はてなキーワード: 迷信とは
「そういえばキミさ、今年が厄年だよね?」
と聞かれた。
「ええまぁそうですが」
と曖昧に答えたのだが、
「厄払い行った?え行ってないの?じゃあしばらくキミは仕事を出せないよ」
と言われた。
確かに体調を崩したり精神的に迷いが出る年頃なのかもしれないが、
そんなことは厄年に限らずいつでも心構えているべきことだ。
厄年だから良くない事が起こるのではなく、厄年だからと仕事を減らされたり
さて、今の私に与えられた選択肢は3つだ。
(1)こんな客先とは付き合わない
最初の選択肢は自分の信念を貫き仕事を失うということである。プライドを取るか
仕事を取るかということだ。
2はその逆である。ある種のゴマスリである。いっそ本当に厄払いに行った方が
潔い気がするが、それこそ神社なり寺に対して失礼な気もする。
ただ、厄払いに行ったことを公言したところで、仕事上のトラブルが起きれば
あいつ厄年だからなぁと言われるのは目に見えている。厄を気にする人間とは
とでも言っておけば許されるだろうし、それが社会における処世術というものだろう。
しかしどこか釈然としないのはちっぽけなプライドを捨てきれないからだろうか。
3は効果的な気がするが、他人が持つ私のプロフィールにクリスチャンと
まったく、公の場で政治と宗教の話は避けるべきだとよく言われるが、厄の話も
しないで欲しいものだ。本当に悩ましい。
人間たちは、これまでいつも、自分自身について、自分たちが何であるか、あるいはなにであるべきかについて、まちがった諸観念をつくってきた。神、標準的人間などという自分たちの諸観念に、彼らは彼らの諸関係を適合させてきた。
彼らの頭脳の産物が、彼らの手に負えなくなった。自分たちの被造物に彼ら、造物主たちは屈服した。その軛のもとで彼らが萎縮するもろもろの妄想や理念やドグマ、すなわち願望による思いこみから、彼らを解放しようではないか。諸思想のこのような支配に反逆しようではないか。これらの空想を人間の本質にふさわしい諸思想ととりかえることを彼らに教えよう、とある者は言い、それらの空想に批判的な態度をとることを教えよう、と他の者は言い、それらの空想を頭から追い払うことを教えようと第三の者は言い、---そうすれば、現存の現実は崩壊するであろうというのである。
これらの無邪気で子供じみた幻想が、最近の青年ヘーゲル派哲学の核心をなしており、この哲学は、ドイツにおいては、公衆から恐怖と畏敬の念をもって迎えられるだけでなく、哲学的英雄たち自身によっても、世界を転覆する危険性と犯罪者的な仮借なさなさというもったいぶった意識をもって言いふらされる。
この出版物の第一巻が目的とするのは、自分を狼だと思い、またそう思われているこれらの羊どもの正体をあばくこと、彼らがドイツの市民たちの諸観念をただ哲学的にまねて鳴くだけであり、これらの哲学的解釈者たちの大言壮語がただ現実のドイツの状態のみじめさを反映するだけであるのをしめすことである。この出版物が目的とするのは夢見がちでもうろうとしたドイツ人にふさわしい、現実の影との哲学的闘争を、笑いものにし信用を失わせることとである。
あるけなげな男が、かつて人間が水におぼれるのは彼らが重力の思想にとりつかれているからでしかないと思いこんだ。彼らが、たとえばこの観念を迷信的な観念、宗教的な観念と言明することによって、それを頭から追い払えば、彼らはすべての水難を免れるというのだ。生涯にわたって、彼は、重力の幻影とたたかったが、この幻影の有害な書結果については、どの統計も彼に新しい多数の証拠を提供した。このけなげな男こそが、ドイツの新しい革命的哲学者たちの典型であった。
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嘲りや揶揄で終わる人⇒溺れる人
どうもこんにちは。重度知的障害者の兄貴です(7/27「まとめ」に一部追記。「自分の苦労を他人に押しつけるな」という「書いていないことを読み取る」コメントにくたびれたので。別に自分が理不尽なほどの苦労をしたとは思ってない)。この記事とブクマみて血圧上がってます。
