はてなキーワード: 一喜一憂とは
自分用メモも兼ねて。いや、最近なんか周りでなんとも抑うつっぽい人が散見されるようになってきたように感じられるのでふと考えることが多くなった。「とりあえず前向きに」は理想としてはほんとそのとおりなんだけど、いやできないから凹んでるわけであってね。というのも自分も社会生活に支障は無いまでもちょっときつかった時期があったりしたんだよね。なんかこう上手くいかんという時にわずかでも参考になればと。
以下自分の思う改善法を適当に並べて書くけどツッコミ等あれば是非忌憚なく書いてってくれれば
・スポーツする
スポーツするのはすごく効くと強く感じる。じっさい脳内に多幸感物質的なのがでていいらしいね本当に。そういえば体育会だったり普段から運動してる人でうつっぽい人っていなくない?(無口とかおとなしい人ってのは別でね。笑)それって結局これにつながるところだと思うんだよね。まあ脳内から作用するんならそりゃ自然に効くここまでいい薬はないわなと。
で、スポーツの中でも個人的には集団でやるやつ、例えば野球、サッカー、バスケとかとかをあまり競争的にならずにやるのがいいと思ってるんだ。というのも下の話にも関連するんだけど人とあって話すのはすごい凹んでるのを改善するのにいい。特に非競争的にみんなでわいわい談笑しながらでなんかだと本当に効果てきめんだと個人的にも思ったわ。あんまり試合の結果に一喜一憂するのがいいとも思わんしね。(まあ個人差あるかもだけど笑)
水泳とかジョギングとかでもいいとは思う。ただ、ジョギングとか取り入れてみて思ったけどどうにも変化がなかったりすると飽きたりするからそこらへんは要工夫だし、人の輪にいるってのがすごい重要だと思ってるからよりオススメは集団スポーツ。でも個人スポーツも全然OKってスタンス。
・人と会って喋る
これも超重要。や、もう本当になんでもいいんだよね。単純に失恋とか仕事うまく行かなくて悩んでるならそれを聞いてもらうでもいいし、あえて全然関係ない趣味に花咲かせるのでもいいと思う。個人的には仕事なり実際的な解決方法が欲しい時は人の話を参考にするのもいいかなとは思うけど、基本的にどうにもならない人間関係のこととかはもう全く別の話して気を紛らわすのがいいんじゃないかなと思うことが多いのかなとは思ってる。例えば恋人関係で悩んでる時に共通の知人にいろいろ聞いてもらうよりは、全く関係ない人にその相談みたいなのはもちかけずに自分の好きな趣味、音楽映画なり漫画でもなんでもいいけど、の話をしてわーって盛り上がったときのほうが気持ち的には晴れやかなことが多いのかなっては思う。まあこのへんはいろいろケースにはよるかなとは思うけど気の置けない友達とただ話して笑ってみるだけで全然違うっすほんと。
・陽の光を浴びる
これも効く。よく本とかに書いてあることだったりはするんだけどね。メラトニン(だっけ)とかってのが日に浴びることで生成されていろいろポジティブな効果を生むっていう。これも具体的に南国の人とかのうつ率の低さ(ってかほとんどいないんじゃね?笑)をかんがえたらなんとなく納得する話なのかなと。自分も少し取り入れてみたけど朝に一日の段取りでもぼーっと考えながら2,30分散歩してみるだけでもホント違うよ。これなんかは習慣にすべきだと思う。忙しいと30分とかの時間生み出すの大変かもなんだけど、まわりまわって効率良くなって全体のパフォーマンスよくなってるの感じるわ。
・早寝早起きする
これも上に関連。特に日の出てる時にしっかり生活をするのが重要。これ見てる人なんかはパソコン好きが多いだろうからついついモニターの前で夜更かししちゃう、みたいなことありますよね。僕もすごくよくあるのでわかる。笑 でもやっぱり早起きしたらその分有効に使える時間は増えるし、上記の日を浴びられる時間が伸びる。逆に、夜更かししてネットやりながらだらだらしてると無駄な後ろ向きな思索とかがやたら増えてかなりジャンクなブラウジングしてる自分に気づいてなんとなく鬱屈としてくる、また生活時間がズレこんでの悪いサイクルが生まれると思うんだ。だからなんとか朝、人と会う予定をいろいろ入れてみたりして、生活習慣を改善してみよう。特に夜更かしをしないってのが重要かなとは思います経験上。
・家事とかをしっかりしてみる
は?って感じかもしれんけど小さいながら書いとく。これ結局小さい成功体験の積み重ねに相当するのあかなと。普段面倒だったり忙しかったりして掃除選択皿洗いから細やかな管理なり色々後回しになってたりしない?そういうのをちょっと重い腰を上げてやってみよう。掃除なんかはほんと終わったらすっきりするよ。週ごとにホコリ一掃キャンペーン(一人で)をやってもいいくらいだ。笑 本棚の整理、パソコンのファイル整理でも靴磨くのでもどんな小さなことでもいい。無言で集中してるうちに日常の些事なんか薄らいじゃってうことってよくあるよ!
・ネット断ちをしてみる
最後にネットヘビーユーザは特に。前述のごとくここ見る人なんて大分ネットに慣れ親しんだ人だろう。最近なんかはネット疲れなんてのが言われるくらいだからなあ…いるでしょ?気付いたらTwitter開いてるみたいな人?笑 自分も大分そっち側だからよく分かるんだよ。
でもそれあんまよくない。特にネット一日に数時間もやってる(それこそねらー的な人達が自嘲的に言ってるような人種の人は)一日でもいいから全くネット触らずに外ぶらぶらしてみる時間をとったり、鈍行でふと何か見に行けばいいと思う。これ本当に違うんだよ。割と自分も一日にネットとんでもない時間触れてる時があったんだけど、これってなんかこう、そのまま惰性で続けちゃうじゃん?それをこうアウトドアなのをふと入れてみるとそのネットやってる時間自体の充実度もだいぶ違ったりするから不思議なもんだ。インドアな人には効果てきめんだし、最近よくいう引きこもり気味でネガティブになってる人にはよく効くと思うので是非。
ざっと思いつくままに書いてみたけど、うつ改善のために精神科の先生が書いてるのいくつか読んだりWEBで読んだのうろ覚えであったりするのと、自分の経験則的なものを合わせた感じだとこんな感じだ。特に自分がおすすめするのはスポーツと人と話すことかな。もちろん時間が必要なことではあるので大変かとはおもうけどやっぱりこう人と交流しながらってのが一番効果的だとは思う。そんな友達がいないんだよ!笑 みたいな人はネットでオフみたいなの探せば何かしら機会はあるはず、同じような悩みだったり考えしてる人って世の中思いのほか多かったりするよ!
