はてなキーワード: 音楽理論とは
いわゆる貴族とかには数学のような法則性があって揺らがないもの=神聖なもの、
という価値観もあっただろうし、
ガチガチに論理的な曲ほど神聖で良いもの、という価値観もあったはず
現代の歌謡曲、ポップスの作曲はモータウンだったり、様々な音楽の影響を受けたごちゃまぜになっていて、
色々なジャンルのいいとこ取りみたいになってるけど、
今の時代だと、結果的には勝ちパターン集みたいになっちゃうよね
まあ、仕事としては売れる曲を作るのが命題だったりするので、そういう考えでも正しいわけだけど
究極に創造的なことをやるなら、既存の音楽理論を破壊して、コードとか音階みたいな概念を捨てて、
音楽だって音なんだから周波数だ、みたいに考えて、スペクトログラムに絵を描いたり、ピアノロールにドット絵描いたり、
一般人にはノイズとか雑音にしか思えないものを論理的に生成したり、
「今の音楽には味がない」とかクソみたいな事を仰るオッサン共は、具体的に何年代の何が良くて、今の音楽とどう違うのか、楽器の奏法や、ミックスの技術、機材の違い、音楽理論を交えて答えなさい。
逆に、あなたがたの絶賛する音楽と比較して、それより古い音楽との違いや、その年代の方々が、あなたがたの年代の音楽に苦言を呈する事に対して、あなたがたの年代の音楽の優位性を確信するならば、誰もが納得する明確な根拠を提示しなさい。
あなた方が「今の音楽」や、「昔の音楽」を的確に分析して、イーブンに評価している根拠を示しなさい。
批判するならばそのくらい示す義務はあるはずです。答えなさい。
答えないということは、現代音楽の優位性を認めたも同然です。まさか、個人の好みとかそういう曖昧な理由で、現代音楽を見下してるんじゃあるまいな?過去に縋るオッサン共。
9日のロシアの戦勝記念日で人々が国歌を歌っている場面を偶然ニュースで見てしまったのだが、
確かに、ロシアの国歌はカッコいいという認識は以前から持っていたが、
いや、それどころではない、2位以下を蹴散らす段違いに美しくて力強い国歌なんだわこれ。
いい機会なので他国の国歌を聴いてみた。音楽理論に造詣がないので描写が稚拙なのを許してほしい。
フランス国歌: うーん・・・勇ましい、リズミカルだ。なんだろう、まるでポップミュージックみたいな国歌だ。
アメリカ国歌: 美しい。正統派の美しさだ。しかしどこか深みが足りない。炭酸の抜けたコーラのようだ。
君が代:美しい。でも暗すぎる。奥ゆかしさは申し分ない。
中国国歌:これはフランス国歌と同類のようだ。同じ調だ。申し訳ないが、雄鶏が飛び跳ねるような印象を受けた。でもラストはテンション上がるね!
イギリス国歌:掴みどころがない。こんなに掴みどころのないメロディーはいままで聴いたことがない。イギリス料理もこんな感じ?
もう素晴らしすぎる。美しさ、切なさ、心の奥底に秘める力強さ・・・
これをこの広い宇宙の対しての、人類を表す歌として制定したいくらいだ。
戦争でロシアに対して厳しい視線が向けられ、ロシアに対する嫌悪がはびこる中、久々に美しいロシアの国歌を聴いた私は不意を突かれたような気分になり唖然となった。
フリーフォームハードコアを聴きながら脳内でオリキャラを戦闘させたりオリキャラでMV作ってる。
どうせならオリキャラのテーマを作って、その上でMV作りたいからハードコア作曲の練習してるけど、明らかにコードってよりもシンセのつまみをいじったりして音楽作ってる。紛い物ばかりが生まれてしまうから、耳コピして分析をしようとするも音程がわからない、もしくは音程にこだわらなかったりするし、それっぽい音色にする技術がない。そもそも、音楽理論も知らないことが多い。
仕方がないので、狙った音を作ったり、耳コピすることから始めようということでメロディーがききとりやすいゲームの街のbgmだとかを耳コピしてる。普通にこういうのも好きだし楽しいけどいつ自分好みのハードコアを作れるのか、目指したい道から逸れないか不安になる。紛い物であっても作った方がいいかもしれない。後で聞いてると結構悪くないと思うし。
あるね、民族音楽の重要なところは音律だけではなくリズムと拍子が同じ西洋音楽の土壌にありながらもそれとは異質な体系がその民族ごとにあったというところ
わざわざ東南アジアやらアフリカを持ち出さずとも、西洋音楽の主流であった欧州においてさえも認められたところ
