はてなキーワード: ボディランゲージとは
http://anond.hatelabo.jp/20141130202457
増田アドベントカレンダー2014の10日目です。執筆者は名も無き増田です。
ゲイの出会い系の何が楽しいかを書いていくので、皆さん参考にしてください。
オナニーのオカズは必ず女性と男性の絡みのアダルトビデオです。
男性相手に勃起もしますし、射精もしますが、それは単に刺激により反応してしまうだけで、私はノンケです。
でも、私はゲイの出会い系で、ゲイの人と知り合い、ゲイの人と恋愛をし、ゲイの人とセックスすることを楽しく感じています。
それを詳しく説明していきます。
中高と男子校で、大学は一学年に2人ぐらい、職場には3人ぐらいしか女子がいませんでしたから。
どのぐらい緊張するかというと、くるくるその場で回ってしまうぐらい緊張してしまいます。
それどころか、自分の要望を伝えたり、相手の要望を汲み取ったりと
「会話」すら成り立ちます。
これは大きな違いです。
女性相手には「会話」以前に、ボディランゲージですら自分の意思を伝えられません。
ところがどっこい、男性相手なら会話どころか、ボディタッチすら余裕です。
つまり、女性と男性を比較したとき、僕は男性といる方が楽しいということです。
○女性とのセックスはよくわからない、でも男性とのセックスはよくわかる
非モテですけど、私は風俗などで女性とセックスをしたことがあります。
いつハメていいのか、相手は感じているのか、相手はちゃんと行ったのか、風俗だからというのはもちろんありますが、さっぱりわかりません。
理解できません。
勉強しないといけません。
でも面倒です。
「相手が射精できた」
この2つさえ守れれば、何をしても多分大丈夫なんです。
(ケツ穴を使ったセックスはあまり経験が無いので、この場では省きます)
おちんちんを舐めてあげたり、しこってあげたり、乳首をつねってあげたり、アナルをさわさわしてあげると、相手のおちんちんが勃起して、それらを繰り返すと射精する。
そして何より、それらの機能が自分にも搭載されているので、練習や勉強も楽チンです。
つまり、女性とセックスするより、男性とセックスする方が僕は楽しいということです。
○年上の男性に「甘える」ことの楽しさ
皆さん、最後に甘えたの、何時ですか?
僕は先日の土曜日にたっぷり出会い系で知り合った男性に甘えてきました。
ご飯を奢ってもらい、銭湯を奢ってもらい、たっぷり責めてもらい、たっぷり射精させてもらいました。
そして何より、たっぷり相手に気持ちよくなってもらえるよう、必死にご奉仕しました。
たまに実家に帰ると、据え膳上げ膳でとっても楽ですよね?
それの数倍、年上の男性に甘えるのは楽です。
なんたって、親と違って、独身だし子供もいないから、金持ってますからね。
親に甘えるのとは違って、金銭的に甘えても、
「その分、たっぷりエロいことさせてもらいまっせ」という打算的関係で帳消しです。
まあ、僕はエロいこと大好きなんで、完全にWin-Winどころか
年上の男性は金持ってるから甘えられて、僕は楽しいということです。
「自分をよく見せよう」とか
「相手に好かれよう」という意識がとても強く働いて、
少なくとも僕はそうです。
僕はありのーままのー自分を見て欲しいですし、相手もありのーままのー自分でいて欲しいです。
特にビジネスの場や、社会ではそれは欠かす事の出来ない要素だと思います。
でもそれって楽しくないです。
僕は女性といるより、男性といる方が楽で、楽しいということです。
○結論
「恋人作るよりも、友達の方が欲しい」とかって思ってませんか?
でもそれって、友達の上に、セックスまで出来たらよりハッピーだと思いませんか?
僕の師匠は言っていました、
「男の人は男の人同士で 女の子は女の子同士で恋愛すべきだと思うの」と。
「すべき」はもちろん言い過ぎです。
でも、自分もそうだと決めつけていませんか?
自分がありのままでいられるのは、女性といるときですか? 男性といるときですか?
