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2019-10-29

緒方貞子さん

むかし、UNHCR東京事務所学生ボランティアをして、

そこで出会った人と結婚した。

緒方さんがいなかったら、ボランティアなんかしていなかったんだから

縁を結んでくださったことに、今日訃報を聞いてからあらためて感謝している。

一度だけ、お目にかかった。

周囲の敬意が目に見えるようで、

小柄なのに、とても存在感のある方だった。

2019-07-13

anond:20190709135251

誰が一番悲惨だろうと考えたら難民のような気がするからUNHCR寄付してる。

クレカ決済もあるよ。

2018-11-30

難民解放しろと騒ぐがちゃんと状況を調べてるのかなぁ

入管への通路難民解放を求める落書きがあった件。炎上したね。

今度は、自称ジャーナリストコラムを書いたせいでまた注目されてるけど日本難民申請者数が非常に伸びてる。

法務省によれば

平成29年に我が国において難民認定申請を行った外国人(以下「申請者」という。)は19,628人であり,前年に比べ8,727人(約80%)増加しました (別表(1)参照)。  

  申請者の国籍は,82か国にわたり,主な国籍フィリピン4,895人,ベトナム3,116人,スリランカ2,226人,インドネシア2,038人,ネパール1,450人,トルコ1,195人,ミャンマー962人,カンボジア772人,インド601人,パキスタン469人となっています

http://www.moj.go.jp/nyuukokukanri/kouhou/nyuukokukanri03_00700.html

平成20年あたりでは1500人くらいだったのが、25年に3000人に増え今に至る。そりゃ処理に時間もかかるわけだよなと思う。

法務省サイトを見ると、難民申請処理が適切に行われたかについて外部専門家調査してもらっている資料もあれば、どのような人が難民認定されなかったのかについてうかがい知ることができる資料も出ている。(外部専門家にはみんな大好きなUNHCRも含まれてたよ。)

例えばどんな人が難民申請してるかっていうと、実習生制度日本に来て職場から逃げ出して難民申請とか故郷借金があるから難民申請とか。結局は難民じゃなくてこっち来てお金稼ぐのが目的の人が多いね。それなら就労ビザでくるとかすればいいんだが、難民申請すると「外務省保護費」として医療無償生活費、住居費などがもらえるので難民申請してる人もいるんじゃない?何度も何度も難民申請を繰り返す人は申請するたびに理由が変わってたりして、不正が疑われることが多いみたい。

難民解放しろと騒ぐ前に、収容されている人が自発的出国を選べばいいんだよ。そうすれば出してくれるシステムだよ。何が何でも難民として認めろというから出れないだけで。

2018-10-04

映画「ターミナル」状態シリア人逮捕されてシリア強制送還

シリアハッサン・アル・コンタール、マレーシア空港に数ヶ月足止めされた後に

2018年10月4日

多くの国への入国拒否された後、ハッサン・アル・コンタールは逮捕され、彼はシリア強制送還されると思われる。

トム・ハンクス主演の映画「ターミナル」のような環境にあったシリア人のハッサン・アル・コンタールは、マレーシア空港で7カ月近く拘束されていたが、火曜日逮捕された。

ハッサン・アル・コンタールは、2018年3月7日からクアラルンプール国際空港ターミナルに拘束されていた。

コンタールは、従軍しなかったことを故郷当局が求めていると伝えられており、カンボジアへの入国拒否され、ビザ問題マレーシアへの帰国許可されなかった。

36歳の彼は、寄付された航空便で生き残り、トイレ洗濯して、ターミナルに座っていた。

彼は一連のYouTube動画反論を繰り返し、権利グループが彼を助けることを拒否し、誰も彼を連れにこないと嘆いていました。

しかマレーシアのムスタファール・アリ氏はこの件がマスコミの関心を集めていたことを恥ずかしく思っていたため、警察が結局コンタールを逮捕し、空港から彼を追放することにしたと語った。

ソーシャルメディアに関する彼の声明マレーシアを辱めた」と、アリーは、公式報道機関であるベルナマ(Bernama)の発言として引用された。

"[彼は]搭乗券なしで制限区域にいたので昨日逮捕された。

シリア当局は、警察尋問を終えた後、「移民局に紹介される」と述べた。

帰国を容易にするため、シリア大使館と連絡を取り合う」と述べた。

過去7年間シリア内戦が勃発し、35万人以上が死亡した。

コンタール氏の事件は、2004年映画「ターミナル」を思い起こさせている。

トム・ハンクスは、政権崩壊してニューヨーク空港に停泊し、彼の書類無駄になった男を演じている。

コンタールは、2011年シリア戦争が起こったときアラブ首長国連邦保険に取り組んでいました。

彼は自国従軍していなかったので彼はパスポート更新することができませんでしたが、彼は逮捕されるか軍に加わることを恐れて帰国したくありませんでした。

から彼はアラブ首長国連邦不法滞在したが、2016年逮捕された。

2017年に彼は新しい旅券を手に入れましたが、最終的にはマレーシア追放されました。

到着時にシリア人にビザなしの入国許可する世界でも数少ない国の一つです。

彼は3ヶ月の観光ビザを与えられました。

それが終わったとき、彼はトルコに行きましたが、搭乗を拒否されました。

彼はカンボジアに行きましたが、送還されて以来、空港の小さな到着エリアに住んでいます

記事http://syrianobserver.com/EN/News/34868/Syrian_Hassan_Kontar_Arrested_After_Months_Trapped_Malaysia_Airport

