はてなキーワード: 神田正輝とは
続き
(さらに続く)
チビが金持っても、金のために風俗パパ活でハゲデブ爺に抱かれてきた女しか股を開かないぞ
女は顔やプロフを見る前に170cm未満の男をフィルタリングするくらいチビ男を生理的に嫌うからな
あと若くて可愛い性格のいい女ならそれだけで170cm以上のエリートやボンボンに見初められたり、若いうちにイケてる同級生や先輩と恋愛結婚するから
チビのおっさんに突撃する女はパパ活風俗不倫で婚期逃して賞味期限の切れた女
有名人属性ならハゲだろうがカツラだろうがジジイだろうがどんな見た目でもモテるだけなのでチビならではのメリットはない
城島茂や山本耕史みたいな若禿げおっさんや不細工スポーツ選手や芸人でもモテたり若い美人と結婚できる
逆に女子アナや女優やアイドルの結婚相手も有名人やセレブしかおらず、一般人のチビ男性はどれだけイケメンでも0
有名人という肩書があれば不細工でも女にキャーキャー言われるが、一般人の低身長はイケメンでもヒモにもなれず転落するわかりやすい例
https://i.imgur.com/MnUgDvx.jpeg
キノコ頭長身雰囲気イケメンや運動部が可愛い同級生や後輩の処女を食い散らかしてる横で、金持ちのチビが手に入れられる女がこれ
・神田うの(高校の頃からテレクラ遊びが趣味のクズに加えて加齢で頬骨巨大化)
・ジャガー横田(閉経寸前)
松田聖子と神田正輝に「今の気持ちは?」と聞いた記者がいたことがいたく炎上していた。
それは当然だ。実の娘をなくして憔悴しきった人に聞いていいことじゃない。
しかし、記者を叩いている連中もその次の瞬間に前山剛久に辛辣な言葉を書き込んでいる。
というか、アレが本物だったとして、前山叩きに走るとしてもあまりにも安直すぎる。
前山を擁護できるような情報は書かないし、神田が一方的に被害を受けているようにしか書かない。(まあ、よく読めば誓約書書かせるのは「えっ?」ってなるけど)
文春砲が放たれた後、前山は自分を擁護するツイートにいいねしたり、追悼文を出したが、これに対するネットの反応は
「本当に悲しかったらエゴサなんてできない。この期に及んで自己保身とは。やっぱり文春は正しかった」
「薄っぺらい追悼文。このタイミングでわざわざこんな追悼文出すのは文春が正しい証拠」
総じてこんなものばかりだった。
いやいや、もともとあんたらに「文春は正しいと信じたい」という気持ちがあって、それに沿うように前山の行動を解釈してるだけじゃん。
前山が自己保身のことを考えていると言って、悲しんでいないことの証明にも、文春の記事が正しいことにもならないよ。
例え大切な人を亡くして悲しい状況であっても、ゴシップ紙に悪評垂れ流されて食い扶持と選手生命を同時に失いかけてたら気に掛けるのは当たり前だ。
私もそうだし、多くの人はそうだと思うのだが、ネットの住民は人格者の集まりらしい。
(ただ、擁護ツイートにいいねをしたのは隙を見せたという意味で安直だったと思う。)
あと、感情で繋がった恋愛の「愛」は血で繋がった親子の「愛」とは違う。
自分がときめかなくなれば、例え相手が自分を好きなままでも別れようと言うのは至極当然だ。
フられた側は愛情が裏切られたと感じて傷つくが、それは誰が悪いとかそういう問題じゃない。
ときめく・ときめかないで別れたり別れなかったりするのが恋愛なんだから、例え絵にかいたような聖人君子同士の恋愛だろうと「傷つける」ということは起こりうるはずだ。
アラフィフ以上のジジイババアでないと分からないネタだろうが。
記憶が曖昧だったのでネットで調べてみたら、あれは1984年末の紅白歌合戦だったらしい。
当時の紅白は、まさに“国民的番組”で、視聴率は八割近かったはずである
