はてなキーワード: 伊集院光とは
おハロー。
聖おにいさんはオサレというのよりサブカル臭。それも悪いタイプの。
http://anond.hatelabo.jp/20081210172325
とても根が深いサブカルミーハー問題。『このマンガがすごい2010』を読んで。
http://anond.hatelabo.jp/20091216230059
「このマンガがすごい!」は罪深い延命装置。もう犠牲者を増やすな!!
http://anond.hatelabo.jp/20111224192828
を書いたぼくだよ。みなさん自意識丸出しでごちゃごちゃ言ってくるんで、胸焼けするぐらい非常に切ない気持ちになりました。なんというかもう……。
「かわいそうだね?」
って言葉しかでてきません(おっと、つい芥川賞受賞作家ネタが飛び出しちゃったよ。やべー、まさかここで芸術に携われる人間だったら絶対にチェックしておくべき、芸術を理解できないやつは興味ないふりして精神防衛していることでお馴染みの芥川賞のネタが飛び出すとは、俺のセンスパねえ)。
はてなブックマーク、およびツイッターの皆様がたは心のホメオスタシス機能をフル稼働させて自分の殻に閉じこもっちゃっていますね。みなさん図星を突かれたことを必死に隠そうとしていますけど、何で等身大の自分を直視できないのかねえ。
「格好をつけないことで、格好をつけている」
「「ホメればセンスいいと思われる記号」を批判すればセンスいいと見られると思ってる人の典型的批判」
やれやれ。春の熊に全員屠殺してもらいたいよ(センスある村上春樹ネタ)。
ぼくはきみたちの断末魔の叫びで心が汚れちゃったんで、ストラヴィンスキーを聞いて洗い流していました。グッドなアートはエバーグリーンな輝きでディ・モールト・ベネだね。
ということで、本題。反応を見ていると、ぼくが批判したい対象がイマイチ伝わっていないようなんで、ここでまとめて表明してみようと思う。
これ以上、この惨状を放置しているとホント取り返しのつかないことになるからね。砂漠に水を与えるようなものだけど、何もやらないよりはマシ、かな……。
きみらの軽い脳みそでも理解できるように4つに大別してあげているから熟読してほしい。2010年代はこういう奴らをいかにカルチャーシーンから排除するかにかかっているので、宇野常寛さん、荻上チキさん辺りは参考にしてほしいね。東浩紀さんは河原で石でも積んでてください。
では、いきますよー。
「ボンクラ」なんていう安っぽい価値観で連帯して、「中学生マインド」なんていう恥ずかしい心性を至上価値にしちゃっている一派。やっていることはひよこのオスメスの仕分けみたいなもん。ライムスターの宇多丸や町山智浩辺りが「いい」といったものを「味方」と見なして手放しで褒め称えて、けなしたものを一緒になって叩けば、「センスあるポジション」にいられると思っている。
「売れてる邦画はテキトーに叩いておけばおk」みたいな頭からっぽな行動も平気でしちゃう。そんで周りも見てもいないのに賛同しだすから目も当てられない。
中身をまともに分析しないで「大沢たかおが出演しているから、これはクソ映画だ」みたいな論理で動いていて、そんで「バカな大衆」と「審美眼のあるセンス抜群の俺」という謎の対比をしだすんだよね。「なぜこういう内容の邦画がいま売れるのか」なんていう深遠なトピックに触れることは一切ないし、考える頭もない。
自分の物の見方だとか価値観だとかが一切抜け落ちた、ゾンビみたいな奴ら。サブカル年長者の金魚のフンをやることに、羞恥心の欠片もない。「独自な物の見方をする人間」についていけば、「独自な物の見方をする個性的なわたし」が出来上がると思っている。
彼らの反応は非常にわかりやすい。ちょっと宇多丸のラジオを聞いただけで、習性がまるわかりで、「ああ、この映画はこいつら叩くだろうな」ってことがすぐに判別可能になる。その分かりやすさが蔓延の原因だといえよう。映画リテラシーがないのに、センスいいと思われたいやつらの格好の逃げ場になっている。
そんで、こういう奴って美意識がないから恥ずかしげもなく部屋に映画のポスターをべたべた貼って、ダサいバンドTシャツを着ていたりするんだよね。それでいて、オシャレに過剰なコンプレックスを抱いているから、「無理してオシャレしているやつは上辺だけの中身のない単なるカッコつけで、ちょっとダサいくらいの自分が本当は一番センスいいんだ病」にかかっていて非常に厄介。自分のダサさまで理論武装しなきゃ生きていけないなんて、ほんとに可哀想だ。
この病気を完治させるには映画について語りだすたびに「それ、ウィークエンドシャッフルで宇多丸が言っていたことだね」って言い続けるしかないと思う。「あ、その映画、町山智浩がキラキラで紹介してたやつか」、「昔、みうらじゅんがその映画をネタにしているのを見たことあるよ」でも可。
「人生で大切なことは、すべて伊集院光のラジオから教わった」とか真顔で言っちゃう恥ずかしいやつら。
映画秘宝系との違いは、映画を見たりする気力も何もなくて、横になってラジオを聞くぐらいの体力しか残されていないのに、自分が第一線にいることを疑わずに最新のカルチャーを必死に否定してくる。「最近のアニメって萌えばっかりで中身がないよね」って見もしないくせにしたり顔で口を挟んでくるのがこいつら。
