精神疾患を抱えながら、働いていて、そこからのストレスや、親のストレスの捌け口にされてのストレスとかでますます症状が重くなって、幻視やら記憶障害やらで今の工場派遣も辛くなって休職してる。
ただ、甘えと言ってしまえば、甘えだとも思う。ただ、辛い。
ただ、まだマシ。虐待されてない。ブラック企業に巻き込まれてるわけでもない。実家も貧乏でもない(結構ギリギリだけど)。親が死んでもなく。
ただ、これがまだ恵まれているという考えが一般的であるなら、甘えるなと言われてしまえばもう何も言えないのだけど、流行の「世知辛い」。恵まれてるという定義があまりにも悲惨だなって思っちゃう。
私は今精神病だ。
早く治りたい、また前みたいに元気に遊びたい、仕事したい、人から馬鹿にされたくない。
いろいろあって周りの人が今私に甘くしてくれて「焦らなくていいよ。一つずつゆっくり元気になればいいよ。」って言ってくれてる。
そんなに甘やかされてるのに怖くてしょうがない。
周りの人達に置いていかれることが、見放されることが、このまま何もできずに死ぬのかとかいろいろ。
私は今普通の人達よりとんでもなく劣っていて惨めな状態だ。時々それを言ってくる人もいる。そんぐらい明確な事実。
焦れば焦るほど完治から遠のく。でも焦っちゃうよ。自分が嫌で仕方ない。
今は何もできないや。
下手すると老人より体力ないから全く気にしないで堂々と座ってるな
男性の特徴は、政治的に正しくない、現代の社会的生活に相応しくない要素を大いに含むので、男性各位はそれを自覚し、己の心身の挙動に綿密な注意を払って調和と平和を乱さぬよう生きるべし。
みたいなことを、公的にも私的にもそこらじゅうから言われてるような気になる。
ヒトのオスって、そこまで不快で危険で、罪悪感で縛り上げなきゃとても共生したくないタイプの間違った生物なんすかね。
この思考で厄介なのは、ヒトのオスである私にとっても、他のヒトのオスはできる限り近くにいてほしくない不快な生き物だってことだ。
いや、私自身も私の体のゴツゴツした感じ、がさつさ、デカさ、体臭、体毛、声質、闘争性、暴力性、共感性の低さ、性欲、助平心、などが不快でしかたない。
どれも厄介な特徴だし、どれだけ大変でもコントロールすべきかもしれない。
私の頭の中の物知りマンもこう言っている。
「君が男性なのが問題なんじゃないし、男性なことを責めているのでもない。だって、男性でもエレガントで社会性の高い人は沢山いるのだから。
問題は君が社会生活にそぐわないこと。君の社会性が低いこと。性差ではなく個人差として君が駄目なのだ」
でもこれら悪しき特徴の中に、私が男性に生まれたが故にテストステロンだかなんだかの影響を受けて、半ば先天的に強められたものもあったんじゃないですか。
それを個人差だと、個人で責任を負うべき個人的特徴だとするのは、自己責任論みたいなもんじゃないですか。
つーか、男に生まれたせいでも、私が私であるせいでもいいけど、こうなろうとしてこうなったわけじゃないのに、もっとちゃんとしろって言われても不条理を感じる。
ところで、男がやたら恋愛相手をほしがるのは、性欲の強さのせいだけでなく承認を求めてるからだっていう話を見たことがある。
それに対して「承認だったら仕事か友人関係で得ればいいだろ、女に求めるな」みたいな批判が来ていたのも覚えている。
でも私はこう思う。
男が仕事や友人だけではなく恋愛相手からの承認も強く求めるのは、しばしば暴力的で攻撃的で非道徳的で不快で社会生活に相応しくないとされる男の性欲を受け入れてくれる人がいる、むしろ歓迎してくれる人がいるということが、男であることの恐怖と罪悪感に許しを与えてくれるからではないか。
一方、恋愛で得られるのは、己の有害さというコンプレックス部分への許しだ。
私は童貞で職歴もないから、仕事で得られる承認と恋愛で得られる承認が本当に違うかわからないけどねー。
こんばんは。
少し思ったのですがあなたはどうして「全日制高校に行きたい」と思うのでしょうか?そこをよーく考えてみてください。
「昔行きたかったのに行けなかったから」「みんなとワイワイしてみたいから」など何でもいいので取り敢えずあなたが思っている事を書き出してみてください。
そこから「書き出した事に対して何故そう思うのか、何故そうしたいのか」を考えてみると少しは方針が見えてくると思います。
また、厳しい話になりますがあなたのご年齢を考えると全日制高校に入ったからといって10代の子達と仲良くなれるとは限りません。まだ子どもなので差別も激しいでしょう。それでも行きたいというなら止めませんし、やる気があればやり遂げる事もできると思います。頑張って!
