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2011-03-15

1日目

その時、私は書店にいた。仕事は3時から始まる。

業務の前に書店に寄ることが、半ば習慣化していた。

買いたい本を片手に持って、レジへ向かう。

人の声の重なりのような、妙なざわつきを感じる。

地面が揺れていることに気づいたのは、その後だった。

一昨日の余震だろうか?それならばすぐに収まるだろう。

生まれて初めて体験する激震が、我が身を、そして店全体を揺らしたのは、そんな甘い考えが脳裏をよぎった瞬間のことだった。

平成23年3月11日午後2時46分の出来事である

本を買うより、身の安全の確保が第一だ。

左手に持つ本を放り投げ、私は出口を目指して駆け出した

棚の高い場所から、多くの本が勢い良く吐き出されていった。

店を出る瞬間に、視界の片隅だけに見えていたものだけど、その光景は良く覚えている。

職場はすぐ近くにある。職場へ向かおう。

激しく揺れ動く地面と同様に、あまりにも落ち着きのない思考が私を動かしていた。

だけど私は運が良かった。ガラスが割れる軽やかな音に気づけたから。

目の前で、ガラス造りの街灯が落ちて地面に砕け散った。

あと数秒、私の走りが早かったら、危なかったかもしれない。

まずは身の安全の確保だ。最優先事項にやっと気づいた私は、元々いた書店入り口近くにある金属の柱にしがみつく。

建物の近くにいては倒壊に巻き込まれるのではないか、という考えもあったが、倒れそうには見えない外見のビルであったし、何よりも、屋根があった。

何かが落ちてきても、屋根があれば最悪の事態を免れることが出来るだろう。

一息ついて油断した、その瞬間を見逃さずに追撃するかのように、それはやってきた。

もっとも、どんな覚悟も、あれの前には無意味だったと思う。

視界に入るもの全てが揺れ動いていた。地面が左右に揺れる、というのを視認したのは初めてだったと思う。

地鳴りと悲鳴が重なる。震度表には「立っていられないほどの揺れ」という表現があるが、まさにそれであった。

銀色の柱にしがみつき、身体を支えること以外、何も出来なかった。

勇気ある人は、危険な位置にいた女の子たちを比較的安全な場所へと誘導していた。

その後、ガラスの街灯がまたひとつ落ちた。ガラスの破片が散らばったけれど、気にしている余裕はない。

私は死ぬのか、この世は終わるのか。本当にそう思った。

長い、長い、私の体感では3分ほど、実際はもっと短いだろう(これを書いている時点では正確なデータがないのです)、

だけど長い地震が終わって、私の思考はまた落ち着きのないものへ切り替わっていた。

そうだ、職場に行かなければならない。

揺れが収まり、身動きが取れることを確認すると、私は職場ビルへと向かった。

本震があって間もなく、仙台市内全域は停電となった。

エレベーターは動かない。12階立建てのビルの3階に職場はある。

階段の壁は一部が崩れ、破片がそこらに落ちていた。非常灯がなかったので、昼と言えど薄暗かった。

それは階段だけではく、各階でも同様のようであった。日の光が差し込むだけ、階段よりは明るかった。

ドアを押しあけ、オフィスへ入るとほぼ同時に、余震が襲いかかった。あの本震の直後の余震である。実際にどれほどの震度の余震だったのか、これも現時点ではわからないけれど、本震と同じくらい強いものに感じた。

「危ないから入ってきちゃ駄目!」と悲鳴に近い声が私に掛けられたけれど、入ってきてしまったものは仕方ない。

オフィスの中にいた他の方々とともに、私は机の下に身を隠した

自ら飛び込んできた私はともかく、朝から働いていたオフィス内の人々は、突然の、しかも未曾有の大きさの地震を受け、憔悴しているようだった。

それから階段を降ってビルを出て、一度は近くの小学校へ避難したしかし、地域の方々の避難が最優先であるため、解散の命令が出るまで、私たちは歩道で待機していた。

その間も余震はまるで容赦しない。地面が揺れる、街灯や電線が揺れる。大きな看板地震で壊れていて、たくさんの人が携帯電話写真を撮っていた。

本震の最大震度が7と聞き、やっぱりね、とか、宮城県沖地震かな、などという話題が上がった。少量ながら雪が降り始めて、とても寒かった。

地震保険の話があった。我が家には適用されるのだろうか。いや、それよりも我が家は無事か。

携帯電話操作して、自宅に電話をかけるも、繋がらない。当たり前のことだった。

それからしばらくして、今日のところは解散、ということが上司から伝えられた。私は家まで歩いて帰ろうとしていたけれど、同じ方向に住まいがある同僚がいたので、家の近くまで送っていただくことになった。

車道は当然のように渋滞していた。加えて、一部を除いて、信号も動いていない。

仙台市中心部から郊外へ移動しようというのだから渋滞に巻き込まれるのは致し方ないことだ。30分で100メートル移動出来たかどうか、ということもあった。

正直に言えば、自宅まで徒歩で戻った方が、早く家についたかもしれない。しかし、車で送って頂いて本当に良かったと思う。

そう思う理由はいくつかある。ひとつは、複数の人とともに移動することによって、不安や恐怖と言ったものを少しは紛らわせたということ。また、車にはラジオが搭載されているから、最新情報を確認することが出来たのも大きい。外気を遮断し、暖をとりつつ移動出来たというのもある。被災直後から仙台市内には断続的に雪が降り、吹雪くことさえあったから。

最終的なマグニチュードが8.8であるという報道を聞き、私たちは笑うしかなかった。この地震で亡くなった方が出るかもしれない、という話題にもなった。これを書いている今現在、確認されている死者は1000人以上であると聞いている。ここまで多くの方が亡くなってしまうとは、あの時、思いもしなかった。

移動中、私は家族が心配でならなかった。特に、自宅にいるであろう、母。我が家は築25年の木造住宅である。自宅が倒壊してしまったのではなかろうか、それに母が巻き込まれてしまったのではないか、心配で心配で溜まらなかった。

同乗している同僚は、2歳のお嬢さんを心配していた。夫の実家に預けているのだが、連絡が取れないのだという。

私も母との連絡は取れない。「頼りがないのは良い証拠」であるという、この場にはまるでふさわしくない故事を信じるしかなかった。

被災直後であるから携帯電話は全く役に立たない。それはとうに承知していても、家族の安否を確かめたいというのは当然のことだ。電話はとても繋がりにくかったが、幸い兄との連絡はついた。それから機械に疎い家族が見るかどうか分からないが、災害伝言板に書き込みをしておいた。

車に乗っていても、余震は我が身に伝わる。窓から見える外では、多くの人が歩いていた。結婚式最中だったのか、よそ行きの格好のまま避難する人、スーパービニール袋を被る人、クリーム色のカーテンを纏う人、様々いた。

1、2時間も経つと、日が傾き、徐々に日の光が失われていった。明かりがあるのは車ばかりで、どの店、どのビル、どの建物も真っ暗なままだった。唯一、警察署だけは明るかったけれど、自家発電装置はいつまで持つのだろうか。

これだけの巨大な地震であるにも関わらず、高層ビルの倒壊がなかった、このことはすごいことだと思う。

しかし、それは外見の話だ。どこも大なり小なりの被害を受けていて、壁が崩れたり、窓ガラスが割れたりするのは当たり前、水道管が壊れて、水が溢れだしている家もあった。

時間半ほどの時間を掛けて、自宅の近くまで送って頂いた。ここからは、歩いて帰ることになる。

外はやはり寒かった。実際の気温だけではない。街のどこにも光がない。駅の近くにある大きな交差点、そこの信号は機能していたけれど、他の信号は依然光を失ったまま。これまで車で通り過ぎてきた光景と同じく、街のどこにも灯りはなかった。