こういう発見をした(オリエンタリズムな時代背景も追い風だったかも知れないが、それを加味してもアカデミックな空間に説得力を持たせて送り込んだ)バルトークやコダーイはやはり優秀
というわけで既存の音楽理論体系の破壊と再構築なんてのは当時の19世紀生まれの西洋音楽それ自体に含まれていたので今どきの音楽を持ち出す必要もない
今を生きる彼らは先駆者ではない
先駆者の筆をなぞって名筆などというのは真贋を見極められない愚者の意見ぞ
12分割をさらに分割するとか、12分割以外というのは民族音楽にもあるわけだけど、
音楽理論を破壊再構築する現代音楽的な発想を面白く解説してたと思う
小山田氏の件で悪く言われてるけど、YMOも音楽理論の破壊と再構築をやってたみたいだし
ディープパープルのジョン・ロードだって半音ずらしの不協和音好きだし
ノンダイアトニックコードがないとドミナントモーションというか、
既存の音楽理論が、聴ける曲はこう作れ、という既成概念を作っているわけで、
それを敢えて壊してみるというのがまずあると思う
で、壊すととても聴ける曲ではなくなってしまう、壊すことが目的化しているからだけど、
それはまた新しい音楽理論だと思うんだよね
『何者かになりたかった自分が経てきた趣味一覧』(anond:20210614025554)がめちゃくちゃ刺さってしまい、しんどいお気持ちを供養したくなったためこの文章を書いている。おそらく十番煎じくらいだろう。気づいたらとても長くなってしまったが読む価値はまったくないことをあらかじめお断りしておく。
ある日突然父親が買ってきたのを触らせてもらっただけなので、自ら強い興味を示したわけではないが一応リストに加えておく。典型的なFコードで挫折した組である。
今でも不意に「弾けたらいいのにな」というお気持ちが襲ってくるがこの時の経験のおかげで衝動買いに至らずに済んでいる。ちなみに父親もすぐ飽きた。
その昔ドラムマニア(初代)という音ゲーを始めたことがきっかけで本物のドラムにも興味を持った。マイスティックはそんなに高価でなかったしゲームにも利用できたためあっさり購入した。
ドラムのできる友人としばらくスタジオに通ったがそこまで本腰が入ることはなく音ゲーから気持ちが離れるとともに練習へのモチベーションも薄れていった。
先ほどと同様、ふと「叩けるようになりたい」という感情がむくむく湧いてくることがあるため、家にはスティックと小さいカホンだけ存在している。いつか代々木公園でピクニックに行って友達と酒飲みながら何かしらを演奏したいとか考えながらしかし練習はしない!
ピアノにも憧れた。高校生の時バイトして貯めたお金で電子ピアノ(YAMAHA P-250)を突然購入し両親を驚かせた。それと同時に地元の島村楽器のジャズピアノクラスに通った。序盤の単調な訓練にモチベーションを継続できず、おそらく半年くらいで挫折したと思う。
その電子ピアノはなかなかに高額だったため、その後一人暮らし⇒同棲⇒結婚とライフステージが変わっても処分することができず(いつか時間ができたら再挑戦、みたいな気持ちもある)今も手元に置いてある。妻がピアノを弾けることがP-250君にとっての唯一の救いであろう。
音ゲー(BEMANI)で色々なジャンルの音楽(クラブ系に寄っているが)に触れる中で音楽への関心が高まっていった。さらに当時はBMSという自分で作った曲をBeatmania形式で遊べるようにする二次創作・同人的なアクティビティも一部界隈で盛り上がっていたため、それが自分も作曲できるようになりたいという思いを強化した。
典型的な形から入るタイプでギアにもこだわった自分は、当時おそらく最新だったDTM用音源モジュールYAMAHA MU1000を手に入れるも、独学では進め方がまったくもってわからず、文鎮と化すのにそう時間はかからなかった。
上と関連するが都内に音楽理論を学ぶ塾みたいなところを見つけて大学生時代に通っていた。歌が好きだったため音感を良くしたいという考えもあった。
説明はとてもわかりやすいし、どうすれば上達するかという道筋もきちんと見せてくれるところだったが、理解することと身につけることとの間には大きなが隔たりがあり、大学やアルバイトとの両立も当時の自分には難しかったため、志半ばで解約するに至った。
小学生の頃、グランダー武蔵という漫画を読んで主人公と同じギアを買った。
ブラックバスがいるという県内の沼に一度行ったが根がかりばかり起こすしまったく釣れないためすぐに飽きた。
