はてなキーワード: 食傷とは
あー書こうと思ってたことを先越された。
http://d.hatena.ne.jp/si-no/20111124/1322144982
「ゲームセンターでは、上級者が初心者を駆逐するような空気を作ったせいで、格闘ゲームというジャンルそのものが縮小した」と聞きましたが、今のインターネットも上級者しかいないゲームセンターみたいな窮屈さを感じるんだ。
まぁそういうことです。
真性さんに端を欲する「俺達のインターネットの終末と最後の希望」だけれど、もうこの手の話は食傷気味だ。
みんな、インターネットにかんする窮屈さや空気の停滞は感じてた。
でも、今まではこの話しを直接するのを避けて、
「俺たちの」ゲームセンターやら「俺たちの」アニメの衰退という少し狭い範囲で代理戦争をやってた。
でも、内容は上で言われている「俺たちのインターネット論」は所詮ゲームセンターについて語るのとほとんど同じなんだ。
それが、ついに真性さんというカリスマの記事によって、インターネット全体の話として持ち上がった。そーいうことだ。
とはいえ、結局は「俺たちの遊び場」の興隆と衰退の話をしているに過ぎない。
同じような問題は、違った場所で、すでに何度も繰り返されている。
ただそれぞれの当事者が、別々のものだと考えて、別々に騒いでいるいるに過ぎない。
何度もくりされる、避けようのない道なのに。
今のインターネットは自分にとって最適ではなくなった。ただそれだけだ。
それに対して、自分たちで自分たちの望む場を作ったり、場を再び盛り上げようという程の気概はない。
所詮そういう奴らは内田樹のいうところの「下流志向」、つまり、「消費者意識」から抜け出せないのだ。
ただ要求するだけなのに建設的な意見を言ったつもりになって満足し、
結局それを作り、与えてくれるものがなければ自分たちには何も出来ない。今度は批判して憂さを晴らすだけだ。
やってることは自分たちにとって最適であった過去を嘆くばかりである。
新しい動きをただ自分にとって最適でないという理由だけでこき下ろし、批判する。若くして老害の出来上がりだ。
老害とは過去にしがみつく亡霊のことであるが、なぜそれが生まれるかというと、
消費者意識から一歩も脱却せず、自分の狭い目線から一歩も離れず、過去を望みつつも過去から何も学ばぼうとしないからだ。
「俺たちが○○を作った」「俺たちが○○だった」
勘違いしてはいけない。自分たちは、たまたま興隆期、全盛期に運良く立ち会っただけに過ぎない。運が良かっただけだ。
自分たちはただのネット団塊世代にすぎないのだ。最初だから無茶が聞いただけだ。それが許されただけだ。
そんなものはインターネットの本来の姿でも何でもない。インターネットでできることはそれだけではない。
嫌ならさっさと逃げ出せばいい。別の対象を見つければ良い。
とにかく、自分が望んでいるものだけは既に無い。自分を肯定してくれる「俺達のインターネット」はない。それだけだ。
っていうかさ。ネット団塊世代として、十分すぎるくらい貯蓄貰ったべ。財産築いただろ?まずその棚卸しようぜ。
もう社会やら世の中が自分を肯定してくれなくたって、十分老後を自活していけるだけの蓄えはあるだろ?
ネットで作った友達とか、そこで得たやり取りが経験になってんだろ?
その財産を元でに、自分たちの遊び場くらい作れるだろ? 自分で何とかしろよ。
なってなかったらそりゃお前のせいだ。 インターネットに生活保護はない。神様もいない。
幸運なネット団塊世代に生まれていながら、何一つ築いて来なかったなら、それはただの怠慢だろ?
サボってた奴が、偉そうになにかいう資格までは「俺たちのインターネット」でさえ許してないと思うぜ。
自分たちより若い世代は、ネット興隆期も全盛期もしらない。そういう幸運な環境を与えられなかった。
その中で、必死に自分たちの生きる道を探そうとしてんだ。俺らよりずっと立派にやってるよ。
ソーシャルゲームやらニコニコなんぞというもので満足しようと自己暗示かけてんだ。
自分たちの欲求を極限まで制限したり変形させたりしてなんとか適応しようとやってんだ。
蓄えがないところから、自分たちの生きる場所をつくろうとやってる連中に対して、邪魔はすんな。
それなりに理解しようと努力するか、それができないならクチをつぐんでただ見てろ。
そいつらのやってることがダメだとか間違いだとか言うなら、自分たちが示してやれよ。
過去の回想とかいう非現実的で、企画力ゼロの妄想垂れ流すんじゃなくてよ。
別に今からでも自分たちに最適な潮流を生み出しても構わないんだぜ?