法律上では高校卒業している人でも高校に入学は可能だそうです。ただ学校によって違うそうなので受験前にはよーく調べてくださいね。
まずはあなたが本当に望んでいる事を書き出して理解しましょう。
それでは失礼いたします。
というのも、どうもこの世界で生きて行く上で自身と他者の認識の違いから歯車が噛み合わない会話になるからだ。
ここに書く事は自身の思考整理の為であって誰の為にもならないだろう。
この世界で生きて行く上で欠かせない「他者との相互理解」をする基盤が自分にはないと感じている。
それは他者への思いやりや心理的同調ではなく、生まれ育つ上で基礎として積み上げられている部分。価値観。
私が基盤にしているものが他者の基盤とは思っていないのだが、あまりに違うのかよく会話が噛み合わなくなり困る。
この世の金の回り方、その金が元で生きてる現状についての価値観だ。
私自身が考える金銭的価値観とは、物・時間・空間全てに価値がありそれを動かす事で金銭が発生する事。
…まぁ、正直簿記についての知識がある人間には常識だと思うのだが。
例えとしてお店に入るとしよう。
おそらく大抵の人は「商品」と答えるのではないだろうか?
それは間違ってはいない。ただ、それだけでは足りない。
この中には商品の原材料、人件費、機材費、家賃、光熱費、維持費、その他雑費が含まれている。
よく耳にする「値引き」や「サービス」というものは上記の様々な費用の収益を減らすものだ。
店側が不人気や期限が近い等で値引きする分には問題はない。それは店側が収益を減らしてでもコストを回収するための手立てなのだから。
だが、最近は客側から無理な「値引き」や「サービス」の強要が目立つ。
最近目にしたものは3ヶ月前に発売したばかりのゲームの値下げ要望だ。
何を言っているんだ貴様。
ゲームの定価が高いという点だが、これは何と比べて高いのか。
の問題だろう。
その商品は同ハード機のソフト平均定価内の価格だ。これが適正価格なのだ。
更に発売してまだ3ヶ月……まだまだ開発費用・宣伝費用等の回収も終わってない期間だ。
それを値下げする事など出来るわけもない。
私自身は長年オタクをやってきて、先輩オタクから様々な価値観を学んできた。
その教えの中に「気に入った作品は定価で購入する事。出来る限り発売日初週に購入する事」がある。
定価で購入する意味がわからない人も居るだろう……最近はレンタルコミック市場も大きくなり、昨今では中古コミックの売り場面積も狭まってきた事を鑑みても定価購入<中古購入<レンタルコミックになってきているのではないだろうか。きちんと統計を取ったわけでもないので私の想像でしかないが……。
発売日初週に購入する意味は出版社側の今後の方針に関わる…要は作品の今後が左右されるからだ。
最近の若いオタクたちは古いオタクたちからこのような事を学ぶ機会が減ってしまい、ローカルルールやローカルマナーがどんどん失われて無秩序になりつつある。
乱文で申し訳ない。
ところで読んでくれているあなたは自分が何で出来ているか知っているだろうか?
成分の話ではない。この世の回りの話だ。
商品が売れたので売上金を貰った、これで食料が買える。
この流れがあなたを作り上げている。
あなたがそうなのかはわからないが、もしかして働いている際に「お金が貰えるから」「生活の為に仕方ない」と考えているのではないか?
