はてなキーワード: 主語が大きいとは
はてなブックマークはもとよりTwitterを見ていてもFacebookを見ていてもYahoo!掲示板を見ていてもetc...そのように感じざるをえない。
そもそもアナタたちは多様性を許容や自分と違う価値観を理解し合うというお題目を勘違いしていないだろうか?
私はアナタたちが持つ多様性への忌避感をどうにか解消できないものかと、解消するための言葉を言語化出来ないかと常々考えてきた。
そこで1つの言葉を思い付いた。
「多様性を許容するということは別の価値観の者と同居するという意味ではなく別の価値観の者が隣人となることを許容するということだ」
私は幼少期に両親から「ヨソはヨソ、ウチはウチ」のようなありきたりな教育を受けたことがある。
まさに「別の価値観の者が隣人となることを許容する」ということはヨソはヨソ、ウチはウチを認め合うということ。
近隣の住民が自分の家に迷惑を掛けてくるのであれば声を上げる必要はあるだろうが、そうでないのなら近隣に済むくらい許してあげれば良いではないか。
ヨソはヨソ、ウチはウチであるならばアナタがセクシャルマイノリティに興味がなくとも、政治へ興味がなくとも良いのだ。ただアナタの隣へそれらの人々が済むことを許容するだけで良い。
そして同時にセクシャルマイノリティに興味がある人や政治に興味がある人は隣に興味がない人が住むことを許容してあげるのが多様性を許容するということであろう。
我々は誰しもが自分に甘く、自分が可愛い。どんな綺麗事を言おうが基本的には皆コレだ。
でもだからといって他人へ対してまで自分のみを甘やかせるように強制するのは良くない。皆が自分可愛いのだから衝突するに決まっているじゃないか。
自分をフルに甘やかすのは自分の家の中だけにして、別の価値観の者が近隣に住むくらいの我慢はするべきだし、家の外ではそのくらいは他人を甘やかしてあげようじゃないか。
「フェミニズムに興味が無いのは人としてどうかと思う」レベルの主語が大きい言動を取っている者がインターネット上に散見するけれども、そういう連中の言動は「まぁそういう価値観の人も居るよね」とスルーしておいたほうが精神衛生上良いぞ。
そういう人へわざわざ反論しにいくのは時間の無駄だし、噛み付かれたら「そういう価値観もありますよね」とリプライしてあげたら良い。
実際に私はTwitterで何度か噛み付かれた経験があるけれども「そういう価値観もありますよね」のようなことを噛み付かれるたび返したらトーンダウンして居なくなってしまったよ。暖簾に腕押し、糠に釘、柔よく剛を制すが現代SNSでは最大の防御手段だね。
一人ひとりが様々な価値観を持ち、我々の隣りに住み、住むのを邪魔しちゃいけない。
こういう認識が重要なんだと改めてこのタイミングで言いたいな。
このエントリを読んでくれた人は下記の感想を持ってくれたら私としては満足だ。
コーナーの趣旨は、ソニー所属芸人がソニー製品持っているかチェックというものです。多分まだTverで見れるはず。
ソニー芸人の若い女の子の芸人の家に行ったときにOPPOのスマホとFiFineのイヤホンが出てきて
現場の小峠はじめ、スタジオ一同も聞いたこともない何じゃそりゃ〜っていうバカにする下りがあったんだけど、
普通にガジェットいじってる人間だったらOPPOのスマホとか超有名で知ってて当然だし、マニアならFiFineも名前くらいは聞いたことあるはずで。
FIFine(ファイファイン)をフィフィンって呼んじゃうスタジオや制作陣のほうがよほど物を知らないし、番組進行でバカにされてた女の子芸人の方がよほど最先端のテクノロジーやガジェット使いこなしている様が、典型的な物を知らない人が知識人をバカにしている様子で、滑稽を通り越して薄ら寒かった。
日本はガラパゴスのまま世界に差をつけられて沈んでいってるんだなぁというのは薄っすらと肌感覚では感じていたんだけど、なんかあのシーンは衝撃的で、本気でこの国ヤベーっという感じになった。
最近、日本語ができるできない。読解ができるできない。この解釈で合っている、間違っているという増田がホッテントリに上がってきていたので、読解ができていないとされる要因ってこれじゃね?っという話を、いきおいで書いてみた。
個人的に読解力の問題よりも、自分が信じていることの正しさを証明したい人ばかりというのが問題かなと。
自分と同じ意見であれば正しくて、違うなら間違ってる。そういう先入観があるから内容を受け取れてないし、こうに決まっているというバイアスがかかって、同じ意見でない箇所を見落とす。
さらに言うなら、自分の意見=自分の人格、そいつの意見=そいつの人格くらいになっていて、意見が食い違っただけで人格を攻撃した、されたかのように反論する過激なコメントが多い。
ちょっと異論が出ようものなら、自分の正しさを毀損された。攻撃された。反撃してやる!ってなる。
異論や反論って攻撃じゃないし、ちょっとずつ擦り合わせたり、少しずつ取り入れたりすることもできるはずなのに。違う意見を攻撃認定している人が、はてなに限らずネットにあふれていて、あっちもこっちもギスギスしてるな~と。
日本はディベートを学ばないから~とかも聞くけど、海外も先入観バリバリで敵味方分かれて言い争っているから、ネット上はどこも似たようなもんかな。
ということで、読解できていないとされる要因1は、自分が信じる正しさにこだわり過ぎている。
主語が大きいとか小さいとか言うけど、問題は大小だけじゃないなと。
たとえばさ、こういう記事があるっしょ。
(たとえだから、実際にこういうブコメが書かれているって話じゃないんだ。念のため)
テレワークで浮いた通勤時間の使い方 女性は「家事」が1位、男性は?
テレワークによって浮いた通勤時間の使い方」に関する調査を実施したところ、男性は「仕事」と「SNS・ネットサーフィン」が22.76%で同率1位、女性は「家事」が40.46%で1位となった。
https://www.itmedia.co.jp/business/articles/2106/17/news130.html
こういうのに「女だからって家事させられるとか…」とか「はぁ、また男disか…」みたいなコメントがついたら、さすがに曲解かなと感じる。
で、個人的に気になっているのは「私、女だけど仕事ばっかりしてるよ?」「俺、めちゃくちゃ料理しているけど?」って感じのコメント。いやいまさ、集団の傾向の話をしてるんだよね、個人の話をしてないよねって思う。
アンケートでも何でも、その集団の傾向を示しているだけで、その属性の人すべてがそうだって言ってない。特定の集団の情報を、こんな風に集計した結果、もしくは平均を割り出した結果、この集団には特徴的な傾向がありましたってだけ。同じ属性を持ったあなたもこの傾向があるはずです、とかは誰も言っていない。
こんな感じで、集団の傾向の話を、属性全員がそうだという話と受け取り、その傾向を持っていない一個人や少数を例に出して反論としてしまう。そんな無理矢理な感じのコメントが散見される。これは前からすごく気になってる。
それぞれ、男とか女を主語として認識して、表面上ズレていないけど、中身を見てみるとまったく違う内容で話をしている。
これってどう表現すればいいんだろうか?主語の大きさって言葉じゃおさまらないと思うんだ。
主語のゆらぎ?変形?
