はてなキーワード: アクションとは
ここでいう苦労人とは、進学するお金がなかったり、家庭環境にめぐまれなかったり、いろいろとめぐり合わせが悪くて、自分の判断や努力以外でのっぴきならない境地に立たされた人のことです。
まず、苦労人であることは特に触れられることがない限り隠しておきましょう。別に自慢することではありません。
苦労人であることやそれによって得た経験やスキルは評価の対象になりません。
とても残念なことでありますが、あなたが引退して、成功者インタビューを受けるときまで、そのエピソードは封印しておくのがベターです。
苦労だったり、他人の失敗に巻き込まれたり、天災に巻き込まれたりした経験は、自分にとってプラスではありますが、水平飛行の人生を送ってきた人からみれば、特異値をもったスキルや考え方は脅威です。ツメは隠しておきくことをおすすめします。
苦労したタイミングで、徹底的に誰かに助けられるような状況ならば、問題がないのですが、苦労人は、その苦労をなんとかぎりぎりで克服できたのではないでしょうか。克服できたことは大変大きな自信につながります。自信は持っていいのですが、この自信もそっと胸のうちに秘めておきましょう。
どん底から見てはいけないものがあります。水平飛行の人生を送っている人たちの不平不満です。
車で歩行者突っ込んだ人、バスジャックしちゃった人のように感情の高まりがすべてをリセットさせる方向へ暴走しかねません。しかし、そのくらいのことで世の中は変わりません。より多くの水平飛行の人生を望む人がいるからです。
恵まれてくると、生きる困難に立ち向かうためでなく、どうでもいい人生の枝葉のことに対して不平不満をいうようになります。
そういう人に近づかないことは重要です。近づかなくてもインターネット上の交流サイトでは、見たくなくても見かけてしまいますので、情報の取捨選択には過分に注意を払ったほうが、余計な気持ちのフラストレーションを発生させることもなくいいと思います。
水平飛行中の人の悪事を偶然にも目にすることがあるかもしれません。しかし、これはあなたにとってチャンスではなくトラップです。
あなた自身がかかわることは何のプラスにもなりません。義侠心や正義感から何かしらのアクションを起こしてしまうかもしれません。
それは、災いを招く以外のなにものでもありません。積極的に応援しない立場をとるのが今後のためです。
あなたのコツコツした積み重ねよりもむしろ、降って沸いた幸運のほうがはるかに効率がよかったりします。
幸運があったら、大切な人とこっそりと分け合ってください。人に見せてはいけません。
あと、あわてる必要はありません。われ先にいった人は次の信号で止まって待っています。
一日に寝る時間も、一回で食べれるごはんもお金持ちでも貧乏人でもそんなに変わりません。健康食材を食べても死ぬ人は早死にしますし、ジャンクなものを食べて長生きする人は長生きします。
一人の人が管理できるものの絶対量は決まっています。たくさん持ちすぎるととそれを管理することに時間と手間をとられて楽しめません。
死ぬときは手ぶらです。持ち物を少なくしておかないと残った人に迷惑をかけることもあります。
大切な家族といっしょにご飯が食べれることのような他愛もないことが実は一番のしあわせだったりします。そんな他愛もないことからすら見放されてしまったかのように思い込みがちです。
そのくらいの幸せならば、ちょっとしたきっかけで、ふっと幸運が沸いてくるのではないでしょうか。
それでも、へこたれそうなときは、あなたが祖国やふるさとの一員であることを思いだしてください。あなたが締めるネジが、あなたが読み取るバーコードが、必死に打ち込むプログラムコードが、「ありがとうございます」という挨拶が、あなたの運ぶ荷物が…、私たちの国を地域を作っているのです。このような考え方は、戦後の日本ではタブー視されてきたかもしれません。苦しいとき、つらいときにこっそりと心の中で思い出してください。あなたは一人ではありません。
ぜんぜんアドバイスにもなっていないかもしれませんが、あなたの大切な人をいちばんに思って生きてみてください。それだけです。
以上、送ることばでした。
ここでの一本道というのは、EDがひとつしかないという意味ではないことに留意。
自分が結婚したくないことと、何より子供が欲しくないという事実に向き合う羽目になって嫌だ…。
結婚までは我慢できるけど、子供は無理。本当に死ぬほど子供が欲しくない…。
自分自身でもこんなにいい親はいないって思うし、感謝してるのに、
どうして子供好きの母親に孫を作ってあげる気になれないんだろう。
その理由が生理的に男性が無理とか、そういった理由だったら仕方ないんだろうけど、
理由っていうのが…
あんなによく育ててもらったのに、どうして私はこんなふうに思うような子に育っちゃったんだろう…。最悪だ…。
>・ムービーが我慢出来ない
>・メッセージは読まない
>>>読みたくなるようなメッセージの出し方を工夫していない
>>>ナビゲーションが適切でない。
目的や方向がいつでも確認できるようになってない。
再プレイの時にはて、どうすんだっけ?で 無理ゲー化するとかたまにある。
>「○ボタンを押しながら×」の動作ができない
>>>チュートリアルの不備 つーか なんでWiiで同時押し・・・
>・諦めが早い
>>>謎解きなんて、パズルゲーム買ったのならともかく、その他のゲームでやられたら1度で諦められも文句は言えない。
好みの問題すぎる。
ちなみに、謎解きは大好きだが、たとえば、アクションゲーム買ったときに謎解きがあったら許せないタイプ。
謎解きアクションゲームとして売っていればOK.
>・集中力が持たない
>>>つか、ゲームは1日15分とかなかったっけ? ないし40分も集中持てば十分だと思うが・・・
なんでもいいけど、他人をやや下に見る文章に見えてどうかとおもった。
個性とか個人差とか、好みの問題に起因する所が多すぎる。
個人的には某アクション系ゲームの アクションの真っ最中にムービーインされて、ブチ切れそうになる事もあるので・・・
ムービー見ろってのは暴論だと思う。
161 ほとんどコピペ :2011/02/24(木) 03:29:45.26 ID:q32K6zHQ
BRIGADOONまりんとメラン:主人公のマリンとその周りの人達が送る心温まるストーリー!!
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「あなたの目を見てくる」
「質問をしてくる」
「ボディタッチをしてくる」
「かわいいといわれる」
「好意があるようなことを言われる」
これらは一般的には好意があるものとされている
嘘をつく可能性があるからだ
でも、こちらかのアクションに対する反応は嘘がつきようがない
・デートに誘ってオッケーが出る
・連絡先を教えてくれる、または向こうに聞かれる
・メールの返信が早い、ちゃんと返ってくる
・手をつないでも拒否しない
???
俺がそんなことを書いてるっけ?
俺は自分自身についてなんて1行も書いた覚えがないけど。
良い待遇を得ようと思ったら、まず、貢献が根拠になるのに。
君さあ、自分が擁護しようとしてるコメントちゃんと読んで理解してる?
全文引用してあげるね。
こいつって君が言うような「良い待遇を得るための建設的な活動」をしてるの?
違うよね。
無意味なことをやってるだけで、多分自己評価ほど「使える奴」ですらないタイプ。
職場で従業員の間に変な緊張や敵対をばら撒くだけのよく居る手合いのバカ。
別に正社員は非正規社員と対立関係にはないし、仕事の範囲も違うのにね。
非正規から見える部分で戦いを挑んだってただの独り相撲だよね。
と俺は言ってる。
このバカに比べれば、
という元増田の職場の非正規達の方がまだよっぽど妥当なアクションだと思うよ。
とも言った。
元増田は敵視の対象が「自分達を正規雇用してくれなかった使用者」だから、
敵視対象も間違ってないし、同じ境遇同士で職場で団結してるらしい。
こっちの方がマシだよね、と言っている。
自分は相手の言い間違いや誤解に、すごい大げさに突っ込んだりバカにしたりする人がいる。
普通の人はいい間違ってもわざわざそれを大声であげつらったりはしないよね。
その結果、彼は「自分は人が間違ったときに大げさに突っ込む→他の人も私が間違ったらそうするはず→私は間違ったことは言ってない」
という変てこな自信を持っているようだった。
色々話をしてみてそのことがわかた。そのことを彼に伝えようにも言葉ではわかりにくそうだったので
彼の許可を得た上で、1週間ほど、彼が何か間違った発言や素振りをしたと時に、私を含め数名は大袈裟なリアクションを取ることにしてみた。
そこで彼は初めて、周りの人が、自分と違って、言い間違いに対してソフトな対応をシてくれていたことがわかったと言っていた。
普通は、周りからあからさまなアクションがなくとも、自分の発言や振る舞いが正しいか、相手に不快を与えていないかということは
少しは気にするものなのだが、彼の家庭ではお互いにはっきり指摘しあうのがルールになっており、
あまり周りを気にせずに行動して、そのぶん指摘されたら素直に受け入れる、という事になっていたらしい。
これがいい悪いという話ではなく、日本だとあんまりそういうのを指摘する人がいないから、
ある程度自分で気にしないと、言葉にならない所で感情のわだかまりが起こるよ、ということを話した。
彼はもともといい育ちで、素直な人だったし、こちらも許可を得た上でやったのでスムーズに話が進んだが、
twitterとかやってると、育ちが悪くて、人を罵ってばかりの人をたまに見かける。
こういう人達はそもそも自分の発言に責任を持つとか考えたことがあるのかな?
