はてなキーワード: スーパーマリオとは
質が高い低いっていうけど、べつにたとえば、どこぞのソーシャルゲームだって 5年10年すれば 画質は上がっていくだろうに。
その時にPhotoshopが売れなくなるってことはないと思うが?逆にPhotoshopはどんどん高品質化していくんじゃないか?
いま、その手のものが売れているのは、フィーチャーフォンという画質とCPUのバランスに合わせているからで
あと、質っていうのは、作り手から見る質のパラメーターと買い手からみた質は違うから、そういう意味では古典みたいに、必要とする人がいなくなった質は滅びるだろうけど、必要とする人がいる分野で質が上がらないということは無いと思うよ。競争原理的に。
前者はどちらにも全く同じラインナップが揃っている事が前提じゃないと成り立たない。スマートフォンでスーパーマリオやポケモンが遊べるわけでもなし。
複雑なコマンド入力が求められる格闘ゲームも無理。精緻な入力が求められるFPSも無理。
スマートフォン版はどんなに頑張っても、ゲーム機版のサブセット的な位置づけから抜け出せない。ハード、ソフトどちらの性能もゲーム機の方が遥かに制約が少ないんだから。
後者だって、そもそも携帯ゲーム機ですらプレイ時間の大半は自宅内なんだから大した影響は無い。わざわざ外に持ち出して遊ぶ層は専ら子供なわけで。
これだって、操作性やらスペックやら何やらがゲーム機と同等じゃないと成り立たないよね。
現行のゲーム機用ソフトだと10人対10人のオンライン同時対戦可能、一度スタートしたらたっぷり30分かかるとか当たり前のようにあるわけだけど、スマートフォンではそういった需要を取り込めない。「さっと遊べて、すぐに終わらせられる」というのは利点のようにも見えるけど、ゲーム機を食う上では制約でしかない。
演出ってのは、スーパーマリオで言うところの「下からブロック叩いたらコインが出てくる」とか「キノコを食うと大きくなる」だとか「高いところから旗に着地すると沢山得点が貰える」だとかのこと。ギミックとも呼ぶ。
アングリーバード以前の物理ゲーと呼ばれていたそれらは物理エンジンに胡坐をかいて、物を壊す以上のことを考えてなかったの。
物を壊す主体が鳥だったり、失敗すると豚がどや顔したりといったゲームの為の物語の機微がなって無かった。そこが大きな違い。グラフィックは演出の要素だけど、演出はグラフィックで為されるものじゃない。注意召されよ。
まああれだよ。FPSの元祖DOOMとFPSの代名詞HALOで何が違うのかを考えてみればおのずと答えは出てくると思うよ。
HALOの中二っぽい世界観(宇宙の戦士がベースなんだけど)は調べると結構病み付きになるw
(追記:もっとも、DOOMもHALOも厨臭いSFマインドから出てきたような作品なので、どっちが悪いとか無いかもしれん。どっちも売れてるし。)
考察が浅い。
モバゲーは「簡単」だから流行ったんじゃない、「空いた時間に出来る」から流行ったんだ。
電車に乗ってる時間、トイレに篭った時、そうした空き時間にちょっとできる手軽さが受けた。
そして、優劣が絡むと、それを空き時間でないときまでやりこむ人間が出る。
時間の差を埋めるために金を使うものも出る、そうした話。
あと、「単純さ」と「簡単さ」は別の話しだ。
ゲームが退化していると言われるのは、簡単にした上で、単純にもしてしまったため。
空き時間にちょこちょこやることを可能にするため単純になった部分を、他人と結果を比較する、「俺Tueee」を体現させる事でカバーしてる。
これが退化でなくて、何だと言うのか。
例えば、「(評価の高い)スーパーマリオ1のテーマが、「ジャンプアクションによるアスレチック性」を追求したとするならば、(これまた評価の高い)スーパーマリオ3は、要素を盛り込みすぎて、テーマがぼやけていないか?」といった議論が出来る。
いや、ぼやけてないだろ。少なくとも3は。
まず、愚痴のような物から。