自分が中年化し、ついていけないことを認めることができなくて、漫画やアニメは伊集院が褒めるものだけが絶対だと思っている。『わたしは真悟』だとか『アストロ球団』だとかね。
映画秘宝系はまだ自分の足で作品を鑑賞しようっていう根性があるけど、こういう奴らにはそれすらない。平気でCMカットのMP3音源を違法ダウンロードして、「やっぱり伊集院さんって聡明だよなあ」なんてアホ面下げてる。その続きはもちろん「本当に頭が良い人って伊集院さんのことを言うんだよな。やっぱり人は学歴や職業じゃなくて、物の見方で頭の良さが決まるんだよな~」なんて考えいて、「ダメな自分は本当は感性が鋭くて、周りのくだらない奴らよりもずっとずっと頭がいいんだ!」って泣きながら自己肯定をしている。
もうなんでもあり。
こういう奴らのためにはっきり言ってあげるけど、「感性」っていうのは行動で示さなきゃ形にならない。布団のなかで自分を慰めるための感性だなんて、ありゃしないよ。ゴミクズよ、もうよせ、こんな不毛な自己肯定は。
「センスがいい」というタグを貼られた商品を必死に買い集めて、なんにもない空っぽな自分を必死にデコレートしようと頑張っている。ビレバンに下駄を履かせてもらわなきゃ、外を歩くことすらできない可哀想な人。自分がビレバンから与えられる餌を食べているだけの家畜だってことに気づけない。
こういう奴がセンスいいと思われたい一心でカルチャーシーンを引っ掻き回して、むちゃくちゃにしていく。「このマンガがすごい!」で上位に入る漫画が悲惨な犠牲者なのは、前の記事に書いた通り。
なんにも作り出せない、作ろうともしないくせに、必死に消費物で「ぼくちゃん、クリエイティブなんだじょ!」とアッピールしたい厚かましい愚鈍なマリオネットたち。
こういう奴には「お前、ひょっとして浅野いにお漫画の登場人物を気取ってない?」って聞いてみよう。ズレてない眼鏡を何度も押し上げながら、「き、きみぃ、いにお漫画はね、単なるセンチメンタルじゃなくて実験的な手法にも取り組んでいて云々」って聞いてもいない作品論を震えながら語りだすぞ。
さらに「そのボブ、もしかしてつぶやきシローをリスペクトしているの?」って言ったら卒倒しちゃうので注意。
もし友人にこの手合いがいたら適度に自意識を潰してあげて、「やっぱビートルズが一番だよな」ぐらいのレベルに留めさせてあげるのが吉。弾けもしないのに部屋に置いてあるギターは、親切心で河原で燃やそう。
そう、お前らだよ。お・ま・え・ら☆
はてブやツイッターなどの安全圏からお手軽に一言批判して、「ふふ~ん、ぼくちゃん、こいつらよりも頭がいいもんね~。見てみて! ぼくこの人否定しているよ!! こいつより頭いいんだよ!! ほら、見ろよ、もっと! 見ろっ、見ろぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!!」と汚い欲望を身体中の穴から漏らしている。
文字数制限を盾にして根拠もなにも示さずに、自分の頭で否定できる一文をなんとか見つけ出して、「やれやれ。きみはなんにもわかってないね」とただ否定するだけ。熟議に何の貢献もしない、耳を汚すだけのノイズ。
大抵のバカなネットユーザーは脳の大部分が「最新情報の暴飲暴食」でスカスカになっているため(俗に言う「グルーポンおせち状態」)、比較検証なんていう基本的なこともできない(本人は「できない」とすら気づいていない。そこを突かれると「時間がないから」「忙しいから」と言い訳して、何も届いていないメールボックスをチェックしだす)。だから、「最後に勝利宣言をした人間」に説得力があると思っちゃう。
このような「つぶやき批評家(気取り)」と「情報ジャンキー」はまとめてネット中毒矯正院にぶち込むべきですね! そこで『アルプスの少女ハイジ』でも見せて、少ない情報をいかに咀嚼するかを学ばせたほうがいい。こいつら、醜く太っていることが勲章だと思っているからさ。
以上、今すぐカルチャーシーンから撤退すべき害毒な消費者4タイプでした。こういう奴らが蔓延っちゃったのは「個性が大事」という間違った教育と、「作品の解釈は受け手が決める」なんていう甘やかしの成果だと思う。
確かにある程度の解釈は読者に任されるだろうけど、それを理由に笑っても怒っても何しても構わないなんてことはない。それだとスタンリー・キューブリックの『博士の異常な愛情』を見て、原子力礼賛だと思っちゃうようなことを許してしまう。
ぼくのような高い視座に立てているクリエイターって本当に少ない。名前を挙げるとしたら、映画監督の紀里谷和明か、小説家の岩崎夏海くらいか。
特に岩崎夏海の『「小説の読み方」の教科書』は上記であげた連帯のためだけや、センスいいと思われたいだけに消費する行為の解毒剤として最適なので、みんな読みなさい。早く読まないと、時代に取り残されちゃうよ。2010年代のクリエイターズ・バイブルだね、この本は。
みんなもうさ、中身のない自分を無理やり肯定するためにアートを利用するのはやめようよ。空っぽな自分を直視して、中身ある人間になるために努力するべきじゃない? ソクラテスもプラトンも、みんなそうやって大きくなっていったんだよ。
ファミレスでぶどうのパフェを注文しようとしてるシーンなんだが、
簡単に要約すると
「ちょっと待て、相手が何を言ってるかよくわからない、落ち着くんだ私、
こういうときは甘いモノだ、ブドウのパフェ?カロリーはどうなんだろう?