以上とりあえずそんなかんじで、是非参考になれば!
研修を終えて、いまの営業部に配属されて3ヶ月が過ぎた。
営業現場のビジネスモデルは研修現場で学んだものとは全く関係がなく、
営業現場のルールは採用現場が唱えているグローバルとかダイバーシティとかにも全く関係がない。
他の会社にも当てはまると信じているが、修正点があれば指摘して欲しい。
社長:株主に対する責任があり、会社を守るために、数々の「言い訳」を作る。
(それが本当であっても、嘘であってもよい。)
事業部長:社長の方針に近い形で事業部方針を作り、数字目標をたてる。
(たいてい方針も数字も前年を踏まえた形で作られる。社内の部長報告や社外の重役との会食が仕事。)
部長:営業部毎に数字が与えられており、その数字の責任者となる。
(上とは調整、下には強制である。ただし、下のトラブルには部長が対処する。)
課長・係長:上の立てた方針は営業現場に適用できないので、目先の計画をたてる。
(上から「宿題」を与えられたら、それに答える。雑用は末端にどんどんやらせる。)
係長・末端:タスクがどんどん降ってくるので、残業してでも終わらせる。
(課長・係長は指示をするのを嫌がるので、末端は課長・係長の指示を予め予測する。)
つまり、現場は現場で動いており、会社全体と現場は別物、という印象である。
入社前は上述した日本企業的ルールに従う全てを「社畜」と言っていたが、
こうしたルールから逸脱した途端、会社からパージされる。ルールに従わなければ会社にいる意味がない。
知り合いは、「海外に行きたい」と言ってドメスティックな部署に配属されたり、
「上司が無能力」と言って閑散とした新設部署に配属されたりしている。
奴隷になりえない「わがままなやつ」は扱いにくいからパージする。
ただし、こうしたルールのもとで前例踏襲が横行し、社内変化がなく、景気変動に一喜一憂しているように見える。
現場は現場で動いており、会社内が縦割り、サイロ化しているようにも見える。
ここで、クエスチョン。
採用現場でいう「グローバル」や「クリエイティビティ」など含む「異色の人材」はどこで活かされるか。
学歴採用、リクルータ採用や推薦採用では「一色の人材」になってしまうため、オープン採用に変化したはずだ。
ところが、現場では「一色の人材」が求められているような気がする。
異色の人材はどこに消えたのか。あるいは、どこに生きているのか。
http://anond.hatelabo.jp/20111218204414
本文記事を読む気がしない。典型的すぎて。
この人がやってるのは、嫌いな人間、「バカだと思う人間を、特定のカテゴリにおしやって自分から切り離す」あるいは逆に「自分が嫌いな特定のカテゴリを、嫌悪されるものと一緒に結びつけて貶める」という、マスコミが大好きで大好きで仕方ないレッテル貼りの一手法にすぎない。いい加減この手の記事を書くという行為は人間の腐ったものだというのが常識になっていただきたい。こういう記事を書くことに違和感を感じないという事自体が、「私はテレビに飼い慣らされすぎた豚です」と自ら語ってるに等しいという流れができて欲しい。
あとこの記事における「共感」の使い方が死ぬほど気に入らない。ネットにおける共感ってほとんどがウソだと思ってる。
共感しましたってコメを書いといて、いやそれ違うよ?あんたの勘違いだよ?っていったら「私がそう思ったんだからそれでいいだろ」とか抜かすバカは何度かいた。
全然共感してないじゃない?自分が他人の記事を精神の局部に押し当ててオナニーする行為は共感とは言わない。 性欲を持て余してるだけの欲求不満だから。
こういう阿呆な記事を書いて悦に浸ってるバカはホンマにソープに行って人生変えてこい。バカにたいして一喜一憂している自分がそれこそバカらしくなるぞ。
自分を馬鹿にできるようになれば、他の人のバカにいちいち目くじらたてずにすむようになる。 自分のカラを破ることですよ。 >記事の書き手さん
近頃、ゲームを全くしなくなった事をよく実感する。学生の頃にはまっていたMMORPGをはじめとするネットゲームは勿論、Xbox360やPS3にも滅多にゲームディスクを挿入することなく、もっぱらDVDやブルーレイの鑑賞機器として稼働している。PSPやDSに至っては一年以上電源を入れていない。
と言っても、ゲーム自体が嫌いになったわけではない。今でもレースゲームやRPGにはわりと興味があるし、最近読み始めたライトノベルの影響か、ネットゲームに対する興味もやや増してきた。多分、これから先もゲームから完全に意識が遠ざかる事は難しいだろう。また、ネット上ではよく「体力が続かなくなった」という声を聞くけども、それも何か違う。確かに昔の様に丸一日をテレビやモニタの前で過ごせるほどの体力は無いとしても、半日くらいなら問題なく向かえるはずだ。
要するに、モチベーションの問題なのだと思う。ゲームなんてただのお遊び。そういう考えが板に付いてしまった。こんな事を言うと「仮想と現実の区別がついてない」という類いの批判を受けるかもしれないが、それに乗っかって言うなら、ゲームというものは仮想をもう一つの現実として扱うからこそ楽しかったんじゃないだろうか。少なくとも、子供の頃はそうだったと思う。勝った負けたに真剣に一喜一憂し、難題が持ち上がると全力で解こうとしていた。今の様に「暇だな。ゲームでもしようかな」ではなく、学校から帰るやいなや、ランドセルをほっぽり出して友人の家に駆けつけてはコントローラーを取り合っていた。
あの頃の俺にとってゲームは特別な存在だった。当時を思い出す度にその一端は感じられるだろう。しかし、今はもう違うらしい。では「今の自分にとって特別なもの」とは何なのか。ゲームに限らず、同じ様な事を感じた時は特にこの点を思い出して欲しいと思う。
あるいは「SNSを使うと高収入になれる」というデマが流れるまで。
世の中は事実と異なる煽り記事があふれている。実際には嘘であることをそれとなくまかりとおすことは風説の流布になる。フィクションであるなら構わないが、それならば断っておく必要があるだろう。そのような煽り記事に対する傾向として、最近の記事を事例として「なぜ高収入の人ほどSNSを使っているのか 」を例に情報の歪みをまとめておきたい。
ソーシャルネットワークで職場の人とつながっている? | DODA ホンネの転職白書
を見てほしい。これから言えるのは
最初の歪みはサンプルの質である。DODAであればそもそも「転職を考えている人間」であろうことが明示されていない。転職を考えているのなら少なくとも、性質上、縁故採用を期待するのは当たり前である。ならば転職者のSNSの利用が高くてもおかしくない。
一部引用すると、
順位 職種別 SNSの利用率
2 IT/通信 64.7%
3 金融 56.9%
順位 職種別 SNSの利用率
1 企画/マーケティング 82.1%
2 クリエイティブ 80.5%
とあるが、これも転職者が前提であれば、あるいは、DODAの顧客が前提であれば、SNSの利用率以前に流動性の高い職種が上位にくることは自
明である。したがって、転職者ほどSNS利用率が高いということではないだろうか。
一部引用すると、
SNS上で仕事関係者と交流するビジネスパーソンは、身近な同僚と会社内のコミュニケーションだけに留まらず、プライベートでも積極的にコミュニケーションをとっていることがうかがえます。一方で上司や部下、取引先については、SNS上では多少距離を置きたいと考えているようです。
このことは転職検討者ならば当然(上司や部下に内緒にしたいため)のことであり、サンプルの質により曲解ではないか。これらはサンプルの質を述べないために起きることである。
1 900万円台 68.4%
2 800万円台 66.7%
3 1000万円以上 60.0%
4 700万円台 57.4%
5 400万円台 56.5%
だそうだが、そもそも900万円台が何人いるのかどうかが述べられていない。相対的には少ないはずというのは予想できるが、傾向その1のとおり、上記職種の年収が比較的高いがゆえに利用率が高いだけではないだろうか。900万円台の人数と職種の比率を述べずして
