はてなキーワード: ギークとは
広告業界人がどうであれ、佐々木俊尚さんは言論人としてはたいしたことはない、という一般人としての評価だけどね。
一般人というか「ITジャーナリスト」をみるギーク目線だね。彼が「キュレート」する元ネタ書いてる人らは知の巨人だけど、リーグが違う。
日本の偉大なキュレーターって誰がいるかな?まあ政治経済、安全保障の世界では、青山繁晴さんだろうな、間違いない。
しかし我が国のコメンテーター(佐々木さん含む)の「売れ方」っていうのも歪だね。
やっぱ強いのは、その道の実務をやっていた人で、政治経済のコメントでも元官僚の人らはさすがにいろいろ的確。
佐々木俊尚さんで言えば、あの人ITのキュレーターとして売ってるみたいだけど、その世界の実務経験がないのが徹底的に弱い。
キュレーションっていうのは、自分は空っぽだけど、情報収集はしていてパッケージングして商品化する能力はあるんですよ、って事じゃないんだよ。
元々その人がもってる知見のすごさに基づいて、混沌としてみえる世の各種事象を関連づけて、必要ならば新しい概念化さえしてまとめあげる事なの。
日本人が自己主張しないのは、和の美徳と相まって往々にして出る杭は打たれると云う悪習にもよる。
さっきの広告業界の人らと佐々木氏のやりとりでも思ったが、なんと自己主張のしにくいことよ。
僕なんかはさしてシガラミがない立場なので(もともとそういう方向性を指向してきた一方で社会的に無責任であると言い換えることもできる)
こうやってTwitterで好き放題言えるんだけど、ああやって社名を出してケンカするぞ!と恫喝するのは、そうやれば黙るという暗黙の了解があるからだろう。
佐々木さんはさ、言論人のつもりならば(僕はすでにTLで書いたようにまったくその専門性を評価していない)なんかやるならば言論でやれよ、って思う。
君がやってるのは、そういうシガラミで自己主張できないのを悪用した恫喝だろ?”
森さんが最後に書いておられるように、個人の見解と会社員としての見解は異なる。
言論の自由とは前者のことを指し、佐々木さんはそれをXX社のだれだれと会社員の属性を強調する形で、言論の自由を抑えこむ喧嘩の仕方をした
失礼なのはお互い様。その失礼を踏まえてドンパチやるんなら最後まで筋通せと。
それも含めて言論であって、「自分と相手の立場」を利用して黙らせようとするのは言論人として恥ずべきこと。
丸山をひっぱたきたいとか言ってた人
「言論でやれよ」っていっても、その言論に上げるまでもないわけですよ。失礼なメンション返してくる奴って。本当に上から目線で「お前バカか、ちげーよクソwww」程度しか書いてこないんだから。で、そういう人に応答してあげると、待ってましたとばかりに俺論理を振りかざす。時にはまっとうな人もいるけど、なら最初っからソレをちゃんと書いてこいよと。そんなに個人であることが重要なら、匿名のアカウント取って、それで対話を促せばよかったじゃん。個人情報が分かるアカウントでクソのようなツイートして謝るハメになったのは、完全に自爆でしょ。
だってこのまとめ見てたら、個人と個人の言論のぶつかり合いじゃなくて、
「立場があるから」「守るべきものがあるから」最後に頭を下げました、ってそういう風に見えるのは万人が追認するだろうし、
佐々木さんはそういうふうに持っていったよね?
「相手の社名や実名は判明すればどんどん暴露していくよ。」と晒し姿勢を明確にして
「こっちも容赦しないからね。自分の身に振りかぶってこないことを神に祈ってなよ。」
と言いながら「反論できないなら今後ずっと黙っててくれ」って何だろうこれ??
あくまで言論で反論できないんじゃなくて、佐々木さんが反論させないように立場を利用して、その口を封じたんだろう?
これやったら言論人として終わり。まあ僕は彼は最初からまったく評価していないけれど。
相手がうんざりして退いたら相手が退くように自分が仕向けたのだと言いはる人
「佐々木さんはそういうふうに持っていった」っていうのは「立場を言い訳に逃げるように仕向けられて」って意味じゃないんですか?
「立場を言い訳に逃げるように仕向けられて」なんてどこから見たらそうなるのかな?
「立場があるから謝らざるを得なかった」というのが普通でしょう。
逃げたのは言論のぶつかりあいで逃げたのではない。
そんな形跡はこのまとめのどこにあるんですか? 社名云々、恫喝されはじめて逃げざるを得なかったんでしょ?
そんなに個人であることが重要なら、匿名のアカウント取って、それで対話を促せばよかったじゃん。
個人情報が分かるアカウントでクソのようなツイートして謝るハメになったのは、完全に自爆でしょ。
だからこんな風に個人としての文責を取るという健全な言論を、会社員としての責任に転嫁させようとし、
挙げ句の果てに貴方のように「だったら匿名でいいじゃん」とか言わせる帰結が言論人として「腐ってる」んじゃないですかね?