またまた父親が唐突にレンズセットを買ってきて一緒に使わせてもらったのがきっかけでハマった。当時はCanon EOS Kiss Digitalが10万円台になりデジタル一眼レフが一般人にも手が届きやすくなった最初のころだった。それでもまださほど普及していなかったため、大学でカメラを向けると「おぉ、本格的なやつだ!」と周りの注目を浴びた。それに気をよくし、いつでもどこでもカメラを構えていたらいつの間にか金田一少年の佐木のようなポジションになっていた。それでも役割が与えられた気がして楽しかった。センスはまるでなかったが基本的なしくみや構図は身につけたので何も知らない人から見たら上手だと言ってもらえた。お金もなかったので安い単焦点だけは買ったがさほどレンズ沼にはハマることはなかった。
やがてスマホのカメラの性能が上がってきたこと、SNSの台頭ですぐにシェアできることが重要になっていったことなどから、スマホカメラにシフトしていった。余談だが初代GoProも輸入して買ったが大して使わずに人にあげた。
後述する筋トレとほぼ同時期に始めた。理由は筋肉がついていく中で、強くなる技術も身につけたいと思ったのと、なんとなくカッコよかったから。三十路を過ぎてここまでくるとさすがに自分の性格は把握しており、そう長くは続かないだろうと一年だけと決めて始めた。
基本的なフォームを覚えて生徒同士でミットの打ち合いをするのは楽しかったがスパーリングになると打たれるのも打つのも怖くて、一年限定にしておいてよかった、と思った。
書きながら自分のダメさ加減にさらにしんどくなっている。なお、趣味ではないが公務員試験と公認会計士試験と税理士試験と米国公認会計士試験も課金しながら挫折した。「才能のない怠け者」というトラバ見ておっしゃる通りですごめんなさいって泣いちゃった。
楽器系は序盤の基礎中の基礎みたいなところでモチベーションを保てなくなってしまっていた。スモールステップ大事!最近は「初心者が100日継続した結果」みたいな動画をよく見てる。
資格試験も授業聞いて分かった気になるものの実際に問題に取り組むと全然解けない。反復練習大事!
あとは「選択と集中」も苦手だ。いろんなことに興味が出てしまい、できもしないくせに同時進行しようとしてしまう。二兎追うものは一兎も得ず!
関係ないかもしれないけど何か一つのことを突き詰めるスペシャリストよりは、いろんなことを器用にできるマルチな芸達者に憧れがち。 DonDokoDonのぐっさんとか。
もう一つ、他の増田も指摘してたことだけど、一緒に頑張る仲間を作ろうとしなかったのも挫折が多い原因だと思った。どうしても人知れず練習していつの間にかできるようになっていたいという気持ちが出てしまっていた。寂しがり屋のくせになんでそん時だけ一匹狼しぐさきめるんだバカものが。
これを書きながら思い出したが昔は歌手になりたいと思っていたのだった。年を重ねていく中で自然と諦めがついて忘れていた。ボイストレーニングに通っていた時期もあり、人前で歌うとそれなりに褒めてもらえるくらいにはなった。カラオケは安いしどこにでもあるため、いつでも気軽に楽しめる大切な趣味のひとつになっている。
ずっと痩せ型だったのに、ある時雑誌Tarzanの脱げるカラダ特集の表紙の読者モデルを見て筋トレに目覚めた。正しいフォームを教えてくれる先生が近くにいたり、通いやすい場所にジムがあったりと環境が整っていたため、初心者の状態からベンチプレスで自分の体重と同じ重さを挙げられるようになるまではあっという間に成長した。今は訳あってジムには通えていないが家で自重トレーニングを続けている。
趣味と言えるか微妙だが細く長く興味を持てている分野。昔は毎月ファッション誌買ってブランドやセレクトショップも行ってたけど今はほとんどユニクロや無印。オシャレと言われるより洗練されてると言われたい。その願望は達成できていると感じる。
最近はレーザー脱毛をした。こういうのの良いところは課金さえすれば努力なしで昨日とは違う自分になれるところだ。そんなに歯並び悪いわけではないが次は歯列矯正をしたいと考えている。
無名とまではいかないが知ってる人は知ってる地方国立大卒の男性ですけど、
家事は自分の部屋が散らかるのだけ許してもらえるなら、共有スペースでの家事はお任せください
自分の部屋は主に本と機材で散らかってるぐらいの方が落ち着くのでお許しください
生ゴミのような不衛生さはありませんが、本が多いのでホコリ等は善処します
