はてなキーワード: 出生率とは
元増田だけど
理想は「全国民は出産から大学進学まで社会福祉でまかなう」だが現実的でない。
どうしても大学いかせたい場合はそれなりの手段があるってこと。
>保障が出生率に関係無いってのは家計の現実を知らなさすぎる。
そりゃそうだね。
産む理由あるの?に対して
なのに、保障が良くないから出生率が下がるんだよ、って言われても
そうですねー。としか返せません。
枠が限定されてる国公立や奨学金頼みで出産ってのは無責任。保障が出生率に関係無いってのは家計の現実を知らなさすぎる。社会環境が悪けりゃ出産を躊躇う人は増えて当然。
ほら、出生率が上がろうが下がろうが男女比50:50みたいな神の調整的な。
子育てや介護は単純に労働力が必要。労働力の不足分をお金で外注する(保育園、介護施設)。
親元離れてくらす核家族だと子ども二人が限界だろう。親と同居していれば、金銭的なリソース、労働力のリソース諸々余裕が出るからな。もちろん現代でも親が同居の場合と核家族の場合の出生率はだいぶ差がある。一人分くらい違った気がするけど覚えてない。
次のページが話題になっている。
なぜ保育園を増やしても子供の数は増えないのか ~少子化問題の本当の原因~
妥当な見解だと思えるが、勘違いして批判している人が多いので、解説しておく。
どうも人々は、保育園のことばかり考えているので、「保育園を増やすことが大切だ」とばかり考えているようだ。そこで、この記事を読んで、「保育園を増やすことを否定するなんて、けしからん」と怒っているようだ。しかし、それは誤読だ。
この記事が言っているのは、「保育園を増やさなくてもいい」ということではない。「保育園を増やすだけでは足りない」ということだ。つまり、人々の見解(保育園を増やすことが大切だ)を否定しているのではなくて、それ以外にもっと大切なことがあるので、そちらにこそ目を向けよ、と言っている。
まず、この記事のテーマは、子供や親を大切にするという福祉ではない。それはテーマとなっていない。テーマは何かというと、「少子化」だ。少子化は、社会の経済力を損なうので、やがて来る少子高齢化の時代に、社会を崩壊させる。このような未来の社会の崩壊を防ごう、というのが、この記事のテーマ(目的)だ。つまり、現時点での子供や親の福祉は、テーマにはなっていない。
その上で、少子化の阻止のためには、保育園の整備だけでは足りない、と指摘している。そのことを数字できっちりと証明している。(グラフで。)つまり、保育園はどんどん増えているのに、出生率はどんどん低下しているのだ。そして、その原因は、若者の貧困化だ、と指摘している。
だから、この記事の結論は、「若者の貧困化を阻止すること」であり、そのためには「経済の回復が大切だ」と示している。経済の回復なくして、少子化は阻止できない。そう示しているのだ。
だから、この記事を批判するのであれば、次のように批判する必要がある。
「景気を回復しても少子化を阻止することはできない。だから、景気回復なんか必要ない。若者の貧困化をどんどん推進しよう。若者がどれほど貧しくなっても、経済がどれほど悪化しても、保育園さえ増やせば、少子化は解決する」
こういうふうに主張すれば、記事を批判したことになる。とはいえ、その主張は、今まさにある現実によって否定される。「経済が悪化したまま、保育園を増やす」という主張は、まさしく歴代の政権がやってきたことであり、それでいて、少子化はどんどん悪化しているのだ。
結局、記事が何を言っているか、理解することが必要だ。「保育園を増やすことが何よりも大切だ」というふうにばかり考えているから、全然別の話題を聞いても、自己流に誤読してしまう。相手の言っていることとはまったく関係のないことを話題にして、文句を言う。はてなーの読解力はこの程度だというのは、よく知られたことだが、それにしても、情けないね。少子化ならぬ、少知化か。
何か「俺の給料安いから生活費5万だけね。これで十分賄えるだろ?
