はてなキーワード: 譜面とは
死にたいってか、自己嫌悪ってかそこまではいかないが、悔しいというか、もうわからん。もう素直に恋人がほしい。
きょうミスド言って勉強してたら、となりにきれいな同年代の女の人が来てさ。で、きれいな女性がくるとね。だからソワソワしちゃんだよね。どうしようもなく。自分から話しかけられたら最高なんだが、まぁ、できるはずなくて。看護系か何かの勉強してたからそれをツカミにってのも無理があるし。で向こうから話しかけられることなんてないしね。でさ、そういう人ミルとさ、自分の恋人だったらなっと思うわけでさ、高望みって言われてもさ、嗚呼。
特にかわいさとか求めていないんだよ。でも、きれいなひとは好きなんだよ。嗚呼、そういうひとみてるとさ、潤うじゃん心。みてるぶんには、さ。ってことはやっぱ関係性望んでないのかなんて。それなら、アイドルや二次で充分ジャン。でも、それも夢中になれなくって、宙ぶらりん。
そんなだから勉強は集中できないわけでさ、一生懸命向こうもやってたからがんばれなんて心じゃ応援してんだけどさ。4、5時間くらい。その途中でさ、その子の友達が来てさ、会話はじめてしちゃってさ、もうきになってシャーないよね。店員がカフェオレのおかわりもってきたけど、「いりませんけっこうです」の声の音階がかなりみだれてたよね。譜面に起こしたらきっと、教授らへん、変な顔すると思う。しかも二人の会話でさ、男の名前出てきたりすると悔しいくてさ、嗚呼。ほかにも大学なのか専門学校なのかとかきになってさ。
で結局、そのこが返った一時間後ぐらいに僕は帰ってさ、なんもなかったな、なんてさ。
二十年くらい生きて来たけどさ、もうどうなるのって、気が気じゃなくてさ。まあ、ただの臆病なのはわかってんだけどさ、女性に関する過去のトラウマはあってさ、それがブレーキかけてたりすることあってさ。でも向こうから傷を治してくれる天使はこの浮世にはいなくてさ。
そんな自分でもひと肌恋しくってさ、最近。孤独だと抱擁ができないから駄目みたいなことをいったのはたしかアーレントだっけか。ひと肌恋しさゆえにマッサージ師を定期的に雇ってたのはグールドだっけか。
誰かを愛したい。アニーサンバッディトゥラ♪ってビートるずも歌ってるやん。愛した経験がない。愛する人がいない。一方通行であれ通わす心がない。寂しい。なんで何の不自由もなく恋愛できるやつおんの。そいつらを「XXXしたいくらいさ!!」とわめき散らしたのはちょうど一週間前か。
結局、また魔魔と話すしかないのか。こんな愚痴がいくつ増田にかきこまれたのだろうか。星の数ほどあるとおもう。
シコればすっきりしたと思うけれど、今日はなんかそれだと負けた気がするので、文章でやりきれない感情を発射してしまいました。すみません。こんな感情のくりかえしばっかのLIFE であth。
こんにちは、ジャズ恋愛理論を専攻しているセロニアスモンク嬢です。私はライブ経験もなく、師匠にもついてませんし音痴ですが、恋愛に関してはプロフェッショナル。今回は、モテるジャズ系女子力を磨くための4つの心得を皆さんにお教えしたいと思います。
あえて2~3世紀前のコードブックを使うようにしましょう。そしてセッションの場で好みの男がいたら話しかけ、わざとらしくバッハのインベンションを出して読んでみましょう。そして「あ~ん! この譜面本当にマジでチョーみんなの演奏についていけないんですけどぉぉお~!」と言って、男に「どうしたの?」と言わせましょう。言わせたらもう大成功。「コードブックとか詳しくなくてぇ~! ずっとコレ使ってるんですけどぉ~! 使いにくいんですぅ~! ぷんぷくり~ん(怒)」と言いましょう。だいたいの男は新しいコードブックを持ちたがる習性があるので、古かったとしても青本を使っているはずです。
そこで男が「新しいコードブックにしないの?」と言ってくるはず(言ってこない空気が読めない男はその時点でガン無視OK)。そう言われたらあなたは「なんかなんかぁ~! 最近立体ホログラム版iReal bが人気なんでしょー!? あれってどうなんですかぁ? 新しいの欲しいんですけどわかんなぁぁああい!! 私かわいそーなコ★」と返します。すると男は「iPad2のiReal bでしょ? 立体ホログラムはまだ出てないよ。本当に良くわからないみたいだね。どんなのが欲しいの?」という話になって、次の休みの日にふたりで電気屋デートに行けるというわけです。あなたの女子力が高ければ、男がiPad2買ってくれるかも!?
