はてなキーワード: 宿題とは
子供を公立学校に通わせているけれど、子供が入ってから今までの間に負担軽減はどんどん進められている気がする。
子供が入学した時の通信簿は親が書く欄が用意されていて、次の学期が始まるときにその欄を埋めて持って行くという仕組みがあった。
それを記入する大変さはあったものの、休みの時の子供の様子などを先生が知る機会にはなったと思う。
今はそれが廃止されたが、それぞれの家庭の状況をどうやって把握しているんだろう。
各学期の最後は1週間以上午前授業の日が続くようになったが、おそらくその間に先生方は通信簿を書いているんだろうと思う。
土曜授業があったら次の月曜日が半ドンになるようになったのもおそらくは先生方の休みを補填するためだろうな。
それだったらわざわざ土曜に授業する必要ないんじゃないかとは思うけど...
休み中の宿題もどんどん減っていって、今回の休みは書初めくらいしか宿題と言えるものは無い。
学校は声高に「学校の勉強で十分だ!塾には行くな!」みたいなことを主張するけれど、正直、学校の勉強量だけじゃ全然足りないと思う。
一人っ子だけど自分の部屋なんてなかったし、自分の布団もなくて18歳で家を出るまで母の布団に潜り込んで寝ていた
学習机は小3の頃に懇願して買ってもらった一万円の折りたたみ式の小さいパソコンデスク
母が昔使っていた机が家にあったもののテレビ台として使われており、受験が近付いてきてそれを使いたいと願っても叶わなかったので親の留守中に一人で模様替えして勝手に自分の机にした
低学年の頃は宿題をやれと言われてもそれをするための環境なんて整ってなかった
散らかって物で埋め尽くされたちゃぶ台でご飯を食べ、そこで無理矢理宿題をした
自分用の本棚は中2の頃お年玉で買った、それまで教科書も辞書もしまうところはなかった
だけど一応大学まで出してもらったし、親から愛されていなかったわけではないと思ってる
毎日3食ごはんを出してもらっていたし、洗濯した服を着せてもらえたから見た目としては“普通の子”だったと思う
中国人の甥が中学生で、中国人の義理の妹が公立小学校の先生をしている。
中国にもたくさん中国人の友人、知り合いがいて、毎日のように現地の教育現場の様子について知ることができる。
上記リンクの投稿にも書かせていただいたが、中国人の義務教育課程はとにかく徹底的な詰込み教育で公的な授業時間は日本よりも長い。
また宿題が大量に課せらえるので、それを終わらせるだけでも手一杯な状態が中学卒業まで続く。
こういった話題になるといつもスポットにあたるのは子供の方で、中国人の間でもこういった子供への過度な教育に疑問を持つ人は少なくない。
しかし冷静に考えるとこういった教育現場を支えているのは紛れもなく学校の先生たちであり、当然先生たちの負担も大きなものになっている。
中国はSNSが非常に浸透している国だと思う。どのくらい浸透しているのかと言うと、チャットツールのWeChatは老若男女問わず、スマホを持っていさせすればほぼ確実にアカウントを持っており、日常的な連絡からオンライン決算などにも頻繁に使われ社会インフラ化している。
アリババが開発運営する釘釘(Ding Ding)と呼ばれるアプリがあるが、公立学校からは全てこのアプリを各家庭にダウンロードして登録するように言われる。
アプリに登録すると子供が所属するクラスのグループにアサインされ、そこでクラスあるいは学校全体のお知らせなどが共有される。
ざっくり言うと、MicrosoftのTeamsのようなソフトウェアなのだが、学校の運営に特化した様々な機能が備わっている。下記に主な機能を紹介すると、
ざっと色々と釘釘(Ding Ding)について書いたが、学校の先生はまずこのアプリを使いこなせなければならない。
また先生への連絡もDing Ding上のチャット、場合によってはビデオチャット通話で連絡をとることもある。
中国の甥も最近天候の影響でオンライン授業が行われているのだが、国語の難易度の高い宿題が出された時、夜8時、9時くらいでも先生から連絡があり、その進捗を確認されたとのことだった。