と結論づけるのは、ないものをあるように見せているだけのようである。それならば、なぜ1000万円以上がなぜ下がっているのか?同じく500~600万円台で下がるのか?その理由も述べられていない。そうではなく「企画/マーケティング、クリエイティブ、ITエンジニアのSNS利用率は比較的高い」というのなら理解できる。実際、この情報からはそれだけしか読み取ることができない。年収が高いビジネスパーソン=SNSを積極利用というのは論理の飛躍ではないか。裏を返せば1000万以上職種は企画/マーケティング、クリエイティブ、ITエンジニアではないということをまず述べるべきであり、DODAの顧客=転職者としては母数が多くない職種ではないと推測できる。おそらく流動性の低い職種であろう。つまり高収入の公務員や医者と考えられる。これらはサンプルの量(と、それに対する比率)を述べないために起きることである。
一部引用すると、
DODAに登録いただいた転職者約5000名の、TOEIC®テストの点数別に平均年収を見てみると、TOEIC®テストの平均点に近い550~599点の平均年収が405万円に対し、900点台は528万円と、123万円も高いことがわかっています(DODA調べ)。これらの調査結果をあわせみると、Facebookなど海外ユーザーとコミュニケーションをとる機会が多いSNSの普及と、語学力が高いユーザーの参加が増えたことが、年収別の利用率に関係していると考えられます。
実際には別の調査であり、まったく関係がない。にもかかわらず、同じ記事で関係されている。なぜなら「550~599点の平均年収が405万円に対し、900点台は528万円と、123万円も高い」ことは年収900万円が利用率の高い説明にはならないからである。TOEIC900点台が528万円であることならば、500万円台は54.3%でしかない。さらに「SNS利用率の高いユーザが英語できること」の調査結果はどこにもない。
※蛇足だが「TOEICの点数と年収の相関」の調査はあるようだ。
http://www.english-resume.net/indiv/ent-41-10.php
しかしDODAのこれらの調査記事は「転職検討者に限ったデータです」あるいは「企画/マーケティング、クリエイティブ、ITエンジニアに限り」などのバイアスに対する前置きさえあれば、特にいかがわしいものではない。間違った推論は余計だとしても、それが転職検討者のデータであるならば、理解できる部分が増える。そして、もっとも問題になのは事実を捻じ曲げたタイトルをつけてしまった次の記事である。
このタイトルはつまるところ「年収高くしたければSNSを利用せよ」という錯覚を引き起こす煽りである。実際にはその相関も因果も何も説明
されていない情報の二次コピーでしかない。少し譲って「「年収900万円台」の利用率は68.4%!」は、DODAの調査からそうであったとしよう。しかし上記で説明したとおり、「なぜ高収入の人ほどSNSを使っているのか」というタイトルは嘘である。実に巧妙に、この記事にはタイトルに嘘が50%含まれている。たぶんこのような誘導に慣れているのだろう。文章中に「なぜ高収入の人ほどSNSを使っているのか」という説明はどこにもない。diamondの記事ならば、せっかくなのでば600万円台、500万円台の利用率がなぜ400万円台より低いのかを分析したらどうだろうか。忙しい500万円~600万円の人はSNSの利用率が低い。とでも書いたらどうか。
これらを真に受けないように対策も述べておく。
http://www.j-cast.com/2009/05/29042167.html
主な利用目的がSNSであるのが36%と世界5か国中最も低い結果ということであり、直接上記の問題と関係はない。だが、どうやら思ったより熱
狂的ではないことは感じ取れる。震災後にSNSの利用ユーザー増えたという時期的なデータもある。
と
http://nensyu-labo.com/2nd_syokugyou.htm
を比べればわかるが、DODAのデータはやはり局所的であり、上記で推測したとおりの前提付きであろう。「流動性の高い職種ではSNS利用率が高い」あるいは「ITに関係する職種ほどSNS利用率が高い」という当たり前のタイトルがふさわしいのではないだろうか。それ以上ではない。
上記のとおり、年収とSNS利用率の相関も因果も確認されていると言いがたい。これを別角度から説明した良記事がある。
http://www.j-cast.com/kaisha/2011/08/24105238.html
このような疑問や批判精神から記事が作られることは、メディアの失われつつある機能であり、稀にしか書かれることはないが、もし存在するのならばそちらの記事を合わせて読むことが重要である。
ということであり、傾向その2は証明されたようだ。これでは確率的なブレの域を出ない。つまり次の調査では異なった結果が出る可能性が高い。
900万円台の人が占める割合は、わずか1.4%。1000万円以上も1.7%に過ぎない。30.8%を占める300万円台の20分の1。高収入者はもともと、SNSの利用率で一喜一憂する必要もないほど少数派だ。「自分はSNSをこんなに使っているのに、なぜ収入が低いのか」と自信を喪失しないようにしたい。
まったくそのとおりである。自信を喪失する必要などまったくない。少数をあたかも全体のように説明してはいけない。
なぜかマスメディアはなぜかSNSの利用を煽る傾向がある。自らの利用率が高いものは良いと当然、適用しようと思うのかもしれないが、私はSNSに熱狂したり血道を上げている人間に立派な人を見かけたことがない。正しいかどうかはわからないが(と、あらかじめことわった上で)現状のSNSの利用率に関する私の感覚を言うのならば、
・SNSの利用率が高い人ほど消費性向が高い
・SNSの利用率が高い人ほど飽きっぽい
・SNSの利用率が高い人ほど不幸である(不幸をアピールする場でもあることから)
先日の(はてブも何もしなかったからタイトル忘れた)、女子サッカー優勝の件で、お前ら騒ぎすぎなんだよm9(^Д^)プギャーな人が居たような気がするから書いてみる。
といっても、私が書くわけじゃなくて某所で見た沢選手のインタビュー記事なんだけどな
澤選手のあるコメント
アメリカでは美談として流れているものの
何故か日本では報道や掲載されないのだ
日本語コメントの英訳を再び和訳する事に違和感ながら
日本のマスゴミが報道しない為にあえて和訳する
http://sports.yahoo.com/soccer/news;_ylt=AmArrRdFEVrJjWgo3hlE1WA5nYcB?slug=ro-rogers_japan_win_pay_tribute_tsunami_071711
澤選手のコメント:
“We knew that what we were doing here could be about a little more than just a football tournament. If winning this makes one person, someone who lost something or someone or was hurt or damaged by the events that touched our country, feel better for even one moment, then we have really achieved a most special thing. If it makes everyone happy and joyful and gives them a reason to cheer after such difficult times, then we have been successful. Japan has been hurt and so many lives have been affected. We can not change that but Japan is coming back and this was our chance to represent our nation and show that we never stop working. This is like a dream to us and we hope our country shares it with us.”