言葉自体は合っているけど、イメージしている対象や姿がうまく共有されていない。
てな感じで、読解ができていないとされる要因2は、そもそも主語のイメージや語るべきポイントがズレている。
文章になっていない。論理になっていない何かばかりで、コミュニケーションコストが非常に高い。
文章として必要なパーツが揃っていないせいで、何について語っているのか、これは感想なのか、意見なのか、ただの罵声なのかもわからない文章。
反論したいことだけはわかるけど、何がどう違うのか?どこが間違っていると思っているのか?を指摘せずにいる文章。間違っているという指摘はいいけど、何故そう思うのかという意見や根拠を出さない文章。誰かがひどいと訴えているけど、何がどうひどいのか書いていない文章。さっきとかぶるけど、集団の平均や傾向の話なのに、個人の例や、少数の例、やたら特殊な例を出して論破した風になっている文章。
まず、文章パーツが揃っていなければ、相手側がイメージして埋めるしかない。埋めるしかないけど、それが相手が思っているのと同じであるかはわからない。ここでまたズレる。
で、そういう欠けた文章でも、自分と違う意見だなというのは伝わる。イメージが正確でなくても、そういうのだけはきちんと伝わる。伝わった結果、正しさ証明スイッチが入った誰かが、文章未満、論理未満をもとに、また文章未満、論理未満のコミュニケーションコスト高めな文章で返す。
繰り返していくうちに、話がズレまくって理解の及ばないところまで行き着いて、間違っている奴に反論されたという思いだけが双方に残る。えらく不毛な感じだなと思う。
というわけで、要因3はコミュニケーションコストが高いコメントと文章が、さらにイメージをズラしている。
で、結論。
まず文章や論理って読み込むのに時間がかかる。で、そこから自分の意見を出すのにも時間がかかる。しっかりしたコミュニケーションコストの低い文章を書こうとすると、もっともっと時間がかかる。
でもさ、ブコメや増田ってそんなに時間かけてないから。ブコメなんてとくに、早く書き込んだ人がスターをもらいやすかったりするし。Twitterもたぶん一緒。先行者利益が高い媒体だと思う。だから正確さより速度優先になっているわけ。
本来なら、読んで、内容を吟味して、意見をまとめて、コメントをするまでって、けっこう時間ってかかるものだと思うんだよ。ちゃんとした意見を出そうとすれば、あれこれ探したり読み直したり、書いたものを一日寝かせたりするはず。
もちろん読解が苦手な人もいるだろうし、荒らすためにわざと捻じ曲げたコメント書いてる人もいるだろうけどさ。
いまのネット上の議論が荒れやすく炎上しやすいのは、コメントをするのにかける時間の少なさによるものな気がしている。
反論がズレているのもだいたい時間が問題なのかなと。人って怒ると早く早くと急ぎたがると言うし。とんちんかんな反論をしている人も、時間をかければ違うブコメになったりするかも。
あとさ、時間をかけると怒りっておさまるよね。衝動もおさまるよね。だから時間をかければかけるほど、殺伐としたコメントが消えていくと思うんよ。
ホッテントリやトレンドみたいな、いま乗らないといけないという雰囲気を消した、ひとつのことをじっくりゆっくり議論するSNSがあれば、人はもっと穏やかに話し合えるかもしれない。無理かもしれない。
で、正しさについてが一番むずかしいかな。
どうして人は、自分が信じているものの正しさを証明したがるんだろうか?
時代が違ったり、国が違ったりするだけで、正しさなんてクルクル変わるのに。
ブコメだってさ、3年前、5年前のものを見返すと、だいぶ様変わりしている。いま書いたら絶対に炎上するようなブコメがトップブコメなってたりする。
絶対的な正しさなんて無いのに、自分が信じるものの正しさを証明しようと躍起になるのって、意味があるんだろうか?
いまの自分はこういう意見だよ。いまのあなたはこういう意見だね。今日は、この意見が多いんだね、ではダメなんだろうか?
正しい、間違っているというジャッジをするのって、何か意味があるんだろうか?