出生前診断で異常発見し中絶、10年間に倍増 : 科学 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20110722-OYT1T00585.htm
http://b.hatena.ne.jp/entry/www.yomiuri.co.jp/science/news/20110722-OYT1T00585.htm
まずこれ読もうね。
T4作戦(テーフィアさくせん、独: Aktion T4、英: T4 Euthanasia Program)は、ナチス・ドイツにおいて優生学思想に基づき1939年10月から1941年8月にかけて行われた安楽死政策を指す。名称は本部の所在地、ベルリンのティーアガルテン通4番地 (Tiergartenstraße 4) に基づき第2次世界大戦後に付けられた名称である。一次資料には E-Aktion(エーアクツィオーン、E作戦), もしくは Eu-Aktion の名称が残されている。この政策により、20万人以上が犠牲になったと見積もられている(ニュルンベルク裁判の検察側による見積もり)。(略)
この政策の目的は、ドイツ国民の「遺伝的な純粋性」を守るためのものであり、また身体障害者や精神障害者を組織的に根絶するというものであった。障害のある子供たちは、普通の病院と違う特別な病院に入れられた。障害を持つ成人に関しては、すでに 「Gesetz zur Verhütung erbkranken Nachwuchses」の結果として強制的不妊手術の対象となっていたが、この政策の対象にも含まれた。
読んだら次にいってみよう。君らが1930年代のドイツにいたとして、自分が「ナチスに投票した4割」と「投票しなかった6割」のどちらだったか、よく自問自答しながら下を読んでくれ。
まず、こういうことが罷り通るってこと自体、日本が法治国家としてダメダメってことなんだけどね。これを読もう。
第十四条 都道府県の区域を単位として設立された公益社団法人たる医師会の指定する医師(以下「指定医師」という。)は、次の各号の一に該当する者に対して、本人及び配偶者の同意を得て、人工妊娠中絶を行うことができる。
一 妊娠の継続又は分娩が身体的又は経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれのあるもの
二 暴行若しくは脅迫によつて又は抵抗若しくは拒絶することができない間に姦淫されて妊娠したもの
2 前項の同意は、配偶者が知れないとき若しくはその意思を表示することができないとき又は妊娠後に配偶者がなくなつたときには本人の同意だけで足りる。
子供に障害があるからって中絶できるなんて書いてないよね?母体に危険がある場合か、貧乏で育てられないか、レイプ被害の場合のみだよ。日本は中絶は無原則に自由とか思ってるの、それ完全に間違い。つまりDQNカップルとかが避妊もしないでできちゃった子供を中絶するのって違法ですからね。堕胎罪ですから。一年以下の懲役ですから。覚えとけよ。
中絶する親は被害者なんかじゃない。法律的には間違いなく加害者。
そして倫理的にもそうだよ。胎児とはいえ命は命。まさにレイプとか母体の危険とか経済的理由とか、そういう「緊急避難」的なものでなければ圧殺していいはずがない。違うか?良心の呵責ぐらい持てよというのはおかしなことか?こういう連中を「被害者」呼ばわりできるとか、どんだけ世の中なめてるの?
皆さん好き勝手に、「障害者を育てるなんて無理」とか色々言ってくれるけど、言われた方がどう思うかわかってるの?中絶する両親には同情しても、中絶される障害胎児には同情しないんだね。ふーん。
もっと馬鹿げてるのが、先天的に障害がなければ障害とは無縁だとか思ってること。あのね、人間はいつでも障害者になります。事故とか病気とかね。統合失調症とか一番わかりやすいと思うけど。そうなったら「育てるの無理」とか「生きていけない」とか下らん御託言ってられなくなるよ。とにかく育てなきゃいけない、生きなきゃいけない。そこに現実があるからにはね。やってもみもせずに「できない」とか、何を甘っちょろいこと言ってるのかね?
