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はてなキーワード: ビクトリアとは

2016-07-21

http://anond.hatelabo.jp/20160721005755

ビクトリアシークレットのヒモヒモしたパンツとか空輸してみたよーー

綺麗な下着は綺麗な人じゃないと生きないなとおもいまし…た…

よくセックスレスに悩む人向けのサイトとか見てるとセクシー下着はプレッシャーかかって逆効果って書いてあるからうかつに見せたりもできない

2015-10-14

月9に出てきたスピーチ原稿

せっかく書き起こしたので英語出来る人に添削してほしい。

「古い」というより口語じゃない印象だけど。

 

Today, Victoria is here from Canada.

I met Victoria through a mutual friend when I traveled to Paris last year.

Victoria was very intrested in Japan, so she asked me many questions.

However, I wasn't used to speaking in English, so I had a hard time answering.

With the hopes to communicate with you better in the future, I decided to take English classes.

Victoria, how am I going?

Has my English improved?

I am very happy to not only reunite with you, but see you back in my home country Japan.

Let's all enjoy this special occasion!

Please raise your glasses, cheers!

 

日本語訳

今日は、カナダからビクトリアが来てくれました。

ビクトリアとは、去年、パリ旅行をした時に、共通の友人を介して出会いました。

日本にとても興味を持っていたビクトリアは、私にたくさん質問をしてきてくれたのですが、

慣れない英語になかなか答えきれず、悔しい思いをしたのを覚えています

わたしは、ビクトリアと話したい一心英会話教室に通い始めました。

ビクトリア、わたしのスピーチはどうかしら?

あの時よりは成長しているかしら?

ビクトリアと再会、ましてや日本で再会できるなんて、本当に嬉しいです。

今日は短い間ですが、楽しみましょう!

では、乾杯

2014-10-05

医学的にはMENSA高知団体とは言えないという話。

MENSAという団体をご存知だろうか。ホームページには

MENSA(メンサ)とは、1946年イギリスで創設された、全人口の内上位2%のIQ(知能指数)の持ち主であれば、誰でも入れる国際グループです。 」

とある

そして、MENSA自分たち団体のことを「高知団体」と呼んでいる。全人口内の上位2%とは、IQにして148(標準偏差σを24とする)となるので、これはかなりの高知能ということになるだろう。単純に考えると50人に一人程度存在するということであるから、その希少さはかなりのものだ。そして、日本で有名なMENSAとは正式には「JAPAN MENSA」というものらしく、これはMENSA日本支部であるという。(以後のMENSAという記述JAPAN MENSAを示すものとする)

MENSAについては私も昔から知っていて、「へぇ、そのような団体があるのか」と興味は持っていた。

ところが、先日大学の友人がMENSAの入会テストを受けてきた所、どうやらこの試験というもの所謂IQ(全知能)」を測るテストとは少し違うものらしい。このような入会テストを行っている団体が「高知団体」として世間認知されていくのは良いことなのだろうか、少し疑問に思った。

そこで、一応大学医学を専攻した身として、MENSAに対して一言述べておこうと思いこのブログを書くことにした。

MENSA医学的には高知団体ではない

MENSAの知能測定方法が「全く無意味」というわけではない。知能の限られた部分しか測定していないということである。そして、それこそが一番の問題なのだ

医学的に知能指数を測る方法は何種類か有る。(知能指数 - Wikipedia)

かなり初期のものとしてはビネー式知能指数テスト。こちらは「子供向けの知能指数テストであり、大人には有効ではない」ということが明らかになっている。そこで、登場したのが「WAIS」と呼ばれる知能指数テスト現在、大人が医療機関知能指数テストを受ける場合には、大抵「WAIS」を受けることになる。(田中ビネー式については割愛)

ところで、MENSA公式ホームページには「入会テスト受験は15歳以上に限る」と記されている。つまり子供向けではなく、大人を対象にしたテストであるということだ。

そこで、医療機関実施されている大人向けの知能テスト「WAIS」について少し詳しく見ていこう。

WAISの試験内容

WAISは現在、14の下位検査から成り立っている。(ウェクスラー成人知能検査 - Wikipedia)

