はてなキーワード: ローカライズとは
自動車産業が抱える問題って、現在の日本の置かれた状況を象徴するものだよなぁ、と思い、少し掘り下げて考えてみた。「推測」と書いたのは、バックデータ・統計資料にわざわざ時間をかけてあたる暇はないので、状況証拠だけで考えていくということだ。暇な人、もしくは自動車産業関係者のマーケターの方、もしくはマクロ経済の専門家様、データを元にこの推測、といいますか仮説を検証してみてくださいませ。
「自動車の国内市場規模は縮小の一途。特に若者がクルマに興味を持ってくれない。」というのが、業界的に広く共有された悩みのよう。その典型的な事象の捉え方が痛いニュースのこの記事。
痛いニュース(ノ∀`) : “若者、車離れ” 日本国内で車売れない…トヨタ、本気でアイデア募集 - ライブドアブログ
この2ちゃんねるまとめブログで、板の題材として選ばれている記事がこれ。
国内で車売れない危機打開策 トヨタ本気でアイデア募集 (1/2) : J-CASTニュース
ま、痛いニュースとJ-CASTなので、、、、、でも、こういうメディアって、一般的な状況の捉えられ方やルサンチマン的なストレスを推し量るには本当に都合がいい。でもJ-CASTの元記事にはファクトデータも載っている。ちょっと引用してみると、
国内での販売は2年連続の減少だ。ダイハツ工業、日野自動車を含めたトヨタグループ販売は前期比同4%減の227万台と、米国販売との差が広がる一方だ。国内市場全体の落ち込みより減少幅が小さかったため、トヨタのシェア(軽自動車除く)は過去最高の45.8%まで上昇したが、トヨタ車単独で11万台の減では、シェア上昇も手離しで喜べない。
国内の自動車需要(全需)は、2006年度の軽を除いた日本国内の新車販売は前年度比8.3%減の358万台と、29年ぶりの低水準だ。登録車市場の低迷の原因としては、経済性や実用性を求めて軽自動車に人気が移っている影響とされてきた。しかし、軽を加えても同4.1%減の561万台であり、国内市場全体が収縮していることが鮮明になっている。
要は、
ってこと。ちなみにこの元記事は1997年という4年前のもの。
で、その対策として当時のトヨタは、
トヨタは06年末に社内横断的なチームを立ち上げ、国内低迷脱却のアイデアを懸命に探り始めた。
対策チームは、自動車という商品の枠内だけで解答は出さず、地域や社会全体の問題の中で消費を喚起する自動車を改めて模索している。携帯電話などの情報関連の支出が増えた若者の「車離れ」や、少子化による若年人口の減少による市場構造の変化を深刻に受け止め、車が売れなくなった構造要因に真剣に目を向けざるを得ない。地域ごとの特性や家庭の年代構成、消費者の行動なども踏まえて自動車市場全体を抜本的に洗い直そうというものだ。
少子化対策は政府でも有効策を打ち出せていない難題中の難問だ。それでも、トヨタの渡辺捷昭社長は「国内市場を活性化するためには、何よりも市場創造型のいい商品を投入することだ。地域の活性化を含めて、いろんな手を打っていきたい」と、社内チームの試みに大きな期待を寄せている。
というわけで、「国内市場をどうにか活性化させるための手を打ちたいと考え、具体的なアクションを起こしている」というメッセージを打ち出したわけですね。
それに対して2ちゃんねる側の反応はだいたい2分されていて、
となっている。
で、このあと2010年になってどうなったかというと、、、、市場動向、トヨタの対応、そしてネット民wの反応がツンダオワタ情報にまとめられている。(本当は産経新聞の元記事URLを引きたかったのだが、既に削除済み。というわけで、元記事の存在証明はないところはご容赦を。(だから、論文とかでは、データとしては使えないなぁ、、、増田で使うのが精一杯。)
豊田社長「マスコミは若者の車離れと言うが、離れているのは私達メーカーではないのか」 - ツンダオワタ情報
まずはトヨタがどのような手を売ったのかというと、、
トヨタは今年1月に「スポーツ車両統括部」を立ち上げ、スポーツカーの企画や開発に関する最終権限を経営陣から現場に移譲。スポーツカーの復活とともに、走る楽しみを演出する複数の
プロジェクトが始動している。足回りの良さにこだわった特別仕様車を相次ぎ発売。4人乗りで世界最小の「iQ」6速MT搭載限定車は予約開始から1週間で完売。
9月3日。強い日差しの下、静岡県小山町の富士スピードウェイで、1台のスポーツカーが強烈なエンジン音を響かせていた。12月から世界限定500台で販売が予定されている高級
スポーツカー「レクサスLFA」(価格3750万円)。報道関係者らを対象にした試乗会が行われていた。LFAの最高時速は325キロだが、この日は1周4.5キロのコースを約2分で駆け抜けた。「ハンドルを握ったときにドキドキ、ワクワクするクルマをつくりたい」自らレースにも参戦する豊田社長は常にこう言い続けてきた。
つまり、
のようにスポーツカーに活路を見出そうとしているよう。
でも、その結果は、、、、「文中の」ファクトデータを洗ってみると、、
クルマが売れない。昨年の国内新車販売台数は約460万台と、ピーク時(平成2年)の6割程度にまで縮小している。景気低迷が一因だが、一般的には若者のクルマ離れが最大の理由とされている。調査によると、大学生の「興味ある製品」でクルマは17位(20年度)と、40~50歳代が大学生だった当時の7位から大きく後退している。
要は、
ということ。ただし、MTのiQは限定台数を売り尽くしたし、Wikipediaの記述を見るかぎり、LFXもきちんと台数は捌けているよう。要は、「作ったクルマはちゃんと売れたけど、市場全体の構造を変えるまでに至っていない」ってことですね。それに対するネット民wの反応は、1997年の痛いニュースから、全く変わっていないというのも面白いところだ。
結局のところ、市場の縮小は人口減少トレンド下では不可避。でも、せめて若年層にクルマを運転する楽しみを知ってもらい、高付加価値のクルマを継続して買ってもらえるようにすることで、市場構造の問題を少しでも緩和したい、っていうところだと思われます。少なくとも、ここまでに取り上げた情報ソースからすると、、、、ですが。
