はてなキーワード: バンザイとは
http://anond.hatelabo.jp/20160420120806
オスプレイによる物資運搬を批判すると「災害支援まで政治利用」とか
わけわからん頭悪いのが湧いてくるけど、それ言いがかりだから。
してから熊本へ。熊本ではオスプレイ受入のために着陸地整備(水巻等)
しかもそもそも現地の物資は不足していない。届いた物資を仕分け
各々の避難所への運搬が滞ってる。人出とトラックが圧倒的に不足
しているということ。
なのにオスプレイバンザイのアホ脳では安全側・念のために物資は少しでも多いほうが
外資系だったので人の入れ替わりは珍しくなく、これまで見送ることは割と多かった。
お世話になった方を見送ることもここ数年続いていて、その度に寂しく残念な気持ちになった。
自分の退職を決めた際、退職時または退職後も同じように感傷的になるのかと思ったりしたが、実際には寂しさよりも清々した方が強かった。
仕事に飽きてたのはあるが、人間関係が悪くなったとか居心地が悪くなったから辞めたわけではないので、意外と自分って薄情なやつなのかも?と今まで知らなかった自分を知った気がする。
これまで何度も辞めようと思っては思い止まることの繰り返しだったけど、一度退職してしまうと、心理的なハードルが無くなるって言われることが良く分かった。
辞めたいけど辞めれないという考えに(なんとなく)縛られていた過去の自分にいますぐ辞めろって言ってやりたい。
性の対象が盛り上がってるようなので今の自分について書いてみる
9割は男である。
そうなってくると、性の対象として扱われるのは不自然ではないな、と我ながら思う
私が何も言わないのもあり、周囲の友達からセクハラを受けるようになった。
・おしりを触る、胸を触る
・後ろから抱きつき股間をお尻につけて動く
・髪の匂い嗅ぐ
家(グループ活動授業で工作しなければいけないため数人で安い部屋を借りている)
・膝枕させられる
・胸に顔をうずめてくる
・股間を触らせてくる
・結局我慢できなくなったとか行ってトイレに私と2人で行って自慰はじめる。
ミニマリスト経由でちょっと盛り上がってきてるこの人のブログ。
http://b.hatena.ne.jp/entry/minimote.hateblo.jp/entry/nezumikou
前からたまに出てきては不快に思ってたけど、この人税金とかどうしてるんだろう?
こんなのがある。
思いっきりはてなブログの規約に違反してはてなから怒られたりもしたらしい。
(でもなぜかその募集記事は消えてないしまだやってる感じ、意味がわからない。)
はてなブログの規約違反もさることながら、こういった「パトロン」からの援助に対して税金とかどうしてるんだろうか?
ブログアフィと合わせても昨年の時点で十分税金を払うだけは稼いでると思うが、実際確定申告してるんだろうか?
http://anond.hatelabo.jp/20150727000250
俺は東大じゃないだが、東大卒の人間何人かと仕事したけど、なんかお前と同じようなこというやつ多いんだよな。学歴バンザイ、のところじゃなくて「就職活動始めるまで自分は学歴しかないつまらない人間だと思ってた」ってやつ。最初は謙遜かと思ったがどうも本気っぽい。なんでそんなに自信ないんだろうかこちらからすると不思議に思っていたが、東大生って周りに同じ大学目指してる人間しかいなくて自分をたいしたことないって思い込んでる奴多いのかもしれんな。
しかしそれってもったいないよな。ホリエモンのことはあんまり好きじゃないが、やっぱり東大入ったんだったらエリート意識というか、最低でも強い自信を持って学生のうちから高い目線で何か取り組んで欲しいって思うんだわ。
元増田には、釣りでないなら自信ありそなやつとそうでもないやつってどのくらいの割合か、肌感覚でいいから教えてもらいたいんだがどうだろう。
上司が「デリヘルの写真で皆巨乳に見える…。いつもだまされる…」って言いだしたから、おっぱい偽造問題はかなり深刻だとおもう。おっぱいマイスターが見分け方を伝授しよう。「谷間を見るな、下乳を確認せよ!」これが鉄則である。谷間からは巨乳なんて判断できないぞ!