「だんだん弱く」とか「だんだん強く」などを表現する「><」をリードシートに入れると、セッションの男性参加者は「なんかこの曲表現豊かだなあ」や「譜面どおり演奏してあげたいかも」と思ってくれます。セッション上では日常生活よりも緊迫した空気の中で相手に伝わるので 「><」 を多用することによって、男性はあなたを表現豊かで女の子らしいと勘違いしてくれるのです。そういう譜面ばかりにするとほぼ絶対に同性のセッション参加者に嫌われますが気にしないようにしましょう。
3. とりあえず男の演奏には「えー! いまのなに!? マネしたいマネしたーい♪」と言っておく
セッションで男が女性を意識して演奏する内容は超絶的な速弾きや複雑なコードワークばかり。よって、女性にとってどうでもいいプレイばかりです。でもそこで適当に「わあーいまのソロ無機質ですよね」とか「いまのコードワーク完全にテーマと当たってましたよね」と返してしまうと、さすがの男も「この女こわいな」と気がついてしまいます。こわい女だとバレたら終わりです。そこは無意味にテンションをあげて、「えー! いまのなに!? マネしたいマネしたーい♪」と言っておくのが正解。たとえ曲調を無視したえげつないソロでも、テンションと積極性でその場を乗り切りましょう。積極的に反応してくれる女性に男は弱いのです。
4. ソロではアウトできない女をアピールせよ
セッションが始まったら、真っ先にコード一発の部分を探して「あーん! 私ここうまく演奏できないんですよね~(悲)」と言いましょう。するとほぼ100パーセント「どうして? モード系嫌いなの?」と聞かれるので、「嫌いじゃないしガンガン暴れたいんですけど暴れられないんですっ><」と返答しましょう。ここでまた100パーセント「嫌いじゃないのにどうして暴れられないの?」と聞かれるので、うつむいて3~5秒ほど間をおいてからボソッとこう言います。「……だって、……だって、勢いに乗ってアウトしちゃうとややこしくなるじゃないですかぁっ! コード楽器がかわいそうですぅ! そんなテンションじゃないかもしれないのにぃぃ~(悲)。四度積みの和音でガンガンあげていくしかなくなるんですよお……」と身を震わせて言うのです。
その瞬間、あなたの女子力がアップします。きっと男は「なんて優しい天使のようなコなんだろう! 絶対にゲットしてやるぞ! コイツは俺の女だ!」と心のなかで誓い、あなたに惚れ込むはずです。意中の男と付き合うことになったら、そんなことは忘れて好きなだけアウトしまくって大丈夫です。「アウトできないんじゃなかったっけ?」と言われたら「大丈夫になった」とか「慣れた」、「インゴーイングだけとかつまんね」と言っておけばOKです。
えーと、個条書きにする。
ここまで予め出しておいた方がいい個人的な情報。以下本文。
誰一人として異議を唱えない定義も欲しいし、それは違うだろ、と一番ツッコミが入る定義も欲しい。エレキギターと電子ヴァイオリンはソロだろうと協奏曲だろうとこんなの使ったら吹奏楽じゃねえ!って発狂する人もいるだろうからね。吹奏楽という意味自体はどちらかというとだんだん拡大解釈されてきたように思う。それでも「オケはオケでしょ?」な人がいる。じゃあそこの「潜在的に考えられる境目はどこよ、ヴァイオリン使ったらオケなのかい」って話になる。つまり、「そこまでこだわるんなら、はっきりした定義を持ってきて、納得させて欲しい」ということでもある
これを求めているのであとの二つはいいや。というか上が解決すれば下も解決する。
あえて俺様ルールを持ち出すとすれば、
全部音楽だ!文句あるか!もっと爆発しようぜ!!
ということになる
その当時、自分は小学生だった。自分の地域の子ども会では、活動資金を稼ぐためか古紙回収の手伝いをしていた。そしてその時、別冊コロコロコミックを読んだ。
その当時より数ヶ月ほど前から太鼓の達人が流行っていて、そこにも太鼓の達人の漫画が掲載されていた。
コロコロではよくあることだが、ただのおもちゃでしかない物が殺人級の威力を持った物になるとか、そういった突拍子もないことが描かれたりする。しかし、この漫画は違っていた。
大会決勝で対戦中停電になってしまう。しかし、PS2だけは動いていて主人公はそのまま太鼓を叩き続けて勝利する。大体省いたがクライマックスのシーンはこんな感じであった。要は暗譜しただけなのだ。
当時の自分は
「すごいな、あんなの無理だろw」
と思っていた。しかし、今になっては友人が当たり前のように暗譜していた。実際のところ、裏譜面を普通にクリアできる方が一般的には理解し難い気がした。
ゲーマーだけ相手にしてて商売が成り立つならそれでも良いだろうけどねぇ。
そーやって一部のシューターしか相手にしないゲームを乱発したせいで、一般ゲーマーからそっぽ向かれた訳で…。
はっきり言ってシューターが満足する様な難易度しかないゲームは、一般ゲーマーにとってはクソゲーだよ。
混在出来ない以上、別モードにするしかないでしょう。
自分で自分を上級者だと思うなら、初心者向けモードなんかやらなきゃ良いだけでしょ。
…というか、こんな薄い層の為にハードシューティング作ってしかも文句言われるなんてメーカーもやってられんわな。
シューターなんか絶滅したってゲームメーカーは全然困らないんだが、くたばれとか言う連中はそういう事も判らないんだろうなぁ。
(ブクマのコメントやトラバを読んで、考えを整理した結果、自分の文章には
1.「努力しない人」と「努力しない上に、その結果生じた不利益に不満を並べる人」を混同している
2.「努力」と「成果」を混同している(努力したが成果が出ない、というケースを想定していない)
という二つの特に大きな欠陥があることがわかりました。
1.