出来ないって?主婦のくせに脳無しが。どうせお前がどこかで浪費してるんだろ!!」
金は無尽蔵に出てくるものではないし、どうやったって足りんもんは足りないのが現実。
海外見たって日本以上に保育サービスが安くて手厚い国なんて税金馬鹿高い北欧しかないだろうに。
アメリカイギリスなんかは保育料馬鹿高だし、出生率アップでよく例に出されるフランスは違法移民をシッターとして安く買いたたいてるだけ。
先送りにして返す必要なんてない。
やるべき事は、消費税を0にして
財政破綻なんかしないけど、厳しいインフレになるから実質破綻な。
それが一番いい。
規定というか、産前は基本いつまで働くのかは自由らしいが、6週まで働くと産休や育休の手当てを手厚く頂けるらしい。
(そうなると手当も2週間分しかもらえない)
(逆に出産予定日より2週遅れたら、2週分プラスして手当がもらえる仕組みらしい)
妊娠9ヶ月にもなると、いろいろな症状が出てくる。
そんな中、普通の人と同じように満員電車に乗って通勤し、勤務し、残業し、またラッシュの電車に揉まれて帰宅し、家に着いたら家事(晩御飯・洗濯・後片付け)が待っている。
しかし、ここまで頑張ったのだからという思いと、会社に少しでも迷惑をかけまいと必死である。
「ニッポン死ね」と言っていた方やそれに同調している皆さん、こんなに大変な時期を乗り越えてまで、産休・育休を取り、出産し、さらにまた社会復帰しようとしている。
本当にすごいと思う。
自分の生活のためでもあるだろうが、社会復帰するということは、安くない税金を納めて社会に貢献するということ。
保険料や年金を支払うことで、今年金を貰っている世代の方や医療費も負担してくれている。
頭が下がります。
あとわずかで産休に入れるが、その後はすぐに保括が待っている。
なんとしても、早めに保育園を確保し、復帰しなくてはいけない。
近くに子供を見てくれる人がいるわけでもない環境の中、保育園に預け、家事・育児をこなし、さらに社会のため、家族のために働く。
考えただけでどれだけ大変なんだろう。
そして、そんな状態で第2子のことを考えられるのだろうか。
出生率を上げるとはいっても、今の時代都会では母の負担が大きすぎやしないか。
専業主婦の母、家事をしてこなかった父に育てられた夫は、ゴミ出し程度で「家事をやっている」と思っている模様。
お腹が張っている、通勤が辛い、家事を手伝ってほしいと訴えても、なかなか動いてはくれない。
そもそも男が家事を積極的(共働きの場合、妻と五分五分)に行ってくれる家庭はどれくらいなのだろう。
http://anond.hatelabo.jp/20160324081950
少子高齢化で日本の国がなくなってしまうから、女は子供を産むべきだ
というのがまかり通るんだったらさ、
って言われて、あの校長は納得するんだよね?
