはないが、妙なところで「小説」という形式と血が繋がっているのがわかってくる。そして、そこには「ひょっとすると小説がそうであったかもしれない別の顔」が覗いてもいる。私たちの知っている「小説」の背後にもあるかもしれない何か。根源的な言葉のエネルギーのようなものが、そこには宿っている
神経の突っ張ったインフレ気味の語りがつづくと、さすがにこちらもくたびれてくる。山あり谷ありどころか、山の連続である。しかし、こちらをくたびれさせるところにこそ、この作品の一番の真実があるのかもしれない。リチャードソンはたったの二ヶ月でこれを書き上げたというが、それはパミラの体現する種類のエネルギーを彼自身がうちに宿していたということではないのだろうか。この作品を支配するのは、危機と苦難に直面しつづけるパミラの、つねにぴりぴりと緊張しつづける神経そのものである。
とにかくパミラ臭があふれていて、とてもではないが徳だの純血だの結婚だのといった骨張った議論に回収されるものではない。しゃべりまくる女たちの語りの力は圧倒的なもので、しかもそれは女が語る女の語りではなく、男が女に語らせる女の語り。つまり、50歳のおじさんの視点から「女の語り」へと没入するリチャードソン臭が混入しているのである。だからこそ、独特の過剰さがつきまとう。
これだ! 私はハックルさんのことをまた一つ理解したぞ。
ハックルさんは「エースの系譜」において
この作品は、現代の小説にオーセンティックな魅力、本質的な価値を取り戻そうとして書きました。『エースの系譜』は「面白さ」というものをどこまでも追求した作品となっています。人が魅了されずにおかないこと、人が興味を引かずにはいられないこと、人が知りたいと強く願うこと、人が夢中になってしまうことなどが、この中には描かれています。ぜひ、それを知ってほしい。
と書いてある。これの意味が全くわからなかったのだけれど、「面白さ」を読者にとっての面白さ、と考えなければすべて納得できる。
パミラの作者も800ページの大著をわずか二ヶ月で書ききったという。彼は「筆が止まらなくて困った」くらい執筆が楽しかったのだろう。番長マジイケメン。
つまり面白さとは読者にとってのではなく作者にとってのおもしろさなのだ。この手の話は、読む側には苦痛でしかないが、書いてる方はめちゃくちゃ楽しいのだ。
そりゃそうだ。50過ぎのおっさんが、うら若き淑女になりきって、自分と同じくらいの年代のエロオヤジを出し抜くんだぜ?
40過ぎのおっさんが、頭の悪い女子高生に戻って、昔自分を馬鹿にした奴らを真っ向からマネジメントとかいう「謎の白い魔術書」を使って血祭りにあげていくんだぜ。ほむ。
そりゃ「人が魅了されずにおかないこと、人が興味を引かずにはいられないこと、人が知りたいと強く願うこと、人が夢中になってしまうこと」のすべてが詰まってるよね。
・・・ってそれ「魔太郎がくる」よりたち悪いよ。 それなんてセイバーだよ。リプレイ救済願望ダメ、絶対! 征服王に怒られちゃうよ。
「はてブ」とか「なろうネイティブ」とかそんなチャチなレベルじゃねぇ、もっとどす黒いおやじの欲望を味わったぜ。
(この話、西尾維新にも当てはまらなくもないと思ったが、西尾維新は多分また別の話なんだと思う)
そういえば、日本には土佐日記なるものもありましたね。どうも日本には変態的な文章を書く時がもっとも生き生きと輝く「紳士」な人が多いようです。
たいていの兄弟の例に漏れず、長男の僕は叱られてばかりで、弟には両親は甘かった。
それはまあいいんだけど、両親は僕にこう言ったんだよ。
「お前は人に「好き」と言われることは才能は無いから、代わりに「ありがとう」と言われるようになりなさい。」
「大きな声を出すことですっきりする人もいるんだから、叱られてばかりのお前にも、価値があるんだよ」
今になって考えなおすと、小学生に仏の教えを説くくらい無茶な話だと思う。
さりとて、その時はとくに嫌な気持ちは起きなかったので、それでグレたりはせず、むしろ従順にその教えを実行してきた。
おかげで、学校の成績はずっとよかった。
弟とも仲はいい。
このあいだ30歳になった。
時々、僕は人に愛されることがない人間なんじゃないかって思うことがある。
ありがとう、と言ってくれるけど、便利な奴としか思われていないんじゃないかと。
そのたびに、「好かれるのは僕の役目じゃない」と時分に言い聞かして回復する。
新しい年、今年も、たくさん「ありがとう」を言われるために、頑張る。
あー男のオタクって
・バカじゃない女で
・男側がある程度自由にコントロールできて
みたいなやつ好きだよねー。
みたいなことを言われた。
お前めちゃくちゃ詳しいじゃないか。
そして否定できないどころか全くもってそのとおりですがなにか問題でも?
