はてなキーワード: Metooとは
医師のセクハラ裁判の時どうだったよ。嘘かホントかわからん適当なTwitterやまとめサイトの情報で「こいつは100%黒だ!!」って喚いてたじゃん。無罪になったあとでも「男が守れられるヘルジャップ」とか言ってたでしょ。
草津市議のMeToo事件だとか冤罪ふっかけたことが明らかにされたが、冤罪に加担した加害者共は済ました顔して今日も活動してる。
ネットリンチは恐ろしい。地裁で無罪判決を獲得した医師がいたが、ネットリンチの被害がとてつもなく大きく子供が自殺してしまうことになった。
応援演説時に猪瀬さんの手が私に触っていると話題になっている案件。朝日新聞の記者が取材に来られたので「特に当たっていない」とお応えしました。その後、動画を見た人から肩には当たってるようだと指摘されましたが、まったく気にしてませんでした。
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/twitter.com/ebisawayuki/status/1537667334470770688
・それでも当事者ですらない人間が大騒ぎしてネットリンチを仕掛ける
AED問題を気にする人はこういうことを問題にしてるんだよね。法的責任なんか関係ないんだって無法な連中が現にたくさん居ることがはてブですら容易に証明できる。
AED問題の本質は私的制裁・社会的制裁されない保証が無いよね?って話に尽きるんだが
何故か弁護士先生は訴えられたことがないとか見当違いな話をしてる。
#MeTooは悪く言ってしまえば法的手段や証拠・法的根拠も関係なしに女性の証言だけ100%採用して私的制裁・社会的制裁してしまえる手段だ。
それは法的に処置が取れない程度の性的被害のカウンターに対して絶大な効果があったが、そんな一方的な便利な解決手段が何のデメリットもなく存在する訳がない。
例えば、警察や司法が全く使い物にならないからって暴力で解決する世界になったら滅茶苦茶だ。北斗の拳みたいな世界まっしぐらでしょう。
フェミニストをはじめとしたネット活動家は女性が被害に遭ったという証言だけ100%信用し、相手を一方的に叩いてきた。
それは当然冤罪がかなりの確率で発生しうる手段だ。告発者がウソついてない保証なんてどこにも無いからね。
草津市議のMeToo事件だとか冤罪ふっかけたことが明らかにされたが、冤罪に加担した加害者共は済ました顔して今日も活動してる。
そんな状況でフェミニストらネット活動家が暴れない保証なんてどこにあるだろうか?
そんなのどこにも無いね。煙すら無いところから燃やし尽くしてきた例が沢山ネットに転がっているのだから。
こんだけ話題性が高いAED問題、狂った女性が被害を訴えだした場合、100%ネットニュースになるだろう。
そうなった時にフェミニストが騒がない保証ある?という話が一番のキモなのだが。
性嫌悪としか思えないようなキチガイが暴れまわっても誰も止めない世界で信用するのは不可能な話だ。
ネットリンチは恐ろしい。地裁で無罪判決を獲得した医師がいたが、ネットリンチの被害がとてつもなく大きく子供が自殺してしまうことになった。
ネットリンチで木村花さんが自殺してしまうように影響力がとてつもない事を忘れてしまっているのだろうか?
刑事・民事で有罪無罪の法的決着なんて一切関係ない恐ろしい社会の暴力を恐れているのだ。
それがAED問題では助けないという非情な選択を取るだけで真のゼロリスクになることが分かっている。
間接殺人とかバカなこと言ってるヤメ検まで登場した。狂った理屈だな?
metooとか騒ぐ女にはAEDは使わない!死にかけても見捨てる!!と喚き立てるのは女を脅しつけて困らせたいキモオタ特有の加害精神だなあとはたから見てて思いますわ
安全配慮義務がある人(学校での教師とか)や医療従事者ではない、単なる通りすがりの人間が、緊急時にAED使えるかっていうと、できない人のが多いだろう
119して、対処できる人がいないか大声で呼び掛けるくらいで充分だと思う
しかし、今ネットで「女にはAEDを使わない」なんて声高に叫んでる奴ら
あれ、どこをどう見ても真面目に訴訟リスクを考えてるんじゃなく、女に罰を与えたい!女を危険に晒したい!ってだけじゃん
自分は訴訟リスクが怖いので救急車だけ呼びますってのは問題ないよ
しかしSNSで、「女がmetooとか言うからAEDは使わない!」って喚くのは脅しじゃねーか
献血ボイコットとか言ってたツイフェミと同類だし、献血ボイコットに同意する女よりAEDしない運動に同意する男のがはるかに多いんだよな
AED使えなくてもできることはありますから、人命を人質にする下衆野郎でないのなら、自分のできる範囲のことをしてくださいね
というかAEDって心臓マッサージと交互にやるもんだけど、心臓マッサージってよく胸骨折れるんだよね
胸骨折って訴えられるリスクは男女ともにあるけどそれは考えないのか??
