はてなキーワード: 被爆者とは
私は某漫画が好きだった。
男が多数、しかも同性愛じみたシーンがあるということで、BL界隈で爆発的な人気を得ていた。
私もそのひとりで、特に好きだったのがA×B。
Aが原爆でBを屈服させるのも愛ゆえと変換する創作が一部にはあった。
さすがに原爆という言葉は使われないが、大怪我を負ったBという構図で受け手は理解できるようになっている。
けど、「表現の自由だ」「フィクションだ」「Bの重症描写が原爆の暗喩でAの動機も愛からだとお前が勝手受け取っているだけ」と、
抗議者に言い返すことはなかった。
もし(絶対にないが)、この二次創作が実写化されて、被爆者やその子孫が消極的なのに目に触れるようになったら。
反対していただろう。
他にも、私には、法に触れないように児童ポルノやグロ画像を見る趣味がある。
これを、合法だから阻止するな、と批判者を、ポリコレ棒だと開き直って叩くことはできない。
そんな私でも、いつかは、表現の自由戦士のように
「あなたがそう読み取っているだけだ」「フィクションだ」「エビデンスは?」と、
言い返せるようになりたい。
原爆の日にちなんだローカル報道特番を見ていたら「日本政府に核兵器禁止条約の締結を望まない被爆者団体もいる」的なナレーションで紹介された団体が日本会議系の被爆者団体と説明された。
抑止力としての核爆弾を肯定し、安倍支持で憲法を改正すべしという立場をとっているらしい。
滅多に他人の批判や悪口を言わなかったけれど、そんな祖母が生前に一度だけ、
明確に「許せなかった」話をしてくれたことがあった。
なんとなく、「やっぱり被爆者手帳って嘘ついて持ってる人結構いるの?」と聞いてみた。
原爆被爆者に対する補助はかなり手厚く、年金ならぬ被爆者に対する援助のために
死にかけの親を何とか生かしてくれと頼む家族もいるくらいの代物である。
祖母はあっさりと、「そりゃそうよ」と言った。
「あの人原爆に遭うてないよねって人もおったよ。でも証人がおれば手帳貰えたからね」
「そりゃ良い気分はしなかったけど、でもねえ、もっと許せん人がおったけえね」
おばあちゃんでも許せんくらいの人がいるんだ…と
被爆者の差別をしよった人らが、平気な顔をして原爆手帳を貰っとったんよね。
被爆者じゃないって言いよったのに、何でもない顔をして実はそうでしたって」
やさしい、やさしい祖母だった。
晩年まで寄付やボランティア活動をし、いつも孫やひ孫のことを祈ってくれた。
原爆を落としたアメリカのことも、差別をしてきた人たちのことも
何度か聞いたけれど、悪く言ったことは一度もなかった。
そんな祖母が被爆後70年近く経っても、「許せなかった」という重み。
私からすれば、嘘ついて援助貰いまくってる方が嫌だけれど
それは当事者として苦労したことがないから言えることなのかもしれないと、
一応突っ込まれるかもしれないので書いておくと、
一度手帳を発行した後に取り消させるのは大変なので
取り上げられることはそんななかったっぽい。
人間を差別する事の違いがこう言う人の頭の中ではどうしてわけられないのだろう
「食べて応援」なんて子供の何倍もいる高齢者壮年者がやれば良いだけの話
大人は自分の判断で逃げちゃうから逃げられない子供にターゲットを絞って食わすのが問題なんだろうに
ほんと馬鹿みたい
如何に現状肯定するかだけを考えてめちゃくちゃな悩みごっこしてるだけ
なかなか悩ましい。
具体的には独り身の独身貴族だったころと家族や子供ができてからでは価値観が大きく変わる。特に「子供」という自分よりも大事な存在ができると昔のように能天気に寛大な対応は取れない場面が多々ある。
わかりやすいたとえだと、たとえば福島産の農作物である。震災から6年以上たって除染もしっかりできていると散々報道されているのに、いまだに「放射脳」と揶揄される行動で福島産の農作物を忌み嫌う傾向がネットでも見られる。
これは子供ができる前だったら純粋に軽蔑してたのだが、子供を育てる身になるとなかなか悩ましい。俺個人が福島産の食材を食べることにはなんら抵抗がない。ただ何も雑念なく自分の子供にも与えられるか?と問われると正直悩む。頭では「市場に出回っている食品は安全」だとわかっていても、わざわざ数ある選択肢の中から福島産のを選んでそれを子供に与えるのか?というジレンマがある。
