んでどーやって生きるよ?
俺があなただったらもうちょい勤務時間を減らして収入を下げるけど
そういうわけには行かないのか、収入を下げたくないのか、どっちなんだい?
アメリカのティーンズ向けの小説(日本で言うラノベとかコバルトみたいなの)読んでたら
「母親の女の部分が見えた」
っと感じていた事を話していた。
30後半で1人暮らし未経験の男子は婚活女子からすれば気持ち悪いものなのかね。
1人暮らしできるタイミングで、散散出て行かれると困るって言われて(家庭内トラブルの為)
そんなに酷い環境で生まれ育ったわけではない。まあ何とか中間層としてのそれなりの生活はしていたのだと思う。
自分の人生が上手く回らないから家族や親戚との間の関係性に原因を求めてしまっているのかもしれないが、
嫌な思い出しか思い出すことができない。よく考えて思い出せばいい思い出の1つや2つあるのかもしれないが、極力主観を排して考えてみても…思い出すことができない。
普通はどうなんだろうか。いいことも、わるいことも思い出すものなんだろうか。
でも、僕はいい思い出を頭に浮かべる事ができない。
私が傍にいるにも関わらず他の家族や親戚だけで楽しく会話。私がその場からいなくなると話し出したり、私だけ家族や親戚同士の集まりに呼ばれなかったり、家族は私に伝えたつもりでいるのかもしれないが「親戚関係における出来事」をさも私も知っているかのように話し出したり、伝えてもくれないのに「何でお前は知らないんだ」と逆切れをされたり…と実際にこうしたことがあって…「疎外感」だけではなく「嫌な気持ち」を持ち続けていました。自分勝手な妄想かもしれませんし、単純に行き違い・食い違いなだけかもしれませんが。
はぶられているような状況だけれども、私が自ら行動を起こしたり行動を起こした結果を出すと…結果に対する全否定や人格否定までされ続けてきました。私が、意思を示す事を否定され続け…と私自身はそのように感じ続けてきました。
自分以外の家族や親戚は、自らの意思を示す事は許される。私は、それは許されない。兎に角、目立った事はしてくれるなと。
自分には何が原因なのかはわかりません。推測するに…唯一、帝王切開で生まれたことが原因なんだと思います。頭蓋骨が人よりも大きかったために。あくまで推測に過ぎません。事実かどうかはわかりません。でも、こんな事くらいしか考えられないんです。こうした扱いを受けてきた事の原因は。
余計な事をするな、目立つな…と経験を積む事をあまりよしとしないにも関わらず、他人様と同じでいろ他人様と同じでいないのはおかしい…と。
大学までいかせてもらったわけだからそれ「だけ」は感謝しなければいけませんが、それ以外の部分に関してはこうした環境で育ってきたので…これってある意味では精神的な虐待だったように思えてなりません。もちろん、虐待を行った側の人間は無意識にこうした言動や行動を私に対して取ってきていたので…覚えちゃいません。
悔しいよね、こんな人達に振り回され続けてきて。
それでもなんとか人並みになれてきたのかなと思ったら(このことももちろん自分1人だけの力ではないことは認識しています)家庭内のいざこざで全部ぱー。これまでのつけをようやく払うことができると思ったのに、このいざこざが足かせになって…家庭内のいざこざは時間が解決して問題を起こした連中は好き勝手に言いたい放題やりたい放題。その時の自分はもう放心状態。振り回されるだけ振り回されて。挙句の果てには、私が人間以下の扱いを受けるような状況。
自分の人生を振り返ってみればずっと人間以下の扱いを受けていたのかもしれないが、私が何をしたって言うんだ。ずっと、「疎外感」を味あわせられ続けてきてそんな状況でも何とか自分を変えたくて努力し続けてきて、何とか人並みになれてきたなと思ったら家庭内のいざこざに巻き込まれて、一応私も家族の一員なんでしょうからそんな状況も受け入れて我慢して…きたと思ったら、1番駄目な人間扱いですか。人間以下の扱いですか。
生まれてこなきゃよかったのかな。生きている価値がないと思うんだ。どうしても「なんで自分ばかりが…」とそんなことばかり考えてしまう。
ほんと消えてなくなりたい…
*頭の中に浮かんだ事をそのまま書き出してみました。悪文悪筆で申し訳ないです。
http://anond.hatelabo.jp/20130217115253
他人事だと、
「失敗しながら学んでくしか無いよね」って言ってられるけど、
身内についてはそうも言ってられない。
「二次元くだらない…」ではなくて、「クソゲーに出会った」とか「ソシャゲってクソだね」(これも誤解招きそうだけど)とか「大人でもハマれる乙女ゲ教えて」とかの方がふさわしいのではないでしょうか。
原発事故によって製品の出荷ができなくなり、収入が途絶えて借金がかさみ、
自分の所有する酪農場の堆肥小屋の壁に遺書を残して首吊り自殺をした、福島県相馬市の酪農家。
「原発事故は起きたけど、その影響で死んだ人はまだいない」という言葉をよく聞く。
※この話は実話を元にしていますが、あくまでフィクションです。
当時は、勉強しながらよくラジオを聞いていた。友人たちがよく聴いていたのはAM放送のほうだったのだが、音質も悪くて、トーク主体の番組が多い気がしてどうも性に合わず、俺はもっぱらFM放送を聴いていた。
あの頃の大阪のFM放送といえば、5年前に開局した80.2MHzのFM802が斬新な放送スタイルで一大ムーブメントを形成しており、FMが流れている店は大体FM802にチューニングされているといった風潮だったが、洋楽主体とはいえ、基本的にチャートインするようなメジャーな楽曲ばかりを流す802は俺には物足りなかった。
なにしろその頃の俺はYMOを経て電気グルーヴを聴き始めた頃で「テクノ」と名のつく音楽に飢えていたからだ。
ネットもない時代。サブカルに半分足を突っ込んだ引っ込み思案の中学生には情報もないし、それを補う行動力もない。しょうがないのでCDレンタルで、とにかくそれっぽい音楽を、BUCK-TICKやカシオペアや姫神、ようするにシンセが使われている音楽ならなんでもいい、といったところまでストライクゾーンを広げて、片っ端から聴いて、なんか違うよなあ、と思いつつ、飢えをしのいでいた。
そんな時、周波数75MHz付近にラジオ放送欄に存在しない局が存在することに俺は気づいた。
音質はかなり悪く、兄から受け継いだ馬鹿でかいラジカセのアンテナを限界まで伸ばしてようやく視聴可能というその謎のラジオ局は、だいたい19時頃から受信可能になり、深夜3時頃にぶっつりと止まる、明らかに海賊ラジオ局なのだが、俺はすぐさまその局に夢中になった。
なにしろ、その局は、俺が全く聞いたことも無いようなレイブ系テクノばかりをCMもトークも無しにノンストップで延々と再生しつづけるという、まさに狂気のラジオだったからだ。
それからというもの、家に帰って飯を食うと、勉強と称してそのラジオを聞くのが日課になった。
そのうち、音楽の合間に海賊ラジオの主とおもわれる若い男のコメントが一瞬はさまれる事に気づいた。
彼は「○○MHz、バンブーラジオ」とだけボソリとつぶやくとすぐに次の曲をかけた。
バンブーラジオのレイブ系テクノの垂れ流し(いわゆる今は中古CD屋で100円以下で叩き売られているジュリアナ系コンピのようなノリと思ってもらえば良い)は、それほど当時の俺の嗜好に合っていたわけではなかったが、TUTAYAで借りたチックコリアよりはよっぽどテクノっぽかったし、中には心の琴線に触れるような名曲もあったのだ。
その度に俺は、この曲は何という曲なのか、どこに行けばこの曲が入ったCDを買えるのか、切実に知りたかったが、なにしろ曲名を読み上げもしないバンブーラジオなのだ。それを知ることはできなかった。