言語検査



動作性検査

そして、これらの知能検査から各々の「知能指数」を算出。それらを総合して全知能(合成得点による全検IQ)を算出することとなる。

ところで、なぜこのような成人向けの知能指数テストが行われるのだろうか。WAISのスコアから何が分かるのだろうか。

実は、WAISのスコアは高ければ良いというものではない。それぞれの分野のスコアがある一定範囲内(15以内)に収まっていることが重要なのである。そして、これの範囲を超えてしまうと、発達障害との診断が下る可能性が高くなる。医師はそれを一つの目安として発達障害の診断を下すことになっているからだ。

まり部分的に隔たった知能は「発達障害である可能性を示唆することとなるということだ。

MENSAの入会テストについて

さて、MENSAに話を戻そう。

MENSA試験内容とはどのようなものなのか。

実は、これはWAISで言うところの「行列推理」だけを問うものなのである

すなわち、MENSA試験においてスコアが高いということは、WAISで言うところの「行列推理スコアが高い」ということのみを指し示す結果であり、(各能力の発達がある程度独立であることを考慮すれば)上述した「発達障害である可能性も、一般の人よりも遥かに高いということである

まりMENSAという団体には、世間よりも遥かに高確率発達障害の人が存在していると考えられるだろう。

MENSAに望むこと

MENSA高知団体自称するのであれば、最低でも言語性知能や他の動作性知能のテスト必須にしていただきたいものだ。

行列推理スコアが高いだけで「高知団体」と言われても、それは詐称に他ならない。むしろ行列推理だけのスコアが高いということは、高知であるということを示すより、発達障害示唆する可能性の方が高いとすら言えるだろう。

2014-03-29

島国がそんなに発展しない理由

タイトル釣り

id:su_rusumi ではなぜフィリピンは発展しないのだろう? 2014/03/28

へのアンサー。

実は島国が発展する方がレアケース。

現在先進国を見ても日英以外はあとせいぜいでニュージーランドシンガポールぐらいしかない。

まともな国が作れるぐらい広くて、まともな農業ができるぐらい気候的に恵まれた島がそもそも世界的に珍しい。

島の面積ランキング上位を書き出すと

  1. グリーンランド寒い
  2. ニューギニア島暑い
  3. ボルネオ島暑い
  4. マダガスカル島暑い
  5. バフィン島:寒い
  6. スマトラ島暑い
  7. 本州
  8. グレートブリテン島
  9. ビクトリア島:寒い
  10. エルズミーア島:寒い
  11. スラウェシ島暑い
  12. 南島ニュージーランド
  13. ジャワ島暑い
  14. 北島ニュージーランド
  15. ニューファンドランド島寒い
  16. キューバ島暑い
  17. ルソン島暑い
  18. アイスランド島:寒い
  19. ミンダナオ島暑い