正直現時点でわざわざ福島産の農作物を選ぶのは、いまだに風評被害に苦しむ福島の農家を応援しようという気概が一番の動機だろう。だからそれを自分で買って自分だけで食べる分には何の問題もない。でもそれをわざわざ意図的に子供に買い与えて食べさせるのは、逆に親のエゴなんじゃないか?というジレンマが生まれてしまう。
性犯罪や児童虐待の前科がある人間についても、以前はどんなにひどい罪でも刑務所で罪を償った以上はちゃんと彼らが社会復帰できるように協力するのが大事だと純粋に思っていた。しかしいざ自分にも子供ができるとやっぱそういう前科者には家の近所に住んでほしくない。できれば欧米のように顔写真つきで位置情報をネットで公開してほしいと思わずにいられない。
これらの感情を「気持ちはわかるけど差別」といわれてもしょうがないと思う。少なくても「自分がしてることは家族を守るための社会的区別。差別じゃない」なんて思い上がった台詞をはかない人間であり続けたいとは思う。ただ人間というは自分より大事な存在ができると、それを守るためには差別する側に回ったり、時には犯罪を犯すこともいとわないものなのだなと痛感する。なぜ世界に宗教という存在が生まれたのか最近よくわかる。
こうの史代の「夕凪の街 桜の国」という漫画に被爆者が差別されるシーンがある。でもそれは被爆者を忌み嫌うというより、自分たちの大事な娘が被爆2世の男性と結婚したら悲しい思いをするんじゃないか?生まれてくる孫は大丈夫だろうか?という娘を思う親心から生まれる差別なのがとても印象的だった。ときには同じ被爆者でありながら、自分の息子には被爆者と結婚してほしくないといったシーンもあった。中二病風にいえば「愛が差別や憎しみをうむ」というやつか。
おばあさんの旦那さんが戦艦大和の乗組員だったが、その旦那さんのお父さんが旦那さんの上官に
「一人息子だから次の作戦からは外して欲しい」と嘆願して作戦から外れることになった。
その作戦で大和は沈没してしまうことになったが、その旦那さんは周りに「僕は大和の生き残りなんだ」と
紛らわしいことを言っていたいう。
戦争の末期頃、まだ若いおばあさんが駅を歩いてたとき、兵隊さんに扇子に名前と住所を書いてくれるようお願いされた。
おばあさんが不思議に思い書いて上げると兵隊さんは、自分は特攻隊員であり、もし生き残ったらお会いしに行きますと言って
その後、おばあさんはその兵隊さんには会っていない。
終戦後、おばあさんが用事で九州に向うために広島駅を通る電車が、たまたま原爆投下後初めて広島駅に寄る列車だった。
広島駅の周りにはキャベツの葉を頭に被った多くの被爆者の人たちが集まっていた。(キャベツの葉は頭を冷やしてくれると思われていた)
広島駅に着くと、列車の窓からたくさんの手が伸びてきた。駅に集まっていた人たちが、おばあさんがそのとき食べていたおにぎりを無心しにきたのだった。
引っ越した先の学校などで「放射能がうつる」とひどい言葉を浴びせる人たちがいることが信じられない。
日本は広島、長崎の原爆投下によってたくさんの人が被爆した国だ。
それでも懸命に生きて、家族を持ってきた人がたくさんいる。
もしかしたら、自分や仲良しの友達が被爆者○世かもしれない可能性だって十分ある。
なのによく平気で、そんな酷い言葉を浴びせられるなと思う。
私は小学校三年生の授業で被爆者かなにかの勉強したときに母から聞かされて知ったけど、
「お前は何も症状がでていないのだから、あんまり人には言わない方がいい」と言われた。
当時はいまいち分からなかったけど、私はその言いつけをなるべく守った。
そういう人はたくさんいるはずだ。
被爆者手帳をずっと隠して生きてきて、死んで遺品整理の際にはじめて家族が知ったという話も聞いたことがある。
今は移動手段も豊富で、長崎、広島で生まれて全国各地に引っ越すことも容易。
被爆者○世となる人は全国に何百人という規模に収まらないほどいるだろう。
「放射能がどうの」なんて言った人たち自身や親戚が被爆者○世である可能性は十分あるのだ。
たまたま生まれた時代に起きた事故だからって、そんな言葉を浴びせる人が本当に信じられない。
原爆、原発、それらに関する言葉のナイフで人を傷つける事件をみる度に心が痛くなる。
もっと優しい心や受け入れる心を持てないのだろうか。
もっとみんな、うまくやれないもんだろうか。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201608/CK2016080902000238.html
