はてなキーワード: 学歴社会とは
最近どうしようもない絶望感に襲われてる。吐き出すためにここに書く。
ついったーとかやってると天才が多すぎて辛い。はっとするような視点、心に突き刺さるような写真、くすっと笑えるジョークが年がら年中TLに流れてくるわけ。もうね、あんたらなんでそんなに頭良いのかと。どうやったらそんな発想ができるのかと。んで、そういう人ってだいたい偏差値の高い大学卒の人なのねプロフィールとか見ると。もうダメだ。学歴社会が直らないわけだよ。だって優秀だもん。仕方ない。
他にも例えばゲームの動画とか見てると上手い人が多すぎて自分なんて下手の横好きでしかないんだなあとか思い知らされるし、まとめブログとか見てると真剣にバカやってる人がいてこの人には勝てないなとか思ったりもするし。とにかくネットには天才が多すぎるんだよ。いやネットによって可視化されただけだけど。この世の中、こんなに天才がいるんだったら自分が入り込む隙なんてないよね、どうやって生きていこうか俺、とか考え出すともう止まらない。最近は何も楽しめなくなってる。「こんなことやってても上には上がいるんだよな」とか考えちゃう。
とにかく、ネットは怖いところだ。こんなことを当のネットに書いてることが自己矛盾なわけだけど。もうネット絶つしかないのかな。その方が楽しく暮らせそう。
http://www.bbc.co.uk/news/education-14644613
The proportion of 18 to 24-year-olds in England not in employment, education or training (Neet) has risen to 18.4%, official figures suggest.
The figure from the Department for Education is the highest for the second quarter since 2006, and is up from 16.3% last year.
Nearly a million (979,000) 16 to 24-year-olds were Neet between April and June this year, the figures show.
印象的なのは、
A government spokesman said the number of young people not in education, employment or training "has been too high for too long".
また、
However, shadow education secretary Andy Burnham said the figures showed the government was "being far too complacent" and risked "leaving the next generation behind".
"For the first time there is a risk that the next generation will do worse than the last," he added.
専門領域でも研究しているわけでもないけど、この記事から読むことで日本と違うかなーと思ったのは、英国ではこうしたニートたる(になっていくであろう)若者たちを教育なり就業訓練なりにとどまるよう励ましているとのこと。
もちろん先の暴動しかり危機感の違いはあるのかもしれないが、日本においては、新卒を限定とした採用の習慣が職業機会を狭めているなかで、構造的にニートたちに職業訓練にむかわせるのは無理があるようなきがする。(もちろん西側ヨーロッパでは基本的に日本よりあからさまに学歴社会であることを忘れてはならないが)
人はいつでも失敗しうるし、考えを変えるし、それが当然だと、つまり「言わずもがな」人々に共有された感覚として成立しないかぎり、若い人たちが生きることに充実した感覚を根本的にもてるようにはならないように思う。
ちょっと机が汚れたから、ちょっと拭くために使われるのが、東大生。
最近よく分かったことに、この増田にはびこっているのは東大生だということ。まあ文句なしに、なんどもそれを連呼しているし、どう考えても東大生が異様な執拗さをもってそれをしているとしか思えない。それを見て分かったのは、東大生は無能で、下劣で、無意味で、なんの役にも立たないと言うこと。少なくとも学歴は意味がないし、基本的に日本の教育システムはこの増田で学歴を連呼する、惨めな人間しか量産しないということ。無能者の量産システムだ。
そういうオナニー連中が物事を動かしいているのが、今の日本のたいへんな問題なのだが、これはどうしたら改善できるのだろう?
わたしは、日本の知識人に、或いは学歴社会に、海外からの競争を取り込むことが最重要な気がする。
海外の高学歴層を絶対的に優遇して、取り込む。例えば終身的に税を完全に免除する。
明治維新のお雇い外国人ではないけれど、優秀な人に金の糸目はつけないことは重要だと想うのだ。そして、国内のエリート層に容赦ない透明化と競争原理をもたらせることが、日本のダメになってしまった20年を一掃できると想うのだけど? どう?