周りの人は、あなたの発言がどうでもいいからとか、気を使ってスルーしてくれることに気づいているのだろうか。
そんなことを思った。
クソ映画だとわかってて見たのにそれでも見てられないぐらいの凄さだった。
一応全部見なきゃいけないと思い録画して早送りしながらなんとか最後まで見た。
が、『ICHI』では演技が下手っていうレベルを超えているのでまるで演技する気がないように見える。
だいたい綾瀬演じる市は
極度に感情も表情も乏しく能動性の無い女、というつまんない人格に設定されていて
ほとんどのシーンでただ周囲の人の話を無表情無反応に聞いてるだけということになる。
こんな役を大根にやらせるので、本当に「ただ立ってるだけ」「座ってるだけ」をしていて、演技する気がさらさら無い。
(このただ座ってるだけの女にオッケーをだす監督も凄い。
静かな役なんかだけはやらすなと言いたい。
あまりの異様さに「こいつなんなの……!?」と違和感を覚えるのも最初だけで、
視聴者はすぐに市がどうでも良くなる。
他の登場人物も全くキャラが立ってないにもかかわらず。
眠くなるのとも違う新感覚。
悪役は中村獅童演じる「万鬼」という剣客が頭目の不良グループだが、
この万鬼は顔の火傷で仕官出来ないのを悩んでるだけのしょっぱい奴で
万鬼党は狂気と破壊衝動で暴れるだけの、バカが好んで描くタイプの悪役。
経済観念すら乏しくわざわざ住み心地悪そうな岩場に男だけで住んでおり
唯一の寄生先である宿場で無意味な殺戮を始めるようなアッパッパーだから
話の溜めもクソも何も無い。
悪い親分のところに市が上がりこんで行って
下手に出たりとぼけたり脅したりするような駆け引きも全く無い。
ほとんどショッカーレベルの悪役なので中学生以上だとシラフで見ていられない。
日曜朝の30分戦隊物でも『ICHI』よりはマシな脚本を書いている。マジで。
(一方、善良な民衆側の宿場の顔役は復帰直後の窪塚洋介がいつものあの抑揚で演じているが
全てが意味不明な『ICHI』ワールドの中では大変好感の持てる常識的なアンちゃんに仕上がっている。
この映画を見た人間はみんなちょっと窪塚洋介を好きになれる。)
・八州周りが宿場にやってくると街道の民衆が総出で土下座。大名か。
・八州様を宿場の顔役達が供応してるところに脈絡も無く万鬼党襲来。
よりにもよって八州様の目の前で住民の殺戮を始める。
「やや展開が無茶だけど万鬼党に抱きこまれてる八州だったかー」と思って見ていたら
血刀下げた万鬼党は震える八州の胸倉を掴み「見なかったことにしろよな!」と恐喝。
無頼の主人公が八州周りを殺しちゃうトンパチ展開も時代劇では稀にあるが、
田舎ヤクザが八州周りを単純に脅しつけて帰す展開は何気に史上初なんじゃないだろうか。
脚本書いてる奴〇ね。
綾瀬演じる市はただ杖持って伏し目がちにしてるだけ。
盲人の剣客、という役作りが物凄く大雑把に、
2「その上で自分なりの市の癖を作る」
だとして、
1すらやる気が全く無い。
歩き方も話掛けられたときの反応も何もかもが健常者。
一応目をはっきり相手に向けないことだけはしているが
内向的な市の性格なので多分目が見えても同じような動作になる。
平時でも修羅場でも、耳や全身で周りを窺う演技がまったく無い。
市の挙動は常に、ただ物事への反応が鈍い重度の鬱病さんかなんかにしか見えない。
というか、これさあ、製作陣は盲人を描く気なんか無かったんじゃないか?
なんか意図があっての事か、単にめんどくさかったのか、なんだかわからないが。
(少なくとも市の盲目設定を取り除いても『ICHI』には全く支障が起きない。
また、斬り合いだったら斬り合いで、
息を詰めたり飲みこんだりするような演技も綾瀬は全くやらない。実力伯仲の命懸けの斬り合いでも。
クールビューティとかそういう問題ではなく、もはや製作陣は脳や神経に障害がある。
こいつらが持ってる感情演出手法は目の端からポロリと流れるふざけた一粒涙だけ。
ダイジェストでレイプされる市の目の端から同じ涙がポロリと流れるのはもう完全にギャグ)
酷すぎる。
下手とかじゃなくてもはや意味不明。
監督は剣劇なんてもんに全く興味が無い上に勉強する気すら無いのが雄弁に伝わってくる。
動きの流れにケレンミ・リアリティどっちも求めない凄い奴なのはわかっていたが
『ICHI』ではそういう酷さが悪化している。
その綾瀬の棒みたいな動きばっかりクローズアップする撮り方するので
もうどういう攻防なのか誰にもわからない動きをする。
手傷を負うシーンは必ず腕や腿がアップになって服が破れるカットで説明し
どういう流れでそこを斬られたかは多分考えるつもりすらない。
時代劇を見てれば殺陣の下手糞な役者なんかはいくらでも出てくるし
(スローモーションでバチャバチャと血を出すのだけはお気に入りみたいで、
市も蹴られて盛大に血を吹くがあれはどう見ても内臓破れてるレベルの量。
何も考えて無いからどうでもいいんだろうが。)
市が能動性皆無なので
「稽古中の事故で母親に怪我させてから真剣が抜けなくなった」という
万鬼の顔面コンプレックスに匹敵するぐらいしょーもないトラウマでグジグジ悩む男で
万鬼党との戦いに加勢しては刀と鞘を持って「抜けないいいい」とパントマイムをするのが持ち芸。
毎度渾身の力で刀を抜こうとするが
いや、「真剣が抜けない」ってそういうことじゃないだろ。
この演技指導した奴も素直に従う大沢たかおも、脳腐ってんのか。
一応筋を最後まで書くと
それを綾瀬はるかはお得意の何も演技をしてない「本当の無表情」で聞き流し、
でもなんか心が動いて戻ってきて
宿場は救われた!終わり。
だんだん浪人に惹かれていった(ような描写は乏しいので鑑賞者が補わないといけないけど)市の脳裏一杯に
フラッシュバック的に大沢たかおの笑顔が映し出されるとこが感動シーンの最高潮ですが
盲人の市がどうして浪人の顔を知ってんでしょうね。
そこは聞き覚えた声とかかつて握った手とかで演出しろよと感じますが
前述の通り市の盲人性を真面目に扱わない製作陣にはどうでもいいことだった。
根本的な間違いとして、
更に自閉的な性格をあててしまったらどうにも話が成り立たない。
なんだかんだ言いつつ相当な世話焼きで、
腰は低いけど欲も意地もあるし優しいしよく怒る。
これぐらい濃い人格が噴出してくるから目の見えない体と釣り合いが取れる。
主役の人格はやはりアクの濃い悪い奴になっている。)
中学生が初めて書いた小説の主人公みたいにおもしろみのなーい傷心由来の内向的な性格で
こんなもんを目の見えない体に入れたらそりゃ話が動かずつまらん事になるのは当たり前。
おわり。
十数年来の女友達との会話。
「ほう」
「結婚と恋愛って別なんだね。結婚相手は一緒にいてどきどきする人じゃなくて、気を使わないでいい落ち着く人がいいんだね。」
「…。」
その日もクリスマスに買い物に付き合わされていた。
一瞬ためらったが、意を決して口に出した。
「それって、俺じゃね?」
「え?」
「だってさ、お前すっごい神経質じゃん?人見知りだし、気も使いすぎる。本当に気を使わないで済む相手なんて俺以外いるの?」
「…。」
これまでお互いを異性とは認識していても、恋愛に発展することは無かった。
恋愛のアクションをとれば、その関係は壊れてしまうかもしれない。
でも、なぜかその日は一歩だけ前に進んだ。
日々感じる閉塞感に変化をもたらしたかったのだろうか。
答えは、少しだけ俺の予想を超えていた。
「50歳になってもお互い結婚してなかったら、一緒に暮らそう。」
「…なんだそれ。」
「まあそれまでにはお互いいい人見つかるかもしれないじゃない。」
「まあねえ」
「50歳になっても独り身だったら、一緒に暮らす。協定を結ぼう!」
「…了解。」
またひとつ、結論を先延ばしにした。
俺との結婚を拒否するわけでもなく、受け入れるわけでもない。
俺も自分が極力傷つかない形で問いかけるだけで、自分の意志を表示しない。
そうやってリスクを取らない選択ばかりするから、結果も伴わない。
歳を重ねるごとに傷つくのが怖くなり、こんな保険だらけの選択ばかりしていく。
http://blog.livedoor.jp/tabbata/archives/51228444.html
特にある程度ベテランの作家や出版社の多くが保守的なのは、アメリカでも日本でも変わらないと思う。
古い人の考えをいくらgdgdと批判しても、そこはどこの国でもたいして変わらんのだと思うよ?
問題はどちらかというと、新しい人の側にあるのだと思う。新しい人が、つまんねー。
日本だと、「作家や出版者を叩く人」には人気が集まっても、じゃあということで自炊代行を始めたり、独自のサービスを始めた人を応援したりはしない。
この田端さんという人も、これだけ作家の批判はするのだから自炊代行について何らかの援助になるかというと
そういう「責任」が生じそうなことは念入りに避けているのがわかる。
本当にただ皮肉を言ってるだけだ。
なにか提言をしているようにも見えるが、それも「自分以外の誰かが、そいつらの責任でやれよ」と言ってるだけ。
このあたり、どんな的はずれなことでもきちんと自分の言葉として発言し、
他人の批判も自画自賛や自分の行動のエネルギーに変えてしまうというハックルさんに慣れているはてなーとしては「つまらねー」としか言いようがない。
誰もが、「電子書籍の流れは止められない」「それに逆らうのは悪だ」というなんとなくの流れは読んで、遅れてるやつをバカにはするものの
じゃあその流れをつかんで自分は何をするか、っていったら何もしない。
むしろ、新しいことが始まらないのは古いやつがわるい、と古いやつの方ばっかり見てる。
古いやつを叩いたら、新しい何かを始めるための埋蔵金が手に入って何もかもうまく行くってな考え方が許されるのは、民主党支持者か記者クラブアンチか銀英伝世代までだよねー。
これからは奪い合いじゃない、シェアの時代だ、とかソーシャルの時代だ、とか言ってる人がなんとも身近な話題では
古いやつとか弱者からむしりとることばっかり考えてて、新しい何かを産み出そうみたいな感じに見えないのがすごく気持ち悪い。
特に記者クラブアンチの人は、まず最低限の職業倫理を規定して、そのマナーを守るまでは、絶対信用してはいけないゲス野郎だと思うわけですよね。
結論。
煽るのが得意な人は多い。特に仮想敵を立てて、スマートな論理で自分を正義に見せるような政治が好きな人は。それに無邪気に付き従う人も。
でも実行する人は少ない。 イケてるアイデアを思いついたら、不恰好でもいいから自分でやろうという人は。それを支えようとする人も。
結果として、とりあえずそれほどイケてないアイデアでも、実行したやつがベストセラーになったり、上場会社作ったりするらしい。
むしろ今の日本は、実行する人にはチャンスかも知れないねー。叩かれまくるだろうけど。
いくら詭弁で作家を叩いてもあんたらの見たい電子何とかは出ないよ。無いから自炊するんだと開き直るなら自分たちで出版社に掛け合え。そこまで作家に求めてどうするよ
紙の本に愛着がある人も多いのではないかな。頭のいい人には「ただの物理的な紙の束」に見えてもね
この人は活版印刷技術を貶めたいだけなのか?常に電源を気にする必要がある電子書籍にそれほどadvantageがあるとも思えないんだけど
コンテンツ業界の立場から見るとiTunesってコンテンツをデジタル化したら既存の流通は壊滅し、パブリッシャーは儲けが減るという失敗例だよね。そこを変えないと既存の権利者が変わろうとしない
彼らが今最高に「ダサいことを言ってる」という点については激しく同意なんだけど、電子書籍に直結できるか…とか、村上龍がまとも…とかについては無邪気すぎる
批判するだけだと、批判しながらも「その人が何とかしてくれるのを期待している」状態になる。
責任を自分たちじゃなくて、自分が無能だと罵っている作家に委ねてることになる。つまり、その人の力だけが強くなるってことになる。
結局のところ、いくら文句いっても、自分たちで何かアクションしなけりゃ、何も始まらない。むしろ文句いえば言うだけ相手が偉くなる。
このことを忘れてる人が何を言っても、アメリカの後追いしかできないということになる。
ここで終わり。自分で言うのも何だけど、なかなかゲスな記事がかけた。人のダメな点を見つけて、ぜんぜん違う話と結びつけてねちねちといびる。いいなこれ、楽しいな。実に増田的だ。
増田というのは基本クズだ。クズは自分の意見は何も言わない。意見とは自分の責任で何か言葉を発することだけれど私は徹底的に無責任なことしか言わない。
無責任に他人を批判して、「ああ増田はやっぱり口だけのゲスだな」と蔑まれるのが増田の義務。それ以上を望むならブログを持つべき。私はそれができないからずっと増田でやってる。
しかし増田をずっとやってるから、田端さんの記事の無責任っぽさがよくわかる。田端さんの記事も「増田でやれ」と言いたい。
まぁ無責任と思われるような記事をあえて実名で書く感覚は理解出来ないけど。仕事に差し支えないのかな。実名匿名ってよく論争になるけど、無責任な批判だけなら匿名で十分だろうに。
実名で何かモノを言うなら、自分の責任で何か書くのは当然でしょう?