「こっちも容赦しないからね。自分の身に振りかぶってこないことを神に祈ってなよ。」ってのは、普通恫喝として解釈されるが、
「立場を言い訳に逃げるように仕向ける」的に逃げ道用意してあげる、みたいな親切心だ、ってことですか?意味分かんないな。
街角で突然挑発してくるチンピラに構わないことを「腐ってる」というなら、腐っている方が正しいですよね。そんな暇ないし
だから、佐々木俊尚が相手の個人情報が丸見えだったから、それを使って恫喝して勝ったんでしょ。
広告業界の人はヘタレ逃げしたんでしょ。佐々木俊尚は正しいし、広告業界の人は情けない姿を晒した。
ソレの何が不満なんですかね? いいじゃないですかそれで。
私もサラリーマンだから、佐々木俊尚さんのいわば反則技に対してまともに戦えと言う気にはなれない。
佐々木さんも、孫さん以外で、まともな対戦してないわけだし、実力がよくわかりません。そろそろちゃんとガチンコで喧嘩してほしいな。
「オチが救われない話」というまとめサイトを読んでいたら、こんな救われない話を知った。
『フランダースの犬』は、アニメとして日本人によく知られている。
もとは1872年発表のイギリスの童話だが、原作者の女性がベルギーの風俗をイギリス人の目で偏見的に描いている。
イギリス人の心の奥底には、ヨーロッパに対するかすかな敵意が潜んでいる。
「この地方は荒れ果て、人々は不親切で、しかも愛すべき犬を何代にもわたって、激しい労働に不当にこき使っている」
こんなことをずらずらと書いているのだ。
その上、本家イギリスでは、運命に抗わずに教会で死ぬという内容がアングロ・サクソン的に受け付けられなかったようだ。
結局欧米では、誰も見向きもしなくなったというわけだ。
ところが日本では、1975年に感動的なアニメが作られたために爆発的な人気を獲得する。
80年代からの海外旅行ブームでは、ベルギーのフランドル地方観光が定番コースの一つとなったほど。
もっとも、ルーベンスの絵を観ることはできても、『フランダースの犬』にまつわるものがそこには何一つない。
日本人がガッカリして帰国するのが、当時のツアーのお決まりのパターンだったとか。
ところが、1982年、大きな転機がやってくる。
ベルギー・アントワープの観光局で働いていたヤン・コルテールという男性が、運命を変えた。
日本人観光客から『フランダースの犬』という物語の存在を聞いたことが発端である。
生真面目な性格で、面白みのない変わり者と思われていた彼には浮いた噂もなく、恋人はおらず、友達も少なかった。
そんなオタク青年の彼は、地元に関係する噂話を聞き逃さなかった。
「アニメをやってたんだけど、もしかしたら原作があったのかもなぁ」
というだけで『フランダースの犬』について、はっきりとしたことが分からない。
街の誰に尋ねても、何もわからなかった。
しかし彼はあきらめない。
「この地方を舞台にしているのなら、図書館にヒントがあるかもしれない」
図書館であらゆる資料をあさり、……そしてとうとう、60年の間、二、三度しか借りられていなかった原作を見つけたのだ。
欣喜雀躍たる、彼の喜びが想像できるだろう。
……だが、読み終えた彼はがっかりした。
実は原作には、最後にネロが天使に救われて天国へと召される……というシーンはない。
ただただ暗いだけの作品なのだ。
原作者は夫に捨てられた後、犬の保護に尽力していたが周囲に相手にされなくなり、晩年は30匹の犬に見守られて亡くなっていた。
(この原作と日本人の感動との間の乖離は、いったいなんなのだろう?)
もしかしたら、それがヒントになるのかも?
彼は、日本語を学び、日本人観光客の友だちを作り、帰国した彼らからアニメビデオや童話集を取り寄せてみた。
その結果……感動したのだった。
情熱は、いよいよ膨らむ。
一年半かけて調査を行ない、原作の舞台が近くのホボケン村だと突き止めた。
当時の日本なんて、極東の島国で、ドイツに加担して負けた挙句に少々景気を持ち直しただけの国、というイメージだったから、仕方ないだろう。
だが、彼の熱意は次第に周囲を突き動かしはじめた。
ルーベンス以外にこれといって観光資源のないこの街に、もう一つの観光シンボルが生まれるかも知れない。
そういった周囲の思惑も重なり、ついには1985年、ネロとパトラッシュの小さな像が、ホボケン情報センターの前に立てられた。
除幕式にはアントワープ州知事、市長、在ベルギー日本大使らも参席、盛大なパーティーが開かれたという。
ネロとパトラッシュが共に埋められた(ことになっている)街の教会は、観光コースとなった。
ルーベンスの作品を観るためにアントワープを訪れていた日本人観光客がホボケン村にも立ち寄るようになった。
その地域は観光収入でおおいにうるおい、観光局勤めの彼の名声も次第に上がった。
フランダースの犬はベルギーで放送され、80%近い視聴率をとったという。
ヤン・コルテールは『フランダースの犬』研究家として知られるようになる。
その地域では日本通として知られ、日本との橋渡し役としても活躍するようになった。
研究のために日本へ何十回となく訪れるようになり、大の親日家となった彼は、日本人女性の石井ヨシエと結婚した。
彼は妻と共に、今でも地元でつつましやかに幸せに暮らしている。
……はずだった。
なぜなのか?
コルテールが日本人の妻をもらい、日本とベルギーの架け橋として活躍していることまでは、いろいろなサイトで詳しく取り上げられていた。
ところが、彼が犯した殺人についての続報をいくら調べても、日本語のサイトでは何一つその理由が分からないのだ。
英語のサイトで調べても、アメリカ人などが『フランダースの犬』に関心がないためか、まったくヒットしない。
仕方ないのでグーグル先生の力を借りて、オランダ語のサイトを日本語に訳したり英語に訳したりしながら調べた。
その結果、驚くべきことがわかった。
コルテールとヨシエが結婚して数年は、大変幸せそうだったそうだ。
だが、次第にヨシエは旦那の拘束がうとましくなってきたらしい。
もっと自由にさせて欲しい、自由にいろいろな場所に行きたい、というのがヨシエの欲求だったそうだが、コルテールはそれを許さない。
異国の地にやってきて、海外でしか味わえない自由を満喫したい日本人女性。
彼女を大切にするあまりに、彼女の全てを管理したいと願うベルギー人男性。
だんだんと、二人の間には溝が生まれるようになった。
二人の間はギクシャクし始める。
その時に彼女の前に現れたのが、口が堅いという噂のピエールだった。
「夫とは長いこと話してないの。夫は頑固でさ」
秘密を守れるピエールへの心安さからか、ヨシエは彼へ愚痴をこぼすようになった。
「彼は変わり者だからね。我慢さ」
愚痴を聞いてもらううちに、ヨシエがピエールに親しみを感じ、やがて二人が愛しあうようになるまでに時間はかからなかった。
ピエールの口は固かったが、ヨシエの下の口はゆるかった。
二人がバスルームで愛し合っているところを、コルテールが発見してしまったのだ。
口がゆるい上に、脇も甘かったというわけだ。
だが、そのときヨシエは豹変した。
日本女性のおしとやかさはどこへやら、情事を発見したコルテールを怒鳴りつけたという。
「あんたさぁ、男としての魅力がないんだよ!!」
彼女の口は、悪かった。
その時に、コルテールは、彼女のことを深く深く愛していたことに改めて気づく。
何があろうと、彼女の気持ちが戻ってくればそれでいい、というのがコルテールの偽らざる気持ちだった。
彼は、離婚を迫るヨシエに対して、仲を修復したいと取りすがった。
しかし、彼と別れてピエールと一緒になりたい、というヨシエの気持ちは変わらない。
それは、最後のお願いとして、彼女と日本を一緒に旅行することだった。
二人が出会った日本で過ごせば、彼女の気持ちも戻ると思ったからだ。
……これ、男にありがち。
男の浮気は「名前をつけて保存」だが、女の浮気は「上書きして保存」
他の男に気持ちが移った以上、振り向くわけなんてないのだ。
日本でヨシエは、両親にコルテールを引きあわせたという(この辺りは女性特有の図太さといえよう)。
それでいながら、彼女の気持ちが変わることはついぞなかった。
それを拒むコルテールを、ヨシエは罵った。
そして、決して犯してはならないラインを越えてしまった。
彼女は、職場のベルギー人の同僚達と彼とを一人ひとり比較して、いかにコルテールが劣ったオタク野郎なのか、痛罵したのだ。
……こと、ここにいたっては、どうしようもない。
その時の衝撃は、彼の行動が示している。
コルテールは逆上し、ヨシエをナイフで22ヶ所切りつけて、殺害したのだ。
リアルは、『フランダースの犬』以上に救いようのない話だった。
NO(もう少し言葉を付け足すのならばYes。きちんと読めば分かる。)
Flashが生き残る事について語りたいの?