minap オバマはそれで良いだろう。トルーマンがそう言ったのなら烈火のごとく怒るべきだが、オバマは直接関係ないんだから。そんな事で、特定アジアみたいに何時までも怨みを抱くべきじゃない。
リンク2016/08/09
そんな事で、特定アジアみたいに何時までも怨みを抱くべきじゃない。
そんな事で、特定アジアみたいに何時までも怨みを抱くべきじゃない。
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今回の件でもtwitterとかで安倍を揶揄する人が結構いた。
正直、認知が歪み過ぎてて神経症とまでは言わないけど人格障害レベルだと思う。
オバマのスピーチ聞いて、オバマと被爆者の代表が抱き合う場面を見てもなお
広島にオバマが来てやたら盛り上がっているけど、広島県民の私が思うのはぶっちゃけ政治的なアピールに過ぎないよねってオバマはノーベル平和賞もらってるけどそれに見合うような働きをしたのかっていうと疑問が残る。とりあえず大統領の任期が終わるまでにそれっぽいことをしたいから、急遽広島に来て、県警に迷惑をかけて、平和について考えてますよっていうアピールを行っているに過ぎないでしょう。
これに反応しているオバマ大統領に原爆について知ってもらって、核兵器をなくそうなんて言う被爆者は馬鹿なんじゃないかなって、そんなこと思ってるわけないじゃないオバマが、だいたい核兵器をなくそうっていう奴らは頭がお花畑だと思うんですよ。確かに世界に情報を発信して、核兵器をなくそうって気持ちは理解できないわけでもない。それでもそれを実現するための具体的な案が一切ない。ただ核兵器はひどいよ、怖いよっていうだけ。それだけ、私は広島県民だったので小学校から中学校まで平和学習をいつもやらされていたが、被爆者の話を聞かされるのだが、原爆は怖いよ、戦争はいけないことだよというだけ「じゃあどうやって原爆をなくすの?」とか「なんで戦争が起きたのか」とか「本当に戦争が間違っていたのか」と疑問を問うことは許されなかった。ただ妄信的に戦争はいけないこと核兵器はいけないことだと教えられ、そのことを強要される。事実私が中学生のころ「戦争をなくしたいのならもっとちゃんと考えるべきだ」と感想文に書いたら被爆者の気持ちを考えろだとか、もっと場にあった感想文を書けと言われた。
それって間違っていないか?場に合った感想文ってなんだよ。「戦争はひどいと思った」「核兵器は絶対になくさないといけない」とかいうバカみたいな言葉の羅列を書き続けるのが、正しい平和学習だとでもいうのか?
今から振り返るとずいぶんばかばかしい思い込みだけど、「わたしはいつか核攻撃で死ぬ。北朝鮮が核ミサイルを打ち込んでくる。」と怯えていた。祖父が被爆者で、生々しい原爆のことを聞く機会も多かったからだろう。
恥ずかしい話だが、夜も恐ろしくて眠れず、母が隣にいないと寝られなかった。留守番も苦手だった。どうせ死ぬならひとりぼっちで死にたくなかったから。
大人になるにつれて「死ぬときは死ぬんだからw」と考えられるようになり、穏やかな気持ちを取り戻した。思春期の一時的な気の迷いだということで無かったことにしていたのだけれど、最近どうやらこのような囚われに苦しんでいる人はほかにもいるのではないかと思うようになった。
わたしの周りで確認できたのは、菌やウイルスに感染してお腹を下すことを異常に恐れている人。癌になって死ぬことを異常に恐れていて、病院の検査にも行けない人。必ず震災に巻き込まれて死ぬと思い込んでいる人。
「戦争がなくなってほしい」「平和な世の中に」とか言ってるのを見かけるけど、
そう言っておけばいいとか思ってねぇか?
そりゃ平和な世の中になればみんなハッピーだよ。でも戦争は今もなお世界中で起こってるよな?
核をもたないでほしいっていうけど、いつまで経っても核保有国は手放さないんだよ。
70年も経ったのに、毎年毎年、誰かに訴えかけるような悲哀に満ちた回顧と、非現実的な事なかれ主義ばっかりでうんざりするんだよ。
大体こういうこというと、なんて軽薄なやつだ!とかいうやつが湧くけど、
当事者とそれに関係する人以外は、一年の大半以上を戦争のことなんて意識せずに今ある平和を持て余すほどに浪費していて、
記念日になった途端に教条主義者の如く、悲惨だの平和だの喚き出す。
被爆者を攻めるつもりはないし、こんな惨事が二度と起きてほしくはないとは思うよ。
「かつてこういう出来事があった」ということを風化させないために事実をあるがままに伝え、それをあるがままに学ぶというスタンスでいいじゃん。