いや、低カロリーならそれを全面に出してるはずだ、ウエイトレスに聞こうか?たぶん知らないんだろうな、社員に聞くんだろうな、
社員も知らないんだろうな、カロリー気にするくらいならパフェなんか頼むんじゃねーよデブって思われるかな?それは避けたい。
ああ、でもそれを避けられたところで、仕事増やすなキチガイって思われることに変わりないか、
この元増田って、女だと思うんだよ。女だからどうこうという意味ではなく、その上司の見当違いでしかないということなので、念の為。
この程度の時間でその上司との密な関係を得られるのなら楽なものだし、ましてや、酒やゴルフみたいな役に立ちそうもないことに付き合わされるわけでもないという実益を兼ねた上司の接待だし、これが男なら美味しいチャンスをゲットしたと思うんだろうが、たぶん女だからこそ違うんだと思う。
三種類に分けたのは女性蔑視とかではなく、男についても、睾丸>脳、フツウの男、仕事向きの男と分けられるので、念の為。
で、世の中にはフツウの女が一番多くて、その「自分の生活」というのは、やがては仕事をやめて主婦とかパートになるという生活。そういう地点がゴールだとすると、働いてる会社の自社株なんて全然役に立たない知識だから、元増田が勉強会を押し付けだと思って、ウザイと考えるのも当然だと思う。目的地が違うんだから。元増田にとっては、仕事は上司から与えられた仕事を淡々とこなし、社内とかいろんなツテで結婚をして家庭に入ることがゴール地点なんじゃないのかな。
これは、以下の三点から、勝手にこのように想定しただけで、「これだから女は」的なことをいうつもりはないので、念の為。
10年以上前に、アリーMyLoveというアメリカテレビドラマで、主役の女弁護士が、自分の事務所の女職員との間で、「どうして上を目指さないの?」「上を目指すだけが人生じゃない」的な会話があって、時代が進んだ今ではさらに、その女職員と同じように考える男女が多くなっているだろうし、そこそこの給料と地位でまったり生活するワークライフバランスについても全く非難するつもりも無いので、念の為。
さらに、ツリーの本旨と全然関係なくなるけど、書いていて、女は「男社会だから出世できない」という言葉によって、社内における競争から安全に離脱することができていいなぁと思い浮かんだ。伊集院光が落語をやめたときに立川談志の落語を理由にしたのと同じように。世の中の大部分の男は出世できない仕組みだけど、出世できない(ポストの不存在が原因だとしても!)のは、すべて自分の能力・責任に帰結されて、社会のせいにするのは許されない一方で。
以下、2011/12/16追記
また、元増田が消失した。マスダ デハ ヨクアルコト。でも、ワタシトテモカナシイ。身バレとか気にして消したのなら、三行まとめにしてツリーは残して欲しかった。俺が3行にまとめるのは面倒だから、全部コピペ。
「株のこと教えてあげるよ、この会社の連中は、自社株のこともよく知らないんだから、全く。
最初は、正直興味ないけど、それで色々わかるようになるならまあステキ!と思っていたので「ありがとうございます^^」と返事をした。
次の日から、いきなりメッセンジャーで「今から30分くらい軽く勉強会するかい?」と誘いがくるようになった。
目上の人だから断りづらい… 言われるがままついていく。
まずは触りからだね、とペラペラ話し出すこと2時間。老人は時間感覚ねーのか。タイムイズマネー!!
全く知識もない興味もない状態で、途中からわけがわからなくなる。
帰りに本屋で関連書を買って読むことにした。
また次の日も、誘いが来た。言われるがままついていく。
自分がいかに苦労して知識を身に付けてきたか、自分の仕事がいかに会社に貢献しているかという話だった。
本を買ってみました、と話すと喜んでいた。
また次の日も、誘いが来た。言われるがままついていく。
だんだん話がわかるようになってきた。
「それはつまり、○○ということですね!」「ここはどういう意味ですか?」相槌もうまくなってきた。
しばらく忙しかったようで誘いが無かったが、一週間ぶりに誘いが来た。言われるがままついていく。
ー「まあ、本にはそう書いてあるけどね、実務では違うんですよ」
ー「まだまだ理解が足りないようですね。ニヤニヤ」
次の日も誘いが来た。言われるがままついていく。
上司が作っている資料を持ってきた。
「この資料はね、本部長クラス以上と、僕くらいしか理解できないんですよ」
「へえ・・・(あ、そう)」
1枚ペラの資料をつくるのに、いかに細部にこだわり、いかに苦労して作っているか、そしてその平社員には読解できない資料がいかに経営に役立っているかを語りだす・・・
いい加減にしてください。
そりゃあ、そういう重要資料が読めるようになるのはステキやろうけど、
理解できない平社員がいっぱいいるというのは、それを理解できなくても別のスキルで会社に貢献すればいいってことじゃないの。
まったく興味のないことを、教えてあげるなんて言われても、話についていくのも、いちいち感謝するのも、しんどいっす。
すごいですね、優秀なんですね、あなたが会社を支えてるんですね^^ って、私みたいな平社員に言われて何が嬉しいねん。
せっかく勉強しようと思ったのに、分かるようになったら「僕のおかげですね」分からなかったら「まだまだ修行が足りないですね」