いや、別にあのキャラだけが好きなわけじゃないけど、あのキャラが好きにならない男っておっぱい星人くらいだろう?
返信してみた。返信してほしいのにされてねーぞ!って人がいたら指摘よろ。
それだ。ジト目のミンゴスが、ハイハイクリスは可愛いでチュねーって口調で言って、それに宮野が突っ込んで、ミンゴス赤面&プチ嫉妬。みたいな。
牧瀬紅莉栖と桐生萌郁がものすごい不細工で小太りとか病的に窶れてるとかだと俺の中での丁度良い塩梅のSTEINS;GATE
laisoさん、laisoさんじゃないか!観測範囲がずれてたのか、はてブで見かけるの久しぶりだ。遅れながらお気に入り登録しました。
牧瀬紅莉栖については同感。個人的にはバタ子さんのイメージ。 しかし桐生は今の状態でメガネ外した状態がベスト。
牧瀬紅莉栖への執着または愛が足りない。足りなすぎる。
では 「僕が一番牧瀬紅莉栖の可愛さを判っているんだ」 会議を始めよう (西尾維新風 by FTTH
引きこもっていた頃こういう会話を脳内でしていた。
私は今でもやってますが何か。
そういう人は、多分スターオーシャン3rdをやっても都合がいいとかいうんだろうな。釜井たちの夜でもやっておけばいいと思うよ。
もっと欲望を強く持とうぜ。
説明会におけるツンツンを通り越して変質者扱いでオカリンを見つめる牧瀬紅莉栖こそ至高。黒ストで踏んでほしい。
あんな2チャンコロとなんて口もききたくないですね個人的には
オタならキャラに不満があったら自分の脳内で改造した牧瀬紅莉栖Ver2を発表すべき。
キャラに嫌悪を示すところで止まりとかオタの風上にも置けないやつだ。俺の脳内でツンデレ女子にしてやる
まゆりさんと話してると苛々してRT連打しちゃう
???ごめん玉拾えない。
牧瀬紅莉栖の魅力はこういう常識レベルに留まらないよね。その点を論じ合わないか。
それでも地球は回っている。まぁ地球の回転数に比べれば何周堂々巡りしようと大したことではない。
ある程度コントロールってところは意味不明としか言いようがない。自分に都合が悪い部分が多いなら恋愛すら成立しないと思うが。
クリスティーナ(天才科学者だけどねらー)きりりん氏(読モだけどエロゲーマー)肉(理事長の娘だけど幼女趣味)AKB48(アイドルだけど芸人)
「アイドルだけど芸人」吹いたww俺の中ではすでに同じ意味なんだが。わっほい。
まゆしぃはどうなんだろう
僕は鈴羽ちゃん
大事なのは彼はおっぱい星人ではないしスパッツ星人でもないということなのだ。
わかってねえな!その程度で語り尽くせると思うな!・・・すみません調子乗りました。
現実「牧瀬紅莉栖の文句はおれに言え」 やだ現実さん格好良すぎて濡れるっ!
http://d.hatena.ne.jp/p_shirokuma/20120104/p1
似たキャラクターも、似たシチュエーションも、似たストーリーも、ないことはない。
けれども牧瀬紅莉栖という登場人物は、『Steins;Gate』のなかにしかやっぱり存在しないのだ。彼女の物語も然り
あえていえば、キャラありきじゃなくて物語ありきの作品でキャラだけ抜き出して語るみたいな流れはどこから出てきたのか教えて欲しい。
こういう女の人がいるから二次元がより輝くんだから、女を叩く暇があったら感謝の一万回マウスクリックを実行すべき。オートモードは認めない。
「放射能」があるから、みんな「自分の側に置いてほしくない」んでしょ? そりゃ、当然だ。でも、原発の側はそもそも多くの放射能があって、今問題になっている瓦礫の放射線量くらい問題じゃないよね?