時刻は正午を少し回ったところです。今日をもって、猫のルナちゃんとそのパートナーの見原誠治(みはら・せいじ)くんとお別れしようと思います。見原くんは僕と同い年で30歳(4月生まれのため、もう今年度の誕生日を過ぎています)で、大学時代は数学を専攻していました。見原くんについてこないだプロフィールを書いたので、それを転載すると、
見原誠治くんについて
読み方: みはら・せいじ (Seiji Mihara)
イニシャルは S.M
猫のルナちゃんのパートナー
富山県富山市内のアパートで猫のルナちゃんと一緒に暮らしている
すなわち僕の通院日と重なるので、駅まで一緒に歩いていく
1981年(昭和56年)4月25日(土) 05:40(JST) 新潟県生まれ
1981年生まれでなおかつ、25日の土曜日生まれという点が僕と同じ
2011年6月7日(火) 05:40(JST) を以って生後11キロ日(11,000日)経過
現住所は富山県富山市(大学入学の2000年4月より富山市内在住)
と、このような御方でした。しかし、見原くんは実在の人物ではないのです。僕が妄想で作り上げた架空上の人物なのです。そもそも、なぜ見原くんと云う架空上の人物を作り上げたかと申しますと、猫のルナちゃんがあったからこそなんです。猫のルナちゃんが生まれたきっかけは僕が2008年6月8日、つまり3年前の今日の昼寝で見た夢からでした。
この日の18:09のタイムスタンプで僕は次のようなmixi日記を書いていました。
6がつ8か おひさまのひ。
あさごはんたべたらとろーっとしてにぇむくにゃったにゃ。
ゆめのにゃかへ。
おしゅしやさんにいくゆめにゃ。
うに。
とろ。
あかがい。
しかも、まわらにゃいおしゅしやしゃんにゃ。
でも、へいおまちのしゅんかん。
そうじきのおとでおこされちゃったにゃ。
おしゅしたべたいにゃ。
でもおしゅしはつきいっかいってきめられているにょで・・・。
こんげつはごしゅじんさまも「ぼーにゃす」なのでたのしみにゃ。
僕はこの日にお寿司屋さんに行く夢を見たのですが、注文して食べようとした、その瞬間に目がさめちゃったのです。そこで僕の夢での体験をもとに猫の立場になってこういう日記を書いてみたのです。今日からちょうど3年前の2008年6月8日、この日は日曜日でした。この日の昼(12:15~13:00)の『NHKのど自慢』には秋川雅史さんがゲスト出演されたとか。そういえばこないだの日曜日(2011年6月5日)、お弁当屋さんで待っていたら、のど自慢が流れていたっけ。
しかし、ちょうどその時間帯。東京の秋葉原で連続通り魔事件が発生して7名の方が犠牲となりました。そのニュースを受け、僕も不安になり、同日17:51付でにmixi日記を書いています。ルナちゃんが初登場した日記は同日18:09付なので、わずか18分後です。おそらく不安を解消させようと“ルナちゃん”という架空の存在を短い時間の間に作り上げ自分が当日に見た夢の場面にあてはめたのだと思います。
しかし、僕は当時(今もですが)から働いていたわけでもなく、“ぼーにゃす”なんてものは当然なく、誰か代わりに働いている人、しかも正規雇用で働いている人をルナちゃんの飼い主、というよりパートナーにあてる必要がありました。そこで見原くんという架空の人物が作り上げられたわけなのです。
見原くんの設定の根拠はといいますと。ブログにおける発表の際に僕の個人情報とも関わる項目があるのでそこはぼかします。しかし、一番重要になってくるのは「数学科出身」というところです。これは僕が数学が好きなこともあるのですが、大学で数学をもっと一生懸命勉強しておけばよかったというおもいの現れでもあるのです。僕はうつ病になったと言い訳をして親にさんざん苦労をさせて進学した大学に2年半しか通わず、3年生の秋からアパートに引きこもり、統合失調症という病で入院してしまったため学籍を失ったことから悔しい思いをしてきた(自分から学ぶ権利を放棄したのですが)こともあるのです。
数学には今でも興味があります。細々と数学を勉強していればそれも許されたのです。しかし、僕はいつのことからか思い上がり、ブログで自分の数学の知識を披露したりする真似を始めました。「先生気取りで恥ずかしくないの?」というコメントがブログに寄せられたこともありました。けれども、そのときは「自分のブログなんだから何書いたっていいでしょう。余計な御世話だな」と思って、そのコメントを削除しました。
その思い上がりは加速し、最近結城浩さんの「数学ガール」シリーズと出会ったこともあり、自分も何か数学の知識を活かしたいなとも思い始めたのです。数学検定の準一級にも合格し、さらに思い上がりました。準一級なんて高校卒業レベルなのに。僕なんて大学を途中で放棄した人間なのに。