もう一度よく考えてみてください。
僕はよおく考えてみました。
前日は空が白むのを見てから寝たにも関わらず、暑さゆえに8時過ぎ起床。
テントサイトにて、フジロック初回から参加し続ける猛者たちと杯を交わす。
潰れる一歩寸前まで日本酒を飲み、大声で歌いながらライブ会場へ。
・青葉市子
前野健太とソープランダーズを見逃し、フジロック2日目は森の中の青葉市子からスタート。
会場は、青葉市子に似つかわしく、森の中にぽつんとある一番小さなステージ。狭いながらも超満員。
心地良い演奏にうとうととしてしまい、椅子から転げ落ちそうになったため次のライブに移動。
青葉市子の弾き語りは2週間前に下北沢音楽祭で見たし、前日の深夜にもピラミッドガーデンにて見ていたので特に感想はなし。
なんか日本のバンドっぽくない印象。逆輸入アーティストだからまぁそりゃそうなんだけど。
日本のバンドは演奏が上手く、サウンドメイキングにより強烈な個性を出すのは苦手、
そして海外のバンドはサウンドメイキングにより表面的な個性を打ち出すのが上手く演奏は下手くそ
というイメージを勝手にもっているのだが、トクマルシューゴは後者に該当した。
演奏は下手くそというとさすがに言い過ぎだが、難しいギターのフレーズはCD音源のほうが綺麗に弾けてるし、バンドのアンサンブルもなんとなくだけどそこまで息がピッタリという雰囲気でもなかった。
前日にギターの達人たちを見たからハードルが上がってたのかな?
しかしおもちゃ箱を開けたようなサウンドはライブでも健在であり、楽しいライブであることは間違いなかった。
そういえばドラムの人が目測で身長190以上あって存在感半端無かった。
・SUZANNE VEGA
本当はオレンジコートでVERY BE CAREFULというクンビアバンドを見たかったが、豪雨により断念。
フィールド・オブ・ヘブンのTシャツ屋でなんと2時間近く雨宿りをして意地でSUZANNE VEGAを見る。
何度テントに帰りたいと思ったことか。まぁこの時テントは雨漏りしまくっていたわけだが。
しかし演奏は素晴らしかった。フジロック三日間を通してのベストソングは間違いなくSUZANNE VEGAのLUKAだろう。
LUKAのリリースからは既に26年が経過しており、声の変化が心配だったが、そんなのは杞憂に過ぎなかった。
バンド編成はなんとアコギを抱えたSUZANNE VEGAとエレキギターのおじさんのみ。
エレキギターのおじさんはルーパーを巧みに操り1人でドラムとベースとリズム&リードギターをこなしていた。
最初は「おいおい手抜きかよ」と思ったが、今思えば逆にそれが功を奏していたといえる。
このシンプルな構成により、LUKAに限らずSUZANNE VEGAの声が前景化して、より感動的に仕上がっていた。
リバーブが思いっきりかかったおじさんのギターソロも際立っていた。
豪雨によりずぶ濡れになった服を着替え、少し遅れてレッドマーキーへ。
ボーカルはスーツに黒い革手袋!真紅の帳に舞い降りた漆黒の歌い手!