今まで増田にいくつか記事を書いてきたが、書いても(さも引用先の作者が考えたように―それもそれなりに名の通った人だったりする場合もある―)無断引用でパクられるか、ボコボコにされるか、無視されるかで、あまり良いこと無かったな、と思いつつ、なぜまた今、増田で記事を書くのか?ということを考えると、やはり自分の考えを世に問いたい部分があるんだろうな、と自分に対して思う。
もちろん、自分の記事でも、それなりに説得力のある意見もあったのだろうし、全然見当違いの意見もあったのだろうが、もうちょっと手の内を見せない方が良いのかも知れないな、などと思う。実際、ウェブで見れる情報は、プロで書いている人も、ほとんどの人が「今までの意見を整理する」だけで、金を払っても良いような「面白い見識」の割合は少ない(そりゃ、誰でも自分の商売の核心的なアイディアは話さないだろうけど)。
いやいや、金を払っても良いような意見が無料で手に入れられること自体がおかしいじゃないか、とは多分その通りで、現状でも厳しいライター諸氏はさらに食いっぱぐれてしまうと思う。もっとも、私の書いた記事がそのまま金になるのか?という点に関しては、自分でも疑問だと非常に思うが、現実的にさも自分が考えたように部分的にパクられて商業活動に利用されるとこちらとしては脱力の限りだ(彼らは、どこかで見た記事を無意識のうちに利用しているという認識かも知れないけど)。
個人的には、勝手に使うのはかまわないけど、せめて、「ちまたは~という意見もある」なり書くのがせめてもの物書きのプライドだと思うのだが。
……と、いったゴタクはどうでもいい話である。
「最近のゲームの元気のなさの理由」を考えたい。一部しか書かないけど。
まず、ラノベの話からする。
単純に「ライトノベルとは何か?」と問われた場合、一番簡単な答えの一つに「ライトノベルとはキャラクター小説である」というのがある。
だが、「ほう、なるほど。ではキャラクター小説とは何か?」と説明を求めると、あまり歯切れの良い答えは返ってこない気がする。最近、これに対する単純な回答を一つ思いついた。「”まず、テーマありき”が文学、”まず、キャラクターありき”がキャラクター小説(ラノベ)」。
バカ売れしている村上春樹の「1Q84」でも良いのだが、あれがラノベではなく文学と言って通るのは、作品が「まず、テーマありき」で作られていて(例えば、9・11テロ以降の混沌とした世界がうんたらかんたらとか)、そこが作品のコアだからだと思う。
「ラノベにもテーマはあるよ」といえば確かにそうなんだが、テーマの重み(重大性や芸術性、事件性)が違うんだろうなと思う。
具体的には、テーマはむしろ昔からある使い古された物の方が良いし、その予定調和を打ち破るキャラクターの立ち具合が何よりも優先される気がする。
……ええと、何の話をしていたっけかな。
では、結論から書くと、「最近のゲームはゲーム性が低いのではないか」というのが理由の一つだと思う。
と言ってしまうと、「うわっ、今さら”ゲーム性”かよ」「じゃあ、ゲーム性って何?」といったお得意の議論の無限ループに入るわけだが(というか、シラけて誰も反応しないほど手垢にまみれた議論であるが)、ラノベの話はその辺の議論を一時停止するために持ち出した。
「文学性とは何か?」と考えた場合、「”まず、テーマありき”が文学」と書いたように、「文学的にしか出来ない表現でテーマ(強力なメッセージ)を表現するのが(純)文学である」という一つの回答があるなら、「ゲーム性とは何か?」と考えた場合、「ゲーム的にしか出来ない表現でテーマ(強力なメッセージ)を表現するのが(純)ゲームである」という回答もまた成り立つのではないか。
「何も言っていないのと同じだ!」という人もいるかも知れないが、要するに言いたいことはこういう事である。
例えば、「(評価の高い)スーパーマリオ1のテーマが、「ジャンプアクションによるアスレチック性」を追求したとするならば、(これまた評価の高い)スーパーマリオ3は、要素を盛り込みすぎて、テーマがぼやけていないか?」といった議論が出来る。