ただそれは、今までみたいにクレクレ君としてじゃなく、自分らで作り出すべきだろ。
もう俺たちは、社会やインターネットに何かを期待してるだけの幼年期を卒業させられてんだよ。
とっとと与える側、期待させる側、なにか作る側にとりかかれ。いつまでブヒブヒやってんだ。
追記。私もこれについて全く理解できてない。この部分理解してもう一回「俺たちのインターネットの終わり」について考えてみたい。
私も「どうせ終わりなんだから深く考えるな」「全体が終わっても俺は生き残れるからどうでもいい」って乱暴に考えてた。
でもこの衰退はどういう形だったのかってのはもうちょっとまじめに考えたほうがいいのかもしれない。
ttp://dain.cocolog-nifty.com/myblog/2011/11/post-474d.html
わたしは「危機」について分かっていない。本書では、「危機(crisis)」「暴落(slump)」「バブル崩壊(collapse)」が同じ意味で使われている(ように読めた)。景気循環の下降局面なら「危機」、資本の限界効率が急落し、みんなが現金を欲しがっている状態を「暴落」、さらに過剰投資(=バブル?)が行過ぎて、期待収益がゼロ以下になることを「バブル崩壊」と呼んでるみたい。いわゆる「バブル崩壊」は、そんな景気循環から外れた、日本だけの極端な現象だと思っていたが、ケインズも指摘しているくらい「予見されたこと」なのだろうか
ソーシャルゲームは従来のビデオゲームとは違う道筋をたどって急速に普及した(別掲記事「激動のゲーム市場をめぐる3つの誤解」を参照)。単にユーザー同士が交流できるゲームという意味では、家庭用ゲーム機やパソコンのオンラインゲームが先に実現している。
DSと3DSでいえば、無線LANを経由した「すれちがい通信」がそれにあたる。任天堂がこの12月に発売する3DS向けソフト「マリオカート7」では、ネットを通じて「コミュニティー」で対戦仲間を募り、世界中のユーザー8人で同時にカーレースを楽しむこともできる。12月にSCEが発売する携帯型ゲーム機「PS Vita」は携帯電話のネットワークを利用して、さらに交流を密にしようという試みも始める。
一方、モバゲーやGREEに代表されるソーシャルゲームは携帯電話を利用し、ゲーム自体には無料で参加できるのが大きな特徴。ユーザー同士の交流は課金のための重要なモチベーションとして位置づけられ、ゲームを早く進められたり、強くなったりする有料アイテムの購入を促すものが多い。
最近ではGREEの「ドリランド」のように強いカードを集めるタイプのソーシャルゲームが主流となっており、強いカードを得られる可能性がある1回数百円程度のクジ引き「ガチャ」が主な収益源となりつつある。最初は無料で、のちに課金を促すビジネスモデルである以上、競争が激化するにつれ、ユーザーの射幸心をあおる方向へと突き進まざるを得ない。
「日本は欧米に比べてブームが作られやすいが、飽きのペースも速い。このままバトルもの、カードものばかりだと、ユーザーが食傷気味になる可能性はある。また、『ガチャ』を収益源とするゲームはあおり要素が強く、嫌気からユーザーが離れることもあり得る」。ソーシャルゲームに詳しい大和証券キャピタル・マーケッツのアナリスト、白石幸毅氏はこう指摘する。
ソーシャルゲームは一部のハマったユーザーによる課金で成り立つ。重課金ユーザーは全体の数%といわれ、多いユーザーになると月額数万円もの資金を投じるという。一方、家庭用ゲーム機は「ハードの保有期間や1つのソフトで遊ぶ日数を考えると、じつは娯楽の費用対効果としてはけっこう安い。問題はユーザーを惹きつけるようなジャンルのソフトを投入できるかだろう」(白石氏)
やはりソフト次第ということになるが、「定額」という安心感から家庭用ゲーム機の世界が見直される可能性も出てきた。月に数万円課金したとしても大人は自己責任で済むが、親元にいる小中高生はそうはいかない。任天堂に子ども向け需要の追い風が吹くこともあり得る。
今年7月の決算説明会で岩田社長は、「将来、任天堂の何かのゲームの追加ステージとして、『これを遊ぶためにはあといくら払っていただけませんか』ということはあって良いのではないか」と前置いたうえで、こう明言している。
「『数字のパラメーター(設定値)だけを触って、何かの鍵を開けるとか、何かがものすごく有利になるとかという形で課金する』ということは、クリエイティブの労力への対価ではない全然別の構造です。それを追求すると確かに短期的に収益は上がるのかもしれないのですが、お客様と私たちの間での長期的な関係は作れないのではないかというふうに思っていまして、こういう形での課金は、私たちのコンテンツに対してはすべきではないと、いうことも話しています」
人気のブコメで「すげぇなぉぃ」と思ったのが
って奴。
合理的だから因習化されたものに、「あれこれ合理化して・・・」ってコメントするのもすごいよな、とか思った。
「因習」を批判するなら、「合理的だろうがなかろうが」になるだろ、普通。
合理的なら受け入れられるのかよ?受け入れられないんだろ?左の皆さんは。
学校の式典での日の丸君が代に異議を表明する人にも、同じように同調が賢明だの、やる以上は不利益を受け入れろだの言うんだろうね。
これも意味不明。
つかね俺の母校では、卒業式の証書授与を、代表ではなく個々人に変えろと主張して戦っていた先生が居たよ。
でもその先生は、結局変更されなかった卒業式をボイコットしたりしなかったし、起立しないとかもしなかった。
卒業式の後、すまなかったと謝られたくらいだよ。
そしてPTAとかを含め地道に活動を続けて、俺らの卒業後5年して、卒業式の内容が変わった。
ここでは証書授与のやり方について、是非は述べない。
生徒側は代表だけの方が時間が短くて良いって奴が多いのは当然なんだから。
けど俺はこの先生を支持するよ。
少なくとも、きっちり体制と闘って、正当なやり方で結果を勝ち得た。
どこぞの卒業式で起立しないアホと違ってな。
京大のカンニングの件が大きなニュースになっている。ネット上で「マスメディアの過剰放送だ!」という意見が色々でている。たしかにそうだと思う。あんなにまでやる必要があったのかと思う。
ひとつの事件をきっかけにたくさんの人が大騒ぎして、いろんな人が巻き込まれる。
という気持ちになる。
でもよくよく考えてみると、ネットも対して変わらないという気持ちになってくる。
少し前の立教大生の件もそうだけど、ひとつの発言に対して、みんなで大騒ぎして、いろいろな情報を引っ張り出し、最後は内定取り消しにまで持っていく。
テレビがどうだとか、ネットがどうだとかそういうことではなくて、あまりポジティブではない出来事に対して、やいのやいのと詮索したり、過剰に騒いだりするのはちょっと食傷気味だ。
従って業務の効率化を推進し、コストを切り下げることが至上命題となる。
よって選挙で選ばれた首長には、能力が高いことが期待されるのだが、
高い能力の証左としての高い報酬を自ら切り下げるのは、報酬に見合った政治ができないことの自認と言える。
政治家の寿命は短い。3期12年を全うしたら他の選挙区に移るのが通例である。
そのため政治家の世代交代は頻繁に起きるのだが、給与引き下げはその障壁になる。
供託金、選挙費用を積み立てたらぺんぺん草も生えないような給与では、別に十分な収入が見込める人間しか立候補できないからだ。
仕事をしないのに給与が高すぎるのではなく、安すぎて仕事ができないのに自己顕示欲や正義感の強い無能しか集まらないのである。
仮に、奇跡的に自己顕示欲の強い有能な首長が就いたとしても、それは12年間しかもたない。
給与削減によって、自治体は次に途方もない無能が来るリスクを背負い続けねばならないのだ。
名古屋市の場合、有権者が10円出せば議員が1人養える。実は議員とはお安いのだ。
今回は5円の価値も認めないとノーを突きつけた形だが、10円の世界でさえああなのだから、5円になってレベルが飛躍的に上がるとは到底思えない。
75議席×5円=375円のために、まあ痛い出費をしたものだ。議席半分が実現されれば年間500円か。大した削減効果である。
無論、給与カットは分かりやすい。具体的な数字も出るし、改革の前に自ら痛みを受けたとして半ば英雄視される。
はっきり言って食傷なのはさておいても、行政全体で見て首長議員の歳費なんてものは雀の涙である。
しかし、具体的で分かりやすい給与カットは、メディアの格好の餌だ。
影にある抽象的な問題には光が当たらず、まして返納そのものが問題になった場合、
下らないパフォーマンスのために光を当てるべき問題が先延ばしになるのである。(現に河村市政当初これがあった)
このような指摘はそれこそ食傷だとは思うのだが、やっぱり流行るのである。
それは何故か?