と見事に日英新以外は暑すぎか寒すぎ。

寒い文明が作れない。まあ農業できなきゃアウトですわ

暑くても文明が作れない。ジャングルがはびこって農業ができなかったり、疫病が強烈だったり。

本当はもっとかい理由がいくらでもあるが、根本はそういう話。

あと、表のすぐ下は20位がアイルランド島、21位が北海道

この二つはひょっとすると独自の島国として発展できた可能性があったかもしれないが、すぐ隣が日本イギリスというのが悪かった、ということだろう。

http://anond.hatelabo.jp/20140327233218

2012-10-26

Pocket Planes 都市解説日本語

アフリカ

Al Fashir
エル・ファシールは、周辺地域でつくられた穀物や果物を供給する農業市場です。
Algiers
アルジェは、海から迫り上がるように建てられた白く輝く建築群のために、別名「白のアルジェ」と呼ばれています。
Bamako
バマコという名前はバンバラ語で「ワニの河」を意味する言葉に由来しています。
Beira
ベイラは、ジンバブエ、マラウィ、ザンビアなど南アフリカ諸国が輸出入を行う、古くからの主要な交易地です。
Benghazi
ベンガジの地は、2011年のリビア内戦で転換点となりました。
Cairo
カイロは、スフィンクス像やギザのピラミッドに近いことから、古代エジプトとも関係が深い都市です。
Cape Town
ケープ・タウンは、東アフリカインド、極東への供給基地として、オランダ東インド会社によって開発された都市です。
Casablanca
カサブランカ港は世界でもっとも大きな人工港の一つで、モロッコの経済、ビジネスの中心とされています。
Dakar
ダカールは、かの有名なダカールラリーの終着点でした。
Djibouti
異国情緒あふれる建築群が立ちならぶジブチは、「紅海におけるフランスの香港」と呼ばれてきました。
Durban
ダーバン市の有名な海浜地帯は、ゴールデンマイル、あるいは日常的に「マイル」という名前で呼ばれています。
Harare
ハラレ(1982年以前はサリスベリー)は、ジンバブエ最大の都市であり、首都でもあります。
In Salah
サラという名前は「よい泉」という意味の言葉に由来していますが、イン・サラの水はむしろ悪質で塩辛いことで知られています。
Johannesburg
ヨハネスブルグは世界の輝かしい首都であると主張していますが、その栄冠を主張する都市は他にもあります。
Juba
(Wiki のリンク先がムンバイになっています)
Kaduna
カドゥナのシンボルは、現地ハウサ語でカダと呼ばれるワニです。
Kampala
ブガンダのカバカ(王)、ムテサ・イは、やがてカンパラと呼ばれるようになるこの地域をお気に入りの狩り場としていました。
Kananga
カナンガとは「平和と愛の場所」という意味です。植民地時代以前は、領土問題を解決する条約の制定会議のために首長たちがここに集まったためです。
Khartoum
(Wiki のリンク先が長崎になっています)
Kinshasa
キンシャサは、コンゴ川リビングストン滝上流において航行可能な、初めての港として建設されました。
Kisangani
サンガニは、コンゴ密林地帯最大の都市です。
Lagos
ラゴスは、小川に隔てられた、ラゴス潟湖の南西口を縁取る島々に生まれた大都市です。
Lilongwe
リロングウェにはたくさんのヨーロッパ人と南アフリカ人が住んでおり、多くの国際支援機関がここを本拠地にしています。
Livingstone
リビングストンは、巨大で美しいビクトリア滝の水源地です。またの名をモシ・オア・ツニャ、「雷鳴轟く煙」という意味です。
Lobito
ロビトは、アフリカで最も良質な天然港を利用するために、ポルトガルマリア二世の命令で1843年に建設されました。
Mahajanga
マハジャンガは、美しい浜辺、ココナッツの木が並ぶ遊歩道を備え、そして雨のふらない晴れ間が8ヶ月続く、人気の観光地です。
Mogadishu
モガディシュは、インド洋沿岸のベナディール地方にあり、数世紀にわたって重要な港として機能してきました。
Mombasa
モンバサは、近代において香辛料、黄金、象牙貿易の重要な中心地でした。
Monrovia
1822年に建設されたモンロビアの名前は、リベリア植民地化の突出した支援者であった合衆国大統領ジェームズ・モンローにちなんで名付けられました。
Nairobi
ナイロビ国立公園にはライオンキリン、クロサイなどたくさんの動物がおり、また400種以上の鳥たちの繁殖地にもなっています。
Port Elizabeth
ポート・エリザベスにある聖ジョージ公園のクリケット競技場は、オーストラリアイングランド以外の地で練習試合が開かれた最初の会場です。
Port Sudan
ポート・スーダンは、紅海からナイル川までを繋ぐ鉄道の終着駅として、1909年イギリスによって建設されました。
Timbuktu
ティンブクトゥはサハラ砂漠の南の端にあります。砂丘に囲まれ、道路は砂で覆われています。
Tripoli
トリポリは、そのターコイズブルーの海と白亜の建物で、情緒を込めて地中海の人魚と呼ばれています。
Windhoek
ナミビア大学、ナミビアで唯一の劇場、中央省庁本庁舎、また主要なメディア金融機関はすべてウィンドフックにあります。
Zanzibar
ザンジバルの主要産業は香辛料、ラフィア椰子と観光業です。特に島嶼部では、クローブナツメグシナモン、胡椒を産出しています。