そういう議論の延長で最近のゲームを見ていくと、例えば、「ストーリー……主人公の台詞かなんかでそのゲームのテーマを直接文字や声で説明するゲームは果たしてゲーム性が高いのか?」や「盛り込みすぎてテーマがぼやけているゲームが多すぎないか?」、「ここ最近、新しいテーマに挑んだゲームがどれだけあるんだろうか?」という疑問にも繋がる(ちなみに、最後の疑問に対して「ソーシャルゲーム」という回答にむらがざるをえないほど、業界が切羽詰まっているのも実情であろうと思う)。
ゲーム性が高くないゲームは、ゲームというメディアとしての特徴が弱いわけだから、ゲームとしての長所が活かせない。
利益率が低いし、第一売れない。爆死、爆死の連続である。もちろん、「だから最近のゲームクリエーターはなっていない!」といったような話ではなくて、「ゲームビジネスの難易度は確実に上昇している」。ただ、構造的な問題は大きいが、それ以前の問題の作品もまた多い気がする。
確実に言えるのは、「暗黙知」の部分が大きすぎるという点だろう。体系としてノウハウが蓄積されていないのである。そして最初の話にも繋がるが、要するに日本では手の内を見せない人が多いのである(かといって海外が天国というわけでもないと思うが)。「堀井雄二」を知っている若者がいないと嘆くなら、彼の偉大さをちゃんと伝えてきたのか、まず自分に疑問を持つべきであろう。
まぁ、そういうことを書きながら私も全部は書かないのである。そんな所だ。
追記:おお、思ったよりボコボコにされてるなあ。だからみんな萎縮するんだろうなあ、と思いつつ。となると、やはり無名の開発者が自分の見識を発言しても益はないし、実名出してもあれだけ叩かれるんだから(有名ブロガーとかね)、チキンにどこの誰だか分からない増田に書いても人権はないよなあと思った。というか、特に日本を含めた東アジアでは、誰が話すのかが重要であって、内容はあまり問われないのかも知れない。そもそも日本でどれだけフラットな議論が成り立つのか、という話にもなるけど。
ゲームは昔ファミコンでやったスーパーマリオからずっとずっととても好きだ。
会社でも仲よくしている人たちに私のゲーム好きは周知だ。カバンにPSP入ってるし。
そんなうちの会社に新人が入ってきて「俺オタクっす!」と自己紹介した。
見た目は今風のさわやかな感じだったのでみんなが「へーギャップ」「いまどきはこんなオタクもいるんだな」という空気。
歓迎会の飲み会で彼が「この中でオタク友達になってくれるひとー?」みたいなことを言ったとき、みんなが一斉に私の方へ視線をよこした。
「あ、オタクっすか?今期のアニメはどれがおすすめっすか??^^」
もはやチンプンカンプンだ。私はそんなもの知らないし、教えてあげられるとしたら
困惑していると「恥ずかしがらずにいまどきはカミングアウトしても割といけるっすよ」と
何故かさとされた。
この一件から会社の他の人たちにも「私=アニメオタク」というレッテルが貼られて
仕事が遅くなって帰り際「今日も深夜はアニメ見るのかー?」とかそんなこと言った覚えのない言葉で見送られたりする。
少し前にここでも「オタク=アニメ」みたいなのいつから?みたいな話があったのを読んでたんだけど
フレンドリーを装った彼の災厄のせいで非常に迷惑を被った。
私が好きなのはゲームなんだわ。
だから君と話すことはあんまりないと思うよ。
と今週こそ言おう。
暫くはてな村というところを観察していて、
はてな村というところは、特に表通りはホッテリ(っていうんだっけ?)乞食が跋扈する世界だというのが分かってきた。
特定ユーザーがホッテリしやすい構造になっているはてなだけど、
ホッテリに入る一番簡単な方法は、ホッテリに入っている記事や人を叩くことだね。
そこらへんをよく分かっているアクセス稼ぎに熱心なアルファブロガーいう部類の人達(404の人とか)は叩きが大好きで、火の手が上がった所にはほぼ儀式であるかのように、必ずその火の光を浴びて注目を浴びるべく参加する。
近頃で言えばひがやすおとかいう人(http://d.hatena.ne.jp/higayasuo/20090619/1245401284)とか色んな人が梅田望夫さんに何度も粘着して
スーパーマリオのコインブロックのように何度も叩いてアクセス/はてブ稼ぎに励んでいる。