ツイッターで数学に興味関心のある方々を多くフォローしました。多くが難関大学の学生さん、あるいは数学でご飯を食べている、大学を途中で放棄した人間、しかも三十路近い無職には雲の上のような存在の方々を“自分の同類”と見做して、タイムラインを見ながら、学生になった気分でいました。
しかし、冷静になって考えると、それは間違っていたのです。数学を勉強する権利は僕にはなかったのです。かつてはどんな学問でも勉強する権利はありました。18歳のときにどの学問を修めるか、選択するチャンスが幸運にも与えられたのです。しかし、僕は選んだ道を踏みにじり、親の厚意も踏みにじり、引きこもって「大学に行くのが怖い」と言い訳をしていました。
ある方から「数学なんて勉強するなんておかしいんじゃないの?」と言われて傷ついた思い出があるのです。しかし、その方は名家の御令嬢であり、学歴も(難関大学の大学院のご出身)社会的地位も非常に高い方でした。そのような御方を「数学の魅力を知らない馬鹿者」と僕は見做して、数学の勉強を続けました。
しかし、最近知ったこととして“数学のために夢を諦める”方が非常に多いことです。たとえば若い人は次のような夢を描いているのです。
しかし、学歴社会あるいは受験戦争というのは、良くも悪くも平等です。上のような夢のためには大学入試を乗り越えなくてはならないのです。その大学入試においては“数学”という科目も課せられます。文系で私立大学に進むのであれば、数学を選択しなければいい話なのですが、国公立大学や私立でも理系の場合ですと、上のような純粋な夢ですら“数学”が苦手だと涙を飲んであきらめなければならないのです。“数学”が若い人の純粋な夢を打ち砕いてしまうのです。そんな世間一般でトラウマとされている“数学”を好きこのんで勉強することは、頭がおかしい者のすることだとされても仕方がないのです。
でも、この行からは、今まで書いてきた“数学を勉強することは悪である”という偏った考え方に同調するような姿勢から身を引きます。やっぱり、僕は数学が好きなのです。数学を肯定します。
先ほどは将来の夢と数学の成績なんて関係ないはずのに、数学を勉強させられるのはおかしいということすら書いてしまいました。しかし、学校で数学を勉強することはやはり意義があるからなのです。現在の数学教育はたしかに歪んではいます。しかし“物事を論理的に考える”ということは重要だと思うのです。
そして、“学校から離れた者が数学を勉強するのはおかしいか”という件に対して。“おかしい”どころか立派な“趣味”ではないでしょうか。僕も高校時代は古文が嫌いでした。でも、古典の通読や鑑賞は世間一般で“趣味”として認知されているではありませんか。ならば、数学だってその市民権を持っていてもおかしくないのでは。僕はこれからも“数学”を学んでいこうと思います。それでもいいではありませんか。数学を活かした活動を人生の期間中に行うことを前提といたしまして「たのもう!」ですかね。そもそも、そんな活動を無理にしなくても学んでいいのでは。
またまた、ずいぶん横道に反れました。僕の“数学”への世界観はこのあたりで締めます。
“数学の話”と“見原くんと猫のルナちゃん”は話が違うのです。前者はこれからも積極的に取り組んでいきたい項目ですが、後者は僕の寂しさのあまり作り上げた幻想であったわけです。
ただ、数学の話のできる相手が欲しかったのです。だから僕は自分のブログで数学の話題を展開したりなどをして同調できる仲間からのメッセージを待っていたりしたのです。ツイッターで数学関係の人を多くフォローしたのもそこからなのです。
今日、散歩中に見原くんと話していると、そのことを指摘され、我に返ったのです。見原くんとルナちゃんはもういません。どこかの街に引っ越していきました。見原くんとルナちゃんはどこかの街で平和に暮らしているでしょう。見原くんはあいかわらず数学が好きで今でも勉強していますし、ルナちゃんは相変わらずにゃーにゃーとかわいい声で鳴いているでしょう。
見原くんとであえたのも、ルナちゃんとであえたのも、僕にとってはうれしい出来事でした。しかし『一期一会』というようにあらゆるであいは心の糧となるのです。しかし、もうあえなくても一時期でもつながっていたのなら、それでいいのです。
妄想癖をこれ以上広げるのはよくないと思い、見原くんの生年月日から11000日経た翌日、およびルナちゃんとのであいの3周年の今日をもって、見原くんとルナちゃんとは、ひとまずお別れします。