で、どのみち、福島原発の周囲は巨大な壁を作って囲んで、放射能を閉じ込めないと、危なくてしょうがないわけじゃん?
その放射能を閉じ込めるための、コンクリートやら砂やら土台やらを作るための材料に、放射能入りの砂だの瓦礫だのを使えばいいんじゃね?
原発の周囲5㎞半径を全部埋め立ててしまえば、瓦礫は一気に全部片付くし、原発からの放射能の漏れを防ぐし、一石二鳥だと思うんだけど。
なんか、問題あるのかな?
20111223追記
ご指摘ありがとう。
そういった分別を終えた物なら、使いようがある?
巨大なバカの壁でも作ったらいいだろ。
危険地帯を壁で囲うというのは、よくあるアイデアだと思うんだけど。出入りは「空からだけ」とかさ。
まあ待て。愚か者相手に再確認を一つだけしてから知恵を使おう。 / 話題(失笑)の震災瓦礫とやらは放射能入り()が前提らしいが、既にそこで間違ってるわな。 / それを踏まえて、さあ続きをどうぞ。
自治体が「これには放射能は含まれていない」と保障した分については、埋め立てが認められるから問題ないんじゃないの?
そもそも瓦礫を建材として再利用することって可能なの?一言で瓦礫というと分かりにくいけど、木材鉄材いろいろ混じってると思うけど
そだね。分別しなくちゃ。
そうだね。ただ、残念なことに「事故を起こした原発」は福島にあるんだ。だから、埋め立ての集積場として、「事故を起こした原発近く」となれば、福島になってしまうことは避けられない。ただ、現状の復帰に要する時間を考えると、「分厚い壁」を作ってしまったほうが、結果的に福島の復興にも役立つんじゃないかな。避難区域を縮小できて。
いや、イヤフォンをしていながら、シャカシャカ音が漏れ聞こえるとしたら、「難聴になりたいんですぅっていうシグナル」だとは思うよ。
いいけどさ、開放型ヘッドホンで満員電車という組み合わせはナシというのは、どうなのよ?
程度問題として、カナル型使って漏れるなら、まぁしゃーないかとは思うが
どの辺に各個人の許容範囲があるかは知らんが、配慮した上で漏れちまうのと 無配慮でいいというのは別次元だと思うんだが どう?
今度はキミが、「うるさい音漏れにはちょっとくらいのシャカシャカ音は含まれないと皆思ってる」っていうデータを探してみるべきじゃないかな。
という意見に対しては色々探っているんだけど、統計というかきちんと議論をしているコンテンツがないんだよね。
そもそもこれにいちいち反応しているのはマナーやモラルを理由に大声で0.1dbの音漏れも許さんぞっていう人間は実は少数派の声がでかい神経症なんじゃないかという主張だ。
http://anond.hatelabo.jp/20111221124303
「音漏れ=爆音=難聴」というのもおかしい決め付けだと感じる。
これはもう脅迫観念なのかもしれないけれど、ほんの微小な音(プレイヤーの最小設定)で聴いていても「シャカシャカ音」が漏れているんじゃないかと不安になる。
もちろんそういう奴もいるかもしれないけれど「シャカシャカ音」に関してはそういう場合だけではない。
本質として音楽は自由なものだし携帯プレイヤーがこれだけ普及しているのに屋外で音楽を聴く人間はジャンキーなんて意見は頭がおかしいとしか思えない。
まとめると音漏れが良い・悪いの話ではなくて
「盛大に音漏れするのはもちろんダメ。だがイヤホンや音量にも気を使っているのにほんの微量の音漏れだけでも許されないなんて息苦しい。」というのが通勤時に音楽を怖々最小音量で聴いている自分の考え。
たとえば以下のページを見てみると大体わかるんだけど
http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=47922
音漏れはどこまで許せるのか、というような議論になると大抵過激な電車内無音至上主義者がマナーやらモラルやらを盾に音楽を聴くのがそもそも悪いというような論になるのだけれど(統計をとったわけではないが)シャカシャカ程度なら気にならないという意見もある程度あるなかで「音楽をいつでも楽しむ権利」を阻害されるのはいかがなものなの?