っていうか、下から上げて寄せればだいたいの女の人は谷間ができる。わきの下の脂肪だって寄せればおっぱいになるのだ。しかも最近のブラジャーは優秀なものが多く、どんなに小さくても谷間ができるようになっている。乳の下の方の形が良すぎれば、ダウト。どんなにそれっぽくてもパットなのだ。貧乳を疑え。ブラジャーは男を騙すためにあると思え。
一方、下乳となると話は別。少し乳の下の方が垂れたような人はだいたい巨乳。バンザイしても谷間くっきり、下乳も見えます!というような写真の子がいたら、その子は間違いない。あと、横乳を見るのもアリ。
家にあるソファーを売れと言われた。正直あまり売りたくないので、(猫と昼寝にサイコー)忘れたフリをしているととうとうキレたよめさんに、もういくらでもいいからとっとと早く売れ、一刻も早くそのソファーを売れと言われ、しょうがないので100ドルで売りに出した。
その後、意味不明にブチ切れされ、あたしは200ドルって言ったんだけど、と私の記憶には無いことを言い張られた。
誰が家の家計をやりくりしているんだと。カードローンや車のローンの支払いに四苦八苦しているのはだれだと。フルタイムで働いてるのに、バイトして家計を助けているのは誰だと。
そこまで言われると、もう200ドルで売れと言ったか言ってないとかは問題では無く、今考えるとそこで参ったバンザイしてひたすら平身低頭誤ればよかったのに・・・
200ドルって言ってない、いくらでもいいって言った、って、そこが気になってしまって。いわれたことやっただけなのに、悪いことはしてない、まちがってない、おいらが正しい。そこばっかり気になって。
気がつけば離婚を言い渡され、返事に困ってる。ポコポコでもう2週間もクリアできてないステージに、これクリアできたら離婚してもいいかな、と思った瞬間クリアできちゃったり。
それが2ステージ続いたり。
ポコポコ的には、おいらは離婚するべきらしい。
それで、決めちゃって、いいのかしらん。
うふふ。わかるぅ
朝5時に起きて飯を炊けって何時代だって話よねぇ。炊飯予約があるっつーのwwwねぇ?
ゴールデンウィーク的な(田植え休み期間ね)は田植えしろってのもちょっと切ないよねぇ。でも子供だから本来乗りものじゃない田植えマシーンwに乗って移動できて楽しかったなぁw今考えると超危ないけどw段々畑の一段が数メートルあるところのキワキワをターンしたりして命がけ感あるわねwだけど田植えは割と楽しかったから児童労働感はないわぁ。
風邪でどんなに死にそうで世界が回ってても吐いてても起き上がれなくても、ご飯の用意しなきゃいけないとかいうのが辛かったよねぇ。
でもその後、そんなことを強く強要した家族が私よりひどい症状になってたからちょっと黒いけど楽しかったわ。子供でそれだけひどい症状になるんだから年寄なんて死の淵までいくわよねぇ。
ああ、そうそう夏休みはどこにも行かずに、毎日ひたすらのび続ける雑草を鎌で狩るのが大変だったわね。
炎天下だし。大人はエンジンの付いた草刈機を使うけど子供は鎌しか使っちゃダメなんだって。毎日毎日まめがつぶれてもつぶれても終わらないのよね。まぁマメをつぶしたのは軍手するのを面倒がったせいなんだけどね。おかげ様で手がハンパない分厚くなったわぁ。女子の手とは思えない立派な手よw努力は人を裏切らないってこういう事ね。ナウシカも私の手を見て立派な手とか言うに違いないわ。
ついでに扇風脚の練習もしたわね。足で草刈もできるようになったわ。細かい調節ができないから苗木も刈ったわ。でも今ぐぐったら扇風脚って空飛ぶの??地面すれすれを刈ってたんだけど・・・私の修行無駄だったかも・・・・ショックwww
草の片づけをするのも大変だったわね。干し草をばらけさせずにフォークでさして投げるって大変なのよね。
でも格闘技の修行だと思うと楽しいのよwwwあれは嫌じゃなかったわ。しっかり腰を落とすのがポイントよ。上半身がブレると途中にバラバラと枯草が落ちるのよ。雪かきといっしょね。遠くに投げるのには練習がいるわ。
親戚の小学生は「男だから」とかいう理由で2トントラックとか運転してたわね。いくら自宅の畑の中で背が大人と同じくらいあるとはいえあれはいけないとおもうわ。教習所の意味がなくなっちゃうもの。
あと畑と田圃の管理の為ならスクーターは男は乗っていいことになっていたわ。児童労働よねぇ。でも本人は楽しそうだったわよ。スクーターに乗れるなら水の管理もするといった具合ね。
おとこってばかねぇw
稲刈りもたいへんだったわね。
干すところを作るために竹をいっぱい運んだわ。刈った稲を運んで干すのよ。わらをフカフカの椅子にして食べるおにぎりは美味しかったわねぇ。
干した米を脱穀機に投入して、最後には落ち穂を拾ってたき火でポップコーンならぬポップ米よ。
「落穂ひろい」っていう外国の有名な絵があるけれどあの景色は国境を越えてるわね。「外国の人も一年の収穫が今日終わって夕方、落穂ひろいをするのね。そして切ないようなほっとしたような気持ちになるのね」って子供心に思ってたものだわ。
そういえば茶碗を洗う話だったかしら?