甥のクラスは大体45人なので、優秀な生徒は簡単に済ませるにしても、直接連絡による進捗把握は先生にとってもかなり大きな負担だ。
天候によるオンライン切り替えは、当日の早朝早い時間、あるいは前日の遅い時間帯に学校から先生へ通達されるので、その対応力も問われる。
冒頭に書いた義理の妹は小学校の先生だが、帰宅後もDing Dingでオンライン上で生徒とその保護者と繋がりっぱなしなので、休まる時間がないとぼやき、実際、夜何時になってもお構いなしに保護者から連絡が来る。
そして深夜になってようやく当日の小テストの採点が終わったと喜ぶ。
中国は小学校から各科目専門の先生が配置されており、これは日本と比べても素晴らしいことだと思う。
中国には、師範大学と呼ばれる、教員養成専門の大学が各省にあり、そこの大学を卒業、教員資格をとって始めて教師となれる。
若い世代の先生であれば、Ding Dingを使いこなすのは難しくはないが、シニアの先生たちは難しいとは言いながらも使いこなせていて(少なくともオンライン授業は全く問題なし)すごいなと思う。
中国人の知り合い何人かに聞いたことあるけど、中国の高校はマジでやばいね。
授業だけで午後10時まであってその後に宿題を夜中までやるとかそういう感じらしい。
大学に入ったあとは燃え尽きてそこで青春を謳歌するというパターンが多いとか。
あそこまで激烈に詰め込み教育をやると大半はクリエイティビティが死んで終わるだろうけど、
何しろ人口だけは山ほどいるのでごく一部に全てをこなしつつクリエイティビティを保ち続けられるやべえ個体が出てくればそれでいいって感じなんだろうな。
私は結婚後子供が小学生にあがるタイミングで別の国に移住した。甥とはその後もWeChatで連絡を取り合う仲だ。ビデオチャットで英語の宿題を手伝っていた時期もあったが最近ではたまにビデオ通話で話す程度になってはいるが。
日本人よりも中国人社会の中にどっぷりつかって生活してきて痛感するのは中国の受験は非常に過酷であるということだ。
甥は現在中学生で朝6時半には家を出て、近所の中学へ通い、夜の7時近くに帰宅する。別に補修とか部活があるのではなく、純粋に義務教育のカリキュラムをこなしているだけなのだが学校の授業時間が異常に長い。
放課後は特に遊ぶ時間もなく、大量の宿題をかたずけなければならない。中国のSNSでは、夜の1時になっても宿題が終わらないと嘆く親の動画や精神崩壊して泣き叫ぶ子供の動画などは普遍的に再生数の伸びるコンテンツと化してしまっている。
優秀な子供はそれでも早めに宿題を終わらせ、さらに補習塾、オンライン塾などで勉強していたりする。中国政府は子供のストレス軽減と親の金銭的負担を少しでもなくそうと、その強権をふるい突然全国のあらゆる塾をなくしてしまったが、それでもその監視の目をかいくぐり今でも塾は平常運転していたりする。
中国は省や地域によって高校の進学事情が大きく異なり、全国平等に学ぶ機会が与えられている社会ではない。
例えば、甥の地域での高校に進学できるのは、中学卒業生のおよそ半数、50%よりも少し少ない人数である。
中国で高校と言うと日本とは少し概念が異なり基本的には日本の進学校に相当する。高校へあがればほぼ自動的に大学受験となる。
高校は基本的には全寮制で早朝から深夜まで缶詰状態で勉強に励むことになる。(高校はさらに受験地獄と化す)
では、高校へ進学できなった生徒はどのような道があるのかというと、「職業学校」と呼ばれる、日本で言うところの専門学校に相当する学校へ行くことになるのだが、そこは「高校」ではなく、卒業しても高校卒業という資格は得られない。
日本でも話題になっていて知っている人も多いかと思うが、中国では慢性的な就職難であり、優秀な大学卒業生は山ほどいる。
職業学校卒業して就職できるところは非常に限られており、選択肢が大きく狭まってしまう。そういう事情もあり中国の親たちは教育に非常に熱心である。