NO。きちんと文章を読みましょう。
ごちゃまぜ過ぎて何が言いたいのかわからんw
将来性があるなんて話は一言も言っていない。きちんと読みましょう。
読んだ上での感想ではなく
普段自分が考えている考えだというのなら、元文章を引用する意味はゼロ。
元文章の「重い」は
ギークはフルFlashサイトのようなHTML5サイトであふれることを危惧しています。
プログラミングがクソだったり処理を多くすればそりゃ重くなるよ
そうですね。
>「ギークなら~」とか「真の情強なら~」とか吹いて優越感に浸りたい奴
大丈夫だ、問題ない。やつらは2chから流れてきてるだけだろうw
ほんとどこにでも沸くよな、「ギークなら~」とか「真の情強なら~」とか吹いて優越感に浸りたい奴。
iPhoneでもAndroidでもいいけど、製品にケチ付けるのは一消費者の意見だけど、他人の買い物にケチ付けるのははたから見ててみっともないだけっていい加減気づこうぜ。
会社創ってサービスが成功して世界を席巻してGoogleみたいに・・とか。
今更気付いた。俺、コード書けない。
みんな「はじめてコードを書いたのは8歳の時だよ」とかそんなのばっか。
20歳過ぎてる俺。え?
大概が俺でも知ってるような有名大学出身で、大体が先人、最近だとマークザッカーバーグの影響かドロップアウトしてる。
みんな有名大学行ってただけあって地頭は良いわあらゆる知識に精通してるわ。
しかしなにより超ハードワーク。睡眠以外はひたすらサービス開発したり、ミーティングしたり。
みんなお金より世界をより良くしたいって本気で言ってる人ばっか。
今回よーく理解した。
もしかしたらバリバリのエンジニアぐらいになれるかもしれない。
でも、世界を変えてきた先人達みたいにはなれない。あの人達は別次元だ。
そしてその次を担うのは今回シリコンバレーで会ったような人達だ。
まだ全然知られていないスタートアップにも恐ろしいほどの人材がいる。
少なくとも俺の知っている限りシリコンバレーで出会ったような人は日本にいなかった。そういう日本人ならアメリカにはいたけど。
もちろん優秀な人は何人かいる。
でもその人達はせいぜい高校や大学からコードを書き始めたりだとかそういうレベル。
それはもちろん立派。でももっとシリコンバレーのギークみたいなのが出てこないとずーっと日本からはシリコンバレーのような土壌は生まれない。
凄い人はどんどん凄いことしていいんだよっていう雰囲気がないってのも原因なのかな。
でも、本当に自信がなくなった。
これからのネット企業のトップは技術者(もしくは少なからずエンジニアとして働ける程度の技術力を持った人)でなければいけない気がする。
そうじゃなきゃあんなシリコンバレーの天才達に勝てる気がしない。
俺はどの道を行けばいいんだ。
死ぬほど頑張って技術をつける、ファウンダーではない他のポジションで頑張る、経営力や営業力でそういった天才に立ち向かう・・。
いや、まずはシリコンバレーにいた若い人達の覚悟や努力を見習うべき。
日本の意識の高い学生(笑)は薄い人脈(笑)を作るために日々飲み会、セミナーもどきに参加したり、シリコンバレーに行って酔ってるだけ。
あっちの人はそんな派手なことせずにひたすらコーディングしてる。ラフな格好でレッドブル飲みながら毎日毎日地味な作業の繰り返し。
実際に作ってるんだ。
そりゃ差がつくわな。
EFFのこの記事をざっくり訳した。訳の正確さはまったく保証しない。素人の雑な訳です。ちゃんと読みたいひとは原文参照すること。pseudonymはとりあえず「仮名」にした。
A Case for Pseudonyms (Commentary by Jillian York)
https://www.eff.org/deeplinks/2011/07/case-pseudonyms
pseudonym (スードニム) 名詞:著者が身元を隠すために使用する架空の名前。ペンネーム
個人が生来の名前とは別の名前を使いたいと考える理由は無数にあるだろう。生命や生活への脅威への配慮もあるだろうし、政治的、経済的報復へのリスクがあるかもしれない。人種差別の防止を望んでいることもあるだろうし、生活文化圏で発音や記述のしやすい名前を使うこともあるだろう。
オンラインではさらに理由は増える。インターネットカルチャーでは、オフラインでの人格と結びついているかもしれないし結びついていないかもしれない「ハンドル」や「ユーザ名」を使うことが長い間推奨されてきた。古くからのオンライン住人のなかには20年以上使っているハンドルを持つものもいるだろう。
仮名での発言は歴史的にも重要な役割を果たしてきた。ジョージ・エリオットやマーク・トウェインの文学的偉業、ザ・フェデラリスト論文でのパブリアスの政治的主張、18世紀ロンドンでのユニウスのパブリックアドバタイザー紙への寄稿。人々は仮名の下で公の論議に大きく寄与してきたし、今日に至るまでそれは続いている。
Google+の身元確認ポリシーから、オンラインプラットフォームにおける仮名性に関する新たな議論が持ち上がってきた。Google+はユーザに「友人、家族、同僚が普段呼ぶ名前」を使うことを要求する。このポリシーは、Facebookの「本名と実情報を提供せよ」という要求と似ている。Googleのポリシーは、Google+の開始から数週間で同コミュニティーの内外両方から大きな注目を集め、ソーシャルプラットフォームがアイデンティティに制限を加えるべきかどうかという議論に火をつけている。「Skud」という名前を使っていたことによりGoogle+から追い出された元Google社員、キリリー・“Skud”・ロバートの詳細な記録によれば、すでにかなりの人数のGoogle+ユーザがこのポリシーに基づくアカウント停止を受けている。