田端さん、古い作家さまをそこまで批判するなら、「こうしないのはバカとかダサイ」とまで実名をもって語りたいなら、ご自身で何かされたらいかがですか?
村上龍の電子書籍、正直、あんまり成功してないと思うんですが、そノ取り組みが素晴らしいと思うなら、何か推進のために活動されたらいかが?
例えばテトリス
あれって落ちてくるブロックが四角だよね?
あれを、ゲームのルールやシステムを一切変更せずに、ブロックの形を丸にして新作ゲームとして発売する
アホかwwwって思うかもしれないけど、モバゲーはそれを何十と繰り返して「新ゲーム」として展開しているよ
最近はガンダムとかアニメとか他メーカーのゲームとコラボレーションしているものがあるよね
CMや雑誌で見ると、アクション性が高かったりRPG要素が強かったりキャラが動きまわって楽しそうだったり
色々魅力に見えるだろうけど、結局は上で述べた「テトリス」と同じで
ルールやシステムは全く同じ、グラフィックやシステムメッセージの内容だけ挿げ替えって言う量産も量産
アタリショックもびっくりの粗製濫造…いや、濫造はしてないかもしれない
一応書いておくとテトリスを選択したことに他意は無いよ
第1章 プログラミング概念入門 1.1 計算器 1.2 変数 1.3 関数 1.4 リスト 1.5 リストについての関数 1.6 プログラムの正しさ 1.7 計算量 1.8 遅延計算 1.9 高階プログラミング 1.10 並列性 1.11 データフロー 1.12 明示的状態 1.13 オブジェクト 1.14 クラス 1.15 非決定性と時間 1.16 原子性 1.17 ここからどこへ行くのか? 1.18 練習問題 第1部 一般的計算モデル 第2章 宣言的計算モデル 2.1 実用的プログラミング言語の定義 2.1.1 言語の構文 2.1.2 言語の意味 2.2 単一代入格納域 2.2.1 宣言的変数 2.2.2 値格納域 2.2.3 値生成 2.2.4 変数識別子 2.2.5 識別子を使う値生成 2.2.6 部分値 2.2.7 変数の,変数への束縛 2.2.8 データフロー変数 2.3 核言語 2.3.1 構文 2.3.2 値と型 2.3.3 基本型 2.3.4 レコードと手続き 2.3.5 基本操作 2.4 核言語の意味 2.4.1 基本概念 2.4.2 抽象マシン 2.4.3 待機不能な文 2.4.4 待機可能な文 2.4.5 基本概念再訪 2.5 メモリ管理 2.5.1 末尾呼び出し最適化 2.5.2 メモリライフサイクル 2.5.3 ガーベッジコレクション 2.5.4 ガーベッジコレクションは魔術ではない 2.5.5 Mozartのガーベッジコレクタ 2.6 核言語から実用的言語へ 2.6.1 構文上の便宜 2.6.2 関数(fun文) 2.6.3 対話的インターフェース(declare文) 2.7 例外 2.7.1 動機と基本概念 2.7.2 例外を持つ宣言的モデル 2.7.3 親言語の構文 2.7.4 システム例外 2.8 進んだ話題 2.8.1 関数型プログラミング言語 2.8.2 単一化と内含(entailment) 2.8.3 動的型付けと静的型付け 2.9 練習問題 第3章 宣言的プログラミング技法 3.1 宣言的とはどういうことか? 3.1.1 宣言的プログラムの分類 3.1.2 仕様記述言語 3.1.3 宣言的モデルにおいてコンポーネントを実装すること 3.2 反復計算 3.2.1 一般的図式 3.2.2 数についての反復 3.2.3 局所的手続きを使うこと 3.2.4 一般的図式から制御抽象へ 3.3 再帰計算 3.3.1 スタックの大きさの増加 3.3.2 代入ベースの抽象マシン 3.3.3 再帰計算を反復計算に変換すること 3.4 再帰を用いるプログラミング 3.4.1 型の記法 3.4.2 リストについてのプログラミング 3.4.3 アキュムレータ 3.4.4 差分リスト 3.4.5 キュー 3.4.6 木 3.4.7 木を描画すること 3.4.8 構文解析 3.5 時間効率と空間効率 3.5.1 実行時間 3.5.2 メモリ使用量 3.5.3 償却的計算量 3.5.4 性能についての考察 3.6 高階プログラミング 3.6.1 基本操作 3.6.2 ループ抽象 3.6.3 ループの言語的支援 3.6.4 データ駆動技法 3.6.5 明示的遅延計算 3.6.6 カリー化 3.7 抽象データ型 3.7.1 宣言的スタック 3.7.2 宣言的辞書 3.7.3 単語出現頻度アプリケーション 3.7.4 安全な抽象データ型 3.7.5 安全な型を備えた宣言的モデル 3.7.6 安全な宣言的辞書 3.7.7 資格とセキュリティ 3.8 宣言的でない必要物 3.8.1 ファイルを伴うテキスト入出力 3.8.2 グラフィカルユーザインタフェースを伴うテキスト入出力 3.8.3 ファイルとの状態なしデータI/O 3.9 小規模プログラム設計 3.9.1 設計方法 3.9.2 プログラム設計の例 3.9.3 ソフトウェアコンポーネント 3.9.4 スタンドアロンプログラムの例 3.10 練習問題 第4章 宣言的並列性 4.1 データ駆動並列モデル 4.1.1 基本概念 4.1.2 スレッドの意味 4.1.3 実行列 4.1.4 宣言的並列性とは何か? 4.2 スレッドプログラミングの基本的技法 4.2.1 スレッドを生成すること 4.2.2 スレッドとブラウザ 4.2.3 スレッドを使うデータフロー計算 4.2.4 スレッドのスケジューリング 4.2.5 協調的並列性と競合的並列性 4.2.6 スレッド操作 4.3 ストリーム 4.3.1 基本的生産者/消費者 4.3.2 変換器とパイプライン 4.3.3 資源を管理し,処理能力を改善すること 4.3.4 ストリームオブジェクト 4.3.5 ディジタル論理のシミュレーション 4.4 宣言的並列モデルを直接使うこと 4.4.1 順序決定並列性 4.4.2 コルーチン 4.4.3 並列的合成 4.5 遅延実行 4.5.1 要求駆動並列モデル 4.5.2 宣言的計算モデル 4.5.3 遅延ストリーム 4.5.4 有界バッファ 4.5.5 ファイルを遅延的に読み込むこと 4.5.6 ハミング問題 4.5.7 遅延リスト操作 4.5.8 永続的キューとアルゴリズム設計 4.5.9 リスト内包表記 4.6 甘いリアルタイムプログラミング 4.6.1 基本操作 4.6.2 ティッキング(ticking) 4.7 Haskell言語 4.7.1 計算モデル 4.7.2 遅延計算 4.7.3 カリー化 4.7.4 多態型 4.7.5 型クラス 4.8 宣言的プログラムの限界と拡張 4.8.1 効率性 4.8.2 モジュラ性 4.8.3 非決定性 4.8.4 現実世界 4.8.5 正しいモデルを選ぶこと 4.8.6 拡張されたモデル 4.8.7 異なるモデルを一緒に使うこと 4.9 進んだ話題 4.9.1 例外を持つ宣言的並列モデル 4.9.2 さらに遅延実行について 4.9.3 通信チャンネルとしてのデータフロー変数 4.9.4 さらに同期について 4.9.5 データフロー変数の有用性 4.10 歴史に関する注記 4.11 練習問題 第5章 メッセージ伝達並列性 5.1 メッセージ伝達並列モデル 5.1.1 ポート 5.1.2 ポートの意味 5.2 ポートオブジェクト 5.2.1 NewPortObject抽象 5.2.2 例 5.2.3 ポートオブジェクトに関する議論 5.3 簡単なメッセージプロトコル 5.3.1 RMI(遠隔メソッド起動) 5.3.2 非同期RMI 5.3.3 コールバックのあるRMI(スレッド使用) 5.3.4 コールバックのあるRMI(継続のためのレコード使用) 5.3.5 コールバックのあるRMI(継続のための手続き使用) 5.3.6 エラー報告 5.3.7 コールバックのある非同期RMI 5.3.8 二重コールバック 5.4 並列性のためのプログラム設計 5.4.1 並列コンポーネントを使うプログラミング 5.4.2 設計方法 5.4.3 並列性パターンとしての機能的構成要素 5.5 リフト制御システム 5.5.1 状態遷移図 5.5.2 実装 5.5.3 リフト制御システムの改良 5.6 メソッド伝達モデルを直接使用すること 5.6.1 1つのスレッドを共有する複数のポートオブジェクト 5.6.2 ポートを使う並列キュー 5.6.3 終点検出を行うスレッド抽象 5.6.4 直列依存関係の除去 5.7 Erlang言語 5.7.1 計算モデル 5.7.2 Erlangプログラミング入門 5.7.3 receive操作 5.8 進んだ話題 5.8.1 非決定性並列モデル 5.9 練習問題 第6章 明示的状態 6.1 状態とは何か? 6.1.1 暗黙的(宣言的)状態 6.1.2 明示的状態 6.2 状態とシステム構築 6.2.1 システムの性質 6.2.2 コンポーネントベースプログラミング 6.2.3 オブジェクト指向プログラミング 6.3 明示的状態を持つ宣言的モデル 6.3.1 セル 6.3.2 セルの意味 6.3.3 宣言的プログラミングとの関係 6.3.4 共有と同等 6.4 データ抽象 6.4.1 データ抽象を組織する8つの方法 6.4.2 スタックの変種 6.4.3 多態性 6.4.4 引数受け渡し 6.4.5 取り消し可能資格 6.5 状態ありコレクション 6.5.1 インデックス付きコレクション 6.5.2 インデックス付きコレクションを選ぶこと 6.5.3 その他のコレクション 6.6 状態に関する推論 6.6.1 不変表明 6.6.2 例 6.6.3 表明 6.6.4 証明規則 6.6.5 正常終了 6.7 大規模プログラムの設計 6.7.1 設計方法 6.7.2 階層的システム構造 6.7.3 保守性 6.7.4 将来の発展 6.7.5 さらに深く知るために 6.8 ケーススタディ 6.8.1 遷移的閉包 6.8.2 単語出現頻度(状態あり辞書を使用する) 6.8.3 乱数を生成すること 6.8.4 口コミシミュレーション 6.9 進んだ話題 6.9.1 状態ありプログラミングの限界 6.9.2 メモリ管理と外部参照 6.10 練習問題 第7章 オブジェクト指向プログラミング 7.1 継承 7.2 完全なデータ抽象としてのクラス 7.2.1 例 7.2.2 この例の意味 7.2.3 クラスとオブジェクトを定義すること 7.2.4 クラスメンバ 7.2.5 属性を初期化すること 7.2.6 第1級メッセージ 7.2.7 第1級の属性 7.2.8 プログラミング技法 7.3 漸増的データ抽象としてのクラス 7.3.1 継承グラフ 7.3.2 メソッドアクセス制御(静的束縛と動的束縛) 7.3.3 カプセル化制御 7.3.4 転嫁と委任 7.3.5 内省 7.4 継承を使うプログラミング 7.4.1 継承の正しい使い方 7.4.2 型に従って階層を構成すること 7.4.3 汎用クラス 7.4.4 多重継承 7.4.5 多重継承に関するおおざっぱな指針 7.4.6 クラス図の目的 7.4.7 デザインパターン 7.5 他の計算モデルとの関係 7.5.1 オブジェクトベースプログラミングとコンポーネントベースプログラミング 7.5.2 高階プログラミング 7.5.3 関数分解と型分解 7.5.4 すべてをオブジェクトにすべきか? 