この夜の空は、山中で見るもののようだった。星座が確認出来るくらい、綺麗な星空。あまたの星がいつもと同じように、黒のキャンパスの上で煌めき、瞬く。暗い街並みといつにも増して美しい夜空を、私は生涯、忘れないと思う。

さて、この地震では、かなり多くの方が避難所での生活を余儀なくされている。

我が家はかなりましな状況であるということを、ここで記しておく(こうやって被災最中に手記らしきものを書いている時点でお察しの方も多いだろう)。

何せ、不自由なことは多いものの、自宅で生活が出来ているのだ。現在、これを書いている3日目の朝も、白いご飯を食べ、暖かな野菜スープを飲み、ゆで卵まで頂くことが出来ているのだから

時間かけて自宅まで戻ってきたが、電気はついているはずもない。もしかしたらみんな、避難所にいるのかもしれない。あるいは……。

最悪の事態を思い浮かべながら、玄関を開ける。ただいまと誰もいないかもしれない家に声をかける。返事はすぐに戻ってきた。

家族全員茶の間にいた。みんな、無事だった。そのことに安堵の息を漏らしつつ、私は茶の間に入った。

意外なことに、茶の間は暖かだった。捨てるつもりでいた石油ストーブを物置から持ってきて動かしていたのだ。停電していても暖が取れるのはありがたかった。さらに、ストーブの上にやかんを置けば、時間はかがるがお湯が湧く。パンを置けばカリカリに焼ける。外は氷点下にまで冷え込む中、石油ストーブで外から身体を暖め、お茶で内からも暖める。とても幸せなことだった。これを呼んでいらっしゃる皆様には、是非一家に一台、石油ストーブの購入をお勧めする。

家の中には、父、母、兄、それに近くに住む親戚の小母さんがいた。小母さんは、この地震で誰とも連絡が取れず、また誰も帰ってこないという。家の中は地震家具が散乱しており、中にはとても入れない。一人でいるのも不安である。そのため我が家に来たのだという。

自宅へ帰って来た頃、時刻はもうすぐで8時を迎えようとしているところだった。こたつの上には大きな蝋燭が立てられていて、その脇にラジオが置かれていた。懐中電灯もあるにはあるが、あまり明るくないので、部屋全体は照らせない。そのため、トイレに行く時等、移動する際に使われていた。

そういえば、自室に小さなライトがあるのを私は思いだした。いつだかにゲームセンターUFOキャッチャーで取ったものだ。おもちゃに近いが、電球はなくLEDなので、大きさの割には強い光を出す。

本棚が倒れたため、本で埋め尽くされ、足の踏み場がない部屋へ行く(自室の荒れ方がまた素晴らしかったので、出来ればお見せしたいところであるが、この時既に携帯電話の電池が切れていた。残念である)。机の引き出しの中にライトはあった。スイッチを入れると、白い光が散乱した部屋を照らした

また、その時の私は、黒いタイツストッキングと随分冷える格好をしていた。荒れ果てた部屋からジーンズを引っ張りだして着替えた。ついでに、タオルケットと毛布を茶の間へ持ち出した

茶の間に戻り、ライトで辺りを照らしてみせると、蝋燭や懐中電灯よりも広い範囲をより明るく照らせたので、当座はこのライトで部屋を照らすことになった。裸火がなくなり、火事可能性が低くなったのでひとまず安心した

余震は断続的に続いていた。これを書いている今もそうだが、大小の関係なしに、何度何度地震に遭っていると、いつも地面が揺れているような感覚に襲われる。恐怖が完全に拭われることはなく、むしろ大きい余震があるたびに増大していった。

地震当時、各々が何をしていたかを話した

母は、少し昼寝をしようとしていた時に地震に見舞われたそうだ。これほど大きな地震であれば、逃げることをまず第一に考えそうなものだが、母は42型の液晶テレビが倒れないか心配だったらしいテレビを支えつつ、近くの柱にしがみついて、本震を耐えきったそうだ。

兄は仕事をしていた。オフィスの中にあったパソコンは全て倒れて使えなくなったそうで、しばらくは仕事にならないだろう、それどころか解雇されるのではないか、と心配していた。

父もまた、仕事をしていた。スーパーでカゴ集めのパートをしている父は、地震の瞬間に店内にいた。これは危ない、と思い、しかし出口からは遠い場所にいた父は、普段は閉じられたままのガラス張りのドアをこじ開けて外に出たという。後から聞いた話によると、父の勤務地のスーパーは、天井が落ちてしまったそうだ。

ラジオから聞こえてくる男性の声が、この地震による被害の状況を伝える。泉区で家がひとつ倒壊した、壁に挟まれて死んだ人がいる、火災が発生した津波で何もかも飲み込まれた……。いつもの夜のラジオなら、軽やかな音楽や楽しげに話すDJの声が漏れてくるのに、今宵は厳しい現実と、それを乗り越える手段が、無機質に流れ出ているだけだった。

私が自宅に帰宅して、1時間ほどして、親戚の小母さんの娘さんが帰ってきた。

この時、電話はまともに使えなかったが、メールインターネットならば使用可能な状態にあった。

機械音痴しい小母さんは、メールを打てない。私が代わって、娘さんに「小母さんは我が家にいる」との内容を打ち、送信したところ、娘さんはすぐに我が家に駆けつけた。それまでは近くの避難所を当たっていたらしい

娘さんの勤め先は、長町にある。我が家仙台市泉区に位置しており、長町とはかなりの距離がある。娘さんは同僚の方から自転車を借り、ここまで帰ってきたのだった。それまでに1時間半の時間を要したそうだ。

午後の10時頃に、小母さんの旦那さん、つまり小父さんが帰ってきた。小父さんは地震発生直後に車に乗ったのだけど、ひどい渋滞に巻き込まれて、この時間に帰ってきたのだという。実に7時間もの時間をかけての帰宅だった。

先にも述べたが、被災はしたものの、我が家はかなりましな方だった。屋根瓦が吹っ飛んだり、壁に多少のひびがはいったりはしたけれど、とりあえず住める状態にはあったのだから停電していて茶の間以外は真っ暗だし、ガスも当然止まってはいるけれど、この時点水道は使用できた。トイレも流せる。これだけで、精神に随分と余裕ができた。とは言っても、時間が経つにつれて水圧は低下していき、2日目の昼には断水になってしまうのだけど。

しかし、断水前に風呂に水を貯めておけたのは良かったと思う。おかげで、今のところ、トイレの水には困っていない。流石に大しか流せないので、そこらへんの節約は必要だ。

とにかく、電気とガスが使えないのが痛い。そうは言っても、ライフラインが回復するまでは今ある環境で耐えるしかない。母に菓子パンを食べるように勧められたが、遠慮して、お茶だけ飲んでいた。……皮下脂肪が厚いので、少しの間飲まず食わずでも耐えられる。

夜の11時を迎えたところで、両親に就寝するように言われた。どうせ、余震が続いて眠れないので、次の日の夜明け、6時50分頃まで起きているつもりだったが、せめて横になるように、と言われたので、茶の間の畳の上に体を横たえた。今夜は座布団が枕の代わりだ。寝転がり、目をつぶるだけで、少しは休むことができる。

形だけの就寝をし始めて1時間。日付が変わった後、ふと母の携帯電話を見てみると、2、3時間前まであった電波がなくなっていた。メールネットならば使えたのに、それすら出来ない。ラジオ以外の情報獲得手段がない。ニコニコ動画ユーストリームNHKの放送をしている、とラジオは伝えていたけれど、そんなもの役に立たない、と思った(もちろん、まだ電池のある携帯電話等を持っている人には重要なのだと思うけど)。ちなみに、家に帰ってきた時点で、私の電話の電池は切れてしまった。

日の出まであと6時間ラジオは伝える。どうか日の出まで、希望を持ってと。ラジオは伝える。現実を。荒浜に、200から300の遺体が流れ着いたとの報を聞き、涙が頬を伝った。