これが北京だとどうなるのかというと、首都だけあって教育機関は非常に充実しており、市の中心部の学区では高校進学率は70%を超えている。
しかし、北京の郊外エリアとなると、地方都市と同レベルのおよそ50%にとどまる。
ある程度資金のある親たちは、早くから子供を海外留学に出して、帰国子女枠で中国国内の有名大学に入学させるか、そのまま海外の大学を卒業し、現地就職あるいは帰国し外資企業への就職などを目標にしていたりする。
そこまで資金が潤沢ではないが、ある程度の資金がある親たちは、子供とその母親を海南島へ移住させるのが小さなブームのようだ。私の知人、友人でも2家庭すでに移住している。
海南島は人口がそれほど多くはなく高校進学率も高いため、子供の進学のために移住する親たちが最近増えているとのこと。
15歳という中学三年生時に、人生のレールが大体決まってしまうという非常に過酷なレースの中に、中国の子供たちはいる。
甥はというと、日本のアニメにどっぷりはまって、ナルトが大好きだと話す。学校の先生に親が呼び出されること多数。成績を見ても高校へ進学できる可能性は高くはない。
一人暮らしとかでおかずが並ぶ食卓じゃないならそりゃ洗ってしまった方が早いと思う。
4人家族で茶碗もお椀も箸も皿も4枚ずつ、プラス大皿に菜箸にお玉に鍋、フライパン、蓋…となると入る分だけ入れてフライパンは自力で洗う、でもかなりラク。
というかもうないと回らない。
帰宅して風呂を沸かしながら子どもの宿題を見てやり、風呂に入れ、上がったら保湿クリームを塗ってやり、マッハでごはんを作って食べさせ、「食洗機に放り込み」、入らないものは洗い、洗濯乾燥機を回したら子どもの歯磨きをして、絵本を読んでやって寝かせる。
書くと単純だが、この間中しょっちゅう話しかけられ、呼ばれ、兄弟げんかや問題が発生する。
ないと回らない。
進学については、入試で満点取れば内申が死んでいてもだいたいのところには入れるので、入試で満点目指せば関係なさそう
ただ、子の将来の『上司受け』とか『どんなタイプに好かれ嫌われる』かはこの時点で判定つくと思う
ワイは当時めっちゃ教師の顰蹙をかっていたが、それと同時にワイのこと異常に可愛がってくれてあからさまにエコ贔屓してくる教師もおったのよな
社会人になってからもそうだったよ。なんだこれ前世で命でも救った?レベルで可愛がってくれる上司がおった
上司受け悪そうな子は、大手内資企業や外資やベンチャーでリーマンやるぞい!しても、学者になるぞい!しても、たぶんどこでも上司受け悪いと思います
お互い様で社会は成り立っているんだよ、人生の先輩にはすべて敬意を示そうを教えることは、非常に意義のあることですけど(親戚付き合いのある地方だと自然に学べるかも)
それが上司受け悪そうの抜本的な解決に繋がるかといえば、またそれは別の話だと思います(でも老人が困ってたら助けてあげる人に育つのは意味がある)
たぶんこの子はレールに乗れそうもないな・・・前提で、習得に時間がかかる技能や、ストレス回避方法を叩き込んであげると、親の格はめっちゃ上がりそう
数年前に一級建築士を初受験で学科・製図をストレート合格した。
身の回りで何年も受験して不合格を続けている人が多いが、勉強の仕方があんまり上手じゃないなと感じることが多い。
とはいえ聞かれてもいないのにアドバイスする立場でもないので黙っているが、自分より遥かに仕事も出来て頭もいい人がカド番を落として落胆しているのを見るので、もしかしたら何かの拍子に見てもらえるかもしれないので自分の勉強方法を書いておく。
数年前のことだから最新では使えない点もあるかも。
ちなみに俺はほとんど勉強無しで入れるFラン大学出身で、一級建築士の試験を受けるまで勉強らしい勉強はしてこなかった。
あと、翌年の試験を受けようと思って12月末に資格予備校に行ったら翌年受験する人はもうとっくに予備校に通い始めてて、完全に出遅れたところから勉強をスタートした。
授業料クソ高い上に追加追加で金を巻き上げてくるからクソだが自分はこの予備校で受かったので「S資格はやめておけ」とも言えない。