そんなことを考えてたけど、腹が減ってきたので終わるわ。半端でスマン。上手くまとまんなかった。
ま、こんなことを考えてる奴もいるよってことで。
最近、日本語ができるできない。読解ができるできない。この解釈で合っている、間違っているという増田がホッテントリに上がってきていた。
色々読んだけど、せっかくなので読解ができていない、内容が上手く伝わっていない要因について書いておきたいと思った。
個人的に読解力の問題よりも、自分が信じていることの正しさを証明したい人ばかりというのが問題かなと。
自分と同じ意見であれば正しくて、違うなら間違ってる。そういう先入観があるから内容を受け取れてないし、こうに決まっているというバイアスがかかって、同じ意見でない箇所を見落とす。
さらに言うなら、自分の意見=自分の人格、そいつの意見=そいつの人格くらいになっていて、意見が食い違っただけで人格を攻撃した、されたかのように反論する過激なコメントが多い。
ちょっと異論が出ようものなら、自分の正しさを毀損された。攻撃された。反撃してやる!ってなる。
異論や反論って攻撃じゃないし、ちょっとずつ擦り合わせたり、少しずつ取り入れたりすることもできるはずなのに。違う意見を攻撃認定している人が、はてなに限らずネットにあふれていて、あっちもこっちもギスギスしてるな~と。
日本はディベートを学ばないから~とかも聞くけど、海外も先入観バリバリで敵味方分かれて言い争っているから、ネット上はどこも似たようなもんかな。
ということで、読解できていない要因1は、自分が信じる正しさにこだわり過ぎている。
主語が大きいとか小さいとか言うけど、問題は大小だけじゃないなと。
たとえば、ちょっと前まで、やたら男が批判されていると嘆いているブクマカがいたよね?
ネガティブな記事のタイトルに男と入っているだけで、男だというだけでこんなに批判されるなんて…的なブコメばかりしてた人。あそこまでだと、たぶん釣りか工作かなと思うけど、似たようなことで怒ったり悲しんだりしてる人は他にもいる。
たとえばさ、こういう記事があるっしょ。
(たとえだから、実際にこういうブコメが書かれているって話じゃないんだ。念のため)
テレワークで浮いた通勤時間の使い方 女性は「家事」が1位、男性は?
テレワークによって浮いた通勤時間の使い方」に関する調査を実施したところ、男性は「仕事」と「SNS・ネットサーフィン」が22.76%で同率1位、女性は「家事」が40.46%で1位となった。
https://www.itmedia.co.jp/business/articles/2106/17/news130.html
こういうのに「女だからって家事させられるとか…」とか「はぁ、また男disか…」みたいなブコメがついたら、さすがに曲解かなと感じる。
で、さらに首を傾げるのは「私、女だけど仕事ばっかりしてるよ?」「俺、めちゃくちゃ料理しているけど?」って感じのブコメがついた時。いやいまさ、集団の傾向の話をしてるんだよね、個人の話をしてないよねって思う。
アンケートでも何でも、その集団の傾向を示しているだけで、その属性の人すべてがそうだって言ってない。特定の集団の情報を、こんな風に集計した結果、もしくは平均を割り出した結果、この集団には特徴的な傾向がありましたってだけ。同じ属性を持ったあなたもこの傾向があるはずです、とか誰も言っていない。
こんな感じで、集団の傾向の話を、属性全員がそうだという話と受け取ったり。集団の傾向についての話を、その傾向を持っていない一個人を例に出して反論としてしまう。そんな無理矢理な感じの議論が散見される。これは前からすごく気になってる。
それぞれ、男とか女を主語として認識して、表面上ずれていないけど、中身を見てみるとまったく違う内容で話をしている。これってどう表現すればいいんだろうか?主語の大きさって言葉じゃおさまらないと思うんだ。
主語のゆらぎ?変形?
