はてなキーワード: 公文式とは
小3の頃に公文式に通ってたんだ。授業が終わって家に帰るにはどうしても草むらに覆われた人通りの少ない道を通らなければならなかった。
いつものようにその道を1人で歩いていると、前方から丸坊主の中学生が1人で歩いてきた。そしてオレを呼び止め、草むらの方へと連れて行かれた。
するとその坊主頭はオレにズボンとパンツを脱ぐように言った。小3からしたら中学生なんて大人に見えたし怖かったから、素直に言う事をきいた。
丸坊主はオレのアレを握ったり擦ったり引っ張ったりして、最後は口にくわえたりしていた。オレはとりあえず怖くて怖くてその時間が早く
過ぎ去ってくれることだけを考えていた。時間にして10分くらいだったと思うが、その時は何十分にも感じられた。
そして別れ際に丸坊主はオレに向かって言った。このことを誰かに話したら殺すぞ。と。
オレは恐怖で誰にも言えずに成長した。そして中学生になった。
オレは気の弱いクラスメートをトイレに呼び出し、そいつのアレを握ったり口にくわえたりしていた。その時は自分が小さい頃に同じことを
されたことなんて思い出しもしなかった。
男と女とどっちが好きかというと女なんだ。でも男にも興味があって、くわえたりすることに抵抗なんて少しもないんだ。
だからたまにニューハーフの店に行ったりするし、普通にイケてしまう。
もし丸坊主に出会わなかったらこんな風になってなかったのか、もともとそういう気がオレの中にあったかは分からない。
でも両方を楽しめるっていうのも悪くないよ。
http://d.hatena.ne.jp/hiroyukikojima/20100207/1265553342
昔中学受験で灘入った俺が来ましたよ。
「中学受験で1日8時間勉強する子供」というのがまず理解できない人もいると思う。ここから説明しよう。
当たり前だが、こういう子どもたちは、受験を始める前から普通の子供と違う。
私たちは小学生入学時点からすでに友達から切り離され、
習い事を山ほどやらされ、忍耐イコール親の愛情という条件付けを徹底して行われている。
難関中合格者の子供はたいてい何らかの楽器が演奏できると思って間違いない。
灘が毎年文化祭でやっている音楽コンクールは相当のレベルなのでぜひ聴きに行くと言い。
これを理解していない親が、突然小学5年くらいから「できる子」の表面だけ見て
準備のできていない子供を勉強漬けにすると、高確率で家庭ない不和orノイローゼにしてしまう。
これは大学受験でも同様なので親の方は十分注意されたし。
食事の準備できたらしいので続きまたあとで。
結論だけ書くと3つのコースとは以下の通り。
「自己学習コース(いわゆることみコース。割と自閉症気味のやつ多い)」と
「公文式でさらに先の勉強を進めるコース(中学受験終了時で微積分まで完了してるやつとかいた)」と
「ひたすら受験に特化した授業を受けるコース(「おまえ必死だな」とバカにされるコース)」
である。
この3つのコースの違いは灘に入学した後でもかなり効いてくる。
そして、落ちこぼれコースの私にとって、灘という環境は地獄だった。
このあたりの話を書こうと思う。
数式を扱うのは言語を扱うのと一緒だから女性的な脳でも大丈夫と思うが、図形を扱うには空間把握の力が要るので、男性的な脳の方が上手くやると思う。
でも世の中(というか日本)に数学が苦手な人が多いのは、中学レベルでの学校教育が下手くそだから。
小学校までの数学を習得するには、ゴリゴリ計算問題を解いて、反射的に解けるまで暗記するやり方が向いていて、そういう教え方は日本ではすごく発達してる。公文式とか計算ドリルとか教材も充実してるし、それを使って教える教師の能力も充分。だから日本人の小学生の数学力は高い。
中学以降の数学を習得するにはただがむしゃらに問題を解こうとしても上手くいかなくて、その前に、なぜそういう解き方をするのかという理屈を丁寧に学ぶこと、あるいは、自分がなぜそういう答えを導き出したのか、理屈を丁寧に説明すること、そういう学習が重要になってくる。けれど、日本の学校はこれを軽視した授業をするので脱落者が続出する。学校は数学の理屈をきちんと説明しないので、学校にあまり頼らない人、つまり、説明が適当でも自分の頭の中で補完して理解できる人や、数学がなぜか好きで自分から進んで自習するような人、塾などに通ってフォローできた人は数学力が伸びる。