当時、松田聖子と郷ひろみの交際というのは国民的な関心事で、このときの紅白のオープニングでは郷ひろみが松田聖子の手を引いて入場するという演出がなされていた。
歌唱順も当然のごとく、紅組の松田聖子と白組の郷ひろみが並ぶように組まれていた。
その直前がやはり交際が話題になっていた(そしてその後破局した)中森明菜と近藤真彦で、二組をステージに並ばせて“今、なにかと話題の二組”とかいって紹介してたと記憶する。NHKの番組で。
すごい時代だ。
(なお、このときの紅白の一番の話題は“都はるみ、紅白のステージを最後に引退!”であった。“あと1分時間をください!”と強引にアンコールを迫った鈴木健二アナウンサーとか、生方恵一アナウンサー、いちばん大事なところのナレーションで“みやこ”と“みそら”言い間違える事件とか、
で、年をあけてすぐの週刊文春(これまたネットで調べたら1月22日発売だったようだ)、松田聖子は郷ひろみとの破局を告白したのである。
当時は文春砲なんて言葉はなかったが、この記事は日本中に衝撃を与え、松田聖子は緊急記者会見を行う。
このときの泣きながら「今度生まれ変わって来たときには、きっと一緒になろうねって言いました」と語る松田聖子の映像は、飽きるほど繰り返しテレビで流れていた。
そして、このときも泣き顔なのになぜか涙は流れない、いつもの松田聖子だった。
(当時、松田聖子は賞レースで受賞したときなど、感激して泣くのに決して涙が出ないので有名だった。嘘泣き? 演技? いやよく知らんけど、“ぶりっ子”という言葉も松田聖子とともに流行った言葉ではある)
で、話はこれで終わらない。
この直後に、主演映画のポスター撮影のため、ハワイへ飛ぶ直前の松田聖子が、映画の相手役の男性と交際宣言をしたのだ。
これまたネットで確認したのだが、わずか10日後のことだったそうだ。
(なお、まだバブルも本格化する前で航空料金も自由化されておらずLCCなんて影も形もなかった時代、ハワイは日本人にとって、大スターがバカンスを過ごす夢の島であった)
映画は前年11月から撮影していたらしい。そして紅白、記者会見を経て翌年には交際宣言、である。
これ、昭和の価値観なら松田聖子はとんでもない悪女になりそうなものなのだが、なぜか彼女はこれを“致命的なスキャンダル”に貶めることなく、“自分に正直に生きる強い女”みたいなキャラを確立してしまう。
もちろん目黒の教会での挙式からホテル・ニューオータニでの結婚披露宴まで生中継。披露宴の司会は当時日テレの人気アナウンサーだった徳光和夫。
なぜか当時の日本では、大スターの結婚式というのはテレビの大イベントだったのだ。
その後、娘(神田沙也加)の誕生、神田正輝との離婚、“ビビビッときた”という流行語を生んだ再婚と離婚、さらには略奪婚とも噂される三度目の結婚と、話はまたまだ続いていくわけだが。
先日、亡き娘の位牌を手に、遺骨を抱えた元夫と並んで会見した彼女をみて色々とショックを受けた人も多いようだが、彼女のデビュー同時からずっと知ってる世代の人々は、わりと自然に“彼女らしいな”と受け止めたんじゃないかと思う。
ただ、そんな彼女の“昭和のスター”な振る舞いも、なんだか時代とはずれてきてるのかな?という感じもする。
なお、元彼の郷ひろみはその後、二谷友里恵と交際。交際中に二谷友里恵の書いた『愛される理由』がベストセラーになったり、結婚披露宴が古舘伊知郎の司会でテレビ中継されたりしたのだが、このふたりも離婚してしまった。
二谷友里恵はその後、「家庭教師のトライ」の創業者と再婚している…という話を聞いて以来、あの「トライさん」のCMを見るたびに、なんとなく余計なことを思い浮かべてしまう。
いまや紅白歌合戦で、松田聖子と郷ひろみは大ベテランで、かつての華やかで派手で、だけど歪な芸能界の空気をまとった数少ない出演者になっている。