少なくとも、これで「高齢化」は間違いなく解決するわけだからね。
老人に使う介護や医療費が減ってその分、教育や保育に使うことができるかもしれないしね。
遺産が入って子育て世代も共働きを無理に選択しなくてもよくなって、出生率も上がるかもしれないよ。
あの校長のダメなところはさ、自分は若手に椅子(と給与)を譲るでもなく再雇用で職にしがみついているのに
って丸投げしているところだと思うわ。
http://d.hatena.ne.jp/inumash/20160323/p1
ここに書いてあることはその通りで、シラク三原則と寺井校長スピーチは違う。
ところで、シラク三原則などフランス的価値観が日本にあうかというとそれはまた別問題だろう。
フランスの価値観は上記サイトにもある通り。女性の権利は最優先である。仕事をする権利は守られなければならない。子供も3歳から上は幼稚園というか学校(エコールマテルネル)に入るので、就業前と就業後に父親と母親が分担してお迎えすればなんとでもなる。あるいはシッター(ヌヌー)がやる(フランスでは小学生高学年くらいまで、子供一人で家にいることだけでなく外出することも法律違反なので、幼稚園~小学校の送迎が必要)。日本の幼稚園と違って、4時くらいまで面倒を見てくれるし、無料だ。面倒を見るというか授業してるけど。まあ、まずはこれが成立するために週35時間労働制だとか安くてたくさんのアフリカ移民を主体とするベビーシッター(フランス語を話せないこともまれではない)が必要になる。
しかし3歳まではそれもなく、保育園(コクシネル)は競争率が高いしお金もかかる。そのため、子供はほぼヌヌーさんに預けっぱなしである。パリの公園で平日の昼に観察しているところによると、彼女たちヌヌーさん(男女平等・差別禁止が徹底されているはずのフランスで、なぜかヌヌーさんのほとんどはアフリカ系女性だったように思う)は子供たちが遊具で遊ぶのを遠巻きに眺めつつ、みんなで集まってベンチに座ってタバコを吸ったりマックを食べてだべっている。
実際ヌヌーさんに預けるというのはどういうことなのかとフランス人に聞くと、それはやはり不安なことはある、とは言うのである。
しかしそれでも預ける。なぜか?女性が働かないなどというのは考えられないからのようだ。そちらのほうが優先だからのようである。
日本からの赴任家族では、当然ながら(?)奥さんは働いていないことが多い。それを知った時のフランス女性の不思議そうな顔つき、「ずっと家にいるの?へぇ~」という反応を見るに、これは女性の選択の自由を尊重しているように私は思えなかった。日本では子供がいる母親は働かず家で子育てをした方がよいという暗黙の圧力があるのと同じように、フランスでは子供がいても母親は外にいて働いているはずだという暗黙の圧力があるように感じたのである。私はこれは「自由」の名のもとに行われる別の因習的社会であるように感じた。
まあ、それはそれでいいのだ、不思議なことではない。世界のどこかに理想郷があるわけではないのだ。あるのはバランスであり、フランスでは子供が母親とずっと一緒にいられることよりも、母親が仕事をして自己実現を続けることを選んだところ、(因果関係は分からないが)出生率が向上したらしい。社会がどれを選ぶかの話であろう。正解と誤答があるような話ではないと思う。
ドイツ人に、ドイツはどうかと聞いたことがある。ドイツでもやはり女性の労働は権利であり、その程度は日本よりもずっと強い。しかしそれと同じくらい、子供が小さいころは母親は家にいて子供の面倒を見るべきだという社会的意識も色濃く残っているそうだ。それはまた母親の多くもそのようにしたいと思っていることでもある。また、出産後一年以内に仕事を再開しようとすると、あなたそんなことをして子供はかわいそうではないの??という周囲の目があるのだそうだ。ちなみにドイツの出生率は日本と同様に低い。
フランスは経験談だがドイツは伝聞である。出羽守ではあるが、真実を含んでいないとは思わない。日本はどの方向に向かうべきか。フランスの方向に向かうのは不可能であると思っている。
言葉足らずだったせいで、ありがちな勘違いを呼んだようなので、訂正しておく。
1、女性が子供を(平均して)二人未満しか産まない社会には重大な問題がある
2、女性が子供を二人以上生むことは、 「社会にとって」 重要である
3、女性が子供を二人以上生むことは、 「社会にとって」 仕事でキャリアを積むこと以上に重要である
校長が話しているのは、「社会にとって」重要かどうかであって、個人にとって重要かではない。
これは、どこをどう読んでも、そうとしか取りようがないはず。
ただし、校長は「子供を二人以上生むことは社会にとって重要だから、キミたちも社会の役に立つように二人以上子供を生むことが大事ですよ」とも言っている。
これが問題ではないかという指摘について答えたのが「もうひとつの論点」と書いた部分。
で、
>環境が整備されれば恐らく出生率も今よりは上がると思われるが、その上で何人生むかの選択をするのであれば個人の自由。
というあなたの意見は至極真っ当なのだけれど、それでは教育者が児童という一個人に対して、お仕着せするように「社会のために役立つ生き方をしなさい」を説くのが、公人としてOKかNGかと考えたときに、私はOKだと判断したと書いている。