【学科】
平日は大体21時くらいまでは仕事をしているので、仕事が終わった後マクドナルドに移動し0時~1時くらいまで3時間くらいマクドナルドで勉強する。
これは習慣というのは自分の精神の中に宿るものではなく、場所と時間に存在するものだという諦念によるもので、
毎日3時間勉強するのを半年間続けるのは絶対に無理だけど毎日同じ時間にマクドナルドで晩飯を食べるのなら続けられる。
勉強道具を持ってマクドナルドに行けば仕方ないので勉強するだろう、という自分への信頼がゼロだからこそ生まれた作戦だ。
頼むのは侍マックのベーコントマト肉厚ビーフ。平日は毎日これのセットを晩御飯にする。
なぜならこれはハンバーガーにトマトが挟まっているのでとても健康にいいから。健康が一番大事だ。
ここまでしてもダラダラしてしまい禄に勉強できないどころか予備校の宿題すら終わらせられないこともある、当たり前だ。勉強が嫌いだから。
この決まりが「誓約と制約」として効いてくる。平日の勉強はマクドナルドだけ、家では一切勉強道具は広げない、家で勉強したら落ちる。そういう決まりを自分で作り厳守する。
家でも勉強するという選択肢があると家に居ても気が休まらなくなってしまう。それは自尊心や睡眠の質に影響する。
だからどれほど勉強が出来ていなくても家では勉強しない。だからこそマクドナルドでの勉強に身が入る。
もちろんマクドナルドでなくてもいいけど「勉強の時間と場所を固定して厳守する」というのが大事で、勉強の進捗とかはあんまり考えない。
さて勉強方法だが、まず教科書は最初にざっと一通り読むだけでその後は見ない。
その代わり問題集の解答の冊子を読み込みまくる。
問題文と見比べてどの単語が出題されるのかのパターンをひたすら頭に詰め込む。
もちろん教科書を読んで基礎から理解した方がいい。それが最高の勉強方法だと思うが、いかんせん一級建築士の出題範囲はべらぼうに広いのでそれをやってる時間はない。
また、法規はちょっと違うやり方をする。極端な話をすると法規はほかの科目と違って自分を強くするゲームではなくて、法令集を育てるゲームだということを理解する。
法令集を育てるとはどういうことか?問題を解いたら法令集の該当の法文、単語にラインマーカーで印をつける。何度も出たらそのたびに何度も色々な色でラインマーカーを重ねる。
そうすると、問題を読んで法令集の該当ページを開けば頻出法文の頻出単語が汚ねぇ色で塗りつぶされて真っ先に目に飛び込んでくるようになる。
そこまで育てられれば、後は過去問の最初の一文を読んで法令集のどのあたりのページを開けばいいのかが分かれば問題は解ける。
最後まで問題を解く必要はなく、問題文を読む→法令集の該当ページを開く、までを反復練習すれば試験時間内に全問題を解き終えるスピードを身に着けられる。
紙の問題集といて答えをメモしておいて紙の解答でチェックするのは時間がかかりすぎる。アプリならタップ一つで済むのにそんなことに時間をかけてる場合じゃない。
試験直前はとにかく問題集をぶん回せるかが合否を分けるので紙でやってるのとアプリでやってるのでは同じくらい熱心に勉強してても倍くらい解ける問題の数が変わってくる。
【製図】
製図は各予備校ごとにプランの解き方を教わると思うんだけど、異常な天才でないならその手順を改変したり省略したりしないで完全に身に着けるのが一番いい。
正直、最初は何でこんなに手順が細かく決まってて一見無駄に見えるような図を描いたりしなきゃいけないのかと思うだろう。俺もそうだった。
でも学科の試験が終わってから製図の試験までの短い期間で、最も効率よく合格まで持っていけるやり方を極限まで洗練したものがその手順なんだ。
問題文の数値一つ要件一つ見落としてただけで即死するのが製図試験で、その即死をほぼ完全に回避するための安全装置が予備校で教わるプランの手順。
製図試験の直前くらいにならないとこの手順の意味は完全には理解できない。そしてそのころに気付いてももう遅い。