「我々のしていることは、ただサッカーをするだけではないことを、意識してきた。我々が勝つことにより、何かを失った人、誰かを失った人、怪我をした人、傷ついた人、彼らの気持ちが一瞬でも楽になってくれたら、私達は真に特別な事を成し遂げた事になる。こんな辛い時期だからこそ、みんなに少しでも元気や喜びを与える事が出来たら、それこそが我々の成功となる。日本は困難に立ち向かい、多くの人々の生活は困窮している。我々は、それ自体を変えることは出来ないものの、日本は今復興を頑張っているのだから、そんな日本の代表として、復興を決して諦めない気持ちをプレイで見せたかった。今日、我々にとってはまさに夢のようで有り、我々の国が我々と一緒に喜んでくれるとしたら幸いです」
http://yanashu.tumblr.com/post/7801129614
サッカーが好きな人が、サッカーで勝つこと以上の何かを望むことは傲慢なのかもしれない。
だけど、私も(日本代表のしたことに比べると些細なものだが)自分の仕事をするとき、この仕事がクライアント、そのお客さん、そのまたお客さん…といった大勢の人に「いいな!」と言ってもらえるものを…と、いつも考えてる。
スポーツで自国の選手が勝った・負けたで一喜一憂するのは、そりゃチームが国ごと編成で戦ってるからで、
ソレを「ナショナリズムどうのこうの!」と不快に感じてしまうなら、国別やめようぜ・とFIFA辺りに送ることができるような提案書・というかアイディアを本気だして考えたら、なかなか面白いかもしれない。
で、表題のとおり、スポーツで「日本代表」の人達が頑張る事を、日本の人が応援したり・喜んだりすることってのは、そんな変なことじゃないと思うんだ。
でも環境っていうのはすごく大事で、女の子がサッカーすること自体珍しい国では世界を目指す!とか、なかなか期待できないだろうし
もっとスポーツのエリート教育ガンガンやってる国だったら逆に、物心ついた頃には既に差はできてて、夢見るレンジも狭まってたかもしれない。
「もしかしたら同級生の●●ちゃん」が、そこで頑張ってるかもしれない事実、
自分と同じ条件下、そういう子達が夢を掴んだ事実、こういうのも「自国を応援する理由」の一つとしてあるんじゃないかなぁと思う。
スポーツで偉業を為した人に自己投影するなよ、って事なんだろうが。
尊敬したり・目標にしたり…彼らの歓びを我がごとのように喜んだり、ってそんなに悪いことなんかいな。
私も「好きなことしてるんだから!」ってバイト掛け持ちしてた下積み期間があった人間なんで、普通に我が事のように嬉しいよ。
つまり何が言いたいのかって言うと、
はてブめぐりをしてると時々、俺以外の全員が天才なんじゃないかと思って心拍数が高くなる時がある。
そんな時、ゆるーいライフハック系の記事がホッテントリ入りしてるのを見ると、
あ、なんだこういう記事をありがたがる人もいるんだ。はてなも天才ばっかりじゃないんだ、ボクはここにいてもいいんだ、と気分が落ち着く。
向上心がない私は今日もそうやって他人ばかりみて一喜一憂してる。それでいーのだ。
ちなみにライフハック系の記事については
自分自身はどうせ読んでも実践しないと思ってるのでいつも本文とばしてブコメしか読まない。
そうすると、毎回のように、例えば「わかったブログ」という記事がホッテントリを取るたびに
「こういう記事がはやるとははてな村の衰退の兆候じゃあ」といって嘆くお爺さんみたいなキャラがいたり
実際はどうか知らないけど見ていて飽きないライフハック系のホッテントリはずっと見てると
「いろんな年齢層」の人々が見れて楽しいと思うのは俺だけかな。
伏線はあるし、キーワードに謎解きめいたものがあるから、そういった面や世界観的には面白い。
キャラクターもわかり易い個性付けされてるし、絡み合う人物相関も明かされる内に一喜一憂する。
が、面白いと思うけど、一番面白いというわけでもないのは王道漫画の読みすぎかも。
そして泣けるかどうかが非常にネック。
キャラに感情移入しているか、シチュエーションや個々のツボ、感性感受性によるから、泣ける人は泣けると思う。
が、どうもワンピースにおいては世界観萌え要素が強いせいか、キャラ達の織り成す物語も歴史書を読むような、
例えば目の前で太平洋戦争の資料映像を見せられても、資料と見るかドラマとして見るか位の違い有。
仲間とのシーンのヒロイックな場面が泣けるんだろうけど、仲間との王道たるヒロイック性に燃えないとも言う。
男の散り様とか、男がさりげない中で愛を告白するとか、ドリーミン過ぎるけど
女なので、タッチやめぞんみたいな正統派もうるっとくるし、異色所ではGOD SAVE THWすげこま君のラストも。
漫画は正直巻数が多いから薦めない。というか長編物は読むのに覚悟が居るからワンピース以外でも安易には薦められない。
何編が面白い?そこだけ読むと言われても、話が繋がらなかったりするから嫌な質問。
そもそも私自体、60巻越えで覚悟の大人買いでワンピースに着手した位のワンピにわかだし、大変。
初恋の相手でもある幼なじみが不倫してるっていうかなりダメージでかい話を誰かにしたくて、でもどこにも吐き出す場所がなかったからここに書かせてください。
あとで消すかもしれんけど、ちょっとだけでも楽になりたい。
俺は経済学部を出て、卒業後新卒で地元でそこそこ名のある企業に就職するという堅実で無難な人生を送ってるところ。
一方幼なじみは、関東の美大に進学して、一年くらいあっちのアパレルで働いてた。でもパワハラにあって辞め、地元に戻ってきて今は地元で働いてる感じ。
俺はつまんない人生を選んでいるわけだけど、高校の頃は実は少しメディア芸術に興味があった。でも美大に行くなんてと、保守的な親が猛反対。
幼なじみはもともと美大に行くつもりで、親にも応援されてて受験に成功して晴れて美大生。俺は、二人とも美大行けたらいいねとか励まし合ってたのにと落ち込んだ。
大学時代は、幼なじみのmixi日記を見るたび、すげえ華やかなことが書いてあって、正直うつになった。
有名アーティストが学校にきて講義したとか、朝まで教授と語って飲んだとか、六本木クロッシングがどうとか、なんかの展示会の作品に協力したとか、友達の個展がどうのとか。
なんて言うんだろう。リアルハチクロっていうか、the 美大リア充みたいな?