誰もお前なんか目指してないから。
役職があって、高い給料もらって、それでも褒められたいのか。
http://2chcopipe.com/archives/51767875.html
912 名前:えっちな18禁さん[sage] 投稿日:2011/10/21(金) 13:31:57.52 ID:I2d/8r2f0
★高卒★
ビル・ゲイツ、ウィル・スミス、イチロー(オール5)、中田英寿(秀才)、江守徹、安藤忠雄
島田紳助、水道橋博士、矢部太郎、ケンドーコバヤシ(全国模試7位)、うじきつよし、福山雅治
水谷豊、寺脇康文、東貴博、前川清、田崎真也(ソムリエ)、尾田栄一郎
麻木久仁子、水野裕子、益戸育江、鈴木杏樹、小田茜、小西真奈美、中川翔子、村川絵梨、比嘉愛未(農林)
デヴィ・スカルノ(通信制)、BoA、加藤ローサ、佐藤ありさ、豊田エリー、杉山愛
★中卒★
田中角栄、黒澤明、ジョン・メジャー首相(英)、ポール・キーティング首相(豪)、ガダルカナル・タカ、伊集院光、
柴崎コウ、上戸彩、佐々木希、戸田恵梨香、中島美嘉、YUI、宮沢りえ
★小卒★
★幼卒★
★無学歴★
トーマス・エジソン
このコピペを見て、どんな反応をするかでその人がどんな人かが分かるよな。
「学歴が無い有名人はこんなにいるんだ!学歴が無いからと言って悲観することはないんだ」
最近の「うまくしゃべろう」と前に出てくる感じがまったくおもしろさを感じさせない。はがきコーナーでもその冒頭でまたしゃべって時間をつぶしていく。そのときに感じる苛立ちの理由は、もうずいぶんと前からはがきネタじゃないと笑っていないからだろう。
ちょっとまえのギャラクシータブレットのたとえでDVDケースとタクシーの中で思い至り悔しかった、という内容があったのだが、私は別にどうでもいいのだが本人としてはうまく言える機会を逃したのがずいぶんと残念そうな口調に、自分のもとめる伊集院ラジオと本人のそれとの距離を強烈に感じた。
面白い話ならまだ聞いて楽しいのだけれども、二時間近くをグチやら不平不満やらで埋められるととてつもなく辛い。
大勢が寄って集って反論してくれるのを期待して増田。
夏に出るネプチューンとオリラジ「十」ばかりに気を取られていて、すっかり近場のをカバーし忘れておりました
「特典映像」は、買おうと思った矢先にバラでレンタル始まりましたから、しばらくしたら借りる予定です
元伊集院光好きとしてはなんか、伊集院が映像作品に残るというだけでも若干テンション上がるもんだから、うん
あなたが去った今、はてな界隈ではトロちゃま以外にも「拳銃列島ニッポン」のid:proyakyuhさんとかまた色々とおかしな人が増えて困っているのです、ハイ
2008-07-01(01:58) : sinyapos URL : 編集
しかしライブ中でちらほら言っていたけど、本当に名古屋公演収録したら、自分の声がDVDに入っていないかちょっと心配
オーラスでトチった東京公演はまず(本編としては)収録されないだろうし、前半の公演は若干グダグダだったらしいし
2008-07-01(02:01) : sinyapos URL : 編集
トラックバックは貰っているので、あんま久々って感じじゃないですが。
特に『ハンブン東京』の存在感が大きい。あと、はりけ~んず前田氏。
上に書いた以外にも、『さまぁ~ず×さまぁ~ず』のDVDも出ました。
あと、バカリズム単独とか。
伊集院さんはマトメ役をやってるので、あまり期待に添えないかと。
どういうわけか、はてなには変な人が集まりやすいらしいですね。
「はてな住人」みたいな言葉が意味する様に、民族意識が強いからでしょうか?
ちょっとブロガーの常識の一つ上を行く感じが…まあ、いざなれば辞めれば…ねぇ?
(お前も十分に痛いぞ、という某住民の視線は無視の方向で)
>「才」
買ったら探してみます<声
2008-07-01(21:36) : 菅家 URL : 編集
はじめまして。はてなのときから面白く読ませていただいていますし、更新を楽しみにしています。そのうえで、このエントリにおけるこのコメントのやりとりがどうしても納得できないので、お二人に真意を伺いたいと思います。
「あなたが去った以降~」のあと、やりとりはsinyaposさんの発言に菅家さんが同意する仕組みになっているのですが、まず、ここで槍玉にあがっているサイトのうち、「拳銃列島ニッポン」と「投げヤリズム」について、菅家さんのブログを長い間読み(はてなはすべてのログを読んだと思います。ヲチ的な意味ではなく、純粋に面白かったので)、また菅家さんとsinyaposさんのブックマーク、そしてsinyaposさんの日記をいま軽くではありますが確認したところ、この二サイトへの言及は見られませんでした(見落としていたなら申し訳ありません)。
また、「投げヤリズム」には掲示板がありますし、「拳銃列島ニッポン」にはコメント欄があります。このどちらにもお二人の発言は見当たりませんでした。
つまり、お二人がこの二サイトについて言及したことが確認できなかったのです。そのうえで「痛い」とか「困った」といった具体的でなく、揶揄するような言い方を用い、サイトの管理人さんが見る可能性が低いコメント欄という場でやりとりが行われているのを拝見し、正直に言って大変不快でした。