YouTubeの動画で、庵野さんがデリヘルでの会話で自宅を万年床と布団の上にも大量の本と仰ってますが、
料理は自分一人で食べてく分には不健康な料理でも自分が死ぬだけなので問題ないのですが、
味付けが濃い、(辛いものが好きなので)辛すぎる、(砂糖は極力避けているので)甘くない、量が多い/少ない、等々は善処します
好き嫌いはなく何でも食べるので、庵野さんみたいにズッキーニが食べられないとかはないです
基本的にはズッキーニを買うより代わりにキュウリを炒め物とかに使います
基本的に家事はできないことがあっても現代社会はネットという文明の利器もあるので対応できる範囲は広いと思います
楽器がちょっと弾けて、音楽理論がちょっと分かるので、まったく音楽や作曲を知らない人には教えられます
電子、物性やバイオは知識がまったくないわけではないですが、専門性はゼロです
先週、高校の情報1、情報2の教育課程や教材を眺めましたが、基本的にはすべて理解できてます
もちろん、深く知っている領域から広く浅い領域もあり、総じて広く浅くは網羅していることを自分で確認できた感じです
壊れたFAXを直してくださいみたいなご相談には応じられませんが、洗濯機やトイレを3Dプリンターで修理できるときはできます
絵心はある方だと自分でも自負していますが、ちゃんとした漫画はまだまだのように思います
いらすとやのようなカット絵は問題ないですが、絵の仕事は単価が安すぎるので基本的にはあまりやりたくありません
WebやIllustratorを使うようなデザイン案件も同様です
やらないだけで基本的な知識はあるので、ご相談に応じることはできると思われます
やおいやBLに理解はある方だと思いますが、腐女子的な意味で性的に濃すぎる会話には対応できません
共有スペースにての腐女子寄りのコンテンツの視聴、消費も基本的には構いませんが、
上記のように性的に濃すぎるコンテンツは周囲にとってはセクハラにもなるため、自室でのオタ活をお願いいたします
自転車はちょっとだけハマってましたが、今は諸事情あって中断しています
運動も市民のための公共施設を活用していましたが、持病やコロナもあって中断しています
万が一自分が結婚することがあったとしても、基本的に子供を他人に産ませたくないのですが、
どうしても産みたい場合は、私が早死にしてもシンママで育てる覚悟でいてください
基本的には育児や出産を希望されない方を望みますが、そうでない方もご相談していただければ善処いたします
寮生活のような経験は何度かありますが、基本的にはあまり上手くやれた感じがないので、
場合によっては別居する、仕事場を自宅以外に設けるなどで対処できると思われます
というか、あったとしてもここに詳細は書けないので、ご相談ください
自分も中年になってからギター黙々と一人で練習してるけど、ストレス発散が主な目的だからなあ
YouTubeとか上手すぎる人が多いんで公開する気になんてならない
Li-sa-Xみたいな子供も世界中にいるし、欧米だけでなく東南アジアとか中国も凄い人がいっぱいいるし、
そもそも子供の頃から機材とか環境が恵まれている人とか見ると自分の子供時代と比較して正直ちょっと落ち込むけど、
なんか別世界見てるみたいで、嫉妬よりも、すごいなー、と思うだけになってくるというか
あと、プロみたいな演奏レベルの動画に、まあ嫉妬とかルサンチマンなんだろうけど、
下手糞だのなんだのイチャモンのコメントを書く人がいてげんなりさせられたり
自分が下手なりに演奏したり、演奏は下手でも発見したことの解説動画を公開しようとも思ったけど、
変なコメントに対応したりミュートするのも面倒だよなあと思ったり
そもそも、他人に目立つ派手なことで活躍したり儲けたりできる人って、
そういうやっかみとかアンチに対するストレス耐性がある人だと思うんだよなあ
自分にはそういう耐性はないんで、他人の批判に対応するぐらいだったら、
一人で黙々弾いて採譜したりしてる方が気が楽だし、
目立つことをするから変な奴とエンカウントする確率が上がるわけで、
だったらネットで活躍したりチヤホヤされたり儲けたりできなくても心の平和が一番みたいに思ったり
あと、ベースだけでも完結できるんではないだろうか
ハナワみたいな感じだけど
弾き語りするならエレキギターよりアコギだと思うし、ベースでないギターのコードの方が音の厚みはあるわけだけど、
ベースギターは基音かコードトーンを必ず抑えてるわけで、ベースという名前通り縁の下の力持ちであって、