講習受けた時に、緊急避難が適用されるから服脱がしても大丈夫、心マで骨折れても大丈夫って同時に教わると思うんだけど?
まあ女叩きたいだけなんだろうな
「女性はAED使用時の接触・露出について訴えてくるかもしれない」問題。
はっきり言ってこれまでの過激な女性たちの行いと、それが作り上げた規範が浸透した結果でしょ。
もうね、男性の中には染みついてるんよ。「うかつに、知らない女性に近寄るのは危険だ」って規範が。
#metooもそう。いつまでたっても具体的定義の定まらない「セクハラ」概念もそう。
どんどん中身が増えていく「性的被害」だの「女性差別」もそう。
SNSでは女性から暴言を投げつけて、返信帰ってきたら「女性への誹謗中傷、差別」ってことも日常茶飯事。
「ペンス・ルール」「ハラミ会」なんてのもあったけど、このAEDの件もその延長でしかない。
調子に乗りすぎたんですわ。
アンバー・ハードの件も記憶に新しいし、要は信用されてないんですわ。
この現状に対して、「なんで男はAED使わないのだ!」とか「見殺しだ!」とわめいたってしょうがない。
言い換えるなら、良心を向けるべき対象として認知されてないんだから
大体、人に何かをしてもらおうってのに、高圧的に責め立てるなんてどういうつもりなんだ?
え?すべての女性がアンバー・ハードみたいなやつじゃないって?私は何もしてないって?
嘘つけよ。今まで性犯罪者じゃない男性たちにやってきたことを思い出せよ。
女性専用車両を一度たりとも利用したことない者、賛同したことすらない者だけがモノを言い給え。
とはいえ私も鬼じゃない。どうすればいいか、その解決方法を教えよう。
簡単なことだ。頭を下げてお願いするんだよ。
「AEDが絡む救助案件では決して訴えません」と示すんだよ。もっと具体的には、女性の側から「良きサマリア人の法」制定を訴えるんだよ。
デモもやったらいい。「フラワーデモ」なんてのをずっとやったり、「コンビニ本がなくなった記念デモ」なんてのをやろうとしてた行動力があったらできるだろ。
「男性を敵視していない」「男性にも助けてほしい」ということを、行動で示すんだよ。
それができなきゃ、まぁ状況は変わらないね。
anond:20220530192850の続きになります。
(はてな社に問題の記事の削除依頼を申請した結果、2022/05/31削除措置を済ませたとのご連絡をいただきました。対応して下さったはてな社の方々にご迷惑をおかけし、誠に申し訳ありませんでした。)
私が、町山智浩の後輩男性(以下"X氏"と表記します)の元・妻の女性たち及びX氏に精神的苦痛を与えた記事を書いた当時の、動機や心理を思い返すと、自身のハラスメント体験に重ねて情報を捉えていたのが大きな要因だと思います。
ハラスメント被害そのものの苦しみだけではなく、私の身近にいる人間の中には、私の苦しみに対して理解や共感を示してくれない人、被害回復の手助けをしてくれない人が存在し(もちろん、理解や共感や手助けをしてくれた人も存在しましたが)、そのような心無い人たちの存在は、深い無力感や孤立感を私に与えました。
そうした無力感や孤立感に苦悶していた時、私は町山智浩のインタビュー記事の情報に接しました。今となっては、そのインタビュー記事の中で語られたセクシャルハラスメントの被害も現実のものではなかったと判明していますが、その情報を知った当時は本当の話であるものと私は思っていました。私は、その記事の中のセクシャルハラスメント被害者を、私自身に、被害者を助けようともしないで町山智浩の側に付いている(という誤ったイメージを、町山智浩の虚言によって付与された)X氏を、私の助けになってくれなかった人たちに、それぞれ重ねていました。
加害者の町山智浩に苦しめられるだけではなく、家族・伴侶であるX氏すらも加害者の側に立っていて、セクシャルハラスメント被害者である元・妻の方は、孤立無援で苦しんでいる。そのような(今となっては誤りと判明している)イメージが、私を強く捉えて離さなくなり、居ても立っても居られなくなりました。
ハラスメント被害の経験者である自分には、加害者の町山智浩と、町山の味方となって彼女たちを顧みない(と誤認していた)X氏を批判する義務や権利が有るのだ。抗議の声を上げられない彼女たちのためにも、自分だけは代わって抗議の声を上げるべきだ。たとえ他の人たちが彼女たちを顧みなくても、せめて私は彼女たちの何らかの助けにならなくては。そのような思いを私は抱きました。