グーグル翻訳にかけたのを軽く手直ししただけ。

バズフィードあたりできちんと翻訳してほしい。

彼のアカウント、@Kontar81 はフォロワー17370人。

@AlabedBanaの34万人に比べりゃささやかものだが、

東グータアイコンとして扱われ、実際難民キャンプから特別扱いで早期にトルコ入りした@Noor_and_Alaa の13000よりは多いのだ。

幼女は救われるのにおっさんは救われないのか。


追記アムネスティ声明出した

https://www.amnesty.org/en/latest/news/2018/10/malaysia-syrian-man-stuck-at-airport-must-not-be-deported/

マレーシア空港で拘束されたシリア人は、追放されてはならない

2018年10月3日20:39 UTC

アムネスティ・インターナショナルのマレーシア研究員レイチェル・チャア・ハワードは、マレーシア警察によるハッサン・アル・コンタールの逮捕対応して、

"ハッサン・アル・コンターの逮捕は、彼の事件の一連の誤った取り扱いの中で、最新の過ちである

批判的な状況と彼自身安全に対する明確なリスクを考えれば、彼がシリア追放されたことを見るのは嫌なことだろう。

マレーシア当局は、非還付の国際原則尊重し、彼の試練に対する人道的な解決策を見出すべきである

国連難民高等弁務官事務所UNHCR)は、マレーシア国連難民高等弁務官事務所UNHCR)に、彼らが要求したものアクセスできる必要があります

彼らは彼を「関心のある人物」として認識しており、国際的保護を受ける権利がある」

2015-12-26

http://anond.hatelabo.jp/20151225193646

120万円は小さいとかいう人は、自分寄付できなくて劣等感感じているだけだから、気にせず寄付しろ。私のオススメ国連難民高等弁務官事務所UNHCR)。寄付はこちらから

https://www.japanforunhcr.org/form/all/donate/monthly/

難民って、世界で最も虐げられている人の一人だと思う。住む場所、働く場所、それに知り合いのネットワークがなくなり、隣町の親戚も同じ状況、だったら、国連などの見ず知らずの他人に頼るか、死ぬかの二択しかない。

あと、寄付の単価を1000円から五千円かそれ以上にあげたほうが良いと思う。振込手数料クレジットカード手数料寄付を受ける側が払っている)で数百円は消えるから、元手があるなら、より多くのお金寄付したほうがお金はよく働く。それぞれの事務所を巡って直接募金箱に入れるならまた話は別。

2013-05-20

ハヤシケンジくん

https://twitter.com/kiyoko9/status/336099521064992768

拡散希望帝京大学放送研究会TUBEに、私、武村貴世子と同期で所属していたハヤシケンジくん。至急連絡が取りたいです。現状誰も連絡先がわからなかったので、ツイッター拡散という方法に踏み切りました。伝えたい大事な話があります

武村貴世子。ラジオDJMCライターなど、フリーでいろいろやってます国連UNHCR協会協力委員。kiyoko9mail@gmail.com I'm a freelance Radio DJ,MC, Writer,Facilitator.Advisor, Japan Association for UNHCR