ソーシャルプラットフォームでの「実名」支持者は多くの論点を示している。実名はユーザの行動を改善し、より文化的な環境を生み出す。実名であれば攻撃者を追求することが容易になるのでストーキングや嫌がらせを防ぐ助けになる。実名ポリシーがあることで、ユーザ監視のために当局がサービス内部に「侵入する」ことを防げる。実名によってユーザは行動に責任を持つようになる。
これらの論点にまったく意味がないわけではないが、問題を間違った方向から議論している。厳格な実名ポリシーの支持者は、実名使用を主張するポリシーに良い面が一つあることを示せばいいのではない。彼らはこれらの利点が、いくつかの非常に深刻な問題より重要であることを実証する義務がある。
例えば、数千人の人々が1月蜂起に参加するきっかけになったFacebookページ「We Are All Khaled Said」を作成した著名なエジプト人、ワエル・ゴニム氏のことを考えてみよう。ページが作成されたのはハリド・サイードが警官によって殺害されてからすぐの2010年夏だったが、ページが本当に勢いを得たのはその年の後半だった。しかしその後も抗議運動の中で存在感を得るのは難しかった可能性もある。2010年11月に管理者(今ではゴニム氏だと知られている)が仮名を使っているとの報告によってこのFacebookページは停止された。Facebookは「身元の明らかな」人物が介入することによる解決を提供することができたが、ゴニム氏はFacebookのスタッフと連絡をとって解決することができたためこの件は非常に特殊な事例となった。誰もがこのようなコネクションを持っているわけではないし、アカウント停止に抗議する方法を知らないことでどれだけ多くの人々が無視されているか知るすべもない。ゴニム氏のケースでは実名を使うことは深刻な危険を伴っていた。仮名であれば安全という保証があるわけではないが、仮名は当局による活動家の追跡を大きく困難にする。
個人が本名以外の名前の方が安全に感じられる理由は無数にある。例えばLGBTコミュニティのティーンエイジャーはオンラインでいつも嫌がらせを受けるので仮名を好むかもしれない。政府のために働く配偶者やパートナーを持つ人や生活を隠したい有名人は、オンラインでは別の名前で行動するほうが安心だと感じるかもしれない。家庭内暴力から逃れている人は加害者から発見されないために、部分的または全面的な別名の使用を望むかもしれない。非主流派の政治的見解をもつ人は仮名を使うことによって生活を危険にさらさずに済ますことを選択するかもしれない。
マッキンタイア対オハイオ選挙委員会の裁判でジョン・ポール・スティーブンス最高裁判事が提案したとおり、
「匿名性は多数派による暴虐からの盾である。よって匿名性は権利章典、また特に米国憲法修正第一項の本来の目的、不寛容な社会において個人を報復から思想を抑圧から守ること、を体現している。匿名である権利は詐欺的行為に悪用されるかもしれない。政治発言はその性質上、時として不愉快な結末を迎えるが、一般的に我々の社会は言論の自由の悪用による危険よりもその価値に重きを認める」
「本当の」名前を使うことと同様に、「本当の」名前の使用の強制も、考えを明らかにすることによる被害を恐れる人々によって対話から排除されるという、現実的な結果を招く可能性がある。実名が対話の「文化度」を上げるかもしれないことに価値を見出す人がいる一方で、それは間違いなく多様性を損なう。
ギークフェミニズムのブロガーたちは、実名ポリシーの被害にあっている人々をWikiにまとめることで、個人がなぜ本名以外の名前の使用を許されるべきなのか何百もの可能性ある理由を示している。このリストに示された多くの例が安全のために仮名を使用している危険に晒された人々を説明しているものの、他にも仮名を選択できるべき重要な理由がある。
Michael Anti氏の例を見てみよう。彼の本名はJing Zhaoで、中国人ジャーナリストだ。おそらくは何者かが生来の名前を使っていないと報告したことによって、2011年1月に彼はFacebookから追い出された。10年近くニューヨーク・タイムズ等で「Michael Anti」のペンネームを使っていたにも関わらず、Facebookは実名ポリシーの厳格な強制を主張した。
Google+でも、誤判定があるとして、アカウントの即時停止ではなく、ユーザに警告を与え名前を変更する機会を与えるように処理手順を変更すべきだと促す動きがでている。
「本当の」名前を要求するポリシーを大規模に実施するのはほぼ不可能だし、多くの例が示すように強制は著名人や敵を持つ人々に対して不当に使われることが多く、またそれはコミュニティ監視機構の結果として生み出されやすい。
GoogleであれFacebookであれ、その他の企業であれサービスに適合していると思われるポリシーを作成する権利がある。しかしこれらの企業が多様性や表現の自由を犠牲にしておきながら、「実名」ポリシーがより文化的な態度を生むと主張するのは浅はかだ。「本当の」名前を要求するポリシーへの移行はオンラインでの表現の自由を萎縮させるだろう。
多くの若者が会社を立ち上げ、明日のザッカバーグの夢を見ている。
(その夢の姿は往々にして『ソーシャル・ネットワーク』そのままだ。)
だがきっとその夢は一生叶うことはない。残念ながら。
グレアムの言葉にしたがって楽天家を演じている日本人起業家の皆さんは
私に向かってこう言うだろう。「どうして君はそんなこと言うんだ?