まず、「若者」という括りに対してツッコミがあるというのは、甘んじて受け入れよう。というか、全面的に納得せざるを得ない。で、話を単純化するために、母集団を「大学生」という括りに絞ってみることにする。大学進学率が上昇し、それによって「大学生」という母集団の性質が変化したという点については、「なぜ大学進学率が50%を超えたのか? -大学進学人口と大学数との関連-」という小樽商科大学の学報掲載記事をご覧いただければ一目瞭然。(ああ、やっと真っ当なデータリソースを挙げることができた、、、ホッ。)
であれば、「大学生」よりも、より限定した形で母集団を設定しなければ、まともな時系列比較ができない、ということになる。でも、そんな統計はまともに存在しないだろうなぁ、、、、ということで、ここからは、私の実感という超主観的な状況証拠を絡めてで話を進めたい。私は30代半ばで、某都心から50kmくらいにある某大学を職場とする人間だ。で、自分の周りがみんな全くクルマに興味がないかというと、そんなことはない。R32スカイラインをシートを始めとしてひたすら改造しながら乗っている先輩、フランス製オープンカーに乗る後輩、馬鹿でかいアメリカ製SUVで駅まで送ってくれた後輩、、、、普通にいる。しかし、キャンパスの周りが整備され、駐車場の確保が難しくなったなどの事情もあるのだろうが、昔はその存在を確認できた30万円で買った中古車で大学に通い、金はなくともバス/電車という公共交通機関の利用を忌避するタイプの層は、ほとんど見ることができない。つまり、エンスー、とまではいわないかもいれないが、クルマに対しそれなりのお金を費やししている層は昔も今も、少数ながら存在していて、がんばってクルマに乗ろうという層がいなくなったということになるだろう。
30万円の中古車というと、当時の車種で具体的に言えば、10年オチのファミリアハッチバックとか、カローラⅡとかですな。当然乗り心地は良くないし、内装はパットしないし、、、でも、なぜわざわざそんなクルマを乗り回していたかというと、一番大きな理由は「クルマが無ければ不便だった」ということではないかと思うのですよ。この15年ほどで、私鉄や地下鉄の延長、新規路線開業は相次いだし、JRも湘南新宿ラインなどの直通電車をバンバン投入した。職場近辺は、15年ほど前までは、各駅停車しか止まらない私鉄の駅までバスで15分。都心に行くには2時間じゃ利かないという状況だった。かつ周囲には自動車工場と関連施設、更には清掃工場とかしかない、街だったわけで、、、、そりゃ、がんばってバイトして、クルマ買うよなぁ。逆に言えば、今となっては、無理してバイトしなきゃ手に入らないならクルマなんて買わずに、大学が斡旋してくれるUQ Wimaxのルータでも買って、電車の中で課題をこなしている方がよっぽど効率的だ。
これと同じ状況が広く各大学で生じている。また、首都圏・関西圏のいたる大学で、文系を中心に、バブル期に都心から30〜50km圏に新たに取得した土地に移転させた学部を、都心部の本部キャンパスに戻すというプロジェクトが進められている。というわけで、大学生の多くがクルマに乗らなくなるのは必然、というべき状況なのだ。
"Fun to Drive"というのは80年代〜90年代(だったかな?)にトヨタが掲げていたコーポレートスローガン、というかキャッチコピー。今あらためて読んでみると、いいキャッチコピーだなぁと。クルマを運転するのはやっぱり楽しいと思う。車高の低い、重心の位置が決まっているクルマって、運転技術が下手な人間でも、走らせるとむちゃくちゃ楽しい。(助手席に乗る人はたまったものじゃないわけだけれど、、、)研究者の職場というのは、普通のホワイトカラーと比べて圧倒的に交通の不便な場所に設置されていることが多い。大学しかり、企業や行政立の研究所しかり。将来的にそういった職場で、ある程度の期間働くことになったとしても、個人的にはクルマで通勤するのはできるだけ避けたいと思う。だって、遅刻の心配しながら朝必死に高速を飛ばしたり、長時間デスクワークした疲れた体で夜道を長時間かけて走って帰宅なんてしたくないじゃあないですか。しかも、クルマに乗っている限り、酒が飲めないというオチまでついてくる。正直、Fun to Driveを実感するきっかけが、自分に巡ってくる機会なんてめったにない。
タイトな仕事に従事する層が通勤でFun to Driveを感じるというのはかなり厳しい。逆に言えば、サボってもいい授業を沢山履修していたり、帰り道にドライブデートする機会が多い学生というのは、Fun to Driveを感じるのにものすごく最適化された生活をしているのだろう。もちろん、クルマで通うことが正当化されるような大学に通っている場合に限るわけだけれど、、、、
それ以外では、「もともと自宅に乗っていて楽しいタイプのクルマがあって」「工場勤務で工場隣接の寮に住んでいるから平日は閉じ込められている。近所にろくに店もないから、週末はクルマで遠出するのが趣味。店がないということは、そもそも他にお金の使い道もないし、、、」という人くらいなのではないかと思いますよ。
まあそれでも、ものづくりニッポンの文化として、モータリゼーションは浸透し続けるべきだし、それは可能だとおっしゃる向きもあるだろう。であれば、自動車文化先進国といわれるヨーロッパの状況を見てみたい。
ヨーロッパに行くと、日本ではあまりお目にかかれないブランドのクルマをよく見かける。SKODA、SEAT、そして90年代には多少日本にも乗っている人がいたけれど、、、的なOPEL、LANCIAなどもまだまだ現役だ。注目したいのはSKODAとSEAT。この2つのブランドはAudi同様VOLKS WAGENの一ブランドなのである。SKODAはもともとチェコ、SEATはスペインのメーカー。それぞれVWによって買収され、現在は中〜低価格帯のラインナップを担っている。逆にVWの高級ラインがAudi。VWは、ヨーロッパで最も販売台数が多い自動車メーカーだ。ACEA - European Automobile Manufacturers' Associationの、Year 2011 by manufacturer and by vehicle category (Enlarged Europe) <※注1:エクセルファイルへのリンクです, 注2:1月〜8月までの数値>によると、メーカーとしてのシェアは23.2%。で、問題は23.2%の内訳だ。VWブランドは全体の12.3%。高級ラインのAudiは全体の5.0%、SEATが2.3%、SKODAが3.6%である。VWはフェートンやトゥアレグなどの高級車(というか、実質中身はAudi A8・Q7ね、、、)はあれど、代数的にはごく一部だろうから、23.2%のうち、15%くらいはBセグメント以下の中小型車と推測できる。そしてVWグループの低価格帯のクルマにスポーツカーは極少数だし、Golfにしても他の車種にしても、ホットバージョンのグレードは売上のほんの少しだろう。