今年も何事もなかったように、“松田聖子”と“郷ひろみ”を舞台で炸裂させるのだろうが、そろそろ時代との乖離が覆い隠せなくなってきたような感じはしている。
【追記】正式に松田聖子の辞退が発表されたようだ。一部スポーツ紙の報道を信頼して、“まあそりゃ松田聖子なら出るだろうな”という確信の元、駄文をしたためたが、やはりどこか自分の中に“昭和バイアス”があったのだなぁと感じている。
来年以降、復帰するのは難しいかもしれないな。なにかスマッシュヒットでもあれば別だが、しれっと復帰しても“そういえば去年は…”となりそうだし。
例の松田聖子と神田正輝の会見に対する反応をSNSで見てて思った。
事件の内容はともかく、なんか昭和から平成初期の頃までのニュースだと、ああいう映像よく見た気はするんだよね。
事件性のありものだけじゃなくて、普通に天寿を全うした有名人の場合でも、最近は葬儀とかは身内で済ませてしまってカメラはいらないことが多いし。
テレビの画面だけじゃなくて、社会生活してても、もともと葬式というのが昔ほど呼ばれないものになっているし、コロナ以降はその傾向強まったから、あんまり遺骨の箱自体、見たことがない人が多いのかもしれないな。
日本人は特に遺骨に対する思いがつよくって、焼き場で遺骨に拾うのにお作法があったり、あの白い布で箱を積んで運ぶ風習は日本独自のものだという。
個人的に親のやつ持ったけど、まあ壺の種類にもよるのかもしれないが、あれは思ってる以上に思いもんである。
とくに、戦時中、戦地から帰った遺骨を運ぶ作法として定着したという話も聞いたことあるけど。
そういえば、戦中戦後のニュースフィルムでは、やたらとあの布で包んだ箱をもった遺族の映像とか、よく見るような。
子供の頃、なんどか電車であの箱を運んでる人を見た記憶があるんだけど、最近は見ない。自分がたまたま見ないだけなのが、遺族が遺骨を運ぶような機会が全体として減ってるのかは知らないが、なんとなく死に関するものはショックを与えるからどんどん社会から見えないようにしましょうという圧力があるような気はする。
転落する直前に父で俳優の神田正輝に電話していたという。正輝は18日にテレビ朝日系「朝だ! 生です旅サラダ」(土曜・朝8時)に生出演。
番組終了後の午前10時頃、沙也加さんから正輝の誕生日(今月21日)を前祝いする電話があり、会話をしたという。
・スタッフ―が神田沙也加の部屋を訪れ、窓の外に転落しているのを発見
・正午公演に神田沙也加の出演予定だったが
スタッフや共演者には「神田さんは転落して現在重篤な状態です」との説明があり、神田さん以外の主要キャストも変更された。
・ダブルキャストで神田の出番はなく少し遅れた程度で開演、アフタートークも。
おっさんおっさん。女性は女性アイドルの貞操なんて気にしてないよ。
むしろ彼氏がいる方が人気が出るくらいだ。彼氏は良い男であればある程いい。「あんな素敵な彼氏がいるあの女性はやっぱり素敵」となるからだ。
女性に叩かれるのは彼氏がレベルの低い男である場合だよ。「あんなくだらない男に引っかかるくらいの馬鹿女だったのか」と言う意味で幻滅されるんだ。
まして丸坊主の人なんて不倫でもないしそもそも元々女性人気も無い(というか関心もたれてない)からどうでもいい扱いだ。
不倫でも人気出るケースも多いけどね。
松田聖子が最たる例で、元々は(男性向けの)アイドルだったのに結婚して不倫した頃はもう女性人気の方が圧倒的に多かった。
そして不倫すればするほど人気が出た。
人気を得る為に不倫しているんじゃないかと言われたくらいだ。
そして今や大御所扱いとなった。
大人しく「神田正輝の良き奥さん」やってたら今ほどの人気はなかっただろう。
そんなもんだ。
今年もそろそろ終わる。
俺は来年40歳になる。10年前に何してたっけ?どんなことがあったけ?20年前は?