また、いつかどこかで。
こういう言説は半世紀以上前からあるが、いつも「これからは」。
本当にくりえいてぃびてぃなるものがきちんと観測や評価をされたり社会で猛威を振るうなら
とっくに学歴社会なんざあ衰退してるはずだがそんなことはない。
くりえいてぃびてぃでメシを食うのは基本的にヤクザな職種の人間だけであり
ちゃんと事務が出来るだとか記憶力がいいとか物事を関連付けてきちんと考えられるだとか
あのとおりヤクザをやってるのが本人の幸せであり周囲の最適だった。
そもそもお前は彼等の今日の社会的評価を知ってるだけで、独力では太郎のくりえいてぃびてぃなんぞ理解も評価もできねえだろうがw
障害者や幼稚園児のちぎり絵の中に山下清の作品を混ぜておいたとして、お前は清の作品を拾い上げられねえだろうがw
もしお前が少しでも独自の感性でくりえいちぶを語れる人間なら、決しそこで岡本太郎と山下清なんて名前は出さない・。
本当の上澄みにはヤクザと違うくりえいちぶがおるが
今時そういう人達は高い学力の上にくりえいちびてえがあるのであって
高学歴なのに就活失敗して結局無職になった人集まれ☆ http://2chnull.info/r/news4vip/1286038389
高学歴ニート集まれ 東大いって無職とか本当にいるの? http://sportsdqn.blog28.fc2.com/blog-entry-676.html
【高卒に】 高学歴すぎて就職できない 【負ける】 http://unkar.org/r/job/1228012953
★【東大】高学歴無職だめ人間スレの39【京大】★ http://dameneet.sblo.jp/article/41512467.html
高学歴ニート集まれー http://2se.dyndns.org/test/readc.cgi/yutori7.2ch.net_news4vip_1249582609/
勉強が出来ないのに仕事出来る奴って何なの? http://www.varusu.com/thread/employee/1252987846/
学歴社会というが、高学歴=仕事できる奴 ではないんだぞ? http://2chmeme.net/news/ce0a31ea4a8bb10d7a7306fe4ce3ee48
【旧帝とか】人生失敗した高学歴【早慶とか】その2 http://read2ch.com/br_r/dame/1271863037/
君は都心ですら知名度がなく、もちろん偏差値は50を下回る弱小大学の就活生だ。外国語は話すことはおろか、読むことすら厳しい。おまけに草食系だ。
今のところ君のメリットは、
知名度があるのに馬鹿ばかりで、学部学科レベルでは偏差値50を下回る大学生(日大とか)よりは、期待と現実のギャップが浅く、向こうも「クズがくる」程度に思っているから、それ以上の好印象を与えやすい(もちろん、君が期待通りのクズである公算が大きいが、マーチ程度のアピールが出来ればまあOKだろう。それすらできないならばホワイトカラーは諦めて土方や性風俗産業に行けばいい。)
さて、当たり前だが、人事は学歴経歴による差別を行なう。ここで「差別を行なうなんてひどい」と思ったそこのあなたは生物として相応しくないので自殺することを薦める。曲がりなりにも君は受験という階級のふるいを勝ち上がり、世代の半分より優位なのだ。あなたは正しく差別されたのだから、差別をされても文句を言ってはいけない。
もっとも、現代はグローバル社会だ。産まれた国による環境の違いはない。だから、君は実質世界の同期を相手にRaceをしなくてはいけない。わかりやすく、お隣りの国と比較してみよう。
韓国は学歴社会だけど、経済が終わってるからどうしようもない。ここに関しては英語も話せる上位層との勝負だと思っていい。ろくに外国語の話せない君と、英語の話せる韓国人との勝負になるわけだ。
では中国はどうだろうか?蟻族なんていうことばもあったように、向こうも新卒の就職事情は寒い。ただし、彼らは君と違って肉食系ばかりだし、「まだ」君より安い給料で働いてくれる。君は月収20万ないとやってられないと言うかもしれないが、彼らは「まだ」10万でも喜んで働いてくれる。おまけに中国語は今の経済上ハングルなんかよりホットで、英語と中国語が話せるというのは、それはビジネスとして無敵と言える。それが月10万だ。
君はどれくらいの価値があるのだろうね。少し計算してみようか。
先に書いたように、英語と中国語が話せる中国人が月10万だ。君は彼らよりどの点が優れている?気品?学歴?紙資格?紙免許?