ウィキペディア運営のNPO・ウィキメディア財団のエンジニアの人の講演。
公式サイト的なものはこれ。
WCJ2010 Tech Talk - MediaWiki Developers
内容は主にエンジニア向け。
特にウィキエンジンとしての MediaWiki がテーマということになっていた。
全体を通してライブ中継されていて、Twitterでの反応が割とたくさん残っている&録画も公開されている。
ウィキペディアがどういう形式で配布されているか、どう加工すればいいか、というあたり。
プログラムを書いたことがある人にとっては、すごく分かりやすい講演だったと思う。
そうでない人にとっても、結果としてどういう情報がとりだせるか、というあたりは面白かったみたい。
ただ、本人もおっしゃっていたけれど、正直言って講演会全体のテーマの MediaWiki とはあまりからんでいない。
反応としては、分散処理に興味が持っているらしい人からがやはり多い。
ほかには、結果を見るとやはりウィキペディアのコンテンツの信頼性が気になってくる、という人が見受けられた。
二番目は Wikipeia でいろんな種類のデータマイニングをやってる、という話+ MediaWiki ライブラリ& Wikipedia データの話。
前半の研究紹介は別口で聴いたことがあったので個人的には食傷気味だったけど、そうでない人には新鮮だったかもしれない。
後半は MediaWiki ライブラリと Wikipedia SQL スキーマのおおまかな解説。
このあたりは日本語でも英語でもウェブに情報があまりなく、かなりレアな話だったのではないかと思う。
(http://mediawiki.org のサイトのドキュメント群の中にはあるけれど、なかなか到達しづらい)
テーマはオープンソースソフトウェアコミュニティとしての MediaWiki。
一番強調されていたのは、世界5位のアクセス数を持つウェブサイトとソフトウェアであり、コンテンツもサーバーも関わっている人材もすごい(だからコミュニティにどんどん参加してね)、ということ。
大きなオープンソースプロジェクトへの参加歴は、広く公開できる職歴として色々役に立つ、というのも、
経験談をともなって聞かされると、やはり重みがある。
人によっては、キャリアの一部として、
ほとんどフルタイムでオープンソースプロジェクトへの参加する、
ということもありえるんだろうな、と思った。
MediaWikiプロジェクト内では、良くも悪くもコードレビューが重い位置を占めているという話。
MediaWikiの開発ではセキュリティとスケーラビリティが重要、そのためにコードレビューに重きをおいている。
ただコードレビューに頼りすぎて、レビュアーの負荷が大きすぎるという弊害も出てきている。
このへんで会場からソフトウェアテストへの質問が出て、
テストでできる部分は少しずつテストを入れているが、まだまだテストを入れるべき箇所が残っているとのことだった。
文句をつけるとすれば、
研究者と開発陣代表者を招いていて、それぞれの講演で互いにからむ内容が少なかったのが少し気になった。
会場からは両方にからむような、どちらに対しても直接の関連性のない質問が出やすくなり、
結果としてちょっとずれた質疑が行われる傾向にあった、という印象がある。
互いに独立した講演とするのであればそれぞれに個別の質疑時間を長めにとったほうが良かったと思うし、
関連した講演とするのであれば、もっと内容のすり合わせが行われると良かったと思う。
「Togetter - まとめ「女子中学生へのセクハラreplyとブロックされた事による手のひら返しまとめ」」を見てみりゃおいおいまとめられている残念発言のユーザが見事にアニメアイコンばっかりなんだけどこれどういうことだよまったく毎度毎度恥ずかしいな! これだからおたくは! って自分もおたくだった! おたく残念!
そーいや以前「Togetter - まとめ「「アニメアイコンの人は思慮が足らない」炎上」」というまとめがTwitterやはてなブックマークでえらく叩かれたことがあるんだけれども(単なる印象論を統計がどうのとかいっちゃったのも問題らしいけどね)こういうのを見てると笑えなくなってくるぞ! またアニメアイコンかって! うわっアニメアイコン印象悪っ! 女の敵? いやインターネットユーザの敵! 人類の敵! テキ!
そんなことよりなによりも、だ。あずにゃんはえりかはそんなこといわねーよ! このやろー!
(…とか書いたりすると自分にも「○○はそんなこといわない!」と別方面ブーメラン飛んでくるのかもしれないですねーなんかこんどは自分の身がなんだか心配になってきたぞ! アニメアイコンでごめんなさい。)
いまさらだけど、ウェブは現実の続きで回線を通じた端末の向こう側には生身の人間がいて…なんていう食傷気味になるくらい手垢のついた言葉だけどやっぱりそういうのってだいじで…ましてそのユーザが自己申告の通り中学生だったとしたら…こんな状況って怖いでしょう、って。えーと、だから、その、こんなのってかなしいしあってはいけないと思うし…うあ、おれはあたまがわるいからうまくせつめいできないのだ。
色々、本を読んだり、試したりしているが、難しい。
今までやってきた方法論と考え方をある程度、整理するために、自分の考えを書きながらまとめていこうと思う。
議論はしたくないが(ハイ、チキンです)、ご意見をいただけると嬉しい。