俺たちは世界を変えるんだ。大変かもしれないがそれは不可能ではない。Facebookを見ろ。」
オーケー、オーケー、確かに起業家は世界を変える力を持つ。それはすばらしいことだ。
自問してみよう。残念ながら違うことに気づく筈だ。あんた方はただの”タレント”だ。
それはこう言い表せる。
”変質的なまでの人物志向、つーかプロダクトなんてクソ食らえ!!”
日本のスタートアップ環境は、企業の評価を人物のみで行う。その人が有名であるか否かでだ。
有名人がプロダクトをリリースすれば、クソみたいなプロダクトでも盛んにRTされ、絶賛される。誰も使わないが。
一方、無名の人が素晴らしいプロダクトをリリースした場合、それはほとんどフックアップされない。
さっきRTしてた連中は、TechCrunchに取り上げられるまでは自分から面白いサービスを見つけようとしないし、
そもそも面倒くさがっている。うーん、話が見えづらいかもしれない。つまり、こういうことだ。
アメリカ「このFacebookってサイトはCoolだね。誰が作ったんだ?ザッカバーグか。すごいな。」
日本「あのザッカバーグがプロダクトリリースしたぞ!!すごい!すごい!さすがザッカバーグ!で、何てプロダクトだっけ?」
圧倒的なまでの人物本位。プロダクトは二の次。プロダクトを生み出すのが起業家なのに!!
「でも、その人物に実績があれば良いじゃないか。僕はジョブズが何か新しいことをすると聞けば
ワクワクするよ。彼はいつも素晴らしいプロダクトを生み出してきた実績がある。」
オーケー、確かにその通りだ。それは認める。僕だってiPhone5には期待している。
だが実績の面でも日本のスタートアップは何かがおかしい。例えば日本では、
”学生”というだけで起業家が評価される。まだプロダクトもリリースしていないのに!!
(そして、実際リリースされるプロダクトもだいたい・・・だ。悪いけど。)
実績評価においても日本のスタートアップ環境は”プロダクトなんてクソ食らえ”を貫いているわけだ。
涙が出るね。いやほんと。
こんな状況で今恐ろしい事態が起こっている。素晴らしいプロダクトを生み出す人よりも、
Blogで名前を売るのが得意な人のほうに注目が集まっているんだ!!彼らはBlogに時間をかけて、
”いかにも起業家でござい”というようなことをしきりに書く。読者に”この人はすごそうだし、何かやるぞ”と思わせるわけだ。
そして注目が集まった時点で起業する。あとは、さっき言った通りクソみたいなプロダクトがでて、RTされて、誰も使わず終わる。
でもカンファレンスとかに呼ばれて、”僕は起業家だ。”というどうでもいいプレゼンをする。彼らは残念ながら、
”自分を売り込んで偽装する才能”はあるが”起業家としての才能”はない。
まだ信じられない人がいるかもしれない。だが見てみろ。Twitterでは、
自分のプロダクトが流行っていないのに、自分の考え方を熱心に説いてる自称起業家がいっぱいいる。
彼らはタレントだ。当てにするな、耳を塞げ。ほらあっちにも起業家だ。
Blogでは良い事ばっか書いてるが、リリースされたプロダクトはクソだ。あれもタレントだ。
残念ながら、この状況で日本からGoogleやFacebookを生み出すことを期待するのはよした方が良い。
日本のスタートアップ環境は、薄暗い部屋でコードを書き続け、未来を作っている薄汚いギークよりも、
世間の空気に媚びへつらい、自分を偽装するのがうまいタレントを欲している。ジョブズは何で有名になった?
Macという素晴らしいプロダクトだ。ページとブリンは?Googleという素晴らしいプロダクトだ。家入一真は?
ロリポップという素晴らしいプロダクトだ。決して、人物から有名になったわけではない。今の状態が続けば、
素晴らしいプロダクトは生み出せないが起業家ぶるのが上手い人物だけがのさばることになる。
そこに渦巻くのは自己欺瞞だけだ。”世界を変える”なんていうのも、陳腐なパフォーマンスに成り下がる。
もし、この記事を呼んで状況を変えたいと思う人がいるのであれば、
代わり映えのしないBlogやTwitterをたたんで、雑音を閉ざし、
そのプロダクトを誰がやっているのかは関係ない。ただただ素晴らしければ、
力になってあげれば良いんだ。プロダクトのみが自己表現。そんな人だけを見つけよう。
PS.