3時か4時になった頃、NHKラジオ音楽を流した。2曲流れて、1曲は確か「カノン」だったと思う。そのおかげがどうかは分からないが、私は少し、眠ることが出来た。余震がある度に起こされはしたものの……。

 

長い、長い夜を過ごしているうち、私はひとつ思いついた。

被災している最中から、忘れないうちに、体験談を記しておこうと。

携帯電話は使えない。iPadは不向きだ。だから今、pomeraを使って書いている。我が家にて、単4電池を使う懐中電灯等もなかったから、こうやって書いている。

これは被災してから2日目に書き始めた。現在荒削りながら、被災当日のことを書き終えて、5日目である。出来れば電気が繋がった3日目のことまで書いて、増田に上げられれば、と思う。私なんか、とてもとてもましな方だったけれど、千年に一度とも言われる天災体験談は書いておかなければならないと思った。……エゴイストで申し訳ない。

また、普段は趣味小説のようなものを書いているので、そのような表現があり、読みにくい箇所も多々あったかと思う。このことについてもここでお詫びする。

私が住んでいる仙台市泉区とあるところでは、3日目で電気が繋がり、4日目で携帯電話の通話及びメールが使用可能に、そして現在、5日目の朝にネットが復旧した

ガスと水道は未だ使用不能。ライフラインが完全に復旧するまで、一ヶ月はかかるそうだ。

しかし、命があるだけ儲け物である。生きていれば何とかなる、との言葉を信じてみようかと思う。

2011-03-14

電飾看板を点けている店舗不謹慎だとは思わないが理解できない

震災以後、初めての夜の都心を歩いた。

あれだけ節電が叫ばれているにも関わらず、

普段どおり看板をフルで点けている店舗が結構多いのに驚いた。


それぞれ事情もあると思うのだが、でも何をどう考えたら

この現状で「フルで看板を点ける」という選択になるのだろう。

看板を点けていても良い事など無いような気がするのだが

電車の運行停止でかなりの人が影響を受けているので、確実に印象は良くないだろう。


逆に節電を実施すれば光熱費を浮かせられるし、イメージアップにもなる。

節電に賛同したお客さんも増えるだろうし、会話の糸口にもなる。

不謹慎だとは思いつつも、この「好機」を逃している店の考えが良く理解できない。

震災に対して云々ではなく、単純に店舗にとって良い事ずくめだと思うのだが、ちょっと理解できない。

節電をしない理由を少し考えてみた。


・いつも通りの姿を見せて皆を元気にした

・電源の切り方が解らない

・電源を切ってはいけない契約になっている

最初から節電をする気が無い

・節電が必要な事を知らない

・周りが暗い今こそ明るくして目立ちたい

バイトしかいないなど、そもそも商売をやる気が無い


他に何かあるだろうか?本当に理解できない。


ちなみに目当ての店は電飾看板液晶テレビを載せ、メニューのループ映像をひたすら垂れ流していた。

さすがに少し気分が悪くなったので、別の節電を実施していた店で食事をして帰宅した

二度と行くか、とまでは思わないが残念な気分にはなった。

パチンコ店は休業せよ」は正しいか?

パチンコ店がやたら叩かれてるので、アバウトに調べてみた。

パソコン:150W

(1台)

PC消費電力計測



テレビ:150W

(32インチ液晶 1台)

液晶テレビは本当に省エネなのか - [節約・やりくり] All About



パチンコ:200W

(1台)

セブン春日井★家庭用パチンコ・スロット販売★よくあるご質問



パチンコ屋は空調・照明も使うじゃないか!」という意見もあるかもしれないが、

空調に関しては、

家庭用エアコン(2200W~) エアコンの電気代・消費電力 | クーラーの省エネ・仕組み・比較

よりもパチンコ店の方が効率が悪いとも思えない。



せいぜい「パチンコ屋は照明をおとせ!」「ネオンを消せ!」くらいにしとけってこった。

2011-02-18

http://anond.hatelabo.jp/20110218090847

俺が思うに、単純なブームじゃないかなと。

バブルたいなもの持ってる奴が勝ち組たいなブームがひと段落して、空白期間が続き、次にやってきたのが貧乏ブーム。

持たざる者価値組ブームっつーか。

あれだよ。よく知らないけど、多分過去にも何度かあったんだよ。

東洋ブームとかさ。

西洋人も、突然仏教にハマったりした時期あったと思うんだ。

あとは、未開の部族ブームとかw西洋人が「西洋文明に犯されていない、自然と共に暮らす人々をお手本にしよう!」って急に叫んだ感じの。

最近はなんだ、モッタイナイだっけかwwあれもそうだよね。日本ブーム?プチブームっぽいが。

あとは日本アニメとかマンガもすごいブームになったけど、売れるもの売りつくした感じで飽きちゃったらしいじゃん。朝日の記事に書いてたけど。そりゃそうだよな。日本アニメ漫画にはつまらないのもたくさんあるし、外人には理解できない日本価値観のもある。人気作が一通り売れたらあとはしぼんじゃうのも当然の成り行きだよ。

てわけで、清貧ブームみたいなのは、それだけ先進国自然や昔ながらの世界観からかけ離れつつあることの証だと思う。

急に振り返りたくなる症候群っていうか。液晶テレビパソコン!全自動洗濯機!とか騒いでると、突然登山に行きたくなったり、ものを捨てたくなったり。

その程度でしょ。

2011-02-01

http://anond.hatelabo.jp/20110201013810

頭の体操高齢者と柔整師と外国人つまみ出すっていう発想はいかがなもんなんだろうか?

そりゃあ、100年くらい前だったら実に斬新で魅力ある発想だったのかもしれないけれども。

んじゃーね、横だけどちょっと俺も頭の体操してみる。

まず、国民健康保険、これやめよう。

民営化しちゃおう。

強制加入を義務付けて、(ただし、保険会社はどこでもいい)国民皆保険制度だけは維持って方向で。

いまさ、収入に応じて掛金が決まるけど、普通医療保険たいに、病気事故に合いやすいヒトほど掛金が高くなる方式にしちゃおう。

そりゃ税金は投入はするけどさ、保険会社だってお断りしたいような人も保険にいれないとならんからそのぶんの補填にね。

いまよりずいぶん安く上がりそうじゃない?

民間の保険会社契約も増えて税収アップ、やったね!

で、次警察民営化しようぜ。

セコムあたりに売っぱらおう。

国がしっかり管理しないとダメとか言われそうだけど、薄給セコム警備員警察給料払ったらいい仕事してくれると思うよ?

あ、警察いで自衛隊民営化しちゃおうぜ。

有事の際だけ外注のほうが安く上がるんじゃねーの?

傭兵部隊みたいにさ。

え?中国が攻めてくる?

むしろ中国に外注しようぜ。

アメリカ軍雇うより人民解放軍のほうが安くレンタルしてくれそう。

それから日本土地でも売るかな。

とりあえず東京を。

六本木とか今だってガイジンのほうが多いんだもん、日本じゃなくなってもいいんじゃないかな?