以上の点を踏まえ改善してみます。
(努力が成果に結びつきやすい分野で、かつ「努力をしなかった場合どうなる可能性があるか」という情報が共有されているという前提のもとでは)
「そもそも努力しようとしまいと生き方は人それぞれだし勝手だし自由だ。
でも君がそれを選択したのならば『ブーブー言うのは』みっともない。
選択したわけでもないのに望まぬ状態に置かれたのであれば、それはなんとかしてあげたい」
となり、また、最後の式は
努力しなかった結果生じた不利益を被るのは当然だし同情の余地はない
と書き換えられると思います。
おそらく、出発点の「テレビに出演し、ひきこもりを脱出しようとしていた青年」を引きずって考えていたため、様々な矛盾が生じてしまったのだと思います。優先順位は人それぞれなのに、全てを「怠惰」という言葉で処理しようとしていたのが間違いでした。
2.
「努力を尊重する考え方」と「メリトクラシー」は異なるのではないか?という指摘に関しては、
全くその通りであり、きちんと考えずに使っていた自分を恥ずかしく思います。
自分が学生であり、勉強という「努力の絶対量が成果に比例しやすい」分野にばかり接してきたことが、この失敗の一因となっているように思います(さらに言えば、「メリトクラシー≒学歴社会」という誤解もありました)
勉強の代わりに、芸術や運動や仕事を代入してみたら、その齟齬がはっきりとわかりました。
読みづらい文章にも表れている通り、混乱してしまっていたのが、指摘を頂いて自分なりに整理できました。
また、不用意に目にしてしまい、不快な気分になってしまった方にはこの場を借りてお詫びを申し上げます。
そして、はてなダイアリーの使い方がよくわからないので、このような追記をすることをお許しください)
テレビでひきこもりの青年が特集されててなんか複雑な気持ちになったよ!
脱ヲタはヲタ趣味からの卒業ではなく脱コミュニケーション力の欠如+脱自意識過剰だというのはつくづく正論だなと思わされます。
同じく、脱ひきこもりは単純に社会と接点を持てば解消という問題ではないと感じます。
私は社会と接点を持たないことがマイナスなことだとは思いません。選択肢の一つだと感じます。というより、実際に接点を持たずに生活することは不可能なのです。
ひきこもりを分類しても、
・対「人」コミュニケーションをしない
・直接的ではないが何らかの形で人間と関わっている(ネット媒介など)
・継続的な人間関係でなければ、直接的な対人コミュニケーションも可能
などさまざまなパターンが考えられます。
「五年間で三人しか会話していない」というひきこもりの知人がいますが、彼はネットを介してイラストレーターとして生計を立てています。私はその生き方を否定するつもりはありません。
ただ、
対人コミュニケーションは永遠にトライ&エラーの繰り返しです。もちろん、精度を上げていくことによってミスを減らすことは可能ですが、しかし失敗の可能性が0になることはありえません。
また、勉強や技術的な修練と違って、努力した分が反映されているという実感が得にくいという要素もあります。環境によっては、全く努力が意味をなさない場合もあるでしょう。
トランセルを地道に倒せばレベルが上がってジムリーダーに勝てるというものではないのです。
「成果が出るよう工夫して努力する」
ということと、
「成果の出る努力しかしたくない」
ということとは全く違います。
ピアノでも、初見で譜面を引きこなせるのは相当な熟練者のみです。
バイエルをつまづきながらさらって、技術というものは向上します。
よって、対人コミュニケーションを避けたまま生活するのは一種の傲慢と言えるでしょう。
以上が正論です。
が、個人的にはこの種の正論はあまり好きではありません。
ひきこもりの「人間が怖い」という気持ちがよく理解できるし、リスクマネジメントの結果として「人と接しない」という答えが算出される途中式も描けるからです。
「他人は何を考えているかわからないし平気で自分を傷つけるから関りたくない」
という主張に対し私は全力でイエスと言いましょう。
が、
しかし、
自 分 の 部 屋 の 掃 除 機 ぐ ら い か け ら れ る だ ろ >放映されていた青年へ
掃除機は何も考えてないし別にお前を傷つけないだろ
そして夜22時に起きて朝8時に起きることも可能だろう
そして現時点で家がありパソコンがあり養ってくれる親がいるんだから
対人が求められるバイトをしないでもパソコン使ってできる仕事はいくらでもあるだろ。WEBデザインでもグラフィッカーでもプログラマでも。
そしてそれは独学が可能じゃないの?