この記事を読んだ”優秀なタレント”の皆さんは、その能力をフルに生かして、
上手く”自分はタレントでなく、起業家だ”と偽装することに成功するだろう。
今からでも想像できる。例えば、「僕はこうならないように気をつけている。毎日。RT...」
みたいな感じでだ。クソ食らえだ。文を書くのを辞めろ。プロダクトだけで自分を語れ。
昔から、そのコミュニティの異様な特性から「はてな村」なんて呼ばれているが、2chが板ごとに全然違う文化があるように、サービスごとにユーザーの特性が違う。だから「はてな村」というよりも「はてな郡」とよぶほうが実態に正しい。決してはてな州やはてな国でないのは、そこまでユーザーが多くないからだ。
#適宜追記修正します
#リクエストを受けて色々追記。
一応はてな郡の中心地。アメーバ州アメブロ市やライブドア州ライブドアブログ市やFC2州FC2市に比べて人口も少なく、セレブ(芸能人・有名人)も少ないが、ブログ創世記から有る古都のため、技術ギーク系・ネット文化系・社会科学系などで独特な文化を形成する。はてな郡の他の都市に比べやや教育レベルは高め。id:aurelianoやid:Chikirin、id:finalventなど一般人がアルファブロガー化しやすい一方で、森見登美彦、平野啓一郎、博多華丸・大吉、笑福亭鶴光の公式ブログがあることは意外と知られていない。著名人でここの市民っぽく振舞っているのはid:FUKAMACHIとかid:kawango(ドワンゴ州知事)ぐらい。ライブドア市やFC2市と違いスラム街(2chまとめブログ)や風俗街(エログ)は殆ど無いため治安は良い。ただしまれに放火魔(炎上マーケティング)がいる。
はてダ市の行政区。開設当初は喧嘩や暴動(炎上)や落書きが頻発しはてダ市の治安悪化の原因だったが現在は割と平和。Google合衆国からのはてダ市への訪問者を増やしている。Wikipedia国と競合するが、教育レベルは遠く及ばない。一時期はネット用語の流行の最先端であったが、近年は衰退している。近年はドワンゴ州ニコニコ大百科町とも競合する。
はてな郡最大の都市で玄関口。ライブドアクリップ市やヤフーブックマーク市よりも人口が多く、delicious市やGoogleブックマーク市に迫る。かつてははてダ市と同じような人口形成と文化だったが、人口の急激な流入により治安が悪化しており、教育レベルも低め。風俗街(エロホッテントリ)、スラム街(2chまとめブログ)や、ゲバルト(政治関連)や暴動(炎上)も有り、Twitter国と同じような問題を抱えている。
はてブ市の行政区。はてブ市内の流行が集まり、Googleニュース市やライブドアニュース市へ繋がる。基本的に住人ははてな郡の役人(はてなスタッフ)。
はてな郡最古の都市だが、近年はYahoo知恵袋市やOKWave市への人口流出が目立ち衰退している。最近は税金が安くなった(無料化)の影響かうごメモ村からの人口流入が目立つ。
はてな郡の中ではやや特殊な位置付け。はてダ市・はてブ市のベッドタウンであるが住民が偽名・匿名で生活している。そのため人口も不明。強いて言えば2ch国に近いが、人口も少なく地区割りも曖昧で住民の傾向もバラバラ。住民は匿名が前提のはずだが、閲覧者を集める目的で敢えて実名で生活するものもいる。
はてな郡の中ではのどかで田園風景が広がる。ここもはてダ市・はてブ市のベッドタウン。絵描き(イラスト系キーワード)や芸人(ネタキーワード)やカフェ(実況)も多く、人口の割には賑やか。近年はうごメモ村からの若い居住者もいる。女性も多い。Twitter国と似ていると言われるが別物である。
任天堂王国との連携(京都連合)により人口が増えている村。ハイク村・人力検索町以外のはてな郡の都市への人口移動は少ない。この村だけ突出して住民の平均年齢が低い。
はてダ市・ハイク村のベッドタウン。写真家が多く住んでいたが、最近はもっぱらアトリエという名の倉庫街となっている。
インフラが整ったオフィス街だが過疎化がすすみ空きオフィスが目立つ。オフィス街なのに村。Google Apps市と比べるまでもない。
人力検索町と並ぶ古都で、かつてははてな郡の中心都市の一つであったが近年過疎化がすすむ。
ハイク村から独立したハイク2村から更に分離独立した村。モバイラー向けの今風なコミュニティの割にいまいち地味な存在。
住民が買ったものを並べて売る商店街。モバイラー向けの今風なコミュニティの割にいまいち地味な存在。
はてな郡の自治体運営に唯一提言が出来る機関として設置されるが、基本的に不具合修正以外の要望はあまり通らない。
はてな郡内の通貨。1P=1円だが基本的にポイントから円の両替はできない。はてな郡内での買い物や住民同士の送金に使われる。
はてな郡内の贈答品。基本的に黄色だが他の色のものは珍しく送ると喜ばれるが、貰ってもなにか有るわけではない。地区によって価値が違う。
はてな郡の役人により設置された実験区。増田町も本来ここなのだが、近年は人口増加により特区的位置づけが薄れてきている。増田町以外の地域は過疎化がすすむ。
本格的な「こどもの国」として設立されたが、治安悪化(しかもリアルでも)が懸念され設立からわずか2週間で廃村。はてな郡の黒歴史の一つである。
アンテナ町に変わり新興住宅地として開発されたが、人口減少により廃町。
セカンドライフ国に対抗すべくハイテクヴァーチャル都市として開発されたが、人口が思うように伸びずラボ特区の一時自治区に格下げ。その後廃村。セカンドライフ国も規模的には市レベル(町レベル?)である。アメーバ州のアメーバピグ村は人口が増えつつある。
Youtube国への玄関口であったが、行政機能の停止により廃村。
こんなチラ裏みたいなところに書くぐらいなら、はてなアイデアに投稿するか、直接メールするか、他社サービスに乗り換えるか、はてなに就職しろって話なんだろうけど、はてなアイデアは不具合の修正以外はまともに採用されることが殆ど無いし、直接メールは単なるクレーマー扱いされて終わり。はてなに就職は居住地域とスキルの問題で無理っぽい。他社サービス乗り換えはSBMというサービスの性質上、どうしてもユーザーが多いほうが情報が集まりやすいので(ほとんどがゴミだとしても)問題の根本解決にはならない。というわけで、ここに落書きする。