梅田さんは何度叩かれてもコインを吐き続ける、大変優秀なスーパーマリオのコインブロックだ。
はてブユーザーの行動もかなり単純で画一的で、ホテリ狙いの人達にはどこに餌を垂らせば良いのか読まれがち。
普段大したブクマが付かない自分も、この前もホテリ叩きをしたらそれだけで1日程度で100個OVERになりホテリ入りした。
はてなもそうした「叩き合い、足の引っ張り合い」を放置して炎(上)に引き寄せられるはてな民によるアクセス稼ぎでウマウマ状態を享受しようとしているのだから
叩き・叩かれでのトラフィックExchangeが成立し、止める者もいないままギスギスした雰囲気はますます進んでいく。
その結果、世間一般での役割分担として、やっぱ一般人はアメブロだよね、ということになるのだろう。
はてダにおいて叩き合いフリーダムな文化を維持し、はてブ・増田などで更にそんな文化を更に助長してきたはてな。
悲鳴を上げる人達には自己責任との流れで冷たく見捨て、支配下のはてなブックマーカーに更なる攻撃をさせ敵対者を沈めて村としての結束と繁栄を維持してきたはてな。
それは確かに一部では凄く盛り上がるけど、全体としては他に比べるとリーチがそれほどでも無いというサービスになってしまう結果に。
そこがはてなが一部の人を強く引きつける要因であり、またid:jkondoの望みとは裏腹にマスには届けないという限界の要因なんだろうな。
インターネットの世界では先行者メリットが大きいというけれども、ブログで先行していたはてなはそれでも後続に追い抜かれていったというのは、そういう事の積み上げの結果だろう。
自分ははてなという存在は、「ヲチ板2.0」(2chのネットウォッチ板ver2.0)という呼称が似合っていると思う。
アカウント持ちでも、実名でも、匿名でも相手を叩け、はてブにより全方位どのサイトでも叩く事が出来、またホテリにより集合知を活用した集団叩きも可能な、ヲチ板の進化系だ。
この村で暮らしているとこうなってしまうんです。
それはあくまでもそういう流行が今起こっているだけで、それがずーっとスタンダードになるという事ではない。
現に、PS3でストリートファイター4、龍が如く3、バイオハザード5、無双OROCHI、KILLZONE2が出てた2~4月はWiiよりもPS3の方が売れてた。
手軽なゲームしか楽しまない客層ってのは、ちょっと退屈するとあっさりと飽きて見向きもしなくなってしまう。今お茶の間でホコリ被ってるWiifitとか全国に何枚あるんだろうな。
しかもこれまでの同シリーズと比べて売上どうなの?
ゲームの将来を語る上で、つなぎとしては十分だろうけど未来なくね?
手軽なゲームしか楽しまない客層って言うけど、20代以上でゲーム卒業しましたって人たちを回帰させなきゃ、ゲームの将来ないじゃん。
主観入ってるけど、これくらいのキラーソフト出さなきゃお茶の間どころか倉庫でホコリ被ったままになる
こればかりは「絶対に行かない」と断言できる。アメリカですらPC用よりもコンシューマ用の方が遥かに多く本数稼いでるわけだし。
ハイスペックPCを自分で運用できるような人間だけを相手にしてたら商売なりたたない。それこそ1本100万円くらいの価格設定なら話は別だけど。
いきなりハイスペックじゃなくて、PCでゲームをするということから広めよう!
MSにセカンドPC用としてゲーム向けOS出してもらって、さらにゲーム作成用Visual Studioを利用して簡単にゲームの作成、.net上でプレイとか無理かな?
http://anond.hatelabo.jp/20090414021535 の増田です。
今日も母、なんか体調悪いみたいで殆ど家事をした形跡なく、寝てるんですよね。
気圧が低いとこんな感じなので大丈夫なのかなあ。
と、思ってたら父帰宅で即座に起き上がりお茶を淹れ始めました。
配偶者を大事にしている所は本当見習おうと思います。
なるほど。韓流と漫画をくっつける!という観点はありませんでした。
しかも景福宮は前に旅行で連れて行ったから喜ぶかも。
ありがとうございます。
あー本当、なんか昔のドラマみたいでわかりやすくてよい!