言論人である町山智浩が、自発的な意志によって、広く販売される雑誌の誌面に掲載されるインタビュー記事として公開した情報なのだから、それをピックアップして公の場で批判することには十分な道理が有ると考えたことも、私の行動に拍車をかけました。
MeToo運動の我が国へ波及する様子も見て、何かが変わるような、私でも変えられるような気もしました。
しかし、私が町山智浩のインタビュー記事をピックアップして情報を伝播したことは、実際にはX氏の元・妻の女性たちを助けるどころか、却って苦しめる結果にしかなりませんでした。
X氏についても、もし私が冷静になれていれば「本当は、町山智浩のインタビューに抗議などをしたいのに、権力勾配の存在やマインドコントロールなど何らかの理由によって、町山に対する抗議の声を上げることが困難な状態に置かれているのかもしれない」という可能性も考慮して、仮に誤認情報に基づいてX氏に対する批判や非難をするにしても、もう少し抑制の効いた、精神的苦痛を与えたり名誉を傷つけずに済むような書き方が出来たのではないかと思います。しかし実際には、既に明らかになったとおり、私はそれが出来ませんでした。
私は、X氏を悪魔化していたのだと思います。悪魔化することで、あのような筆致で記事を書くことも正当な行動なのだと、私は勝手に思いこんでいました。非常に身勝手で独りよがりな正義感であったと思います。
今でも、セクシャルハラスメントやパワーハラスメント、それ以外にも人間としての尊厳を踏みにじるような行為について、それらを他人が行っているのを認知したならば批判するべきであるし、抗議の声を上げてそれらを止めさせるべきであるという考え自体には私も変わり有りません。しかし、たとえそうするべきであったとしても、やはり冷静さを欠いて感情的になったり、節度を失ってはならないのだと、今さら遅きに失することではありますが、改めて痛感しました。
はてな匿名ダイアリーは、かつて「保育園落ちた、日本死ね」と題する記事によって、日本の社会全体に議論の空気と改善の動きを促したことがあることを、私は知っていました。
ハラスメントの苦しみについて理解や共感を得ようとしたり、抗議の声を上げようとすると、個人情報を知られて二次的被害を受ける可能性を考えて、被害者は躊躇するものです(これは、経験者の方々にならば共感してもらえると思います)。しかし、はてな匿名ダイアリーならば、二次的被害の可能性を回避することと、私のような弱い人間でも抗議の声を上げることの両立が可能かもしれないと考えました。
ここ数ヶ月、日本の実写映画業界の周辺では、監督や俳優によるセクハラ・パワハラ・性的暴力が露見して報道されることが増加しました。明らかに道理がないそれらの事案に対してですら、被害者の人たちに対して「自業自得だ」というような心無い声を浴びせる人たちが少なくありません。あるいは「それらの監督や俳優は、才能の持ち主なのだから、少しばかりの過ちを犯しても寛大な処分で済ませよう」と言う人たちもいました。町山智浩のインタビューや問題発言に対しても「町山さんのことだから」と言って、問題視せずに済ませる人たちが少なくありませんでした。
こういった著名人の立場の強さと非・著名人の立場の弱さの差によって、押し潰されているハラスメント等の被害者は少なくありませんし、弱い人間に対する理解や共感を示さない人たちから二次的被害を受けることもあります。それらに負けずに抗議の声を上げることを弱者でも可能にする、はてな匿名ダイアリーのような場は貴重であると私は考えています。
しかし、私のように身勝手で誤った正義感に基づいた独りよがりな断罪の振る舞いは、はてな匿名ダイアリーの価値を損ないかねないものであり、そのような意味でも私は罪深いことをしたと思います。
思いつくままに筆を進めてきたために論理性に欠ける文章となりましたが、X氏の元・妻の女性たちやX氏に対して私がしたことは、何ら正当化できないことだけは言うまでもありません。たとえ、私がハラスメント被害者であったとしてもです。
こうして書き連ねたことも、結局は自己正当化に過ぎないのかもしれません。まだ私は本当の反省ができていないのだと思います。
いったん筆を置きます。