言葉自体は合っているけど、イメージしている対象や姿がうまく共有されていない。
てな感じで、読解ができていない要因2は、そもそも主語のイメージがズレている。
文章未満、論理未満があふれていてコミュニケーションコストが高い問題
文章になっていない。論理になっていない何かばかりで、コミュニケーションコストが非常に高い。
文章として必要なパーツが揃っていないせいで、何について語っているのか、これは感想なのか、意見なのか、ただの罵声なのかもわからない文章。
反論したいことだけはわかるけど、何がどう違うのか?どこが間違っていると思っているのか?を指摘せずにいる文章。間違っているという指摘はいいけど、何故そう思うのかという意見や根拠を出さない文章。誰かがひどいと訴えているけど、何がどうひどいのか書いていない文章。さっきとかぶるけど、集団の平均や傾向の話なのに、個人の例や、少数の例、やたら特殊な例を出して論破した風になっている文章。
まず、文章パーツが揃っていなければ、相手側がイメージして埋めるしかない。埋めるしかないけど、それが相手が思っているのと同じであるかはわからない。ここでまたズレる。
で、そういう欠けた文章でも、自分と違う意見だなというのは伝わる。イメージが正確でなくても、そういうのだけはきちんと伝わる。伝わった結果、正しさ証明スイッチが入った誰かが、文章未満、論理未満をもとに、また文章未満、論理未満のコミュニケーションコスト高めな文章で返す。
繰り返していくうちに、話がズレまくって理解の及ばないところまで行き着いて、間違っている奴に反論されたという思いだけが双方に残る。えらく不毛な感じだなと思う。
というわけで、要因3はコミュニケーションコストが高いコメントと文章が、さらにイメージをズラしている。
個人的結論
で、結論。
まず文章や論理って読み込むのに時間がかかる。で、そこから自分の意見を出すのにも時間がかかる。しっかりしたコミュニケーションコストの低い文章を書こうとすると、もっともっと時間がかかる。
でもさ、ブコメや増田ってそんなに時間かけてないから。ブコメなんてとくに、早く書き込んだ人がスターをもらいやすかったりするし。Twitterもたぶん一緒。先行者利益が高い媒体だと思う。だから正確さより速度優先になっているわけ。
本来なら、読んで、内容を吟味して、意見をまとめて、コメントをするまでって、けっこう時間ってかかるものだと思うんだよ。ちゃんとした意見を出そうとすれば、あれこれ探したり読み直したり、書いたものを一日寝かせたりするはず。
もちろん読解が苦手な人もいるだろうし、荒らすためにわざと捻じ曲げたコメント書いてる人もいるだろうけどさ。
いまのネット上の議論が荒れやすく炎上しやすいのは、コメントをするのにかける時間の少なさによるものな気がしている。
反論がズレているのもだいたい時間が問題なのかなと。人って怒ると早く早くと急ぎたがると言うし。とんちんかんな反論をしている人も、時間をかければ違うブコメになったりするかも。
あとさ、時間をかけると怒りっておさまるよね。衝動もおさまるよね。だから時間をかければかけるほど、殺伐としたコメントが消えていくと思うんよ。
ホッテントリやトレンドみたいな、いま乗らないといけないという雰囲気を消した、ひとつのことをじっくりゆっくり議論するSNSがあれば、人はもっと穏やかに話し合えるかもしれない。
で、正しさについてが一番むずかしいかな。
どうして人は、自分の信じているものの正しさを証明したがるんだろうか?
時代が違ったり、国が違ったりするだけで、正しさなんてクルクル変わるのに。
ブコメだってさ、3年前、5年前のものを見返すと、だいぶ様変わりしている。いま書いたら絶対に炎上するようなブコメがトップブコメなってたりする。
絶対的な正しさなんて無いのに、自分が信じるものの正しさを証明しようと躍起になるのって、意味があるんだろうか?
いまの自分はこういう意見ですよ。いまのあなたはこういう意見だね。今日は、この意見が多いんだね、ではダメなんだろうか?
正しい、間違っているというジャッジをするのって、何か意味があるんだろうか?