そんなある日、いつものようにバンブーラジオをかけると、珍しく人の声がした。おそらく生放送で、バンブーラジオ局の主とその友人とおもわれる若い男が二人で楽しそうに会話している。
「FM放送なんて簡単だって、日本橋でパーツ買ってきて、ちょっと改造したらええだけやん。3万もあればできるで」
みたいなことを言っていた。俺は、個人でFMラジオを開局するという、そのとんでもない発想に興奮し、乗り気でない友人に替わって、自分にその方法を教えてもらえないものか、とすら思った。
「そうだ、リクエスト受け付けてみるか」
と言い、おそらく主の自宅の電話であろう、電話番号を読み上げた。
俺の胸は高なった。「同じテクノの好きな人間と話すチャンスかもしれない!」
電話番号をメモしたものの、しかし、実際に電話をかけるとなると、躊躇した。俺は無知なただの中学生で、しかも主のかける曲名、ましてやそのジャンルが何というのかすらまったくわからなかったからだ。(当時はディスコでかかるような曲、という程度の認識だった)
リクエストしようもないし、そもそも俺が知りたいのは、いつもかかる曲の曲名のほうなのだ。
そんな質問をするために自分が電話していいものか…さらに言うと、携帯もない時代に、固定電話のある真っ暗な居間に降りていって、見知らぬ、それも違法めいた事をしている男に電話をかけるというのも、何かすごく悪いことをするような感覚があった。もし電話しているところを厳しい母親に見つかったら、と想像すると、俺の興奮は急速に冷めていった。
正確には一回だけ鳴ったが無言電話だった。もちろん犯人は俺ではない。
そのうち、主とその友人も飽きてしまって、元のノンストップ放送に切り替えた。
残念な気もするが、まあ、また機会もあるだろう、俺はそう思って納得することにした
バンブーラジオはその後も放送を続けていたが、やがて、いつもの時間でも休止していることが多くなり、放送があっても、まったく関係ない、違う個人運営のラジオ放送(素人くさい女DJがJ-POPをトークの合間にかけるといったもの)を中継していることが多くなった。
季節は冬になろうとしていて、受験本番の日が近づきつつあった。
ある時、習慣でバンブーラジオにラジオを合わせると、聞き慣れたレイブテクノが聞こえた。
ああ復活したんだな、良かった。
と俺は思い、そのまま聴き続けたが、合間にいつも主がはさむ「○○MHz、バンブーラジオ」の名乗りに変化があった。
俺は驚愕して、眠い目をこすりながら放送を聴き続けた。深夜2:00頃だろうか、音楽がふいにフェードアウトし、主のボソボソ声に切り替わった
「最近忙しくて、ちゃんと放送ができなくて申し訳ない。この放送は、○○(大阪の地名)から放送してるんですが、なんかどうも電波が岸和田あたりまで届いてたらしいですね。どれぐらいの人が聴いてくれていたかは知りませんが、今までありがとうございました。」
「放送を辞めるのは、神戸に引っ越すからで、そこでも放送を続けるかは正直わかりません。やりたいとは思ってますけど、設備の問題もあるので。」
「ではそろそろお別れです。スイッチを切ったら、屋根のアンテナ外して、これでバンブーラジオは本当に終わりです。」
そして、数秒のブザーの後、放送は止まった。ヘッドフォンからはホワイトノイズが流れていた。
あの時、電話しとけば良かったなあと俺は少しさびしくなったが、実は、その時にはそれほど感慨はなかった。
なぜなら、俺は既に電気グルーヴのテクノ専門学校シリーズを手に入れて、自分の好きな音楽がクラブ系テクノミュージックというものであることを知ることができており、またテクノ専門学校のセールスがそれなりに良かったのか、ソニーミュージックの海外インディーズレーベルを中心としたリリースラッシュ(AphexTwinやBlack Dog、デトロイトテクノ系アーティストなど)もあって、大きなCDショップに行けば、簡単に好きなテクノミュージックが手に入るようになりつつあった。
なので、好みの合わないレイブ系のラジオが終わっても、わりとどうでも良かったのだ。