いやー、モニターに足をかけて客席を指差すとかもう完全にV系です、ありがとうございました。
This song is called〜〜って演奏前にいう感じもなんか外国語ながら中二感を感じざるを得ないw
遅れて行ったからか、Wonderful Lifeが聞けなかった。
・KENDRICK LAMAR
ビョークはあんまりわからないし、死ぬほど混んでいたのでさらにわからないKENDRICK LAMARへ。
なんと10列目でラーメンが食べられるほど空いておりましたが、ライブ自体はとてもよかった。
まずDJセットではなくバンドセットで、B-BOYたちがバンドをやっている姿はなんともシュールだったw
そして、今風なアンビエント的R&Bみたいなのを生で初めて聞いたのだが、あの手のものは音圧が半端無いんだということを知った。
Frank OceanとかJames Blakeとかも生で聞いたら恐らく音の風が吹いてくるみたいな感じなんだろう。
KENDRICK LAMARはとにかくアンダーグラウンドのワルみたいな雰囲気で、なぜか雨もやんでいてステージには屋根があるにも関わらず300円のビニールレインコートを着ていたw
スヌープドッグがシャンプーハットをファッションとして着ていたりするが、これもそういうことなのだろうか…
フジロックベストアクト、エンターテイメント部門はJURASSIC 5に決まりでしょう。
途中でタイコクラブで知り合った人に遭遇したり、後ろの人に声をかけられたりとテンション上がりすぎて、いつの間にか持っていたジン300mlをライブ中に飲み干していた…
ライブはショウとして完成されており、DJの二人によるショルダーCDJ(!?)とショルダーサンプラーでのライブが挟まれるなど、90分間片時も飽きさせないライブだった。
そして脱退したと思っていたカット・ケミストが生で見られたのもなかなかに感動的。
前日のDJシャドウは深夜につき断念したが、カット・ケミストのターンテーブルさばきはしっかりと目に焼き付けた…と言いたいところだが、酩酊状態につきそこまで覚えていないw
DJももちろんすごかったが、前に立つ4MCもKICK THE CAN CREWのように、それぞれキャラ分けがしっかりとなされており、コミカルなボディランゲージと共に最高のフロウを聞かせてくれた。
全てがノンストップにミックスされたライブだったので曲単位でこれがよかった!とかはあまり感じなかったが、BreakのサビやI am sombodyのコールアンドレスポンスは酩酊状態だったにも関わらず鮮明に記憶している。
全体的にショウとしての完成度で言えば直前のKENDRICK LAMARを大きく上回っていたな、まぁ比較してもしょうがないが。
この後はJURASSIC 5で声をかけてきた人とそのお友達(みなさん私よりも10歳以上年上…)に二時間以上も絡み続けて、千鳥足でテントに向かいましたとさ。
自己啓発セミナーにハマって俺を救ってやろうと必死に勧誘してくるしつこい兄貴が送ってきたブログ記事が面白かったので訳してみた。
元ブログ記事:http://themodernsavage.com/2008/09/30/the-dilemmas-of-male-virgins/
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年配の童貞男の数は日に日に増えている気がする。仮に増えていないとすれば、よりその存在が目立つようになっているのは間違いない。インターネットの匿名性と、映画「40歳の童貞男」のお陰か、童貞男が自分の事について、匿名性を保ちながら世界に発信する事が一般的になった。
インターネットは童貞男で溢れている。ここやここなんかを見れば分かる。かくいう私も去年27歳で童貞を捨てるまでは同じ境遇だった。
オタクやギーク、負け組を特集するようなリアリティ番組の多くには必ずと言っていいほど童貞を主張する男性が登場する。VH1の「The Pick Up Artist」の前回のシーズンだけ見ても、参加者の半数は童貞で、しかも最年長は45歳と来た。
男が20代後半を過ぎて童貞であり続ける正当な理由なんて存在しない。例外があるとすれば、深刻な身体的・精神的傷害を持つ場合くらいだが、それは童貞男人口の中でもごく少数で、大半はどこにでもいる普通の男性だ。しかし何故か彼らはどうやってセックスまで持ち込むのか全く検討がついていない。それだけの年月を生きていたら、ラッキーイベントの一つや二つに遭遇するだろうと思う人間も多いかもしれない。しかし、問題はそこではないのだ。
