はてなキーワード: リア充とは
新海誠の作風が童貞臭いとか、童貞力が持ち味みたいな意見を度々目にしてきたが、
実際に新海監督のプロフィールを見てみると、小学校時代はスピードスケートをやっており、
中学時代はバレーボール部で部長を務め、高校では弓道部に所属していたそうだ。
大学時代に童話サークルに入ったのが謎だが、その後は美人で高学歴な女優と結婚している。
こんなの童貞どころか、むしろリア充そのものの人生を歩んでいるように見えるのだが。
『君の名は』を新海らしくない一般受けの作品だという人がいるが、それはむしろ逆で、
新海監督は『君の名は』で、ようやく自分らしいキャラクターや世界を描くことができたのではないか。
『言の葉の庭』以前は、いかにも村上春樹や岩井俊二の影響を受けている感じの、
恋愛やセックスに普通にありつけるようなリア充が憂鬱ごっこ、孤独ごっこにふける軽薄な作品ばかりだった。
そもそもITエンジニアはいかにサービスでお金稼げるか、サービスを安定運用して継続的に利益を出すかがナンボでIT技術はその手段でしかないだろ
なのに、妙に技術力技術力とおおざっぱでふわふわしたこと言う連中多いよな
AWSでインフラやんのにプログラミング力を一番求めますなんて言ってるのとか多くて顎が外れそうになったんだけど
というかもう、チーズ牛丼顔の陰キャとか発達障害のアスペにとってのカルト宗教なんだろうな、プログラミングさえできれば人生一発逆転で金も女も権力も思いのままだぜヒャッハー!みたいな感じで
「拳銃さえ持てば生意気なリア充や憎いエリートや半グレや警察官どもをやっつけて、金と女と権力を奪い、JKやロリから美女まで口説きまくって外車ぶっ飛ばして毎日酒池肉林の宴ができるぜビッグになりてぇ」とかいってる神奈川県の貧困地帯のDQNといってることかわんねーよな、精神性の卑しさ的に
ネットでそういう主張する大多数の奴らって
まるでエリートでイケメン(美少女)なリア充は、それにさえなれば、この世の快楽と名声のすべてを享受できてるに違いないみたいな病的な偏見まであるけどさ
意識高い系が夢見るフリーランスで年収1000万とかGAFAとかからオファー来るレベルのエンジニアだって、それこそワンミスでクビで次の日無職みたいなものすごいプレッシャーや苦労や努力をして、すごいしんどい思いしてるわけだろうし
アホ女が夢見る芸能人やモデル級の容姿と家柄だけで飯食えて専業主婦でセレブ生活できる美女だって、その美女なりにすごいプレッシャーや美貌維持のための相当な努力や苦労をしてるわけだろうし
凡人平凡な今の俺でさえ、日々の生活にひーこらいって苦労してるのに、雲の上のレベルのエリートたちがする辛苦に果たして耐えられるんだろうかね?
