はてなキーワード: 労働力とは
本当にこれなんだよな
女性の賃金が低いのは当たり前とか言ってる奴らは、差別のない全体主義が本来どうあるべきかを何も理解してない
働けない役に立たない男性を生存させる意味って生物学的にはないので。高齢男性は全員必要ないです
最上位知識層のアジア人以外は必要ないから同じ値段で雇う必要ないと思います
こういう主張であってます?
社員数からいうと大企業に分類される規模の人事だけど、うちの会社がというより、世の中の流れが結構ヤバいと思ってます。
5年以上前から始まった働き方改革って、元々「働き方を見直して無駄をなくして生産性をあげていこうよ」だと思うんだけど、その趣旨でフレックスやリモートワークを導入しても、「プライベートを充実させるために社員が勝ち取った権利だ」くらいにしかみんな思ってないでしょ。結果、フレックスは社員のすれ違いを産むし、リモートワークは有休と同じ、くらいに思ってのんびり部屋でテレビ見ながらたまにメールチェックしてる人も居るんじゃないかな。リモートワークできる楽な会社に転職します、って言う人もいるよね。結局働き方改革がコストにしかなってない大企業って多いんじゃないかと思ってる。もちろんそうじゃない会社もあると思うんだけど。
休暇制度や休業制度みたいな福利厚生的なものも、「世間の潮流だ」なんて拡充している大企業が多いと思うんだけど、結局ありがたがるのは休む人なんだよね。ついさっきも「うまいこと制度の厚い会社に転職したタイミングで妊娠してよかったー」ってエントリーを見たよ。福利厚生を充実させて売り上げに繋げる、ってなかなか難しい。
有休義務化以降、みんな随分有休をしっかり消化するようになったし、祝日含めると休日数が世界でも日本はかなり上位なんでしょ。
そんで、ここにきて賃上げ。これ、マジでやるの?いや、働き方改革が成功してちゃんと生産性が上がった会社から順番に検討するなら分かるよ。物価あがったから賃上げって、物価下がったら賃下げしていいんだっけ。
企業はしっかり利益を従業員に還元せえよ、てことなんだろうけど、コスト増だけならまだしも、一人あたりの労働力がどんどん下がってる感が凄まじい。
人事つっても一従業員だから、給料上がったり諸々福利厚生が充実するのは単純にありがたい。けど、上述した世の流れって、国や経団連の思惑だったり進める順番がズレてる気がして、なんかヤバいなぁ、という感想になる。
「給料はどんどん上げていくべき」は日本が世界と戦うためにはその通りと思うんだけど、今の大方の日本人のマインドがついてきていないというか、労働者の権利ばかりに気がいってて、貰うもん貰ってその代わり競争力をあげるための一助になろうなんて考えに至ってないんじゃないのかな。
かくいう自分もそんな大方の日本人の一人だから、早く他の営業部署に異動して、無責任に「うちの会社はまだまだ給料安いよな」とか「うちの働き方改革って全然なってないよな」とか「ユニクロに転職しようかな」なんて言える日が来るのが待ち遠しいな、なんて考えて、とにかくヤバいなぁと思ってます。
「侍女の物語」、フェミニストの間で絶賛されているようだけれど個人的には全然リアリティを感じないんだよなー
何が違和感あるって、環境汚染や遺伝子変異によって出生率が低下した世界であるにも関わらず、子供を産める健康な女性達が「侍女」と位置付けられている事。
実際そういう社会になったら子供を産める健康な女性は貴重な存在なんだから侍女どころか女王として、支配階級になるでしょ。
蟻や蜜蜂の社会と同じ。少数の産める女が女王として君臨し、多数の産めない女が労働力を提供する底辺階級として虐げられる社会になる方が自然だ。
子供を産める若くて健康な女性達の扱いについてはマッドマックス怒りのデスロードの方が遥かにリアリティあるよ
