はてなキーワード: 揉め事とは
社会に出た23歳の時と比較して変わった点を簡単に振り返ろうと思う
・妻子持ちになった。
社内カースト最下層の自分でも結婚離婚再婚子作りはすんなりできたし、社内カースト上位の先輩や同期でも未婚はいる。
・出身サークルからは除名されているし、就職課主催の就活シンポジウムには企業として呼ばれればそこまで人気知名度のある企業ではない。
一回り年の離れた後輩たちと絡みたい欲求が爆発した。
地方にいるのと、結婚式を前日インフルでブッチしたのが響いてる。
・Twitterはソシャゲの「RTしたら100名に10万GB!」キャンペーンと
・Twitterで女友達にいいね!付けるようになった。今日もブロックされていないと安心感に包まれる。
無能ほど新人に世話を焼き、社内での立場が低いとバレるや離れられる。
とにかく自分の評判や能力を知ってる社員と絡むのが辛くて、すぐ距離置かれるの分かってても新人に絡みたくなる。
わかりみ。
自分へのヘイトは軽くならない、一番にクビになるのは自分なので。
・かなり優秀な2年目社員くらいには会社や業務に関する知識が追い越されてついて行けない(部署移動先がない。引き取ってくれる上司がいない)。
それこそ新人向けマニュアル読みたい。新入社員研修受けたいくらい。
・ネトウヨのまま。
2002日韓ワールドカップの頃からの2ちゃんねらー世代。自分が弱者になったので嫌でも人の痛みがわかるようになった。
この年齢だとマネージャー死か募集してない。
少女のヌード写真に関わるドジソンの揉め事についての唯一の記録は、ドジソンとメイヒュー一家についてのものである。1879年にドジソンはオックスフォードの学僚であるアンドリュー・メイヒューに対して、コーエンが言うところの「いくつかの興味をそそられる手紙」を書き送っている。コーエンの記述によれば、ドジソンは他の大人の立会いなしで、メイヒュー家の6歳と11歳と13歳の三人の娘たちのヌード写真を撮影する許可を求めようとした。メイヒューの両親はそれ以前はドジソンによる娘らの撮影を認めていたにもかかわらず、この申し出を拒絶した。更にコーエンはこれと同時期に、ドジソンとメイヒュー一家が「突然の絶縁状態」に陥ったことを注記している。
スゲーな…
社会に出た23歳の時と比較して変わった点を簡単に振り返ろうと思う
・妻子持ちになった。
社内カースト最下層の自分でも結婚はすんなりできたし、社内カースト上位の先輩や同期でも未婚はいる。
・出身サークルにOBとして顔出したり、就職課主催の就活シンポジウムに積極的に参加したりするようになった。
家族以外から大事にされなさすぎて、一回り年の離れた後輩たちと絡みたい欲求が爆発した。
会社で立場なくなるに連れてメンタルが不安定になり旧知の人間に対して嫌われる言動行動を取ってたと思う。
社名晒すだけで勝手にフォロワー増える人が羨ましい(外資コンサルとか)。
・Twitterで有名人にリプ飛ばすようになった。たまに本人から反応もらえると多幸感に包まれる。
無能ほど新人に世話を焼き、社内での立場が低いとバレるや離れられる。
自分が新人の頃はそういう先輩を見て「こういう大人にだけはなりたくねえな」と哀れんでいたが、今じゃ同じことしてるしやめられない。
とにかく自分の評判や能力を知ってる社員と絡むのが辛くて、すぐ距離置かれるの分かってても新人に絡みたくなる。
周りの関心が揉め事に向いてるあいだは自分へのヘイトが軽くなるかもという期待で。
・かなり優秀な5年目社員くらいには会社や業務に関する知識がついた(部署たらい回しも功を奏し)。
それこそ新人向けマニュアルを新書1冊分書けそうなくらいには。
・リベラルになる。
「弱者は死ねば?貧困は自己責任。俺が金持ちの家に生まれたのは俺の手柄だ」くらいに本気で思ってたけど、自分が弱者になったので嫌でも人の痛みがわかるようになった。
スケジュール調整が難しいとか、内定先の待遇があまりよくないとかそういう理由でなく、書類で全て落ちる。
社内での評価が裏で転職エージェントや応募先に伝わってるんじゃないかと被害妄想爆発するくらいとにかく書類の段階で落ちる。
・絵本作家になりたくなる。
だいぶ混乱してきた…
先日、フェミニストが特定個人の夫婦のあり方を批判して、炎上していた。
それへのブコメに、夫婦間で合意があるのだから他人が批判してはいけない、のような意見があった。
どんなときに批判してよくて、どんなときに批判してはいけないのか?