エリートにさえなればアゴで人こき使って自分は楽できるはずだっていう、カルトレベルの妄執持ってる奴らも多いけどさ
そういうこと、考えたことないんだろうか、そういう人たちって、なんで考えられないんだろうか
ウェイ系オタクの彼女は、小説書きだがTwitterでは専ら絵師へのリプに徹している。好きな絵師がいたらすぐに感想を送ってふぁぼりつする良質な腐女子である。絵師のはしくれでもある私もその対象となったらしい。1年ほど前から、彼女にたくさんリプを頂いた。本も買ってもらった。
そんな素敵な彼女と私がなぜ距離を置いたのか。一番の原因は彼女が愛されすぎているからだろう。そう、単なる嫉妬だ。
美人で明るい彼女。オフ会などで何度か会ったことがあるが、私が青春時代に敬遠していたタイプの女性なのだ。チア部やテニス部に所属してそうな感じの、スクールカースト上位のウェイ系だった。片や私は陰気なデブス。かれこれそういう人種とは極力関わらないよう努めてきた人間なのだ。恋愛経験豊富な彼女と喪女の私。社会人でお金持ちな彼女と貧乏学生な私。推しカプのこと以外は全く話が合わない。彼女がときどき口にする「大学時代に飲みサーで〜」とか、「推しに〇〇万課金したwww」とか、そういうステータスを持たざる者には逐一グサグサと突き刺さった。何度も言うが、彼女は全く悪くない。私と180度違う人生を送ってきたリア充なだけなのだ。私の醜い嫉妬も甚だしい。
極めつけは、このコロナのご時世。周知の事実だが大学生はほぼ全面的に登校を禁止させられている。様々なイベントに行かなくなったし、家に引きこもる時間が大幅に増えた。しかし彼女は違った。在宅勤務をフル活用し、ここぞとばかりに様々なフォロワーさんと会って食事やカラオケやオフ会をしているのだ。感染症対策は怠っていないというのでそれを咎める気はないのだが、もともと人脈が狭い私は、彼女がTLにアップする飯テロ写真を見る度に複雑な気持ちになった。
そして先月。比較的近場に住んでいるため、私にも彼女から遊びの誘いが来た。久しく誰かと会って話せる機会。私は二つ返事でOKした。
けれど、彼女を見る度に自分の情けなさを痛感し辛くなる。私も彼女のように美人だったらな。彼女のように神絵師ともたくさん話せたらな。それが積もり積もって、気づけば私は彼女の事ばかり考えていたのだ。恋ではないほうの別ベクトルで。
先週が丁度約束の日だったのだが、その前の日にも彼女はフォロワーさんとカラオケで推しの映画鑑賞をしてワインを飲んでいた。私が遊びの時間帯や内容やらを聞いても未読無視(結局、遊ぶ当日の10時頃にようやく既読したのだが…)。そりゃそうだ。彼女はフォロワーさんと遊ぶのに忙しい。1ヶ月間会うのをソワソワ待っていた暇人とは違うのだ。
そう思ったところで、私の中で何かが吹っ切れた。彼女に嫌われると他のフォロワーさんとのオフ会でも気まずくなるのは目に見えている(彼女は色んなオフ会に必ずと言っていいほど参加している)。それは分かっていたが、もう彼女を見てますます自分が嫌いになるのが怖かったのだ。適当な理由をつけて、その日にドタキャンした(最低)。
彼女もそれを暗黙の了解として受け取ったらしい。その日の晩に「嫌われているのかと薄々感じていたが、案の定そうだったと今日分かった。今夜は呑む」とツイートしていた。そのコメントには、多くの絵師からの慰めリプライ。そう、それでいい。もう彼女はたくさんの人に好かれているんだ。こんな嫉妬心の醜いやつとは関わらないでくれ。
支部における彼女の作品を非表示にし、Twitterではこっそりミュートをかけた。堂々とブロ解しないところにも、私の惨めさが滲み出ている。
ご両親は子供の頃に離婚していて、お母様は連絡も途絶え30年、お父様は数年前に亡くなったそう
長く厳しい婚活戦線で相手の経歴なんかもはや読まなくなっていた
月末のチケット期限に半ば諦め半分年齢条件のない相手を片っ端から申し込んで、それでもチケットは余り
そんな中、つながったうちの1人
勤務時間がかなり異なるので、予定を合わせるのにかなり時間がかかった記憶
会った第一印象は、同い年なのにけっこう老けてるなあ、だった
でも向こうにしてみたら私もそう見えるんだろう、お互い様だと思った
お見合いで断られるのにも慣れきって、きれいな場所で異業種交流の世間話をする会、くらいになっていた
どうせダメだろうと思ったらつながって、ごはんを食べに行く約束をした
そのうちダメになるだろう、と思いながらごはんを食べたり出かけたりしていた
私のことを何か良く誤解しているんだろう、と思っていた
やっぱり何か違うのでごめんなさい、と言われるまでだと思いながら会ってた
会うのは楽だった、とにかく楽だった
人当たりがよくて話してて楽で
予定もあれこれ決めてくれて
遠出をするのも家まで迎えに来て送ってくれる
向こうの段取りに乗っかってるだけでとても楽だった
交際継続の確認をされたあたりから、さすがに誤解させとくわけにはいかない、といろいろ出すようにはしていった
が、受け入れられたというより聞き流された感じ
この手の「非モテ男は並以上の女しか見てない、非モテ女は大抵不細工」って本当なのかね?