現在はてなブックマークでは設定できるカテゴリが8種類、社会や政治経済から、サブカル系の「おもしろ」まであるが、R-18カテゴリがない。表向きは規約で「不適切なブックマークは削除する」となってるが、一日何千件もあるブックマークから「不適切」を探しだして削除するなんて無理に決まってるし、削除される頃にはホッテントリになって衆目にさらされることになる。表向きエロ禁止のニコニコ動画ですらR-18のカテゴリタグでゾーニングしているというのに、はてなは何年もこの状態を放置している。エロ画像のまとめスレなんてゾーニングすべきだし、技術的にも不可能なわけでもないのに。
はてブにはブックマーク先のページから画像を引用してくる機能があるが、これも機械的に引用してくるため明らかに不適切な引用がみられる。例えばニュースサイトで他のニュースへのリンクのための画像を拾ってきたり、バナー広告画像を広ってくる場合もある。更に最初に上げたエロの問題では、明らかに閲覧注意のエログロ画像を拾ってくる場合もある。画像の判定なんて技術的に困難だろうから、せめて画像非表示をオプションで用意してくれてればいいのだがそれもやらない。俺はあまりにも不愉快だったので、ユーザースタイルシートで消したが、はっきり言って初心者(中級者にも?)対処が難しい。
はてブにはコメントが不愉快なIDを非表示にする機能があるが、コメントやID名が非表示になってもタグだけは表示されたままである。本来のタグクラウド的なものなら別になんともないが、非表示になるようなユーザーは大抵タグもおかしい。タグで特定の組織や人物へのネガキャンをやっていたり、タグで誹謗中傷のような事を書いている。これも技術的に不可能とは思えないが、何年も放置されている。これもユーザースタイルシートなりグリモンなりを使えばいいのだろうが、中級から下のユーザーには無理だ。
SBMの性質上、どうしてもノイズ的なブックマークや見たくないページ・キーワードも目に入ってしまう。例えば2chまとめサイトや産経msn、ネトウヨ/ネトサヨのブログなどがホッテントリになることが多い。正直なところタイトルを見ただけでうんざりすることも多いので非表示にしたいのだが、そのようなオプションはない。これもグリモンで対処するしか無いのだが、こんなの標準とは言わなくてもせてめ有料ユーザー向けのオプションとかでつけるべきじゃない?ニコ動にだってNGワード機能はあるんだから。
はてなスターははてブ大喜利のための座布団で一番の売りの機能なのだが、これもいろいろおかしい。一人で10個も20個も連打する奴もいるし、非表示ユーザーからも送られてくる。非表示ユーザーからのスターなんて不愉快なのだが現状拒否することはできない。
まずはてなはすべてのサービスにおいて非常にSPAMに対して脆弱。はてなダイアリーはそうでもないが、はてなハイクはほとんどSPAM対策なんかされていない。さらに規約違反報告フォームも何処にあるのかわかりにくい。はてブには一応規約違反フォームへのリンクがあるが、これって機能してるんだろうか?。何回かSPAM報告をしてるんだが全然対処されたことがない。断っておくが別に俺が気に入らないからSPAM扱いしているわけではなく、明らかにSEO用のリンクページへのブックマークや、複数アカウントの不正使用っぽいものを報告しているのだが全然対処されたことがない。
また、はてなにはサブアカウント機能があるがこれも悪用しようと思えばいくらでも悪用できる。5件ぐらいサブ垢でブックマークすればトップの新着には載るので、botなんかを使えば簡単にホッテントリを偽造できる。
以上の点から初心者やビジネスユーザーには非常に不向き。だってエロ画像とかネトウヨ/ネトサヨの演説とかが転がってて、2chまとめサイトや産経msnばかりがホッテントリになっていて、SPAMもいっぱい上がってるSBMを仕事で使える?そんなの自分の母親に勧められる?俺はすすめられないし、仕事ではGoogleブックマークを使ってる。
近藤淳也氏は「自分の家族や友人に安心して進められるサービス」を標榜しておられるようだけど、今のはてなブックマークはとてもじゃないがそんなサービスではない。ギークやネット原住民(笑)相手に商売するならいいんだろうけど。ニコ動だって最初は2chにいるようなネット原住民(笑)を相手にしてたけど、今はアメーバやGreeにいるような人も相手にするようになった。まあ、ニコ動はニコ動で違う問題があるけれど。
ここで「いやなら使うな」というマジックワードが登場しそうだが、別に嫌なんじゃなくて改善してほしいのだ。しかし最近のはてブの仕様変更といえば新着人気ブコメの表示とかなんか斜め上の方向の仕様変更ばかりだ。
小学生の時は家庭環境最悪で自宅に固定電話でさえなかった。中学生~高校生の時は生活で手一杯、高卒で地元でて生活で手一杯、ずっと携帯持つ余裕なし。
今は定職にもついて生活には困らない程度になってるけど、物心ついてから携帯のある生活を一度もしていないので、必要性を感じず、持たないまま今に至ってしまった。
PC でのネットはかなり使っている。けど最近 Google のサービスを登録するのに携帯の番号がいるので、使えなくて困ってる。Twitter などで知り合う人はなぜかプログラマやギーク系が多くて携帯どころかスマートフォン当然のように持っててすげー使いこなしてそうで、「実は携帯もったことないんです (当然スマートフォンも)」なんて言ったら「え?あなた人間なの?」と思われそうで面倒で言ってない。
Google App Engine 使うためだけに携帯手に入れるってのもバカバカしいし、はぁー
彼らの事に関しては、
はてなも2chもふたばもtumblrもpixivもコミケも同人誌もアニメもゲームもエロゲもプログラミングも何もかも、
その上でロートル世代に喧嘩を売ってるアート/ギーク集団なのかな、と思ってたから当時はそんなに悪感情を抱くことは無かったんだ。
実際そういう風に宣伝されてたし、外部から見てるだけじゃなかなか実態は分からん。
でも今回の件で実態が明るみに出た。
「ふたばは弱いコミュニティだから潰れても仕方がない」「俺らがアウトなら同人もアウト」は駄目だろう。
どれだけ多くのネット上の文化がふたばに依存しているか知らないんだ彼らは。
どれだけ多くの先人が同人のセーフラインを構築するために戦ってきたか知らないんだ彼らは。
無知なんだ。
勉強不足なんだ。
あの記事自体は釣りみたいなもんだろうけど、まぁなんというか勉強したいのかだべりたいだけなのかよくわからんね。
そんで、勉強会に女性が少ないみたいな話も色々でてるけど、結局技術で生きてくつもりの女性の絶対数が少ないってだけじゃないの?