一方、スポーツブランド、エンスーな人御用達ブランドはというと、、、ALFA ROMEOで1.0%、PORSCHEで0.3%。ボンドカーASTON MARTINもヨーロッパでは8ヶ月間で1,664台(0.0180630955651735%)しか売れていない。(これだけ売れれば十分か、、、?)ちなみにみんな大好きフェラーリは、FIATグループの中でもその他扱いされていて、数値が出されていない。っていうか、その程度のもの。ヨーロッパは階級社会が未だに色濃く残る社会なので、先祖代々馬車に乗っているような人たちが、相変わらず週末の嗜みとしてポルシェやフェラーリ、はたまたブガッティやランボルギーニなどのカロッツェリアがリリースする少数生産の高級車に乗っているのだろう。ということは、ですよ。日本においてエンスー車のみをひたすら取り上げていたCar GraphicやNaviのような雑誌がそこそこ売れ、地方自治体立の図書館に配架され、なおかつテレビ朝日系で番組まであったというのは、どう考えてもおかしい事態、なわけですね。
というと、やっぱり車の運転が「好き」っていう人はそんなにいるように思えない。バック・トゥ・ザ・フューチャーの時代から、若者の憧れはSUVだったし、トヨタがアメリカの若年層を攻略するために導入したサイオンだって、ラインナップはxB(日本名Bb)、xD(日本名ist)だし。アメリカ市場といえば、、、のホンダの戦略車種だって、ELEMENTやCR-VにMDX。ようは、SUVをカリフォルニアサーフカルチャーに振るか、ニューヨークのヒップホップカルチャーに振るか、はたまた高級志向に走るかしか、手はなかったわけで、、、、
経済成長期というのは、来年は今年よりも所得が増える人が沢山いるという状態のことだ。経済的に余裕が出来てくると、多くの人間が考えるのは生活の質的向上を図ろうというものだ。その結果、未知の様々な趣味にお金と時間を突っ込んで見ることとなる(これ、現在の中国沿海部がちょうどそういう状態)。そういった状況下で、日本のメーカーはレビン/トレノ、MR-2、CR-X、ユーノスロードスター、FTOなど低価格でかなり走りが楽しめるスポーツカーを量産してしまうことに成功してしまう。ミドシップのツーシーターが200万円台前半とか、V−Tecエンジンを積んだ2ドアホットハッチが100万円台、車の歴史から見たら、おかしいだろう!ということですよ。更にホンダビートやダイハツカプチーノ、極めつけはマツダAutozam AZ-1。軽自動車なのに、ミドシップでガルウィング。とんでもなさすぎる、、、、
で、いろいろ手を出してみるものの、そこそこ収入が安定する頃には、自分の趣味や可処分所得に見合った趣味だけに落ち着いていく。ま、もともとクルマで女の子にもてようと思えば、そこそこの外車や国産車でもレクサスになるだろう。中途半端に月3万円のローンとほぼ同額の維持費をクルマに突っ込むくらいなら、3万円を衣服費に使い、残り3万円でデートに誘う店のグレードを上げた方がよっぽどモテるだろう。結局日本という市場は、相も変わらず500万円オーバーのクルマを買い続けてくれる一部の層と、下駄として使うための安くて丈夫なクルマを選ぶ層(しかも、子育て期限定でワンボックスを買う層も多いと見た、っていうか00年代前半は、2シーター乗っていた人が、パパになってSTEPWGNやセレナに乗り換えを余儀なくされるというパターンが本当に多かったのですよ)と、クルマなんてそもそもいらないっていう多くの層によって形成されることとなる。下駄クルマは利益率は低いし、韓国・中国勢がブランド力を向上させていけば、取って代わられる事態も当然ありうる(それを日本にやられた先例がアメリカだ)。国内市場で利益をあげ続けようと思うならば、高級車のシェアを取りに行くしかない。そういう意味でトヨタはLexusを止める訳にはいかないし、他社は実質国内市場はあきらめかけているんじゃない、、、としか思えない。高級車ラインを展開できなければ、日本は欧州・アジア向けモデルを導入するone of themの市場という前提で戦略を立てざるを得ない(実際、日産、ホンダ、マツダなんかはまさしくこの戦略をとってる。マーチが全量アジアからの輸入になるなんてね、、、、)。
で、以下のURLから1本のテレビCMをご覧頂きたい。トヨタグループの一員であるダイハツの企業CMだ。
テレビCM 企業CM「日本のどこかで 新しい町」篇【ダイハツ】
このCMの読み解きは、あくまでも僕の憶測にしか過ぎないのであしからず。
都会でクリエイティブ(たぶん美容師とか、ショップ店員とかかな?)な仕事をしていた瑛太が、突如田舎にIターン(Uターン、じゃないだろうなぁ、、、)して、ガテン系(工務店)の仕事を始める。そこで、これまで乗っていたアメ車のシボレー・カマロを第三のエコカーであるダイハツの軽(ミラ・イース)に変える。生活の変化と平行して、地元の郵便局員である吹石一恵との関係が始まり、、、、というストーリーなわけだけど、設定の1つ1つに企業戦略として重要な意味合いが込められていると思うのだ。(あくまでも推測だけど、、、)
都心にはダイハツが売り込む市場など、商用車以外に大して存在しない(それでも、乳幼児を抱えるお母さんが、電車に乗れなくなったから必要に迫られて車を買うというケースは結構ある(タントのCMを参照。それにしてもダイハツのCMは、意図がすっきりはっきりして清々しいほど。マーケ的お手本ですね。)。だから、当然第一次・第二次産業(の生産部門)が経済の中心であるエリア、もっとわかりやすく言い換えると、でっかいイオンモールが唯一のデートコースという地域が、ダイハツ(とかスズキとか)の主戦場となる。
そういったエリアは、都心とは異なる理由で市場の縮小が進んでいる。まずもって、人口減少トレンドがものすごく強いということ。都心の場合出生率は下がっても、人口流入が大きいので若年層人口の減少トレンドはかなり緩和されている(というか、江東区とか、横浜市なんかは、保育園入園の待機児童問題がぜんぜん解決されないままで、、、、)。でも、地方は加速度がついて若年人口が減っているというのがまず前提となる。