ちなみに、読者の中には結婚するまで童貞を捨てたくないという人もいるだろう。この記事は君たち宛てのものではなく、セックスしたいけど出来ない人達向けだ。そもそも性欲旺盛な男としては、一体何でセックスを我慢したいのか全く理解できないけど、それはまた別の話という事で。
最初に挙げたいのが、殆どの男性がオナニーに使っているポルノが、YouTube的なポルノサイトの普及のお陰で非常に入手しやすくなっているという事だ。これらのサイトが多くのアクセス数を稼いでいるのはAlexaトラフィックランキングを見ればすぐに分かる。YouPorn(41位)やRedTube(49位)は全ウェブサイトの中でもトップランクに入る人気で、1日で何百万ものアクセスが入る。ちなみにNYTimes.comは97位、ESPN.comは71位だ。
Alexaランキングサービスを知らない人に説明すると、順位の数字が低いサイトほど、そのサイトのトラフィックが多いという事だ。例えばGoogleは2位で、このブログは259,388位だ。下の表を見れば分かる通り、ポルノに対して高い需要がある。
http://themodernsavage.com/wp-content/uploads/2008/09/alexa_porn_chart.jpg
ポルノの何が悪いかって?それ自体が悪い訳じゃないし、私もみんなと同じようにポルノは好きだ。問題なのは、それによって男性が女性を口説く必要が無くなり、口説く気すら無くなっているという事だ。自宅で望むままに性的欲求を発散出来るのだから、誰がそんな事をわざわざするだろうか。
女性から拒絶されるような苦労も無く、楽に欲求を満足させられるとしたら、自己改善のモチベーションが著しく削がれてしまう。そして自己改善は男性が女性から好意を受けるのにキーとなる重要な要素の一つだ。
別にポルノが全て悪いと言うつもりはないが、間違いなく良い影響を与えてはいない。ポルノはテクノロジーによって生み出されている根本的問題の一部にすぎない。インターネットやビデオゲーム産業の発達により多くの娯楽が生まれ、少年が校内で女の子を追い掛け回す時間が無くなっていった。代わりに誕生したのが、12時間テレビの前でララ・クロフトをオカズにオナニーするジョニーくんという訳だ。
いわゆる「オタク」というステレオタイプが童貞と結び付けられる事には理由があるのではないか。パソコンを持ち、最先端のインターネットポルノにアクセス出来るのはいつだってオタクだ。これははたして偶然なのだろうか?答えはみんなに委ねよう。
童貞が長期間童貞であり続けるほど、童貞卒業が難しくなる傾向にある気がする。下記の残酷なグラフがそれを表している。
http://themodernsavage.com/wp-content/uploads/2008/09/age-vs-virginity.jpg
私の持論では、童貞男が年を取れば取るほど、自分のセックス出来る能力に疑問を抱き、自信低下の下方スパイラルに陥ってしまう。そして「自信」は女性から好意を抱かれるために必要なメイン要素だという、どうしようもない矛盾がある。
若い内はセックスできない理由を運の無さだと言い切る事が出来るが、時が経つにつれ、男性は自意識過剰になり、自分のルックスに疑問を抱き、自分の欠陥を社会のせいだと言うようになり、やがて自尊心は地に落ちる事になる。自分の置かれた状況にあまりにも絶望し、すっぱり諦めてしまう可能性もある。40歳になり、ルックスはそこそこいいのに、心の奥では女性に対して隠れた憤りを抱いているような男になってしまう。
童貞男の中には単に悪いアドバイスを受けてしまい、女性を引きつけるための基本的スキルが欠落しているだけの者もいると思う。別にこれは理論だけの話じゃなく、どこの恋愛相談系の掲示板を見ても分かる事だ。そこの書き込みを見れば、殆どの男達(その殆どが童貞)は、自信やボディランゲージ、ナンパ、アプローチ方法、女性との会話等といった事に対してからっきしである事が分かる。
女性について何も知らない人に対して「自分らしくすればいい」と言うのは最悪だ。それは「それでうまくいった事はないけど、とりあえず同じように何度も繰り返していって、いつか運良く上手くいけばいいね」とアドバイスしているようなものだ。
彼らは駄目な所からアドバイスを受けているだけで、重要なのは魅力のいろはを学ぶという単純な事だけかもしれない。
童貞を卒業する前、こんな意味不明な思考をいつも抱いていた。当時はもっともな考えだと思っていたけど、その内容はだいたいこんな感じだ:
あの子は俺の事が好きで俺も彼女の事が好きだ。彼女は素晴らしい人で、きっと長期的な交際、しいては結婚にまで発展する運命の人かもしれない。もし告れば、今すぐにでも付き合い始められる…だけど問題がある。俺は他の女性とセックスした事がなく、もし彼女と結婚してしまったら俺が生産セックスする相手は彼女一人だけになってしまう。せめて人生の中で複数の相手とセックスしたい。だから、他の女性とセックスするまでは彼女にアプローチしない。
無茶苦茶だろう?多分人生でそういう機会が20回ほどあった気がする。これは成功に対する恐怖と、それによる自己妨害行為で、これもまた一つのどうしようもない矛盾と言える。無茶苦茶な考えだという事はもう理解していて今はもうその考えは捨てたけど、同じような考えを抱いている童貞男が他にもいるだろうというのは容易に考えられる。
最後に、30代・40代の男性の人達へアドバイス。たとえ大して好きでもない女性を口説かなくちゃいけなくても、まずその「最初のセックス」を済ませてしまう事に専念しよう(もちろん合法的に)。初体験を済ませるだけで大量の重荷から開放されるし、その初体験だけで呪いを打ち破るだけの効果はある。
他にも、例えば、youtubeには外国人がきゃりーぱみゅぱみゅをみて驚いたリアクションをする様子を映した動画があったが、
これだけは間違いだ。
俺たちからはすごく不自然な感じ(またはあほらしい感じ)がするあれだが
あなたが疑い深いなら
「2girl 1cup」などで検索して、
つまりいくら話題になってもCDの1枚も売れるわけないタイプの動画でも、
どれほど膨大な数のリアクション動画が投稿されてるかを確かめてみるといい。
彼らはつまり
その衝撃や笑撃の深さを文字で表すよりも
表情や動きや声の抑揚で表現して共有することを好むみたいだ。
日本人ほど文字を信じてないというべきか
ボディランゲージに長けてるというべきか
別言語の国の人にも語り掛けたいと思ってるのか
どれかはわからない。
ただなんとなくあれは
あともうひとつ
きゃりーぱみゅぱみゅはむしろジョーク動画として熱く支持されてるのもリアクション動画の多さからわかる。
ミュージックビデオにはリアクション動画はあんまり投稿されない。
元小泉チルドレンで今は国会議員返り咲きを狙ってる杉村太蔵さん。
あの人って明らかに変だよね。
太蔵さんはTVに出てくるたびいつも会話がまともに出来ない。
自分の番が来たら、用意してきたらしいことをドバーッと喋るんだけど
他の出演者からの合いの手や質問や突っ込み、司会による整理、はまるで受け付けない。
だから、やり取りをしながら盛り上がっていくとか膨らむってことが全然無い。
司会が「なるほどそうですかー」で終わらすか
お笑い芸人が外側からの茶化しでオチをつけてくれて終わるかになる。
ちょっとあがってるとか、照れ屋さんだとか、口下手だとか、そういうのとは全く異質。
更に先日、
ゲストが悩み相談する番組(相談に応じてくれる学者とのやり取りが必要な番組)に
太蔵さんがゲスト出演してたんだけど、そこでの彼は普段以上にその異常性があらわだった。
太蔵さんの質問は「人の名前を覚えきれない」で、
政治家は1日に数百人と名刺交換するんです、なんてミニトリビアも交えて
相談内容の説明まではスラスラとやってた。
でも質疑応答が始まるともうおかしくなって
症状の程度を具体的に質問されてるのに答えられない。
というより、聞かれてることにまともに答えることがほとんどない。
「会ったことも思い出せないんですか、顔と名前が一致しないだけですか」っていう二者択一質問されても
「いや、違うんです!」とか言いながらまた自分の話を始めちゃう。
とはいえ番組構成上、学者からのアドバイスや処方箋を聞く段になるんだけど
「こういう記憶のテクニックがありますよ」って女医か何かから教えられてるあいだ
太蔵さんは明らかに真面目に聞いてない。
表面的には口開けて大げさに何度も頷くという感心のリアクションをしてるんだけど
ちょっと注意して見ていれば無言で伝わってくる「聞きたくねえ」「我慢してます」感。
あと、太蔵さんはすごくわかりやすい癖が未矯正で残ってるんだけど
嫌なことに耐えてるときに露骨に細目になる。
「興味が無いことについては脳は記憶しにくい仕組みになってます」
かろうじて口では「ああ~ なるほど…」とか言いつつも
腕を組み首をひねって顔を斜めに向け、眉毛を寄せ、上唇が上がり、細目通り越して薄目になって聞いてた。
もう全力で「これ以上聞きたくないです!」っていう意識が表面に現れたボディランゲージ。
彼はもしまた議員復帰しても外交とか交渉ごとはやらないで欲しい。
・・・でも最近こういう人物をリアルでもネットでも散見する気がしない?