なんちゃら女子会とか言ってメディアに出たりしてる人もいるけど、何が出来る人なのかさっぱり見えてこないよね。
技術的な話になると「旦那様にやってもらった」「彼氏が設定してくれた」みたいな。
なんかあれだよ。
普通にスイーツ(笑)としては生きられないから、女性なれしてないギークを捕まえようみないな意図が見え隠れする人もいるし。
男だらけの勉強会に出て欲しいものリスト公開しておけば勝手に送られてくるとか、旦那がすごいと周りがちやほやしてくれるとか
そんな程度でしか技術と向き合ってないように見えるのに、「◯◯会を立ち上げます♪」とか、「取材が重なって大変(汗」とか
かまってちゃん全開だからいい加減イラッとしてる人も多いんじゃないのかね。
ただ、LTでアニメネタとか内輪ネタでつかもうって男ばっかりなのもその通りで、「勉強会」「らいとにんぐとーく(笑)」とか
言ってるけど、ギークが同じようなギークで集まってきゃいきゃいできる環境に舞い上がってるだけに見える人も多いのは確か。
お前らそのノリを親兄弟地元の友達の前でできるのか?とかとか。
まぁようするに。
http://anond.hatelabo.jp/20110527203744
HTMLとかデジカメとかMacとか、いろいろ改変できそうなネタだけど、すでに成熟期に入っているデジタルオーディオプレイヤー(DAP)を同じように分けてみたい。
最初期の録音可能なデジタルオーディオはDATだが、当時の民生用としてはややオーバースペックだったためもっぱらプロユースだった。DATなんか趣味で持っていたような人は、たぶん今は逆にアナログレコードとピュアAUが趣味なんじゃないだろうか。ヱヴァでシンジ君が父親の形見(生きてるけど)として使ってたあれ。その後MDが発表され、ようやく一般家庭にデジタルなポータブルオーディオが普及する。ただこれらはあくまで「オーディオ機器でメディアに録音する」物であって、現代的なDAPとは違った。
現代的なDAPが発売されたのは1998年から。この当時はまだフラッシュメモリが高価で64MBとかが当たり前だった。この時代はソニー以外の国産メーカーは殆ど無く、iRiverやiAUDIOやMpioなどの韓国勢が主流だった。
この時期のDAPは、PCにつないで使うということで、家電量販店のオーディオコーナーではなくPC周辺機器のコーナーで売られていた。ちょうどWindows98がPCがマルチメディア化してったころ。ただMP3プレイヤーはまだまだマニアックなシロモノだった。この時期にMP3プレイヤーを使っていた人は、結構なギークではないだろうか。
その後ポータブルオーディオのシェアを大きく塗り替えるiPodが発売される。他のメーカーがプレイヤーのために変換転送ソフトを付属させたのに対して、iPodはまずiTunesが先にありそこからiPodを開発した。あと、HDDを採用しPC内のプレイリストを全部持ち歩けるようにしたのも画期的だった、
またアメリカでは2003年(日本では2005年)からiTunes Storeがサービス開始、他のサービスが苦戦する中でiPodの人気を背景に成功をおさめる。
このころ国産メーカーはどうだったかというと、2001年にPanasonicがSDオーディオを発売したり、ケンウッドがWMA対応のCDプレイヤーを発売していたが、いまいちぱっとせず、Apple VS 韓国勢という情況だった。特に「ウォークマン」のソニーがATRAC3やメモリースティックなどの独自規格にこだわったことや(SonicStageがものすごく使いにくかった)、日本の家電メーカーとレコード会社の関係から著作権がらみで消極的だったこともあり、海外勢に大きく水を開けられることとなる。
特にソニーのこの時期の迷走ぶりがひどく、Hi-MDとかVaio Pocketとかその後黒歴史化するシロモノを次々と出し、Appleにシェアを奪われていった。DAPに限らずDVDレコーダーや薄型テレビなどでも同じように迷走していた。その後のソニーの凋落ってじつはここから始まっていたんじゃないだろうか。
この時期に発売されたiPod miniは小型化と低価格化により爆発的に売れ、世界的に品薄の状態が長く続いた。はじめてのDAPがiPod miniという人も結構いるのではないだろうか。
シェアを奪われようやく危機感を覚えたソニーが、MP3やAAC、WMAなどマルチコーデック対応のプレイヤーを発売。家電メーカーらしい発想でHDD搭載のミニコンポを発売。これで「パソコンがなくてもDAPが使える」環境となる。
ソニー以外の国産勢は巻き返しを図るべく音質や付加機能を全面だす。東芝はワンセグ付きのプレイヤー、ケンウッドはデジタルアンプ付き、PanasonicはDIGAとの連携など。あと、日本メーカー品の多くはダイレクトエンコード対応で、PCなしで音楽を取り込めるという触れ込み(ただ決して使い勝手は良くない)。この辺はスマートフォンやPCと一緒で、よくも悪くも日本の家電メーカー的な商品開発。
一方のAppleはiPodを動画対応に。これはiTunesストアで映画やテレビ番組を配信・販売することを前提としたものだった。ただ日本ではこの時期はようやくiTunes Storeがサービス開始したばかりの頃で、動画を購入することは出来なかった。Apple以外のメーカーも、このころからオーディオプレイヤーからマルチメディアプレイヤーへの移行が始まる。更に低価格で簡素な機能のiPod shuffle、ミドルエンドのiPod nanoが発売される。iPod shuffleとnanoにより低価格化・小型化が進みより一般ユーザー向けに浸透する。
この時期はヘッドホンやスピーカー、FMトランスミッターや動画変換ソフトなど、サードパーティのアクセサリが拡充した時期だった。特にイヤホン/ヘッドホンなんか中価格・高価格帯が売れるようになった。ノイズキャンセリングヘッドホンとかDock接続スピーカーが出たのもこの時期。
DAPのデジタルデバイス化がより進む。iPod touchはマルチメディアプレイヤー機能に加え、ネットブラウズやメール、Youtube視聴、さらにApp Storeによりゲームやビジネスアプリなどを入れられる。iPod touchはiPhone替わりに購入した人も結構いた。
iPod shuffle 3GやiPod nano 6Gの滑りっぷりや見ると、「音楽プレイヤーとしてのiPod」の進化は今後大きくは見られないと思う。iPod classicもここ最近はあまり大きく変化してないし。国産メーカーは東芝・Panasonic・Victorが事実上の撤退状態。今後はスマートフォンやタブレット、電子書籍端末と競合がたくさんでるので、単なる音楽プレイヤーという市場は衰退するかも。