その上に自動車市場を冷やす意外な要因というのが、実はイオンモールの進出ではないのかな、と個人的には睨んでいる。こう書くと、「イオンモールこそが、駅前商店街衰退の最大の要因で、だからみんなクルマを保有せざるをえないのじゃないか」というツッコミがきそうだが、たぶん逆じゃないかな、と。地方の駅前商店街なんて、もともと若年層が楽しめる娯楽や、ファッションを提供する機能を持っていなかった。だから、暇な若者に出来る時間つぶしって、女の子を誘ってドライブくらいしかなかったわけだ。例えば、90年代にものすごく売れたホンダ・S-MX は、フルフラットシートにできるだけでなく、ご丁寧にティッシュボックスまで備え付けてある。わかりやすくニーズのど真ん中をついていたわけだ。
それが、イオンモールができることで状況は一変する。シネコンやタイトーとかセガとかの大規模ゲーセンやROUND1で時間は潰せるし、服を買うのも、ワールドやイトキン、オンワードといったアパレル大手のちょっと低価格ラインのショップ、レディースならば宮崎あおいがCMしてるEarth music & ecologyとか、OZOC、Melroseとか。メンズならTK Takeo Kikuchiとか。ユニセックス&チャイルドで、UNIQLOに満足しない層のために、GAPとか、無印とか、COMME CA ISMとかも入っている。ABCマートがあれば、靴も含めてそんなにダサくない、というか都心で売っているものと遜色のないものが揃ってしまう。そりゃ、裏原宿のテイストは無理だけど、池袋マルイやサンシャインシティくらいのレベルは買えてしまう。片道30分でイオンモールにつけるのであれば、その短い時間にお金をかけるよりも、一日中過ごすイオンモールの中でお金を使ったほうが楽しいわけだ。つまり、人口が少ないだけでなく、残っている若者にもクルマに必要以上にお金をつぎ込むインセンティブがもはや存在しないということだ。
じゃあ、粛々とシュリンクする市場規模に対応するだけの資源投下をすべきか、、、というとそうは問屋がおろさない。それができない要因、それは地方に数多く存在する独立資本の販売店フランチャイジーだ。バブル崩壊後、自動車メーカーはそれぞれ、ドラスティックに販売網ネットワークを整理した。今となっては複数の販売チャネルを運営しているのは、実質的にはトヨタだけになってしまった。ただし、トヨタ・日産・三菱といったメーカーの場合、販社は一部自らが出資している法人が大半であり、スムーズに(とはいかないまでも、どうにか)店舗網の縮小、合併を進めることができた。ところが、ダイハツ、スズキ、スバル、ホンダ(の旧プリモ店)は、三丁目の夕日に出てくるような個人経営の自動車整備業にフランチャイジーとして販売を委託するという形態の店舗を数多く抱える。販売店網が密だということは、アフターサービス・メンテナンスの質を向上させることにつながる。アフターサービス・メンテナンスはアフターマーケットという業界用語があるくらい、利益率の高い市場なので、各社力を入れているわけだが、サービス水準を高めるためには、各店舗の士気が高められていることが重要だ。
販社としては、生涯価値の高い顧客、つまり長くお金を落とし続けてくれる顧客を捕まえたいというニーズを持っている。となると、地方にやってきた若年層というのが、一番欲しい顧客のプロファイルとなる。地方にやってきて、工務店という地域密着な仕事をし、地元の(たぶん)特定郵便局の職員とつきあって結婚して、、、というのは、まさしく地方の販売店にとって喉から手が出るほど欲しい顧客像だといえるだろう。こういう層に向けて、ストレートに刺さるCM、というのは、ミラ・イースの本当の想定顧客かどうかは関係ない。(実際、イースの車種CMは、ブルース・ウィリスを起用してダジャレを言わせているわけだから、瑛太のようなプロフィール、ではないことは明白。)「企業CM」して瑛太と吹石一恵が出演するCMを放映するということは、メッセージのターゲットは販売店フランチャイジーなのではないかな、と。
小見出しで結論は言い切っちゃいましたが、基本はこれ。自動車メーカーもボードメンバーや車種開発部門は既にわかっていてやっているはず。じゃなきゃ、瑛太が乗るクルマはミラ・イースにならないし、マツダのスカイアクティブテクノロジ搭載車やホンダのハイブリッド車に国内独自モデルが1つもない、なんて事にもならないはず。
ところが、販売部門、とくに販社といっしょにプロモーション計画を取りまとめる部門は、国内は縮小均衡で粛々とやっていく、なんてことは口が裂けても言えないはず。なので、国内販社向けマーケティング担当者が考えるべきは、シュリンクする市場環境下で、世界共通モデルをいかに低コストでローカライズして、他者のシェアを奪うのか、しかないのが現状なのだと思いますよ。正直、ね。
※あくまでも推測です。
民間人を無差別銃殺出来たりグロいモンスターに人間が食われるシーンが無修正だったり18禁レーティングならおっぱいポロリどころかSEXの描写すらOKなあちらのゲーム機市場で、アイマスが発売出来ないとは考えにくい。なので他の理由を考えてみた。
海外の規制に引っかかるためアイマスは国内でしか販売できないという風説がネット上では半ば定説化しているけれども、下記に挙げる要因がいくつか重なってると考えた方がよっぽどしっくりくる気がする。
俺が訊きたいのは、こういった重厚長大なゲームはこれから誰も買わなくなるのか?って事。
もちろん断言はできません。
ただ、日本のマジコン世代については、案外そういう可能性があるんじゃないかと言うことです。この件について自分達(といっていいですよねw)豪華絢爛なコンテンツに慣れた(良く言えば目の肥えた)人間の感覚はかなりあてにならない、と思っています。
半世紀後はROCKSTARゲームの新作が日本ローカライズされなくなっていてもおかしくないかもしれないと思ってます。(私個人はそれでも老人ホームで輸入盤をプレイしてる自信がありますがw)
良いローカライズとは・・・イバイ・アメストイ「ゲームウォーズ 海外VS日本」第2回
ttp://www.gamebusiness.jp/article.php?id=1337