たまにリードギターとボーカル兼任する人とかいるけど、歌ってギターソロ弾いてまた歌うとかつらいと思うし
ドラムは打ち込みでもいけるから、ハナワみたいな方向性はいけると思う
というか、ベース弾けるなら普通にアコギとか弾けるはずだし、音楽理論も分かってるはずだと思うので、
一人で外で弾き語りはちょっと危険なので、誰か見張りとか用心棒に一人誘って駅前とかどうだろうか
いきものがかりだったか、酔っぱらいにマイクとか楽器を奪われたりとかありうるから、
トイレ休憩で楽器を見張ってもらうためにも一人とか二人とかいる必要があると思う
あと、ボーカルは楽器弾けて音楽理論分かってる人が望ましいけどカラオケが上手い人でもいいわけで、そういう人に歌ってもらうとか、
まあ、外で弾き語りとか夜は怖いこともありうるので市民サークルみたいなのでもいいだろうし
楽器店とかでも、スタジオが設置されてて習えたり、適当なメンバーで弾いたりできる所もあるんで、
仕事から帰宅する途中に寄れそうな範囲で探してみるとか、色々ある気もするのだけど
自分も嫉妬というか、すごい人見て奮起して、三日坊主だったり挫折して、
また思い出したようにやり始めて、の繰り返しの人生なんだけど
ベタなE、Em、それに7thが入るとどうなるか、みたいなのは個々人の感覚で馴染んでもらうしかない
ちょっと間抜けな演奏がしたいと思ってE7を選ぶ、という演奏はない気がするんだけど
まあ、自分は正規の教育受けてないのでなんとも言い難いんだけど、違和感が…
そもそもダイアトニックコードがあって、いわゆる3コードがあって、
3コードと代理コードちょっとあれば、簡単なフォークソングとか弾けるよね、と
長渕剛だったか、C、F、G、Amさえあれば作曲できることが分かったのがスタートラインだったと言ってたし
そこにノンダイアトニックコードが加わって、そこで7thも登場してくるし、
それから、C7、F7、G7みたいなブルース、ロックンロールみたいなのも瞬間的なメジャーとマイナーの転調というか、
メジャーとマイナーのスケールをフラフラ行ったり来たりする浮遊感がブルースらしさというか、
あと、7thコードからディミニッシュコードを見つけてみると、それがブルースとかの合間でいい感じに響く
"Welcome to the Jungle"にも含まれてるけど、そういうのをコードから発見したり
あと、Eメジャーは明るくて、Emは暗いとか悲しいとか、一般論としてはそうなんだけど、
それがコード進行の中で必ずそうかと言うとそんなことはなくて、
Eメジャーが寧ろ暗さを醸し出したり、Emが爽やかに感じられることだって有り得ると思うんだよなあ
まあ、音楽理論はゴチャゴチャ理屈とか文章読むより、弾いた後に納得するのが普通だから、とにかく弾けとしか言えないんだよね
よく偉そうに音楽理論を学びたいなら楽典を読めみたいなアドバイスする人がいるけど、
そういう本を選択した方がいい
やたらに難しい本をアドバイスする人は自分よりレベルが上か、もしくはハッタリの可能性さえあるから(プログラミングも同じで
あと、音楽理論の本だけ読んで理解するものではなくて、寧ろ楽譜をコピーしたり耳コピして、
音が聴き取れなかったら今はGoogleしてみると、できる人やプロの作曲家がブログで解説していたりもするから、
そういう総合的なものを活用して、とにかく弾いて理解するのが音楽理論であって、
今思い出したんだけど、大学時代に理系の大学なのに座学オンリーの音楽理論の授業あったわ
ずっと寝てたわ…
中学の頃洋楽にハマって「J-POP?(笑)」とか「まだそんなの聞いてるの?(笑)」
みたいに邦楽をバカにしていた。今思うとガキだった。毛も生え始めたばっかだったし。
俺と仲が良かったスギヤマはJ-POPが好きみたいでAKBだの、ももクロだの、よく大衆向けアイドルグループの曲を聴いていた。
俺は内心でバカにしてるだけじゃなく、堂々とスギヤマを罵倒したりもした。
スギヤマはIQが低い。俺に批判されても「難しいことわかんねえよ!」って笑って済ませようとする。
俺なら売られた喧嘩はディベートして完膚なきまでに論破してやるのに。
だけど、最近大人になってちょっと考えが変わってきた。さっきも言ったように、今までの俺はガキだったんだ。
思ったことすぐ言うロケンローラー的な要素があったが、ロケンローラーは責任を取らない(笑)それじゃダメなんだ!