逆に俺はホントやる気失ってて、授業も出ないでだらだらバイトとくだらないサークルとかで、人間関係は上手くいかんし、20越えても童貞だったし、やっとできた彼女ともすぐ別れるし引きこもるし金ないし気胸になるしみたいな感じ。
それでも不思議なもんで、なぜか卒業できて就職が決まった。まあ、運がよく、リーマンショック前だったってだけだろうけど。
地元に帰ってからも幼なじみが華やかな東京にいて、結構有名なアパレルブランドで働いてるのみてうらやましかったりした。
でもある日を境に幼なじみのmixi日記が途絶え、彼女は地元に帰ってきた。幼なじみの弟と俺の兄弟が仲良かったから、東京でメンタルを病んで会社を辞め、しばらく自宅療養してるという状況を聞いた。
そのあと、同窓会で再会。幼なじみと久々にメールするようになった。
「そういえば途中でメアド変えたでしょー!教えてよー!ショックなんだけど—」と言われて、「あー、いや、ごめん、一回携帯壊れたんだよね」とかごまかしたけど、実際はメアド変えたのに教えられなかった。夢を叶えてた彼女がまぶしくて辛くて。
「そういえばまだナムジュンパイク好きなの?」と言われ、あ、覚えててくれたんだ、と胸が熱くなったりした。
それからは再び片思い。地元の中学出身者で再び集まるようになってたから、飲みに行くようになった。誕生日祝ってくれたり、美術館行ったり、アートの話聞いたり。
一度だけ二人で定時後に、待ち合わせて遊園地に行った。俺は19,800円くらいのスーツで、向こうは装苑のモデルみたいなハイファッション。ちぐはぐな感じがして笑った。
平日のアフターシックスだけあって、園内はガラガラ。市内の人口が減っていることを思いだして、どっかさみしかった。
絶叫系で騒いだりとか、ジェットコースターで記念撮影とか、チュロス食べながら移動とか、そういうことをした。
あー、高校の時できなかったことをしてるなあ、とどこか冷静に見てた。
最後ふたりで観覧車に乗りたかったんだけど、ちょっと気がひけて言えなかった。
その後、俺は告白すべきか、しないべきかで非常に悩んだ。今更すぎるというのもあるし、きつい仕事とか重圧とかそういうものから逃避して子供の頃のきれいな思い出を追いかけてるだけなんじゃないかとも思った。
それと、向こうは今ニートみたいなものだし、支えて行けるのかとか、メンタル病んで帰ってきたわけだし大丈夫かとか、もしホントに付き合って結婚するとなったら保守的な親がいい顔しないだろうなとかどうでもいいことまで。
どうしようかと悩んでいると、その子にいきなり「私、実はもっかいアパレルで働いてみようかと思うんだよね」と言われた。
それは俺にとって、いい知らせだった。まずは落ち込んでいた彼女が前向きになってくれた、という純粋な嬉しさがあった。病む前の彼女は働くのが本当に好きで、楽しそうにしていたから。
俺はもちろん後押しした。「上手く行くと思うよ!なんかあったらそれはそのときだよ!俺は味方だしがんばって」と言い、背中を押した。彼女は嬉しそうにして、「分かった。じゃあ、ツテもあるし、履歴書出してみる。」と言い、頬をそめて「ありがとう、よかった、××に相談して」と言った。おそらくこれ、俺は一生忘れないと思う。
そして。
彼女はとあるセレクトショップの、地元デパートにある店舗で働き始めた。給料が安い安いと不平を行っていたが、それ以外は割と上手く行っているようで、すぐに正社員に昇格。
俺は相変わらず仕事も上手く行かないし人間関係もボロボロのひどい毎日。
幼なじみが働き始めたせいで、休みが合わなくなって会うことが少なくなったが、相変わらずカルチャーの話をしたり、メールをしたりという関係は変わらなかった。楽しそうな彼女を見るのは救いだった。
とあるブランドのデザイナーと付き合うようになり、幸せだ、だけど時々むなしくなるという内容の日記。
俺はショックを受けた。なにそれ、知らないよ、そもそもなぜこの地方でデザイナー?