はてなブックマークを見ていると、明らかな部外者が批判しているときがあれば、not for me で素直に退いているときもある。表現の自由としては、言論を用いる限りいつでも批判して良いのだろうが、人々の振る舞いを見ていると「批判していいとき・いけないとき」の区別の基準があるような気がするんだ。
私は、絵描きの画廊サイト Pixiv のコメント欄を好んで眺めている。そこには賞賛が連なるばかりで、批判などめったに見かけない。
Youtube でゲーム配信の動画も、同じようにどこもかしこも穏やかなものだ。善きコメントは、いいね!の数字で華やかに飾られていて。すぐとなりのダウンボートボタンは沈黙を保っている。ある日疑念に駆られた私は、古い動画の片隅のコメントにダウンボートを押してみた。それは確かに、間違いなく機能しているようだった。人々は望んで平和を選択しているのだ。ゲーム配信動画は少なくともその膝下では、批判してはいけない。私はもう一度ボタンを押して、自らの痕跡を消した。
ツイッター眺めてると大学の先生ってのはひたすら揉め事を起こしてるなあって感想にしかならんけど
大学で授業受けたりしてるとみなさん普通に良い学者であったりするから不思議何だよな
もちろん他人に迷惑はかけない範囲なんだけど、明らかに合理的でない、得をしない行動を敢えてしたくなることがある。
変な道を曲がってみたり。
変なメニューを頼んでみたり。
突然電車に乗って遠くまで行って、何もせずに帰ってきたり。
小さいお店にふらっと入って、なんか興味無い鑑賞品を買ったり。
団体行動の自由時間に、近くの観光スポットなどに行かずに喫茶店で集合時間まで潰したり。
なんでそんなことするのかなって考えたらタイトルの通りだった。
基本、何かに縛られていることが耐えられなすぎて、でも自分の性質が安定を好んでいるから、いつも同じ生活になっている。
職場では揉め事を避けたいし給料はほしいので、言うことを聞く優良な会社員でいる。
そのことについては、あくまで選ぶ権利はあるけれど、自分の判断で従ったのだという言い訳を自分にしている。
それで、時折自分に対してお前は本来何者にも縛られないんだぞと言い聞かせるように、そういう変な行動をしている。
そうしないと精神の安寧を得られないので、仕方がない。
こんなん払うぐらいなら賃貸の方がマシ
戸建てと違って資産が目減りしないっていうけど、それは単にこれらの固定費を払い続けてるから
おまけに新築で売り抜くためにわざと低めに設定しておいて数年後に値上げするとかもあり得る
そのせいで問題が起きたときに賛成・反対に分かれがちで揉め事しか起きない
まぁタワマンなんてまだ10年も経ってないからそこまで問題起きないだろうけど
そもそもそれって売れたらの話
売りに出して買い手が付けば売れるけど、中古マンションのリスクを考えると買ってくれるかどうか謎
まぁ売れなきゃ価格が下がるから結局価値が下がるっていう話だけどね
不動産投資が過熱しててまだまだ住宅価格は下がらないっていうけど
企業によっては住宅補助出してくれるから高い家賃でもやっていけるはず
小学校高学年の頃、
と発言をした。
「どうしてそんなことをするの?」
と聞き、わたしは
「睨んでいません。
元々こういう目つきです」
と答えた。
教室内や校庭で目で追ったりするくらいの…
恋と呼ぶには足らないほどの、ほんの少しの好意。
自分ではただみつめていたつもりだったのだ。
え?なんで?睨む…?誰が誰を??
頭の中はハテナでいっぱい。
遅れて理解した。
ああ、
わたしは"みつめていた"つもりだったけれど
彼には"睨んでいる"ようにみえたのか、と。
どちらかというと男勝りだった当時のわたしは
男子と遊ぶことも多かったし、
言葉遣いなんかも男っぽかったと思う。
喜怒哀楽は激しい方かもしれない。
(それは今でもそうなのだけど。)
切れ長の一重でちょっとつり目。
そして元々ほんの少し口角が下がり気味の口。
それが相俟って
ただぼーっとしているだけで
「怒ってるの?」「機嫌悪いの?」
とよく聞かれたし、
「初対面は怖い人だと思ってた」
と言われることも多かった。
それでもさすがに想定外だった。
好意を持って見ていたはずでも、
悪意として受け取られることもあるのだと。
幼いながらにものすごく衝撃だった。
後々その学級会のことは
自分の中で笑い話にできてると思っていた。
そんなこともあったね、と。
先日、
と。
誰とは言わなかったけれど
事務方の誰か、らしい。
他の人に八つ当たりみたいになって迷惑をかけることがないように、
事務所に最低限の挨拶だけして誰とも目も合わさずサッと帰ることがたまにあるのだけれど。
だから周りも触らぬ神になんとやらで放っておいてくれる。
でもそれ以外のときは
つもりだった。
もちろん誰かを睨むなんてとんでもない。
職場で揉め事なんて面倒でしかないのでそんなことするはずもない。
でも、そう言われてしまった。
「誰も睨んでいません。
元々こういう目つきです。」
言いながらどうしようもなく泣きたくなった。
そのあと仕事が終わるまで、
なんなら終わって家に帰っている途中でも、
家に着いたら涙が溢れて止まらなくなった。
あの日のことが
思ったよりもトラウマになっていたんだと
今になって気付くとは思わなかった。
もちろん、大の大人が機嫌が悪いことを
自業自得、それもそうだと思う。
それでも悲しかった。
好意云々のところは違えど、
睨んでいるつもりがないのに睨んでいるようにまた思われてしまった。
わたしは何も成長していないのだ、と。
落ち込んだらとことん堕ちてしまって
いつもなら割と寝たら忘れるタチなのに
ものすごく引きずっている。
あまりに内容が恥ずかしすぎて
落ち込んでいる理由が誰にも話せず
でもどこかに吐き出さないとやりきれなかったのでここに書かせてもらうことにした。
こんなよくわからない文章を最後まで読む人もいないと思うけれど、
お目汚し失礼しましたm(_ _)m