はてなキーワード: 馴れ合いとは
https://togetter.com/li/1782825
タイトルまま。詳しくはこれをどうぞ。
こんなことがあったのにろくに謝罪も訂正もしないアニメ評論家やその周辺は全員糞。
https://note.com/ryuhga/n/n9454556b9eec
そしてこいつのせいであらぬ疑いをかけられて燃やされた当事者であるライターが反証記事を出してるのに触りもしない。
カルトと喚いて騒いでたクリエイターや物知り顔のオタクどもも無責任すぎないか?
喜んでRTしてキャッキャしてたから触れられないのだろうがごめんなさいしようよ。
結局アニメ評論家どももラーメン評論家界隈となにも変わらないのやな。
この2つをしばらく観察していたら、面白かった。
・基本的に増田の不幸話に対して、同情なんてことはせず死体蹴りを続ける輩が多い。
・ほとんど同調しない、ほぼ反論で増田に噛み付く。同調を嫌うというよりかは馴れ合いを嫌うコミュ障が多い。
・はてブも同様。
・幸福な話をするとケチをつけてくる。ほぼ祝福してくる増田はいない。
・基本的に不幸話は同調する人が多い。ちょっとした不幸話でも同意する人が多くバズる。
・炎上すると手が負えないくらいの痛い人が凸をかましてくる。増田よりも粘着力は強め。
・幸福な話も同調する人が多い。祝福してくる人が多い。コミュ力が強い。
・増田と比べると人間味がある。増田は他人に噛み付くだけの壊れたマシーンのよう。
・性格が悪い人も多いが、こっちは良い話は良いと素直に受け止められる人が多い。
どっちもどっちなんだなと感じた。
音すげぇ!歌うま!絵が綺麗!ストーリーは謎。
個人的には主人公が瓦で自作のラブソングをたどたどしく口ずさむところで何故か共感性羞恥が発動してしまった。
歌ってた中の人を批判するわけじゃないんだけど、実際にUがあったら、あれくらいの歌唱力なら埋もれてしまったんだろうなあと思うと、動画サイトで10回くらいしか再生されてない「高校生が自作ソング歌ってみた」を想起してしまって辛い
全然関係ないけど、どっかの増田が「細田守はホラーやるべき」と言っていたが、案外悪くないかも。サマーウォーズで感じた親戚同士の馴れ合いに対する苛立ち、おおかみこどもの雨と雪で描かれていた貧困生活のままならさ、そして今回の序盤、母親が自分を置いて他人を救助に向かって行くところ(正直映画の中であそこが1番記憶に残った)、とナチュラルにしんどいシーンを入れるのが凄く上手い感じがする。あの可愛い絵柄で、思わず目を背けたくなるような酷くて救いのない物語を描いてくれたらいいのに。まあ需要ないよなあ。
偽りの馴れ合いはツイッタとかインスとかでやるもんだろ
まず、診断内容をそのまま伝えても身内は相変わらず『気のせい』扱いだし、
(かなり重たい部類なんですけどね・・・)
薬は劇的に効果はあったけど副作用がすごいから薬に頼らずヒャッハーをなんとかしないといけないし、
(直後に血圧・心拍数が下がる・ボーとするのはともかく、翌日も血圧・心拍数が下がる+めまい+倦怠感)
精神科は直ぐに受診出来るが生活支援・指導アドバイスや支援は半年待ち以上だし、
Twitterやメンタルヘルス板を見ても自分と同じくらい重たい症状の人見ないし
どう見ても自分よりも症状が軽そうなのに働けないとか言っていて『???』ってなるし、
(普通に平均以上は稼げる)
いや馴れ合いしてるだけやん・・・・でもこの極端な弱さも含めて精神疾患なのか?って思ってたら
ヤバ過ぎる家庭環境 や 1年くらい風呂入れないとかの激重いの見て、そういう重た過ぎる話がキツ過ぎて増田来たこと思い出したり、
とりあえず思っていた以上に何も変わらなかった件
何でこんな日記を書こうとしたのかというと、某匿名掲示板で「コンテンツについて不特定多数の人と楽しみを分かち合うことは普通に価値あることでは?」と言われて
あまりにも気持ちが悪くて吐きそうになったからです。その掲示板の流れの中の文脈で言うと、要するに、「作品を褒め合う馴れ合いのコミュニケーションに価値がある」と言われてたんですね。
もうね、馬鹿かとアホかと、小一時間問い詰めたい。
これに対する反論が「賛辞はいらない、金を落とせ」っていうのは
流石に文意を読めてなさすぎでは…。
感想を言い合う、楽しみを分かち合うって行為が「視聴者にとって」価値があることだよねって話でしょ
元の文が抜粋だから断言はできないけど、製作者に向けた話ではないと思う
釣りだろうけどさ
私はカルチャーが、好きだ。音楽、映画、美術、小説、観劇、等々。
そして、好きなことについて話をしたい気持ちもある。
「◯◯は押さえておかなきゃ」「◯◯知らないなんてモグリ」「映画は劇場でみなきゃ、ちなみに俺は劇場で観たよ」「レコードで聴いていないやつ、本当に音楽好きじゃないよね」「ライブ観てないくせに良さがわかるの?」「原書で読まないなんて、良さがつたわらないよ?」
クソクソクソ!楽しみ方にケチつけるな!