日本人東京にダサイタマあたりから通勤するの。

東京を追い出された都民の一人でも、尖閣諸島とか竹島あたりに住んでくれたら美味しいな。

独裁者の俺は、ダサイタマ田んぼに豪邸を建てるの。

24時間風呂で、50インチ液晶テレビがあって、国産車が五台くらい並んでる大豪邸。もちろんセコムしてるぜ。

しかし、東京中国人がたくさん住むと、ダサイタマに住んでいても喉元にナイフ付きつけられたみたいで安心出来ないし

政治家官僚も外注しよう。

中国人に対向させるために台湾人とかアメリカ人とかを多めに。

ゴーンあたりに公務員リストラを頼みたいけど、あ、ゴーンはフランス人か。まあいい。

でもゴーンは普通に断りそう(笑)

総理はジョブズに。

プレゼンに期待。

ジョブズは余命が短そうだから名誉やりがいのある仕事を引き受けてくれるんじゃないだろうか。

国営SNSを作ろう。

国民全員にアカウントをつけて、ジョブズ内閣のもとに一人一票を実現するんだ。

法案の可決否決は全部国民投票さ。

アカウントでヒモ付きにすれば都合が悪い意見言うやつとか都合が悪い票を入れるやつを簡単にぶっ殺せるしってのは内緒な。

ツイッターフェイスブックと競合するようなサービスをして、できるだけ向こうの情報に触れないようにさせたいな。

そのまえに国民が全員パソコンを使えるようにしないとな。

年寄りたちにはネット証券口座の開設を義務付けよう。

溜め込んだ現預金市場に吐き出してもらわねば。

国営SNS出会い系をやろう。

出会い系っていうか、お見合いパーティーってか、もう面倒臭いかトントンっと合同結婚式だ。

これで少子化バッチリ

麻生太郎漫画アニメ担当大臣

鳩山由紀夫ホリエモン宇宙開発

ルーピーの名を返上してギャラクシーピジョン由紀夫

土地が大好きな小沢一郎先生には国土交通相かな。

面白くない?すんません。

2010-11-27

貯金ほぼゼロで3000万のマンション衝動買いした。

28才。SE6年目。年収400~500万。

今日スーパーの帰りにフラっと立ち寄ったモデルルームで、そのままマンション契約をしてきた。

比較もなにもなく、1軒目。

衝動買い自分の癖の一つで、よく会社でもネタにされていた。

「昨日さ、○○(俺の名前)作戦を発動しちゃったよ」

とはつまり、衝動買いしたよ、ということだ。

例えば電気屋に電球を買いに行っただけのつもりがパソコンを買っちゃったなんて話は、少なかれどまったくない話ではないだろう。だがマツキヨシャンプー買った帰りに3000万のマンションも買っちゃったなんて人はそうはいまい。

本題に入る前に少し、過去の話を書こうと思う。

学生、親の管理下にいる頃はお金の扱いに非常に厳しく、お小遣いすら支給してもらえずおやつひとつ買うのも母親承認が必要で、100円のおやつがほしいともなれば3日はおやつを我慢しなければならなかった。

社会人になり自分お金を稼ぐようになって、その反動がきたかのように「ほしい物を、ほしい時に」買うようになった。はじめは会社の寮に住んでいた為お金は溜まりに溜まり、とにかくありとあらゆるものを即金で買うようになった。パソコンホームシアター、大型液晶テレビ最近ホームベーカリーCisco社のルータも買った。特に衣食住における”住”のウェイトが高かったように思う。

その考えはそのまま住居に直結し、不景気煽りで退寮を迫られたときには賃貸デザイナーマンション契約し、引っ越した。家具家電も全て新調したため、引越し総額は100万を軽く超えた。

しかし、それまでタダ同然の家賃でで暮らしていた自分に9万オーバー家賃想像以上に重くのしかかり、それ以降まったくお金も貯まらず、それでも浪費癖だけは健在でボーナスを含めた総支給でなんとか生活が出来ている状態だった。いや、なんとか、というと語弊があるかもしれない。少なくとも切り詰めてはいないのだから。スポーツジムにも通ったし毎年冬山に7,8回程度滑りに行っていた。今が幸せで楽しければそれでいい。そんな考えで手取りめいっぱい使って生活していた。もちろん今もその考えは変わっていない。(だからこその3000万の借金なのだが

そんな自分にも彼女ができ、結婚を考えるようになった。デザインがどんなに優れていようが、居心地がどんなによかろうが所詮一人暮らし用の賃貸マンション。さすがに手狭で引越しを考えていた。お金もないし結婚資金も必要で、現実的に考えてもう少し広めの、もう少し安めの、普通アパートに。

だけれども自分にとってやっぱり衣食住の何が大事かということを考えると、”住”なのだと思う。今よりもう少し広めの、もう少し安めの、普通アパートに住むなんて、もちろん現実的だけど自分には考えられなかった。

だから、買った。立地も間取りも広さも階数も問題ない。問題なのはお金だけ。貯金ゼロ円。手付金すら払えない。

来週、契約に行ってくる予定。婚約者に手付金を借りて。

もちろん彼女には返します、12月ボーナスで。ローンを組む前から自転車操業

2010-10-26

来年買うもの

マークXの新車

IWC腕時計

マッサージチェア

動画が撮れる一眼レフ

50インチ液晶テレビ

われながらオッサン趣味だな。。。

2010-10-25

目を醒ましてくれ!老人たち

あのね、毎年だれもが生活レベルを上げていける

そんな時代はもう10年前に終わっているんです。



いいかげん気付いてください。

というか、目を背けないでください。



そんな大きな液晶テレビ

狭い家においてどうするんです?



ほとんど使わない部屋にまでエアコンつけてどうします?



食の細い老夫婦の生活でそんな大きな冷蔵庫いりますか?



もういいかげん身の丈にあった生活に入りましょう。

いままでがうまく行きすぎていただけなのだから。

2010-09-13

http://anond.hatelabo.jp/20100913225840

もうだいぶ前からそれは判ってたはずだろ?

9時17時で仕事して、たまに遅くなっても大抵は家族で飯が食えて、母親専業主婦で、小さくとも家があって、将来は年金がもらえる。



でも、親父の世代と同じ世界を生きられた事なんて、今まで一度だって無かったよ。

親父の世代は、バブル景気のおかげもあって好景気とともに仕事をした。でも、老後は不況だ。

親父の親父の世代は、働けば働いただけ世の中が豊かになっていく実感があった。でも戦争に負けた。

親父の親父の親父の世代は、戦争に勝ってあの豊かな明治の御代を謳歌できた。しかしずっと戦争とともにあった。

親父の親父の親父の親父の世代は、世界一大都市文化が豊かな江戸があるあの時代を生きた。しかし内戦は絶えず、外圧環境も激変した。



前と同じ生活はやってこないよ。

目の前にあるPCは、親父の頃は電卓が机のサイズだった。

液晶テレビクーラーを苦労なく買えるなんて夢物語だった。

ガンは(まだまだとはいえ)不治の病ではないし、自動車事故は減り、妊婦が死ぬことも滅多になくなった。

世の中は変わり続ける。

昔は良かったと言っても戻れないんだから、今良い事で楽しもうぜ?

2010-09-05

http://anond.hatelabo.jp/20100905112351

いまさらって感じ??こんなのが出始めたころに話題になったもんだけどな。

サイト側が落札価格吊り上げてるとかの前にもっと簡単に損しない仕組みになってる。



落札価格が問題じゃなくて入札回数の方が大事。



例えばこれなら

SONY BRAVIA 40V型液晶テレビ KDL-40EX50

市場価格: \78,800

落札価格: \2,157



落札価格2157円=入札回数2157回

これに一回75円のコイン代がかかるから2157*75=161775

これに落札価格を足した163932円がサイトに入る金。



市場価格の倍以上だし。

要するに落札出来なかった人からちょっとづつ金とって損しないようになってる。



落札出来なかった人は落札価格に手が出ないんじゃなくて落札する為のコインを買えない、買いたく無いから入札止めた人が多いんじゃない?