話を戻すと、邦楽の良さは歌詞の抽象性にある。メタファーが効いていて、一言一言が心に響いてくる。
洋楽がIQ80~100向けに対して、邦楽つまりJ-popは80~130ぐらいまで手中に収めている。
あれだけ毛嫌いして、見下していたJ-POP、邦楽が今では大好きになった。
もしあいつがIQが高くて、「俺は音楽云々を語るなんて幼稚なことにリソース使うつもりはない。
そんなのどうでもいい。適当に脳をリフレッシュさせられればそれでいい。だからJ-POPでいいんだ」
ぐらい言ってくれるならわかる。共感できる。
だが、あいつの場合は違う。あいつは単純にアイドルが好きなんだ。
俺だって女の子は好きだ。だけど、そのやり方はスマートじゃないし、俺の哲学に反する。
音楽の趣味=IQの高さなんだなーって最近思い始めた今日此の頃。
よく見返したら駄文多いな。。。すまそ。。。
anond:20210210062305 (クラシック曲ガイド) を見やすくしたよ。
§1600年代前半
§1600年代後半
§1700年代前半
§1700年代後半
§1800年代後半
§1800年代終盤から1900年代初頭 (後期ロマン派・印象派音楽)
§1900年代中盤以降 (第一次大戦終了によってロマン主義と印象主義が古くなった時代に真価を発揮した作曲家たち)
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1664833
↑このブコメで賞賛されている表がかなりデタラメなので修正してみた。
とりあえず同じように1600年代から始めます。「オケゲム、マショー、パレストリーナ、ジョスカン・デ・プレがないぞ」とかいう意見もあるようですが、それはもっと以前だから書いていないだけです。
作曲家の「生まれた年」ではなく「主に活躍した時代」で書きます。これに文句を言っている方もおられるようですが、何故かと言うと例えば生まれは1600年代終盤だけれど音楽家として活躍し世に認められたのは1700年代になってから、といったような例があるからです。
「あれは記憶だけで描いてるから素晴らしい」とおっしゃる方もいらっしゃいますが、これも資料などは参照せず、ほぼ脳内の情報だけで書いております。
モンテヴェルディ(みんな知ってる「私を死なせて」)、カッチーニ(「アヴェ・マリア」が有名だが実はソ連の音楽学者ヴァヴィロフの贋作。真作で有名なのは「アマリッリ」)
シュッツ(「ドイツ音楽の父」として有名)、シャイン、シャイト(以上3名は「ドイツ三大S」として有名)
コレッリ(「ラ・フォリア」が有名)
ヴィヴァルディ(「四季」の人)、アルビノーニ(「アルビノーニのアダージョ」が有名だが贋作。真作で一般に有名な曲は無い)、ペルゴレージ(「スターバト・マーテル」が有名)
クープラン(チェンバロ曲で有名)、ラモー(音楽理論とオペラ)
バッハ(名曲多数)、ヘンデル(日本では「音楽の母」などと呼ばれたが女性ではない。「メサイア」「オンブラ・マイ・フ」「水上の音楽」など)、テレマン(「食卓の音楽」で有名)
以上1600~1750年が「バロック音楽」の時代。欧州における「絶対王政」の時代とほぼ重なるという見解があります。
「古典派音楽」の時代。啓蒙思想によって理性が重視され、それが音楽に影響を及ぼした時代です。
チマローザ(オペラ「秘密の結婚」)、パイジェッロ(「うつろな心」)、ボッケリーニ(「女ハイドン」の異名を持つが男性)、サリエリ(オペラの巨匠)
音楽における「ロマン主義」は文学や絵画よりも遅れて1800年代になってから現れます。この時期は古典派音楽からロマン派音楽への過渡期です。
ロッシーニ(オペラ「ウィリアム・テル」「セビリアの理髪師」など)、ベッリーニ(オペラ「ノルマ」など)、ドニゼッティ(オペラ「愛の妙薬」など)
シューベルト(未完成交響曲 D 579、歌曲集「冬の旅」など)
メンデルスゾーン、シューマン、世代的にはワーグナーもここに入る(この時期はオペラ「リエンツィ」「タンホイザー」「ローエングリン」など)
リスト(本人はハンガリー人を自認したが実際はドイツ系オーストリア人で本来のハンガリーの民族要素は無いのでドイツ・オーストリア音楽として捉えるのが正しい)