とはよく言ってます。彼女の友人達も口を揃えて言っております。
でも最近なんか飽きてきたみたい。友人同士の付き合いのために見ているんじゃないの?
という発言が増えてきました。
わー!なんかこの漫画は自分も読んでみたいです(アマゾンレビューを読んで。)
未だに子育てしたい人なんで(未だ孫がいないんです。私の兄弟にも子供がいないので)喜ぶかも。
最近は桜が綺麗だったので何日かに分けて5カ所位色々歩いてきました。
万歩計が一緒になってるDSのソフトもプレゼントしたので、一万歩越えた!と喜んでましたよ。
一回入院した時はもう元気に歩き廻ったりできないんじゃないかな、
と思ってたんですが、今は大分元気です。
来週あたりこっちは八重桜が咲くので午前中は一緒に歩こうかと思ってます。
手塚漫画というのを読んだ事あるかと母に聞いた所、あれはもう少し若い子が読む物じゃないんでしょうか?
というやりとりをした事があります。
サザエさんは田舎の家にあったので大分読んでたはずです!四コマ漫画からいけるかなー。
母の実家には子供の頃近所のお坊さん(祖父と懇意)から貰ったという仏教漫画がありました。
絵柄は聖☆お兄さんにほんのり似て…無いな。戦後直ぐの発行でした。
なので複数コマの漫画も読めなくはないかなあと思ってます。
もちろんコマほぼ長方形ばっかりという美しさなんですがね。
やっぱり共感もてないものですかね。
例えば「不思議な少年」とか「車輪の下」とか「赤毛のアン」とかは
文化圏も時代背景も違えど、今でも読まれてます。
異星人ではないので何かしら心に響いてくれる物があるとは思いたいのですが。
DVDを借りてきて座って見て貰うのは安直過ぎて、老化が進んでしまわないか心配。
しかし、テレビでも若い人向けの内容だと音声はいいのだけど
映像は目まぐるしいとはよく申しております。
ビデオゲームを興じる80代のおばあちゃんの2chまとめスレッドを読んだ事あるのですが
うちの母には無理ですね。。スーパーマリオは目が疲れると20年前でも言ってました。
という訳で、漫画はやっぱり考え直した方がいいのでしょうか。
どうでもいいんですが母が「お一人様の老後」という本を買ってました。
母よ何がしたいんですか。夫婦仲は良さそうなんですが。
ストーリーとは、語られるもの。
つまり、観測すること、それを解釈することによって生まれるもの。
従って、スペランカーでもスーパーマリオでも、それぞれのプレイによる「動的な」ストーリーは生まれる。
…ってのはおいておいて、そういうインタラクティブなストーリーで言えば
「ガンパレードマーチ」とか「ワールド・ネバーランド」なんかが一昔前に流行ったように記憶してるね。
また、最近流行というわけでもないけどwiz系の(ってかTRPGの進化系)「世界樹の迷宮」「剣と魔法と学園モノ」なんかも、勝手にストーリーが醸成されていく系のゲームなんではないだろうか。
それらすべてにAIは関連してこないかもだけど、「固定化されたシナリオ」の中にもゲームらしいゲーム性が入り込む余地は、まだまだあるんじゃ長門か。
元増田です。
思った以上に読まれたみたいで嬉しい。
いくつか反論つーかコメントさせてもらうわ。
あと、俺が探してた本結構面白かったんで発表しようと思ったけどやめた。これは別のところでレビューでも書いてくる。
セカチューとか美しい国へとかてきとうに例として取り上げただけなのに、その本はどうこうとかいちいち細かい点つっつく奴いるくらいだから、具体的な書名書くとバカがつまらんところにこだわって、「その本はなくて当然」「ウチの近くの本屋にはあった」「ウチの近くのブックオフにはなかった」「マイナーな作家だからなくて当然」とか本題に関係ないこと一生懸命取り上げだして話がブレるし。
問題は具体的に個別の本のタイトルの店頭在庫のあるなしじゃなくて、「一般の文芸書で、そこそこ有名な作家の本だがベストセラーとまではいかず発売は2年ほど前。まだ文庫化はされていない。」という感じの本が、新品で買おうと思っても殆どの本屋になくって、ブックオフならありそうって事なんだから。
でも俺が買った本のヒントはどっかにあるんで特定したい暇な人はどうぞ。
>、商売というのは利益を生む為にやってる。
>文化じゃ飯を食えない
>いやだから新刊書店もブックオフも文化のためにやってるわけじゃないスから
>まぁ、ここ10年、5年でもいいや、に出た本を全て置いてある書店、というものを想像するとそれがどれだけ非現実的かは分かると思うんだが。
そりゃそうなんだろうよ。
でも、同じく商売でやってるブックオフは、商売でも成功してるし文化にも貢献してるよ、このままじゃ商売でも負けて潰れるよって話をしてるの。
しかも新刊書店業界(?)の連中はブックオフが文化を破壊とか偉そうにいってるのに、ブックオフに劣るって恥ずかしすぎるからなんとかしてくれと。
でもその状況の中で努力しようよ。
>チラシの片隅に「地域文化を守る○○書店」とか書いてあると、「文化を守るんだろ?△△おいてなくて、何が文化だよ」と、バイト店員締め上げたりするのだろうか。
実際に締め上げると犯罪なのでネットで鬱憤を晴らしているのですがなにか?