アジア

Aden
アデンは、1937年までイギリスインドの一部として統治され、アデン居留地として知られていました。
Ahmedabad
アフマダバードは、20世紀前半におけるインド独立運動の最前線でした。
Anadyr
アナディリは、ロシア東端の街であると同時に、ロシア極東地方にとって重要な港と空港になっています。
Baghdad
チグリス川沿岸に位置するバグダードの街は8世紀に成立し、アッバース朝の首都となりました。
Bangalore
バンガロールは庭園都市とも呼ばれ、かつては隠居生活天国と呼ばれていました。
Bangkok
バンコクでは、夜の繁華街に加えて文化的建造物やアトラクション異国情緒を醸し出しています。
Beijing
北京首都国際空港は、世界で二番めに多い利用者でごった返す空港です。
Butwal
ブトワールは、西ネバールカトマンズ都心を繋ぐ主要な玄関口です。
Cebu
セブでもっとも有名なランドマークマゼラン十字架です。1521年に、フェルディナンド・マゼランが鋳造したと言われています。
Chengdu
成都には、世界的に有名なジャイアントパンダ生育研究所が設立されています。
Delhi
ニューデリーの設立記念碑は、英国王ジョージ5世とマリー妃によって1911年12月15日キングスウェイキャンプに定礎されました。
Dhaka
ダッカの街では毎日40万台の自転車リキシャが走り回っており、世界一のリキシャの首都として知られています。
Guangzhou
1514年、欧州人として初めて広州にたどり着いたポルトガル人は、遠隔貿易の独占権を確立しました。
Hanoi
ベトナムの首都ハノイは、2010年、公式に建設から1000年を迎えました。
Harbin
ハルピン国際雪祭りは、世界四大雪祭りの一つです。
Hong Kong
香港は、1997年に中国が統治権を取り戻すまで、大英帝国植民地となっていました。
Hyderabad
ハイデラバードは、トリウッドとして有名なテレグの映画産業の中心地です。
Istanbul
今はイスタンブールです。コンスタンチノープルではありません。
Jakarta
ジャカルタは、別名ビッグドリアンといいます。ビッグアップルと呼ばれるニューヨーク市インドネシア版と目されているためです。
Jerusalem
イェルサレムは、三つのアブラハムの宗教、ユダヤ教キリスト教イスラム教の聖地です。
Kabul
カブールは3500年の歴史を持っています。交易路に位置するその立地の戦略性のために、多くの帝国がカブールの谷を巡って戦ってきました。
Kandahar
カンダハール地方は、高級フルーツ、特にザクロブドウの産地です。
Karachi
カラチは、南アジアと広域イスラム世界における高等教育の中心地です。
Kolkata
かつては英語綴りの Calcutta が正式名称でしたが、ベンガル語の発音にあわせるため2001年に Kolkata に変更されました。
Kuching
クチンはブルネイ首長国の一部でしたが、1841年に、英国人冒険家ジェイムズブルックの個人王国として割譲されました。
Kuwait City
1936年の油田発見によって、衛生、教育サービスなどクウェート市の生活水準は劇的に向上しました。
Lhasa
ラサは、ポタラ宮、ヨハン寺院やノルブリンカ宮殿など、チベット仏教の強い文化的特徴をもつ土地です。
Magadan
マガダン経済の主な収入源は、金鉱業と漁業です。
Manila
マニラは、1平方キロメートルあたり43,079人が住む、世界一人口密集率が高い都市です。
Mumbai
かつてボンベイとして知られたムンバイは、インドで1番、また世界では4番めに人口が多い都市です。