処方箋は数学教師の教え方の質を上げること、脱落した生徒をきっちり留年させてリトライさせること。教育給付金を一律にばら撒くより、数学教師の給与をアップして良質な教師を確保するとか、留年する生徒の学費に回すとか、そういうピンポイントな使い方のほうが日本人の学力の底上げに効果を生むと思う。
あ・・・アクティブなのかなあ・・・・?自分ももがいているだけなのだと思う。省略しちゃったけど、この他しょーもないアクセサリー作りだのなんだので捨てるに捨てられないモノ(負の遺産)がゴロゴロ。
ちなみに、上記のうち心底習ってよかったと思うのは習字。払ったのは親だけど月謝も2500円位でまあお得。
もう少し早く習ってもよかったと思うのは料理。むしろその前に家庭でお手伝いしとけよって感じですけど。
習っておけばよかったな〜と後悔しているのは公文式かそろばん。典型的な算数のできない文系なので。大人のそろばん教室ってないのかな。。
自分の例。
異常なハマり方をしたんですね。
同学年の全国上位10傑くらいには入ってた気がします。
で、うちは親父中卒だし、裕福な家でもないしで、
最初から担任に目の敵にされ、ちょっとよそ見をしただけで、
「私の授業はレベルが低すぎて聞いてられないって言うの!キー!」
そういうのが続くと、小学1年生とはいえ
それなりに賢しく育ってた自分は
勉強できるって悪いことなんだって
自分を殺すことを覚えますよね。
80点くらいになるようにしていました。
なんとかやってる感じです。
現状決していい生活できているとは思えないので、
あのときもし勉強できることが悪いって思わないですむような
小学校に入っていたらって思うことはあります。
まぁそんな話。
いい素材かあ。
親はまた、相手に対し錯覚しているだけではない。自分についてもしばしば誤解している。とびが鷹を生むことはないのだけれど、とびが生まれて初めて、自分が鷹ではないことを悟る親が少なくない。
<才能>とはなんぞやを分かっていないのに、
<才能>を伸ばそうというのは、なかなか滑稽だろう。
まあ、少なくとも、一定時間椅子に座る習慣は身につくかもしれない。
一方で、毎月5万円ずつ大卒の22歳(場合によってはもっと援助してもらえる)まで、
毎月1万円ずつ18年間合計:216万円の投資を受けてきた子供が、
同じ土俵で戦えるわけがない。それは事実だ。
だからってどうにかできるわけじゃないっつーのは、
あんたも重々承知なんだろう。
最近は、孫の人生を受け入れるときに、もう一回折れる未熟な老人も多いけど。
それだけの話だよ。
できる範囲で手を掛けてやればいいじゃないか。
跡継がせる必要もないのでしょう?
子供は干渉するものより鑑賞するものですよ。
ぼくにはあやまらないといけないことがあります。
テストをやっていて、時間があまってしまいました。
ぼくは公文式をやっていたので、
問題は見たことあるものばかりで、
半分くらいの時間でおわってしまったのです。
うらに絵をかいてヒマをつぶしていましたが、
かくスペースが無くなって、
ほんとうにヒマになってしまって、
はやく時間がたてばいいのに、と思いました。
そこで、時計に向かって、
「はやくなれ」と念じることにしました。
はじめはちっとも変わりませんでしたが、
そのうち、ちょっとグラッと何かがゆがんだような気がしました。
てごたえを感じて、もっとつよく念じてみたら、
時計の秒針がたしかにはやくなったのを、ぼくは見ました。
チッックッッタッックッッ
くらいのはやさだったのが、
チックッタックッ
くらいのはやさになったのです。
だいたい二倍くらい、こまかくいうと、70%くらい。
あわてたぼくは、どうにか元にもどそうと
はやくしたときの三倍くらいがんばってみたのですが、
もう元にもどすことはできませんでした。
その夜、ぼくはこわくなってひとりで泣きました。
何かとめんどうになった社会も
ぼくのあの軽はずみな行動が一因かと思うと、
ほんとうに心が痛みます。
時間をはやくしてしまって、ほんとうにすみませんでした。