7.6 オブジェクトシステムを実装すること 7.6.1 抽象図 7.6.2 クラスを実装すること 7.6.3 オブジェクトの実装 7.6.4 継承の実装 7.7 Java言語(直列部分) 7.7.1 計算モデル 7.7.2 Javaプログラミング入門 7.8 能動的オブジェクト 7.8.1 例 7.8.2 NewActive抽象 7.8.3 フラウィウス・ヨセフスの問題 7.8.4 その他の能動的オブジェクト抽象 7.8.5 能動的オブジェクトを使うイベントマネージャ 7.9 練習問題 第8章 状態共有並列性 8.1 状態共有並列モデル 8.2 並列性を持つプログラミング 8.2.1 さまざまな手法の概観 8.2.2 状態共有並列モデルを直接使うこと 8.2.3 原子的アクションを使うプログラミング 8.2.4 さらに読むべき本 8.3 ロック 8.3.1 状態あり並列データ抽象を構築すること 8.3.2 タプル空間(Linda) 8.3.3 ロックを実装すること 8.4 モニタ 8.4.1 定義 8.4.2 有界バッファ 8.4.3 モニタを使うプログラミング 8.4.4 モニタを実装すること 8.4.5 モニタの別の意味 8.5 トランザクション 8.5.1 並列性制御 8.5.2 簡易トランザクションマネージャ 8.5.3 セルについてのトランザクション 8.5.4 セルについてのトランザクションを実装すること 8.5.5 トランザクションについてさらに 8.6 Java言語(並列部分) 8.6.1 ロック 8.6.2 モニタ 8.7 練習問題 第9章 関係プログラミング 9.1 関係計算モデル 9.1.1 choice文とfail文 9.1.2 探索木 9.1.3 カプセル化された 9.1.4 Solve関数 9.2 別の例 9.2.1 数値例 9.2.2 パズルとnクイーン問題 9.3 論理型プログラミングとの関係 9.3.1 論理と論理型プログラミング 9.3.2 操作的意味と論理的意味 9.3.3 非決定性論理型プログラミング 9.3.4 純粋Prologとの関係 9.3.5 他のモデルにおける論理型プログラミング 9.4 自然言語構文解析 9.4.1 簡単な文法 9.4.2 この文法に従う構文解析 9.4.3 構文木を生成すること 9.4.4 限定記号を生成すること 9.4.5 パーサを走らせること 9.4.6 パーサを「逆向きに(backward)」走らせること 9.4.7 単一化文法 9.5 文法インタプリタ 9.5.1 簡単な文法 9.5.2 文法のコード化 9.5.3 文法インタプリタを走らせること 9.5.4 文法インタプリタを実装すること 9.6 データベース 9.6.1 関係を定義すること 9.6.2 関係を使って計算すること 9.6.3 関係を実装すること 9.7 Prolog言語 9.7.1 計算モデル 9.7.2 Prologプログラミング入門 9.7.3 Prologプログラムを関係プログラムに翻訳すること 9.8 練習問題 第2部 特殊化された計算モデル 第10章 グラフィカルユーザインタフェースプログラミング 10.1 宣言的/手続き的方法 10.2 宣言的/手続き的方法を使うこと 10.2.1 基本的ユーザインタフェースの要素 10.2.2 GUIを構築すること 10.2.3 宣言的座標 10.2.4 リサイズ時の宣言的振る舞い 10.2.5 ウィジェットの動的振る舞い 10.3 対話的学習ツールPrototyper 10.4 ケーススタディ 10.4.1 簡単なプログレスモニタ 10.4.2 簡単なカレンダウィジェット 10.4.3 ユーザインタフェースの動的生成 10.4.4 状況順応時計 10.5 GUIツールを実装すること 10.6 練習問題 第11章 分散プログラミング 11.1 分散システムの分類 11.2 分散モデル 11.3 宣言的データの分散 11.3.1 オープン分散と大域的ネーミング 11.3.2 宣言的データを共有すること 11.3.3 チケット配布 11.3.4 ストリーム通信 11.4 状態の分散 11.4.1 単純状態共有 11.4.2 分散字句的スコープ 11.5 ネットワークアウェアネス 11.6 共通分散プログラミングパターン 11.6.1 静的オブジェクトとモバイルオブジェクト 11.6.2 非同期的オブジェクトとデータフロー 11.6.3 サーバ 11.6.4 クローズド分散 11.7 分散プロトコル 11.7.1 言語実体 11.7.2 モバイル状態プロトコル 11.7.3 分散束縛プロトコル 11.7.4 メモリ管理 11.8 部分的失敗 11.8.1 失敗モデル 11.8.2 失敗処理の簡単な場合 11.8.3 回復可能サーバ 11.8.4 アクティブフォールトトレランス 11.9 セキュリティ 11.10 アプリケーションを構築すること 11.10.1 まずは集中,後に分散 11.10.2 部分的失敗に対処すること 11.10.3 分散コンポーネント 11.11 練習問題 第12章 制約プログラミング 12.1 伝播・探索法 12.1.1 基本的考え方 12.1.2 部分情報を使って計算すること 12.1.3 例 12.1.4 この例を実行すること 12.1.5 まとめ 12.2 プログラミング技法 12.2.1 覆面算 12.2.2 回文積再訪 12.3 制約ベース計算モデル 12.3.1 基本的制約と伝播子 12.3.2 計算空間の探索をプログラムすること 12.4 計算空間を定義し,使うこと 12.4.1 深さ優先探索エンジン 12.4.2 検索エンジンの実行例 12.4.3 計算空間の生成 12.4.4 空間の実行 12.4.5 制約の登録 12.4.6 並列的伝播 12.4.7 分配(探索準備) 12.4.8 空間の状態 12.4.9 空間のクローン 12.4.10 選択肢を先に任せること 12.4.11 空間をマージすること 12.4.12 空間失敗 12.4.13 空間に計算を注入すること 12.5 関係計算モデルを実装すること 12.5.1 choice文 12.5.2 Solve関数 12.6 練習問題 第3部 意味 第13章 言語意味 13.1 一般的計算モデル 13.1.1 格納域 13.1.2 単一代入(制約)格納域 13.1.3 抽象構文 13.1.4 構造的規則 13.1.5 直列実行と並列実行 13.1.6 抽象マシンの意味との比較 13.1.7 変数導入 13.1.8 同等性の強制(tell) 13.1.9 条件文(ask) 13.1.10 名前 13.1.11 手続き抽象 13.1.12 明示的状態 13.1.13 by-need同期 13.1.14 読み出し専用変数 13.1.15 例外処理 13.1.16 失敗値 13.1.17 変数置き換え 13.2 宣言的並列性 13.2.1 部分停止と全体停止 13.2.2 論理的同値 13.2.3 宣言的並列性の形式的定義 13.2.4 合流性 13.3 8つの計算モデル 13.4 よくある抽象の意味 13.5 歴史に関する注記 13.6 練習問題
いわゆる東京大阪比較は主題ではない。「なんでやねん」の意義を主張したい。
会話の中で許される応答が否定と肯定の2つしかなかったらと考えると恐ろしい。
私にはとてもじゃないが耐えられない。
きわどい話には、どっかの小鷹さんみたく「え、なんだって?」とスルーするしかなくなるだろう。
阿呆のふりをして、逃げることばかり考えるだろう。
相手の機嫌を損ねたくないばかりに、ヘラヘラと追従するだけになるだろう。
否定の拳をふりあげては、振り下ろす場所とタイミングに悩んで頭痛持ちになるだろう。
冒頭の宣言を覆すようでなんだが、やはり東京に出てきて少し戸惑ったことは事実だ。
お互いに肯定ばっかり。だよねー。ですよねー。
あほらしい話がどんどん膨らんでいって、変なノリが形成される。
一度出来上がったノリが、誰も崩せないところまでいって、みんなで赤信号わたるみたいな
「誰も望んでない結末」みたいなのを何度か経験させられた。
相手の会話の途中に異議を挟むと、すぐ喧嘩になってしまうというのもあった。
「なんでやねん」さえあれば、と思うことが度々あった。と言うか結局すぐ使うようになった。
こうして俺の大学デビューは結局関西人キャラということになってしまった。
ツッコミを期待してのボケとかそういうのは中級者以上の話なのでかんがえなくていい。
もっと初歩的な話だ。「なんでやねん」はそもそもなんのためにあるのか、だ。
「でもポジティブフィードバックは返しませんよ」の2つを兼ねる。
話が脱線したりずれそうになったときに、制止をかける役割を果たす。
その上で、この「なんでやねん」は否定や反論ではないてんが重要である。
さらに相づちを打つ側の自己完結的な行動として扱われる。
つまり、話し手はこの「なんでやねん」にいちいち応答する必要がない。
否定されたわけでもないから、ただちょっと相手の反応が芳しくないというのを察して、
話のテンポを落としたり、少しコースをかえたりという微調整をすればいい。
「なんでやねん」は会話の受けてにとって無くてはならないものだと思う。
「なんでやねん」があることによって、相手に相槌を返しやすくなる。
相槌というのはそもそも話し手の会話のテンポをコントロールするためのものだ。
「うんうん」「なるほど」「それでそれで」など加速する方向はみなさんもよく使っているだろう。
ただし、減速が必要になる時もあるのだ。
会話の中に、この装置が組み込まれていないと、なにかと困る。
こちらについても「ちょい待ちや」とか「おいおい」とか「そんな阿呆な」とか色々あるけれど
やはり「なんでやねん」が一番便利だ。深く考えずに使っても、あんまりカドが立たない。