どんどん時間が延びるからそれに対応出来ない人とかもいそうだね。

2010-09-03

2冊のアクション書評 ピーター・ドラッカー堺屋太一

http://twitter.com/zaway/status/22888381585

ドラッカー堺屋太一。2人にはある1つの共有点がある。

それは、未来経済社会のあり方についての「ビジョン」についてである。それを堺屋太一は「知価社会」とよび、ドラッカーは「知識社会」と呼ぶ。キーワードは「脱工業化」、そして「知」だ。従来型の産業構造の転換が求められているという議論は、今も日本で話題になっているが、これは新しいようで古い。そこで今回は、彼らの著作の紹介を通じて、過去の議論をざっと見てみようと思う。



堺屋太一「知価革命

1985年に刊行された、堺屋太一未来予測本。

当時はかなりの反響があった。鉄鋼やエレクトロニクスなど日本製造業が絶頂期にあった中、周囲からのひんしゅくを恐れずに堂々と脱工業社会の到来を予言した。ある意味で、時代を先取りしすぎた本と言えるかもしれない。



まず著者は、古代以来の世界史の「精神史」的側面を振り返りつつ、現在世界が直面している変化を位置づける。むかしは、カネや領土を追い求めた「物質」尊重型の古代文明ローマ帝国中国漢王朝のような)、古代の巨大帝国が崩壊すると今度は、信仰に篤く慎まやかな生活をおくる「精神」尊重型の中世が到来した。それが、産業革命以後の近代ではまた「物質」を追い求める時代へと転換した。その意味では、現代社会価値観古代帝国が基底にある。



しかし、足下ではこれが中性的な「精神」尊重型の社会に立ち戻る動きが見られる。2度の石油ショックが起こり、これで資源が有限であることに人々は気づき環境意識が高まっている。「このまま大量生産、大量消費を続けたら我々はまずいのではないか」、そうみんなが確実に思い始めている。この流れの延長線上にある社会の姿と位置づけるのが、「知価社会」である。



知価社会とは「デザイン性やブランドイメージ、高度な技術、あるいは特定の機能の創出といったことが、物財やサービス価格の中で大きな比重を占めるようになる社会」と定義する。ここで、単に情報産業サービス産業などという特定の業種転換より広い意味をもっていることに注意したい。むしろ、強調されているのは製品としての「コモディティ」の終焉である。彼は確かにこう書いている。「安い規格品よりも高級なブランド品が、より長く使われる「知価」の部分が肥大化した価格攻勢が一般化する」(文庫版p225)。



すでにアメリカでは知価社会への適応が進んでいる。単純な製造業が衰退する一方、ブラディング、マーケティングサービス産業の比率が高まっている。翻って、我々日本にとられるべき選択肢は2つ。知価社会への移行を推し進めるか、それとも従来の工業社会の基盤に固執するか、だ。日本が取るであろう道について、彼は製造業での成功体験が忘れられず従来型産業構造維持型の政策を取り続ける可能性は高いと予測している。しかし、その道は安易であり、長期的に有利とは限らない。国際環境の変化に適用できない硬直化に陥る危険性があると警鐘を鳴らし、締めくくる。




ピーター・ドラッカーポスト資本主義社会

原著は1993年刊。この時齢83歳。

ドラッカーといえばマネジメントだが、 本来は政治社会批評家である。彼がマネジメント研究に入っていったのは、その思想を実践するための手段としてマネジメントが有効だと気づいたからにすぎない。



彼はまず産業革命が起こった要因について振り返り独特の解釈をする。産業革命を起こったのは、生活水準資本の変化意外に、1700年以降から変わったある決定的な要因があった。それは職業組合などの内部のみで、数千年に渡って発展してきた秘伝としての技能が、初めて収集され,体系化され、公開された。技術学校や「百科全書」のような書物によって経験は知識に、徒弟は教科書に、秘伝は方法論に置き換わった。この「知識」こそ、道具,工程製品への応用の連鎖をうみイノベーション加速度的な発展を促したものだった。



そして、今、知識の役割はさらに重要になっている。放射線治療機器CTスキャナ、高度なCVD装置、超高速のスパッタリン装置。今の製造業の基盤になっているこうした生産手段は、労働者の高度な知識があって初めて動く。昔の資本主義がそうであったように、けっして労働者歯車のように資本家に所有された代替可能な機械ではなくなっている。従来の資本主義にあったような「資本家労働者」という次元は今や完全に消滅している。今や富の創出の中心は、資本労働土地から、人間の知識そのものへと移行している。



ドラッカーは、このような形で変化しつつある社会を「知識社会」と称した。そうした社会では、労働者達の知識を効率的に活用し、いかに収益にむすびつけていくか(これをドラッカーは「知識の生産性」といっている)がこれまで以上に国,産業企業競争力にとって重要になってくる(p244)だろう。それはこれまでもそうだったし、これからはさらにそうなっていくだろう。イギリス過去CTスキャナコンピュータ抗生物質ジェット機を開発したが、それを製品サービス仕事転嫁できず、アメリカに抜かれていった。他方、アメリカアメリカマイクロチップコピー機、工作機械などのパイオニアだったにもかかわらず、日本企業がそれらの市場を奪取するのを指を加えてみるしかなかった。そして、日本は、自らが事業の先鞭をつけたほとんどの主力産業液晶テレビカーナビ、電池)で韓国中国企業の強烈なキャッチアップを受けている。



では、いかにして知識の生産性を高めることができるのか?それを実現する手段が「組織が成果を生み出す機能を高めること」。つまり、マネジメントなのである。この結節点において、社会学者としてのドラッカー経営学者としてのドラッカーとががっちりと連結される。

2010-08-22

今年3月に発売された東芝の40型液晶テレビ

実質4万2000円で買えちゃったけど

こんなに安くていいのかな~

エコポイント還元ポイント還元、5年保証付き)

メーカーさんは大変だね

2010-07-16

モノが売れない時代

日本でモノが売れない時代になってきた。

・車が売れない

・大きなテレビが売れない

・でかい家電が売れない

どれもこれも若者の〇〇離れと聞かれるものばかりだ。

これらはもっと安くなれば売れるだろうか?

答えはノーだろう。

これらは僕らの生活を変えてくれる、という希望に乏しいからだ。

昔は車がなければ、女の子を誘えずどこにもいけなかった。

今は電車バスでも、多少の不便があれどどこかに行けないことはない。

レンタカーを借りても良い。

とにかく車がほしい、所有したいとは思わない。


所有欲よりも先に

車を持つことの負担の高さへの不安が大きい。

だから車を所有することは僕らの生活をより良いものに変えるどころか

たくさんの税金ガソリン台、駐車場代を取られる搾取イメージが先にくるのだ。

希望より不安のほうが大きいモノなのだ。


大きなテレビだってそうだ。

一人暮らしアパートに50型の液晶テレビなんていらない。

むしろテレビもいらない。

NHK代も払わなくてよくなるし、面白くない番組CMを見せられることもない。

テレビを所有することは、金と時間と部屋のスペースを搾取されていることにほかならない。

そして、趣味趣向が多様化している世の中でテレビの話題が飛び交うのは

ワールドカップくらいか。


僕らがほしいものはなんだろう?

僕らの生活をより良いものに変えてくれるもの。

またはそう予見できるもの。

ワクワクするもの。

さらにその先、僕らはなんで欲しいのだろう? という疑問。


おそらく。


おそらくは、誰かとつながることのできる、触媒としてのモノが欲しいのだろう。

例え自動車という名前工業製品でも、現代では触媒機能が違うのだ。

触媒としての機能を失ったものは、より触媒に適したものにとって変わるのだろう。


誰かとつながることがより直接的になるようなプロダクト。

それが期待されているようでならない

2010-07-13

http://anond.hatelabo.jp/20100713133707

32インチ液晶テレビが5万で買えるこの時代に、金がそんなにいるのか?

http://utatane-sugi.blog.so-net.ne.jp/archive/c2300228758-1

http://jukenkan.com/modules/zox/index.php?main_page=popup_image&pID=534&PHPSESSID=87e85f4f2e18f113080a6b7df09748af

技術革新ナメんなよと

昔より良い物が昔より安いんだよ。

給料の額面じゃなくて、1万円で何ができるかを考えろよ。どんだけ、20年でどんだけ進歩したと思ってるんだ。

昔の100万より、今の10万ってのがゴロゴロしてんだぞ?