作者は絶対子持ちだろと思って調べてみたら、やはり原作者のマーガレット・エレナー・アトウッドは「夫も小説家で、娘が一人いる」らしい。女でも子持ちになっちゃうと自らの特権性に気付かなくなるものなのかな。
このディストピア設定だったら絶対に産めない女を「侍女」にして、産めない女を主人公にした方がリアリティあるし現代的なのに。
欲しいものをつくる(衣食住エネルギー医薬など生存に必要なもの、機械や工具や器具など道具、気分を良くしたり啓発するもの、世間体や見た目によいもの)
つくれる環境をキープする要員(法務(税務)、営業、事務、調達、企業内統治など)
頭数
人や社会の役に立つことと
自己実現と
お金を稼ぐこと
これらはそれぞれ別のことだ
じゃあお金を稼ぐって何?と考えたら、奪い合いに違いない
持っているリソースは労働力(体・頭・時間)や、一部の人にはプラスで才覚(美貌、才能)があるが
それを最大限うまく利用してお金を奪わなきゃならない
一生分稼いだらゴール
手取り換算で1億〜3億円/人くらい
「お金の奪い合い」というゲームと同時進行で行われるのが「自己実現」、もっと平たく言えば幸せになることであり、その部分集合に社会貢献がある
法人のように別のゲームをやってる人らも居る、彼らは辞めてもらっては困るのでお金を小出しにする
戦略として考えられるのは
1.安定して40年で1〜2億円を稼ぐ
2.一撃で1億以上稼ぐ
で、あとはそれらの混合となると思う
2は一か八かだけど、例えば40年の20年目で上手くいくとあと20年はゲームから解放されるのでメリットが有る
ただ社会としては100万人が2をやられると同じ期待値でも50万人が失敗するし成功した50万人も労働しなくなるので「一か八かはやめよう」という方向に持っていこうとする
こういう周りからチヤホヤされたいがためだけにガキ産みっ放しにする精神薄弱児が「自分は産んだからいい」という謎理論で放棄した本来自分がするべき労働納税の社会貢献を自分の配偶者と他人果ては自分の子供にまで押し付けた挙句に「社畜と子作り家畜以外は社会貢献してない」というデマカセを子供が学校行く前から徹底的に刷り込むから、労働力と税金はおまえが放棄した義務の分だけ足りないし子供は自分の将来に何の希望も見いだせずに自殺したりニートになって一生社会に負担だけかけ続けるようになるんだろうが。
おまえはまずその「子供さえ産めば他の面倒なことは夫が親が社会が自分の子供がやってくれる」っていう甘ったれた考えを自覚して、セックスしたら子供が出てくるっていう動物が何も考えなくてもできることをしただけで社会に貢献してるっていうおまえ自身薄々「無理だな」って分かってる欺瞞にしがみつくのをやめて、人並みに労働納税しろ。義務とか社会貢献とか自分がやってないことを語る前にまず自立しておまえ自身の面倒見ろ。自分の面倒も見れないヤツがただ動物として活動してるだけで「社会貢献」なんてしてるわけないだろ。おまえはただ動物として生きて社会(他人)に面倒を見てもらってるだけだ。
まず労働納税という義務を自分個人として(自分の子供にやらせるんじゃなくて)ちゃんと果たして社会貢献した上で、飯を食うとかセックスするとかおまえが動物として自分のためにやりたいことは自分の責任で自分で勝手にやれ。人間は社会に提供するだけじゃなくて持ち出しもあるんだから、新しい人間を一人つくるのは「貢献」じゃない。プラマイゼロだ。子供を産んだというだけでおまえが勝手に放棄した義務は必ず誰か他の人間がやらなきゃいけなくなる。おまえの子供にはその子供自身が社会に対して果たすべき義務があるんだから、おまえがするべき貢献を子供に押し付けるな。セックスするとか小動物を可愛がるとか自分がやりたいからやってることを勝手に社会貢献に勘定して自分の義務を放棄するのをやめろ。
少子化について
街づくりについて