正直、純文学は俺自身よく分かっていないので、エンタメ小説の話という事を前提に読んでいただければ、と思う。
まず、物語のパターンに対する有名な言説として、『村上龍の「穴に落ちた主人公が、穴から這い上がる」「 穴に落ちた主人公が、穴の中で野たれ死ぬ」の2つしかない』というのがある。おそらく、これはエンタメ小説の基本形だと思う。「そもそも穴はどうしてできたのか?」「主人公は本当に穴の中にいるのか?」「そもそも主人公はなぜ主人公なのか?」のようなことを延々と逡巡するのが純文学かも知れない(純文学は読まないので、間違っていたらごめんなさい)。純文学は、(面白い/鋭い/ビビットな/より本質的な)問題提起自体が重要であって、それを読者に考えさせることが主題である……様な気がする。ただ、純文学の作者にせよ、物語の基本を踏まえたうえで、あえて外すからサマになるのであろう、とは思うが。
話を元に戻すと、エンタメ小説の基本を俺なりにさらに単純化させると、「主人公が問題を解決するか/しないか」であると思う(以前、増田の「5分で物語を作れるにようになるコツ(p://anond.hatelabo.jp/20091002081424)」が話題になっていたが、この増田の考え方はそれほど間違っていないと思う)。ただし、エンタメ小説は、エンターテイメントである以上、読者を楽しませなければいけない。問題が解決するにせよ、しないにせよ、きちんと納得の行くオチにすべきであろう。そうしないと、読者は満足感を得られないだろうし、満足度が低い店に行かなくなるように、ファンもまた離れていくと思う。
もちろん、将来のファン離れを心配する前に、やる事があるのではないのか?というのはごもっともな意見だと思うが、やはり、自分でも読んでいて面白い物語を書きたいし、途中まで書いていて、自分でも面白くないなあ、と思った事がたびたびあるのでその辺を考えていきたい。
では、面白さとは何か、という話になる訳だが、「主人公が問題を解決するか/しないか」に絞って下に挙げてみよう。
(1)基本的に、読者は「主人公が問題を解決するか/しないか」分からないから、ハラハラドキドキする。サスペンス性(→suspense 不安感。特に、映画や小説などで、観客や読者が危機的な場面にはらはらする感情)。あるいは、大抵のエンタメ小説の場合、「主人公が問題を解決してしまう(読者も基本的には楽しむために読むので、ハッピーエンドも望んでいるはず)」ので、どのように解決するのかという点が重要。
(2)問題設定の面白さ(舞台設定/キャラクター設定/問題の大きさと主人公の能力のバランスなど)。”奇(変わっている事)”であり、”妙(巧妙さ。全体のバランスも含めた緻密な設定)”なほど、評価が高いのではないか?ジャンルがSFやミステリの場合、いかに凝った問題設定と解法を用意するかがキモになると思われる。ただし、あまりにもぶっ飛びすぎていると、読者が感情移入できなくなる問題も発生するような。
(3)間口の広い感情移入の仕組み。感情移入できない主人公の小説というのは、エンタメ小説の”てい”をなしていないのではないだろうか。主人公に感情移入出来なければ、他人事と捉えられてしまい、熱中して読んでもらえなくなる。想定している読者になんらかの”共感”を持たせるような主人公を用意すべきではないだろうか?(例えば、何らかのコンプレックスを持たせる)
(4)展開のドラマチック性。(1)の”サスペンス性”にもつながってくる話だが、「読者が想定している期待度を超えるという意味で、予想を裏切る」展開が重要になるのではないか。展開が二転三転して、劇的な勝利(問題解決)をするというのが理想かも知れない。もちろん、より読者にドラマにのめり込んでもらうためには、(3)の”間口の広い感情移入の仕組み”が必要でないかと思われる。
つまり、教養小説(ビルドゥングスロマン)的側面。通過儀礼(イニシエーション)としての小説。これこれこういう理由で、彼は”強く””大人に”なったのさ、というお話としてのエンタメ小説。
また、面白さとは何か、を追求していくと、以下のような視点も考えられはしないだろうか?
(1)読者の想像力を喚起させる事
例えば、文章レベルで言えば、情景が浮かんでくること。読者に、痛み/恥ずかしさ/快感などの感覚を想起させ、リアリティを持って受け止めさせ、疑似体験させる事。”体験的なもの”として、読者に受け取ってもらえるか。文脈レベルで言えば、展開の読めない”不安”感、手に汗を握る”緊張”感、問題解決による”達成”感などを過去の展開の蓄積により実現しているか?
(2)読者の欲望を刺激する事
例えば、女の子の描画。ポルノでも萌えでも女の子のかわいらしさをどういう風に表現し、読者の想像力を喚起させるか。あるいは、食べ物の描画。うまそうな食べ物をうまそうに(文章で)描画できるか。カッコイ戦闘機をどう格好良く(文章で)描画できるか。外には、ファッションなど。粋なファッションを粋に表現できるか。読者が関心がある事柄に対して、いかに”幻想”を抱かせ、”欲望”を感じさせるか、という点。
(3)教養としての側面
さりげなく、”うんちく”を混ぜる。例えば、中世ファンタジー物だったら、朝食は貴族しか取れなかった事を説明しながら、朝食を要求する元貴族の商人の心理を読者に想像させるなど(ライトノベル「狼と香辛料」にそんなネタがあったはず)。個人的には、少々苦手。資料用に読んだ本で気に入った設定はメモっておくなどしているのだろうか?