Muscat
マスカットは、アラビア海オマーン湾岸、戦略地であるホルムズ海峡の近くに位置しています。
Nagasaki
1945年8月9日、長崎はアメリカによる2度目の原爆攻撃の標的になりました。
Nanping
南平を取り囲む高い城壁は、古代に敵襲に備える防壁としてつくられ、砲撃を防ぐために使われました。
Norilsk
リリスク、タルナクのニッケル鉱床は、世界最大のニッケル、銅、パラジウム鉱床です。
Novosibirsk
ノボシビルスクは、モスクワサンクトペテルブルグに続いてロシアで3番めに人口が多く、アジアンロシアでは最大の都市です。
Osaka
大阪では、大阪湾湾岸にある人工島につくられた関西国際空港が営業しています。
Padang
(Wiki 記載の英文が他の街のものになっているような…。)パダンは、平均年間降水量が4,300ミリで、インドネシアでもっとも湿度の高い都市の一つです。
Palu
パルの主婦業は、木材彫刻、木材加工、編み物、さらにカゴづくりや敷物づくりを含みます。
Pevek
20世紀を通してソ連に錫、ウラニウムを供給したペヴェクの労働者は、強制労働制度による囚人たちでした。
Port Moresby
1975年9月、パプワニューギニアはポート・モレスビーを首都として独立しました。
Rangoon
ラングーンの下町は、緑に包まれた通りと、デカダン調の建築物で知られています。
Riyadh
サウジアラビアの首都として、リヤド南アジアイエメンスーダンなどの出身の住民も住む多様性のある都市です。
Sapporo
札幌は、サッポロビールと、有名なホワイトチョコビスケット、白い恋人の地元です。
Sendai
2011年3月、マグニチュード9.0の地震とそれに続く大規模な津波が仙台を襲い、深刻な災害を引き起こしました。
Seoul
ソウルは、世界でもっともインターネット接続率が高い都市です。全人口の半分以上がブロードバンド接続を活用しています。
Shanghai
上海は、人口において中国、世界でもっとも大きな都市です。
Shenyang
瀋陽は、中国東北地方における主に日本、ロシア、朝鮮との交通、商業の中心地です。
Singapore
シンガポールは、シンガポール島、またの名をプラウ・ウジョン島として有名な本島を含む63の島々で構成されています。
Taipei
台北101は、101階建ての超高層ビルで、完成時には世界で一番高い建物でした。今は2番めです。
Tehran
イランはその歴史上、何度も遷都をおこなってきました。テヘランイラン国家の首都として32番めになります。
Tiksi
ティクシの冬はとても寒く、11月から2月まで、気温はずっと氷点下です。
Tokyo
東京は日本の首都で、世界最大の都市です。ゴジラなどの巨大怪獣に定期的に破壊されます。
Ulan Bator
ウランバートルは、1639年に遊牧民仏教修行の中心地として建設されました。1778年に、現在の位置に恒久的に落ち着きました。
Urumqi
中国西域最大の都市ウルムチは、世界一海から遠い都市の記録を保持しています。
Vladivostok
ウラジオストクロシア太平洋艦隊の母港であり、太平洋におけるロシア最大の港です。
Xi'an
秦始皇帝陵と兵馬俑は、西安郊外にあります。
Xining
西寧は、夏の涼しさから中国避暑地の首都とも呼ばれてきました。
Yakutsk
ヤクーツクは、1880年から1890年代に金やそのほかの鉱物の大規模な埋蔵が発見されて以降、都市として発展しました。
Yinchuan
銀川は、周辺草原地帯の遊牧民が飼う家畜の群れから生産される動物製品を取り扱っています。