それらの努力の余地に一切眼を向けず「人間が怖いからバイトしたくない」と嘯く様には怒りすら覚えます。
人間が怖いことと怠惰とを混同してはいけない。異なる概念を混同して自己主張する人間にろくなやつはいない。
いじめもそうです。不登校バンザイだよ!行かなくていいよ学校なんて!
でもそのぶん家で自習すべきだ。高校卒業資格っていう制度があるんだから。
みたいなことで悶々としてたら以前された、
「お前は頑張れる環境と頑張れる能力があってしかも頑張ることが好きだっただけだよ」
っていう批判を思い出してしょんぼりします。
前二つは頷けるとして最後の一つは納得できない。
頑張るのが好きなやつなんていないだろ!でも餓死したり蔑視されたりがいやだからみんなしぶしぶ頑張ってんだろ!マラソン大会って何あの苦行!
でもどう考えてもアリストクラシーよりメリトクラシーのが妥当だと思うし、(メリトクラシー:業績(メリット)を基準として社会的地位が決定されるという考え方。対するアリストクラシーは要は貴族主義)
逆にそう考えないとホームレスとか見ててあまりにもやりきれないです。
っていうことを考えてたら、そういう「努力しなかったゆえに人生の敗者となった人たちへ慈善を行うことの意味」について書かれた日記を見つけたのですが、その要約。
・自業自得と思うとムカつくが、死なれても寝冷めが悪いから救う。
・バカな人がバンバン消費してくれるからこそ資本主義社会が成立してるわけで(みんなが賢く貯蓄したら資本が循環しない)、だから好況になったときまた消費してもらうために救う。
・「知力の才能もいる賃金の高い仕事」だけでは社会は成り立っておらず、「誰でもできるけどつまんなくて長時間で安い給料しかもらえない仕事」をする人も必要だから、生かさず殺さずな程度に救う。
エ エー ……… (´Д`;)
なんか……あんまり……っていうか……全然……私の聞きたい答えじゃなかった……。
無理……私には無理……っていうか……不可能………。
やりきれねええなああ。
努力はすべからく報われるべきとは思わないけど敬意を払われるべきだとは思うのよ。
だから敬意を払われてなかった人は努力しなかった人であって欲しいし、そうでないと考えるとこの世界にはあまりに救いがないと思うのよー!
ああなんか途中から論点がすり替わった…。
今日の公式
・ひきこもり≒コミュニケーション能力の欠如≠怠惰
(ただ、当然、人間関係から受けた打撃により精神状態が悪化し何をする気力も湧かないという状態はあると思うし、そういうときは静養するべきだししてる人に対してノーと言うつもりもないよ。ただ、そこに留まり続けるor回復しようという意思を一切見せない、というのはおかしいと思う。もし本当に病気なら病院に行くべきだろうし、それで治らないとしたらそれは本人が責められるべき問題ではない)
・努力しなかった報いを受けるとは当然だし同情の余地はない=努力した人間に対してはそれ相応の尊敬が与えられるべき
ああーそんな感じー。
心が優しいとか、なんか一個でも才能があるとか、頑張り屋とか。
でもマルチに有能な人がいる裏書としてマルチにダメな人もいるわけでさー。
twitter+ソーシャルコミュニティの威力がはっきり実感出来た。
それに加えて「ネットの専門家」ではない「ジャズを演奏する人」が個人でこういうこと
をやってるってのがすごい時代だなあと。
twitterで「Tom harrell」と検索したらたまたま発見。
理由はTom harrellの吹いてたフレーズが「251進行のフレーズ」まで細分化されて
タグ付けられて動画と記事になってむこうの「フレーズ共有サイト」みたいなところで
共有されてたから。
ジャズのフレーズにしろ和声にしろ、ネットワークとは相性いいだろうなぁと思ってた。
でもそれにはもうちょい時間かかるんだろうなぁと思ってたら、あっちだともう普通にやってたりして。
たとえば25進行のフレーズ探したければ25タグクリック又は検索でうじゃうじゃと。
んでさらにTwitterとかデリシャスとかフェイスブックとかGoogleBookmarでソーシャルブックマーク。
いやーすごいよこれは。
今までも勿論こういう情報を提供している人は居たし、そういう書籍もあるしサイトもある
けど、今までと決定的に違うのは
「全てのフレーズが細分化されてタグ付けされて共有されてる」こと
これでフレーズやら和声のソートが一発で出来る上に、人気のあるフレーズみたいなのも一発で分かる。
例えばFブルースの最初のパーカーのおきまりのフレーズが「F7」タグでブックマーク数一位とかね。
例えばDm7 G7 Cのタグが付いてるフレーズがあったとしたら
それに対して25のタグとかビバップスケールのタグとかコンディミのタグとか付いたり
みたいなことは余裕で出来る訳で。
「どのコードでどういうことがかっこいい」みたいのがネット上で共有で効率良く大量に
出来る。
リアルタイムオンラインジャムとか疑似ジャムとかフレーズコミュニティとか
リアルタイムで吹いてるのが譜面になるとか、今の時点で想像出来るのは
そんなに時間かからないで実現されるのかな。
いやー夢の話みたいだよこりゃあ
会社がなくなって楽譜がぜんぜん売られなくなったら困るでしょ?