プランニングの勉強だけど、さっきも書いた通り製図試験の対策に割ける期間は短い。
解ける問題数は数十問が限界だろう。だからこそプランニングは一問に対して4パターンくらい考える。
と言ってもそんなに大変なことじゃない。まず授業で一回解くだろう、そしてどうせ上手いプランは出来ないから授業で作ったプランの改善バージョンをもう一度作る。これでもう二回め。
さらにスパンを変えたバージョンをもう一回、主要室の階を変えたパターンなどをもう一回、で全4パターン。もちろんいちいち製図はしないでプランだけな。
スパンを変えたり主要室の階を変えたパターンをやるのは、ここがプランニングで一番悩む運命の分かれ道だから。
でも試験問題は基本的にどのスパンでも主要室が何階でも合格できるように出来ている。
だからここで悩んだり手戻りがあるのはかなり勿体ないので、どの道を選んでも合格プランまでたどり着けるという自信を付ける必要があるわけだ。
で、製図に入るわけだけど、言えるのは一つだけ。綺麗に描こうとしないこと。
本当に本当に思うんだけど、みんな図面が綺麗すぎ。
分かるよ、採点の時に前に貼り出されてみんなに見られるから汚いと恥ずかしいよね。
なぜそう言えるかって俺が講師に逃げられるくらい字が下手でチューターがビビるくらい図面が汚かったから。でも受かった。
有名な話だけど一級建築士の製図の試験は全部フリーハンドでも合格できるって聞いたことあると思う。
製図の採点は減点方式だから書くべきことが書かれてさえいれば減点されることはないし、綺麗に書いたからと言って加点はない。
その時間を最後の見直しと修正にあてなければまず受からないのが製図の試験。
出来れば3周くらい問題文を見直す時間が欲しい。見落としがあってデカい修正が必要になっても落ち着いて直せるだけの時間が多分それくらい。
あと、最後は諦めないこと。
試験の製図はいつもの仕事での図面と違うのはコストや工期を考えなくていいという点にある。
つまり、試験の終盤で梁のせいが足りないと気付いて修正する時間もないとなったら、その梁から線を引っ張って「十分な補強を行う」とか書いておけば、世の中には何かしらその梁成で成立する技術はある。
実際の仕事であれば工期もないしコストもかかるからそんなことはなかなか出来ないが、試験なら可能だ。
世の中には色々な工法があるわけで、「補強する」と一言書いてあれば採点官は「そんな補強方法はない」とは言えない。だから減点は出来ない。
もちろん最後の手段だけど、ほんの一文書き足せば合格まで持っていけるのが製図試験だから、とにかく見直しの時間を確保することが大事。
あとは、なんだろうな、関数電卓は持ち込み禁止だけど、計算の途中式を表示できる電卓なら持ち込める(会場によるかもだけど)これがあるか無いかで検算のスピードが全然違うから絶対アマゾンで買った方がいい。
それくらいかな。
予備校の講師とかチューターはよく徹夜で勉強したみたいな武勇伝を未だに言う人がいるけどそれに騙されてはいけない。
睡眠時間を削れば翌日の仕事の効率が落ち、残業時間が増え、勉強する時間が減る、そして焦ってまた睡眠時間を削る、という最悪のパターンに陥る。
うちの母親の話
・同居義母の世話30年(食事、買い物の足等) →介護施設は可哀想、薄情だと思われるといった理由で×
・親類の対応 (所謂本家で正月&盆に20人近く泊まり客が来る)
これ全部ワンオペでやった上にやりきったので、自分の世代の女性を会わせるのは無理だなと思ってる。
自民党支持だし、女だったらやって当然って思ってるので義実家にこんなのいたら嫌でしょ。
物心付いた頃から観察してるが、これをやらせてるのは強固なジェンダー意識だよ。
ちなみにこの人、上記の事柄を子ども(男)がやろうとすると仕事を取られた&不適格認定されたって受け取り方して滅茶苦茶キレてくる。
この手の人は娘にどういった育て方をしたんだろうな。
無職製造機と言われる過干渉ヒスママは学歴厨製造機でもあったという話を、去年の年収が400万超えた私が実体験を元に説明しようと思う。