もうわかったと思うけど、君の市場価値は限りなくゼロに近い。日本のたとえで言ってみれば、蛇口ひねって出てくるのが君だ。ポンジュース出てくるのが有能安価な中国人だ。君が勝てないのはわかっただろう。
なに?親の定年も近くて、働いて自立しないとまずい?
君の事情は勘案されないし、両親がどうなろうと社会は興味ないよ?君の両親は社会に重大な影響を与えるポストにいるのかい?いないだろう?
現実を見よう。
君はクズだ。
君を拾ってメリットになることはない。むしろエネルギーの無駄だ。だから、拾わない。拾わないから捨てる必要もない。ホームレスが拾ってくれるかもしれない。
でもホームレスってやっぱり汚いし、そういう人が多いよね。君も同類なんだけどね。
とりあえず君が社会的に害だというのはわかっただろう。じゃあ他では益を齎すかもしれない。それを考えてみよう。
もし、君が優れた思考力、論理力、学力を持っているなら、そんな大学にはいないよね。
もし、君が潜在的に上手な子育てができるとして、その子育ては日本の国益に適うとしよう。でも君は草食系だから、彼女なんてできないし、子供もできない。衝動にかられて押し倒したら前科がついちゃうし、そんな経歴を持つ君が社会に復帰できるなんて思えないよね。
君が高学歴だったら、失敗で済まされたかもしれないけど、残念、君は身分が低いから周りも「やっぱりクズだな、死ねばいいのに」というごく当たり前の評価しかしない。
じゃあ君はどうすればいいのだろう。黙って自殺すればいいのか?総武線京王線の帰宅ラッシュに飛び込んで、数万人に影響を与えて社会貢献でもしようか?
そんなことはない。方法は簡単だ。
ただ、肉食系になればいいんだよ。
クズの君を拾わないと前に進めないぐらい、邪魔しちゃえばいいんだ。
一度拾われるだけで、助走をつけることが簡単になる。
一度拾われるだけで、肩の荷が軽くなり、身のこなしも軽やかになる。もちろんそこに安住するのではない。もっと高いところにだって手が届くかもしれない。
周りを間接的に殺せ。
お前は獣だ。いきものだ。
他人を喰らって屍を蹴散らし、常に頂点を目指せ。Raceに勝て。
それで負けたなら、お前の人生は他人が勝ち上がるための糧になる。
その糧にすらなれないのが、今の草食系のお前だ。
そんなお前が「生きたい」「仕事がほしい」「社会が悪い」「世代間格差だ」「涙が出る」「死んでやる」と喚く。
実に滑稽に見えないか?