だがシンプル故にみんな忘れている。
と考えると多少は世の中が生きやすくなる。
給料をもらう過程で避けられない他者とのやり取りで嫌な事もあるだろう。
嫌な時は目の前に、電話越しにいる相手を「よく喋る給料」だと思うのだ。給料だと思えば少し寛容になれるのではないだろうか。
ここで一先ず終わろうと思う。
ここまで読んでくれたあなた、ありがとうございます。
よく渋谷に行くんだけどビルのでっかいモニターで恋ダンスの曲とかが流れ出すと踊りだしちゃう女性が結構いる
カップルで歩いてた子が踊りだして飛び跳ねてキャッキャしてる姿とかほんとにかわいい
友達数人と歩いててみんなで恋するフォーチュンクッキーとか踊りだしちゃうのはほんとにかわいい
もしこの投稿を見て少しでもわかる!と思った人はぜひブックマークして欲しい
楽しそうだな!と思ったら友達にもLineやTwitterでシェアして欲しい
そしてこれを見た女性陣は街中で音楽を聴いたら友達を誘って踊りだし欲しい
おれは新潟の出身なんだけと新潟駅前にだってモニターがあって音楽が流れてるから踊ったらかわいい
モニターがない地方でも商店街で流れててる音楽でみんなで踊ったら絶対かわいい
とにかくみんなに踊って欲しい
街中で踊れる音楽が流れたら踊っちゃうムーブメントを流行らせたい
これには企業や広告なんて関わってなくて若者から生まれた新しい文化になったら良いと思う
インド映画なんか踊ってばっかりだしディズニーのパレードだってみんな踊ってる
一理あると思いますよ。
モテるのは、良くも悪くも目立つ人だし、目立つのは、良くも悪くも人の迷惑を考えない人ですから。
私の周りにいたモテ男も、子供の頃いじめっ子だった。初対面から馴れ馴れしくて失礼だった。なんて人が多かったですね。
部活は好きだったかもしれない。だから、負けず嫌いで誇りを持って取り組んでいたんだけど
全然上達しないし続けるのが苦痛で虚しくて嫌でそのことが今大嫌いになっている
マイナースポーツでちゃんと教えてくれる人があまりいないのとか本質的にはそんなに熱中していなかったから取り組み方が甘かったとか原因は色々
今はまっているものはとりあえずやってるだけで楽しい、あとコツもつかみやすい、競技人口多いから勉強しやすい、もうとにかく楽しい!大好き!
どうせなら楽しいことがしたい。あのやらなければならないという使命感でやり続けるのはしんどい。別にそれで食ってくわけじゃないしやりたくないものからは離れたい。だが幹部年目ということもあってなかなか難しい。あああ。かなしいな
進撃の軌跡全公演お疲れさまでした。
きちんと値段相応のパフォーマンスさえしてくれたら買いますよ、こちらは。
ただ客の年齢層やニーズに歩み寄ることなどしないで自分のやりたいことだけをやって、ついていけなくなった人達や新規層を切り捨ててきたのに
だけど、いつも自信を持って「女性です!」といえない。
ずーっとその理由を考えていたのだけど、
身長170cmの25歳。
ちなみに某大学の工学部を卒業してエンジニアとして働いている。
このスペックだけで女性の中でニッチな存在であることは間違いない。
会社には文句言われない程度に女性っぽい服装を着て通勤している、コスプレだと思ってる。
とひとり鼻息荒く意気込んでいた。
作業服を着れるだけで幸せだし、電動ドライバで自分の身長くらいの金属板に
やればやるほどコツを掴んで効率よく仕事できるようになっていった。
あれ、性別変わっとるやん。
もう一度冷静に考えてみた。やっぱりおっちゃんになっている。
あれ、私って性別どっちだったっけ?
結局そのもやもやが消えなくて、
私が女性らしさを押し殺すことになったのは
人に頼らなくても実際なんとかなることが多かったからだと思っている。
それに、群れるのが苦手でひとりでふらふらするのが好きだ。
あと、祖母がおらず、
成人までの生活環境に女性らしい女性がいなかったことも影響していると思う。
でも、これから年を取れば取るほど、
社会的な女性としての役割を求められる機会が増えるのは間違いない。
仕事では社会人として女性らしさを求められる場面も増えてくるだろう。
プライベートでは「結婚まだ?」という親戚プレッシャーも迫ってくるだろう。
そんな私にも、彼氏ができた。
彼氏ができれば自分が女性だと認められるようになるかなあなんて
思ったけど、そういうわけでもなかった。
もちろん、彼氏のことはすごく好きだし一緒にいてすごく心地よい。
だけど、女性として好きでいてくれている人にこんなことは相談できない。
何が足りないのだろうか。
またしばらく考察が続きそうだ。