漫才とかのせいで、アクション付きの攻撃的な言葉と勘違いされているが、
実際は会話のカドを丸め、とんがりにキャップを被せるような使い方をするものなのだ。
というような話を今日の飲み会で熱く語ってドン引きされました。
話がヒートアップする前に、誰かが「なんでやねん」と言ってくれさえすればこんな事には・・・。
余談。
会話が苦手な人は、なぜ自分がそれを苦手としているか、という時に
「心にないアクションをとるのが嫌だ」とか
「相手の意見が理解できなかったり、違和感を感じる時にどう反応すればいいかわからない」
そういう時には、何も考えずに「なんでやねん」という言葉を使うといろいろ捗るぞ。
(もちろん、ポジティブフィードバックのみの会話に親しんでいる方々など、
少しの制止にも不快感を示す方々もいるけれど、そういう人達とは付き合わなければいい。
肯定のみの世界で生きるなんて私には息苦しくて耐えられない)
あとね、これはいわないほうがいいと思うんだけどこの際だから言っちゃおう。
他人の話に軽くでも異議を唱えるってものすごい快感なんだわ。最も手っ取り早い自己表現だしね。
逆に、ずっとYesの返答を続けるのってストレスなんだわ。コントロールされてる感じするでしょ。
だから「なんでやねん」ってのが会話に混じってると聞き手の健康を守る効果があると思うのね。
さらにいうと、「なんでやねん」という反応があるお陰で、話し手側も安心ってのがある。
滑り覚悟でボケてもいいし、ちょっとキツめや喧嘩腰の物言いを「試してみる」ことが出来る。
それよりも、個々のシーンの「演出」のほうが大事だと思う(もしかしたらストーリー全体よりも大事かも)
これはちょっと偏った例だけど、いわゆる「トラウマゲー」で語り草になってるのは、セリフじゃなくて演出
ロマサガシリーズなんかはストーリー性は低めだけど、探索と成長がモチベーションを保ってくれてた
俺はアクションがあっても平気だけど、瞬発的判断が苦手な人には、アクティブタイムバトルやシンボルエンカウントは苦痛らしい
・グラフィックのリアルさは、ゲームへの引き込まれやすさに大きく影響する。
・RPGはセリフと音楽が大事。今思い出せるゲームはこの辺りが秀でていた。
・アクションはプレーヤーキャラが何でもできると思える要素が欲しい。
・最初から複雑すぎるシステムは、理解する前に投げ出してしまう。
・続編が出るなら+αが求めたくなる。焼き直しはがっかりする。
・目標があると楽しい。ゲーム内の目的が定まってないと割と困る。
・オンライン対戦の中毒性は凄まじい。オンとオフはもはや別ゲー。
・作業的な要素はできる限り排除してほしい。ただの時間稼ぎにしか感じない。
・操作性が悪いと感じてしまったら、もうそのゲームはほぼ終わり。
・無理やり分かりやすく表現しなくていい。カッコいいけど理解しやすいが理想。
・そのゲームにしか無いインパクトが欲しい。穴がない=面白いではない。
・遊ぶ人によってゲームの解き方が複数用意されていると、遊びの幅が広がる。
・ゲームが持つ雰囲気は重要。もう一度プレイしようと思うのは雰囲気が頭に残ってるから。
ダークソウルは楽な部類だろう。武器の振り分けなんてタッチかフリックかで判断すれば良いし、装備は独立してるんだからボタン式にすれば良いだけ。ダッシュか避けるかも、二点フリック(モンハンで実現されてる)で判断すれば良いし、アクションボタンはアクション可能なときのみ表示すれば良い。
ACほど鬼畜操作じゃない分、むしろ移植可能な部類だと思うぜ。タッチパネルにはタッチだけじゃなくてフリックも操作に取り入れられるってのを忘れてないか? そして、複数本も認識するんだぜ? 意外とやろうとおもえばやれるぞ。モンハンDHなんかをプレイして観ろよ。かなり頑張ってるから。
http://anond.hatelabo.jp/20111026013039
伝えたいことはたくさんあって、それをなんとか伝えようとする熱意が伝わってきて、その誠実さには心を打たれるのだけれども、たぶん思ったことをそのまま書いているから、誤解されやすいような印象を受ける。自分だったらこういう風に書くだろう。
まず、文章が全部つらつらとかかれてあるので、「どういうことがあったのか?」「そして、そのことによって何が起きたのか?」「自分は何をしたいのか」というのが不明確でわかりにくいのが、読み手にとって辛いなというのが正直な印象。自分だったら下のように書くかな。
全体の文章において、この文章が何を意味しているのか?を簡単に要約する。どれくらいの長さがいいかはわからないけど、200文字から400文字の間だと、負担が無くてすむかな、自分の経験だと。そうすれば、興味を持った人なら読み進めてくれるし、興味のない人だったら読み飛ばすだろう。
自分が訴えたいことの前に、訴えたい内容の経緯を簡単に説明する。その経緯について思うこともあると思うんだけど、それはぐっと我慢。感情は、確かにその人にとっては事実かもしれないけど、他人にとってはそう思わない人もいるわけだ。まずは事実を列挙する。できることなら、時系列のほうが望ましい。
ある事実に言及するということは、そのことに思うことがあったはず。で、「何が起きたのか」と「それに対してどう思ったか」というのは切り分けられるべきなのは、「何が起きたのか」は、いわゆる事実なわけで、しかし「それに対してどう思ったのか」というのは個人がそれをどう思うか、の問題でもある。個人的であるということは、要するに「他の人はどう思うかは分からないが、自分にとってはこのようなことが問題になっている」ということを明確にするためだ。
「自分がこういうことを問題に思っている」とするならば、それに対して何かしら対処してほしいことがあるはずだ。対処して欲しい、というのは具体的に退学処分してほしい、とかそういうわけではなく、「大学側の意見としては、この事例はどのように思うのか?」という要求でもいい。大学当局にわざわざメールを出したということは、何かしらのアクションを求めているのかな、と俺は思うので、そのアクションについて書いてあげれば、相手側もアクションをとりやすいのではないか、と思う。
伝えたいことは山ほどあると思うんだけど、伝えたいことを一方的に伝えると、焦点がブレでしまうので、「伝えたいこと」を一回整理して、カテゴライズしなおすと、もっと誤解が減っていいと俺は思う。
自動車産業が抱える問題って、現在の日本の置かれた状況を象徴するものだよなぁ、と思い、少し掘り下げて考えてみた。「推測」と書いたのは、バックデータ・統計資料にわざわざ時間をかけてあたる暇はないので、状況証拠だけで考えていくということだ。暇な人、もしくは自動車産業関係者のマーケターの方、もしくはマクロ経済の専門家様、データを元にこの推測、といいますか仮説を検証してみてくださいませ。
「自動車の国内市場規模は縮小の一途。特に若者がクルマに興味を持ってくれない。」というのが、業界的に広く共有された悩みのよう。その典型的な事象の捉え方が痛いニュースのこの記事。
痛いニュース(ノ∀`) : “若者、車離れ” 日本国内で車売れない…トヨタ、本気でアイデア募集 - ライブドアブログ
この2ちゃんねるまとめブログで、板の題材として選ばれている記事がこれ。
国内で車売れない危機打開策 トヨタ本気でアイデア募集 (1/2) : J-CASTニュース
ま、痛いニュースとJ-CASTなので、、、、、でも、こういうメディアって、一般的な状況の捉えられ方やルサンチマン的なストレスを推し量るには本当に都合がいい。でもJ-CASTの元記事にはファクトデータも載っている。ちょっと引用してみると、
国内での販売は2年連続の減少だ。ダイハツ工業、日野自動車を含めたトヨタグループ販売は前期比同4%減の227万台と、米国販売との差が広がる一方だ。国内市場全体の落ち込みより減少幅が小さかったため、トヨタのシェア(軽自動車除く)は過去最高の45.8%まで上昇したが、トヨタ車単独で11万台の減では、シェア上昇も手離しで喜べない。
国内の自動車需要(全需)は、2006年度の軽を除いた日本国内の新車販売は前年度比8.3%減の358万台と、29年ぶりの低水準だ。登録車市場の低迷の原因としては、経済性や実用性を求めて軽自動車に人気が移っている影響とされてきた。しかし、軽を加えても同4.1%減の561万台であり、国内市場全体が収縮していることが鮮明になっている。
要は、
ってこと。ちなみにこの元記事は1997年という4年前のもの。
で、その対策として当時のトヨタは、
トヨタは06年末に社内横断的なチームを立ち上げ、国内低迷脱却のアイデアを懸命に探り始めた。
対策チームは、自動車という商品の枠内だけで解答は出さず、地域や社会全体の問題の中で消費を喚起する自動車を改めて模索している。携帯電話などの情報関連の支出が増えた若者の「車離れ」や、少子化による若年人口の減少による市場構造の変化を深刻に受け止め、車が売れなくなった構造要因に真剣に目を向けざるを得ない。地域ごとの特性や家庭の年代構成、消費者の行動なども踏まえて自動車市場全体を抜本的に洗い直そうというものだ。
少子化対策は政府でも有効策を打ち出せていない難題中の難問だ。それでも、トヨタの渡辺捷昭社長は「国内市場を活性化するためには、何よりも市場創造型のいい商品を投入することだ。地域の活性化を含めて、いろんな手を打っていきたい」と、社内チームの試みに大きな期待を寄せている。
というわけで、「国内市場をどうにか活性化させるための手を打ちたいと考え、具体的なアクションを起こしている」というメッセージを打ち出したわけですね。
それに対して2ちゃんねる側の反応はだいたい2分されていて、
となっている。
で、このあと2010年になってどうなったかというと、、、、市場動向、トヨタの対応、そしてネット民wの反応がツンダオワタ情報にまとめられている。(本当は産経新聞の元記事URLを引きたかったのだが、既に削除済み。というわけで、元記事の存在証明はないところはご容赦を。(だから、論文とかでは、データとしては使えないなぁ、、、増田で使うのが精一杯。)
豊田社長「マスコミは若者の車離れと言うが、離れているのは私達メーカーではないのか」 - ツンダオワタ情報
まずはトヨタがどのような手を売ったのかというと、、
トヨタは今年1月に「スポーツ車両統括部」を立ち上げ、スポーツカーの企画や開発に関する最終権限を経営陣から現場に移譲。スポーツカーの復活とともに、走る楽しみを演出する複数の
プロジェクトが始動している。足回りの良さにこだわった特別仕様車を相次ぎ発売。4人乗りで世界最小の「iQ」6速MT搭載限定車は予約開始から1週間で完売。