2a・表面的には明るく快活で社交的
3a・口では新進の立派な信念やビジョンを述べる
↑↓
2b・作ってるキャラと裏腹に対人ストレスに弱くてすぐ地が出る
3b・掲げたビジョンはどっかからのパクリで本人はよくわかってない
4b・ほんとは人の話聞くのが大嫌い、まして苦言なんか1秒も我慢できない
もし発達障害とか社会不安障害(http://www.sad-net.jp/)だったら、対応は精神科になるんで、まずそっちで切り分けかなーと思うんだけど、どこに違和感があるのかわかんないからなんとも。
普通にあがってあわあわしちゃうっていうのとも違うっぽいし。
昔、ものすごく人と眼を合わせてしゃべる知り合いがいて、別に悪い人でもなんでもないんだけど、ちょっと圧迫感あった。韓国に遊びにいったら、あっちは個体間距離を詰め気味だし、トークのやり方も結構濃い。
視線の置き方、沈黙の取り方、話し始め方、ボディランゲージ等々、「ほかの人の一緒にいる時のやり方」が人によって違うし、文化によっても違うんだけど、そのへんが元増田の周辺の人となにかズレてるのかなーという印象ではあります。
いずれにしても、障害の問題なのか、たまたま振舞い方が周囲とズレてるのか、ズレてないけどズレてると思い込んで苦しんでいるのか、切り分けするならまず精神科になると思う。
話し方教室的なサービスもこの世にはあるけど、どこがいいのか皆目見当がつかない。
アナウンサー経験者がやってるアナウンス技術教室的なところやら、とにかく練習して自信を持てばなんとかなる!的なところやら、基本、あんま科学的じゃないし。心理学のバックグラウンドもってそうなところがあればいいんだけど、心理学もピンきりで。
「筋肉の使い方と割り切ってトレーニングする」「会話の『練習』ができる」てのは悪くないと思うし、マンツーマンでなければ他にそのへんで困ってる人と接触できるわけで、そこから学べるものはあるかもしれない。でもコスパと応相談。
本当は心理学系で理詰めで各種トレーニング&指導できるところがあればいいんだけどね。会話をビデオに撮って後で見ながら、解説してくれるとか…
自分は聞いたことないけど、ひょっとしたらどっかやってるところがあるかもしれない。
「コミュニケーション」ていう実体がわけわからん化け物相手ではあるけれど、障害なら治療の道はあるし、ズレてるなら修正のしようもあるし、思い込みなら思い込みの癖を緩めていく方法はあるわけで、頑張れ!
上手い嘘つきはバレても問題ない、バレやすい嘘を意識して挟み込む事がある。嘘をひとつ見抜いた時点で警戒レベルがぐっと下がる人というのは非常に多い。ミステリ作家なんかが解決編の後に真の解決編みたいなのを持ってくるのと一緒。裏側を見抜き理解したつもりになっている人間は一般に騙しやすい。風俗嬢なんかは存在自体が嘘みたいなもんなわけだが、ポロッと本音をこぼしたフリをして馬鹿な素人童貞に感情移入させる技を使う事が多い。
というわけで、嘘を見破った気になるのは、一般に騙されるリスクを上げる事が多い。嘘を超えた先にあるものが、また嘘である事だってある。
あと、状況にも拠るが、「嘘をついているボディランゲージ」を真実を語ってる時にしたりもする。極端な話、いつでも挙動不審な人間なら、嘘をついて挙動不審になったところで嘘をついているとは思われない。木を隠すなら森の中。嘘をつくときに正直者を装うのに加え、正直な時に嘘つきを装っておく事で、嘘をついている時と真実を語っている時の差が埋まる。