2011-10-16

世界が第二の焚書時代を迎えた6つの理由

6 Reasons We're In Another 'Book-Burning' Period in History | Cracked.com

By: S Peter Davis

October 11, 2011

これを聞いた人の8割は私の顔を殴りたくなるだろうが、端的に言おう。

私はこの数年、仕事の一部として図書館書庫をめぐり歩いて、

稀覯本を含む本を数万冊以上捨ててきた。

焚書と聞いて、一般にはおそらくナチスドイツを連想する人が多いんじゃないだろうか。

それは不寛容と反知性の象徴だ。

だが今回の焚書は違う理由で起こっている。

#6. あなたの街の図書館でいままさにやられている

本を捨てているのは、利用者が誰もいないような辺鄙田舎図書館だけじゃない。

おそらく世界最高の権威がある図書館大英図書館でも、本の廃棄が産業的な規模で行われている。

オーストラリアニュー・サウス・ウェールズ大学そのほかいくつかの大学では最近、本の処分に関するスキャンダルが起きた。

今年ボーダーズという書店がつぶれたときには、在庫は寄付されるのではなく廃棄された

捨てられているのは、『TVガイド』とか重複所蔵の本だけじゃない。

17世紀に美麗に印刷されたシェイクスピアの作品集を想像してみてほしい。

奥付のページには、遠い昔に亡くなった所有者からの達筆なメッセージが付いている。

それをゴミ箱に捨てるのだ。

私は何度もその場にいた。

しつこく横取りを禁じた上司が見ていなければ、

持ち帰ってeBayに出して売って、何百ドルかにはなったんじゃないだろうか。

これはオバマ共産ナチ新世界秩序に操られたソビエト秘密作戦か何かではない。

血も涙もない官僚主義によって起こっているのだ。

というのも……

#5. 寄付するより安くつく

誰しも思うのは、恵まれない人たちに寄付すればいいんじゃないの、ということだ。

囚人でも、病気の子供でも、独立系の新興書店でもいい。寄付すればタダじゃないの、と。

図書館の状況は実のところ想像以上に複雑だ。

図書館の本には印が押され、目録に記録され、

蔵書であることが分かるようになっている。

その本を寄付したり売ったりするときには、印を消さなければならない。

盗品でないと分かるようにするためだ。

そればかりか、所蔵印が残っている本は、親切な人が見つけて図書館に返しに来てくれちゃったりもする

そして、処理すべき本はとても多い。

図書館はやっきになって蔵書を減らそうとしている。

図書館館長になったつもりで、10万冊を処分しなればならないという報告を受けたと考えてみてほしい。

選択肢は二つ。

学者を何十人か雇って蔵書目録をもとに重要度や価値を評価させて、

また何十人かを雇って重要度の低い10万冊に一冊一冊処分の印を押させる、

というのがひとつ

第二の選択肢は、コンピュータで貸出回数の少ない10万冊を列挙して、

数人に館内を回って集めさせて、シュレッダーにかけさせること。

第二の選択肢のほうがずっと速くて安いことはお分かりだろう。

リサイクルセンター紙を買い取ってくれることもあり

そうなれば儲けがでることもある。

もちろんこんなのはみんなが嫌がる仕事だ。

ことに司書にとっては、それはまるで、

ゾンビに噛まれた親友を前にして、自分けが銃を持っているようなものだ。

それに、捨てられた本のなかに救われるべき本が埋もれてしまうことも忘れてはならない。

このやり方では明らかに、ものすごく貴重な本引っかかってしまうことがある

2011年版が書架にあるのに、『白鯨』の初版本を書庫から借りようとする人がいるだろうか。

コンピュータで出した貸出数ランキングではそうした区別ができない。

また、このやり方をする場合は、本は完全に破壊しなければならない。

ただゴミ箱に放り込むだけでは不十分だ。

盗られるかもしれないからだ。

誰も読もうとしないように本を引き裂くか、ゴミ箱に漂白剤を入れておく必要がある。

とにかく、ゴミ箱が「ご自由にお取りください」状態になってはまずい。

そして作業をする図書館員が16世紀の貴重書を見つけたとしても、

館長はそれを救えとは言えない。

捨てる代わりに調べるように命じていることになりかねないからだ。

からの命令は「慈悲は無用」。

どんな本か分からなければ捨てるのも楽になる。

名前を知らない人を撃つのがたやすいのと同じように。

#4. こっそりやらなければならない

みなさんがこの事実をご存じなかったとすれば、

それは本の廃棄が秘密裏になされているからだ。

ほとんどの場合一般人が気づくのはゴミ箱に大量の本が入っているのを誰かが目撃してからのことだ。

図書館は廃棄について広報しない。

はい司書こっそり話し合っている掲示板はいくらか見受けられるが。

2004年ごろ、ニュージーランドビクトリア大学は13万冊の本を廃棄することを決めた。

しか内部告発によって学者学生にその計画が漏れた。

計画では、廃棄対象の本に赤いテープを貼り

それを救いたい人がペンでチェックマークを付けることになっていた。

想像のとおり、誰もが怒りをあらわにした。

ある教授図書館を「野蛮人」と呼んで学内電子メールを回し、

図書館をめぐりすべてのテープ付きの本にチェックを入れるよう、

職員と学生に呼びかけた。

私の場合は、本の廃棄に気づいたのはそれを盗んで逮捕された人だけだ。

一般人が気づくころには、すべて終わっていて、反乱の機会はなかった。

それに図書館は気づかせることのないよう巧妙な言い回しを使う。

たくさんの書架を空にして、本を書庫に送ったというとき、彼らは嘘をついているわけではない。

ただ、書庫はすでにいっぱいで、新しい書庫行きの本の分だけ廃棄をしているということを言わないだけだ。

#3. 経済的に苦しい図書館

本の廃棄を推進する人たちは、図書館機能を「本の博物館」だとする見方に反対する。

みなさんは愛すべき古典文学の書架に代表されるたくさんの書架の集合こそが図書館だとお思いかもしれない。

しかし、図書館の主要な(そして一番費用のかかる)機能は、

学生学者研究に使う学術雑誌の購読を保つことだ。

ご愛読のポルノ雑誌のことを思い出してみてほしい。

コアなものヨーロッパしかない。

から価格為替市場の変動から大きな影響を受ける。

通貨が少し下がったり上がったりすれば、外国雑誌価格も少し変わるだろう。

さてここで、購読するのは数冊ではなく10万冊だと考えてみてほしい。

そして、いま降りかかっているのは小さな変動ではなく、大恐慌時代以来の最悪の不況だ、と。

図書館雑誌購読費の最頻値は、数千万ドルをくだらない。

これは一夜にして旅客機一台分が財布から飛んでいくことを意味する。

その旅客機の代金が払えないと、まずいことになる。

そうなったらとりうる手段は、燃え盛る蜂の巣を手放すように、

購読を打ちきることしかない……とお思いだろうか?