無様だよな。
ということで、肉食系になろう。
これですべてがうまくいく。
なんか結局教育制度の問題点って学問が目的ではない大学進学者が多すぎるってことに集結する気がする
大学で学問をするならどんな道に進むにしろ高校程度の国数英社理は役立たないことなんてないから
もっと高校時点で基礎をきっちり詰め込んだ方が良いに決まってるんだけれども
将来学者になったり学問を間接的にでも用いる職に就く人は大学生の中で少数派なわけで
だから、大学は学問するところだから就職目的のやつはくるなよ、って主張がいくら正しくても
(欧米に比べて緩いとはいえ)大卒が優遇される学歴社会の現状なんだから
そんな大学できちんと学問出来るカリキュラムを組む事は一応教育機関という客商売である以上無理
とはいえ就職予備校ではないから学問を軽く触れる程度の勉強はするけれども
就職予備校として進学してくる大学生に取っては意味のない物でしかない
だから大学受験や大学なんてくそくらえ、って批判があふれかえっていて
そして、ほんとうにただ生活するのに必要な知識なんて小学校中学校のお勉強すら十分なのだから
大学を教育制度を擁護するには、教養や常識といった薄っぺらい言葉で正当化するしかない
学歴社会の賛否について、ある掲示板でかなり熱い議論になっていた。
金持ちはいい学校へ行ってエリートの道を進むけど、お金がなかったらいい学校に行けず就職先も限られてくる、などという意見が出される。
それに対して、高学歴サイドは、そんなのは嫉みに過ぎないとか、こっちだって楽じゃないんだとかいろいろ反論する。
正直言ってこういう論争はどうでもいいのだが、学歴だけで人を選ぶことの多い社会構造は確かに問題ありだと思う。
人事の側に回ったことのあるやつなら、学歴だけで人材を引き抜く方法はあまり実用的でないことにすぐ気づく。
で、その有用な人間というのがなかなか見つからない。
知能指数は高いのに物覚えの悪いやつ、妙なこだわりを捨てようとしないやつ、いろいろいる。
使われ上手で元気があって、どんな人とも円満にやっていける若者、そういうのがほしい。
ある程度の知識の不足だったら入社後教育すればいいだけのことで、元気とか若さとかいうのは教育できるもんじゃないから、そういう素質のある人材を引き抜けるのが理想だ。
使われ上手なやつは、使う側のことを考えて、いろいろ気を利かせて整った形で仕事を提出する。
出世して人を使う側に回ると、これまたうまいこと部下をまとめたりする。
上からも下からも慕われる人間になる。
もちろん、こういう健全な新陳代謝が起こっていなくて、昇格させるべきでない人間を昇格させちゃうような組織もままあって、
そういう場合には甚大な被害が生じる。
それはともかく、今の社会のシステムの問題は、本当にほしい人間をどういう客観的な判断基準で選ぶかを、採用する側が分かっていないことにあると思う。
採用不採用の判定について、社会的に説明を求められるようなことも増えてきた。
「なんとなく直感で落としました」とかいう説明では相手は満足しない。
でも、実はそれこそが本音だったりする。
しかも、この経験からくる直感というのはけっこう当たったりする。
しかし、世間的にうまく説明がつかないからペーパー試験の点数で上から採っていくしかない、と妥協してしまったりする。
民間より公務員のほうが状況は深刻だ。
まぁ、公的なところが人間を採ろうというとき、客観性というのは普通以上に重視される。
そうでないと人権問題だ何だと騒がれたりする。
人相が悪いから落としました、とかいうことも公的な場では言えない。
先日、ある公立の専門学校に足を運んだのだが、
若い男の先生が名刺を差し出しながらへらへらしていて、初対面なのにその応対は何なのかとあきれてしまった。
でも、こういうことはよくある。
とにかくもどかしいのは、今のところ、使える人間・使えない人間を客観的に振り分けて、世間的にもその説明が受け入れられるような方程式が見当たらないということ。
もちろん、そういう確立された判断基準を持っている優秀な民間企業はちらほらあるようだけれど、あくまでそれは内規であって、それを外部に公表したりはしない。
結局のところ、結論は、学歴社会の弊害は採用する側もよく分かっているが、明暗と言える対案が今のところない、ということ。
有用な人間が採用され出世するシステムが一度受け入れられれば、物事はけっこう順調に運ぶんじゃないかと思ったりする。
でも、採用されなかったやつ、出世できなかったやつを納得させるのには、相当強力な論拠でないといけない。
それさえ見つかればいいんだが。
別にこの記事について言ってること事態が大きく間違いだとは思わない。
だけれども、リテラシーって言葉を安易に使うことに抵抗を感じない時点で死ねばいいのにと思う。
こういうバカが胸を張ってられるくらいならまだ学歴社会のほうがまし。
「空気」といっしょなのであって
あなたがおっしゃる「リテラシー」は
「空気嫁」とどこが違うんですか?って言われたときに
まともに答えられる人をほとんど見かけたことがない。
あなたにとってリテラシーとはどういうものですかって言われたときに
明確に言葉にできる人がどれほどいらっしゃるのか、と。
英文法みりゃわかると思うけど、
リテラシーってもっとかっちりして目に見える形になってないと
多くの人が使えるものにならないと思うんだ。
都合が悪くなったら「それは私のリテラシーには書いてない」
が通用するようなあやふやなものをリテラシーとか呼ぶなよと。
万人が客観的に参照・利用できて、場合によっては異議申し立てもできる
そういうものじゃなく、俺が、俺たちがルールブックだって面をして