(4)虚構と現実の境界性
例えば、伝奇ものの面白さ。現実の実在の人物(や場所?)がファンタジーで出てくるというハイブリット感。あるいは、2chのどこまでネタか分からない感というか。
(5)比喩表現の面白さ
暗喩と直喩。村上春樹は独特の比喩表現で有名になった訳だが。(1)の”読者の想像力を喚起させる事”や(2)の”読者の欲望を刺激する事”に密接に関わってくる。例えば、「彼女の組んだ腕の上には双丘が気持ちよさそうに並んでいる」の様な表現などはどうだろうか。
(6)気の利いた会話
最近流行りの会話劇だが、コントや漫才、ネット上のやりとりなど、トレンドの文脈をある程度押さえつつも(気に入ったネタはストックしておくべきか)、表面だけの真似に留まらないために、自分の言葉による体験的要素も問われるのではないか。
(7)説得力のある説教
ガンダムの富野氏の説教くらいに説得力がありつつ、面白い説教するためには、独自の価値観を持っている必要がある。大抵の人は人生経験を積めば、それなりの一言を持っているはず。一人の人間としての成熟性が問われる、のかも知れない。
(8)笑いの要素
ギャグ/ユーモア/パロディ/言葉遊びなど。個人的に苦手な要素である。自分の場合は、どうも野暮ったくなってしまう。センスや基礎教養が問われるからかも知れない。とにかく面白いと思う話を大量に読み、小話を書いたりして、自分にあったやり方を発見するしかないのではないか。自分の場合は、実にどうでも良い事を真剣に議論していく話がウケが良いようだ。
(9)恐怖の要素
笑いと恐怖は近いものがある、と言われている。(8)の”笑いの要素”がうまく書ける人は、恐怖もうまく書けるのではないか。これも個人的には苦手な要素だ。ホラー映画も苦手だし。単に読者のトラウマを刺激しても、嫌われるだけだろうし……。ただ、最近のトレンドにはこの要素が絡んでくる作品も多いのではないか。また、サスペンス性を上げるという面でも重要な要素であろう(ジェットコースターのようなスリルと快感の関係というか)。それから、演出技法としては(1)の”読者の想像力を喚起させる事”と関連性が高いと思う。スティーブン・キングなどを読んで勉強すべきかも。
(10)恋愛的な要素
いわゆる一つの萌え要素、と言う訳でもないが(ほら、スベった)、自分の中にある理想のヒロイン像を具現化して駆け引きを思考実験するという意味では、裸になって踊るようなものだと思う。慣れれば快感になるのかも知れない。ただ、個人的には最近、食傷気味。
(11)バイオレンス
闘争本能を刺激する要素。”読者の想像力を喚起”させ、重みのあるリアリティとして受け取ってもらえないと、単なる茶番になるような気がする。
……ひたすら要素を羅列してきたが、要するに、”読者の感情や価値観を揺さぶる”という点が重要なのかも知れない、と思った。
(文字による心理操作によって衝撃を与える、という意味では、詐欺師に近いものがあるというか。嘘をつくのがうまい人間がお話を作るのが上手、というのも頷ける。本来、エンターテイナーというのはそういうものなのかも知れないが。ヤクザな業界というか。現在最強の任天堂さえ。というか、任天堂こそが勝つべくして勝っている”名博打打ち”なのではないか。そもそも、経営という概念自体が(ry)
あと、話題になっている、うまい=面白いでない、という件について。
テクニックは描いた量に比例する(作品の)魅力は考えた量に比例する
物語の中だるみについて。
途中からなんだか間延びしている、なんだか乗れない、と感じたとき、物語の推進力が低下している。
主人公を追い込んだり、障害を増幅したりして、推進力を高める必要がある。すなわち障害やクリア条件を上げていくのである。
主人公は最後のゴールに簡単に到達してはいけない。ハードルが最初よりも下がってはいけない。敵が最初よりも弱くなってはいけない。
考えてみれば、続刊の出ない、あの小説やあの小説も、すでに、主人公を危機に陥れる「強い敵(難しい問題)」が取り除かれてしまったのではないか。あとは、シミュレーションゲームの終盤局面のように力押しで何とかなる状態というか。主人公がリアルに死ぬ/臨死体験するくらいの危機が常にある状態で、最後の最後で、”おおかた”の問題が片付くのが理想かも知れない。
文章力の磨き方。
基本かも知れないが、自分の好きな作家の文章を写す(タイプする)。良さが理解できない作家の文章を写しても多分、意味は無いと思う。文章を写すだけのヒマがない場合は、ラインを引きながら読むだけでも違うような気がした。逆に思ったのだが、好きな作家の文章をラインを引きながら読んでいると、作者の認識力の限界を見切る事がたまにある(例えば、そもそもの問題設定の矛盾とか、作者のルーツ(根源)はどこにあるとか)。その辺が大切なのではないか。また、好きな作家は最低二回読むべきかも知れない。
(Webより引用)