そんなことを考えてたけど、腹が減ってきたので終わるわ。半端でスマン。上手くまとまんなかった。
ま、こんなことを考えてる奴もいるよってことで。
https://note.com/riko_oga/n/ne2cca5ff209b
これ読んで思ったこと。
自分はAmazonレビューとかSteamレビューなんか身内のレビューのほうが参考になると思ってるので大分バイアスはかかってると思うけど、
いやレビューは書いてると思うよ。
https://chomosh.hatenablog.com/
ちょもすっていうシャドバの放送で立たされたやつのブログ。こいつはめっちゃレビューかく。
https://chomosh.hatenablog.com/entry/2021/06/10/220941
んでこいつが紹介したゲームの日本語レビュー探しても(ちょもすのアカウントしらんけど)chomoshやちょもすというアカウントからレビューが投稿された形跡はない。
http://www.gamecast-blog.com/archives/65981458.html
こういうレビュー書いてる。んで、App store/Google play/Steamの3つのレビューを探してみたけど「寺島」で検索かけても「game cast」で検索かけても「ゲームキャスト」でかけても引っかからない。(こいつのアカウント知らないんで投稿してたらすまんな)
こいつはこういうこといってる。
https://twitter.com/gamecast_blog/status/1404373067640426503
その持ってるっていうデータ、お前が自分のブログにばっかレビューかいてプラットフォームにレビュー書いてないから生まれたデータちゃうんか?
かく言う俺もそう。
自分のブログやTwitterに感想書くし匿名掲示板で交流するし、何回か増田にも書いたこともある。
同人作家が「感想ください!」と言っても感想送ってくるやつが少なかったりする。なんか公式に対して一本線を引いていると言うか、わざわざこちらから公式に認知されにいくのを嫌う。
んで多分公式が「プラットフォームに投稿お願いします!」いうてもだいたいのオタクは投稿しないだろうな。
じゃぁどうするかって、第三者がそのプラットフォームに好意見レビューが書いてあるページのアドレスを粛々貼るぐらいしかないでしょうな。
多分、ちょもすも寺島もこれを見てくれたとしても書かんだろうし、大多数のオタクも「主語が大きい!」とかいいつつ結局書かんよ。
それかまぁ「私は書いてますけどね」っていう希少種さんに乗っかって俺を叩いたあと結局書かない。
そう何やっても書かねぇんだわ。だから寺島やちょもすが書いてない!と言ってる俺も多分書かない。
(追記)
オタクはプラットフォームで書かないだけだろっていいたいだけ。
寺島氏とかゲームクリエイターが「日本ユーザーは民度最悪のクソです!」って断定してるのを「本当でござるかぁ~?」っていう目では見て書いてるのは否めないけど。
あと、なんでもいいからオタクに書けとも言えない。当たり障りのない「面白かった ★5」でも書こうってブコメの人もいるけど、俺はおすすめしないね。多分そういうのみて悪質ゲームブログが「○○はレビュー依頼してる!」とか言われて泥沼になるだけだね。全体で5%ぐらいがそういう短文でも良いとは思うけどこれが80%「面白い★5!」のレビューってどうよ?