グリンカ(オペラ「ルスランとリュドミラ」)、ダルゴムイシスキー(オペラ「石の客」)
1848年革命の失敗により、ヨーロッパ音楽の雰囲気も暗くなって参ります。
ヴェルディ後期(オペラ「椿姫」「アイーダ」「オテロ」「ファルスタッフ」など)
ブルックナー(交響曲では4番と7番、8番が有名だが初心者に聞きやすいのはむしろ1番と6番だと思う)
ブラームス、ブルッフ(ヴァイオリン協奏曲第1番が有名)、ワーグナー後期(楽劇「トリスタンとイゾルデ」「ニーベルングの指環」「ニュルンベルクのマイスタージンガー」)
オッフェンバック(オペレッタ「天国と地獄」など。実はドイツ人)、グノー(オペラ「ファウスト」)マスネ(オペラ「タイス」など。「タイスの瞑想曲」)、サン=サーンス(長生きしたので今年没後100年)、フランク(バッハの対位法、ベートーヴェンの劇的構成、ワーグナーの和声を融合した究極の交響曲を作曲したが実はベルギー人)、フォーレ(「レクイエム」「幻想の水平線」)
スメタナ(連作交響詩「我が祖国」その中の一曲が「モルダウ」)、ドヴォジャーク(「新世界交響曲」e-moll op.95 など)
ボロディン(オペラ「イーゴリ公」、交響詩「中央アジアの草原にて」、交響曲第2番など)、バラキレフ(東洋幻想曲「イスラメイ」)、ムソルグスキー(オペラ「ボリス・ゴドノフ」、ピアノ組曲「展覧会の絵」)、リムスキー=コルサコフ(交響組曲「シェヘラザード」など)、チーコフスキー(バレエ「白鳥の湖」、交響曲第6番「悲愴」など)
グリーグ(ピアノ協奏曲、劇判音楽「ペール・ギュント」、ピアノ曲「抒情小品集」、歌曲「最後の春」など)
プッチーニ(オペラ「トスカ(星は光りぬ)」「蝶々夫人(ある晴れた日に)」「トゥーランドット(誰も寝てはいかん)」など)、マスカーニ(オペラ「カヴァレリア・ルスティカーナ」映画「ゴッドファーザー PART III」のあれ)、レスピーギ(交響詩「ローマの松」などローマ三部作)
マーラー(11曲の交響曲と歌曲)、ヴォルフ(ドイツ語歌曲の頂点として非常に有名)
リヒャルト・シュトラウス(交響詩「ツァラトストラはかく語りき」〈映画「2001年宇宙の旅」のあれ〉オペラ「サロメ」〈裸踊りで有名〉「薔薇の騎士」〈少女漫画オペラ〉)、レーガー(変奏曲と室内楽の達人。歌曲も秀逸)
ダンディ(「フランスの山人の歌による交響曲」は初音ミクが歌った冨田勲の「イーハトーヴ交響曲」の元ネタ)、ショーソン(「詩曲」、フランクの影響を受けた1曲だけの交響曲など)、ドビュッシー(オペラ「ペレアスとメリザンド」、交響詩「海」など)、ラヴェル(バレエ音楽「ダフニスとクロエ」、ピアノ協奏曲ト長調など)
フェルステル、ヤナーチェク(オペラ「利口な女狐の物語」、村上春樹のせいで何故か有名になった「シンフォニエッタ」)、スーク(アスラエル交響曲などが有名)
シマノフスキ(「スターバト・マーテル」など)
グラズノフ(ロシア浪漫派交響曲を集大成した作曲家として有名)、ラフマニノフ(無伴奏合唱曲「晩祷」で非常に有名)、スクリャービン(神智学に陶酔した交響曲第4番「エクスタシー」と、「神秘和音」を駆使した妄想ピアノソナタで非常に有名)
エルガー(「威風堂々」が有名だが真の傑作は交響曲第2番)、ディーリアス(「春始めての郭公を聴いて」は英語圏では誰もが知る名曲)、ヴォーン・ウィリアムズ(「田園交響曲(3番)」と「南極交響曲(7番)」が有名だが5番も捨て難い)
ヒンデミット(オペラ「画家マティス」と、その音楽をまとめた交響曲が有名)
シェーンベルク(無調音楽、12音音楽の創始者。彼が最初に12音音楽による楽曲を完成したのが1921年なので今年はシェーンベルク式12音音楽の100周年。まず聴くばきは「ピアノ協奏曲」「ヴァイオリン協奏曲」「弦楽四重奏曲第3番、第4番」)、ベルク(無調音楽、12音音楽に調性音楽的要素を取り入れて聴きやすくした人。オペラ「ヴォツェック」「ルル」、器楽曲では「ヴァイオリン協奏曲」が有名)、ヴェーベルン(12音音楽の究極として有名)。以上の3人は「シン・ヴィーン楽派」として20世紀音楽を語る上で非常に重要です。