思い出そうとしてみたが、覚えていることはあまりなかった。
そこで大好きなウィキペディアを開いてみたら、おもしろかった。
西暦をたたけばその年に起こった出来事や流行ったものごと、世相がまとめられている。
すげえな。
「おっ」とか「へー」とか「なにそれ」と思った出来事で100年を振り返ってみる。
2014年の10年前と2015年の10年前。
1614年と1615年までさかのぼれば、それぞれ大阪冬の陣と夏の陣までいけるのだが、400年はけっこうしんどい。
とりあえず100年。
------------------------------------------------
・自衛隊イラク派遣の陸上自衛隊本隊第一陣がイラクのサマワに入る
・関西電力美浜原子力発電所(福井県)で蒸気漏れ事故が発生、作業員5人が死亡
・アテネ五輪(柔道の野村忠宏選手が五輪3大会連続で金メダル獲得)
・「新潟県中越地震」死者68名
2005年(平成17年)
・中部国際空港が開港
・アンゲラ・メルケルがドイツ首相に就任
・1年を通じて1899年以来初めて死亡数が出生数を上回る
------------------------------------------------
1994年(平成6年)
・関西国際空港が開港
・オリックスのイチローが史上初の1シーズン200本安打を記録
1995年(平成7年)
・警視庁の国松孝治長官狙撃事件(重傷)
・オウム真理教総本部前で村井秀夫幹部が刺殺される
・『新世紀エヴァンゲリオン』放送開始
・俺ハタチになる/この年はテレビばかり見ていた気がする。
------------------------------------------------
・中曽根首相が首相として戦後初の靖国神社参拝
1985年(昭和60年)
・東京都に新両国国技館が完成、横綱・北の湖が引退
・NTT(電電公社)とJTT(日本たばこ産業)が民営企業として発足
・豊田商事の詐欺事件についてマスコミが取材中、報道陣の前で永野一男会長が暴漢2人に刺殺される
・フジテレビで夕方のバラエティ番組『夕やけニャンニャン』が放送開始
・たこ八郎が水死
・阪神タイガースが日本シリーズで、西武ライオンズを破り4勝2敗で日本一
------------------------------------------------
1974年(昭和49年)
・永谷園が「あさげ」を発売
・日本赤軍がオランダ・ハーグにあるフランス大使館を占拠(ハーグ事件)
・ウォーターゲート事件でニクソン米大統領辞任
1975年(昭和50年)
・まるか食品が「ペヤングソースやきそば」を発売
・山陽新幹線博多まで開通
・広島東洋カープが初優勝
・イギリス保守党の党首にマーガレット・サッチャー選出
・沖縄国際海洋博覧会開幕
・俺が生まれた
……俺と同い年の人たち
・アンジェリーナ・ジョリー(女優)
・上原浩治(野球選手)
・高橋由伸(野球選手)
・俺(商店街で鮮魚店を経営)
------------------------------------------------
・本田技研工業が「S600」を発売
・日本人の海外観光渡航自由化。ただし年1度、所持金500USドルまでの制限付き
・東海道新幹線開業
・坂本九『明日があるさ』がヒット
1965年(昭和40年)
・淀橋浄水場廃止
・中国で文化大革命が始まる
------------------------------------------------
1954年(昭和29年)
・日本の高度経済成長期が始まったとされる年
・NHKが大阪と名古屋でテレビジョン放送開始
・ニッポン放送開局
・琉球放送(RBC)開局
・遠洋マグロ漁船「第五福竜丸」が米国の水爆実験によって発生した多量の放射性降下物を浴びる
・洞爺丸事故