9月3日。強い日差しの下、静岡県小山町の富士スピードウェイで、1台のスポーツカーが強烈なエンジン音を響かせていた。12月から世界限定500台で販売が予定されている高級
スポーツカー「レクサスLFA」(価格3750万円)。報道関係者らを対象にした試乗会が行われていた。LFAの最高時速は325キロだが、この日は1周4.5キロのコースを約2分で駆け抜けた。「ハンドルを握ったときにドキドキ、ワクワクするクルマをつくりたい」自らレースにも参戦する豊田社長は常にこう言い続けてきた。
つまり、
のようにスポーツカーに活路を見出そうとしているよう。
でも、その結果は、、、、「文中の」ファクトデータを洗ってみると、、
クルマが売れない。昨年の国内新車販売台数は約460万台と、ピーク時(平成2年)の6割程度にまで縮小している。景気低迷が一因だが、一般的には若者のクルマ離れが最大の理由とされている。調査によると、大学生の「興味ある製品」でクルマは17位(20年度)と、40~50歳代が大学生だった当時の7位から大きく後退している。
要は、
ということ。ただし、MTのiQは限定台数を売り尽くしたし、Wikipediaの記述を見るかぎり、LFXもきちんと台数は捌けているよう。要は、「作ったクルマはちゃんと売れたけど、市場全体の構造を変えるまでに至っていない」ってことですね。それに対するネット民wの反応は、1997年の痛いニュースから、全く変わっていないというのも面白いところだ。
結局のところ、市場の縮小は人口減少トレンド下では不可避。でも、せめて若年層にクルマを運転する楽しみを知ってもらい、高付加価値のクルマを継続して買ってもらえるようにすることで、市場構造の問題を少しでも緩和したい、っていうところだと思われます。少なくとも、ここまでに取り上げた情報ソースからすると、、、、ですが。
まず、「若者」という括りに対してツッコミがあるというのは、甘んじて受け入れよう。というか、全面的に納得せざるを得ない。で、話を単純化するために、母集団を「大学生」という括りに絞ってみることにする。大学進学率が上昇し、それによって「大学生」という母集団の性質が変化したという点については、「なぜ大学進学率が50%を超えたのか? -大学進学人口と大学数との関連-」という小樽商科大学の学報掲載記事をご覧いただければ一目瞭然。(ああ、やっと真っ当なデータリソースを挙げることができた、、、ホッ。)
であれば、「大学生」よりも、より限定した形で母集団を設定しなければ、まともな時系列比較ができない、ということになる。でも、そんな統計はまともに存在しないだろうなぁ、、、、ということで、ここからは、私の実感という超主観的な状況証拠を絡めてで話を進めたい。私は30代半ばで、某都心から50kmくらいにある某大学を職場とする人間だ。で、自分の周りがみんな全くクルマに興味がないかというと、そんなことはない。R32スカイラインをシートを始めとしてひたすら改造しながら乗っている先輩、フランス製オープンカーに乗る後輩、馬鹿でかいアメリカ製SUVで駅まで送ってくれた後輩、、、、普通にいる。しかし、キャンパスの周りが整備され、駐車場の確保が難しくなったなどの事情もあるのだろうが、昔はその存在を確認できた30万円で買った中古車で大学に通い、金はなくともバス/電車という公共交通機関の利用を忌避するタイプの層は、ほとんど見ることができない。つまり、エンスー、とまではいわないかもいれないが、クルマに対しそれなりのお金を費やししている層は昔も今も、少数ながら存在していて、がんばってクルマに乗ろうという層がいなくなったということになるだろう。
30万円の中古車というと、当時の車種で具体的に言えば、10年オチのファミリアハッチバックとか、カローラⅡとかですな。当然乗り心地は良くないし、内装はパットしないし、、、でも、なぜわざわざそんなクルマを乗り回していたかというと、一番大きな理由は「クルマが無ければ不便だった」ということではないかと思うのですよ。この15年ほどで、私鉄や地下鉄の延長、新規路線開業は相次いだし、JRも湘南新宿ラインなどの直通電車をバンバン投入した。職場近辺は、15年ほど前までは、各駅停車しか止まらない私鉄の駅までバスで15分。都心に行くには2時間じゃ利かないという状況だった。かつ周囲には自動車工場と関連施設、更には清掃工場とかしかない、街だったわけで、、、、そりゃ、がんばってバイトして、クルマ買うよなぁ。逆に言えば、今となっては、無理してバイトしなきゃ手に入らないならクルマなんて買わずに、大学が斡旋してくれるUQ Wimaxのルータでも買って、電車の中で課題をこなしている方がよっぽど効率的だ。
これと同じ状況が広く各大学で生じている。また、首都圏・関西圏のいたる大学で、文系を中心に、バブル期に都心から30〜50km圏に新たに取得した土地に移転させた学部を、都心部の本部キャンパスに戻すというプロジェクトが進められている。というわけで、大学生の多くがクルマに乗らなくなるのは必然、というべき状況なのだ。
"Fun to Drive"というのは80年代〜90年代(だったかな?)にトヨタが掲げていたコーポレートスローガン、というかキャッチコピー。今あらためて読んでみると、いいキャッチコピーだなぁと。クルマを運転するのはやっぱり楽しいと思う。車高の低い、重心の位置が決まっているクルマって、運転技術が下手な人間でも、走らせるとむちゃくちゃ楽しい。(助手席に乗る人はたまったものじゃないわけだけれど、、、)研究者の職場というのは、普通のホワイトカラーと比べて圧倒的に交通の不便な場所に設置されていることが多い。大学しかり、企業や行政立の研究所しかり。将来的にそういった職場で、ある程度の期間働くことになったとしても、個人的にはクルマで通勤するのはできるだけ避けたいと思う。だって、遅刻の心配しながら朝必死に高速を飛ばしたり、長時間デスクワークした疲れた体で夜道を長時間かけて走って帰宅なんてしたくないじゃあないですか。しかも、クルマに乗っている限り、酒が飲めないというオチまでついてくる。正直、Fun to Driveを実感するきっかけが、自分に巡ってくる機会なんてめったにない。
タイトな仕事に従事する層が通勤でFun to Driveを感じるというのはかなり厳しい。逆に言えば、サボってもいい授業を沢山履修していたり、帰り道にドライブデートする機会が多い学生というのは、Fun to Driveを感じるのにものすごく最適化された生活をしているのだろう。もちろん、クルマで通うことが正当化されるような大学に通っている場合に限るわけだけれど、、、、
それ以外では、「もともと自宅に乗っていて楽しいタイプのクルマがあって」「工場勤務で工場隣接の寮に住んでいるから平日は閉じ込められている。近所にろくに店もないから、週末はクルマで遠出するのが趣味。店がないということは、そもそも他にお金の使い道もないし、、、」という人くらいなのではないかと思いますよ。
まあそれでも、ものづくりニッポンの文化として、モータリゼーションは浸透し続けるべきだし、それは可能だとおっしゃる向きもあるだろう。であれば、自動車文化先進国といわれるヨーロッパの状況を見てみたい。
ヨーロッパに行くと、日本ではあまりお目にかかれないブランドのクルマをよく見かける。SKODA、SEAT、そして90年代には多少日本にも乗っている人がいたけれど、、、的なOPEL、LANCIAなどもまだまだ現役だ。注目したいのはSKODAとSEAT。この2つのブランドはAudi同様VOLKS WAGENの一ブランドなのである。SKODAはもともとチェコ、SEATはスペインのメーカー。それぞれVWによって買収され、現在は中〜低価格帯のラインナップを担っている。逆にVWの高級ラインがAudi。VWは、ヨーロッパで最も販売台数が多い自動車メーカーだ。ACEA - European Automobile Manufacturers' Associationの、Year 2011 by manufacturer and by vehicle category (Enlarged Europe) <※注1:エクセルファイルへのリンクです, 注2:1月〜8月までの数値>によると、メーカーとしてのシェアは23.2%。で、問題は23.2%の内訳だ。VWブランドは全体の12.3%。高級ラインのAudiは全体の5.0%、SEATが2.3%、SKODAが3.6%である。VWはフェートンやトゥアレグなどの高級車(というか、実質中身はAudi A8・Q7ね、、、)はあれど、代数的にはごく一部だろうから、23.2%のうち、15%くらいはBセグメント以下の中小型車と推測できる。そしてVWグループの低価格帯のクルマにスポーツカーは極少数だし、Golfにしても他の車種にしても、ホットバージョンのグレードは売上のほんの少しだろう。
一方、スポーツブランド、エンスーな人御用達ブランドはというと、、、ALFA ROMEOで1.0%、PORSCHEで0.3%。ボンドカーASTON MARTINもヨーロッパでは8ヶ月間で1,664台(0.0180630955651735%)しか売れていない。(これだけ売れれば十分か、、、?)ちなみにみんな大好きフェラーリは、FIATグループの中でもその他扱いされていて、数値が出されていない。っていうか、その程度のもの。ヨーロッパは階級社会が未だに色濃く残る社会なので、先祖代々馬車に乗っているような人たちが、相変わらず週末の嗜みとしてポルシェやフェラーリ、はたまたブガッティやランボルギーニなどのカロッツェリアがリリースする少数生産の高級車に乗っているのだろう。ということは、ですよ。日本においてエンスー車のみをひたすら取り上げていたCar GraphicやNaviのような雑誌がそこそこ売れ、地方自治体立の図書館に配架され、なおかつテレビ朝日系で番組まであったというのは、どう考えてもおかしい事態、なわけですね。
というと、やっぱり車の運転が「好き」っていう人はそんなにいるように思えない。バック・トゥ・ザ・フューチャーの時代から、若者の憧れはSUVだったし、トヨタがアメリカの若年層を攻略するために導入したサイオンだって、ラインナップはxB(日本名Bb)、xD(日本名ist)だし。アメリカ市場といえば、、、のホンダの戦略車種だって、ELEMENTやCR-VにMDX。ようは、SUVをカリフォルニアサーフカルチャーに振るか、ニューヨークのヒップホップカルチャーに振るか、はたまた高級志向に走るかしか、手はなかったわけで、、、、