正しく見るためには二度見よ。
美しく見るためには一度しか見るな。
実は、優れたツリーの裏側に何十枚もの「デッサン」がある。
例えば医者コントってテーマを決めたら、オーソドックスな医者コントを、だーっと全部考える。
それだけでも充分おもしろいっていうネタにしておきつつ、更に松本がやった作業って言うのは、 部分部分で、どれだけ予想できる笑いを裏切るかって作業。確かにこれでもおもしろいけど、ここはこうやったらもっとおもしろい、こうやったらもっと裏切ってる…そういうのを延々繰り返していって、どれが一番ベストな裏切りかなぁってことを積み上げて、ネタを磨き上げていくんだって。
例えば、小説の創作手法にシミュレーション的手法を取り入れるということなのかも知れない。つまり、何回も思考実験を繰り返して、ドラマチックな展開のものだけを商品化する、という考え方。確かに、小説は元々、思考実験的な物を含んでいると思う。
その他。
「最初からフルスクラッチすると、効率が悪すぎる(1から作るのは大変であり、ベーマガのプログラムを改造しながらプログラミングを覚えていったように、まず改造する)」「問題を小さく切り刻む」「リファクタリング」的な要素を考えると、二次創作のSSをとにかく大量に書き、慣れてきたら、規模を増大させていく、徐々に設定も作り込んでいく、の様な方向になるのではないか。
まだよく分かっていない事。
あかほりさとるの新書に、「見たいシーンを書け」と書いてあったが、全く別のWeb上の指摘で、「最近のドラマは、脚本家が見たいシーンだけ繋げていった感じで、物語的な山場や整合性が軽視されているのではないか?」のようなものがあった。その辺の解決法。
文章の勉強以外であまり再読をした事がないので、よく分からない。
何かを創り出そうというタイプの人間には多かれ少なかれ、精神的な「欠損」があります。
その欠損を埋めようとするところから、何かをクリエイトしたいという欲望や欲求が生まれてくることが多いのです。
もちろんそれだけじゃないけど、そういうケースはしばしば見受けられます。
問題はその欠損をどこまで「普遍的なもの」にまで高めていけるかということだと思うんです。
中にはその欠損の欠損性にいつまでも拘泥しているという人もいます。
それでは本当の芸術にはなりませんよね。そのためには、人はもっと広く世界を見なくてはなりません。
人生は長期戦ですから、ゆっくりとしっかり息をしながら、前に進んでいってください。
まとまらないけど、以上。
補足。
(1)確かに、とりあえず、稚拙でも一作書き上げるという考えもありかも知れない。試してみるか……。
(2)色々本の紹介、ありがとうございます。
(3)Webからの引用元を書かないのに、他意はありません。面白いと思った文章は個人的にスクラップしているのですが(ローカルのメモ帳にコピペするだけ、のようなもの)、URLまでは保存していませんでした。申し訳ないです。
(4)確かに、あるパターンの繰り返しや場面転換の組み合わせというのは、あまり考えた事がなかったですね。なるほど。……少し見通しが立った感じです。ミクロレベルとマクロレベルの視点を重視しすぎて、中規模レベルのパターン認識がうまくいっていなかったようです。皆さん、ご意見ありがとうございました。(さらに追記すると、これは上に書いたあかほりさとるの新書の話にも繋がってきますね。それなりに問題意識を持っていたけれど、もう一押し足りませんでしたね>自分)
よくわかんないけど、男女入れ替えたら妙に納得した。
だれか「彼女/彼がオナニストだった。別れたい。。。」とか、作りませんかね。
http://anond.hatelabo.jp/20090511181441
当方二十代。
付き合って5年になる彼女がいる。
セックスレスがもう5年も続いている。
始めは気を遣ってくれているのかとか結婚するまではやらない派なのかとか考えていたのだが、最近になってようやく分かった。
わたしと一緒に居てもぴくりともしないちんこは、百合や801マンガを前にするともうびんびんらしい。一日5回オナニーしたこともあるらしい。五回て。おまいは男子高校生か。
こないだうちのアパートに遊びに来た時、彼女が購読しているコミック百合姫の新刊を用意していたら、めちゃくちゃ喜んでくれた。くれたはいいが、そのままコミック百合姫に耽りだしてしまった。オレそっちのけ。着用していた只野課長な下着は最後まで出番なし。うちのトイレで出産せん勢いで、彼女は仕事を終え、コミック百合姫と一緒に帰って行った。
オレに興味ないの? と尋ねても、男女はちょっと。。。という反応。
そろそろ結婚を考える時期でもあるのに、これどうしたらいいんでしょうね?
http://anond.hatelabo.jp/20090513183700
オナニストの彼です。たびたび出てきて食傷気味ですねみなさん?