このやりとりから、私はこのやりとりで同じく揶揄的に言及されている、おりたさんや某スレ住人と同じ精神性を受けとりました。このやりとりは今のところ陰口でしかないと感じます。sinyaposさんはよく存じませんが、菅家さんはそういったことをする方ではないと思っていたのでその点がいささかショックでした。
よろしければ、sinyposさんの「陰口」を、管理人として菅家さんが容認し、追随した根拠を教えていただけないでしょうか。
ただの荒らしもしくはアンチと思われるのが嫌で丁寧に書くようにしたのですが、逆に異様な印象を与えているようでしたら申し訳ありません。お返事お待ちしております。
2008-07-01(23:55) : 砥石 URL : 編集
訂正
「拳銃列島ニッポン」には現在コメント欄がありませんでしたね。申し訳ありません。訂正します。
2008-07-02(00:19) : 砥石 URL : 編集
あ、「投げやリズム」ってブログの名前だったんですか!(そこからかよ) 「拳銃列島ニッポン」は確認したんですが、そっちはてっきりシンヤポス氏の言葉遊びだとばかり…。
>同意
んー。これは僕の対応が間違っていたかもしれません。いや、最初は「あなたも人のこと言えないじゃないですか(笑)」みたいなことを書こうと思っていたのですが、シンヤポスさんの心情を邪推してしまい、つい優しすぎる言い回しをしてしまいました。コテハンに遠慮したらいかんとです(また誤解されそなことを書いてしまった)。
>精神性
どっかの哲学者曰く、「人を不快に思うのは、その人に自らの性質を見るからだ」なのだそうで。…つまり、そういうことなんでしょうね。僕の中にも、トロ氏や某板の人たちの要素が含まれている、と。言い訳。反省。
>容認して追随した根拠
「いやー、シンヤポス氏ってそういう人だから」ではダメですかね。ダメかなあ…。しいて言うなら、「ナンシー関の影響を受けたんだろうなあ」という僕の感想が、シンヤポス氏言うところの「痛い」なのかなあ、という自己解析の結果として容認した、といったところでしょうか(再考の余地あり)。
ひょんな軽口で不快に感じたという件につきましては、謝ります。申し訳ありません。
2008-07-02(01:20) : 菅家 URL : 編集
お返事ありがとうございます。大方において納得しました。
しかし、(すいません、しんどいので文体をやや崩します)「拳銃列島ニッポン」というサイトは休止を何度か挟みながらも2005年からずっと更新されていたわけで、「現れた」という言い方は…。
まあ、これは菅家さんは関係ないですね。確かにナンシー関の影響は濃いかもしれないですが、逆に今ナンシー関と同じくらいの時間テレビを見ている唯一のブロガーだと思います。
2008-07-02(02:10) : 砥石 URL : 編集
>砥石
とりあえず、三行でまとめろやボケ
拳銃列島ニッポンさんは、数度トラバとかコメ返しても反応鈍かったですからね
まあ貶してもスルー耐性付いている方ですし、トロなんとかさんみたいなアフィ乞食じゃないだけマシですけど
投げヤリズムさんは、まあシンヤポスって名前出すのはアレだから別の名前で幾度か書き込んでますがね
あっちもあっちで聞く耳持っちゃいねえなあって感じで、掲示板の意味を為してないんで、まったく(笑)
2008-07-02(03:18) : sinyapos URL : 編集
じゃあ一行でまとめるよ。
てめえの厭らしい陰口を関係ない人間に押し付けんな気色悪いんだボケ!
>菅家さん
2008-07-02(03:53) : 砥石 URL : 編集
>てめえの厭らしい陰口を関係ない人間に押し付けんな気色悪いんだボケ!
被害妄想乙
こんな所にまで悪口嗅ぎ回りに来ているお前の方が気色悪い件。
2008-07-02(08:29) : sinyapos URL : 編集
ここヲチスレと勘違いしてないですか? あくまで俺は「上半期のお笑いDVD総括」に対するコメントを読みに来たんであって、悪口を嗅ぎ回りに来たんではないのに、陰口を目にしたから不快に感じたんであって。
ようは場の問題であって、ここがヲチスレなら俺だってスルーしますけどね。
2008-07-02(11:09) : 砥石 URL : 編集
上のコメントでは言葉足らずなようなので補足すると、まず最初のやりとりが決して上品なものでないのはわかりますよね?
たとえばメールとか、個人的なやりとりであればこちらはそれを見ずにすむし、それが前提となっている場であれば、それを批難するのは無粋でしょう。
でもここで公開されているコメント欄という場はそうではないですよね? なんか勘違いしてるみたいですけど、ここで槍玉にあげられたサイトが別のものであっても同様に不快に感じたでしょう。
とはいえ、菅家さんも私が「痛い」のであって、邪魔だと感じるのなら、私のほうが消えるべきでしょうが。最初に書いたように、私は菅家さんのブログの愛読者であって、菅家さんを不快にさせるようであればまさしく本末転倒なので。
2008-07-02(12:08) : 砥石 URL : 編集
僕はどっちでも良いですよー。
(自分の事が片付いた途端にこの態度!)