うちの例でいうと、弟は生後僅かな間は「健常児」だったよ。ところが詳細は省くが医療ミスで脳出血起こして、それでその後遺症で知的能力のほか色々障害を負った。そんじょそこらの先天性の軽度障害者なんかよりよっぽど重いのをね。そういうことが起こりうるってわかってるのかな?出生前診断と中絶で問題を「なかったこと」にできるとか思ってる君ら、本当におめでたいよね。それとも我が家みたいなのは弟を間引けるようにすればよいとでも思ってるのかな?すごいね、まさにT4作戦だよ。ハイル・ヒットラー!君も将来歳を取って認知症になったときはアウシュヴィッツで「人道的」な「安楽死」を迎えることができると思うよ。
ちなみに、メガネ・コンタクト族の皆さん、君らの多くは近代以前だったら生存能力のない「視覚障害者」だからね。そこ覚えておくように。社会制度や技術で少なからず「障害」は「障害」でなくすることができるんだよ。育てられないとか生きていけないとか、そういうことやって見てから言ってるのかね?
で、ブクマに書いてあるので多いのは「障害者は生きていても不幸だ」みたいな話。すごいね。まさに「生きるに値しない命」だよね。ハイル・ヒットラー!
ヘレン・ケラーから乙武洋匡にいたるまで、いろんな人がそんなの迷信だ、とどれだけ説いてもわからない人はわからないんだね。確かに障害者は生きて行くに「不利」があるよ。でもそれは絶望的なものってわけじゃない。
それこそ上に書いたみたいな目の話をするならさ、メガネ族・コンタクト族は既にパイロットや宇宙飛行士になる夢は絶たれている。矯正可能な近視・遠視・乱視だって立派な「身体障害」であることの証明だね。しかし、あなたそれで人生に絶望する?しないよね。程度の差はあれ障害者の人生って同じことだよ。そしてその「不利」の程度を弱めていくのは「健常者」のつとめだよ。あなた自身やあなたの親兄弟や子供がいつ障害者になるかわかったもんじゃないんだから、それは「保険」と同じようなものだ。それを問題視するならT4作戦発動するしかないね。ハイル・ヒットラー!
あと、ブクマに目立ったのが「この日本の国で障害者を育てる事なんてできましぇ~ん」みたいなの。ふざけるな。
みんな育ててるんだよ。多かれ少なかれ苦労してな。別に同情なんていらん。だがな、その「苦労」の中身にはお前らみたいな連中の無理解と偏見が少なからぬ比率で混じってることぐらい覚えておけよ。
でな、「日本の国」の制度が悪いのは(7/27追記:本当にそこまで悪いとは思わないが、まあ完璧ではないので一応「悪い」として)誰のせいか知ってるか?お前らのせいなんだよ。曲がりなりにもこの国は民主主義国家だ。主権者は国民だ。この国の制度は国民が作るんだよ。それをやってこなかったツケが回ってきてるんだよ。
ただし勿論、当事者でなければわからないことは色々ある。例えば世の中のエスカレーターは大抵は「上り」ばっかりだが、足の悪い人にとっては「下り」こそが重要だというのは自分がケガしたり身内に足腰弱った老人がいないことにはわからんだろう。逆に言えば、当事者が声を上げるというのは民主主義国家における国民の権利であり、義務でさえある。そういうことを石頭のお役人やら政治家やらに硬軟とりまぜて教え込んでいくことで、障害者が生きやすい環境というのは少しずつ整備されていくんだよ。
何?この国は民主主義でもなんでもないって?そうだね、すべてはアカとユダヤの陰謀なんだ。ハイル・ヒットラー!
長々書いたが、俺の言いたいことは要するにこういうことだ。
この辺のことをよく考えた上で、諸君がナチス的な思想をさっさと卒業してくれることを祈るばかりだ。
はてなの連中は普段リベラルぶってるくせに障害者問題になると本当に差別的でカスだと思ってきたが、本当になんとカスの多い事よ。
なんでそこまで先天性の障害が特別だと思ってるんだ?お前の子供が病気や事故に遭わないとなんでわかる?「健常者」であっても犯罪者や引きこもりやニートにならないとなんでわかる?その覚悟なしに子供を生み育てようとか思ってるわけ?それ、ほとんど確率の問題だぞ。
大抵の障害児はそんなケースに比べりゃずっと楽だぞ。障害児なんて育てられないというんだったら、病気や事故に遭った子供、あるいはDQNやニートが親の子供も育てられないから育児放棄して殺してもいいって話になる。お前らが言ってるのは要するにそういうことだ。なんでその程度の想像力もないの?