我々外国人にとって日本のゲームは「外国のゲーム」である為、欧州や北米で開発されたゲームを購入せず、遠く離れた日本で開発されたゲームを購入するのには特別な理由があります。『FINAL FANTASY』 や『RESIDENT EVIL』(バイオハザード)のように人気の高いゲームなら誰でも手を伸ばしますが、あまり知られていないパブリッシャーのゲームを手に取ると「あ、日本で開発されたゲームは外国のゲームだからバグだらけだろうな…」と思い、そのまま棚に戻してしまうことが少なくありません。それならば、少なくともバグの無いゲームにお金を賭けた方が賢明だと。
でしたら、ローカライズを行い、海外での激しい競争に生き残る為にはどうすれば良いでしょうか?それは、良いローカライズを行うことです。しかし良いローカライズ、レベルの高いローカライズとはどう言ったものでしょうか?簡潔に説明すると:
プレイされる時、ユーザーに「このゲームは海外製品である。」と思わせないような自然な内容を作ることです。プレイして違和感が全く無ければ、それは良いローカライズです。「これ…ワサビ臭いな」と思われたら悪いローカライズです。
最近の洋ゲー和ゲー論争やその周辺をみていると、そんな気になる。
http://www.eiren.org/toukei/data.html
これをみてほしい。映画の興行収入データの推移。かつて、映画は娯楽の王様だった。スクリーンの数は今の何倍もあった。黒沢、小津、溝口と世界的な評価を受ける監督がひしめいていた。世界的にも映画大国だった。
ところが、テレビの普及もあってスクリーンが急減する。70年代くらいからは入場者数も減っていく。単価の上昇もあって収入は増えるが、結局80年代に入り収入も減り、90年代には完全に下火になる。
一方で洋邦比率もみてみると、50年代60年代はまさに邦画全盛期だったが、70年代に逆転し始めて、90年代には何とも洋画が70%近くになる。僕はこの頃高校から大学で過ごしていたが、周囲の雰囲気を見ても「邦画なんて見るものじゃない」だった。この頃の人に映画について聞いてみると、好きな映画はことごとく洋画でしょう。個別の推移を見ると、飛び抜けて収入を稼ぐ邦画があるものの、全体としては洋画が中心。
例えば、入場者数が最低を記録した96年前後の洋邦比率はを見ると、
というもの。
実際の中身をみてみると、
という感じ。
なんてものだった。まさに今のJRPG批判と一緒。
あと10年もすれば、日本におけるゲームなんて「わざわざ一万も二万もする、ゲームしかできない機械なんて買わない、スマートフォンで良い」「和ゲーはありきたりでつまんない」「洋ゲーの派手な演出の方がなんだかんだで金かかっているし、面白い」という評判になって、ゲームをやるとしたら「とりあえず任天堂」か「洋ゲーのローカライズ待ち」なんてことになるかもしれない。
だから、まさに映画の70年代から80年代に差し掛かっている今この時点で上を目指せないゲーム会社は、早晩ダメになるし、日本の市場のためにも良くない。今は、宮本茂が黒沢明、堀井雄二が小津安二郎でいてくれるけど、その後継者が日本、海外で成果をあげられなくなったら、衰退して、ジリ貧になるね。海外指向を非難するユーザーらも同罪。別につまらないゲームは無理にやらなくてもいいけど、非難するのは意味がない。
個人的な感覚では、iPhoneゲームが既にそうなっている。一部の大手が既存の資産を投入しているけど、やっぱりアメリカの会社で作ったゲームの方がよくできている。日本発もそれなりだけど、続けるだけのモチベーションのあるものが少ない。「日本ではiPhone市場が...」なんて言っている間にアメリカ発、場合によっては中国、韓国発のゲームがどんどん質を向上させている。収益方法も無料でスタートでその後利益をあげる仕組みも整っている。Facebookとか使って利用者を根付かせる方法も確立している。
これで仮にiPhoneがもっと普及して、市場として本腰入れたいと思った頃には、とっくに参入余地がなくなっているよ。まあ、既に日本でも100万台とは言われているけど。
なんで、ゲーム会社、クリエイター、そして利用者も今の日本のゲーム業界が置かれている時代をもうちょっと自覚するべき。まあ、もしかすると、もう遅いのかもしれないけどね。
海外のHD機向けゲームが色々とローカライズされるようになって、初めて触れる人が多いのか知らんけど
「日本のゲーム会社は遅れてる」みたいなことホザく人が増えてきた。
日本とは違う進化を辿ったゲームに触れてカルチャーショックで頭おかしくなっちゃったり、
宗教戦争に加担していたりするんだろうけど、本質が見えてないよね。
はっきりいうと、日本のゲーム会社と海外のゲーム会社で決定的に違うのはプロジェクトに付く予算。それだけ。
才能の限界にたどり着く前に予算の限界が来ちゃって作り手がフルでがんばれる環境ができてない。
なぜそうなるかっていうと、HD機にユーザーが期待するゲーム(要はグラフィックがキレイでボリュームのあるゲーム)を
作るために必要な予算をかけちゃうと国内だけじゃペイするのが難しいっていう現実があるから。
もちろんぺいできてるソフトたちもあるけど、圧倒的にペイできてない方が多いよね。
国内だけでペイできるように作ろうとすると予算規模が縮小され、PS2でもいいんじゃねーの?みたいなゲームしか作れない。
でもわざわざHD機買っといてPS2みたいなソフトをやりたい人なんてそんなに居ないよね。
高い金払って新しいゲーム機買った以上はその性能を最大限まで生かしたゲームやりたいんだよ、誰でも。
作る側だってそういうの作りたいよね。
でも無理なんだ、商売だから。慈善事業じゃないから。
市場規模のデカイ海外は海外で、調子に乗って金かけすぎてヤバくなってるけどww
でもやっぱ市場規模がでかいってのはいいよね。ニッチ市場でも絶対数がある程度あるからペイ出来る場合もあるわけだし。
日本のHD機で冒険できるのはFFみたいにブランド確立できててどんな出来でも一定以上の売上見込めるソフトぐらい。
もしくは気前の良いパトロン見つけられた人たちぐらい。そんなの居ないけど。
FF13は賛否両論あるけど、安牌狙わずに冒険したってのもすごいし戦闘に緊張感を持たせるってのに成功してる感があっていいよね。
序盤はまぁ、アレだけど。
グダグダ余計なことも書いたけど、日本のゲーム会社は能力で劣っているわけじゃない。金と時間と余裕が無いだけだ。
でもそれをどうすれば得られるかはわからんね。景気が良くなれば多少はあぶく銭がゲーム業界にも回ってくるかな?
でもゲームに投資するぐらいなら他に投資した方がまだ回収の見込みあるよね。難しいねぇ。
だれか予算の壁を才能の壁の向こう側に蹴飛ばせるぐらいの金をゲーム業界につぎ込んでくれないかな?