ただ、長引くようであるならば、適当なところで切ったほうが、お互いの為かと。
仕事が終わって、パソコンを見ると長~い返信がですね…(以下、無関係な愚痴)
…小田嶋隆になりてぇなあ(ボソッ)
1999年10月18日放送の伊集院光のラジオ番組で“COUNTDOWN CD inワゴン”という企画をやっていた。
伊集院と番組スタッフが東京近郊の中古CDショップ40店を走り回って調べた「100円以下の値札がついている中古CD」の在庫のチャートは以下の通りだった。※( )内は発売日と売上
第1位「たのしくたのしくやさしくね」華原朋美(97年9月18日 41.7万枚)
第3位「愛を語るより口づけをかわそう」WANDS(93年4月17日 112.1万枚)
第4位「Bye-Bye」ブラックビスケッツ(99年5月26日 42.9万枚)
第6位「MAICCA〜まいっか」EAST END×YURI(95年2月13日 113.3万枚)
第7位「こんなにそばに居るのに」ZARD(94年8月6日 78.8万枚)
第8位「宇宙でLa Ta Ta」太陽とシスコムーン(99年7月28日 7.4万枚)
第9位「masquerade」TRF(95年2月1日 138.9万枚)
第10位「おさえきれないこの気持ち」T-BOLAN(93年2月10日 82.6万枚)
第12位「sweet heart」globe(98年9月30日 39.3万枚)
第13位「Perfume of love」globe(98年10月8日 46.9万枚)
第14位「パフィー de ルンバ」PUFFY(98年12月12日 11.8万枚)
第15位「ホイッスル」森口博子(93年6月9日11.6万枚)
第16位「Sa Yo Na Ra」globe(98年9月23日 46.8万枚)
※それぞれの枚数は発表されなかったが、8位の「宇宙でLa Ta Ta」は埼玉のショップ1店舗だけに38枚あってランクインしたことが報告されていた。
・EAST END×YURIのシングルCDの売上は「DA.YO.NE」(94年8月21日発売)が102万枚、「MAICCA」が113万枚、「いい感じやな感じ」(95年4月21日発売)が43万枚。
・「DA.YO.NE」と「MAICCA」は同じくらいの枚数が流通しているが、100円ワゴンに流れてきているのは圧倒的に「MAICCA」。「いい感じやな感じ」は「DA.YO.NE」の半分以下の売上ながら100円ワゴンには「DA.YO.NE」よりも多くある。
なぜこのような現象が起こるのか?
・「DA.YO.NE」を購入した人の半分は本当に曲がいいと思って買った人で、残りは流行っているからなんとなく買った人。
・「MAICCA」を購入した人はEAST END×YURIってなんかよくない?と買ったミーハー層が多い。
・「いい感じやな感じ」を購入した人については、「DA.YO.NE」を純粋に曲のよさで買った人や新し物好きはもう次のものに向かっているので(この時の例はH Jungle with t)ごくわずかのよっぽどEAST END×YURIが好きな人か、乗り遅れてブームをつかんでしまう「つかまされ組」
・「DA.YO.NE」を買った人の50%、「MAICCA」の80%、「いい感じやな感じ」のほぼ100%が中古に入ったという理論がある程度成り立つ。
・更に調べていくと「いい感じやな感じ」の次のシングル「何それ」(95年7月21日発売)は売上8万枚、「ね」(95年12月1日発売)が5万枚、ラストシングル「日曜の朝の早起き」(96年5月22日発売)は4000枚の売上であり、これらは中古ショップではお目にかかることはなかった。
英語圏独特の言い回し(というかその国の文化)が判ってないと理解できない。
そして、発音は聞き取れないのが普通。
伊集院光のUp'sを日本語が母国語でない人に聞かせても理解してもらえない、笑えないというのは、主に話の背景知識が足りないせい。
「大盤振る舞いという単語にはブルマが含まれている事に気がついた天文部部長、逆噴射で寺へ」で笑えるイギリス人は想像できない。
そして、日本語でもはっきり発音したり、それを聞き取れていることはごくまれ。
でも「のっくさーん、はんこ圧縮しとくよ」と聞こえたとしても、魚屋が話しかけてきたら「おくさーん、あんこう安くしとくよ」だと変換して聞き取る。
魚屋は判子を圧縮しないし、若奥様はのっくさんじゃないからだ。
背景知識がなければ「インド人を右へ」なんて大誤植も生まれる。
http://anond.hatelabo.jp/20100501012802
(続き)
でも対して、
「気がつけば縛っているのってめぐりめぐって国民だよね」
っていう風に見てくれている人が少なからずいるのにも救いを感じる。
狂童日報っていうブログ]をよく見てたんだけど(最近更新されないが)、
(http://b.hatena.ne.jp/entrylist?sort=count&url=http://d.hatena.ne.jp/qushanxin/)
この人が口酸っぱくして言ってたのが、
「自分が縛られているからって相手を縛るな」ってことだったな。
コンビニ店員の接客態度を怒鳴りつけちゃうみたいな。
自分が労働者であると同時に消費者である、っていう関連付けは、
自分が有権者であると同時に行政サービスの受け手である、っていう関連付けとあわせて、
ぜひみんなに共有してもらいたいわ。
ってかまずマスコミの評論家たちの「我々国民は」っていう台詞をすべて禁圧すべき。
我々国民という日本国最高の大主権者様が無体な要求をするたびに、
現場が縛られて、最終下流の行政サービス受益者が、コストも不便も負担するっていう、
みんなが涙なくして語れない業の輪廻から早く抜け出そうよマジで。
(http://www.geocities.co.jp/SweetHome/8404/index.html)
これまためっきり更新されてないんだけど、
ここにマスコミがもっとも恐れる最大のタブーの相手は誰かっていうネタがあってね。
もっと国民主権の意味をもう一度考え直して見た方がいいんじゃないかというのが自分の考え。
この国民が理不尽な清潔思想の専横を始めてると思うんだけど、っていう問題提起を始めてみるべきじゃないですか。
元増田の最後の方で露悪的に学生とか主婦とかを悪し様に書いたのは、
この種の人たちに「タテマエで絶対に逆らえない錦の御旗」をご気軽にぶん回す手合いがすこぶる多いという私の個人的なルサンチマンがそうさせました。
少しは反省してます。
でもさあ、この話の元になった佐々木さんの記事も、紙幅の関係で言いたいこと細大漏らさずって訳にはいかないんだろうけれど、
それにしたってもういい加減「業界の既得権益」とか「恐ろしく複雑で巨大な利権システム」って紋切り型の非難は止めてくんないかな。
そういう利権もあるだろうし、非難そのものが間違いではない(この留保がほんとにタチ悪い)が、
上にも書いたように、官署系統の激烈コスト肥大と非合理性の淵源はどこにあるのかってことの、
でもそうすると記事が売れないんだろうけどな。そっちの方がよっぽど言論利権じゃねえかよ。
なんつって、記者の人も生活かかってんだよな。相身互いで。
翻って見るのならそれは世間・国民のタテマエに過ぎる清潔性と無理解なんじゃねえのか。
役所ってところは、世間・国民のタテマエの吹き溜まりになっちまってるんじゃねえのか。
そこまで細かくしてどうするの、って
そこまでストリクトに縛り上げてどうするの、って
そこまでしなくちゃいけないことなのか、って
そりゃ間違ってはいないことかもしれないけれど、
だからってそこまで厳しい清潔な規律を、
際限なく敷衍していって歯止めが利かないこの世の中って、
どう考えてもおかしくないですか、って
昭和を振り返る言説がちらほら出てるけど、
(昔はもっとおおらかだったとか何とかそんな感じのやつ)
元の濁りの田沼恋しきってことなんだと思うんだわ
好きでやることならとことんまでやるけど、
それが義務になった瞬間に一切の意欲が失われる、って話してた(ラクガキ王国の話だったと思う)
西洋のフロー方式の業務管理ってどうしたって向いてないと思うんだが、どうだよ。
ホンネとタテマエ、ホンネがどんどん薄れていっているから、
息苦しくて動きづらい、生きづらい世の中になってんじゃないか???
