2021-11-06

局アナタたちは多様性を許容できないではないか

はてなブックマークはもとよりTwitterを見ていてもFacebookを見ていてもYahoo!掲示板を見ていてもetc...そのように感じざるをえない。
そもそもアナタたちは多様性を許容や自分と違う価値観理解し合うというお題目勘違いしていないだろうか?
私はアナタたちが持つ多様性への忌避感をどうにか解消できないものかと、解消するための言葉言語化出来ないかと常々考えてきた。
そこで1つの言葉を思い付いた。

多様性を許容するということは別の価値観の者と同居するという意味ではなく別の価値観の者が隣人となることを許容するということだ」

私は幼少期に両親から「ヨソはヨソ、ウチはウチ」のようなありきたりな教育を受けたことがある。
まさに「別の価値観の者が隣人となることを許容する」ということはヨソはヨソ、ウチはウチを認め合うということ。
近隣の住民自分の家に迷惑を掛けてくるのであれば声を上げる必要はあるだろうが、そうでないのなら近隣に済むくらい許してあげれば良いではないか
ヨソはヨソ、ウチはウチであるならばアナタセクシャルマイノリティに興味がなくとも、政治へ興味がなくとも良いのだ。ただアナタの隣へそれらの人々が済むことを許容するだけで良い。
そして同時にセクシャルマイノリティに興味がある人や政治に興味がある人は隣に興味がない人が住むことを許容してあげるのが多様性を許容するということであろう。

我々は誰しもが自分に甘く、自分可愛い。どんな綺麗事を言おうが基本的には皆コレだ。
でもだからといって他人へ対してまで自分のみを甘やかせるように強制するのは良くない。皆が自分可愛いのだから衝突するに決まっているじゃないか
自分をフルに甘やかすのは自分の家の中だけにして、別の価値観の者が近隣に住むくらいの我慢はするべきだし、家の外ではそのくらいは他人を甘やかしてあげようじゃないか

フェミニズムに興味が無いのは人としてどうかと思う」レベル主語が大きい言動を取っている者がインターネット上に散見するけれども、そういう連中の言動は「まぁそういう価値観の人も居るよね」とスルーしておいたほうが精神衛生上良いぞ。
そういう人へわざわざ反論しにいくのは時間無駄だし、噛み付かれたら「そういう価値観もありますよね」とリプライしてあげたら良い。
実際に私はTwitterで何度か噛み付かれた経験があるけれども「そういう価値観もありますよね」のようなことを噛み付かれるたび返したらトーンダウンして居なくなってしまったよ。暖簾に腕押し、糠に釘、柔よく剛を制すが現代SNSでは最大の防御手段だね。

一人ひとりが様々な価値観を持ち、我々の隣りに住み、住むのを邪魔しちゃいけない。
こういう認識重要なんだと改めてこのタイミングで言いたいな。
このエントリを読んでくれた人は下記の感想を持ってくれたら私としては満足だ。

「そういう価値観もありますよね」

記事への反応(ブックマークコメント)

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん