はてなキーワード: 阿部サダヲとは
この映画、予告時点ではコメディをにおわせているのだが、実際はとても真面目な映画だった。
確かに阿部サダヲ主演と銘打っただけあってコメディ感も強いのだが、笑うよりも泣きが強いかもしれない。
ただしコメディと騙されて見たとしても、きっと満足感を得られるだろう。良いもん観たわ~、という気にさせてくれる。
群像劇なので、気になるキャストが居たなら是非見に行けばいい。
キャスティングから、キャストの演技まで、本当に素晴らしい。ベテラン勢~今、映画界を背負ってる人たちまで。何故彼らがキャスティングされ続けてきたかよく分かる。メイン役者はほとんどが中村監督の過去代表作に出ているし、本当にいいものを作りたいと監督が願った結果だろう。
(抱腹絶倒コメディ風の予告にするなら、イケメン♂パラダイス時代劇風に予告を作っても良かったのではないか?サダヲか?サダヲが問題だったのか?このサダヲはイケメンだぞー!)
海外映画祭で上映される際についたのが「9人の侍(適当訳)」的なものだったので、そんな感じだと思って見たほうが予想は裏切られないだろう。(侍は1人しか出ない)
監督は現代劇の人なので、むしろ時代劇ファンの方からすると物足りない部分もあるのかもしれないが、時代劇を見ない人にはとてもとっつきやすくなっている。
新たな時代劇の形、と言えるのだろう。(ただし『ちかえもん』のようなのは期待しないでくれ)
冒頭からくすくすと笑いが聞こえる劇場。しかし上映終了後は、客席で立てずにすすり泣く人たちの姿が見えた。とにかく、そんな映画だ。
なんとなく想像できるだろうが、舛添こそ見るべきだ。
決して立派とは言えず、私利私欲だってあるような実在の人物たちが、自分たちを律しようと立ち上がり、今の東北を作ったという実話。
間違いなく、今年の映画賞を取るんだろうな。
御法度で中3のときに衆道映画で激烈デビューした松田龍平が狂わせた男たちをリスト化する。
親父と口論してたらブチ切れた兄龍平に親父を殺される。そして強くたくましく生きていたが畜生だったため兄に殺される。
転生し今度は純朴な人になるが、優しく面倒みてくれた龍平が死に、狂った後人殺しになる。
その後転生し、過去に指をちょんぎってしまったことを龍平に脅され、居候され、なんだかんだでブチ切れて人を殺しかける。
指摘からの追記
「スギ花粉にすぐ反応してクシャミばっかりする人たちに、私は心底うんざりしているのだ」
ってのは、ちょっとどうかと、俺は思う。
ヒドイ自称をしてるが、俺は映画やドラマやエンターテイメントが好きだ。
(作品を貶すよりも)鶴を見つけたと叫ぶ方が有意義だと思ったから、そうした。
批評家から酷評されようがファンからブーイングを受けようが映画館に足を運ぶのは、そこに輝きがあるからだ。
例えば昨今のイカ人気に便乗するなら「ザ・ビースト/巨大イカの逆襲(1996)」というパニックムービーがある。(日本では劇場未公開・TV公開)
娘に海の無慈悲さを説く主人公である父親には(ゴジラ作品に通ずるような)自然への畏敬がある。
ただ、有り体に言ってジョーズの何番煎じかの作品で、秀作とは言えオススメするのは難しい。
しかし、単なるパニックムービーに深みを与える演技を魅せた主人公のWilliam Petersenは、
「CSI:科学捜査班(2000~)」でギル・グリッソムを演じ、ハリウッド殿堂入りを果たしている。
つまり、どんな作品にもそこに関わった人間の思いが込められているし、
駄作と酷評されるような作品にも、愛と信念を持って臨む人間が居る。
こちとら最初から「何が(何を持って)成功か失敗か」という話はしていないんですよ。論点分かってくれ。 /この人のように実際に観てから言ってる人には何も言うつもりはないんです。
十分に論点を理解した上で書いたが伝わらなかったのは俺の力不足だからだろうし、
これが個人攻撃に見えてしまったり、曲解した上で叩いているように見える可能性もある。
ので、ゴリッとidを入れておいたので、不愉快に思ったら手数をかけるが削除申請して欲しい。
少なくとも「自分の好悪」であると主張しているのは、俺は好ましい態度だと思う。
だからこそ、共通点を探ろうとブログを読み(slinky_dog_s11さんの好きであろう)ゴジラシリーズを週末かなり観た。(正直キツイし時間かかった……)
だもんで例示としてあげるのはローランド・エメリッヒ監督のGodzilla(1998)にするが、
俺は、パニックムービーとして良く出来ていると思う。ジャン・レノも良い味出してるし。
しかし、「ゴジラ」ファンがこれを「ゴジラシリーズ」として認めるかは、意見が割れると思う。
ゴジラ(1954)にある自然への畏敬や人間社会への風刺はホトンド無いし、
フォーマットとして確立していたゴジラvs怪獣という点も無く、独立している。
そもそも、それまでのゴジラの造形からあまりにもかけ離れている。
こういったハリウッド化が何度も繰り返され、slinky_dog_s11さんの好きなゴジラや特撮が、
そうではない別ものとしてハリウッド化が何度も何度も繰り返し為されていたとしたら、
「ハリウッド化!」に対して「もう止めてくれ!」と叫ばないだろうか。
それを、「ゴジラを見ていないし思い入れも無い人」が「ハリウッド化に騒ぐ特撮クラスタは目障りだから止めろ」と言ってきたら、
「ゴジラ好き」達は、素直に「次こそはという可能性もあるから黙って待つか」と思えるだろうか。
そもそも「実写化」というのは別に本質じゃない。次元を超えるせいで、単に目立つだけだ。
例えばリメイクやリブート、コミカライズやノベライズ、もっと言えばアニメやドラマのシリーズものだってそうだ。
第三者が別のキャンバスを持って現れ、横で少し真似た絵を描き始めた
http://blog.goo.ne.jp/yukks453145/e/12eb31fc9d5080c07c838ef6fb4ea238
slinky_dog_s11さんも書いてるよな。的確な比喩だと思う。
自分の好きな絵の名前で「これこそが名画でござい!」と模写を披露してるのを、見るわけだ。
その模写は、原作の絵を知っている人間が見ると、とんでもない模写なワケだ。
もしくは、「トンデモナイ描き方を始めた」ように見えるワケだ。
例えば最近だと寄生獣(2014, 2015)があるな。放射性廃棄物を使った演出で、一炎上あった。
個人的にはね、ミギーの阿部サダヲの名演とか、寄生獣を実写で見られたというワクワク感も無くは無い。
でも、あの映画があると(あった事実は消せないよな)「寄生獣っていうのは、ああいう思想の作品なんだ」として記憶される訳だよ。
主人公に寄生する謎の生物であるミギーもさ、「なんかヒョウキンなバケモノが腕についてんな」という評価になるわけだろ。
人間から見たら冷酷な(でも事実を言ってるだけの)ミギーに対する違和感や嫌悪感、そこからの「共生」みたいなものは読み取れないわけだ。
漫画を読んだら判るはずの良さが、映画を観た人には伝わらない。
観た人に演繹されて「ああ、原作もこういう作品なのね」と思われると想像して当然だろう。
そして、そうなるであろうという不信感・違和感が、「止めてくれ!」と叫ばせるわけだ。
「ここが違う」「そこが違う」として細かな差異をアゲツラウってのは、本質じゃないと思う。
それは「不安だ!不信感がある!」という違和感を上手く言語化できないだけじゃないかと、俺は思う。
俺は、初期の段階で騒ぐのは良いことなんだと思ってる。
少なくとも、熱心なファンが居ることは伝わるわけだし、プレッシャーもかけられる。
島本和彦みたいに「原作を変えたんだから、実写も変えろ!」みたいな面白しなくても、伝わる可能性がある。
そして、この中で、作品がより良くなる可能性があるのは1番しか無い。
だから、「実写化!」にファンが即応して「マジかよ!」と叫ぶのは合理的だ。
俺は、ブコメでも言及されていた「るろうに剣心(2012)」を邦画と呼ぶのには強い抵抗がある。
(るろ剣に関しては語りたいことが山ほどあるが、本筋ではないのでここには書かない。需要も少ないだろうしな)
それぐらい、「邦画」界や「ドラマ」界隈ってのは特殊で、ハッキリ言って漫画やアニメを実写化するには向いてないと思う。
だからこそ、Twitter等でファンの声を製作者側に伝えられる機会があるなら、もっともっと騒ぐべきなんだと思ってる。
そして、そういうファンの存在を「受け入れがたいので目を背ける」コトが出来ずに「本当に嫌い」として黙れというのは、狭量じゃないかな。
http://anond.hatelabo.jp/20150619121107
(※追記:Twitterみたら個人攻撃にしか見えない感じになってたので題名を修正。あと、ゴジラ24本観終わったので、残り6本のはずだが近所でレンタルしてねえ……)
怒らないでください。批判的なことを言っているのではありません。疑問なんです。
僕が男だからこう思うのかもしれませんが
男を惚れさすことなんか超チョロイのに世の中の女性は何をやってるんだろう?
と。
というのが、先月初めて街コンに参加してきたんですよ。
イベント企画会社を経営する友人が「街コンめっちゃもうかるらしい。俺の会社もやる。まずは競合が何してるか調査したいから行くベ」と言うので、僕も一口このもうけ話に乗っかろうと思いまして、一緒に参加したんですよ。会社の経費で。なんと昼、夕方、夜と1日に3ヶ所の街コンに。
男2名。両名共に31歳独身。
選んだのは男性が高い参加費を払うタイプのものから女性側もある程度の参加費を払わないといけない街コン(つまり、男性サイドにはある程度の年収や職業や地位が求められる)まで様々。
おもしろかったのは女性側の参加費が高い街コンほど女性の割合が高くなっていくこと。
参加費が男性8000円で女性3000円とかの街コンは男性67%×女性33%の割合で男性が多いんですけど、参加費が男女共に6000円とかの街コンは女性の方が多いんですよね。
女性の平均年齢は参加費に関わらず26.4歳でした(40名平均)
そして、どの街コンもとにかくコストが安い。どう計算しても1回の開催で膨大な粗利を出していることは明らかで、そのからくりは非常にシンプルで効率的ですし、毎週末どころか平日も街中で街コン(街というより1店舗で行うスタイル)が開催されていることから今、いかに街コンが儲かるかが分かります。
今後、ニッチなターゲットの街コン(例:ふくよかな女性×ふくよかな女性が好きな男性の街コンなど)が流行するかもしれません。
ここからが本題です。
それで、街コンで数十人の様々な女子とお話をしたんですけど、わかりましたね。
ああ、こりゃ彼氏できねぇな
と。
男と女について。
今日、終止符を打ちましょう。
「彼氏欲しいのに彼氏できないよー(>_<)!なんでなんでー!」
と嘆き悲しむ女子のためであり、既婚者や彼氏持ち、彼氏を必要としない方はどうぞ高い所から見物していてください。
まず、めっちゃ当たり前のことなんですけど、男女の出会いの場においてコミュニケーションの大半はQ&A方式で行われるわけです。
男性も女性も「質問する側」と「質問される側」になりえるわけです。当然ですよね。
男性の回答に対して
さ さすがですね!
し 知らなかった!
す すごーい!
せ センスいい~
そ そーなんだ~
驚くほどにできていない。基本中の基本なのに。
男という生き物は例外なく単純でスケベな生き物です。
ほめられればそれだけで好感度上がります。場合によっては好きになります。
「彼氏いるの?」
「どんな人がタイプ?」
「結婚願望ある?」
「休みの日は何をしてるの?」
「どこに住んでるの?」
「どんな仕事をしてるの?」
なんて答えてますか?
チャンスタイムなのに。
質問を受ける側になった時こそ攻撃側なのです。
男性というピッチャーが投げる「質問」という球をいかに打ち返すかが勝敗を分けます。
まずは
聞かれますね。
必ず聞かれますよね。
なんて答えましょう?
まさか「EXILEのTAKAHIRO!」「関ジャニの錦戸君!」って言っていませんか?
多くの男性はEXILEとジャニーズの名前が出るたびにこう考えます。
「そっち側の人間か」と。
なぜなら、多くの男性はEXILEやジャニーズのように歌った踊ったりできないからです。
伊勢谷勇介、福山雅治、西嶋秀俊、玉木宏の名前を出していませんか?
まさかオーランド・ブルーム、ジョニー・デップの名前を出していませんか?
「高っ!ハードル高ぇよ」と。
高いんです。ビジュアル面でのハードルが。飛べる気がしないのです。
では、何と答えるか?
「阿部サダヲ」
「原田泰造」
「大泉洋」
「照英」
上記から、選んでください。4択です。
彼らにはEXILEのフィジカルもジャニーズのさわやかさもありません。
あるのは「圧倒的な親近感」です。
EXILEのことが好きな女子より照英さんのことを好きな女子の方が絶対に優しいし一途だし健気だし家庭的ですもん。
しょうがないです。
だって、そういうふうにできてるんです。
「彼氏いるの?」
これもよく聞かれますね。
何て答えましょう?
「彼氏いるの?」は「仕事なにしてるの?」「休みの日は何をしているの?」等と比べても「興味あり度」が高い質問です。
超チャンスタイムです。
そこで、最強の一言を公開します。選択肢はありません。一択です。
これです。
待ってください。
最後まで聞いてください。
「えーーー、彼氏いないって言ったらー、ちゃんと口説いてくれるんですかwwww」
でもいけますし、サラリと
「彼氏いないって言ったらちゃんと口説いてくれるんですか?(ニコッ)」
でもいけます。
「彼氏いないって言ったら…ちゃんと…口説いてくれますか…(ウルウル)」
でもいけます。
(なんてコミュニケーション能力が高く意外性のある返しができる子だっ!これまで何人もの女性にこの質問をしてきたけど、こんなセンスいい返しははじめてだ!すすすす、好きだ!扶養だ!)
そういうふうにできてるんです。
だまされたと思って、恥を捨てましょう。
「彼氏いなかったら嬉しいですか?」
なんて少し言葉を変えてもいいのかもかもしれません。慣れるまでは。
「彼氏いないって言ったらちゃんと口説いてくれるんですか?」のあとに、どぎまぎしたり、あたふたしたらその人は合コンでワンナイトカーニバルを繰り返すような男性ではありません。
きっと女遊びをしていない男性です。
あなたに本当に興味があればその後、一所懸命あなたを口説くでしょう。
逆に、急にボディタッチが増えたり距離を縮めてきたりする人はワンナイトカーニバル狙いの狼です。
つまり、相手に好印象を与えつつもその時のリアクションで男性の本質も覗ける魔法の言葉なんです。
間違いないです。
そういうふうにできてるんです。
その他に、上級者向けとして「意味ありげに黙って首を振る」や「ウソついてもいいですか?」などもありますが今日は止めましょう。
あと、すごく重要なことはたとえそれが真実だとしても「元彼がイタリア人」や「元彼は会社経営者」と言うのは止めましょう。
無意味です。
逆です。
男性は「どうせ俺はイタリア人でも経営者でもないやいやい」と引いてしまいます。
自分をほんの少しでも大きく見せたい生き物なんです。
お願いします。
ここだけ、少しだけ、男を立てましょう。
あと、元彼がどんなに悪者であなたのことを傷付けたとしても、悪口を言うのは止めましょう。
わりと多いです、元彼の悪口言う人。
ここまで読んでいただいた多くの女性が
「無理だしwwww」
「ありえねーし」
「そんなのに引っ掛かかる男なんていらねーし」
「死ねよ」
と感じているのも知っています。
でも、聞いてください。
この世の中は頭の良い女性、物分かりのいい女性、がまん強い女性ほど幸せになりにくいように仕組まれています。
言い変えれば、わがままで弱い女ほど幸せになるように仕組まれています。
さらに言い変えると、わがままで弱い女を演じることができたなら、幸せになれます。
そういうふうにできているんです。
ウソだと思って一回実践してみてください。ウソみたいにモテますから。
彼女いない歴4年の僕が言うのもなんですけどね。
映画「奇跡のリンゴ」が好評のようです。私も見てきました。感動しました。
いっぽう、はてなのニセ科学批判クラスタ界隈では、この映画を見ずに「奇跡のリンゴ」のモデルになった農法を批判するのが流行っているようです。追従礼賛ブクマもたくさんついています。
http://d.hatena.ne.jp/locust0138/20130609/1370789361
http://d.hatena.ne.jp/locust0138/20130612/1371052702
http://d.hatena.ne.jp/doramao/20130618/1371549428
http://d.hatena.ne.jp/doramao/20130619/1371611793
これらは映画に対する評ではないのですが封切りに合わせたエントリーですから、映画を観てきた身として、これらの評を読んで???となってしまうところを指摘しておくのも悪くないかと思います。