要するにお前らの「育てられない」なんてのは「ボクちゃん、こわいの、できないの~」って子供がダダをこねてるのと同レベルなんだよ。子供に先天的な障害がなくたって四苦八苦。親になるってことはそれだけ大変なことなんだよ。その覚悟を持て。
以下、目立ったブコメに返信(7/27追記 以下、ブクマの傾向を見て適宜加筆・修正・削除する)。
md2tak 障害というか知障ね。理性なき者は社会合意できないから社会の倫理に委ねられる。「俺ができるんだからお前もできる」はマッチョな意見。少なくとも社会保障の議論を。コストの話になると経済的理由が適用できちゃう 2011/07/25
「知障」とか差別用語使いやがってカスが。だいたい読売の元記事は知的障害に限った話じゃないだろう。
ああ?何がマッチョだぁ?ふざけるな。うちの場合みたいに後天的に障害を負うことだってあるんだよ。そんなとき「ボクちゃん、こわいの、できないの~」って言ったらどうなるんだ。育児放棄、児童虐待、殺人だ。違うか!違うなら言ってみろコラ。社会保障なんて曲がりなりにも日本にはあるわいボケ。調べもせんとなにを贅沢ぬかしとんじゃカス。障害者の親が全員金持ちだとでも思ってるのか。障害児を養うと明日の飯に困るような貧窮なんてないわ。
sankaseki だからと言って、本人に「障害を持ち人生を歩む」と 親に「障害を持つ子供の親」という重責の強制はできないと思うがな。ややもすると「自分がやっているから他人もやれ」という押し付けに見える
じゃあ、うちみたいな後天的障害の場合はどうするの?「押しつけ」だとか能書き垂れて育児放棄とかできるわけ?だいたい「親」であること自体が超絶的な重責なんだよ。障害があるかないかなんてそれに比べたら微々たる差でしかないだろうが。つーかうちの親をはじめ障害者の親なんて別に「重責」に耐えた偉人なんかじゃないぞ。その辺のオッサンオバサンだよ。その辺のオッサンオバサンができることをやれというのが過重な重責なんかだとは思えない。
自分の子供を殺してまで守る家庭なんて守る価値なんかないわ。しかも「良心的」とかどこまでカスなんだお前は。それは「ポア」の思想だよ。
p__o__n 私は障害者になりたくないし、子供が障害者として生まれて欲しくないし、可能な限り障害が治れば良いと思う。これを優性思想だと言われればそれはしょうがないです。 2011/07/25
いや、それはそういうもんでしょう。社会を生きて行くに不利があるからこそ「障害」なわけで。矯正可能な近視がもはや障害とは呼べないのと同様に、「障害」は克服できるもんだし、そうすべきなんだという話ですよ。
虐殺の考え方も人類の中で脈々と受け継がれてきたものだね。これはもっと受け継ぐべきだね。ハイル・ヒットラー!