それから1ヶ月もしないうちに、1.17 阪神・淡路大震災が起こった。
俺の家の被害はガスが止まったぐらいで大したことはなかったが、尼崎に住んでいた叔父一家が被災するなどして、大混乱だった。親戚全員の無事が確認された後、俺が真っ先に思い出したのは神戸に引っ越したバンブーラジオのことだ。
ラジオで読み上げられる無数の被災者の名前を聞きながら、俺はバンブーラジオの主の無事を祈ったが、もちろんそれを確かめる方法はなかった。
その後、志望校に合格し、春から始まる高校生活を前に、期待と不安で宙ぶらりんになっていた俺は夢を見た。
大阪の電気の街、日本橋に入学祝いのお金を握りしめて、FM放送のための機材を買いにいく夢だった。
何故か、ピエール瀧とバンブーラジオの主が同行してくれて、俺に色々とアドバイスをくれる。
棚に並べられた、無線機の列を眺めながら、俺はこれから始めるFM放送の構想にワクワクしている。
目が覚めた。そして、朝日の中、それが夢だとわかった時、本当の寂しさが襲ってきた。
俺の好きな音楽を一緒に楽しめる友人は、本当は一人もいないのだ。
中学の友達にAphexTwinのAmbient Worksを聞かせても曖昧な笑みを浮かべるだけなのだ。そんなわけのわからん音楽よりこれ聴けよ、と渡されたカセットテープにはボンジョビとミスターBIGが90分詰まっている。trfじゃないだけマシだけど、俺にはこの良さがさっぱりわからないのだ。
同じように、誰も、誰一人、AphexTwinの初期アンビエントの空気感や、カールクレイグの無機質なマシンドラムの良さなどわからない。
俺はどうしようもなく一人だった。そしてそれは、春から始まる進学校での高校生活でも同じだろう。いやもっとひどいかもしれない。
夢で訪れた日本橋の無線ショップに、俺は1週間前に実際に行っていた。自分もFM放送を始めればあるいは、と思ったのだ。
膨大な機材に圧倒され、マヌケにも「FM放送をしたい」と馬鹿正直に店員に告げた俺は、表情を一変させた店員に「それは犯罪だからね。帰ってくれる?」と追い出されたのだった。
幸いクラブ系ミュージックはその後、ファッションの文脈を得て一大ムーブメントを巻き起こした。送信機の代わりにシンセを買って宅録するようになっていた俺にもその手の友人が何人もできて、俺は一人ではなくなった。
ブームが終わって、俺が挫折して、シンセを全部売り払った今でも、彼らとの親交は続いている。
彼らとたまに昔話をする度に、俺はバンブーラジオを思い出す。向こうは俺のことなんて知らないだろうけど、今でも俺にとってバンブーラジオの主は、音楽を好きになって最初に出来た頼もしい先輩で、そして大切な友人だからだ。
皆がオフラインになった冬の夜、決してチューニングできないどこかの周波数で、あのアッパーでどうしようもなく頭の悪いレイブテクノが、あの時のままノンストップで流れ続けている。
俺は、まだそういう夢を見ている。
追記:海賊放送と書きましたが、バンブーラジオが本当に違法だったのか、実は知りません。でも電波が飛んでる範囲からして、当時のコミュニティFMに許された範囲は超えていたように思う。あと、念の為書いておきますが、この文章に違法行為を助長する意図はありません。不正電波ダメ・ゼッタイ。いい子は各種法律守ってネットでやりましょう。
http://www.nytimes.com/2013/02/17/opinion/sunday/why-gender-equality-stalled.html?hp&_r=0
NY TIMES
OPINION
これ読むと、アメリカでフェミ本が出た当時は女性もフルタイムで外で仕事するのが理想だみたいな
意見が多かったそうだけど、2000以降は専業主婦がイイ!って意見がアメリカ女性の中で増えてるんだって。
つうことは、同様の流れを汲んでいる(ような気がする)日本ももう少したったら、