去年の年収が400万を超えたを何故わざわざ書いたか、それは私が弱者だからだ。
毒親育ちと言う弱者的な要素を抱えると、他人から説教されたりマウントされたりする機会が増える。
だから、「過干渉ヒスママは無職製造機」という言葉に反応して「お前が無職なのは自己責任だろ。言い訳すんなゴミが」と言う言葉が返ってくるのを想定してしまう。
攻撃されることが前提にあるから「25歳の時に年収400万稼ぐ程度には社会に適合してたので説教しないでください。そう言う話をしたいわけではありません。」
ただ、人生を順当に生きてきた人には攻撃されたり説教されることが前提にないため、
「なんでわざわざ年収書くの?自慢したいの?そんな中途半端な金額で??うざ!」という反応になってしまう。
ーーここから本題ーー
私の父親は中小企業の役員で激務だった。対して母親は専業主婦だった。
自分の母親を見る限り、承認欲求が強く他人へ関心がある女性は専業主婦に向かない。
専業主婦のような立場になっても問題が起こらないのは他人への関心が薄く適度に面倒くさがりな人間だ。
「人から褒められたい、頼られたい」という願望を持った人間が専業主婦になると問題が起こる。
この手の女性は子供が赤ちゃんで夜泣きしているうちは(大変だけど)問題が起こらない。
子供に物心がつくと家族との関係よりも学校での友人関係を重視し始める。
すると母親の視点では最悪なことが起きる。誰も母親を必要としないのだ。
父親は仕事で忙しくて滅多に家に居ない。子供は学校での人間関係で満足してるから親からの愛情はそこまで求めていない。
「父親なら働くこと。母親なら家事をすること。そして、子供が悪いことをした時に適切な熱量で叱ること。」
これぐらいのものだと思う。情緒面のつながりとか一緒にいて楽しいとかは家の外で作る友達に求めていることで、親には求めていない。
子供は父親が働き、母親が家事をする様子を見て「そう言う役割分担で結婚したんだな」と解釈するので、
「お母さん、家事をしてくれてありがとう」とはならない。「そう言う役割なんでしょ。」と思ってしまう。
父親はずっと仕事しているので専業主婦のメンタルケアなどする暇がない。
「当たり前のことでお礼を言い合うのは格好悪いだろ」ハンターハンターのキルアが言ったセリフだが、現実の人間でも当たり前のことに感謝している人はいない。
すると母親の視点では「情緒面でも役割面でも誰からも必要とされていない」状況になる。
これが承認欲求の強い女性が専業主婦に向かない理由で、誰からも必要とされていない状況が続いた母親は狂い始める。
そしてトチ狂った母親は「子供から必要とされること」で自分の存在意義を見つけようとする。
当時の私には何で喧嘩しているのか分からなかった。兄に対して「短気でみっともない」ぐらいに思っていた。
この日を境に長男が母親に干渉されることがなくなり、代わりに私が干渉されるようになった。
子供から必要とされたいと思った母親は、子供のランドセルを勝手に触って勝手に時間割したりとか
小学生の私「子供が自分でやるべきことをお母さんがやったら、子供が何も出来なくなるでしょ。やめて」
母親「何?お母さんが悪いんか?何でもお母さんのせいなんか?」
私「責任の押し付けをしてるわけじゃなくて、お母さんがやっていることは悪影響があるからやめて」
長男がガラスを破る前は寝る前に自分で時間割をしていたのに、ある日急に母親が私のランドセルを勝手に触るようになった。
今まで自分で時間割してたのになと思ったが、自分で時間割をできない人間として扱われると自信が無くなってくる。
小学生なりに頑張って筋道立てて「子供の成長を願うならば子供が自分ですべきことを親がするべきではない」と説明したのを覚えている。
私「え、子供の成長なんかどうでもいいから自分の評価が欲しいってこと?」
母親「違う」
私「何が違うの?説明して。」
母親「違う!!」
私「違うなら説明して」
母親「ええか、あんたは小学生だから分からんかもしれんが、大人になれば親の言ってることが分かるようになるんや」