まぁ、予算の壁を超えてもその先に文化の壁があって、なかなか簡単に海外でも売れるようなゲームが出来るわけじゃないんだけどね。
あったとしてもメジャーな言葉ではなかったように思う(Google Trendsで見てみたら2008年に入ってから急速に伸びてたりする)。
けどトラスティ・ベルやブルードラゴン、ロストオデッセイ、TOV、インアン、ラスレム、SO4……等々、
Xbox360で出たRPGが海外で評価される場面になってJRPGという言葉とともに糞味噌にけなされはじめた。
WiiではTOSラタトスクくらいで、PS3はそもそもRPGが無かったという状況で、白騎士すら未だローカライズされずじまい。
Xbox戦犯説を推したい所だけど、もしWiiやPS3で上記のソフトが出ていたとしても海外では酷評を受けていただろう。
で、FF13がでる。
2006年にFF12を出した以後から日本産RPGをめぐる状況は一変した。
これが出てから本当にJPRGは終わったのかどうか確かめてみたい。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20091009/206762/?P=3
「蚊」とかいうてますけど、
「これまで」がむしろ異常だったわけで。
そんなこれまでの半世紀を保護政策のおかげ(?)で
生き残った日本の「蚊」たちに、やっと絶好の時代がやってきた、
それがこれからのアジアの時代。
これから本当にアジアの時代になっていくとすると、
日本の蚊たちが再成長し、それに引っ張られて日本も再成長していく可能性はおおいにある。
というのも、人は自分に近いものをより好意的にみるいきものなので、
アジアの人々は欧米企業よりも同じアジアの日本企業のものを好意的にみる。
実際、アジアの人々にはアジアで最初に先進国となった日本や東京に対する憧れや、
「ジャパン・パッシング」なんてのは欧米の日本に対する見方であって、
「規制緩和せよ」、といまだに言われ続けている日本とは異なり、
アジアの新興国はシンガポールのようにマーケットが比較的オープンな国が多い。
もちろん日本企業がこれからも客観的に見て価値のある商品を作っていくだけでなく、
自身をアジア企業と定義しなおして、ローカライズに不可欠なその国の人材にとって魅力的な企業となり、
かつ積極的にとっていったりする必要はある。
現状、その点で欧米の世界的企業に圧倒的に遅れをとっているので。
いずれにしても、アジア人の日本に対する「ひいき目」というのは確実に存在する。
楽しいのはこれからだ。
*基本「移植元になったゲームをなるべくがんばって再現してみた」のを掲載。だからテクモの『DOA Black Jack』とかは除外。
【バンナム】
メモ:タイトル数・質共にトップクラス(22日現在で体験版含28タイトル)。巧妙にiPhoneというプラットフォームにフィットさせてくる。何が彼らをそこまで駆り立てるのか。やはり、コナミか。塊魂』、『ミスドリ』はシリーズ入門編に最適。 パックマンのことはいい加減忘れてあげよう。
・塊魂
・Time Crisis
・のびのびBOY(予定)
・ACE COMBAT(予定)
・脳トレ
・ギャラガ
・ルミネス(予定)
【コナミ】
メモ:iPhone アプリ専用ページを立ち上げる等気合は十分。まさかMGがiPhoneで拝めるとは。最初に発表した四タイトル以降はどうも動きが鈍い感が。アプリひとつひとつの仕上がりは流石の出来。
・パワプロ
・パワプロ?(前はあったはずだが今は消えてる?)
【カプコン】
【タイトー】
メモ:『スペースインベーダー』の一作目が散々だったり、バタ臭い下水管ゲーム出したりと妙に迷走してきたTAITO。しかし、『SPACE INVADER INFINITY GENE』で一皮むけた……か? タイトル数・質的にiPhoneでも中堅どころは変わらない。
・バズルボブル
【スクエニ】
メモ:え?
【SEGA】
メモ:米国版ストアと値段設定や出ているタイトルが大きく異なったり、『ぷよぷよ』だけ名義が微妙に違ったりとやる気があるんだかないんだかよくわからない。
・ソニック
・ぷよぷよ
【ハドソン】
メモ:iPhoneオリジナルタイトルが多い。タイトル数では日本のゲームメーカーではおそらくナムコに次ぐ(ゲームロフト除く)。『クレヨンフィジックス』などインディペンデント系ゲームのローカライズも手がけている。セールス的にはどうも苦戦してらっしゃるよー様子。
http://game.watch.impress.co.jp/docs/series/iphone/20090807_307860.html
・さめがめ
【洋ゲー】
日本市場はEAとGameloftの独壇場。Gameloftは先日アプリ総販売数600万本を達成した屈指の勝ち組。工作員? ああ、そんなこともありましたっけ(笑)
・テトリス
・Myst
・ブラザー・イン・アームズ
・Doom
・The Sims
・Sim City
・Grand Theft Auto(予定)
【ワークジャム】
・ペンギンくん WARS
「お、こんなんもあるのか。面白そうだけど、iPhone/Touchじゃどうなんだろ……?」とお悩みのかたは体験版やyoutubeの動画を参考にしよう。
アプリ購入レビュー欄はヤフーニュースのコメント欄並に(特にゲームは)知能水準が低いので、バカを鑑賞したい時以外にはおススメできない。
最近ウィキペディア日本語版で、システムメッセージの変更に関してちょっとした事件があった。
変更された点は、
・「細部の編集」の略号を「M」から「細」に
・「新規作成」の略号を「N」から「新」に
・ほか細々といくつか
ほんとうに小さな変更なんだけど、けっこう反発が強かった。
まずは半角→全角の変更だったのでデザインが崩れるという問題。
それに、かなりよく目にする略号なので(ウォッチリストとか履歴とか)、古いのに慣れてる人がとまどう、という問題。
結局、この変更が起こってから数時間で却下されることになった。
この「事件」自体はべつに尾を引くこともなさそうだけど、
一時的にせよ、かなり強い反発があったのは確かだ。
いっぽう、変更をした人は、戻したければすぐ戻せるからとりあえずやってみる、と軽く考えていたらしい。
この認識のずれが、なんで起こったのかをちょっと考えてみた。
どうもこれは、ウィキペディアと、そこで動いている mediawiki というオープンソースソフトウェアとの、文化のずれから来ているように見える。
ウィキペディアというのは、なんでもかんでも「コミュニティの合意」ベースでことが進む場所。
ここでは独断専行はとにかく嫌われ、排除される。
いっぽうオープンソースの開発は、「できる人ができることを、ちょっとずつ手分けしてやる」というやり方で動いていて、
mediawiki というソフトウェアの開発もそんな感じですすんでいる。
この違いがどこからくるのかというと、みんなで一つのものを作るのか、みんなでみんなのものを作るのかという違いからだと思う。
ウィキペディアはどうがんばってもひとつしかなくて、全員がひとつのウィキペディアを共有している。
MediaWiki というのは利用者が自分の分のコピーを持っていて、最新版が気に入らなければ手元の古い版を使いつづける、ということができる。
ウィキペディアは mediawiki というソフトウェアの上で運営されているんだけど、