まず、映画は何も農法を学ぶために観るものではありません。「奇跡のリンゴ」でいえば、阿部サダヲ、菅野美穂、山崎努、音楽:久石譲といった顔ぶれで観にいく人も多いでしょう。またもちろん、作品に100%のめり込めなくても観にいきますし、感動もできます。この映画はそういう映画です。「海上自衛隊全面協力!」という宣伝文句にあまり良い感情を持てない人間でも「灰原哀が出てるなら」で映画館に足を運ぶことはあるでしょう。
「感動している人間は思考力が落ちて大事なことを色々と見落とし、判断を誤るからです」とわざわざ赤字強調で書いている人もいますが、感動したからといってそうならない人間のほうが圧倒的多数です。アクション映画で感動した人がみな現実と混同するかといえばそんなことはありません。
「実話と銘打ってるから危険」――は? 映画「大脱走」は実話に基づいており、観た人は《多少は》本当はどうであったか気にするかもしれませんが、本格的に調べようとはまずしないでしょう。「実話に基づく」は基本的には映画を楽しむ際の参考として機能するだけです。また、シネコンだと関連書籍置いて売る、ということもあまりないかと思います。もちろん本屋では積んでありますが、映画見て出たところに本があるのとでは影響はかなり違うでしょう。
さて、映画「奇跡のリンゴ」についてはYahoo!映画の次のようなユーザーレビューが参考になるかと思います(固定URL表示できないので、投稿時間で示します):
http://info.movies.yahoo.co.jp/userreview/tymv/id344360/
2013/06/15 01:25:41
とは言え、僕自身鑑賞前は
突っ込んだ内容を想像していましたがさにあらず。
と簡単に思わせないところがよかった。農薬を使っている農家の方を
悪者に仕立て上げたら嫌だなとも思って見ていたのですが
この映画では、既存の農薬を使った農法を批判する箇所はほとんど全くと言っていいほどありません。まわりの農民、池内博之、笹野高史、ベンガルらも実はいい人です。
冒頭のナレーションでは
とあって、菅野美穂が農薬で苦しんでいる場面へと繋がります。しかし、このナレーション、言い換えると、農薬を使って作ったリンゴでも食べるのは安全、ということです(1980年代前半までだとこう言い切ってしまうのは言い過ぎではないか、という気もしますが)。
同様に、無農薬リンゴの利点について何か語られる、ということもありません――さいごの「おいしい」という以外には。
はっきりいって、この映画、主人公がなぜそこまで無農薬に固執するのか、という点では弱いと思います。ここまできたからにはもう止められない、というような言葉が何度となく語られますが、それは本人たちの事情です。
これらの点は製作側が、木村農法に対する批判をある程度知った上でつくったからではないか、と私は推測しました。今後、もし木村農法を批判するのであれば、映画のこういう姿勢を知っておかないとズレたものになります――というか上の批判はその典型。
言葉をかけなかった木だけ実らなかったというくだりは本人の書籍にもあるそうですが、映画でこういう「奇跡」だけいくつか押し出して「科学的説明」はほとんど付けないというのもダブル・ミーニングで、双方に配慮してるからだと思います。
映画全体でも、雄大な岩木山、リンゴの花の可憐さ、などの風景や原田美枝子、伊武雅刀らも含む家族愛、隣人愛が一番印象に残りました。人によってかなり違いはあるでしょうが、「無農薬のすばらしさ!」がまず刻印される人はそんなにいないと思います。(もちろん、そういう人もいるでしょう。ただ、映画館でみた客層でいうと、最初からそう思っている人が自らの信念を確認するケースの方が遥かに多そうです。)
ということで、映画を見ずに批評したり、それに追従ブクマを付けたりする人がおそらく想像してないことを述べておきます。
この映画見て、「無農薬」という言葉にそれほど影響されずに単純に、津軽りんごいいなぁ、食べたくなったなぁ、という私みたいな人はけっこう存在するのではないでしょうか。つまり、この映画が大ヒットすることで、木村氏だけでなく、(おこぼれとも言えますが)他のりんご農家にとってもプラスに働く可能性もそれなりにありそうです。―――もしそういうことになれば、それは既存の農法に対する批判を抑え、まわりの農家も良い人として描いたスタッフの心遣いのたまものでしょう。
最後は私からのお願いです。「農薬は安全」という人は、中国等の農薬やTPPについても必ず触れていただけないでしょうか?
良い映画でした。