経済成長期というのは、来年は今年よりも所得が増える人が沢山いるという状態のことだ。経済的に余裕が出来てくると、多くの人間が考えるのは生活の質的向上を図ろうというものだ。その結果、未知の様々な趣味にお金と時間を突っ込んで見ることとなる(これ、現在の中国沿海部がちょうどそういう状態)。そういった状況下で、日本のメーカーはレビン/トレノ、MR-2、CR-X、ユーノスロードスター、FTOなど低価格でかなり走りが楽しめるスポーツカーを量産してしまうことに成功してしまう。ミドシップのツーシーターが200万円台前半とか、V−Tecエンジンを積んだ2ドアホットハッチが100万円台、車の歴史から見たら、おかしいだろう!ということですよ。更にホンダビートやダイハツカプチーノ、極めつけはマツダAutozam AZ-1。軽自動車なのに、ミドシップでガルウィング。とんでもなさすぎる、、、、
で、いろいろ手を出してみるものの、そこそこ収入が安定する頃には、自分の趣味や可処分所得に見合った趣味だけに落ち着いていく。ま、もともとクルマで女の子にもてようと思えば、そこそこの外車や国産車でもレクサスになるだろう。中途半端に月3万円のローンとほぼ同額の維持費をクルマに突っ込むくらいなら、3万円を衣服費に使い、残り3万円でデートに誘う店のグレードを上げた方がよっぽどモテるだろう。結局日本という市場は、相も変わらず500万円オーバーのクルマを買い続けてくれる一部の層と、下駄として使うための安くて丈夫なクルマを選ぶ層(しかも、子育て期限定でワンボックスを買う層も多いと見た、っていうか00年代前半は、2シーター乗っていた人が、パパになってSTEPWGNやセレナに乗り換えを余儀なくされるというパターンが本当に多かったのですよ)と、クルマなんてそもそもいらないっていう多くの層によって形成されることとなる。下駄クルマは利益率は低いし、韓国・中国勢がブランド力を向上させていけば、取って代わられる事態も当然ありうる(それを日本にやられた先例がアメリカだ)。国内市場で利益をあげ続けようと思うならば、高級車のシェアを取りに行くしかない。そういう意味でトヨタはLexusを止める訳にはいかないし、他社は実質国内市場はあきらめかけているんじゃない、、、としか思えない。高級車ラインを展開できなければ、日本は欧州・アジア向けモデルを導入するone of themの市場という前提で戦略を立てざるを得ない(実際、日産、ホンダ、マツダなんかはまさしくこの戦略をとってる。マーチが全量アジアからの輸入になるなんてね、、、、)。
で、以下のURLから1本のテレビCMをご覧頂きたい。トヨタグループの一員であるダイハツの企業CMだ。
テレビCM 企業CM「日本のどこかで 新しい町」篇【ダイハツ】
このCMの読み解きは、あくまでも僕の憶測にしか過ぎないのであしからず。
都会でクリエイティブ(たぶん美容師とか、ショップ店員とかかな?)な仕事をしていた瑛太が、突如田舎にIターン(Uターン、じゃないだろうなぁ、、、)して、ガテン系(工務店)の仕事を始める。そこで、これまで乗っていたアメ車のシボレー・カマロを第三のエコカーであるダイハツの軽(ミラ・イース)に変える。生活の変化と平行して、地元の郵便局員である吹石一恵との関係が始まり、、、、というストーリーなわけだけど、設定の1つ1つに企業戦略として重要な意味合いが込められていると思うのだ。(あくまでも推測だけど、、、)
都心にはダイハツが売り込む市場など、商用車以外に大して存在しない(それでも、乳幼児を抱えるお母さんが、電車に乗れなくなったから必要に迫られて車を買うというケースは結構ある(タントのCMを参照。それにしてもダイハツのCMは、意図がすっきりはっきりして清々しいほど。マーケ的お手本ですね。)。だから、当然第一次・第二次産業(の生産部門)が経済の中心であるエリア、もっとわかりやすく言い換えると、でっかいイオンモールが唯一のデートコースという地域が、ダイハツ(とかスズキとか)の主戦場となる。
そういったエリアは、都心とは異なる理由で市場の縮小が進んでいる。まずもって、人口減少トレンドがものすごく強いということ。都心の場合出生率は下がっても、人口流入が大きいので若年層人口の減少トレンドはかなり緩和されている(というか、江東区とか、横浜市なんかは、保育園入園の待機児童問題がぜんぜん解決されないままで、、、、)。でも、地方は加速度がついて若年人口が減っているというのがまず前提となる。
その上に自動車市場を冷やす意外な要因というのが、実はイオンモールの進出ではないのかな、と個人的には睨んでいる。こう書くと、「イオンモールこそが、駅前商店街衰退の最大の要因で、だからみんなクルマを保有せざるをえないのじゃないか」というツッコミがきそうだが、たぶん逆じゃないかな、と。地方の駅前商店街なんて、もともと若年層が楽しめる娯楽や、ファッションを提供する機能を持っていなかった。だから、暇な若者に出来る時間つぶしって、女の子を誘ってドライブくらいしかなかったわけだ。例えば、90年代にものすごく売れたホンダ・S-MX は、フルフラットシートにできるだけでなく、ご丁寧にティッシュボックスまで備え付けてある。わかりやすくニーズのど真ん中をついていたわけだ。
それが、イオンモールができることで状況は一変する。シネコンやタイトーとかセガとかの大規模ゲーセンやROUND1で時間は潰せるし、服を買うのも、ワールドやイトキン、オンワードといったアパレル大手のちょっと低価格ラインのショップ、レディースならば宮崎あおいがCMしてるEarth music & ecologyとか、OZOC、Melroseとか。メンズならTK Takeo Kikuchiとか。ユニセックス&チャイルドで、UNIQLOに満足しない層のために、GAPとか、無印とか、COMME CA ISMとかも入っている。ABCマートがあれば、靴も含めてそんなにダサくない、というか都心で売っているものと遜色のないものが揃ってしまう。そりゃ、裏原宿のテイストは無理だけど、池袋マルイやサンシャインシティくらいのレベルは買えてしまう。片道30分でイオンモールにつけるのであれば、その短い時間にお金をかけるよりも、一日中過ごすイオンモールの中でお金を使ったほうが楽しいわけだ。つまり、人口が少ないだけでなく、残っている若者にもクルマに必要以上にお金をつぎ込むインセンティブがもはや存在しないということだ。
じゃあ、粛々とシュリンクする市場規模に対応するだけの資源投下をすべきか、、、というとそうは問屋がおろさない。それができない要因、それは地方に数多く存在する独立資本の販売店フランチャイジーだ。バブル崩壊後、自動車メーカーはそれぞれ、ドラスティックに販売網ネットワークを整理した。今となっては複数の販売チャネルを運営しているのは、実質的にはトヨタだけになってしまった。ただし、トヨタ・日産・三菱といったメーカーの場合、販社は一部自らが出資している法人が大半であり、スムーズに(とはいかないまでも、どうにか)店舗網の縮小、合併を進めることができた。ところが、ダイハツ、スズキ、スバル、ホンダ(の旧プリモ店)は、三丁目の夕日に出てくるような個人経営の自動車整備業にフランチャイジーとして販売を委託するという形態の店舗を数多く抱える。販売店網が密だということは、アフターサービス・メンテナンスの質を向上させることにつながる。アフターサービス・メンテナンスはアフターマーケットという業界用語があるくらい、利益率の高い市場なので、各社力を入れているわけだが、サービス水準を高めるためには、各店舗の士気が高められていることが重要だ。
販社としては、生涯価値の高い顧客、つまり長くお金を落とし続けてくれる顧客を捕まえたいというニーズを持っている。となると、地方にやってきた若年層というのが、一番欲しい顧客のプロファイルとなる。地方にやってきて、工務店という地域密着な仕事をし、地元の(たぶん)特定郵便局の職員とつきあって結婚して、、、というのは、まさしく地方の販売店にとって喉から手が出るほど欲しい顧客像だといえるだろう。こういう層に向けて、ストレートに刺さるCM、というのは、ミラ・イースの本当の想定顧客かどうかは関係ない。(実際、イースの車種CMは、ブルース・ウィリスを起用してダジャレを言わせているわけだから、瑛太のようなプロフィール、ではないことは明白。)「企業CM」して瑛太と吹石一恵が出演するCMを放映するということは、メッセージのターゲットは販売店フランチャイジーなのではないかな、と。
小見出しで結論は言い切っちゃいましたが、基本はこれ。自動車メーカーもボードメンバーや車種開発部門は既にわかっていてやっているはず。じゃなきゃ、瑛太が乗るクルマはミラ・イースにならないし、マツダのスカイアクティブテクノロジ搭載車やホンダのハイブリッド車に国内独自モデルが1つもない、なんて事にもならないはず。
ところが、販売部門、とくに販社といっしょにプロモーション計画を取りまとめる部門は、国内は縮小均衡で粛々とやっていく、なんてことは口が裂けても言えないはず。なので、国内販社向けマーケティング担当者が考えるべきは、シュリンクする市場環境下で、世界共通モデルをいかに低コストでローカライズして、他者のシェアを奪うのか、しかないのが現状なのだと思いますよ。正直、ね。
http://lifehack2ch.livedoor.biz/archives/51295189.html
今すぐ欲しい。
5年前の恋愛のショックをさっさと消し去りたい。
一方的に振られて、一方的に連絡も拒絶されてて、
こっちがアクション取る気もないのにふと思い出して、心に影を落としてくる。
なんでまだ引きずるかなあ。
「待ち伏せして首を絞めて殺す」ぐらいしないと忘れられないんじゃないんだろうか。
(1/2:コメントに返信追記)
さっきFacebookを見たら、知り合いの女の子が梅田で数人ではしゃいでいる写真がアップされていた。
率直な感想が、「うわ、うらやまし」だった。
というのも、その間自分がしていた事は家のパソコンで一人画像を見ながらオナニーだったから。
このギャップ。現実のギャップに落ち込む。リア充への憧憬は隠せない。
これは確かなことだ。嘘はない。でも、なんか違うんだよな。本当のことを言うと、違う。なかなか理解されないけど、この憧れというのは、「自分もその場に居合わせたい!」という願望ではない。「自分も女の子と一緒にはしゃぎたい!」というのとは、実際は違う。そこに落ち込んでいるのではない。リア充と僕の隔絶は、そこではない。
僕は、リア充にはなれない。それは、「土曜のこの時間に女の子と一緒にはしゃいでいないから」ではないのだ。そして、僕がリア充に憧れているのは、今の自分のこの状況に悔やんでいるからではない。では、なんなのか。