そいつの話によると、幼なじみは各地方を回って自分のブランドの期間限定フェア(?)をやってる30半ばくらいのデザイナーに口説かれ、関係を持ったということ。
俺は嫉妬に狂って、すぐそのデザイナーとやらの名前をググった。
ブランドは、すごく有名と言うわけではないけれど、コレクションとか出たり大手デパートでもちょいちょい取り扱われているような感じ。芸能人にも愛用者が数名いるみたい(本当かは知らない)。
そいつのブログを読むと、バカっぽい軽い文体でモデルと飲んだだの太っただのとくだらないことが書いてある。しかしあとは出身校で講義をしたとか、ウェブ上に大した情報はなかった。念のため2chのファ板も見たが、デザイナーの情報はなし。ブランド名もそんなに話題になってる感じでもないから、どういう奴なのかは分からない。
俺はどうしていいかわからず、彼女にもそのことを聞けずにいた。
「デザイナーは既婚者で、妻と別れるつもりが全然ないらしい。あの子もかなり悩んでる」とのこと。
そのデザイナーは、幼なじみとは地方フェアの打ち上げかなにかで知り合ったという。特別にブランドのワンピースだかなんだかを渡し、似合うと思うから貰ってくれと言ったらしい。
そして、よかったらこの服を着て俺とデートしましょうと言い、彼女を誘ったらしい。
その後何度かデートをし、そういう関係になった後、俺、実は結婚してるんだ、と告白したらしい。
そんな漫画みたいな話、にわかには信じられないけれど、どうも現実らしい。
どうみても自分には田舎の女の子が遊ばれているとしか思えんし、周りもそういう目で見てる。
でも幼なじみはまた美大にいた頃みたいに生き生きしてる。遠恋だし、不倫だけど、彼はつまんない日々に、ちょっとしたサプライズをくれると言っている。
こんなことは言いたくないが、俺にはちょっと彼女の気持ちがわかる。俺も故郷で、鬱屈としたつまらん何も代わり映えしない暮らしを送っているからだ。
しかし幼なじみが俺に新鮮な感情をくれていた。それと同じだ。幼なじみにとってそのデザイナーは、ちょっとした非日常をくれる存在で、それは俺には出来ない。悔しい。どうしようもない。
もしこうなる前に告白していれば、とか、俺があのとき両親の反対を押切って美大に行ってたらとか、いろいろなIFの話を考えては眠れなくなる日々だ。
最近は、幼なじみがtwitterで一喜一憂してて、その波が激しすぎてただただ不安になる。彼女の口からまたお金貯めて上京したい、とか聞くたび、頼むからこの子を連れて行かないでくれと祈ったりしている。
大学に入って暫くしてのことだが、某深夜アニメにはまってしまった。
そもそも大学入学まではアニメなどゴールデンタイムに観るぐらいしかなかったし、ジャンプなど漫画雑誌も購読していなかったので、そういうものに疎かった面はある。
初めて買ったゲームを朝までやり続けたように、どの程度が異常なのか、それともよくあることなのかがわからなかった。
きっかけはなんだっただろうか。放送をぼちぼち見始めて、世界設定や元ネタ、キャラクタを調べているうちにどっぷり浸かってしまった。
たとえ入口が一つであっても、そこから先は広いと分かった。それこそ考察・カップリング・作画・声優・公式・非公式・メディアミックス……全てに手を付けたわけではないけど、きっと望めば望むほどコンテンツは存在し、それが枯渇すると今度は自分が供給に回るのだろう。自分にはそれが深淵のようにも見える。そして自分はそれに覗き込まれてしまったのだろう。覗き込んだのは、どちらも自分自身だというのに。
気づけばアニメ系まとめサイトを逐一チェックし、公式のメディア展開に一喜一憂し、日常生活でもキャラクタ名を空目する自分がいた。それについて割と恐怖したし、自分を律しようと試みた。今のところそれは成功しているように思える。毎日のweb巡回ルートと、日々保存される画像を除いては。
またはサブカル系の考察や思想に手を出してみたが、こちらはちょいと微妙である。コンテンツと消費の話は個人的には面白いのだけど、妄執を解決するには至らなかった。
頭ではあの世界が、あの作品がフィクションであると解っている。解っているのにそれでもフィギュアを見たりアニラジなんかを聴いたりすると混乱する。混乱すると判っているのに、その情報を検索するのを止めない。
たまにSSや同人のたぐいを目にすることがあるが、自分自身はそれを好まない。メアリー・スーよろしくキャラクタとオリキャラを絡めたりするものもあるが――自己嫌悪に陥ってこれまた混乱する。少しでも想像すると自己中毒になる。
誤解しないでいただきたいのは、作品自体を批判したり、ファン活動や同人活動を嫌悪しているわけではない、ということだ。むしろ、何かに夢中になったり自分を捧げるというのは素晴らしいことのように感じる。自分にはその覚悟がなくて、自分で引いた境界線の前から、此岸から彼岸の人々を見ているに過ぎない。ぶどうを取れなかった狐のように、指をくわえて。それでもその線を越えようとしない、越えたくとも越えられないのは、越えれば自分が自分でなくなるとでも思っているのか、それをよしとする自分が許せないのか。
この「病気」とも言えるものは、きっとそのアニメのコンテンツを全て絶つか別のコンテンツに移行するか、同人も含めた全てが終わらない限り、一生治らない依存症なのだと思う。このまま距離を取り続けて、それがオワコン化しても耐えられるだろうか。……それはまだわからない。どこかで折り合いを付けるか、そこから別のものにシフトして昇華させる必要があるのだと思う。孤独な誰得チキンレースである。
一応偽者という可能性は残っているものの,概ね本物だと言っていいと思う
NPHについては事前にPWカーンを始め一部のレア,神話レアの情報が流出しており,
元々不穏な空気があっただけに「やはり来てしまったか・・・」といった感じである
んで本題2点
これまでだって数枚程度の流出はあった。近いところで言えばMBSの黒緑剣や白頂点のリーク等は記憶に新しいかと思う
正直にいってしまえば,MBS発売前のsakaki氏のリーク情報を元とした一連の流れは非常に楽しかった
真偽が分からず,後続の情報に一喜一憂していたMTG民も,全体を通して彼のリーク行為は好意的に受け止めていたはずだ
しかし,今回のフルスポイラー流出ではスレでもDNでも否定的な意見がそこかしこに見られる
前回と今回の違いは何なのか?
これは端的に「枚数の違い」だと考えられる
数枚程度ではフェイクを用意したと考えても,百数十枚のカード全てのフェイクを用意するとは考え難く,結果情報の信憑性は跳ね上がる
そうすれば後に残るのは「発売前の全てのカード情報」のみで,そこに議論や真偽を図る楽しみは見出せない
さて,ココで問題になるのは「では何枚までのリークなら許されるのか」である
数枚ならOK?では10枚は?20枚なら?20人が1枚ずつ別のカードをリークするのは?