まぁあとSteamはそのゲームのプレイ時間・レビュー投稿数・実績情報などがわかるから実は参考にはしてる。そういうところで1000時間遊んで「面白かった」の短文は説得力あるかもしれないが、
2~3時間遊んで「おすすめしない」ってレビュー書くようなやつって多分「もっとこういう部分直してほしい」だと思うのよね。Steamの良くないレビューってちゃんと読んでみると「ゲームバランス(レベルデザイン)が悪い」「運ゲーになってる」と自分が不快になった事はちゃんと書いてある。返品済みかどうかもかいてある。
そういうレビュー群に対して「面白かった」で対抗できるとは俺は思いませんね。結局レビューには熱量を求められると思うよ。
オタクって言葉を選んだのは多分お前みたいなやつがみてくれるやろなぁ(ニチャァ)って思ったから。だから「主語がでかすぎってくるやろなぁ…で、それで俺を批判しても結局書かないんだろうなぁ」って書いてあるってわけ。
そしてお前みたいなオタクは多分「○○はクソ(キャッキャ)」ってタイプだと思うよ。揚げ足取りしかできねぇやつなんだから。少なくとも善良じゃない。(俺が善良ともいってない)。
そしてぶっちゃけ今のはてなと増田にはおまえのようなタイプが一番多い。だからおまえらを標的にさせてもらった。
俺を叩いて書くのなら存分に叩いてくれ。どうせ俺を叩いてもおまえは書かない。
なぜならはてなブックマークのコメント自体がそういう公式に意見を言わずに表明するコンテンツだから。
(だから言及なされなかったんですよね…わかりますよ。なんならブコメで書き手表明してるからIDコールしてくれてもいいのに。でもおまえはしなかった。いいねレビューもできず、揚げ足取りしかできねぇやつだからだ。)
そして俺の論は図星だったんだろ。だから叩いてしまった。間違ってるの俺ということにしたいから。
でも俺が間違っててもおまえが書かないことを続けるなら俺の論は図星で正しいんだ。理解できるか?
簡単に言ってやるよ。俺を完璧にギッタンギッタンにしてごめんなさいって謝るまで叩ける方法、論破する方法は唯一つ。
それで「オタクも書いとるわカス」とでもいってくれ。そうしたら近日中にブログで謝罪する。
ここまで表明しちゃったらもう意地が働いてプラットフォームに肯定レビュー書く人増えないかもしれんけど、ノセられてくれよ。
まぁ俺の文章呼んで「低能が書いた文。スルー。」じゃなくて「どうにか揚げ足取ってやろう」と思ったらその熱量をもってるゲームのレビュー時間にでも当ててくれたら俺は嬉しいし謝罪するよ。
主語が大きいと解っているなら、逆に地域ごとに色々あって当然だと思えないのか?
君が言うような地域もあるだろうし、そうじゃない地域もあるだろう。
DAIGOが言うような地域もあって、その方がイジメを無くすという意味ではイジメをした方を除外する方が理に適っているって話だろう。
俺も虐められたクチだから色々とおもう所はあるが、イジメは一人では行われない。
必ず主犯がいて共犯が大勢いるグループで行われるから、そこでイジメられた奴を除外しても、
大抵はまた別の奴がイジメられることになる。
だから、そのグループでのイジメを潰すのに一番効率が良いのがイジメの主犯格を除外する事。
今の所、人間に留まらず生物がイジメを行うことは避けられない。イジメの主犯除外はこれが正解という訳ではなく対症療法の効率化のひとつ。
洋モノAVって女性を力でねじ伏せる設定が多いよね。というか基本プレイがそんな感じ。
女性の髪の毛を掴んで口の中にアレをムリヤリ押し込んだり
四つん這いにして頭を上から押さえつけて後ろから乱暴に腰を打ち付けたり
欧米男性の欲望の形というのはかなり過激な男性支配の世界だと思った。
その割には欧米のほうがジェンダー論は進んでいるんだからよくわからん。
主語が大きいと言われるだろうけど、少なくともAV市場が成り立っていて多くの作品に共通する要素なので的外れだとは思わない。
日本人女性が白人男性に抱くジェントルなイメージとは裏腹にかなり暴力的な欲望を抱えてるんだろうか。
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レイプのように直接的なものではなくて、標準のプレイが荒っぽくないかな。
アレを口にいれるにしたって頭を両手で掴んで前後に強く動かしたり
https://www.tokyo-np.co.jp/article/87051
結局マイクロソフトは8000万ももらって、バグだらけのアプリ作ってたの?
なんか当時はマイクロソフトの人がさ、「批判の文化が日本を技術後進国に〜」とか主語が大きいこと言ってごまかしてたけどさ。
https://simplearchitect.hatenablog.com/entry/2020/06/22/083821
この記事は2000ブクマ以上稼いでるけど、みんな騙されてたね。