egpehcbd 西原の夫が「もし障害児だったら?沢山産めばいい、そうすれば弟妹が助けてくれる」と語ったというハナシがあったと思うが、あれはたいしたものだなと思った。
いえ、それは結構微妙です。障害児の兄弟にもそれぞれの人生があるわけで、親から「助けてくれる」ことを期待されると非常に辛いです。元々子供なんて親に全面的に「助けてもらう」存在なわけで、自分のことで精一杯なわけですから。
私の場合は余りそういうことはなかったですが、それでも無意識のうちに「親に負担を掛けないように」と過剰に空気を読む癖がついたりで色々苦労がなかったわけでもありません。これに親の過剰期待が加わっていたらと思うとぞっとします。
とにかく、特定の子供に他の子供を奉仕させるというような考え方はよくないです。これは障害の有無に限ったことではありませんが。
tikani_nemuru_M 個人レベルの優生思想と共同体レベルの優生思想は異なる。また、経済的理由による中絶が認められていることで、現実には「どんな理由で中絶してもいいよ」といっているのと同じ。 2011/07/25
そんなわけがない。例えばビル・ゲイツが「経済的理由」を持ち出せば当然しばき倒されるべきだろう。また、個人レベルであろうとそれが共同体内で容認されるなら同じこと。胎児どうこうでその意味がわからないのなら「寝たきり老人を介護なんてとても無理だから姥捨て山に放り込んでもよい」という法律ができたとしたらどうなるか考えてみればよい。それをナチス的と呼ばないとすればそいつの頭の構造こそがナチス的だろう。
産む前からそんなに信頼できないことがわかっている男の子供なんて最初から産もうと思うなというだけの話だし、母親だけに責任を押しつけているわけでもないし。
tswi (略)生命倫理について何ら学問していた形跡が見えず、反射的に自分が正しいと思うことを書きなぐっているだけという印象。 2011/07/26
そんな「学問」様を語ってるつもりはないんでね。こちらは当事者としての率直な実感を述べている。それを蹂躙する「学問」様ならば、実験事実を無視する「科学」と同様無価値だろうよ。
mujin これは完全に同意。イヌのときは「病気になって育てられないならイヌを飼う資格はない」って言われて、なんで人間のときは「育てきれないなら仕方ない」「生まないほうが子どものため」になるのか。森岡正博を読め。 2011/07/2
愕然としました。確かに、犬や猫の話なら普通にわかってもらえますね。要するにみんなそこまで子供が嫌いなんですね…。
annoncita うちは中間所得層のちょっと下だと思うけど、日本では結構やっていけるものですよ?重度障害児がいても。(略)
全くその通りですね。日本で「障害児を抱えてやっていけない」なんてのは大嘘。
junmk2 この問題については障害者側の人よりも、本当の本当のそもそも論を考える側の人の方が、社会的に不利で意見を表明できない。(略)
じゃあその「そもそも論」というやつを述べてみろよ。この件で「障害者を差別するな」以上に「そもそも」なことがあるものか。あるわけがない。
つまり、生きるためにコストを払うのではなく、コストを払えなければ死ねということですね。ハイル・ヒットラー!
自分が親として「普通の人」以下だと思うなら子供を持たなきゃいいんです。でなきゃ「普通の人」並に慣れるように努力しなさい。障害云々と関係なく当たり前でしょそんなの。
yoko-hirom 増田は自分の記事をご両親に読んでもらって意見を聞いてみては?/増田は幸せそうに見えないし,出産前に挫ける人がいても仕方ない/健康面の問題で心中や自殺を選ぶ人もいる。増田はそれらの人を非難するか? 2011/07/26
それ以前に出生前診断の話なんてガキの頃から家庭内で頻出の話で、「論外」という共通認識。そんな話ができないような家庭環境どころか、親の方が俺を教育しようと熱心だったよ。それから俺は十分すぎるほど幸せだ。まあ、こんな断片的な文章から俺の人生の幸不幸を推し量れると思い上がったあんたが俺の増田記事(障害ネタはこの一件だけ)にことごとくアホなコメントしてくれるのは全然想定外でも何でもないが。そして自殺は自分が死ぬだけだが他人を巻き込む心中は非難されて当然。
Crone 増田の怒りも分かる。でもただでさえ不安定な中、自分のせいかもと苦悩する妊婦さんへの共感なしには届かない。(略)
「自分のせい」とかいまどき思う人がいるとしたら勉強が足りないの一言でしょう。
http://anond.hatelabo.jp/20110719114224
怒りが有頂天だったけど、
逆に俺が求めてたものが明確化された。
そこの部分にいくまでの文章が長いから、
最後のほうで
感謝してることをあらかじめ書いておく。
で、
コーチングの話とかは知らないしどうでも良いよ。
そこなんだよ。
あんたはさ、
俺があのエピソードで、
みたいに書いたのだって、
と切り捨ててるんだよ。
あのエピソードが成立した条件について、考えて欲しいんだ。
「たまたま」じゃなくて。
「たまたま」って言われたり、
「そんなの無理」って言われたら終わりじゃんかよ。
まず、俺もレクチャーしてくれた友人も同じ授業を受けた。
俺はよく理解できなかった。
そしたらテスト問題が簡単に見えた。
テスト問題が何を問いたいのかがわかった。
もしだよ?