私「子供が時間割を忘れるなら自分で時間割をできるような人間にするのが本質的な解決なのに、大人になると問題を水面下に押しやって解決したことにするってこと?」
母親「違う!!!ああいえばこういう!!上司に向かっても言い返すつもり!そんなんじゃ社会で通用しないよ!!」
母親「感謝して!!!時間割してやってんだから感謝しなさい!!!」
家を出る時間、朝起きる時間、宿題をするタイミング、家を出る時の服装、予定の管理....etc
ありとあらゆることを母親が干渉してきた。専業主婦で働いていないだけ体力が残っていて、その力で全力で私の自立を阻害しようとしてきた。
呼吸の仕方にまで干渉されるんじゃ無いかと思うレベルで干渉された。
干渉を止めようとして筋道立てて説得しようとしたり、怒鳴って拒絶しようとしたり、罵倒したり色々と試したが母親と言葉が通じることがなかった。
「そんなに不満なら言えばいいじゃん」と言われた。
健全に社会生活を送れている人の大半は言葉が通じない人への解像度が低いせいでこういうことを平気でいう。
当時の私は「母親が高卒だから話が通じない」のだと考えだした。
本音をいうと母親がヒステリックなのは学歴の問題であって欲しかった。努力で解決する問題であって欲しかった。
良い大学に言って、言葉が通じる情緒の安定した女性を捕まえて幸せな家庭を築きたいと思っていた。
「過干渉ヒスママのもとに生まれたら学歴厨になった」というタイトルで多くの人が誤解してそうだが、母親から勉強しろと言われたことは一度もない。
まず入塾テストがあり、最低限のラインをこえている人間だけを生徒として迎え入れる。
そして、生徒の成績を伸ばすために成績の悪い生徒を公開処刑に処すことで生徒の成績を伸ばしている。
私は下級クラスも上級クラスも両方経験しているから分かるが、授業内容は上級と下級で全く変わらない。ただ、生徒の競争心を煽るためだけにクラスが分離している。
そして、クラス内でも成績で席順が決まる。成績の悪い人が前の席に配置され、成績が悪いという事実を席に座るだけで後ろから見られる仕組みになっている。
私は自己評価が低かったから、下級クラスの前の席に配置されても問題なかったし勉強すれば良いだけだと思ったが、プライドの高い人が下級クラスの前の席に配置されると捻くれ始める。
塾に入ったくせに「なんで勉強しなきゃいけないんだよ。高学歴でも無能な奴はいるって聞くぞ。」みたいなことを言い始める。
今から思えば、多感な時期の中学生を成績順で配置して公開処刑すると捻くれ始めるのは普通のことかもしれない。
ただ、当時の私はそう考えなかった。
「成績の悪いバカは性格が悪く、無駄にプライドが高いから文句を言い始める」というのが当時の解釈だった。
だから、必死に勉強して上級クラスに行こうとしたが、下級クラスから抜け出せなかった。
ある日、自分が勉強しても成績が伸びない理由に気づいた。無駄なことをしていたからだ。
勉強は良いことだと思ってたせいで、作業量の多いやり方で勉強していた。
無駄なことを増やしたせいで効果のある勉強に時間を避けず成績が悪くなっていた。
だから、作業と勉強を区別するようにして、どうやれば成績が伸びるか必死に考えて、勉強方法に改善に改善を重ねた。
その結果として、上級クラスに移動することに成功し、なんとか上級クラスの平均より上の成績になった。
ただ、勉強したことで自分がかなり深刻な問題を抱えているという事実に直面した。
問題点1)勉強を質の高い労働者になるための訓練と考えたとき「勉強のやり方を改善した」は「仕事のやり方を改善した」に該当する可能性がある
問題点2)仕事のやり方を改善できるのは職場で信頼されている人間である
問題点4)母親の過干渉が悪化し、私が自分でやるべき基本的なことは全て母親がやっている。怒鳴ってもブチギレてもやめてくれない。
問題点5)母親は頭が悪いが有能な秘書なのかと思うぐらい子供の予定を把握している。
問題点6)問題点5から察するに勉強しても頭が良くなっても「基本的なことを当たり前にこなす能力」は身につかない