TVに出ているようなタレント,有名な雑誌の漫画家,知っている人は知っている声優など.
彼らの多くがなぜかRT(*)で返信することが多いのが気にくわない.
(*) 正確にはコメント付きRTをQTと呼ぶのだが,今回はRTと表記する.
彼らは有名であるために,followする人(following)よりもフォローされている人(followers)の方が多い.
その際に,面識のない人にはRTで返信,面識のある人には@で返信をする.
この細かな違いによって,困ることが起きる.
RTで返信をすると,よくわからない流れのやり取りがタイムラインに表示される.
「その人の考えや日常を垣間見ることができる」「その人と近づいた感じを得る」
といったことを考え,
運が良ければ「自分の送ったメッセージに反応してくれる」ことを期待していると思う.
それなのに,有名人の多くは延々と自分以外の一般人が送った質問やコメントに対し,
RTで返信し続ける.
他の一般人とのやり取りを,RTされても会話の流れがわかりにくく,困る.
RTされた発言にも,有名人の考えた内容が書かれてはいる.
しかし,それをRTする必要はあるのか?
人気Twitterクライアントである,Twitの作者もこう言っている.
面識がない人に対しても,気軽に@を使えばいいではないか.
気軽にフォローし,フォローされ,気になる発言があれば適当に@で返信すればよいと思う.
伊集院光さん(@HikaruIjuin)やバカリズムさん(@BAKARHYTHM)など,
もうその人の日常や考えを垣間見るより,他の一般人との流れのわからないやり取りが見えることが多く,
フォローするのをやめてしまった人も多いのではないか.
一体誰がこの一般人と壁を作ったRT返信を始めたのだろう.
僕が自治厨と呼ばれても構わない.
@でいいじゃない.
twitterで伊集院が孤独/非モテに言及している発言があったので、前後をまとめた。
編集マンがんばる。一般視聴者の皆様には、その存在すらあまりメジャーじゃない、彼女たちのお陰で、できあがっている。
http://twitter.com/HikaruIjuin/status/6602078651
@HikaruIjuin
@HikaruIjuin 物が作られるって何でも大変ですよね。ところで…伊集院さんみたく運命共同体と巡り会うにはどうしたら良いのでしょうね?孤独人間の私には永遠の謎です。
http://twitter.com/magenta0906/status/6602702829
@magenta0906
うまく言えませんけど、誰と出会っても、いや出会えば出会うほど、孤独ってことも。ありますよ。あります。RT @magenta0906 伊集院さんみたく運命共同体と巡り会うにはどうしたら良いのでしょうね?孤独人間の私には永遠の謎です。
http://twitter.com/HikaruIjuin/status/6602960876
@HikaruIjuin
(話が非モテに流れる)
男子校でもてないのと、僕みたいに共学でもてないのとじゃ、どっちが深刻か?知らなきゃそれもイイけど、高校から憧れの共学、で、もてない。その絶望感の方が。芸能人なんて、もてて当たり前の職業なのに(苦笑)まあ、そんな考えは10年も前の話。今は、また、別の話。
http://twitter.com/HikaruIjuin/status/6605307480
@HikaruIjuin
@HikaruIjuin そんなことを言い出したらぼくみたいに友達すら一人もいないヤツに勝てるもんじゃないっすよ。カミさんもいるテレビ出てる人がする話じゃないっす。
http://twitter.com/prettycure/status/6605416101
@prettycure
おお、これは、ガチだ(わらい)食い下がるようなことはしないけれども引っ込める気はないです。
http://twitter.com/prettycure/status/6605585853
@prettycure
まさに、その理屈こそ、大間違いだと思いますよ。RT @prettycure @HikaruIjuin そんなことを言い出したらぼくみたいに友達すら一人もいないヤツに勝てるもんじゃないっすよ。カミさんもいるテレビ出てる人がする話じゃないっす。
http://twitter.com/HikaruIjuin/status/6605487528
@HikaruIjuin
@HikaruIjuin そういうなんかモテない自分みたいな自虐ネタで勝負するつもりなら現役バリバリで悲惨なぼくの方が少なくともネタとして真に迫ってるわけで。うん、どうだろう、って気がしないでもないです。
@prettycure
全然違います。RT @prettycure @HikaruIjuin そういうなんかモテない自分みたいな自虐ネタで勝負するつもりなら現役バリバリで悲惨なぼくの方が少なくともネタとして真に迫ってるわけで。うん、どうだろう、って気がしないでもないです。
http://twitter.com/HikaruIjuin/status/6605608880
@HikaruIjuin
あ、そっちは自分でも違う気がして引っ込めてしまった! RT @HikaruIjuin: 全然違います。RT @prettycure @HikaruIjuin そういうなんかモテない自分みたいな自虐ネタで勝負するつもりなら現役バリバリで悲惨なぼくの方が少なくともネタとして真に迫っ…