この線引きを明確に行える人間は恐らく居ない。
「数枚なら許すけど,全部は止めてよ。空気嫁」などと一プレイヤーが線引きをすること自体がおこがましい事なのだ
今後も流出はおこるだろう。不思議な言い方になるが「リークする人間のモラルに期待する」しかないのである。
誤解を恐れずに言うならば,フルスポイラー流出の全責任はWizardsにある
流出を防げなかったWizards社はユーザーに詫び,今後どう管理していくのか明確に示す必要がある
MTGは世界中でプレイされ,年間かけて安くない賞金を出し,プロ制度を作っているカードゲームである
そこに金,時間が(あるいは人生さえも)かかっている以上,新カードの情報というのは簡単に流出させていいものではない
流出が起こるという事は,新カードの情報をいち早く手に入れられる人間がいるということであり,
それはデッキ構築やテストプレーを一般ユーザーよりも念入りに行える人間がいるという事である
そのような不公平を許しておく事はMTG全体の衰退に繋がりかねない
Wizards社は今回の流出者の特定とその処分を明確にプレイヤーに伝える義務があるのだ
以上,多少感情的に書いてしまったがMTGを愛するが故のこと。許して欲しい。
なんだかんだと言っても既に情報は流れた。
一線を越えるのはとても難しい。相当な体力がないとハードルを超えられない。
http://kirik.tea-nifty.com/diary/2011/04/post-4428.html
政府関係者やマスコミの人にとってはほとんど暗黙の諒解になっているほどヤバい話である。でも報じられない。何故か。報道を行って、仮に東京電力から異議をぶつけられて、あるいは巨額の訴訟を起こされたとき、耐えられるだけの証拠集めができるのかというハードルだ。
ネット時代になって、調査報道が緩和されるかと思いきや、むしろ大きな事件を扱う体力がないアトム的な活動ばかりになって、むしろ社会の自浄作用は失われ、脊髄反射のような論説で一喜一憂する傾向が顕著になった
いざ一線を越えてしまうのは、そう望んでいる人ではなく、むしろ平和や安定を望んでた人なのかもしんない。
http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20110419
簡単には離れられません。この仕事が大事な以上に、避難した先で仕事が見つかる保障がないからです。まして、福島県民自体が変な風評にさらされています。福島県民は採用しないとか、福島県民は嫁にもらうなとか、福島県民給油お断りとか…他県で生活どころか旅行すらできる気がしません。
放射能を浴びてる福島県民が近くにいたら、怖いかもしれません。感染はしなくても、服についてたのが飛び散るとか思う人もいると思います。そういう考えを否定しませんので、どうかその場をそっと離れてください。気がつかないように。あからさまな看板を出したりしないでほしい
そして、一線を超えたら、もう戻れない。日本の経済とか社会はもとに戻れるのかもしれないけど、
少なくとも当事者たちにとって、世界はもう以前とは全く別のものになってしまって、元には戻ることはない。
そういう「難民」がいっぱい出るんだろう。
ゲスな話をすると
「一般の人達はレイプされた女性について罪の意識を感じたくないから見て見ぬふりをする。
レイプされた女性は外聞を気にして閉じこもる」みたいな構図で、両者の間に壁ができてしまうような感覚。
綺麗なままでいたい善人は、臭いものに蓋をしたい。 臭いもの扱いされた側は外の人間の無関心や差別を避けたければ閉じこもるしかない。
そうやってお互いがお互いを遠ざけてしまい、臭いの原因は一切取り除かれない。
将来的に取り除かれたとしても、その頃にはもうお互いが「それは臭いものだ」「どうせ俺は臭いですよ」という認識で固まってしまう。
変化があるとしたら実態があるときは上下関係だったものが、せいぜい左右関係になるくらいか。
両者が深いところで分断されてしまう。そして、二度と戻れなくなる。そんな気がする。
これからの東京と東北の関係は日本と沖縄、中国と台湾と同じくらい遠いものになるんじゃないだろうか。
殺したいほど憎いのに、気づけばその人の一挙一動を追い一喜一憂している。
はやくもっと苦しんで無様に泣けば良いのにと、その気持ち一つでずっと生きている。
あの人は酷く自分に似ていて(それは外見でもだし内面でもだし、あるいは育った環境だってそうだ)だからこんなにも苦しい。
でもそれは自分だけれど決して自分じゃなくて、知らない場所で笑ったり怒ったり食べたり眠ったりしている。
それはとても不気味な事だ。
もう一人なんていらないのにと思うのだけれど、きっとあの人も同じことを考えているのだろう。
ふと考えた。
もし本当にあの人が死んでしまったら自分はどうするのだろうかと。
一晩考えて、多分、一緒に死んでしまうのだろうなと結論付けた。
資本を握ってるかどうかなんてのは関係ないよ。
資本を持っている奴は使わないという選択を持っているが、それをすればするだけ奴隷から睨まれるので適切に放出しなくてはならない。
そういう意味では資本家もシステムに組み込まれているし、資本家に自由意志など存在しない。
ゆえに我らはアリや蜂のような社会性昆虫と同程度の振る舞いしかしていないのであり、そこに優劣なんぞない。
せいぜいあるとすれば、外敵が来たときに死ぬ順番が奴隷から回ってくる程度のものであり、その順番は早かれ遅かれ一世紀で大体の人間が回ってくる。
つまり誤差程度の物でいちいち騒いでるのが個人主義や出来そこないの奴隷であり、その誤差程度の物がたまたま大きく見えただけで一喜一憂するバカもそれらに多い。
人生の一発逆転という悲しい夢 http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20101128 のエントリを見て。
自分は発展途上国の生まれではなく普通の日本人だが、スラム街からほぼ自宅勉強だけで有名大学に行って、
誰もが知っているような有名企業ではないがホワイトカラー的な仕事にありつけた経歴を持っている。
努力してたまたま上手くいったから悠長にこんな文章を書けるのだが、努力しなければ逆転の可能性は皆無なのは言うまでもない。
もちろん自分の能力だけではなく運による所が大きかった事まで否定する気はない。
逆転といっても大きな逆転ではなく、マイナス50からプラス10くらいになれた程度の事で最初からプラス30-50の立場にいる人に追いつけた訳じゃない。
前置きが長くなった。
スラム街っていうのはざっくりし過ぎた表現だけど、自分が育ったのは元記事の言葉を引用するなら「貧しくて学のない者たち」しかいない地域だった。