ところがそれは図書館のパワーユーザー学者学生毎日必要とするものなのだ。

必要のないもの、それはたとえば、手書き挿絵の入ったネクロノミコンだ。

そうした古い書物は、他の図書館に譲るわけにもいかない。

他の図書館も同じ問題を抱えているからだ。

どれほどかけがえのない所蔵物であろうと、とにかく場所がないのだ。

というのも……

#2. 図書館はすぐには大きくなれない

図書館が蔵書を引き裂く必要がある理由のひとつは、この不況だ。

悲しいことだが、それはそれで仕方ない。

しかし、前世から引き継がれた幾千の書物や新聞雑誌が、

コーヒーショップと引きかえに土塊にされているとしたらどうだろうか?

オーストラリアのニューサウスウェールズ大学でまさにそれが起こっている。

その図書館では、社交的空間を作るため、1850年からの蔵書と新聞雑誌廃棄された

ピータースレツァク教授はそれを、図書館を「スターバックスのようなもの」に変えるものだと評している。

しかし、図書館立場にたってみれば、それを要求しているのは、

学生をはじめとする図書館の支援者たちだ。

彼らは本を保管することだけではなく、本を使う場所を図書館に求めているのである

そして出版社は無数の本を出してくる。

ということで、図書館は、一方では新刊書を所蔵するために拡張を迫られ、

一方ではカプチーノを飲んで腰を下ろす場所を作れと言われているのだ。

じゃあ増築すればいいんじゃないの、とお思いだろうか。

問題は、その費用を誰も出してくれないということだ。

この報告書でも分かるように図書館お金を出している組織予算増額をものすごくいやがる。

図書館はそもそも利益が出せない。

図書館に行ってお金を払った覚えはあるだろうか?

ときに課される延滞料すら雀の涙にしかならない。

図書館が「拡張の資金が必要」と言えば、大学当局は「他を当たってくれ」と言うだろう。

ほとんどの図書館に他の当てはない(建物放火して保険金をせしめるという手を勘定にいれなければ)。

#1. 本は電子化されていく

本はもはや流行らない。このことは認めざるをえないだろう。

2010年最後の三カ月のAmazonの売上データで、電子書籍は紙の書籍を上回りはじめた

最近ハードディスクであれば、場所をとらずに事実上無限の数の本を入れることができる。

小さめの図書館ならUSBメモリ一つでで置き換えられるとしたら、

巨大な防火設備で本を守り続けさせる原動力は、人々の愛しかない。

現在経済状況下では、その愛はなかなか発揮されることがない。

この動きは三十年前に遡る。

1980年代図書館のスペース問題を解決したのは電子化ではなくマイクロフィルムと呼ばれる新技術だった。

本や新聞雑誌スキャンしてマイクロフィルムとして保存すれば、

図書館ひとつキャビネットひとつに収まるというのが謳い文句だった。

ニコルソン・ベイカーは、マイクロフィルムブームの悲痛な記録を本にした。

それによると、大英図書館アメリカ議会図書館といった世界の名だたる図書館が、

数千冊の古い貴重書を引き裂いてスキャンし廃棄したそうだ。

世界中の本好きたちがこれに抗議したところ、司書マイクロフィルムを掲げて

「捨ててはいません。ここにありますよ」と言い返したとか。

今日では、インターネットの普及によって、本の圧縮はますます推進されるばかりだ。

ある組織では廃棄する本の選定にあたって、グーグルブックスに載っているかどうかというシンプルな基準を用いているそうだ。

もちろん、本好きの心はそれだけでは慰められない。

彼らは本の内容だけではなく、本それ自体に価値があると信じている。

彼らにとっては、同じ版の本がほかの場所にあるからといって、

貴重な書物を捨てることは正当化できない。

世界をまわしている列車お金でできていて、

道は事務書類で敷き詰められていて、

燃料タンク官僚主義でいっぱい。

これが現実だ。

ピラミッドを崩し尽くせたあかつきには、

世界はもっとまともで実用的で効率的ものになるのだろう。

 
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