今まで何度も経験したこの感じ。大学の人達と飲みに行ったとき、朝までカラオケをした。6人か7人ぐらいで、ノリがいい男2人と僕と、女の子4人だったかな、忘れた。飲みに行って、その後カラオケ、よくある事だ。その後にも何度かあった。
ぜんぜんたのしくないんだよな。
女の子が不細工だとかそういうことではない。曲が合わないとか会話に入れないとか、そういうのも関係ない。そんなに言うほど仲いい人たちじゃないとか、そういうのも違う。男ばかりだったらとか、女ばかりだったらとか、そいうのも関係ない。ただ、こうやって集まって盛り上がるとかが鬱陶しい。自分は一人で居るほうが気が楽だ。本当に、経験するたびに思う。そういう自分に気づく。でも、誘われたら行く。なぜなら、リア充に憧憬があるから。でも、そのたびにまた現実にぶち当たる。馴染めない。
自分がリア充になれないのは、そういう環境に身を置けないからではなく、その状況を良いと思えないことにある。
僕が憧れているのは、僕が羨ましいのは、「その状況を楽しいと思えることそのもの」だった。
(コメント返信追記)
今頃ブクマがなぜ伸びてるのか謎すぎるけど、ブクマコメントを読んで思ったことをいくつか。
結構誤解されてる方が多い。俺はカラオケのくだりで断って書いたつもりなんだけどなあ。なかなか理解されていない。リア充リア充言うから余計に誤解を招いたかもしれない。
集まりの内容なんて関係ないんですよ。オフ会であろうが趣味の集まりであろうが大学の飲み会であろうが会社の打ち上げであろうがオタクの集まりであろうが、集まりそのものが苦手、で、楽しくない。全然盛りあがれない。知ってる話題でも楽しくない。詳しいと余計に喋りたくない。関心のある内容はこんな場で話したくないし話題にもあげないで欲しい。話し振られると適当にごまかす。鬱陶しい。早く帰りたい。メンバーとか内容は関係ないんです。その辺を勘違いされてる方がブクマコメントで多数お見受けできるので、再度確認のため断っておきました。
本当は全レスしたかったけど面倒だからトップ10へレスさせてください。年始暇なので。
その間ってのはフェースブック見てる間じゃないぞ。知人のフェースブック画像で抜きながら落ち込んでるとかテンションが病気。
neogratche
一人でいる事の方が楽なのに、「それは負け犬の人生だ」って社会が否定してくるから苦しい、っていうのはあるかもしんない 2011/12/31 26
一人でいるのは楽だけど別に楽しくはないんですよね。かと言って、人といて楽しいかとういうとそうでもないにもかかわらず、楽しそうにしている人を見ると自分もそうなれるのかもしれないと期待して現実を知る。その繰り返しでした。
fromdusktildawn
「数人で盛り上がって楽しむ」ということができないのは、単に感性の問題だと思ってる人がときどきいるけど、スキルの問題が大きいんだ。「数人で盛り上がって楽しむ技術」というのがあってそれをマスターすればいい 2012/01/01444 clicks 21
めんどくさいっすね。そんなめんどくさい技術ならいらないっす。よく、頑張ったら頑張った分だけ喜びも大きいとか言う人いますけど、私はそれ全く理解できないです。むしろ頑張った分だけ割に合わないと感じる方なのでそういう努力はしません。
y_u_s_u_k_e
オナフェイス充
xevra
要するに他人に興味が無いんでしょ。他人が喜ぼうが悲しもうが死のうがどうだって良いんだろ。だからつまんないんだよ。圧倒的な自己中が非モテの特徴。/大勢が無理なら異性とデートすればいいだろう。捗るぞ 2012/01/0114 clicks
大勢の場で他人に興味抱いてる人って気持ち悪い。そんなのどうでもいいに決まってんじゃん。村社会かよ。自己中ってのは他人の迷惑を顧みないとか、自分の都合で他人を動かそうとするやつのことで、俺は他人に関心がないだけで文句つけたり迷惑かけたりはしてないから、それに対して文句言われる筋合いはないんだけどなあ。一応ある程度空気読んでるから。
rin51
よう、おれ / 学生の頃 男女6:3くらいで山へドライブへ行って目的もなくダラダラ過ごしてるのがツラくて「おい、とっとと帰ろうぜ」と駄々こねたのがオレ 2011/12/31
じゃあ行くなよ!まあ、何か楽しいことあるかなって期待もあったんだよな。無かったら帰るのが正解。
feita
俺も、人間としてぶっ壊れてることへの敗北感と優越感を感じます。中二病的な意味で。/まぁぶっちゃけ単に自己中なだけなんですけどね。こっちからアクションしてあっちからレスポンスないだけでストレスがマッハ。 2012/01/015 clicks
君のそれと俺のそれは全然違うように思える。ぶっ壊れてないし、羨望はあっても敗北感はないし、優越なんかどっから湧いてくんのって感じ。自己中でもない。俺は人に場に合わせるから。俺はレスポンスなんかなくていい。
AmanoJack 本題無視
ROM専腐女子として別に何か書きたいことがあるわけじゃないけど書き手になることに憧れる、みたいな……私もそんな風に萌えてみたいよ……オタ充爆発しろ……みたいな 2011/12/31
みんながみんなそうなら分かるんだけど、みんな楽しそうにしていて自分が全く楽しくないのはなんなのでしょうね。みんな嘘ついてるようにはとても思えない。ていうか嘘ならフェースブックにわざわざ書かんやろ普通。
nymc
価値の無い集まりにしか参加したことがないからそう思うんじゃないかと思う。自分にとって価値ある、楽しい集まりはお前自身が作れ。他人に頼り過ぎ、任せ過ぎじゃないか? 2012/01/0216 clicks
全自動否定製造機のはてな民が何を言おうと、『もしドラ』を270万部本を売って、4億3200万円稼いだハックルさんこと岩崎夏海先生は超絶空前絶後の勝ち組です。
でも、この世の中には、4億円を稼いでも満たされないものがあります。それが承認欲求です。
本当ならば、売れないアイドルのパトロンにでもなって、岩崎さんの怒張したドラッカーでハックルハックルしていればいいのです。
けれども、彼ははてダに書き続ける。はてなに何を書いても否定されるのは目に見えています。そんなところでブログを書くのは、3歳児に関節駆動式のガンプラを渡すようなものです。いずれ自尊心はひちゃめちゃのばらばらになってしまうでしょう。
以下の7のアクションをやってみましょう。僕も死にたくなった時がありますが、この17アクションをこなしたことで、宝くじがあたり、今では誰にも気付かれずに身長が20センチアップ、金玉袋が3倍の大きさになり、前田敦子を2で割ったような容姿の美しい恋人まで出来たのです!やってみる価値はあります。
この世にある93%の悩みは「いい女を抱く」or「ぶんなぐる」で解決するものです。北方先生だってそういっています。承認欲求だとか、髪が薄いとか、イノベーションだとか、そういうものは、高級ソープにいってとびきりの女を抱けば消えて失せるものです。
悩みのほとんどは取るに足らないものです。人生に意味なんてなく、意義だってありません。なのに、「こうあるべき」という理想像にとりつかれるから、悩むのです。そんな高尚な悩みを解決するには、とびきり低俗なことをするべきです。鏡の前で全裸となり、上等なちくわを尻にむんずとはさみあげ、目をひんむきながら、両の腕を天に振り上げ、「ハックル!ハックル!」と叫びましょう。ほとんどの悩みは意味のないものだとわかります。
はてダに自分の思いを投稿するのは、上等なほうれん草を肥溜めにつけこむようなもの。自尊心は否定ブコメにぐにゃぐにゃにされます。さらに、ハックルさんのブコメ欄は「どれだけ面白くハックルをDisるか」という壮大な大喜利コーナーになっています。おちょくり、否定、罵倒がぐららがあとぐららがあと押し寄せます。解決する方法?簡単です。今すぐパソコンを窓から投げ捨てること。
回復したら、Amebaでもはじめてください。
悪い点ばかりに気が向く人はいるものです。たとえどれだけの成功者でも薄毛は克服できません。悪い点ばかりに目を向ければ、どれだけうまくいっていてもネガティブな気持ちになります。
だから、良い点、今日良かったことを毎日ノートに書き綴りましょう。毎日です。「4億稼げた」「本が売れた」・・・良かったことを書き綴るのは心理学の実験でカウンセリング以上の効果があることがわかっています。 あなたは誰がどう客観的に見ても凄い。それを自分で認めましょう。
自分を理解してくれる友人、恋人よりも価値のある財産なんてこの世にありません。僕も一時はひどい状態でしたが、富岡さん(amazon 1980円)を購入し、毎日話しかけるようになってから、大分状態が改善しました。
医学的実験により、毎日のジョギングはうつ病薬と同じような効果があるとわかっています。しかも、副作用もなく、走り続ける限り効果は持続します。毎日走れば、こんな増田でひねくれた糞文章をひりだしている匿名野郎なんてどうでもよくなるものです。
これが最後のアクションです。復讐のために人生を生きるべきではありません。どれだけ憎んでも、あなたにドヤ顔で「お前さぁ、そんなんじゃ成功できないよ」と言ったできるビジネスパースン(笑)にダメージを与えることはできません。でも、自分を馬鹿にした相手にひりつくような一撃を与える方法があります。それは幸福に生きること、自分が頑張って成果を出し、成功すること、これ以上に自分を卑下した人間を叩きのめす方法はありません。だれがどう言おうと270万部は270万部なのですから。
もうハックルさんは持っているんですから、せいぜい幸福に生きていただけないでしょうか。
それなのに時々夜中になんかゴソゴソするなと思ったら布団の中でオナってた。
ダブルベッドなのに。
逆の立場だったら気づかれたくないので狸寝入りしてるんだけど…。
この気持ちどこへやればいいんだろう。
拒否したことはないし、私から誘うこともある。
結局途中で萎えてお開き。
脱がずともだ。
付き合ってる時も暮らし始めてからもそれなりにしてたんだよね。
だんだんペースが減ってこの有様。
普段は仲がいい。小梨。
結婚後体型が変わったりはしてない。
激務ではなさそうだし、あるとしたら病気かストレスか飽きたか幻滅したかかなあ。
こっそりオナに目覚めたとか?…まさか。
喪女と結婚したせいで人生損してるんじゃないかと思うと申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
本人もなんでだろ?としか言わないけど、病院行くとかのアクションがないから多分心当たりあるんじゃないかなあ。
なんか言いにくい事か、言いたくないのか。本当に原因不明か。
もし気持ちが違う所にあるなら、言ってくれればいいのになあ…。