>2年で消える「文芸」もダメなんですよね。『人間失格』や『こころ』みたいな本は今後現れるんだろうか?
新しい文芸をそういう作品レベルに育てあげていくのも本屋のレゾンデートルの一つなんじゃないの?
ちょっと「ファミコンのゲームは良かった」っていう懐古厨っぽさを感じなくも無い。
「スーパーマリオ」を今やっても楽しいかもしれないけど、それより新作の方が普通におもしろいよ?
>追記も読んだ。「守り伝えたい」のは誰かといえばそれは市民の総意であって、夏目漱石や芥川龍之介や太宰治が未だに新刊として売られている点についても考慮する必要があるのでは?
下手するとそれらの本ですら街の本屋よりブックオフの方においてなくね?
「市民の総意」に答えないところは淘汰されていく、という気がするんだ。
>ここまで、新刊と古書の併売の話題がまったく出てきていないのだが、一体どういうわけだ?
おまえが書けばいいんじゃね?
>ブックオフに期待して新刊を買い控えるのは最大の愚行。欲しい時に買うのが一番。
俺は発売後2年たってから欲しくなったの!
それで欲しい時に置いてないってどういうことなのと。
ブックオフで新しい本と出合うことは結構多い。
本屋の方が少ない。
>専門書
僕なんかがほしがるのはバカな一般大衆とは違って、まともな文芸本(笑)が多いから、どうしてもブックオフメイン。
とくに古いまともな文芸本(笑)なんて街の本屋さんにはほぼ置いてないし、あっても捜すのが大変すぎる。
こうですか!?わかりません!
>映画館
もう映画見るときは大都市とかシネコンまで行って見るので小さな映画館事情はあまりよくわからん。
昔、新聞屋に映画の招待券貰って一回だけ「街の映画館」的なところに行ったことあるけど非常にしょっぱい状況だったのは印象に残ってる。
>その店に増田さんの求める「文化」がなかった、ってだけの話なのではないかなあ。学参やお料理の本はあったんじゃない?
ブックオフには「学参やお料理の本」もあったし、俺の求めた「文化」もあったんですよね。
> 同じ事象についてのそれぞれ感じること思う事は違うので「理解されてない」というのはお門違いだと思う
いや、俺は文学(笑)を書いたわけじゃないから、読み手の解釈に任せるとかそういうつもりは…
事象を書いただけじゃないし。
>ふられた腹いせですね、わかります
限りなく正解に近い。
というか最初のエントリーで俺がツンデレであることをさりげなくアピールしてたのに、「この増田は本気で本屋さんを潰そうと画策している本屋業界の敵だ!戦わなくては」的に受け取った人がいそうでちょこっと悲しい。
べ、別に街の本屋さんがなくなったら寂しいなんて全然これっぽっちも思ってないんだからね!!コンビニで新刊本買えればあとはブックオフで十分なんだからっ!
(……バカバカ!あんなこといって本当に街から本屋さんがなくなっちゃったらどうしよう!)
なんか面倒になってきた。
まあ最後のがまとめってことで一つ。