それとも 給料の水準が40代になるかわりに、昭和の時代で生きてみるか? 結構、アレだぞ?携帯電話とかねーぞ?テレビも一家に一台だぞ?いいのか?それで。

 

それに、昭和の時代は昭和の時代で、野麦峠なり、昭和炭坑なり、貧乏人は、さんざんな目に遭ってるから

2010-06-20

3Dテレビも早速敗戦かよ

3D元年<下>W杯 テレビ追い風

http://www.yomiuri.co.jp/net/report/20100617-OYT8T00433.htm?from=nwlb

3Dテレビサムスン独走か 技術力生かせぬ日本勢の危機

http://diamond.jp/articles/-/8458



また韓国勢にボコボコにされるのかと思うと腹が立って来ました。

問題点は以下の2点に集約されると思います。



1、価格競争最初から勝つ気が無い。

日本メーカーは、薄型テレビ世界シェア韓国サムスン電子、LGエレクトロニクスの2強にリードを許しており、3Dテレビで巻き返そうと鼻息が荒い。

ソニーは今年度中に世界で250万台という販売目標を掲げ、「攻めに転じたい」(石田佳久業務執行役員)と宣言。

今後、シャープ東芝三菱電機日立製作所も相次ぎ投入する。

各社が期待するのは、販売増だけでなくテレビの値崩れを防ぐことだ。

09年の液晶テレビの平均価格は前年比で24%も下がった。

付加価値の高い3Dテレビが増えれば、価格下落に歯止めがかかる可能性もある。

ところが、2~3月から米国などで3Dテレビの販売を始めた韓国2強は、3Dでも低価格武器にしており、価格競争は収まる気配がない



2、技術力にあぐらをかき、みっともなくすがりついている。

その一方で、技術力に関しては日本メーカーが上だとの評価もある。たとえば、3D効果は専用メガネで左目用と右目用の画面を交互に見ることで得られるのだが、日本メーカーはその精度が高くクロストーク(二重像)が出にくいため3D効果が高いと評価されている。

 問題は、日本メーカーのよりどころであるこの技術力が商品力に転化されず、サムスン製を凌駕できない点にある。



何やってるんだ、馬鹿かよ!

知恵を絞って価格でも勝てる様にしろよ!

ばんばんモデル出して、派手なプロモーション打てよ!



消費者は値段と品質を公平に天秤にかける生き物です。

3Dテレビの飛び出し具合(笑)がちょっと良くたって、値段が高けりゃ消費者が買い控えるに決まってるでしょう。

技術力なんてのは本来、「品質向上の手段」であるはずなのに、「高い値段の言い訳」にしている日本企業消費者がそっぽ向くのは当り前。

家電企業の前提は「物を売る事」です。

日本企業は今まで、たかだか戦後数十年で培った自称最先端技術にあぐらをかいて傲慢になりすぎました。

もうMade in Japanブランドは崩壊したも同然だって事を受け入れて、顔洗って出直そうよ。



日本製品が飛ぶように売れたのだって、どんどん高品質になって、尚且つ安かったからでしょう。

まずは薄利でもなんでもとにかくシェアを取ってサムスン・LGを追い出し、その後に価格を調整して市場コントロールするのが本来あるべき姿です。

そう、パソコンCPU市場インテルみたいに。



「ああ、日本には敵わない」って韓国勢に思い知らせないと、また負け続けて花形産業が崩壊する事になります。

巡り巡って仕事が無くなるのは他ならぬ日本人です。

鼻息だけ荒くても何にも出来ない・やらないのが最近日本人

戦争してるってのに相変わらず危機感ゼロなのは、集団自殺と変わりません。



ねえ、目を覚まそうよ。

2010-05-01

液晶テレビって暗い?

おじいちゃんの家に地デジテレビを買ってあげたんだけど、暗いって文句言われた。

仕方が無いから明るさMaxにしてどうにか納得してもらったんだけど

ブラウン管から液晶にして見づらいなぁって思ってる世帯日本中にあるのかな。

http://anond.hatelabo.jp/20100501124810

それはびっくり。うちも文句言ったのおじいちゃんだったんだけど、

おばあちゃんに一応話しておいた。

2010-03-19

ばくっと理解する金融危機経済波及経路

何の役に立つのか分からないが、08年の一連の金融危機日本に与えた影響を中心に、俺が覚えているうちに記録する。


08年夏~秋;

金融危機→信用収縮,株価暴落金融機関流動性選好。企業や個人に金を回さなくなる)。夏~秋にかけて不動産関連がぼっこぼっこ潰れる。「不動産ゼネコンマンション 大激震」(経済雑誌特集)。アーバンコーポレーション(8月倒産)など、ただ、冬になると倒産ラッシュは一服する。


08年秋;

高額の耐久消費財需要が凍結。日本の支柱である自動車セクターが「全滅」(特に高額の大型車トラックへのインパクトが大。法人・個人に対して”金融がつかない”現象が世界的に発生)。自動車セクターは値下げよりも減産による数量調整で対応(当時のアナリストレポートによると在庫日数は200日を上回り、工場稼働率50%はザラだった)。人員は派遣切りでの雇用量調整。正社員に対しては賃金調整で済ませ雇用は「死守する」(各自動車メーカー首脳)。多くの製造業関係者が「リーマンで潮目が変わった」と表現していたのは興味深い。”潮目”とはいったい何なのか、そして、何によって変動するのか。


08年冬;

・若干遅れて一般消費財へのインパクトが来た。日本経済にとって衝撃が大きかったのは電機セクターである。「総合電機3Q決算が”総崩れ”」「電機全滅」(経済雑誌記事)。最終商品としては、テレビなどAV機器PCなど情報通信機器需要が凍結。デバイス関連も、HDD関連(PC)、半導体家電自動車)、液晶テレビ、ナビなど)、それぞれ大打撃。総合電機の全セグメントが大幅な減収減益に陥るというかってない自体になった。自動車と違って、このセクターは数量調整に加えて価格下落も激烈だった。例えばシャープ液晶テレビ液晶デバイス暴落し、液晶工場稼働率は3割ぐらいにまで下がった。

失業率は、アメリカ日本もそうだが、この時点ではまだ全然織り込まれていなかったが、向こう1年かけて、徐々にあるいは急激に反映されて行く。

・このころになると小売り・外食にも寒風が吹いてくる。平均的な外食店、小売店の既存店は軒並み前年同月比90%という壊滅的な数字を出していた。しかし好調だった業種もある。百貨店で売られる高額商品・サービスに代わって、低価格路線を打ち出す幾つかの企業ユニクロ餃子の王将など)の方に波がきたのである。それをマスコミもこぞって取り上げ、消費者の新たな嗜好が醸成された。少し前まで高額なブランドショップに人が集まっていたのが嘘のようだ。時代の空気とはすごいものだ。


この冬には「世界恐慌経済雑誌特集)」、「100年に一度の危機」とまで危ぶまれ、大混乱の状況の中で、各国の株価は大底をつけた。しかし、各国の金融機関テコ入れや、消費財への景気刺激策が奏功し、こういった悲劇的なワードが鳴りを潜めたってのが09年。財政政策を否定する経済評論家は多いが、現場の実感から言えば、金融危機のショックアブソーバーとしての財政政策は極めて有効だった。もしそれが実施されなかったらと考えると、身の毛もよだつ。


それ以後の話はまた、時間があれば書く予定。

2010-02-23

経済薄型テレビの全世界シェア、1位・サムスン電子

経済薄型テレビの全世界シェア、1位・サムスン電子、2位・LG電子、3位・ソニー…2009年売上高ベース

http://tsushima.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1266903839/

83 名前名無しさん@十周年[] 投稿日:2010/02/23(火) 15:04:33 ID:fbzJ0h3r0

ガラパゴスには売ってない、サムスン液晶テレビボルドー

http://www.syndacast.com/uploads/159/led7000_46-f.jpg

http://www.uncrate.com/men/images/2009/04/samsung-led-tv.jpg

http://202.129.59.73/nana/beyond/ledtv/ledtv2.jpg

かっこよすぎるwww

こりゃ高くても売れるわ

こんなお洒落テレビ作ってる日本メーカーってあるか?