ウィキペディアコミュニティと mediawiki 開発陣は、ふだんあまり接点がない。
だからあまり摩擦も起きていないんだと思う。
ただ、MediaWiki にはローカライズされたメッセージという部分があって、
この部分がちょっと微妙な関係を生んでいる。
MediaWiki はものすごく多言語化されたソフトウェアで、
大量のシステムメッセージのほとんどが、50以上の言語に翻訳されている。
http://translatewiki.net/wiki/Translating:Group_statistics
これをやっているのが translatewiki.net というウィキコミュニティ。
ちなみにこいつ自身、MediaWikiで運営されている。
今回問題になった変更も、この translatewiki で行われた。
mediawiki のシステムメッセージというのは、次の三つを上から順番に当たって、存在したものを採用するようになっている。
厳密にいえば、1. を管理している jawiki のユーザーがどこか気に入らないなら、
translatewiki に文句を付けるのは筋違いで jawiki で直せ、というのが筋だ。
もちろん、jawiki 以外でも有用な修正なら translatewiki に反映するというのはあり。
現実的にも、 translatewiki はユーザー数が少なすぎてチェック機構が働いていない。
たぶん、 2. のメッセージは今回みたいに不用意に変えられちゃうことがまたあるから、
Wikipedia の議論場所は分散しすぎていて議論に気づきにくいという問題2件。
議論場所(パーマリンク:http://ja.wikipedia.org/w/index.php?oldid=26931200)
注意書き用のテンプレートというのは、問題を抱えている記事の冒頭あたりに枠つきでつけられるもので、たとえば保護の場合だと、こんなかんじのボックス。
このページは荒らしや編集合戦などのため、方針に基づき編集保護されています。
現在の記述内容が正しいとは限りません。ノートで合意が形成されるなど、保護を解除できる状態になった場合、保護の解除を依頼してください。
この種のテンプレートは、「削除すべきかどうかの議論をしているから参加してほしい」(削除テンプレート)「観点が偏っているから別の視点からの情報が欲しい」(中立的観点テンプレート)など、どちらかというと記事を書く人にむけてのメッセージになっていて、記事を読む人にとってはあまり意味がない。むしろ純粋に読みたいときには、注意書きが先頭にあると邪魔に感じることも多い。たとえば このページなんかは、4つもテンプレートが付いていて見苦しい。そこで、読む人にも配慮しようということで、1行程度に圧縮したちいさなバージョンの注意書きテンプレートが作られ、かなりよく使われるようになっていた。
そのような状況で、書く立場重視の人の中から提案があった。提案は「省スペースバージョンでは、小さすぎてめだたないので本来の注意書きの機能がはたせない、廃止して全部本来のサイズのテンプレートにしよう」というもの。提案に関する議論は、専用の議論スペース「ウィキプロジェクト テンプレート」で行われ合意形成ができて実施を「お知らせ」に記載したところ、読む立場重視の人から物言いがついて若干こじれたのが今回の問題。
差し止め側の言い分は「テンプレートのソースに付属した「ノートページ」で議論を行うのが原則。それが守られず別の場所で議論されたから、我々は議論が行われていることに気づけなかった。議論をやりなおすべき」。提案側の言い分は「テンプレートはほとんど更新されないので、そのノートページをチェックする人はほとんどいない。テンプレートに関心があるなら、ウィキプロジェクトをチェックしておくのが当然」
結局、議論期間を数週間のばし、妥協案として注意書きテンプレート全体を少し小さくする、という結論になって、先週実施プロセスに入った。
テンプレートを表す「Template:」やノートページを表す「ノート:」などの名前空間は、MediaWiki のウィキ記法のひとつとして、またページのURLの一部として使われている。今年3月ごろにこれをもっと分かりやすい翻訳に変えたいという提案があり、数人が1ヶ月ほどかけて訳語を煮詰めていた。
書き換え内容が固まったところで、ウィキペディアの慣習にしたがってコミュニティの意思決定のための投票が5月、行われた。ところが、それまでの議論場所が、MediaWikiローカライズのプロジェクト TranslateWiki の中に設置されていて、ウィキペディア日本語版の大多数の人に知られていなかったため、投票プロセスが始まるころになって「議論の告知が不十分だった」という意見が相次ぎ、けっきょく議論をやりなおすことになった。
現在は、「議論の告知の方法を議論する」→「議論の進め方を議論する」→「実際の議論に入る」というウィキペディア的にもっとも慎重なやりかたで、やりなおしが進行中。
ウィキペディアには、書き換え対象のノートページで議論する原則があるけれど、これの意味は、「議論を行う場所を住み分けして、興味のある人が興味のあるものにだけに集中できるようにする」ということだと思う。
一方で、すみわけをやりすぎると、上記の2つのように最後の方になって「議論の存在に気づけなかった」という人がでてきて、無駄に時間をかけることになる。
そのへんを吸収するために、なんでも議論していい場所として井戸端とかがあるものの、これはこれで、なんでもかんでも持ち込まれる傾向があって流れが(ウィキペディアにしては)速く、一覧性も悪い。MediaWiki のLiquidThreads(フローティングスレッド掲示板)拡張が導入されるのが待ち遠しい。
韓国のソフトを輸入してきてローカライズする会社で鯖管やらインフラ周りをやっていたことがあるのだが、この韓国独特のネットワーク環境のせいで色々と苦労をさせられた。
P2Pを利用したコネクションを張るソフトがあるんだが、韓国はブロードバンドルータを使わない≒大概皆さん1台のPCにグローバルIPが張り付いている≒NATの必要性が存在しない。そんな「NAT越えって何スかそれ」みたいな状況でP2Pをやっているので、ルータがデフォの日本環境にもってくるとまともに動かないという。
あとブロードバンドルータがない≒ファイアウォールなしでサーバがネットワークに接続されている状況も割りとザラ。
さらにまったく関係ないがデータセンターがただのサーバ置き場。「今係員がいないので携帯電話で呼び出しています」というせりふは日本のIDCに慣れているとなかなか聞けない一言。
日本人と食事する機会があって、話してたら英語圏への愚痴がおおくて苦笑いした
たしかになぁと思う部分をここに書く
要約すると
英語圏の開発者は、とにかく私的で内輪ネタを好む。そして後先を考えない。
というお話なんだけど
この前、Unix特有の言葉の語源のことをその人も知ってたんだけど
元ネタはウィーザードリーっていう海外発のゲームだと知って苦笑いしてた。
幼稚だなって言ってた。個人ならともかく企業やまとまな開発者がやる事じゃないと。
そのひとが渡米したのは、もともとはソフトウェア開発のためなんだけど
アメリカでの開発で一番困ったのは、その場のことしか考えない開発体制と方針だそうだ