いわゆる「6人組」の時代。現在でも有名なのはプーランク、ミヨー、オネゲル(交響曲第2番と第3番はカラヤン盤もあるので聴いて下さい。このほかオラトリオ「火刑台上のジャンヌ・ダルク」も泣けます。実はスイス人)。現代音楽史的により重要なのはメシアン(「トゥーランガリラ交響曲」「世の終わりのための四重奏曲」「彼方の閃光」オペラ「アッシジの聖フランチェスコ」などが非常に有名)。
プロコフィエフ(大人は「ピーターと狼」みたいなガキ向けの曲は聴かず「交響曲第2番」の暴力的激しさにヒャッハーしましょう)、ハチャトリアン(「剣の舞」とかいう曲は子供の頃運動会で聴いたでしょうから、そんなものより「交響曲第2番」でファシストとの激しい戦いを体感しましょう)、ショスタコーヴィチ(世間一般では交響曲第5番が知られていますが、高く評価されているのは4番、8番、10番、14番など偶数番号の交響曲です。真髄はオペラと弦楽四重奏曲です)
20世紀後半以降は省略。
うーん、元記事のダイアトニックコード云々とか間違ってはいないと思うよ
子供のヤマハ音楽教室で習うレベル、単純な童謡を作曲するために知ってるべきレベル
楽器弾きながら、音を確認しながらやれば、音感があれば何も難しいこと言ってない
でも、音感というか、この音の次はこの音よりこの音の方が気持ちよくない?みたいなところで感覚が一致しないと難しいかもしれない
元の文章で言うところのドミナントモーションとか、鍵盤で同じようなメロディーを何パターンか弾いて聴いてもらって違いが分からないとか、
音痴の原因はいくつかあって、まず耳の問題というのがある、これは医療の話につながる場合もある
と言っても正常に生活できていれば問題とは言い難いのだけど、独特の感性で生まれたということもありうる
この場合、矯正するべきとは自分は思わないが、元の記事のような幼児の音楽スクールレベルで逸脱してしまう可能性がある
仮に自分が指導するとしたら、地面のレベルで異なる状況に普通に家を建てるようなものでそれは難しい
音楽理論をやたらと批判する人がいるが、音楽理論とは基本的にはすべて後付けの理論である
つまり、何だかよく分からんがこんな音を出したら気持ちがいい、こんな音を出したら不安になる、という経験則が先であって、
そこから、なんか法則性あるんじゃないの?勝ちパターンみたいな?と思うようになって、
元記事のダイアトニックスケールだのダイアトニックコードだのは最も基本的な勝ちパターンでしかない
ダイアトニックスケールという名称があるから難しいのであって、
ルート音がCのダイアトニックスケールはピアノの白鍵盤だけを弾いた、単なるドレミファソラシドでしかないし、
ダイアトニックコードも、その白鍵盤で構成されるコードでしかない
ピアノやギターで弾かないで、音楽理論の文章だけ読んだらまったく分からないと思う
逆に、ピアノやギターがちょっと弾ければ、あ、そういうことね、完全に理解した、になると思う
何でもそうだけど、本だけ読んで何も手を動かさないで理解できるわけがない
でも、元の文章の内容が理解できないと、カエルの歌もキラキラ星もちゃんと作曲できているとは言えないと思う
ノンダイアトニック(黒鍵盤を含むようにする)とかちょっとレベル上げるなら、
子供の頃から色々な曲を聴いて、好きな曲ができて何回も聴いたりしてれば、音感は養われてるはずなので、
映画アマデウスのモーツアルトも天才的な即興演奏してた気がする、女の子の尻を追いかけ回しながら、一応フィクションではあるけど
作曲だけだったら考えないでもできる曲ってある気がする
既存の音楽理論的制約に沿えばいいというのもある、マンネリになるけど
転調とか考えないと作りやすくなる、直線的だけど
自分はプロではないけど、ふにゃふにゃ言いながらコード当てはめるとかはできるようになってきた
でも、1日だと何回も繰り返せないし、気分が落ち着いて冷静になってから聴き返して、
なんでもそうだけど、品質を上げるには同じようなところで何回もおなじようなこを繰り返す必要があったりする気がする
1日でインスタントだと、即興そのままの質が低い凝った構成のない曲になる気がする
だから、1日一発収録でヒットすることもあるかもしれない