121 名前:名無しさん@十周年[] 投稿日:2010/02/23(火) 15:11:53 ID:Y1L9XTjs0

>>83

確かにシンプルで綺麗だがサムスンロゴが入ってる時点で日本人の俺は拒否反応がwww

家電量販店で間違って韓国製品を触ってしまったらかならずウェットティッシュで手を拭くほど潔癖症だからな俺は。

2010-02-16

謎持論

・同じ機能の製品があるのであれば、液晶テレビブラウン管テレビに劣る

パソコンが、研究者及びオタク等の物でなくなってから、まだ10年しかたっていない、故にその期間より業務に携わる人間パソコンは使えなくとも不思議ではない。

・使いにくいモノでも慣れてしまえば、それが最良である。

・小物といえど、業務に使う道具(主にExcel定型ワークシートとかファイルメーカーで作った適当DB)は、最も扱いの不慣れな人に合わせるべきである。

・すべての人は教祖である、ただし信者がいるとは限らない。経典は自らの脳内

2009-11-12

心も身体も寒いなんていうのとはかけ離れた掌編

重く圧し掛かってくるようなこの頭痛の原因はなんだろうと麗子は考えた。

ああ、先週訪問販売で安く買ったミネラルウォーターを寝る前に飲みすぎたのが悪かったのかもしれないし、深夜一時から午後十時までぐっすりと寝てしまったのがいけなかったのかもしれない。あるいはいやに肌寒い部屋の温度が血流を滞らせているのかもしれないし、どこかで誰かが麗子のことを思って祈祷をしているからなのかもしれなかった。

とにかく、麗子は頭が痛かった。宵闇に沈んだ寝室のベッドに横たわったまま瞼だけをぱちりと持ち上げて、かれこれ十五分ほど、何をするでもなく天井を睨み続けていた。

手を伸ばして、チェスタースタンドに明かりを灯す。突き抜けた眩しさに、思わず目を瞬かせてしまった。細く視界を狭めながら、無遠慮に光を放ち始めたスタンドに舌打ちをする。それから、自らが選んで灯したのだということを思い出した。

幼い頃から持ちえていた性質だったが、最近、麗子にはこれと似たようなことがよく起きている。つまりは、自身で望んだことであったはずなのに、現れた変化に対してどうしようもない苛立ちや不快感を抱いてしまうのだった。

その性質自体に対して、よくないことだとは思っていない。ある期間、そういったことが頻発することはままるのだろうし、人格の性質としてどうしようもなく取り込んでしまっているものなのだ、無理に矯正することよりも受け入れることを麗子は好んでいた。

ただ、折に触れて面倒だなと思うだけだった。朝食の時にバターを塗ったトーストを齧ってからジャムにしたらよかったと後悔したり、職場で休憩がてら自販機からコーヒーを買ってしまってからお茶に擦ればよかったと思い直したり、折角の休日絶望的に寝過ごしてしまってからやっぱり早起きしていればよかったと残念に思うだけのことだったのだ。

あるいは、付き合っていた恋人と別れてしまってから元に戻りたいと思ってしまったりすることも、あげたいくつからの例と同じことなのかもしれない。

ベッドから降りてキッチンへ向かい、お湯を沸かしてコーヒーの準備をする。灯したダイニングの蛍光灯は、やっぱり無遠慮に麗子の目に突き刺さってきて、不快感を募らせる要因となった。小さく舌打ちをして、乱れた髪の毛を更にぐしゃぐしゃと掻き毟る。湯気が音を立てたので、火を止めてインスタントコーヒーを淹れた。

食器棚にもたれかかりながら暑くなったマグカップを唇に近づける。咽喉が嚥下するのと同時に、不味いなと思った。寝起きにブラックなんぞを口にしてしまったのがよくなかったのかもしれない。砂糖を少し加えるとか、ミルクを足しておけばよかった。ずずずと、再び不味いインスタントコーヒーを飲んで麗子はぼんやりと部屋の中に目を向けた。

沈黙したままの液晶テレビが、まっすぐに顔を向けてきていた。下部に取り付けられたラックには、DVDレコーダーが取り付けられている。それから、それなりに揃った次世代ゲーム機とそのソフト。特等席として設けられたソファに腰かけて、二人並んで映画を見たりゲームをするのが楽しかったなと、失われてしまった日々を思った。

そういえば、陸夫はほとんど何も荷物を持っていかなかったなと考えた。停止しきった沈黙の中に、こつこつと時計の針だけが一定のリズムを刻んでいる。ショルダーバッグに数日分の着替えとお気に入り文庫本を数冊、CDも詰め込んで麗子の部屋からいなくなったあの男は、いまなにをしているのだろうか。

同棲などしているつもりはなかった。結果的にそれが同棲と呼ばれる生活になっていただけで、陸夫にも陸夫の帰る場所が他にもあったのだし、言うなれば遊びみたいなものであって、共にこの部屋の中で過ごしていた日々というのは一種のエンターテイメントでもあったわけなのだ。

それが、数日前に終わっただけ。娯楽が消失しただけなのだ。麗子の部屋に持ち込んでいた大半のものを残したまま、陸夫はあの日から戻ってきていない。

考えてみれば、飼っていた猫を持っていかれてしまっていた。半分ほどコーヒーを飲んだまま固まっていた麗子はその事実にはたと気が付くや、なにかとんでもない失態を犯したような嫌な気分を胸のうちに混みあがらせることになって焦った。

捨て猫だったわりには理知的で、とてもおとなしく物分りのいい猫だった。外出することを極度に嫌ったが臆病ではなく、麗子や陸夫のことをいつも気にかけてくれている猫だった。

まだ、麗子が陸夫と知り合う前に拾い、三年くらいふたりだけで過ごしていた。その頃の日々を思い出そうとして――麗子は観念したかのように頭を振った。

こんなことして、なんになるというのだろう。結果論として、陸夫がいなくなり、猫を連れて行った。それだけでいいではないか。

まだマグカップに残っていたコーヒーを流しに捨てて、麗子は申し訳程度につけられた小さなベランダにへと続く窓の前に立った。黒く染まったガラスに手を添える。冷たさに、ぞくぞくと肌が粟立ちそうになった。

どうしてこうなったんだろう。

考えてみたものの、ついに麗子には答えを見つけ出すことができなかった。

頭痛はいつの間にか消えていた。思えば、あの頭痛にしてみてもなくなってみると些か物悲しいような気分になるものだなと、麗子は思った。

2009-10-01

病人人権はない

人間ドック

医療が人をモノ扱いしていることがよくわかる言葉だ。

故障したら、検査して、修理する。



病院では、医師の指示に従わない、という選択肢を用意していない。

医師の提案ではない、医師の指示。

インフォームドコンセントなんてろくにありはしない。

悪化するのを理解した上で、治療の全部または一部を不採用にする、なんていう選択肢は用意されていない。



入院すれば、数人がまとめて1つの部屋にぶちこまれる。

携帯電話液晶テレビ新幹線、色々なものが発達したこの現代に。

個室ではない。カーテンで仕切られているとはいえ、見知らぬ人と同じ部屋にぶちこまれる。



入院するときには保証人が要る。

自殺未遂すれば強制入院

かと思えば、医師の判断でろくに動けなくても追い出される。

外出には許可が要る。

物の持ち込みも制限される。



これはつまり、病院というのは刑務所なのだ。

病気という罪を犯した者が、治療懲役に処せられる場所だ。



病人人権? いやいや、病人人間以下だから、人権は制限されますよ。

というわけだ。



この世界は自立して生活する人仕様にできていて、

それができない人は、ないがしろにされて当然らしいぜ?