この人と絶対連絡取りたくない。知り合いだったとかも知られたくなかったらどうなんだろうか。

仮にこれでハヤシケンジくんが例えば服役中だったりして、その罪が世間様に周知されてしまうとか。

怖いわー。

オレがきっとそんなに過去の人と付き合い持ちたくないからだろうな。連絡取りたい人とは震災の後心配からとったよ。

2012-03-30

バイト、クビの顛末

高砂屋を、1ヶ月で契約終了になった。

それはいいとして、クビのはね方に大いに問題あると思った。

当然、抗議のFAXくらい送ったった。

以下、全文


御礼

 本日銀行口座より、給料の入金を確認しました。ありがとうございます

 さて、先日は、短い間でしたが、大変お世話になりました。

毎度のことですが、働きに出るたびに、

多くに方面に迷惑をかけてしまますが、今般も心苦しいものがありました。

 一方で、私の受けた屈辱は、ちょっと信じられないというか、

近年まり身に憶えのない類のものでありました。

暴力団詐欺的集団ならいざ知らず、我が愛郷神戸市の、

それも明治からつづく老舗の看板を掲げた企業の御ふるまいと思うと、

残念至極なご対応とのべるほかありません。

 いわれのない初歩的な謬見、及び、それへの盲従・見てみぬふり。

 また、お名前を失念し恐縮ですが、

最終日近くに持っていただいた面談で対面した人事部の幹部の方

(卑近に例えると、タラコ唇の、といいましょうか)へ。

あれを営業スマイルとお呼びするべきなのでしょうか、

当方にとっては不愉快のものと言わざるをえませんでした。

あの場でフェイス トゥ フェイスで申し上げることを控えましたが

(この遠慮は、人として、最低限のマナーと考えます)、

コミュニケーション能力の欠如」とのご指摘にいたっては、

はきり「ちがう」と一言書いておかなければなりません。

この台詞、そっくりそのまま、某幹部殿にお返し致します。

なお、時候の挨拶は割愛させていただきました。乱筆失礼申し添えます



社団法人日本建築士会連合会会員

元日共産党員

日本赤十字社社員

国連UNHCR協会賛助会員

西 照文

*尚、姓名だけは、仮名しました。

2012-03-15

http://anond.hatelabo.jp/20120315150607

 実際に就職先とかを考えるような年齢になれば、ある程度現実も知れるでしょうし、大丈夫でしょう。

サッカー選手」「プロ野球選手」と同じく「かっこいい仕事」にあこがれるのは、別に悪い事じゃない。

 救助に向かうのだとしたら、この先警察とか消防にも目を向けるでしょう。赤十字UNHCRとかも。

 周囲の大人がやることは、芽を摘んだり変に煽ったりするんじゃ無く、「じゃあなれるように勉強頑張ろうね」とかいう方向に向ける事だと思う。

 これが中二を超すようなら、「まずお前、現実を見ろ」から入る必要があるけど。

2007-01-27

難民キャンプの現場から

私の「仕事場」はネパール東南端の難民キャンプネパール系のブータン難民10万6千人が、「ヒマラヤ」のイメージの強いネパールジャングルを開墾して造った7つのキャンプで16年にもわたる難民生活を強いられています。

難民たちは、竹で編んだ小さな小屋に身を寄せ合って暮らし、配給食糧の米を主食としています。人口自然増加しているもののキャンプ用地はそのままなので、年を追ってキャンプでは過密化が進んでいます。

19世紀後半から20世紀初めに経済的な理由から多くの人々がネパールからブータン南部に移住し、ブータン国籍を取得するに至りました。しかし、ネパール語を話しヒンズー教徒中心のネパール系の人々は、仏教徒の主流派ブータン人とは民族的にも宗教的にも異なり、80年代からとられた民族主義的政策の結果、ネパール系の人々は国籍を失い、90年代初頭大量にネパールに流入。ブータン政府に対する民主化要求行動も、多くのネパールブータン人の国外追放という結果をもたらしました。

かれこれ16年も経てば、キャンプはまるで典型的なネパールの町のよう。学校もあれば、診療所もある。集会所もあれば、障害児を預ける託児所もある。すべてUNHCRの支援でつくられたものです。ブータン難民はネパールでは就労権が認められていないため、国際社会からの支援に依存せざるを得ません。UNHCRは、ネパール政府当局やNGOパートナーらと連携しながら、これら難民の権利を保護し、住居、食糧、水・衛生、保健・医療教育などの面での支援物資・サービスの提供、および難民問題の恒久的解決の模索を担っています。

キャンプに暮らすブータン難民全員の状況把握をかねた「難民再登録」の作業がようやく昨年11月に開始しました。UNHCRネパール政府による今年春までの共同事業で、約50人の再登録作業専従スタッフが、一日あたり約1,500人の難民の聞き取り調査と写真撮影、データ入力にあたっています。

90年代初めの到着時に政府が難民の登録作業を行い、その後順次出生、死亡、婚姻離婚などを記録してはいるものの、10万6千人全体について基本情報アップデートし、データベース化するという作業はこれが初めて。難民の安全を守り、適切に保護し支援するためには、一人一人がどこの誰で、どういう家族構成で、どういうニーズを抱えているのか把握する必要があります。

また、一人一人写真を撮り、のちに写真入りのIDカードを発行する計画です。写真を撮るのに飛び切りのおしゃれをしてやってくる老人や、カメラの前で緊張して泣き出してしまう子どももいます。庇護国からの身分証明書は、自国政府から保護が期待できない難民を保護する上で欠かせません。

難民再登録事業の実現は、ネパール政府との粘り強い交渉も含め、様々な関係者による努力たまものです。ブータンへの帰還(わずかながらではありますが)やアメリカなどへの第三国定住など、解決への兆しが少しずつ出てきている中で、この画期的な事業の現場をあずかる事務所の所長でいられるというのは幸いなことです。

16年という長期にわたる難民生活にもかかわらず希望を捨てずに前向きな姿勢を保っている難民たちからエネルギーを分けてもらいながら、様々な国籍の50人の事務所スタッフとともに支援活動にあたっています。

 
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