え?そうなったらコピーし放題になって助かる?
実際、困ってるらしいからなぁ...
クラシック畑というか、吹奏楽関係者だと、さも公然にコピー譜が出回ってる
背景には、スクールバンドが「低予算の実情かつ教育目的の~」を印籠にして
学校間でコピ-、そのノリでOBが一般団体でもコピー、というのを繰り返したりして、
「原譜を買う」という意識が薄いまま学生が育つループができてるのがあると思う。
たしかに、古い定番曲は絶版になってることが多いだとか、
(特に邦人の、国内出版社分。アメリカ系のは出版社が変わって再版されてる場合も多いけど)
古い定番曲は在庫として持ってる学校が多いから、再販しても売れないとか、
昔(90年代以前)は海外譜・海外盤の入手・選択性がよくなかったかり、為替の都合で高かったから、
今とは違う事情(善し悪しは別に、海外情報の融通という意味で)があったとか、
いろんないいわけはあるんですけどね。
個人的には、自分が最初に出会った顧問の先生は基本的に譜面を買ってたし、
他団体から借りる場合にも、(コピーではない)原譜を借りた上で、
使用後はコピーなどを一切廃棄して残さなかったし(ギリギリでグレーのところ)、
自分自身も、学指揮をやってた頃は、私費と団費をやりくりして原譜を購入してた。
「CDなんてコピーでいいんだよ。パソコンソフトもまっとうに買うのってアホみたいよな。」
って言い出した時には、さすがにピキピキきた。あなたはナニでメシ喰ってはるんすか、と。
(CDじゃねぇ、入場料収入だ、と言われれば、まぁそうかもしんないけど、
基本的にはどっちにしろ、大枠のコンテンツ料・サービス料で稼いでるわけで)
歌を歌えるようになろうとは思っていないけれど興味津々.
「すごい」とか「素晴らしい」というのはどういうことだろう?
普通に歌える人の音に対する感覚が分からないから,どうすごいのかが
正直言ってよく分からない.「これはひどい」って意味なら納得できるけど…
子供の頃のことをもう少し書いてみると,こんな私だけれど
音楽の授業で楽器は割とできる方だった.それで成績付いていたようなもの.
出す音とタイミングと長さが分かっていれば出来てしまう.
自分の声でその音程の音を出せなくても楽器はその音を出してくれる.
だからそれは音感があるのとは別のことかもしれない.
手で絵がかけなくても PC 使えば絵が書けるという人がいるなら
それと同じ感じかな.歌と絵には何か違いがあるような気もする.
ちなみに http://anond.hatelabo.jp/20090225022536 も私.
(どう信じてもらえばいいのか分からない)芸術には縁がなさ過ぎる.
上の日記読んで思い出したのは,中学の時に音楽(たしかクラシック)聴いて
感想や何を表現しているか述べよという授業があったが,これが全く分からない.
模範解答を聞いてもその楽章(?)がどうしてそれを表現しているのか分からない.
それでも今はクラシックを聞くのは好きで,好きな曲やこの作曲家はいる.
ガブリエル・フォーレはお気に入り.ラジオのクラシック番組で教授の解説は
相変わらず全く分からない.聴き心地が良いかどうかだけが唯一の基準.
言葉のアクセントをどう認識しているのかというコメントに対して.
自分が話す場合,疑問系で語尾を上げる時に相手にうまく伝わらないことがある.
アクセントじゃないかもしれないけれど「○○ですか?」の意味で
「○○です↑」と語尾を上げて言ったつもりでも間を置いて
「今,自分に聞いたの?」って聞き返されたことは何度かある.
単語のアクセントは話の流れで分かってくれるみたいだから,
私は知らないだけで伝わっていないことは実際にはもっと多いかもしれない.
他人が話す場合,聞き取る方には問題がないようで相手が意図したように受け取れる.
あくまで,自分が出したいように音を出せないのが問題だと分かってきた.