でもこれだけは書かねばだ。
すまん、わたし事実をぼやかしてた。婉曲的に書きすぎてた。
ブコメを読んでこれも暴露しようと決心した。
こないだ彼女うちに来る予定だった日、BE・BOY GOLDの発売日だったから、オレが書店を探し回って買ってきて、さりげなく机に置いといた。
(オレは中身は読んでない)
うちに入るなり目ざとく(目ざとすぎやしないか)気づいた彼女、めちゃ喜んでくれた。ホワイトデーのチョコをあげたときよりもよっぽど喜ばれた。
あれだけ喜んでもらえるとこっちまで嬉しくなるよね。やっぱり付き合っていく上でサプライズは大事よね! って。やかましいわ。です。
こっちからのしかかっていって「セックスしないの?」と尋ねても、STOP! の手つきで
と断られる今日この頃。どうすんだかこの先。
オナニストの彼女です。たびたび出てきて食傷気味ですねみなさん?
でもこれだけは書かねばだ。
すまん、わたし事実をぼやかしてた。婉曲的に書きすぎてた。
ブコメを読んでこれも暴露しようと決心した。
こないだ彼氏がうちに来る予定だった日、LOの発売日だったから、わたしが書店を探し回って買ってきて、さりげなく机に置いといた。
(わたしは中身は読んでない)
うちに入るなり目ざとく(目ざとすぎやしないか)気づいた彼氏、めちゃ喜んでくれた。バレンタインのチョコをあげたときよりもよっぽど喜ばれた。
あれだけ喜んでもらえるとこっちまで嬉しくなるよね。やっぱり付き合っていく上でサプライズは大事よね! って。やかましいわ。です。
こっちからのしかかっていって「セックスしないの?」と尋ねても、STOP! の手つきで
と断られる今日この頃。どうすんだかこの先。
今のはてな界隈は特定の人気ジャンルが過剰供給されてていささか食傷気味なのです。早く次のムーブメントが来ないかなぁなどと思ってしまう・・・・そのジャンルが好きな人にしてみればホッテントリを占めることにご満悦でしょうがこの現状が一年以上続いているように思えます。普通のJKはさすがに引いてますよ・・・
JKは有村知らないよ。
ホッテントリが酷すぎる。御三家と言われて久しい身内ネタ・disり・増田ネタがいまだに毎日のようにランキングをしめている。そこにサイエンスとハウトゥー物をはさんでだいたいTOP100が埋まる。
ここで問題定義
はっきり言って今のホッテントリからではJKが見たいと思うエントリが一つも見つからないのですよ・・・・このホッテントリが全てのはてなーにとって本当に面白いエントリ・素晴らしいエントリ順に並んでいるのかといえば甚だ疑問です。
もちろんオッサン臭の強い作品をただ否定しているわけではないのです。まなめたんのtwitterまとめはおもしろいと思うし、dis系エントリで気に入った意見は脳内語録に入れてたりする。増田はよくわからないのだけど、「彼氏が軽自動車に乗ってた。別れてぇ… 」という増田が作ったエントリだけはものすごく中毒性が高くて何度も何度も見てしまったりする。
だからといって全てのはてなーが増田やdisりや身内ネタといった特定のジャンルが好きなのか?と言えばそれはちょっと違うと思います。才能のあるクリエイターが作った作品だからこそ好きなのであり、皆が皆、特定のジャンルに愛情を持つわけではないのです。今のはてな界隈は特定の人気ジャンルが過剰供給されてていささか食傷気味なのです。早く次のムーブメントが来ないかなぁなどと思ってしまう・・・・そのジャンルが好きな人にしてみればホッテントリを占めることにご満悦でしょうがこの現状が一年以上続いているように思えます。普通のJKはさすがに引いてますよ・・・はてなーの方にわかりやすく例えるならば全てのランキングが一年以上、ぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろに占領されてるような感じでしょうか?てゆーかはてな界隈はこのままオッサン専用SBMサイトになってしまうのでしょうか?それならそれでいいのですが2ちゃんねるのようなあらゆるジャンルの人達が一箇所で共存できるような・・・それこそ日本を代表するようなサイトになると思っていた自分としてはいささか残念です。
JKはジャンルにこだわらずただただ面白いエントリが見たいのです。しかし今のホッテントリは特定の(主にインテリオッサン的な)ジャンルに占領されてしまい、JKがおもしろいと思うエントリを見つけるのが以前より困難になっています。
pya!とかはジャンルに囚われずいろんなものが正当に評価されているのですが、こんな感じにはならんのだろうか・・・・
関連エントリ数やブクマ数が低くてもおもしろいと思うエントリはあるはずです。しかしそれらはホッテントリの外に埋没してしまっていて発掘する手段がない・・・・タグ検索でブクマ数の少ない順に並べて偶然出会うこともありますが効率が悪すぎます。
人それぞれ面白いと思う感性は違うはずです。結局自分でなんとかするしかないのですけど運営のほうでも特定のジャンルに偏よらない・工作や支援を除外した上で「運営的おすすめエントリランキングTOP30」的なものを公表するとか考えて頂けたらと思うのだけど・・・・やっぱり無理かな。