俺の知る限り、非モテ男も非モテ女も自分で思ってるほど不細工じゃないぞ。
俺自身、若い頃はリア充女からウザいキモいと散々な扱いを受け、30過ぎまで余裕で童貞だった人間だが、なんかの偶然で同様の非モテ女と付き合って結婚することになって現在に至っている。
だが、妻が年齢=彼氏いない歴の処女(当時)だと知ったのは付き合ってだいぶ経ってからだぜ?俺は妻は顔立ちも悪くないしてっきりリア充側の人間だと思っていて、自分が童貞だとバレると失望されるかと思い、付き合う前は必死でリア充を装ってたもんだ。だが現実は以上のごとしだ。そしてその事情は妻の側も似通っていたようで、そのコンプレックスゆえに俺の視線にはなかなか気づかなかったらしい。そして、よく聞くと過去には、客観的に見てモテていた状況も複数あったようだ。だが、自分の容姿への自信のなさと、相手への興味のなさが相まって、自分がモテていた自覚がなかったように見える。
で、妻の友人も類は友を呼ぶで非モテも多いようだ。だが、俺にはどう見てもその非モテ女子とやらが全員並以上の容姿、いや、けっこうな美人にしか見えない。むしろ学校出てすぐ結婚したとか昔から彼氏が切れないとかいう人たちよりも余程外見上の男受けは良さそうに見える。性格も知的で愛想がよく、職業上のキャリアも申し分ない常識人にしか見えない。でも妻曰くそのうちの少なからずは処女かそれに近いらしい。
これは男の側も同様。俺の知人友人でどうしても恋愛できなくて相談所で相手を見つけたような人たちも、夫婦揃って整った顔立ちということの方が余程多い。むしろ、アトピーとか肥満とかそういうわかりやすい弱点を抱えた人たち(男女を問わず)の方が余程早く自力で恋愛結婚しているようにすら感じる。そして若い頃から自他共に認める美形でモテていた男女が意外と婚期を逃しつつあったりする。
人の外見をどうこう言えば言うほど品のなさが嫌になってきたのでこのくらいにしておくが、要は非モテ男は分不相応に面食いだというストーリーはもっともらしい反面、現実に即しちゃいないんでないのってのが実感(←これが言いたかったこと)。
非モテってのは単なる巡り合わせとか運とか内向的な性格とか、そちらの要素の方が大きいんでないの?(努力不足とは思わないし、言わないよ)
救いようのないほど容姿に恵まれない人というのもそりゃ勿論いるだろうし、それ故に結婚できない人には同情する。
が、むしろ、自分からみて並以上の容姿の人間は非モテでないと勝手に思い込んでない?
あるいは、過去に心ない人に不細工扱いされたことが原因で(まあ若い時代は誰しも多かれ少なかれ無神経で見る目もないからそういうことも多いだろう)、それを引きずって、いつまでも自分が救いようもない不細工だと自分だけで思ったりしてない?
繰り返すが、全ての非モテがそうだとは思わない。本当に容姿に恵まれない人もいるだろう。が、そもそも世の中の人の、異性の容姿に対する許容範囲ってそんなに狭くないぜ?少なくとも三十路が見えたら異性に求めるもののうち顔の比重ってかなり下がってると思うよ?