趣味嗜好は一人で細々と楽しむに限る。
です!
私達が欲しいのは「金」と「数字」であって、感想は別に求めてません。
それを理解していない消費者が多すぎるから苦言を呈させていただきたい。
何でこんな日記を書こうとしたのかというと、某匿名掲示板で「コンテンツについて不特定多数の人と楽しみを分かち合うことは普通に価値あることでは?」と言われて
あまりにも気持ちが悪くて吐きそうになったからです。その掲示板の流れの中の文脈で言うと、要するに、「作品を褒め合う馴れ合いのコミュニケーションに価値がある」と言われてたんですね。
もうね、馬鹿かとアホかと、小一時間問い詰めたい。
素人同士が書く作品の感想には、ハッキリ申し上げて「良い感想」も「悪い感想」もありません。
わかりますか?
「消費を促すコミュニケーション」に価値があるのであって、それが「楽しみを分かち合うこと」である必要性は全くないんです。
貴方達が何かを褒めていて、それが消費を促すならそれは価値があることです。
逆に、貴方達が何かを貶めていて、それが消費を促すなら、それも価値あることなんですよ。
文春砲だの何だのと言って他人のゴシップを語って他人を傷つけて、ネガティブなコミュニケーションが生まれようがなんだろうが、文春が売れてるならそれは価値があることなんですよ。
「不特定多数の人と楽しみを分かち合うこと」という馴れ合い自体には何の価値もありません。深く胸に刻んで欲しい。
数字は欲しいですよ。
何万RT、何万いいね、これは消費を促す傾向がありますからね。だからいいねとリツイートは欲しい。統計的に。
そういう意味で、「数字」は欲しい。でもね、感想は要らないです。
ハッキリと申し上げてしまうと、書き殴られた素人の方の感想を作品の軌道修正に使うことはあまりありません。
購入後のアンケートなどの意見は参考にしますが。SNS上のコミュニケーションは無駄なので観測していません。
ここから下は個人的な意見です。商売人としての意見ではありません。
何で今のインターネットって、正しく自分を卑下できない人がこんなに増えちゃったんですか?
みんながゴミだからいいんじゃないですか。世界の石ころが全部ダイヤモンドだったらダイヤモンドに価値なんてなくなっちゃいますよ。
匿名での意見や言葉というものに一切価値はない、という方が気持ちがいいじゃないですか。
『誰でもない何か』という最高の無価値を、何故投げ捨てようとする人が多いのか理解できない。
この世で無法というものは最も価値があるものなのに。素晴らしき自由と無責任を何故自ら捨てようとするのか理解できない。
そもそも、この世界で価値がある文章というものには全て値段がついています。このテキストに価値がないのと同じです。
つまんねーんだよ死ねカス作者どんな教育受けてきたんだ?というテキストと何万文字にも及ぶ誉め言葉は同価値で0円だということです。
本当に価値のある誉め言葉ならnoteでも何でも使って、有料記事にしてみればいいじゃないですか。
価値があるということは責任があるということです。有料のコンテンツにはその分の責任が発生します。
しかし、無料の感想なんてものには何の責任もいらないんですよ。それでいいじゃないですか。だから他人が自分の好きなコンテンツをけなしていても、それを修正しようとか思わなくていいんです。
クリエイターと消費者を繋ぐのは馴れ合いのコミュニケーションなんかじゃない。金です。
だからね、別にいいんですよ。別に作品をけなそうがなんだろうが金を払ってくれるならどうでもいいハズです。
万人に褒められるような作品を作るなんて責任負いたくないんですよね。息苦しくてやってられないですよ。
でもね、支払ってくれた金分はキッチリ楽しませますよ。それ以上の責任は負いたくないということです。動作不良修正以上のアフターサービスはクリエイターの保証外じゃないと嫌なんです。
褒められるために頑張るのではなく、金のために頑張る。これが一番素敵なことです。
90年鬼畜文化批判の流れで現在進行形の淫夢文化や恒心教芸術路線はどうなんだ?さっさと止めさせろって話にもなってるけど
まず恒心教芸術路線は布教よりもこの文化の本質(暇潰しがてら弁護士の嫌がらせをするだけ・ハッキングや匿名通信技術による爆破予告は手段に過ぎない)を理解しない外野が増えることを恐れて
もうMADやMMDからは撤退する空気になりつつある そもそも件の弁護士が復活直後のsyamuのように馴れ合いを求めるだらしない姿を露呈しているのを見て呆れ果ててるのが現状
あと淫夢実況をやってるユーザーの趣味の自分語りを見るに、ケモナーや女装癖、ディルドによるケツイキといった盛ってる部分もあるとはいえ
ほぼゲイ当事者に片足突っ込んでいるのが語録でノンケとコミュニケーションを取る為のツールとしての一面も併せ持ってるから、悪ふざけしつつもその差別性に関しては皆薄々感づいている
淫夢20周年を境にして自主的に店じまいをしていく流れになるんじゃないかなーと希望的観測を持っている まあネット文化の行先は誰にも予想できないから恐ろしいんだけども