「お前、役立たずなんだから、俺たちの言うこと聞けよ。」



でもなあ。なんだよ、それ。

お前だって、いつ病気になるか、いつ身体が不自由になるかなんて、わからないんだけどな。

2009-09-08

生物博士オワタコピペ

博士に対する見方

大学:学費を払ってくれるカモ

教授ポスドクみたいに給料支払わなくてなくていいし、

   早く論文書いて卒業したいから必死に命令に従う便利なコマ

周りの博士:こいつより俺の方が優秀!!こいつは才能がない。ポスドクで一生終わりだなwww

修士学生教授奴隷www学費上納乙www博士取ったら劣悪な労働条件でポスドクwww

学部の学生:こいつ30近くになって学生ってあほか??そんなに働くのが嫌か?

      マジで頭悪いわ。そばに寄るな気持ち悪い。

企業:こいつ博士のくせに英語ディスカッションも出来ねーのかよ・・・完全な道楽学生やってる甘ちゃんだな。

親:・・・もう、博士退学してよ・・・家計が・・・苦しい・・・。

幼稚園児:すごーい、このおっちゃん、ガンダムをつくれるんだ~

政府:職がない?そんなもん自己責任だ。せっかく俺たちが素晴らしいポスドク1万人計画を打ち立てたのに、

   それに甘えすぎたお前らが悪い。政府官僚性善、博士性悪なんだよ!


          まわりの反応

23歳修士1年  「へえ~。大学院に行っているんだ。頭いいんだねえ。こっちはこの前ボーナスもらって大型液晶テレビ買っちゃったよ。正社員っていいぜ。」

25歳博士1年  「すごい! ドクターコースなんだ。卒業したら博士? 将来は大学先生か、すごいねえ」

26歳博士2年  「先月車買っちゃってさ、ローンが大変だよ。今度どっかに遊びに行かない?え、お金厳しいんだ、そっかあ、がんばれ!」

27歳博士3年  「結婚したばっかりなのに、海外勤務になりそうだよ、参ったよ。駐在員は給料は破格なんだけど、お金だけあってもね・・・・。社会人も大変だよ」

28歳ポスドク  「え、すぐ助手になれないんだ。ポスドクってよくわからないけど、大変な世界なんだね。気にするなよ、数年後には助教授だって!」

30歳ポスドク  「気に障ったらごめんな。ただ、人には向き不向きがあるからアカデミック世界にこだわる必要ないと思うよ。もういい歳なんだし、早く定職と嫁さん見つた方が・・・

          お金がないと家族ももてないよ。」

36歳塾講師  「子どもが今度中学校受験のために塾通い出してさあ。受験か、懐かしいよな。お前はどうなんだ。

        博士号取ったのに、塾講してんの? ふーん。人生色々だけど、やっと落ち着いたんだな。早く結婚しろよ。

        親がかわいそうだぜ」

38歳無職   「え?少子化で塾が潰れた・・・。35歳過ぎで仕事探すの大変だろ!え??派遣会社登録してる?で、仕事もらえてる?

        やっぱムリだろ・・・。正社員はさすがに紹介できないがうちの工場ライン工

        働いてみないか?搾取がない分、派遣よりましだろ?決して楽ではないが衣食住はそろっているぞ。

        高卒と一緒に働くのは嫌だ?バカ!お前はそうやってプライドにこだわって生きてきたから今無職なんだよ!」

以下略

なあ、お前と飲むときはいつも白○屋だな。

一番最初、お前と飲んだときからそうだったよな。

俺もお前も理学部学生だったとき、

一緒に飲みに行ったのも白○屋だったな。

「俺はいつか生命科学者になってCNSで一報取ってアカポスに付くんだ」

お前はそういって笑ってたっけな。

俺が文系就職して入社して初任給22万だったとき、

お前は博士号取るんだって胸を張っていたよな。

「もうすぐ結果が出そうなんだ。これでウチの研究室からCNSが出せるぞ」

研究室の後輩に研究の仕方を教えてやってるんだ」

「お前も院に進めばよかったのに。専門知識を使わずに就職なんてもったいないぜ」

そういうことを目を輝かせて語っていたのも、白○屋だったな。

あれから十年たって今、こうして、たまにお前と飲むときもやっぱり白○屋だ。

ここ何年か、こういう安い居酒屋に行くのはお前と一緒のときだけだ。

別に安い店が悪いというわけじゃないが、ここの酒は色付の汚水みたいなもんだ。

油の悪い、不衛生な料理は、毒を食っているような気がしてならない。

なあ、別に女が居る店でなくたっていい。

もう少し金を出せば、こんな残飯でなくって、本物の酒と食べ物を出す店を

いくらでも知っているはずの年齢じゃないのか、俺たちは?

でも、今のお前を見ると、

お前がポケットから取り出すくしゃくしゃの千円札三枚を見ると、

俺はどうしても「もっといい店行こうぜ」って言えなくなるんだ。

お前が前の研究室ポスドク任期切れになったの聞いたよ。奨学金の返済も国民年金も払えないのも聞いたよ。

新しく入った技術者派遣で、一回りも歳の違う、20代の若い専門卒や主婦の中に混じって、使えない粗大ゴミ扱いされて、それでも必死に卑屈になってテクニシャン続ているのもわかってる。

だけど、もういいだろ。

十年前と同じ白○屋で、十年前と同じ、努力もしない夢を語らないでくれ。

そんなのは、隣の席で浮かれているガキどもだけに許されるなぐさめなんだよ。

2 名前今日のところは名無しで :2008/10/13(月) 09:17:46

今36歳で分子生物系のポスドクだ。

今年度で任期が切れる。年齢が年齢なのでもう次はないだろう。

俺の人生終わったな。

「君には才能がある。博士課程に行きなさい。」という教授の甘言にだまされず

修士のときにさっさと民間企業就職しておけば良かったよ。

やあ(´・ω・`) ようこそ「ピペット土方世界」へ。

この実験は急ぎだから、PIのために死ぬ気で働いて欲しい。

うん、「将来の保障ゼロ」なんだ。済まない。

地獄の沙汰もって言うしね、職を世話しようなんて思っていない。

でも、この現実を見たとき、君は、きっと言葉では言い表せない「人生\(^o^)/オワタ」みたいなものを感じてくれたと思う。

ボロボロの高齢無職になってフリーター再チャレンジする、

そういう気持ちを忘れないで欲しい、

そう思って、大学院重点化してポスドク増やしたんだ。 WEも導入済みだし過労死しても労災もでない、

PIの意向の元で「好きなだけいくらでも働ける」夢のある職場だ。

じゃあ、土日深夜も実験してもらおうか。

2009-08-19

http://anond.hatelabo.jp/20090819233050

液晶テレビ薄型だから(部屋の状態にもよるけど)

同じ画面の大きさで部屋のスペースを広げられたり

ブラウン管のより一回り大きい画面の液晶が置けたりできるんだよねー

テレビとして今の液晶テレビの機能に見劣りがしないブラウン管テレビがあるならの話

テレビとして機能が同じならブラウン管は決して液晶に劣るものではない

むしろ、液晶テレビに利点を見出すことが出来ないんだが




かろうじて、ブラウン管テレビ末期にリリースされた

デジタル3波、ハイビジョン対応テレビがそれに類するが

フルHD厨には何を言っても無駄だけどなー

2009-08-18

液晶テレビ

親父の会社が今年の春、とある液晶部品の国内生産をやめた。

その部品を国内生産してるのはほぼその会社

つまり国産部品がなくなるということだ。

派遣社員も数多く首を切られ、多くの正社員も営業に回されている。

中には出向で車メーカーの営業までさせられている人もいるらしい。

そしてその部品の国内生産をやめてどうしたかというと、ほぼ中国生産拠点を移したらしい。

つまり液晶の「パネル」はMade in Japanでも、その部品Made in Chinaということだ。

何が亀山モデルだ。笑わせる。

一番肝心なパネルより寿命の短いアレを国内生産しないなんて愚の骨頂過ぎる。

そろそろ日本メーカーは偽Made in Japanをやめればどうなんだ。

そうすれば雇用需要も景気も戻るじゃないか。

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