俺が雑談したのが、
同じ授業を受けていない数学の出来る友人だったら?
数学は出来るが、面倒見のよくない友人だったら?
どうなってたと思う?
どっちともたぶん駄目だったと思うよ。
あるいはブクマで指摘されていたけど、
ここから考えれば、
教える内容を12回に割り振るのと、
どちらが効果的だろうか?
TAは毎回1人を付けたほうが良いのか?
6人を中間と最後の2回の授業に動員したほうが良いかも知れない。
こういうことなんだよ。
俺があんたに食いついたのは、
それなのに、
それなのにだ。
以下の問いが、どんだけ何も考えずにその場しのぎで作ったか、
俺の怒りが有頂天だよ。
例えば、小学一年生に「なんで足し算とか勉強するんですか?」って聞かれたら、どう答えます?(こういう事聞いてくるのは、逆に賢い子だと思うけど)
学部生の「なんで?」が、
同じものだと思ってるの?
だから答えは、
「足し算は基本だ」とか
「足し算ができないと将来大変だよ?」とかじゃないんだよ。
そんなこと小学生でも知ってるんだよ、
小学生なめんなよ。
共感してやれよ。
「テレビみたいの?じゃあ、あと5問やったらいいよ」
とかでいいんだよ。
で、約束通り5問できたら褒めてやればいいんだよ。
学部生の「なんで?」は、
「この概念をどう使ったらいいの?」なんだよ。
目の前の試験を乗り越えたいんだよ。
もちろん「やりたくない」って意味で使ってるのもいるが、
それは置いておく。
で、ここで最初に書いたことが出てくる。
講義を通して、
何を学ばせたいのか?
試験でどういうことを問いたいのか?
それがわかんなかったんだよ。
俺自身がそこを明確に認識していなかった。
あんたが、
そこが明確になった。
「先生はここを重点的に説明してるな」とか、
「この人は、こういうことを教えたいんだ」ってことが、
きっと、わかってたんだよ。
俺自身にも、そのエッセンスを理解するだけの準備が出来ていて、
あんたは、こうも書いた。
俺は別に「あんたが悪い」と攻撃してるわけじゃなくて、線形代数を教える人に「どうしてこれをやるか?」って聞くのは無茶だって言ってんの。「例えば何に使うんですか?」なら、まぁ良いけども。そういうつもりで書いたんだけどな。
わかってない人間ていうのは、何がわかってないかさえわかってないんだよ。
だからちゃんと方向付けてあげないといけないんだ。
「君の質問に答えることは、一応できるけど、
君が本当に知りたいのは、
と聞き返せば、質問に来た学生はきっと目を輝かせるんじゃないかな?