以上の問題点から母親の干渉を全力で止めようとしたが、止まらなかった。むしろ悪化した。
私の母親は頭が悪く支離滅裂なのにしっかりと子供の予定を把握し、干渉してくる。
頭の悪いしっかり者という母親の存在が、逆説的に高学歴社会不適合者の存在を暗示している。
そして自分でやるべきことを自分でやってない私は高学歴社会不適合者になりつつあるんだろうなという恐怖があった。
勉強して色々と分かるようになった分、恐怖が強くなっただけだった。
「勉強ができても、頭が良くても、頭の良さが求めらる立場まで出世できる人間じゃないと意味がない。」
という可能性が頭をよぎったが、どうやって勉強するかが唯一私に許された意思決定だったから学歴に固執するようになった。
塾の教育方針が変わったてから、今まで自由放任で勉強できていたのに急に干渉されるようになった。
塾の先生がいう勉強方法は会社でいうと現場にいない上司がいう仕事のやり方みたいなもので、的確なものには思えなかった。
自分にとって唯一許された意思決定だった勉強を先生に干渉されるのもが嫌だった。
上級クラスの平均より上の成績だったといえ、地元で一番レベルの高い高校を目指していたせいで先生のご機嫌をとるために
わざわざ先生の指導のもと非効率な勉強をする余裕などなかった。
塾の先生もなかなか頭がおかしい人で「そんなに自分の意思で勉強したいなら、
私の意思はあなたの意思だと思え」とか「じゃああなたはあなたの勉強方法で100点取れるの?」とか言われた。
塾を辞めたいと言ったが親に反対された。必死に辞めたい理由を説明したが日本語が通用しなかった。
先生に親の許可はおりなかたが塾を辞めたいという話をすると「子供は大人が稼いだ金で生活してるから反抗する権利はない」とか言われた。
大学に行けばまともな人間と一緒になれるという原動力に近い幻想が塾の先生という頭のおかしな人と遭遇したことで壊れた。
どこに言ってもヤバい人にヤバいことされる人生が続くと考えた瞬間、精神を病んでしまった。
精神を病んだ瞬間、上級クラスから下級クラスに戻り受験は無事失敗した。
心を病んでから母親に干渉されることが無くなったので、母親は子供が成長して自立するのが怖かったから干渉していたんじゃないかと思う。
ただ、メンタルは治らなかった。
高校時代はずっと中学の嫌な思い出を思い出して、まるで現在進行形で嫌なことが起こってるかのように感じて苦しんでいた。
ずっと苦しい感情を抱えたまま苦しんでいた私には友達ができなかった。
お金が欲しかったわけではなく、友達のいないメンヘラで、基本的なことを親がやってきた人間が社会に適合できわけがないと思っていたから自己改善のためにバイトを始めた。
バイトを始めると高校受験の時に頭のおかしな大人に囲まれたいた弊害が出てきた。
例えば飲食店で料理を作った後手が空いた場合「手が空いたから皿を洗おうかな?」と考えて皿を洗うのが普通だろう。
ただ、私はこうならなかった。
「手が空いたから皿を洗えるな。で、私は何をするべきなんだろう?」という状態になった。
自分の時間割を自分でやろうとしたり、自分が下級クラスから上級クラスに上がった勉強方法を続けようとしたりすると母親や塾の先生に怒られることになっていた私は
「自分が正しいと思っていることをすると怒られる」という意味不明な経験を積んでいた。
だから「何が正しいか」の感覚と「どうするべきか」の感覚が全く別のものになっていた。
その結果「手が空いたから皿を洗えるな。で、私は何をするべきなんだろう?」みたいな支離滅裂な思考回路になっていた。
大人の人=自分に対して理不尽に怒鳴ってくるモンスターみたいな認識だったから、職場のコミュニケーションにも支障が出た。
そんなんだったから、バイトを何個か首になった。低学歴のしっかり者だった母親の対義語として高学歴社会不適合者になってしまった。
自分の中の壊れてしまった感覚と向き合って、何とか自己改善してバイトが務まる程度の社会性を身につけたと思ったら大学時代が終わった。