・加藤芳郎の4コマ漫画『まっぴら君』が毎日新聞夕刊で連載開始→2001年終了
1955年(昭和30年)
・武田薬品工業が総合感冒薬「ベンザ」を発売。
・ワルシャワ条約機構結成、冷戦激化
・広辞苑初版発行(岩波書店)
・後楽園遊園地が完成
・自由民主党と日本社会党の二大政党制(55年体制)が始まる→1993年崩壊
------------------------------------------------
1944年(昭和19年)
・全国の新聞で夕刊が廃止
・日本軍がインパール作戦を開始
・連合軍によるパリの解放
・東海道沖で東南海地震発生/マグニチュード7.9、死者・行方不明者1,223人、建物全壊36520件
1945年(昭和20年)
・ 2月 4日 ヤルタ会談(ルーズベルト、チャーチル、スターリン)
・ 2月14日 近衛文麿が昭和天皇に早期和平を提案(近衛上奏文)
・ 6月13日 大田実司令官が「沖縄県民斯ク戦ヘリ 県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」と打電した後自決
・ 6月23日 沖縄守備軍司令官牛島満が摩文仁司令部で自決/実質的な戦闘終結
・ 8月 6日 広島市へ原子爆弾投下
・ 8月 9日 ソ連軍が満州へ侵攻して対日参戦開始
・ 8月 9日 長崎市へ原子爆弾投下
・ 8月10日 御前会議(ポツダム宣言の受諾の可否について)
・ 8月27日 占領軍向け特殊慰安施設の第1号開業(小町園、東京大森)
・ 9月 2日 東京湾上の戦艦ミズーリ艦上で、重光葵・梅津美治郎らが降伏文書調印(第二次世界大戦終結)
・ 9月25日 外国人記者2名が昭和天皇にインタビューを行う
・10月19日 駅名の表記が左書きに統一される
------------------------------------------------
1934年(昭和9年)
・日比谷映画劇場開場
・忠犬ハチ公銅像除幕式
・満鉄が大連―新京間で「特急あじあ号」の運転を開始
・東北地方で冷害が発生、凶作被害甚大
1935年(昭和10年)
・築地市場開場
・フランス人民戦線結成
・天理教本部が脱税で捜索
------------------------------------------------
1924年(大正13年)
・皇太子裕仁親王(後の昭和天皇)と良子女王(後の香淳皇后)ご成婚
・日本でメートル法が採用
・阪神甲子園球場完成
・トーマス・マン『魔の山』
1925年(大正14年)
・イタリアのベニート・ムッソリーニが独裁宣言
・日ソ基本条約締結(日本はソ連を承認)
・治安維持法公布
・朝鮮総督府庁舎完成
・上海で五・三〇事件
・広東に国民政府が成立
・鈴木商店(後の味の素)設立
・芦ノ湖にブラックバスが放流
・娯楽雑誌『キング』創刊
……これ読んだ若い頃、スーパーのおさかなコーナーで働いてた。
まな板の上にレモン置いて帰ろうかと思ったな。
なつかしい。
------------------------------------------------
1914年(大正3年)
・孫文らが東京で中華革命党を結成
・サラエヴォ事件→オーストリア=ハンガリー帝国がセルビアに最後通牒
・『少年倶楽部』創刊
1915年(大正4年)
・第一次世界大戦:ドイツ海軍がイギリス周辺を交戦海域に指定して、Uボートによる無制限潜水艦戦が開始される
・サマセット・モーム『人間の絆』
・芥川龍之介『羅生門』
------------------------------------------------
数字と固有名詞と記憶と今がごっちゃになって、ちょっと気持ちいい。
自分がさかなクンと同い年なのは知っていたが、ぺヤングとも同い年とは知らなかった。
それと昭和、長いな。
明日も朝早いし、そろそろ寝る。