あれも研究に研究を重ねたわ。仕事をしながら子育てもする今となってはそんな暇はないけれど、子どもだからたっぷり時間をかけて研究したわ。
自然の素材の石鹸水。これで茶碗を洗うのは滑るのよぉぉ。だけど親は合成洗剤は買ってくれないのよね。自分で洗わないから知らないのよ。プリプリ。
そうね、どうせだから、私が小学生の頃研究した結果を発表するわ。
2~3リットルの水に適当に洗剤を入れてから、指をちゃせんみたいにして、泡を立てるの。泡がブクブクたてばちょうどいい濃さの石鹸水よ。泡がちょうどよくブクブク立つような石鹸水作るのには修行が必要よ。
それから、その石鹸水の中に、あらかじめ汚れをだいたい落とした皿を入れて、持ち上げずに水の中で洗うの。石鹸水はすべるから持ち上げたらだめよ。落として割るわ。このとき中身が泡で見えないけどカンで洗うのが正しいやりかたよ。
何年も研究してようやくこの境地にたどり着いたの。そんなこと真面目に何年も追及するなんて時間のある小学生でしかできないことよ。まぁぶっちゃけこの児童労働には私感謝してるわ。
さぁ、ナチュラル派の皆さん私の知見を役立てなさい。指で泡立てるのがポイントよ。石鹸水はそのままとっておいて、後でまた使いまわしができるわ。指で泡立つなら再利用可能。泡立たないならもうダメ。優しい!地球にやさしい!
だけどね、だけどね、ナテラバンザイ!私ナテラを始めて使ったとき、ちょっと泣いたわ。茶碗を持ち上げたとき滑らない。泡立てた水を使った洗いかたじゃなくても汚れが落ちる。すごい。合成洗剤すごい。だから今でも私合成洗剤が大好きよ。というか合成洗剤しかつかわないわ。うふふ。ナチュラルなんてくそくらえよ。
父親から言われたのよぉ。「ルーチンワークを何も考えずにやるやつはバカだ。常に考えろ」ってね。
私、その命題があったから、子どもなりに一生懸命考えてたのよ。毎日の同じような仕事の何をどう考えるかってことから考え始めたわ。
子供の頃にやったから落穂ひろいにノスタルジーを感じるし、私が考えた最強の洗い方も発見できたし。修行しながら草刈もできたし。
だからアンタはかわいそうね。考えろって言ってくれる人がいたら違ってたのかもね。
アンタだって一生懸命やってればなんかアンタも知らないうちに結果が出てるわ。多分ね。
一生懸命やってなかったら、、、、やっぱアンタかわいそうね。
泣いていいのよ。
つらかったわね
プレイしていないソーシャルゲームの二次創作を行っていたところ、非プレイヤーには二次創作の資格がないと云われカチンと来たので書く。
スタティックなゲームにはどんな些細なものであっても名詞には最大の注意を払っていてほしい。
なぜならプレイヤーが見ているのはゲーム画面ではなく、その向こうにある物語なのだから。その起因や発達を阻害する名詞はプレイ体験に致命的なダメージを与える。
スタティックなゲームのプレイヤーにとってゲームはよりしろの機能の側面を持ち、プレイヤーはひとつひとつのアクションには意味を持たせたがる。選択行為への意味の総体がゲーム体験となり、ゲーム体験というプレイヤー共通の基盤からプレイヤーひとりひとりに固有の物語が発生する。
ところで、ある名詞が致命的なものである場合にプレイヤーに可能なのは以下の三つである。
(2)名詞を視界に入れないようにする
(1)はやがて意味の総体を混濁させ蝕む。(2)は有り体に言えば縛りプレイである 。最も険しい。(3)はお手軽だ。
いったん、ゲームのよりしろとしての機能に着目すると、必要な機能はゲーム性ではなくむしろよりしろだったとわかる。
であれば、(3)は最もお手軽であるだけでなく、最も経済的な選択肢だったと明らかになる。合理性バンザイ。我らの経済性に喝采を。
しかしながら、(3)には決定的な瑕疵があり、プレイヤー(ですらない誰か)は無限に孤独である。ひとりで無体験から物語を幻視し、幻視し続けなければならない。共感すべき体験を持たず、基盤を持たず、回路を持たない。原理的に共感を拒むことになる選択肢であり、孤独の選択肢だ。
それでも私は誰かとよろこびを分かち合いたかったのだ。
手を握り合い、肯き合いたかったのだ。