「バリキャリママカッコイイ!」っていうメディアイメージから、
ってシフトしていくのかな。
頭いい人教えてください。
http://www.asahi.com/politics/update/0217/TKY201302170189.html
「すぐにやめる」は13%、「2030年より前にやめる」は24%、「2030年代にやめる」は22%、「2030年代より後にやめる」は12%で、「やめる」は計71%。「やめない」は18%にとどまった。
そりゃあ、確かに最終的にやめるというのも含めて「やめる」なら7割超すけどさあ。
裏を返せば、「当面は原発が必要」っていう意見も24+22+12+18で76%ととなるから、
って見出しにもできるわけで。
http://anond.hatelabo.jp/20120127061544
すべてをトータルで把握できる人間が必要みたいに書いてあるけど、
さらに業務用ネットワークシステムの開発と運用をソフトからハードまで
理解しているスーパーマンは、いないと思った方が良いです。
そして書店に並び販売されるといったところを、
マンガ制作は、一つの発明を弁理士事務所が特許申請書として文章化したぐらいの話。
スタートラインにもたってない。
上流の話しかでてこないって、そりゃ、コンテンツじゃなく事業だからですよ。
世間体を気にしないやつか、単純に結婚できなかったやつか知らないけど
今の50代でさえこれだ。
いまだに未婚ながら結婚にこだわってる奴は、すでに世間体を気にしすぎて不幸になってる。
現実を見ろよ。返って気が楽になるんじゃね?
そりゃそうだろうな
Web上の全ページのインデックスなんてGoogleじゃないんだから作れるわけないし
表示するページの候補を持ってこないとイカンわけで
じゃあどうするかっていったら、ソージャルブックマークであがってきたページ使うのが楽だわな
はてブを手動でフィルタするのが面倒くさい人が使うサービスなのでは?
俺は使ってないけど、2chまとめが消えるなら使うかも
恋人と別れて5年経った。
別れた当初は我儘だしすぐ結婚したがるし金銭感覚おかしいし軽くDVの気があったしで、
4年付き合ってよくよく考えた結果わかれてよかったと思ってた。
以後恋人が出来ない。というか作ろうって思わない。
だけれど。
ちょっと下の方に書いてた人じゃないけど、SNSでその昔恋人が出来ないと騒いでた筈の友人たちが
その人たちは別に見せびらかそうとかそんな意図じゃないのもはっきりわかっていて
実は自分にものすごい問題があって、あの時別れない方が良かったんじゃないかって思ってる。
恋人とかセックスしたいとかそういうのは、実の所もう本当にどうだってよくって、
やりたかったらやってくれればいいし、ご飯が食べたいならつくるしさがすし、もう本当にその辺りどうでもよくて
たとえば家で今の時間に明日仕事面倒だね、と言ってほうじ茶飲みながらちょっとテレビを見たりとか
その時使うテーブルは一緒にIKEAやfranfranに出てきて二人で話し合って決めたとか、
家にあるものの一つ一つに適当だけどなおざりには出来ない程度の思い出があって、
そういうものがあることによって、不安定だけど軸が動かない小さな安心感が欲しい。
これから死ぬまで積み重ねていく時間の中で出てきた記憶を分けあう相手が欲しい。結婚とか本当どうだっていい。
残念なことなのか幸福なことなのかわかんないけど、ある程度真向に立ちながら時間を積み重ねて分けている人たちが今の所職場にしかいない。
友人はきっと普通の人並みにいるし、人から見たらある意味リア充のくくりに入るのかもしれないけど
心のどこかではもうつかず離れずの距離まで離れてる気がする。
なんかもう、それはそれでいい気もしている。
もしこの空虚が、これだけの時間も経ったことだし、もう破られる事がないんだったら
どうやったらそれを知ることが出来るんだろう。