工場、零細土建屋、零細不動産屋、運送屋、場末のスナック、パチンコ屋、個人商店が地域の主力産業で、
地域住民は中卒高卒、たまにFランク大卒がいて作業服着用がデフォな人々で構成されていた。
そういう地域というのは宝くじもそうだが、酒、タバコ、漫画やゲームがよく売れて、サラ金、ギャンブル、外食、風俗、新興宗教、中古車屋、改造パーツ屋が儲かる。
ワークライフバランスが取れていて、ゆとりのある生活を送っている人は金を計画的に使うことができる。
しかし「学のない」「愚かで貧しく、現実に絶望している人」は精神的にも肉体的にも相当追い込まれるキツイ仕事をして少ない収入を得ているため、
出費の歯止めが利かない。わずかな収入を使ってでも現実逃避手段を確保しないと気が狂ってしまう。
例を挙げるなら、現実逃避手段を食事に設定している人は過食症気味になってブクブク太る。貧乏人ほど太るというのはこれである。
酒に設定している人はアル中になり、新興宗教に設定している人はそのままカルトな信者さんになる。
現実逃避手段の確保がうまくいかなかった人が家族殺し、一家心中、幼児虐待に走るのだろう。
そういうのが身近な世界にかつて身を置いていたためよく見える。
じゃあ、そういう世界から、抜けだしてまともな世界に行くにはどうしたらいいのか。
大学に行ったから将来の成功が約束される訳じゃないが、行かないとスタートラインに立てない。
大学に行くまでは自分と似たタイプと付き合うべし。多様な人間がいるから中学高校はいろんな人間がいる学校のがいいとか言い出す人がいるが、
中学高校の多様な人付き合いなんて社会人目線で見たら全然多様じゃない。
自分と似たタイプ、似た境遇の人間が集まる環境のほうが一生ものの友人が出来る。
生まれ育った環境がクソな場合、まわりにいる低学歴者や貧乏人が
「真面目に勉強する奴キモイ」「ガリ勉カッコ悪い」「勉強頑張ってもいい事無い」「金持ちが幸せになれるとは限らない」
と色々言ってくるが、大半は自分の境遇を正当化したいだけの言い訳なので聞くに値しない。ウザイなら付き合いを切ること。
実際、成功者を僻んだり成功者の人格批判をするくせに、成功者が足を踏み外して落ちぶれたら卑屈な笑顔を浮かべて喜ぶ輩が
「学のない」「愚かで貧しく、現実に絶望している人」のコミュニティにはかなり存在する。付き合うほど損だ。
どこの学校か、どこの地域に住んでいるか、どんな仕事をしているかでコミュニティのレベルは全く変わる。馬鹿しかいないコミュニティにいて賢くはなれない。
福沢諭吉を批判する訳じゃないが、実際問題、天は人の上にも人の下にも人を造っている。人間皆平等とほざくのは安全圏に身を置いている金持ちのみ。
自分の生まれ育った環境がクソすぎると思っているなら、その環境を捨てる事を前提に考える。家族がクソなら出来るだけ自宅から距離を置くこと。
感情を殺せとは言わないけど、逆境というのは不愉快な思いのオンパレードなので、日々一喜一憂せずに淡々と成すべき仕事に専念しましょう。
「学問のすゝめ」ってそういう内容だったのね。
俺みたいな成り上がり系キャラは特定の分野を重点強化してきた奴が多いからカバーしてこなかった分野(文化的教養とか)は弱いんだ。
余裕が出来てから苦手分野を補強します。
お前らこそが日本の癌ってことに早く気づこうぜ。
鳩山のときもそうだけど、日本のトップを馬鹿にして喜んでやがるクズども。
それを馬鹿にするってことはイコール自分たちが馬鹿ってことだぞ。
しかも外国人にルーピーって馬鹿にされて大喜び。馬鹿じゃねーの。
恥ずかしくないのか。国辱行為に喜ぶなんてお前らホントに日本人かよ。
自民信者は麻生は政局よりも経済政策を優先させて偉いとか言ってるが、
一丸となって経済政策すべき、っていうんならもうちょっとは今のトップ応援しろや。
お前らこそが日本の政治をぐらぐらにしているわけ。
一年ごとに総理が変わるのもお前らがトップを見捨てているからなの。
無能はお前らだっての。いちいち総理やめさせて何がしたいんだよ。
政策が気に入らないってんなら提言すりゃいいの。陰口の言い合いなんてレベル低すぎだよ。
ネットで人気の評論家連中はベーシックインカムなんて夢物語に逃げ込んでるしな。
「これで全て解決!(キリッ」てか。それってハルマゲドンでぜんぶ綺麗になるっつってたオウムとどう違うんだよ。
でかいこと持ち出してぎゃーぎゃー言い合ってるだけで今の問題が解決したら政治家なんていらないよ。
ほんと、アホばっかだわ。こんなニュースばかり見てると日本に帰りたくなくなるね。
こっちじゃ反対するにしても「いかに政府に届かすか」をきちんと考えて行動してる。どんな奴でもな。
大阪住まいだけど、こういう事がしたい!って人間は京阪神育ちだろうが他の地方育ちだろうが首都圏に行くんだろうな。
頭の上に天井を作った、自分に限界を設定した人間しか田舎に住まない。
何か面白い事をしようと考える人間が、周回遅れで最新情報が入ってくる地方都市に住む訳ないよね。
「身の程を知れ」「世の中そういうものだから」「諦めろ」「割り切れ」「現実を受け入れろ」「頭で考えるな」「我慢しろ」「甘えるな」「君は何歳なんだ?」
みんな親の老後が気になるから、首都圏での暮らしに疲れたから、東京が合わなかったから、地元が大好きだから、
さまざまな理由を口にして実家がある地方都市に帰ってきた。あるいは、最初から政治経済の中心に行こうともしなかった。
好奇心がなかったから。リスクを恐れたから。冒険心がなかったから。何の挑戦もしないで地元でラクな暮らしをしてるのが心地良いから。
でも、そんなことは口にはしない。本音を言うのが怖いから。ただのチキン野郎でしたというのがバレるから。
そして自分の現状を正当化する言い訳を並べているうちにネットでよく見る社畜のできあがり。
「身の程を知れ」「世の中そういうものだから」「諦めろ」「割り切れ」「現実を受け入れろ」「頭で考えるな」「我慢しろ」「甘えるな」「君は何歳なんだ?」
というセリフが大好きになります。
全てを諦めてるの。現実に起こることを全て受け入れるの。他に目を向けたらもっと明るい世界があるのに見ようともしないの。
考え方が抑圧的で権威主義なの。スケールの小さいことに一喜一憂してるの。
被害者意識が強いの。嫉妬深いの。自分よりも不幸な人を見たら嬉しそうにするの。
仕事で何か面白いことをしよう!って人が東京以外に住むわけないよね?
ヒトモノカネ情報の経営資源面でものすごいハンデ背負うのに。地方都市に住んでるだけで。
東京の大企業やベンチャー企業の真似したママゴトアソビがしたいだけなんだよね。
で、自分たちがやってる事よりもレベルの高いものを見せられたら被害者意識と劣等感を表情に滲ませて言い訳するんでしょ。
ああ、つまんないですね。