どうなるかと思ったけど、
思わぬ会話になったな。
***
追記なんだけど、
一応、もう一つ、エピソードを紹介したい。
スポーツで、
「足腰を鍛えるのは基本だから、とにかく走って鍛えろ」
と、そういう教え方をする人がいる。
この場合の「足腰」には「心肺能力」という意味も込められていることは、
そこに、例えば、
「1500mを4分台で走れるようになるのが最低条件」
というふうに、何か加えるだけでだいぶ違う。
さらに、根拠をつけるなら、
「歴代のレギュラー選手の90%は、1500mを4分台で走れた」
となれば、さらに「走って鍛えろ」の意味が増す。
俺は、野球をやってた。
今では気晴らしにバッティングセンターにいく程度だが、
行くと、ほぼ必ず見かけるものがある。
ちびっ子がお父さんに叱られながら、
バッティングしてる姿だ。
曰く「脇をしめろ」
曰く「最短距離で打て」
この金科玉条は、
そういう親に教わっている子は、
かわいそうだなと思う。
あまりこれを否定すると、
補足すると、
「脇をしめる(ようなイメージで)」
「最短距離で打つ(ようなイメージで)」
が正しい。
本当にに脇をしめたら、
最短距離で打ちたければ、
この3つでしかない。(配球の話は置いておく)
極論、この3つがうまく出来るなら、
どんな打ち方だって構わない。
上手な人の打ち方は似通ってくる。
似通ってくるが、
素人が見てもわかるように、
それぞれに個性的だ。
高校生の頃、
最も相関性の高い筋力は「握力」だと聞いた。
大学生になって、
全身の筋肉量と最も相関するのが握力だと知った。
全身の筋肉量との擬似相関じゃねーかよ、と。
そんな切ない、エピソードさ。
追追記
ってか、バイオメカニクス的な部分まで踏み込まない。
「プロ選手を調べたら握力が強いほどスイングスピードが速かったんだって」
と聞いて、「相関関係は因果関係とは違う」という箴言を無視して、
と思って、頑張った。
普通に考えれば、全身を鍛えるだろうが、
でも、握力を鍛えるリストカールやハンドグリップはお手軽だった。
だから飛びついた。
で、大学になって、何かが違うことに気付いた。
で、余談だけど、握力が全身の筋力量に相関するのは、
最終的な力の伝達部分が、握力の影響を強く受けるからじゃないのかな?と思う。
数学得意な人は体育の分野にくればいいのにー。
どうしても歌うこと自体が許容できないというなら
起立して口パク、これでいい筈だ。
何故見習えないのか。
(ついでに、消極的に歌うことすら不可、というの自体も変な話だが。
歌に神通力があるとか、異教の儀式に加わると魂が汚れるとか、汚れは永遠に落ちないとか、
自分個人の思想にも国が介入してきて、必死に戦うシチュエーションを夢に見てる。
でも実際は国も他人もそこまで彼等サヨに興味持ってくれないから
「君が代反対」にしてもなんにしても、
一番問答無用に邪魔になるとこ、ウザいとこ、不特定多数の迷惑になるとこを選んで叫ぶ。
「こら、やめろー」って言ってもらえるから。
彼等は防衛線の設定と攻撃ターンでやってることが釣り合ってない。
自分達の行動を問いただされるターンでは、
侵されてはいけない。
だが
・事前に生徒に洗脳じみた圧力をかけたり
・校門でノボリ立ててビラ撒いたり
という数々の行状は
「個人の信条の自由」を守るための必要最低限から大幅に逸脱している。
という気持ちを持ち続ける。
年数度、業務の一端で心ならずも君が代を歌う、
その夜は左翼仲間と「ペーッ、仕事とはいえ口が腐った!もっと強いのくれ!」と酒が進む、
ここまでが「個人の信条の自由」の範囲というものだろう。
どうしても歌うこと自体が許容できないというなら
起立して口パク、これでいい筈だ。
何故見習えないのか。
(ついでに、消極的に歌うことすら不可、というの自体も変な話だが。
歌に神通力があるとか、異教の儀式に加わると魂が汚れるとか、汚れは永遠に落ちないとか、
そういうのは宗教の教義ならあるだろうし、イスラム教徒に礼拝を受けさせるのは暴挙だが、
進歩的な左翼思想にそのような宗教性や迷信は無いはずだ。左翼にとって歌は歌でしかないだろう。)
つまり、
男性に「さすがにそれはないだろ!」と思われてしまうデートの断り文句8パターン
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1521458&media_id=76
断られたらどう切り返すかを考えてみる。
【1】「男の人とのデートは禁じられているの」と、家のルールを言い訳にする。
知ってる知ってる、〇〇ちゃんの家厳しいの有名だもん!
デートなんかじゃないよーw
ね?
♪~(´ε` )
【2】「じゃあみんなで行こうよ!」と、大勢で出掛けることを提案する。
たしかにー!!
〇〇(男の名前)とかも最近遊んでないとか言ってたし誘ったら来るかもよ
他だれさそう?
・・・
あ、そのメンバーなら全員メアド知ってるからこっちで誘っておくよ!