とくに怒ってたのは、ファイル名を入れたり選択したり表示する画面があるんだが
日本の人からすれば、マルチバイト文字の名前もあたりまえのようにあるから、考慮してくれればいいのに
アメリカの開発者達は当たり前のようにASCIIだけにしようとしている
「ローカライズするときにかえればいいよ」と返してきて困ったそうだ
「後でかえるくらいなら、今かえればいいじゃないか」といってもアメリカの開発者は聞かないそうだ。
将来は海外でも発表するソフトなのにマルチバイト圏の分かる人の指示を聞こうとしない
俺に一言聞けばいいのに・・って言ってた。
当然、世界で発売するときにはかなり根っこのプログラムから変えなければいけない事になる。
こんな事が何十回もあったそうだ
web向けフレームワークや Windows なら.NET Frameworkの普及で、UNICODEを意識するようになってこういう事例は少しは減ったらしいが、
企業やグループのイメージに関わるのに、なんでこんな事を平気でするんだって不思議がってた。
欧米人はとくに家庭や身内にたいしてはギチギチにルールを強制するけど
ちょっと外に出たら、こんなにゆるい国はないという
googleストリートビューの問題で、プライバシーの問題が起こったけど
アメリカでは外で平気でキスやセックスしてるくせにプライバシーの侵害とかいうのはおかしいと怒ってた
(日本だからといわず外で性行為は下品だからと禁止だったりするのが普通らしい。
食事する機会があって、話してたら日本へ愚痴がおおくて苦笑いした
たしかになぁと思う部分をここに書く
要約すると
日本の開発者は、とにかく私的で内輪ネタを好む。そして後先を考えない。
というお話なんだけど
この前TOMOYOLinuxがカーネルマージされたことをその人も知ってたんだけど
元ネタはカードキャプチャーさくらっていうアニメだと知って苦笑いしてた。
幼稚だなって言ってた。個人ならともかく企業がやる事じゃないと。
そのひとが来日したのは、もともとはSFC時代のゲーム開発のためなんだけど
日本の開発で一番困ったのは、その場のことしか考えない開発体制と方針だそうだ
とくに怒ってたのは、RPGでキャラクター名を入れる画面があるんだが
欧米の人からすれば、6文字以上の名前もあたりまえのようにあるから、そうしてくれればいいのに
日本の開発者達は当たり前のように3,4文字にしようとしている
「ローカライズするときにかえればいいよ」と返してきて困ったそうだ
「後でかえるくらいなら、今かえればいいじゃないか」といっても日本の開発者は聞かないそうだ。
ゲームタイトルも英語知らないくせに英語で決めて、分かる人の指示を聞こうとしない
俺に一言聞けばいいのに・・って言ってた。
当然アメリカ発売するときにタイトル変えなければいけない事になる。
こんな事が何十回もあったそうだ
PS以降海外市場の拡大で、意識するようになってこういう事例は減ったらしいが、市場が小さいからって無視するような問題じゃない
企業のイメージに関わるのに、なんでこんな事を平気でするんだって不思議がってた。
日本はとくに家庭や身内にたいしてはギチギチにルールを強制するけど
ちょっと外に出たら、こんなにゆるい国はないという
googleストリートビューの問題で、プライバシーの問題が起こったけど
日本は洗濯物外で干してるくせにプライバシーの侵害とかいうのはおかしいと怒ってた
Wiiの突撃!ファミコンウォーズVSと、GBAのファミコンウォーズGBA2(だっけ?)を連休が取れたんでひたすらプレイしてた
戦争ゲームは面白い。戦争っていう要素はゲーム性の塊だし、何より大軍を指揮して敵をやっつけるというのは楽しすぎる
しかし、このファミコンウォーズシリーズ。任天堂のゲームなのに日本発売に色々と時間がかかったり難儀したりしているようだ
そもそもGBA版は日本国内で1が発売できなかった(リアルで戦争があったから)から、2がアメリカで発売された時に2本が1本のソフトで遊べるって名目で出た
そしてWii版も、海外ではWiiとほぼ同時に出たソフトなのに日本じゃすっげー遅れて出た
んでもってDS版2。これが・・・1年前に出てるのに日本じゃ音沙汰無し。日本語翻訳されてると言うか、最初に出来たソフトは日本語版でそれを英語にローカライズして海外で出してるから、必然的に日本語版の方が先に出来てるしキャラクターもストーリーも日本向けに作られてんのに(ゲームキューブとWiiの「突撃!」シリーズはイギリスのメーカーが作ってます)
ファイアーエムブレムみたいなイケメンや美少女が敵をぶち殺しながら死山血河を築きあげるゲームはあんま規制されないのになー(未成年が人殺ししてるのに特になんも言われねー)
スパロボみたいに味方が超有利、敵がかわいそうになるぐらい・・・っていうアレなゲームの方がよっぽどお子様の教育に悪いと思うデスヨ?
ファミコンウォーズみたいに敵も味方も同条件、いや、むしろ敵の方が基本的に色々なチートを使ってくるから人間の脳味噌で対抗しなきゃいけないガチの戦略ゲーの方がよっぽどお子様の教育にいい知育ゲーだと思うのにニャー。最近じゃユニット1単位が全滅しないと死って感じじゃなくなってきたしー
思うに、任天堂ゲームの何がいいって、基本的にプレイヤーと敵が同条件で戦う事と、ストーリーを進めてる間は敵が細かい部分で自分よりステータスが上な事
最初からついてる差を発送やテクニックでひっくり返してみろよ!
的なバランスが素晴らしい、カスタムロボやマリオカートなんかがそれ。カードヒーローも最高だった
超脱線した、次世代機だ体感ゲームだハイデフだーとあーだこーだ言われてますが、敵と味方が対等の条件かややプレイヤーが不利な条件で勝負して、有利な条件の相手を負かすって快楽を与えてくれるゲーム
もっともっと流行らないかなぁ
ごめん、「海外展開」の海外の意味が少し違う。アメリカに海外展開するのではなくて、発展途上国に海外展開する、という話。
もちろん、ソーシャルブックマークが元々、アメリカ始め、英語圏にあったのは知っていて、はてながそれを日本版にローカライズしたものだということも知っている。だから、英語圏に対して、新しくソーシャルブックマーク作ってサービス展開するというのは、既に向こうに同じものがあるから、あんまり上手くいかないと思う。
ただ、ソーシャルブックマークサービス自体、そこまで一般の認知度の高いサービスではないし、英語圏のソーシャルブックマークは、各国語へのローカライズにそこまで力を入れないと思う。特に、発展途上国の言語にはあまり力を入れないんじゃないかな、と思うわけよ。そこで、話者人口の多い言語でソーシャルブックマークがあんまり浸透していない発展途上国を中心に使われている言語を選んで、はてなブックマークをそのままローカライズして、広告打って、わっとユーザーを囲い込んでしまうということは可能だと思うんだけど。ヒンディー語とかインドネシア語とか話者人口すごい多いし。
はてなは、「アメリカのサービスを日本版にローカライズして展開している会社」と見ることもできるわけで、そうすると、はてなが持っているのは、Webサービスのローカライズの技術だということになる。(いや、もちろん、それ以外にも、ずっと色々やっているのは知っていますが・・・)じゃ、「英語→日本語」以外にも他の言語へのローカライズを行えばいいんじゃない、と思うわけですよ。