ロジックだけで言えば「子どものいない人間は理由を問わず怠け者であり泥棒」になってしまうので、安部元首相や子どものいない保守主義者も同様に「価値がない」となってしまう。
「労働生産性を産まない」=国民一人当たりの付加価値を産まない、つまり子どもを産まないこと、子どもを産まないことによって次世代の労働力を確保できないこと、それ自体が罪であるという話になる。
この考え方では、本人が働いている、たくさん稼いでいることは問題ではない。(「三代先の分まで稼いでいるから黙れ!」という反論は可能かもしれない。)子どもを産まないことで、将来にわたる国の利益を奪っている、怠け者であり未来の収奪者である、という見解なのだ。
国の利益=国内での労働による納税、生産を重視する考え方のわけなので、少子化が進むことは全体のパイが減る、致命的な事態だ。これをカバーするには、現状海外からの労働力受け入れを進めていくしかない。とすると「生産性がない」発言を擁護するには「子どもを産まない、持たない人間は同様に怠け者である」を認め、「怠け者たちのカバーのために海外労働者の積極受け入れを行う」までがセットとなる。
男女は同じ賃金であるべきだという話が社会では当然のように受け入れられているんだけど、個人的にこれは本当に正しいのか疑問に思っている。
例えば、10の荷物を運ぶために男性が可能な生産が10であると仮定した時、女は体力が少ないぶん、5の生産が可能だとする。
このとき、10の男性の生産と5の女の生産に対して同じ賃金を払うことが適切だと言えるんだろうか。私としては、女は5の生産を上げているのだから、0.5倍の給料を受け取らざるを得ないように思える。給料は労働力に対する報酬として支払われるものなのだから、より生産をあげた側に高い報酬を支払うのは当たり前ではないのか。
これは単純な荷物運びの話だけではない。女はどうしても生理中はパフォーマンスが下がるのだから、その分、いつもと同じ10の仕事をするのにかかる生産は5にも2にもなりうる。その時、普段と同じ10の賃金もの支払いをすることは、それこそ女の労働力を高く売りつけていることになってしまうんじゃないだろうか。
私は労働はかけた生産に応じて報酬を受け取るべきだと思っているし、その観点では、なんでも男女平等だからといって、給料を必ずしも同じにしなくてもいいんじゃないかと考える。少なくとも、現行の賃金体系は体力の低い女にとって有利なものになっている気がしている。
こういう話をすると、「じゃあ会社に女は要らないですね」という極論を言う男性が出てくると思う。でも、現実問題として男性だけでできる仕事なんてたかが知れてるし、女の能力が必要な場面は絶対にあるだろう(少なくとも膣を使う仕事に関しては、男性の平均よりも女のほうが絶対に有能だと思う)。
それに、私が言いたいのは仕事をするのにあげた生産に対して報酬を支払う話なのだから、別に女だけに安い賃金を払えと言っているわけではないと理解してほしい。もし女のほうが男性と同じ仕事をするのにあげる生産が大きい仕事であるのなら、それに関しては女の生産に応じて報酬を払えばいいと思う。
有る無しで言うとあるぞ
スイスで進学ではなく就職(一点特化、専門)に進んだすべての人たちは潰しが効いて安泰でしょうか?少なくともスイスの一人当たり名目GDPは現時点では極めて高いです。であればリッチなスイスの労働者は外国人に対して寛容でしょうか?
いいえ、日本と同レベルのコメントのやりとりをしてるっぽいです
ある人は、「移民のせいで無駄に社会保障費が上がる!政府は腑抜け!」と言い、
ある人は、「移民政策には反対だけど外国人差別主義者ではない」と言い、
ある人は、「サイフと安い労働力を提供してくれるのが良い外国人」と言い、
ある人は、「外国人に差別的だったら移民が来るわけないだろ。極右も極左も黙れよ」と言ったりとか、
スイスでもネット民のレベルは変わらなそうです