http://twitter.com/prettycure/status/6605653548
@prettycure
@HikaruIjuin まぁ確かに既婚者のモテないネタってどっか引っかかる感じはわかる気もします。
http://twitter.com/polotani/status/6605759173
@polotani
それはわかりますよ。でも、孤独の話なんですよね。もとは。RT @polotani @HikaruIjuin まぁ確かに既婚者のモテないネタってどっか引っかかる感じはわかる気もします。
http://twitter.com/HikaruIjuin/status/6605818846
@HikaruIjuin
このあと@obacan2が@prettycureに絡んだりする流れがあったけどそれはどうでもいいので省略する。
http://b.hatena.ne.jp/entry/twitter.com/HikaruIjuin/statuses/6605487528
「サブカル」と聞くと若者向けのちょっと尖った商品、作品と思う人が多いと思う。
たしかに、その認識に間違いはないだろう。ただし、十年以上前の話しならば、だ。
サブカルと聞いて、あなたは誰を思い浮かべるだろうか。
みうらじゅん、吉田豪、または伊集院光……だいたいこの辺の人間は必ず挙がってくる。
しかし、ちょっと考えてみてほしい。同様の質問を五年前、十年前にしてみた場合、やはり同じ名前が出てくるのではないだろうか。
もちろん、彼らの実力は本物で、ゆえに需要が高く、キャリアも長くなっている。
だが、本当にそれだけが起因と言っていいのだろうか。
はっきりと言おう。サブカルは世代交代がなされていない。雑誌を開くと何年も同じメンバーが似たような切り口でコラムを書き、書店のサブカルコーナーに行けばいつも通りのスターディングメンバーの新刊が出迎えてくれる。
その原因はめぼしい新人が現れないだとかいったことが理由ではない。もっと内部に醜く捻れた構造が眠っているのだと、私は思う。
そもそもサブカルは主流文化に馴染めないエッヂな(悪く言えばひねくれた)人間が集まって形成されたものである。既存文化ではカテゴライズできない魅力を求めた人々が消費していたのだ。
しかし、いつしか本来既存からはみ出していたはずのそれらを、「サブカル」とパッケージングし、売り始めることになる。
そして、そのパッケージングされた商品を、個性尊重教育で「他人と変わっていなければいけない」という強迫観念にかられた人々が、「個性」を買うために手にし始めるのだ。
カルチャー誌もそれを後押しする。ロリータの作者、ナボコフは「広告はその商品を買えば、あたかも購入者が高貴な存在になれるかのように錯覚させる」と言い放ったが、彼らも「サブカル」のカタログに載っている商品のどれかを買えば、自らも個性的になれると錯覚していると思われる。
彼らの目的は自分の趣味を追求することでも、なにか新しいものを創造したりすることでも、見つけ出したりすることでもない。「自分は個性的」と安心したいだけなのである。孤立を覚悟してでも自らの感性を信じきっていた先人とは大違いだ。
さらに最悪なことにこのような人間は「クリエイター病」を併発している可能性が高い。「クリエイター病」とは、なにかモノづくりの現場に関わり、有名人と交流することこそが人生最良の道であり、クリエイター系の仕事についてない人間はすべて挫折し夢敗れた落ち武者で、毎日布団のホゾを噛みながら恨み言を呟くような悲惨で陰湿な生活を送っているに違いないと思い込むことである。
個性を金で買うようなクリエイター病羅患者が制作側に回るとどうなるか。それがいま現状起こっているような世代交代がまったく進まない世界、というわけである。
彼らのやりたいことは新しいものを見つけ出すことではないため、既存の「個性的」と烙印の押された人物に、自らのプライドを満たすために仕事を依頼することになる。その結果がどこを見ても「みうらじゅん」状態を作る。そして、サブカルは予定調和で満たされる。
みうらじゅんを使えばOK。ボンクラっぽいことを書けばOK。童貞って言えばOK。すべて約束事で構成されているくせに、あたかもエッジであるかのように気取る。
もちろん、そんなことをやっていると感性の鋭い人間は当然そっぽを向く。雑誌を買わなくなり、ネットなどを使って自分の足で本物を追い求めるようになる。それがスタジオボイス廃刊のカラクリである。
同じ人間を使って同じようなことを繰り返した結果、サブカルは特定の世代にしか相手にされていない中年文化へと成り下がった。まずはそれを認めるところから始めよう。このままじゃゲートボールや盆栽と同じになってしまう。
「私、サブカル好きなんです」と宣言し、オーケンと絡んだりしているアイドルのなんとどん臭いことか。サブカル好きと見られたいがためにサブカルとパッケージングされているオーケンの商品を買ったでしょう?
ソラニンの実写映画の主題歌を、アジアンカンフージェネレーションが担当すると聞いて「えっ!?」って思った人がいたかい? みんな「ああ、やっぱり」って思ったはずだ。本当のサブカルは、そんな予定調和から遠く離れたところにあるはずなんだよ。