・・・・
(当日まで誰にも連絡せず)
♪~(´ε` )
【3】「ワンコが病気なので」と、ペットの世話を引き合いに出す。
まじで?!
おれも昔犬飼ってて病気になった時、めっちゃ勉強したんだよー。
なにか見てあげれるかもしれないから今度家行かせてくれない?
そんなの悪いからいいって?
いや、おれ、大の犬好きで、病気なんて言われたら放っておけないよ!!
♪~(´ε` )
【4】「わたし雨女だから、一緒に行かないほうがいいよ」と、迷信めいたことを言う。
俺は晴れ男だから、どっちが勝つかな?
一回試してみないとダメじゃない?!
♪~(´ε` )
【5】「30年後ならいいよ!」と、男性が返答に詰まるような切り返しをする。
30年なんて待てないよ!
おねがい!このとおり!
おねがいぃぃぃいいい!!!(^m^;)
【6】「親戚が危篤」と、いかにも嘘っぽいことを言う。
そうなんだー。
【7】「風邪をこじらせて肺炎寸前」と、深刻な体調不良を理由にする。
そんなこと言われたら逆に放っておけない!
大丈夫!!
♪~(´ε` )
【8】「アハハ、マジで?」と、誘いを気にも留めてくれない。
ホント、マジマジ!!
〇〇ちゃんが大好きなんだって!!
一回チューしてよ、チュー(^3^)
飲み会などで血液型占い(性格診断)の話題になると歯がゆさを感じる。
血液型占いは全く根拠のない迷信なのだが、日本では結構当たり前のように話題に上る。Wikipediaによれば血液型占いが広まっているのは日本・韓国・台湾くらいらしいし、実際日本人以外でその話をしているのを聞いたことはない。
コミュニケーションのとっかかりとして使われているのは百も承知で、確かに便利なのだが、絶対に自分はこのオカルトに関わりたくない。だからといって、血液型占いなんて根拠のないオカルトです、と主張しても誰も聞いてくれないし場がしらける。下手すると頭の固いつまらない人と思われるのが落ちである。なので、僕は必ず「カギ括弧」をつけて、O型っぽくないって言われるんですよ、とか、人によって僕の血液型が何型っぽいかっていう意見がバラバラなんですよ、などと、人がどう言うかという観点で話すようにしている。これなら、場の空気を壊すこともないし、自分は信じていないという立場を守れる。
(ちなみに、嬉々として血液型占いの話をしている人に会うと、その人の知性の評価が何割かダウンする。特に理系の男が言っていたりするとかなりがっかりする。)
同じ非現実であっても、僕にとっては、サンタクロースや幽霊について話すことは全く問題ないけれど、血液型占いや水が人の優しい言葉に反応する(「水からの伝言」)といった話は受け入れがたい。それはやはり、前者は非現実であることを前提に語られるの対して、後者が科学的文脈で語られるからであろう。このような感覚は僕たち科学者・理系の人以外にも共有してもらえるだろうか?
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日本では、血液型占いや水からの伝言が代表的なオカルトだが、日本と同様科学大国であるアメリカでそのような非科学的な話がまかり通る例と言えば、創造論(=進化論の否定)である。
最近Scientific Americanの記事で見た(http://goo.gl/vb3CD)のだけど、アメリカの高校教師の28%しか進化論を十分に教えず、13%は創造論を教え、残りの6割は臭いものには蓋で適当にごまかすか、あるいは両方教えて生徒の判断に任せるという状況だそうだ。創造論は宗教的な考えに基づくので、否定すると信奉者からのクレームが面倒だということもあるのだろうが、科学教育の観点からすると非常に危ない。
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血液型占いよりは創造論の方が生物学の根本に関わるだけに、信じることによる害が大きい気がする。一方で、血液型占いにおいては、創造論に対するような大々的な科学的批判(アメリカでは裁判も起きている)がなく、人が当たり前のように信じているという気持ち悪さがある。このように質は違えどオカルトがまかり通るということはどこの先進国でもあるのだろうか。たとえばヨーロッパなどはどうなのだろう。