また子どもの頃の話に戻って,聞き取る方は問題がないと思うから
合唱の時は自分の声が他の人と比べると外れていることは分かる.
でも独りで歌う場合,比較対称がいないから自分の音が外れているのか分からない.
相対音感の人が独りで歌う時,最初の音を基準にどれだけ高い低いで判断しているなら
最初の音が楽譜通りのその高さかどうかをどう判断しているんだろう?
と考えると普通の人も少なからず絶対音感の欠片でも持っていないと無理ではない?
取り止めがなくなってきたから,これで最後.
元記事に「楽譜の歌詞は平仮名で書いてあるから無意味な文字の羅列だと思っていた」と書いた.
絶対音感ではないけれど街中(特に店内)で他人の声を聞いていても同じような感覚に陥る.
何か声(というか音というか)が聞こえるけれど,明瞭ではないと言葉として捉えられない.
そういう状況を自分の中で騒々しいと位置づけているのかもしれないと,今書いていて思った.
だから邦楽でも歌詞を見ないと何を言っているのか分からない曲は聞いていられない.
そう滅多に無いことだけど、ゲームをやっていて異常な位に興奮しているときがある。
某音ゲーには通常のプレイモードのほかに、段位認定モードというものがある。
段位ごとに指定の曲が数曲あり、初めは100%のゲージを0%まで落とさずに最後の曲まで演奏出来れば段位取得。
簡単に説明するとそういうモードだ。
そして自分にとって、超えられそうで超えられない壁は、9段。
かれこれ半年、何十回と挑んでジリジリと手を伸ばしながらも、今日までずっと超えられないでいた。
一番調子良かったときでも最後の曲の間奏までしか持たない。もう少し。もう少し練習しないと。
数回の肩慣らしと通常プレイのあと、最後の1プレイは必ず9段に挑戦することにしている。
1曲目。いつもより調子がいい。最後はしくったけどゲージは十分に残している。いいぞ。
2曲目。さっきの良いイメージを自分の中に残して、一気に駆け抜ける。
けして褒められた結果ではないが、それでも今までで一番良い結果が残った。今日はいけるかも!いや、行くぞ!
3曲目。最後の曲だ。イントロ。歌いだし。順調に推移していく。今まで越えられなかった間奏。・・・超えた!
心拍数が上がっていく。膝が震える。胃が熱くなっていくのを感じる。変なところから汗が流れる。耳たぶが熱い。呼吸が揺れる。
頭の中が真っ白になっていく。色んな想像が駆け巡る。でも目の前の譜面はしっかり捉えている。指は動いている。
どうしよう、やっと9段取れちゃうよ。いや、まだ判らないよ。まだ最後まで全然油断できないし。
いや、今日の俺は神がかってるからこういう時に取れちゃうんだって!いやいや、そんな事考えてるよりも集中しろって!
頭の中で色んな声が勝手に会話しているのに目と指は関係なく動いている。まるで脳を介さずに目から指に神経が直結しているように。
ゲージはジリジリと下がっていく。でも曲も確実に終盤に向かっている。逃げ切れるか?逃げ切れるのか!?
・・・結果を言えば逃げ切れなかった。最後のアウトロで左手の指がもつれて、あっ、と思った瞬間にゲージが尽きた。ゲームオーバー。
そそくさと筐体からカードとジャケットを回収して、とりあえずベンチを探して腰掛けた。
緊張が解けて、今の自分の異常な事態がようやく冷静に理解できてくる。ゆっくり火照った体を、呼吸を整える。
頭の中も異常な興奮状態に入ってたのがゆっくり解けてくるのを感じる。足も、指もまだガクガクしているのが判る。
たかがゲームだ。でもそのゲームでここまで興奮できるのかと思ってしまう。俺がおかしいのか、それともゲームが凄いのか判らないけど。
ただ、この瞬間を知らずに「たかがゲーム」と思ってる人はもったいないよなー、と思いながらなかなか人に言えないので、増田に書いてみましたん。
初めて増田を使ってみた。
大抵の方はタイトルを見てこのエントリに来ていただいていると思うので、グラディウスリバース(以下グラリバ)についての説明は割愛。
グラリバが配信されて当然速攻で落として、平日だと言うのに必死でプレイして、コンティニュー連打で何とかノーマルモード3周済ませた。
さあ、自分の表のブログとかmixi日記とかで良い感想をたくさん書いてグラリバを大いに盛りあげてやろう、と思ったのに・・・何故か手が進まない。
情報公開から配信、そしてプレイ中はあんなにいい気分だったのに、どうしてもグラリバの、他人に推したい点が思いつかないのだ。割と本気で困っている。
もちろん、移植ではない完全新作タイトルであるところとか、グラディウスとしてバランス良く仕上がっているとか、この内容で1000円というコストパフォーマンスの高さとか、MSXグラディウス2のビフォーストーリーが語られているとか、難易度EASY/VERY EASYが史上最高に簡単(でもNORMALの下がいきなり敵弾破壊可能、で「普通のEASY」がないのはどうかと思う。本来EASYに求められる「敵の攻撃パターンや弾の撃ち方を覚えましょう」って役目を放棄している気がする…)とか、良い点はたくさんあるんだけど、他の作品ではなくこのグラリバを他人に「YOUプレイしちゃいなYO!」って推す要素が見つからないのだ。
ご存知の通りグラリバは、ありとあらゆる要素を過去の作品から引っ張ってきている。曲しかり、ステージグラフィックしかり、敵キャラしかり。
Wikipediaなんかだと「随所に小ネタが??」みたいな書かれ方をしているけど、“小ネタ”でしかゲームが構成されていないと言っても過言ではない。
むろんこれは「グラVI」みたいなナンバリングタイトル(メインストリーム)ではないし、WiiWareだし、言うなれば携帯アプリみたいなもんで、だからこういうセルフパロディというかミニゲーム的な内容でも全然ありだと思う。最初から「100%旧ネタを用いたセルフパロディ的作品です!」とアナウンスされているならこんなに変な気分にはならなかったと思っている。
グラリバみたいな「旧ネタ」を盛り込むことを重視した作品と言えば「外伝」が思いつくんだけど、旧ネタをそのまま、ではなくてちゃんと咀嚼してそこから新しいものを作り出しているじゃない。
例えば3面の結晶面。「グラII」3面が元ネタであるのは自明だけど、そこにレーザー屈折という新しい要素を加えてきた。
あと7面の火山面。ステージグラフィックは伝統の火山面そのままなんだけど、ここに「エピII」4面の重力要素を加えている。エピIIでは地形に引かれるというギミックだったけど外伝は地形までも巻き込んで画面方向に引かれるという凝った演出で。
でもグラリバのステージは元ネタをそのまま引っ張ってきていて全くひねられていないことにガッカリ、というか困惑させられている。骨面とかは本当にそのまま。骨面なら骨面をやりたい!と思ったときに、PCE版グラIじゃなくてグラリバを選ぶ気になるか?という話。
音楽に関してもそう。作曲者はいまやシューターならその名を知らない者は居ないと言ってもいいような人気コンポーザー、並木学さん。僕もとくに並木さん本人のファンというわけではないけど、「バトルガレッガ」と「ケツイ」の曲は大好きでよく聴いてる。
そんな有名なコンポーザーをおそらくは高いギャラで雇って「新曲はいらないです。全曲過去作からのアレンジでお願いします」とは・・・僕ならとてもじゃないけど言えないw
だって、並木さんの曲が好きで、グラディウスの曲が好きだったら「並木さんの作るグラディウス」が聴きたいでしょ、常識的に考えて。
たとえば空中戦をアレンジ曲、ステージ曲をオリジナル曲、とかに出来なかったのかなと。
あとアレンジもあまり「ひねりがないな」と言うのが正直な感想。例えばSFC版「グラIII」の奇数面ボスの曲なんかは「Aircraft Carrier」のアレンジで、譜面だけで見ると全然変わっちゃっているんだけど、やっぱり聴けばちゃんと「ああ、ビッグコアの曲のアレンジだ!」って分かる。折角高名なコンポーザーを高い金で使うんだから、そのくらいやっていただかないと損じゃないか?と思うし。
あんまり音楽の話ばっかりしたくないんだけど、原曲とグラリバで曲が使われている場面にあまり整合性がないのも何だかなー、って気分になる。元ネタの曲を選定したのが並木さんなのかM2さんなのか分からないんだけど、曲だけ聴いて決めていたとしたら、ちょっとそれは元ネタに対する敬意が払われていないんじゃないか、と思ってしまう。
全5面のうちの2面でいきなり「LAST EXIT」が流れてくるのはやっぱり違和感があるし、最終面の曲がよりにもよってMSX沙羅曼蛇のバッドエンドの曲とか、縁起が悪すぎるw(伝統的に最終要塞の曲はもうちょっと明るい雰囲気が多いのでその点からも違和感がある…)
そして一番違和感があるのは、開発元もプレイヤー側も、「今回のグラ新作、旧ネタ満載で素晴らしい!」としか捉えてないこと。満載って言うか、ここまで来ると過積載だよ。
2chのスレとか、ネット上では「グラV」とか新しいグラディウスはあまり受けがよくないように見えて(でもこれは本当に「見える」だけだと思う。反対派の声がでかすぎるだけで実際には「反対意見はないから出さない」人がサイレントマジョリティだ)、「旧作の曲はあんなに素晴らしかったのに」「旧作のステージはあんなに遊び甲斐があったのに」みたいな意見をよく目にするから、おそらくはそういうプレイヤーたちに文句を言われないようなつくりを考えたらああなってしまったんじゃないかな、とも思う。作曲者も、東野さんや古川さんを呼べないなら、文句が出ないような人だともう並木さんぐらいしかなかったのかなと。
確かに文句は出ていない、いまのところ。ゲーム単体として考えればグラリバは普通にグラディウスだし面白い。でもあまりにも姿勢が安直過ぎる。「文句を出さない」事しか考えてなくて、「グラディウスの新作を作ってやろう」、ひいては「新しいゲームを作って売り出そう」ってことへの意欲が全く見えてこない。
僕もグラディウスが好きで、ここで言う「旧作」もほぼ全部プレイしたことがある。それゆえにグラリバで旧ネタがいっぱい使われていると知ったときは嬉しかった。MSXシリーズのストーリーに則った作品だと知ったときは本当にエキサイトして、変な汁が出そうになった。…しかし、「旧ネタしかない」グラディウスを商用作品で出されてしまって正直なところ嫌な気分になっている。「あいつらは旧作だけ与えておけばおとなしいから」ってバカにされている気がする。
グラリバには「グラリバだから出来るなにか」がなくて、「次に続くなにか」もない。
だから残念ながら僕は、他人にこのゲームを勧める事が出来ない。
http://anond.hatelabo.jp/20080824041507
「課題は自由です」「方法は自由です」
こんなんが自分は大の得意だった。
周囲の生徒が目標さえ決められずダラダラグズグズしている間、ウキウキしながら考え、実行してた。
残念ながら「時間は自由です」がないのが玉に瑕だったけど。
何を書いてもいい、画材も好きに選べる
どの本を選んで感想を書いてもいい。
…そう聞くだけで、考えるだけでワクワクしたものです。
勿論、評価されるのは教師が望んだ課題で、望んだ回答を書くような生徒だったけど、
別にそんなのどーでもよかった。
学級委員長やるような生徒ではなかったし。
(私たちの世代は学級委員長=先生の気に入るように要領良くやれる生徒だった)
授業だ勉強だといいつつ、実質好きな事を好きな方法でやりゃいんだから。
今思えば、あれは「社会に出るまでの人格形成」だったんだと思う。
先生に気に入るように模範的な方法を選べる人間。---キャリア組
自分で判断し、自分で上を目指せる人間。-----------技術畑
誰かに指示されなければ何もできない人間。---------電話番、お茶汲的事務。機嫌伺の営業。
花丸をもらえる=社会的に認められる人間は、上から順に容易い。
白を黒を言わない技術者は模範的な会社忠誠人間には適わないし、
ただ、これは「適材適所」であり、「誰かに指示されなければ何もできない」人間だって、社会には必要だ。
だから、先生は点数をつけちゃいけない。
評価や優劣はつけるべきだが、それを点数にしてはいけない。
自分もたった一度だけ、「読書感想文」に「X」をつけられた事があった。
赤字で「この作品の感想を書くべき部分はそこではありません」とあった。
「感想をかくべき部分」の「感想」なんて、他にゴマンと書く人間がいるじゃないか。
それを分かっていて、自分は形式ばった部分よりも、別の所に注目して感想を書いていた。
丁度、小学校の六年生だった。
私は
「音楽という、感性を試される授業をメインで受け持っているくせに、馬鹿だなぁ
感想に○も×もないって。テストじゃないっつーの。だから女はダメだな」
などと、思い切り偏見を持った。
別に音楽をやってるからって感性関係ないし、ましてや女性は無関係だ。
とはいえ、「読書感想文に×をつけるような教師」=「女性」という経験と記憶は消えない。
「なんで先生は自分は○になるように導いてくれないんだ。」
と、先生を恨む方に傾いたに違いない。
そして、そこからの人生はキャリア組か、「模範人間」か「指示される人間」あるいは、どちらにもなれなくて他者を恨むだけの人間になってたかもしれない。
小??中学年までは、教師という職業に、ものすごく大切な物が求められると思う。
そして、その評価をするのは、まともに自分の気持ちや意見をまとめられない子供だ。
勿論教師だけの問題じゃないけれど、
もっともっと、教師は、子供の自由性と自発性を高めるように行動できる人間になるべきだ。
少なくとも、幼年期や低学年の教師はテストの結果で決められる物ではない。
一時期から以前よりもそういう「自由や自発性」を重視する授業を取り入れることが多くなったけど、
まずは教師の意識改革が必要だよね。
多分彼らも
「どうやっていいのか、先生は教えてくれなかった。
どうやれば生徒やその親から○がもらえるのか?」
って思ってるに違いないから。
つーかこれ譜面見て1発撮りなんだろ?
本人達は試し撮りのつもりで気軽に歌ったら、
パヤオが撮り直し許さなかったって書いてあったぞ。
そりゃヘタだろw